令和のモリアーティ〜謀略〜
「19世紀の終わり、人類は物理学の理論はすべて完成したと考えていた。それは何でだと思う? 君、答えられるかな?」
「はい、それは、ニュートン力学やマクスウェル電磁気学によって身の回りの現象についてすべて説明できるようになったからだと思います。」
「その通り!よく勉強してきてるね。しかし、時代の経過と共に実験精度が上がり、人類はこれまでの物理学では説明できない物理現象の数々を目の当たりにすることになる。そこで現れた新しい物理学。それが量子力学というものなんだ。」
仙水悠はいつも通り東都大学のキャンパス内で講義をしている。
今日は数学に加えて物理学の講義だ。黒板にはこの世を司る真理について数式でつらつらと書いていく。
キーンコーンカーンコーン
「おっともうこんな時間か。取り敢えず今日はここまで。
次回までに有限井戸のポテンシャルによって束縛される粒子のエネルギーと、取りうる固有状態を求めてClassroomに提出して下さい。そして次回はトンネル効果について扱います。じゃあ予習、忘れずにね」
そういうと、学生の質問を何個か対応した後、そそくさと教室を出る。
「はあ。。。」
大学構内を歩く物理学者。
しかしその目の奥には明確なストレスがあった
非常勤講師として優れた教授陣に混じり、学生たちに物理学を教えている。
物理学について考えているときが僕の唯一の癒しだ。
しかし、実際頭の中にあるのは背後で進行している組織の任務にある。
授業が終わり、自らの居室へいく。量子コンピュータについての理論研究をする傍らで、今後の自分の動きを考えることにした。
「鬱だ……なんでこの僕がこんなことしなきゃいけないんだ…」
黒の組織は今、新たな幹部争いが勃発している。ハイドシティホテルでPISCO亡き今、あらゆる派閥が次代のコードネームをめぐって争っていた。
仙水はその中でうまく立ち回れるように、裏で駆け引きを進めていた。
めんどくさい…
こんなのに付き合ってる暇ないんだが……
といいつつも、
彼の持ち前のITスキルを駆使し、ネットワークを通じて他の幹部の情報を得たり、警察やFBIの監視をかいくぐるためにシステムにアクセスしていた。
なんだかんだで彼は常に一歩先を行っていた。
*****
ある日、FBIの捜査が急に加速し、黒の組織の新たな拠点に関する情報が漏れたことが知らされた。
警察とFBIが連携し、組織に対する圧力をかけてきたことに気づき、ころを上に報告。
これを受け、火消しするよう命じられた。
すぐに対策を講じる。
彼は大学の研究室にこもり、ハッキングを駆使してFBIの監視システムに侵入。そのデータを組織に流すことで、情報機関の動きをかき乱し、黒の組織の拠点が襲撃されるのを防ぐのだ。
これに、組織は迅速に対応。
一切の痕跡も残さず、速やかに拠点を撤収した。
この一連の騒動の中、PISCO派を名乗る新たな幹部候補があらわれた。
そいつは、仙水の意向に反して独自の計画を進めていたようだ。他の幹部候補を蹴落とすことも辞さない、残忍な性格で知られる、楠田陸道という男だった。
彼は警察組織内部への侵入を得意とする内部工作部隊の一人だ。今までにも、中国の人民警察、日本の警視庁にも侵入し、組織の犯行の証拠となる防犯カメラの映像の改ざんや、証拠物となり得るものの強奪に成功した実績がある。
この一連の流れ、偶然ではないな…
そう思うと仙水はすぐに行動を起こした。
FBIの監視システムに侵入し、彼らの行動計画や使用している情報ネットワークを解析。
その結果、原因は割とすぐに突き止めることができた。
「なるほど、情報が組織内から流出したのは単なるFBIの手によるものではなく、内部によるものだったというわけか……。楠田くんもやるねぇ。」
その幹部を陥れ、組織の内部争いに巻き込ませることで、自分の立場をさらに強化するのが、彼の流儀だ。
「ならその流儀に則って、君を陥れようではないか」
これならハッキングを仕掛けるまでもない。この事実をそのまま報告すればいいだけだからな。
すかさず、僕はとある人物にメールを送ることにした。
*****
仙水悠は、大学の研究室で静かにキーボードを叩きながら、楠田陸道の行動を観察していた。彼の残忍な手法や、幹部候補たちへの圧力は目に余るものであった。だが仙水はこれに考えを巡らせていた。
予想してた通り、楠田は幹部候補の地位を剥奪され、完全に粛清の対象となった。
だが仙水はそこに待ったをかけたのだ。
仙水の真の目的はそこにある。
仙水はとある人物に電話をかけた。
「も…もしもし…」
その人物とは楠田陸道のことだった。
「やあ、初めましてだね。僕のことは知っているかな?」
「あ、あぁ…組織の中じゃ有名だ……現代のモリアーティだって」
「おいおいちまたじゃそんなふうに言われてんのかよ…さすがにモリアーティはいいすぎだろ…」
モリアーティはあの方に取っておけよ…ぶち殺されるぞ…
「で、でも犯罪網の糸を束ねてるの、あんただって聞いてるし…」
「あっそ…」
「…」
「さて、次に君をどうするかだ」
と仙水は微笑みながらつぶやいた。
「殺すならひと思いに殺せよ」ニヤァ
楠田の残忍な性格は間違いなく組織に仇なすものであり、組織の抹殺対象になっていた。しかし楠田のスキルは無くすには惜しい程に優れており、組織の利益になることは間違いなかった。
