名探偵コナン外伝〜殉黒の抹消記録(Raven's Report )〜旧闇黒秘儀の機密文書 作:Yunice
具体的には、
新一が仙水を推理するシーン
新一がコナンに戻るシーン→新一のまま
最後の仙水居場所: 仙台の研究室→東京某ホテル
です。まずはそこを確認してから今作をご覧ください。
ご理解の程、よろしくお願いします
今回は、次の日の、帰ってきた新一から話が始まります。
最初以外ほぼ原作です
東京都米花町
米花センタービル 展望レストラン
窓の向こうには、夜の街が広がっていた。
道路を流れる車の灯りが、遥か下で細い線を描いている。その景色を背に、仙水悠はメニューを閉じた。
「つまり、量子コンピュータをゲームに使えないか、というお話ですね」
向かいに座る男が頷く。
「ええ。先生のお話を拝見してから、ぜひ一度お聞きしたいと思っていたんです」
ゲーム会社の開発部長、大場悟。仙水の前には、先ほど受け取った彼の名刺が置かれていた。
「例えば、今よりずっと複雑な世界を動かしたり、登場人物に人間のような判断をさせたり……そういうことは可能なんでしょうか」
「量子コンピュータに替えれば、そのまま実現するというものではありませんね」
仙水は水を一口飲んだ。
「何を計算したいのか、まずそこを決める必要があります。映像を綺麗にする処理と、登場人物の行動を決める処理では、解く問題が違いますから」
「なるほど。ゲーム機の性能を上げるようにはいかないと」
「ええ。ただ、開発の過程には検討できるものもあると思います。たくさんの条件の中から配置や組合せを選ぶ、といった問題ですね。もっとも、それも今の計算方法より有利なのか、確かめるところからですが」
「すぐに商品に載せられるわけではないんですね」
「研究には、使わない方がいいと分かる成果もありますから」
大場は少し意外そうな顔をした後、笑った。
「営業には、なかなか言えない言葉です」
「できないことまで約束すると、後で研究者が困ります」
仙水も苦笑する。そのとき、大場が入口へ目を向けた。
「失礼。少し席を外してもよろしいですか。社長たちの到着を確認してきます」
「どうぞ。僕は逃げませんから」
「ありがとうございます」
大場は立ち上がり、テーブルの間を抜けていった。仙水は再び窓の外を眺める。
今日は、先方の社長も交えた顔合わせという話だった。もっとも、今のところ具体的な契約を結ぶ段階ではない。先ほどの質問も、量子技術で何ができるのかを知りたい、という範囲のものだった。
まあ、こういう話から始まるものもある。
そう考えながら腕時計に目を落とした、そのときだった。
「……あれ? 仙水先生?」
聞き覚えのある声に顔を上げる。
「毛利さん?」
入口から歩いてきたのは、毛利蘭だった。普段の制服とは違う装いで、隣には一人の少年がいる。工藤新一。
「こんばんは。先生も、お食事ですか?」
「ああ。今日は仕事の相手とね。君たちは……」
二人を見て、仙水は言葉を止めた。蘭の頬が、わずかに赤くなる。
「その、新一がここで食べようって……」
「へえ」
仙水は新一へ視線を移した。
「いいお店を知っているんだね」
「まあ、ちょっと」
新一は曖昧に答える。
「先生こそ、昨日は高校の文化祭で、今日はこんなところで。ずいぶん行動範囲が広いですね」
「東京に来る用事は、なるべくまとめて済ませたいんだ。仙台から何度も往復するのも大変だからね」
「なるほど」
新一の目が、テーブルに置かれた名刺を捉えた。
「ゲーム会社の方と、お仕事ですか?」
「うん。ゲームの開発に量子計算を使えないか、という相談を受けていてね」
「研究だけじゃなく、そういう相談も受けるんですね」
「自分の研究が、他の分野からどう見えるかを知る機会になるからね。僕から質問することも多いよ」
「……そうですか」
新一は、名刺から仙水の顔へ視線を戻した。
昨日と変わらない、穏やかな表情。
こうして話していると、やはりごく普通の研究者に見える。
だが、体育館で見たあの眼差しは、まだ記憶に残っていた。
「どうしたの、新一?」
蘭の声で、新一は我に返った。
「いや、別に」
「それじゃあ、僕もそろそろお引き留めするのはやめようかな」
仙水は二人の後ろで待つ店員へ目を向けた。
「どうぞ、ゆっくり楽しんで」
