第三節
《The 3rd person》
───その少女、剣引実沙は走っていた。
全速力。いや、限界を超えて。心臓は悲鳴を上げ全身に倦怠感がのしかかり、肺はより多くの酸素を要求していた。
整えてあった黒髪は今ではボサボサに変わってしまっている。
彼女の体は休みを欲していた。休めと警告する。
彼女はあたりを見回す。『アレ』はもういない。がしかし、見つかったら危険だ。そう考えた実沙はどこか隠れられそうなところをと視線を泳がせ、ふと公園にあったドーム状の遊具が目についたのでそこに身を潜めることにした。
ここは朝垣市の中央区の住宅街に区画されてる場所だ。死に物狂いで逃げた結果こんなところまで来てしまっていた。
(アレは何だったの……?)
実沙は穴の外をチラリと一瞥した。どうやら『アレ』は追ってきていない。
ドームの穴から差し込む街灯。それに照らされた彼女の掌は赤黒く染まっていた。脇腹に触れる。ジクリと痛む。
助けを求めようにもスマホはバキバキにひび割れてタップしても反応はなかった。
「他に何か持ってたっけ……?」
とカバンの中を探る。そこにあったのは教科書、筆記用具、ポーチetc……。
状況を打開できるものなどは特になかったようだ。
(どうしよう……MBでもらった対使い魔撃退伸縮棒は一合で真っ二つにされちゃったし……)
剣引実沙は森咲ついりや弓貫慧子のように魔法少女ではない。故にMBという組織は魔女の手下である使い魔程度なら振り払えるようにと伸縮式の警棒のようなものを非魔法少女の隊員たちに支給していた。
そこまでして彼女たちを前線に置くのは彼女達が『いなくなったら』即刻魔法少女として戦えるように現場の空気感を感じてもらうという意図があるらしい。
(とりあえず、もう追って来てない……の、かな……?)
と、恐る恐るドームから顔を出し辺りを見回そうと思っていた矢先だった。頭上の光度が一気に高まった。何が起こったのかと上を見上げればドームが綺麗さっぱり消えていたのだ。
「!?」
直後にズドン!!!と膨大な質量が落下したした音が聞こえた。
(まさか、ドームを一太刀で切ったの???)
実沙は慌ててドームの出口へと跳んだ。その瞬間大気が「割れた」ような気がした。振り返ってみれば先ほどまで存在していたドームはその原型を留めていなかった。
粉塵が晴れる。さっきまで遊具だったものが塵となり風に舞う。
代わりにそこにいたのはヴァイオレットな甲冑を身に纏い、同じ色の西洋剣を携える存在がいた。
(あれは魔法少女……なの?それとも……)
実沙は魔法少女については素人よりかは幾分かは詳しかった。MBの一員として二人の魔法少女───すなわち森咲ついりと弓貫慧子を近くで見てきたからだ。
───だからこそ、アレの放つ殺気は異常だった。バイザーのせいで目元は見えないが内側から鋭い眼光を感じさせる。
剣引実沙との距離は詰められていく。
ゆっくり、ゆっくりと。鎧から擦れ出る金属音がそれを物語る。
「ひっ……」
剣引実沙は追い詰められていた。
その黒騎士は無言で剣を突きつける。まるで死刑宣告だ。
「どうして……なんですか?なんで私が殺されなければいけないんですか??」
その問いに答えたのは女性的な声であった。鎧に覆われていたので性別が判別しにくかったので実沙は意外に感じてしまったのだ。
「……自分の心の内に聞いて」
とだけ答え、手にしていた西洋剣を横に薙いだ。
首を刈ることなど造作もない。ただの人間にとっては必殺の一撃。
だが、その刃が実沙を捉えることはなかった。ガギギギギギギャン!!!!!!と鈍い金属と金属のぶつかる音がしたのだ。
恐る恐る眼を開けるとそこには朝焼けのような赤のドレスを見に纏った魔法少女───結加里あさひが片鋏の刃でその騎士の西洋剣を受け止めていたのだ。
「よかった、間に合ったよ。さ、今のうちに距離をとって!」
「は、はい!」
謎の騎士は口惜しそうに顔をしかめた。
「あなた……」
「それで……ね。何で剣引さんを狙ったの?相手は人間なんだよ?」
「……」
返答はない。が、代わりにギリリと刃と刃が擦れる音が微かにした。まるでそれが答えであるかのように。
(止まる気はないってことか……じゃあ気は乗らないけどっ!)
