灰原は足元の力が抜けそうになるのを感じたが、冷静を装い、玄関口で立ち尽くした。
「…仙水悠、一体何のつもり…?」
灰原の声は低く抑えられていたが、その瞳には恐怖と怒りが混じっていた。
「君に会いに来た。ただそれだけだよ。」
仙水は涼しげな声で応じる。だが、その口元に浮かぶ微笑みは冷徹そのものだった。
「……ふざけないで。あなたがここに来る理由なんて他にないはずよ。組織の命令?」
灰原は一歩も動かないまま、じっと彼を見据えた。
「命令だって?違うな。僕はただ、君に選択肢を与えに来ただけだ。」
「選択肢…?」
その言葉に灰原は眉をひそめた。
「まずは紅茶でもいただこうかな、話はそれからだ」
「えっ…?」
「ああ、ないならコーヒーでもいいけど」
「いやそうじゃなくて」
「ああもう!前みたいに一緒にお茶しようって言ってるの!嫌なの?」
「べ、別に嫌ってわけじゃ…」
「じゃ、お願いします」
「…」
調子が狂うなと思いながらも中央のキッチンへ行きお湯を沸かす。
その間にろ紙にコーヒー粉末をいれる。
「いやあ…まさか本当にちっこくなってるとはね〜」
「…」ビクッ
「大丈夫、何も言ってないから」
「…なんで言わないの…?私、彼らを裏切ったのに」
「まあ何も言わずにどっか行っちゃったのは感心しないけどね」
「……ごめん」
ポッ
お湯が沸き、ポットから漏斗にお湯を注ぐ。
ポタッ…ポタッ…
「で、できたわよ」
「おーありがとう!これこれ!志保ちゃんが作るコーヒー一番好きなんだよね〜」
仙水は短く笑った後、出来たてのコーヒーを飲む。
「あれ、なんか淹れるのまたうまくなった?以前よりおいしさが引き立ってる」
「ま、まああれから時間も経ってるし…」
「…ふむ。」
「…」
「じゃあ本題と行こうか」
出来立てのコーヒを一口飲むと、
ポケットから一粒のカプセル錠とSSDメモリーを取り出しテーブルに置く
「!?……これ…は……」
灰原が驚愕する、仙水は答えた。
「選択だよ」
選択…?
「もし今組織に戻ることを約束してくれるなら、君とその周りの安全は保証しよう。もし断るなら…まあ今の君を見るとこっちがメインになりそうだけど…もし断るならその保証はできない。ただし、薬の研究は続けて、定期的に成果を報告してくれたらその限りではない」
「…え?」
「??」
「私を…殺しに来たんじゃないの?」
「そんな事誰がするもんか…君は僕の友人なんだから」
「友人…」
「え、ちがうの…?……ま、まあともかく、そういうわけだから、これを明日までに決めといて。あ、因みに阿笠さんとか周りの人に言っちゃだめだからね?これだけは守ってほしい」
「どういう意味?」
灰原は距離を取るように一歩後退しながら聞いた。
「君には、阿笠さん、それに探偵団といった大事な存在がいる。でももし組織の魔の手が襲ってきたら、彼らを守りきれない。そうだろう?僕を信じて、君自身で答えを見つけるんだ。」
「信じろですって?」
灰原の声には怒りと困惑が入り混じっていた。
「君にはその価値があると、僕は思っている。それだけさ。」
仙水は言葉を切ると、静かに玄関を横切り外へと向かって歩き出した。
「あ、そうそう、パスは君の指紋認証にしている。知っこくなる前の指紋でも大丈夫だとは思うけど、一応後で確認してね。。あと君以外の者が見ようとした場合は、以前のようになる。この意味、わかるよね」
前回というのは、おそらくフロッピーディスクで薬のデータを閲覧しようとした件についてだろう。やはり知られていた。それを回想していると、仙水は席を立ち、その場から立ち去ろうとした。
「待って!」
灰原は思わず声を張り上げたが、仙水は,振り返らずに言った。
「選ぶのは君だ、シェリー。いや、哀ちゃん。」
そのまま玄関のドアが静かに閉じられた。
ガチャッ…
バタン…
仙水が扉を閉めた瞬間、緊張が一気にほぐれ、そのまま座り込む……
灰原の心に混乱と疑念が渦巻いた。仙水の言葉は嘘とも本当ともつかない。だが、その冷静な目には何かを伝えようとする切迫感が見えた。
灰原はその場に座り込んだまま、困惑していた。
「どうして…あなたは...」
胸の奥で押さえ込んできた感情が、静かに湧き上がる。
仙水悠。かつての同僚であり、彼女が唯一信頼していた存在。だが今の彼は、組織の一員として冷徹に動く存在だ。その彼が、なぜ自分に「選択肢」を与えようとするのか。
博士が帰宅した後、灰原は一人でそのことについて反芻していた。
果たして、その先に何が待つのか。彼女の頭の中には、仙水の冷たい微笑と「君には選ぶ権利がある」という言葉が何度も繰り返されていた。
その選択が、彼女自身やコナンたちの運命をどう変えるのか――それは、まだ誰にもわからない。