「はい。先生も」
蘭が会釈する。新一も軽く頭を下げ、案内されるまま奥の席へ歩いていった。仙水は、その背中を少しの間見送った。
昨日のことで、やはり色々思う所があったのだろう。
何気ない質問なのか。それとも、まだ何か気になっているのか。
……まあ、今は彼にも別の用事があるらしいし、また後日話を聞くことにでもするか。
仙水は二人から視線を外した。
「もう。せっかく戻ってきたのに、また推理してたんじゃないでしょうね」
席に着くなり、蘭が言った。
「してねーよ。普通に話してただけだろ」
「昨日もそう言って、先生のスーツまで調べてたじゃない」
「目に入ったんだから、しょうがねえだろ」
「はいはい、名探偵さん」
蘭は呆れたように笑って、メニューを開いた。
新一は向かいの彼女を見る。こうして、同じ高さで顔を見て話せる。蘭が自分に向けて笑っている。それだけのことが、妙に落ち着かなかった。
「……何よ?」
視線に気づいた蘭が顔を上げる。
「いや。その服、見たことねえなと思って」
「そりゃそうよ。新一がいない間に買ったんだもの」
「ふうん」
「……それだけ?」
「え?」
「何でもありません」
蘭はメニューを持ち上げ、口元を隠した。新一は困ったように頬をかく。
「……似合ってるよ」
メニューの上から、蘭の目が覗いた。
「最初からそう言えばいいのに」
「言おうとしてたんだよ」
「本当かしら」
蘭は笑った。
注文を終え、店員が離れると、テーブルには短い沈黙が落ちた。
周囲では食器の触れ合う音と、低い話し声が続いている。窓の外の街は、学校の帰り道から見る景色とはまるで違っていた。
「でも、どうしてここにしたの?」
蘭が尋ねる。
「高校生が来るには、ちょっと立派すぎない?」
「たまにはいいだろ。ちゃんと予約も取れたんだし」
「お金、大丈夫なの?」
「それは心配すんな」
「まさか、食べ終わってから二人でお皿を洗うとか……」
「どんな店だよ」
新一が笑うと、蘭もつられて笑った。その顔を見て、新一は少しだけ肩の力を抜く。
今日は、ちゃんと話したい。
ここへ来るまでに、何度も言葉を考えた。ところが、いざ向かい合うと、どれも用意してきた台詞に聞こえる気がした。
「ねえ、新一」
「ん?」
「明日も、学校に来るんだよね?」
新一の指が止まった。蘭は、返事を待っている。
ただ明日のことを聞いているだけだ。
明日も教室で会えるのか。
そして、また昔みたいに一緒に帰れるのか。
それなのに、その問いにはすぐ答えられなかった。
「……そのつもりだよ」
「そのつもり、って何よ」
「まだ片づいてねえこともあるからさ」
蘭は目を伏せた。
「また、急にいなくなるの?」
新一は口を開きかける。
大丈夫だと言えたら、どれほど楽だろう。
明日も、明後日も、ここにいると。
「……今日は」
新一は、テーブルの上で指を組み直した。
「今日は、お前と飯を食うために来たんだ。途中でどっかに行くつもりはねえよ」
蘭が顔を上げる。少しの間、新一を見つめていたが、やがて小さく頷いた。
「じゃあ、今日は事件の話ばっかりしないこと」
「分かったよ」
「ホームズの話もほどほどにね」
「そこまで制限すんのかよ」
蘭は、ようやく笑った。
「お知り合いですか?」
戻ってきた大場が、仙水の視線を追った。
「ええ。先日、講義をした高校の生徒さんです」
「あちらの男の子も?」
「彼とは、その後の文化祭で知り合いました」
大場は新一の横顔を見て、何かを思い出したように頷いた。
「……どこかで見たと思ったら、工藤新一君じゃありませんか」
「ご存じで?」
「新聞で見たことがあります。高校生の探偵だとか」
「ええ。昨日も、事件を解決していましたよ」
「それはまた……」
大場は椅子を引いた。
「すみません。社長の方が少し遅れていまして」
「構いませんよ」
仙水はテーブルへ向き直る。
その後は、現在の開発体制や、研究者と企業の間で必要になる情報のやり取りについて話が続いた。
大場は現場の事情によく通じていた。
仙水が計算上の条件を尋ねると、具体的な例を挙げて答える。
逆に、実際に試すには何を用意すべきかという質問には、仙水も少し考え込まされた。
やがて大場は、連絡を確認するため再び席を外した。
仙水は運ばれてきた料理に目を落とす。