赤の魔法少女は大片鋏を構え直し───
「ちょっと大人しくしてもらうよ!!!!」
「……ッッッ!!!?」
あさひが黒の女騎士を薙ぎ払い、弾き飛ばす。謎の魔法少女も華麗に受け身を取り距離を詰めようと飛びかかる───
が、彼女の動きがそこで止まった。まるで蜘蛛の巣に囚われた獲物の如く。
「これは……糸……」
「そう、ご名答ー。まずは、さ。危ない武器は置いといてっと」
カランカランと剣が公園の地面に落ちる。
「お話ししようよ。お互い理解し合う、多分今の私たちにはそれが必要なんだよ」
蜘蛛の巣のように展開されていた糸は小気味良い音を立てて黒の騎士をグルグル巻きにしてしまう。
「アンタって可愛い顔というか笑顔でやることえげつないわね……」
「あ、ついりちゃん。来てたんだ」
深緑の髪をした少女───森咲ついりはエメラルドグリーンの槍を携えていた。そんな彼女はあさひの容赦ない手法に顔を若干引きつらせていた。
「来てたんだ。じゃないわよ!剣引さんのピンチは私たちチーム全体のピンチなの!それで、どうするつもり?あたしとしては実沙を襲ったこいつは絶対に許せない」
───始末する。と言わんばかりに槍を構える。
「まさか殺すとかってのはしないよね?」
「いやそんなことしないわよ……。きっちり事情を聞くの。それで?MBでは見かけたことは無いしアンタ何者なの?」
ついりは糸で拘束された女性に向き直る。 それに対して
「……アンタに名乗る必要なんてない」
と、だけ吐き捨てた。
「ハァ!?生意気ね。アンタ状況わかってるの?やってないだけでその気になれば、つ、突き刺すことだってできるわよ。あたしの仲間に手を出したんだもの。それなりの覚悟の上で何でしょうね?」
睨む騎士。穂先を震わせる魔法少女。そんな二人に対してあさひはどこか気楽だ。おそらくこの少女が一番状況をわかっていないのかもしれない。
「はーいはい、二人とも仲良くだよ。じゃあ私が自己紹介します!私は結加里あさひ。好きなことは人助けで趣味は人助け。夢は人助けで好物は人助け?みたいな感じかな?ハイ!次ついりちゃん行ってみよー」
「アンタね……いいわ、名乗ってあげるわ。あたしはMB所属の魔法少女、森咲ついり。そこにいる剣引実沙さんそしてもう一人の頼れる魔法少女弓貫慧子さんとこの街、朝垣市を守っているわ。貴方が行った破戒行動と剣引さんを危うく殺しかけた疑惑に関して貴方から弁明はあるかしら?さあ、答えなさい!」
と、最後はやはり高飛車お嬢様風な口調になってしまうついりに対して謎の女騎士が口を開こうとした。何か言いかけた
「私は───」
───その時だった。
「aaa.aaaaaaaaaa!」
「「「!!!」」」
公園の外から咆哮と熱波と共にそれは現れた。
拘束されている騎士以外はその轟音の方向へ振り向くと巨大な串を携えた化け物がいたのだ。テーブルやバーベキューセットは省かれているがそれはあさひが夕方仕留めた魔女と同じ姿形をしていた。
「あれは……私が倒した奴!」
「ついり先輩!魔女が!」
「何ですって!?結界は張られてないのに!?」
魔女は巨大な串を槍のように持ちこちらへと突進する。さながら戦車のごとく。
あさひとついりはソウルジェムを輝かせる。そして瞬時に魔法少女へと変身する。
二人の服装が制服から変わっていく。あさひは燃えるような赤ドレス、一方のついりは白を基調としてアクセントに緑のラインが手足に沿ってデザインされている近未来的なボディースーツのような格好へと。
ガギン!!!!
真紅の片鋏と翡翠の槍が魔女の大串を受け止める。
「ついりちゃん!剣引さんを後退させて!」
「わかってるわ!それまで時間を稼いでおきなさい!」
「@um/邪ijum」
パチパチと魔女の火の粉が公園の木々に降りかかる。
「そうだ!結界の中じゃないんだ!だから建物にも影響が出ないようにしなきゃ!」
「ねぇ!」
不意に後ろから声がする。
「はい?」
「早く私の拘束を解いて!」
「……あ!」
あさひは完全に忘れていた。この女騎士の存在を。
「そうだった!ごめん!」
スルスルスルと音を立てて糸による拘束は意味を無くし霧散した。
「よーし!一緒に戦おう!えーと……名前は……」
まだ名前も素性をも知らないがあさひは友好的に話しかけた。
「答える必要なんてないわ。貴方はただそこで見てればいい。アイツは……アイツらは私が全て倒す!!!」
疾風怒濤。神速連撃。そんな言葉が鎧を纏ったような光景だった。その手には再び西洋剣が握られていた。おそらく魔力で生成し直したのだろう。
「アアアアアッッッ!!!!」
「umoz目障ower!!!!!」
女騎士は魔女を弾き飛ばす。そして手にした剣を魔女にまるでダーツの矢のように軽々と投げつける。