なので彼を生かし、余すことなく利用しようと考えたのだ。
利用できるものは何でも利用する
これが僕の流儀だ。
仙水は直接楠田に接触し、彼の能力を利用する代わりに、過去の行動を隠蔽するという条件を提示した。
「あ?殺す?お前を殺すなんて、何とも生ぬるい…」
「ひっ……!?」
「君に選択肢はない。僕の下で働くことだけが、君の存在価値を持つ。それだけだ。」
仙水の冷静な眼差しと言葉に圧倒された。
彼のスキルを失うのは実にもったいない。だから僕の手中に収まめ、思う存分こき使ってやるんだ。
ハハハ…
こういうのも悪くないな…
*****
京都
京都帝国大学
日本物理学会
仙水は一方で大学教員としての仕事を淡々とこなし、物理学の講義や研究発表で名声を高めていた。
彼の研究はカーボンナノチューブや量子計算に関連し、国内外の学会で注目を集めていた。
この名声が彼を黒の組織からも完全に疑いの目から遠ざけていた。
「いやぁ、今日の発表は実に素晴らしかったよ仙水さん」
「いやいや、恐縮です」
声をかけてきたのは京都帝国大学の森谷康徳教授。彼は量子アニーリング方式という、僕とは異なる方式の量子コンピュータの基礎技術を生み出した研究者の1人だ。
因みに森谷といったが、なんとまあ偶然にもあの森谷帝二の弟さんである。
森谷帝二は去年、都内で相次いだ連続爆破事件を起こした。帝二が自ら設計した建築を爆破の対象とし、東京を恐怖のどん底に貶めた。警察の多大な貢献でことは収まったが、いまだその事件は世間を燻っている。
康徳教授は事件後、連続爆弾魔の弟ということでずいぶんバッシングを受けた。そんな中でも、私は彼の偉大さを理解していたので彼を最大限助けた。
それに恩義を感じたのか、私の研究も手伝ってくれたのだ。
その頃から彼とは友人であった。
僕が組織へ行ったあとも、継続して研究を手伝ってくれた。
当時僕の研究がぶっ飛びすぎているとして完全に学会には見放されていた。そのために相談に乗ってくれたのだ。
今回の成果も彼の相談の賜物である。
「それにしても、カーボンナノチューブのQ-bit制御といった応用は以前から有名な話でもありましたが、まさかそんな応用の可能性があるとは思いませんでしたよ〜。」
「えぇ、今回行った計算が間違いなければ、マヨラナ準粒子の発現メカニズムを正しく説明できると思います」
「それはすごい!君がまたこうして成果を上げる日が来ようとは…私も鼻が高いよ…あ、もしよければこのあと私どもの研究室で打ち上げがあるのですが、是非参加していただきたいです、どうでしょう?」
「とても嬉しいお誘いありがとうございます。しかし明日も朝早くから予定があるのでこれで失礼したいと思っています」
「あら、明日は日曜なのに予定が?」
「えぇ、休日でないと自分の研究を進められないので…明日も今回発表した計算を回そうと思っていまして」
「それは失礼しました。毎日大変ですねぇ。良い結果となることを願っています。ではまた機会があれば飲みに行きますか!」
「それもそうですね、本当、ありがとうございます。」
「いいって、じゃ、気をつけて帰ってくださいね〜」
「…」
彼には悪いことをした。
その自覚はある。
ただ、僕はもう止まることを許されないのだ。
この心の痛みを必死に押さえつけ、たった今ホームに到着した東京行きの新幹線に乗り込んだのだった。
*****
東京
東都大学
研究室
さっそく彼はパソコンを起動しネットワークに接続し、スーパーコンピューターにアクセスする。
しかしこれは大学内のネットワークではなく組織のネットワークだ。
彼は以前、大手ゲーム企業のTOKIWAに最高水準のスーパーコンピュータを作らせた。先週になってようやく完成にこぎつけ、昨日から利用できるようになったのだ。
これを利用し、各国情報機関のデータベースに侵入する計画を進めていた。
もちろん楠田もその計画の一部に組み込まれ、警察機関の内部情報を引き出す任務を与えられていた。
「楠田、次のターゲットはMI6だ。ロンドンのオフィスに侵入し、特定の工作員の活動記録を入手してくれ。それが成功すれば、ラムにも君の価値を再認識させることができるだろう。」
「チッ…いちいちこき使いやがって」
「そんな事は言わずに…給料は弾むから」
「そういうことじゃねぇって!あぁっ!ったく…」
楠田はぶつぶつと反発しながらも仙水の命令に従う
1週間後、楠田は見事に成果を上げたことを報告してきた。仙水はその結果をラムに報告し、楠田の評価を再び高めることで、自身の管理能力も強調した。
これで、コードネーム継承戦争の勝者は確実のものとなっただろう。
仙水悠は研究室で独り、次の計画を練っていた。楠田を手中に収めたことで、彼の影響力はさらに増していた。だが、彼の視線はその先を見据えていた。
「いずれ、この組織そのものを僕の思うように動かせる日が来るだろう。そして、そのときこそ僕の真の理想を実現する時だ。その暁には…」
仙水は意外にも、少々温かみのある微笑みを浮かべ、ハッキングツールを立ち上げた。彼の中では、物理学者、そして黒の組織の一員としての使命が完璧に融合していた。
******
ピリリリリリリ…
ガチャ
「もしもし」
「おめでとう仙水君。今日から君はPISCOだ」
2代目PISCO…
新たな幹部の誕生の知らせは、薄暗い研究室をより一層暗闇に誘うのだった。