会う前には、量子という言葉だけが独り歩きした相談になるかと心配していた。だが、少なくとも開発を担当している人間とは、話ができそうだった。
「……それで、園子がね」
蘭は、文化祭の準備中にあった出来事を話していた。
台本の変更や衣装の手直し、放課後まで残って作った舞台の飾りといった新一の知らない話もあれば、何気ない日常の、コナンとして耳にしたことのある話もあった。
何度か、知っていると答えそうになって飲み込む。
そのたびに、自分が今どちらの姿でいるのかを意識させられた。
「……ちゃんと聞いてる?」
「聞いてるって。園子がまた台本に妙なことを書き足したんだろ」
「妙なことって……私、結構困ったんだからね」
「知ってるよ。昨日見たから」
黒衣の騎士。舞台の上で向かい合った、あの瞬間。
途中で止まってしまったのは、劇だけではなかった。
「蘭」
「……何?」
新一は、窓際に置かれた小さな花瓶を見た。それから、もう一度蘭を見る。
「さっき、何でこの店にしたのかって聞いたろ」
「うん」
「実は――」
そのとき、少し離れた場所で食器の触れ合う大きな音がした。新一は言葉を止める。
一人の従業員が、足早に店内へ入ってきた。責任者らしい男に近づき、何かを耳打ちする。男の顔色が変わった。
「……救急車は?」
声が、こちらまで届いた。蘭も振り返る。
「何かあったのかな……」
新一は、従業員の動きを目で追った。
「警察にも連絡を。下のエレベーターホールです」
椅子を引きかけたところで、新一は蘭を見た。蘭も、彼を見ていた。
「……行ってきて」
「蘭」
「誰か、倒れたんでしょう?」
新一は唇を結んだ。蘭は困ったように微笑む。
「気になってる顔で、ここに座っていられても困るわよ」
「……すぐ戻る」
「うん」
新一は立ち上がった。従業員のもとへ向かい、短く事情を尋ねる。
返ってきた答えに、その表情が変わった。
同じ頃、別のテーブルでも椅子が引かれていた。
「辰巳社長が……?」
戻ってきた大場の声だった。仙水は、彼の隣に立つ従業員へ目を向ける。
「これからこちらへ来られる予定だった方ですか」
従業員が頷いた。
「はい。今、下で……」
エレベーターホールの一角には、人だかりができていた。警備員が客を遠ざけ、従業員が声を震わせながら電話をしている。開いたエレベーターの中。一人の男が、倒れていた。額には傷があり、血が床へ広がっている。新一は膝をつき、男の状態を確かめた。その横顔が、険しくなる。
「……触らないでください」
駆け寄ろうとした従業員を制する。
「中の物にも。警察が来るまで、このままに」
「お父さん……?」
背後で、女性の声がした。振り返ると、大場と一人の女性が立っていた。女性は男の姿を認めると、その場で足を止めた。
「お父さん!」
駆け出そうとする彼女を、大場が支える。仙水は、少し離れた位置からエレベーターの中を見た。
辰巳泰治。今日、顔を合わせるはずだったゲーム会社の社長。
直接話す機会は、なくなってしまった。新一が立ち上がる。
その向こうに、蘭の姿が見えた。結局、心配して降りてきたのだろう。
二人の目が合った。新一は何か言いかけたが、すぐに警備員から声をかけられた。
「君、ここは私たちが――」
「工藤新一です。警察が到着するまで、現場の保存に協力させてください」
名を聞いた警備員が、新一の顔を見直す。周囲のざわめきが、少し変わった。仙水は腕を組むこともなく、静かに立っていた。
先ほどまで、あの少年は言葉を選びながら少女と話していた。ところが今は、相手の返事を聞き終える前から、次に確認することへ目を向けている。
昨日、体育館で見たのと同じ顔だった。
「仙水さん」
新一がこちらを向いた。
「亡くなった方とは、お仕事で会う予定だったんですよね」
「ああ。今日が初対面になるはずだった。まさか、これが初対面になるとは。」
「それなら、後でお話を聞かせてください」
「もちろん」
仙水は頷いた。
遠くで、サイレンが聞こえ始める。
新一はもう一度、エレベーターへ視線を戻した。
二人の食事は、まだ途中だった。窓際の席には、運ばれた料理が残っている。蘭に伝えようとした言葉も、まだ口にできていない。
だが今、目の前には、一人の死者がいる。
新一は息を吸い、駆けつけた警察官へ向き直った。