そして、グサリと見事命中する。人型をしていたため剣の刺さった部分は人間でいうところの心臓の位置に突き刺さっていた。
「ikkkeoss癪ssikkkkk!!」
一瞬ビクリと痙攣した後、魔女はその場に倒れ込んでしまった。ドドンという音と少量の砂埃を巻き上げながら。
魔女の体は末端から少しずつ風化し粒子が風に舞う。
「うひゃーすごいな、あっという間だ」
「あっけない……違った……か」
狂戦士はそんなことを誰にも気づかれないくらい小声で呟く。
と、ここで槍を携えた少女───森咲ついりが戻ってきた。
「この街の悪の権化、魔女!大人しくあたしの槍で倒されなさ……って倒れてる!?」
「あー……。えっと、ついりちゃんもう終わったよー」
「なんですってぇ!?あたしの華麗なる出番は!?」
残念ながら今回はないのである。
「……なんかよくわからないけど倒れたんだよ」
「なるほどね。アンタが倒したってワケね?」
ついりは謎の女戦士に話しかける。
「別に、邪魔だっただけ」
「ふーん。悪事に加担するって感じじゃないね?なのにあたしの仲間は殺しかける……わからないわ。それでもさっきの魔女はアンタの差金って訳じゃないのね」
「想像に任せるわ」
騎士はそう答えて踵を返して夜の街へ消えてしまった。
「あ!」
あさひは今にも公園を出ようとする女騎士に駆け寄ると
「私は結加里あさひ!」
と自己紹介する。
「……さっき名乗ったじゃない」
「あ、そっか。そうだった。えーと、よければあなたの名前も聞きたいなって」
「それを聞いてどうするつもり?私のことを調べる?人一人殺しかけた殺人未遂者のことを?」
その人物は投げやり気味に吐き捨てる。やや自嘲気味に。
「いやいや違う違うって!えーと……ここで会えたのも何かの縁だから。こんな縁でも大事にしなきゃなって思って……変かな?」
「ええ、変よ」
バッサリと切り捨てられあさひは「うぐ」と小さく口から漏れ出る。
「でも、嫌な感じはしないわ。…………私は、
「つ、き、の……ちゃん。うん。忘れるまで覚えておくね」
「?変な人ね。私としては覚えておく必要なんてないと思うけど」
そんなことを言って繰輪月乃は今度こそこの場から消えていく。あさひは「またねー」と言いながら手を左右に振るのであった。
「アンタ相変わらず変わってるわよ」
「それ月乃ちゃんにも言われた」
「月乃?ああ、さっきの女ね。さ、あたしたちも帰りましょアンタは調べないだろうけどあの女の素性は調べる必要がありそうね」
「ところでコレどうするの?」
あさひは切断された遊具や軽く焦げた木々を見てそうついりに問いかける。
「それならさっきMBに連絡したわ。事後処理はそれ専門の人がやってくれるでしょ」
「おー。なんかすごい。殺し屋みたい」
「人聞きが悪い!!!!アタシたち街を守る組織なの!!」
二人はそんな会話をしていた。
だが。
一瞬、何が煌めく。まばたきさえ許さないほどの刹那の時間に。
それにあさひは気づく。否、気づいてしまったという方が正しいか。
その時にはもう体は動いていた。
「ついりちゃん!!!!」
あさひはついりを突き飛ばす。
ビュン!と空気を切り裂く音がした。否、遅れてやって来た。音さえも置き去りにして光が先ほどまでついりのいた地点を薙いだのだ。
あさひはノーバウンドで五メートル先へ吹っ飛び、公園の柵に激突してやっと止まった。
「あさひ!!!」
ついりはあさひに駆け寄り、咄嗟にソウルジェムを見る。
(よかった割れてない。それに濁ってもいない)
───魔法少女にとってソウルジェムは生命線なのである。ソウルジェムが砕かれた魔法少女は活動を停止してしまう。
それを森咲ついりはおろかMB所属の魔法少女とその候補生なら誰でも知っている。だからこそ安堵したのである。
「こちらMB!!C班リーダー森咲ついり!!!判別不明の攻撃により未所属魔法少女結加里あさひが負傷!!!!至急救護班を手配します!!!」
ついりは急いでそう連絡をすると、変身して周囲を警戒する。
(なんなの?攻撃の目的が読めない。魔女の結界から攻撃した?それともさっきの結界を持たない魔女?でもあれはさっきの女が……まさかさっきの女、アタシたちを油断させている隙に遠くから狙撃した?)
などと考えていると爆速で救急車のサイレンが鳴り響いてくる。救急隊員───に偽装したMBの救護班がストレッチャーにあさひを乗せていく。
「後は、お願いします」
ついりはそう隊員たちに告げる。隊員たちは小さく頷くと救急車にあさひを回収した。
ドップラー効果でサイレンの音が歪む。そして音が消えるまでついりは立ち尽くしていた。
「あさひ……死なないでよ……」
漏れ出すその言葉に熱が籠る。
彼女の握り拳は微かに震えていたのだった。
「結加里……あさひ……ね」
繰輪月乃はそう呟いた。