名探偵コナン外伝〜殉黒の抹消記録(Raven's Report )〜旧闇黒秘儀の機密文書 作:Yunice
今回はやや短いですが、ちょっとだけ物語が動きます。
「お疲れさま、工藤君」
事情聴取を終えた仙水が声をかけてきた。
「……どうも」
「昨日も思ったけど、君は随分、証言の確かめ方に慣れているんだね」
新一は仙水を見る。
「何件も事件に関わってますから」
「そうだろうね。桜子さんにピアスを買った時期を聞いた後、質問の仕方が変わった。あの時には、もう大場さんをかなり強く疑っていたんじゃないかな」
胸の痛みとは違う緊張が、新一の中に生まれた。
その時、仙水は離れた場所で警察の指示を待っていたはずだ。だが、こちらの質問も、その前後の変化も見ていた。
「……先生、ずっと俺を見てたんですか」
「ずっとではないよ。警察からも、そこにいてほしいと言われていたしね。君の声は聞こえてたし」
仙水は穏やかに答えた。
「推理の結論より、どうやって確かめるのかに興味があったんだ。昨日、研究と似ているって話したでしょ?」
説明としては、何もおかしくない。
現場に居合わせ、推理に関心を持ち、話を聞いていた。それだけだ。
だが、新一は思い返していた。鑑識員が遺体の周囲で動いていた時のこと。大場が犯行を否定した時のこと。彼が父親の死について語り始めた時のこと。
その間、仙水の注意はどこへ向いていたのか。
「工藤君?」
新一は、仙水の目に視線を戻す。
「……何でもありません」
昨日、こちらが何を確かめようとしていたかを見抜かれた。今日は、誰を疑い、いつ判断を変えたかまで気付かれていた。
好奇心の強い研究者。
それで説明はできる。少なくとも、それ以外だと決める材料はない。
しかし、新一には気になった。
この人が知りたいのは、事件の真相でも、自分が披露した推理でもない。
どの情報に反応し、どの時点で判断を変えたのか
――そこを、妙に細かく見ている。
ドックン。
新一の肩が、わずかに揺れた。
「やっぱり、具合が悪いんじゃないか」
仙水が一歩近づいた。
新一は反射的に身体を起こす。
「大丈夫です。すみません、連れを待たせてるので」
仙水は足を止めた。それから、蘭のいる方へ目を向ける。
「そうだったね。引き留めて悪かった」
追及も、制止もされなかった。仙水は道を空け、新一を通す。
「僕はこれで失礼するよ。毛利さんにも、よろしく」
「……ええ」
新一は歩き出した。背中に視線を感じたが、振り返らなかった。
今、これ以上あの人の前にいるのはまずい。
身体の変化を隠さなければならない。その焦りに、仙水への警戒が重なっていた。
蘭のいる席へ戻る前に、新一は足を止めた。廊下の壁に手をつく。熱が引かない。胸の奥が脈打つたび、身体の輪郭まで揺さぶられるようだった。
あと少しでいい。
席へ戻って、顔を見て、続きを話す。その時間さえあれば。
だが、指に込めた力が抜けた。
小さな足音が近づいてくる。
「……間に合ったみたいね」
顔を上げた新一の前に、コナンの姿をした灰原が立っていた。
「灰原……」
「ここでは駄目。こっち来て」
新一は、彼女の差し出した荷物を見た。
子供の服。
それが何を意味するか、分かっていた。
レストランの席で、蘭は待っていた。
店内の騒がしさは少しずつ収まり、片づけられたテーブルには新しい客が案内され始めている。二人で見た夜景も、先ほどと変わらない。
椅子が引かれる音に顔を上げた。
そこにいたのは、新一ではなかった。
「……コナン君?」
少年は、すぐには答えなかった。
空いた椅子と、テーブルの上を見てから、蘭を見上げる。
「新一兄ちゃんから、蘭姉ちゃんに伝えてって」
蘭の表情が止まった。
「……また、事件?」
コナンは頷くこともできなかった。
蘭は目を伏せた。膝の上で重ねた手に、力が入る。
「さっき、今日はどこにも行かないって言ったのに」
コナンは唇をかんだ。
そこにいる。
ずっと、目の前にいる。
けれど、その言葉は言えない。
「……ごめんね」
蘭が顔を上げる。
「どうして、コナン君が謝るの」
慌てて言い直そうとしたが、うまく声にならなかった。
「新一兄ちゃんも、謝ってた。ちゃんと話したかったって」
蘭は黙っていた。
「また会えた時に、今日の続きを話したいって。だから……」
コナンは、彼女から目を逸らさないようにした。
「今度は、最後まで聞いてほしいって」
蘭は小さく息を吐いた。目元を指で押さえ、少しだけ横を向く。
コナンは何も言わずに待った。
やがて、蘭が向かいの椅子を示す。
「……座ったら。そんなところに立ってないで」
コナンは頷き、椅子によじ登った。先ほどまでなら、何も考えずに座れた高さだった。
店員が、二人分のデザートを運んできた。
蘭はスプーンを手に取り、しばらく皿を見つめた後、ぽつりと言った。
「今度会ったら、ちゃんと怒ってやるんだから」
蘭、少しだけ困った顔をしながら笑った。
「……うん」
帰り際、蘭がふと思い出したように言った。
「そういえば、仙水先生も心配してたのよ。新一、顔色が悪かったから」
コナンの手が止まった。
「……先生、もう帰ったの?」
「うん。少し前にね。私にも挨拶してくださったわ」
蘭はそれ以上、仙水のことを話題にしなかった。コナンも、質問を重ねなかった。
仙水悠。
被害者と会うはずだった研究者。警察に協力し、体調を崩した高校生を気遣い、帰り際にはその連れにも声をかける。
今日の彼の行動を並べれば、それだけだった。
なのに、二度会って、二度とも同じことが起きている。
こちらが彼を観察しているつもりで、気づけば自分の方が観察されていた。
コナンは、ビルの出口へ目を向けた。
思い出すのは、文化祭で交わした会話だった。
スイスでの会議。その後のドイツ。マックスプランク研究所の知人。
あの説明が正しければ、何か確かめられるはずだ。
今度は、目つきや印象だけではない。経歴から、一つずつ確認する。
「コナン君、行くわよ」
蘭の声に、コナンは顔を上げた。
「うん!」
その後を追いながら、コナンはもう一度だけ、明るいロビーを振り返った。
ビルの脇に停めた車の中で、仙水は携帯電話を閉じた。
助手席に置いた鞄を直し、キースイッチに手をかける。
そのとき、歩道を横切る見覚えのある姿に気づいた。
毛利蘭だった。隣には、小学生くらいの少年がいる。眼鏡をかけた、小柄な子供だった。
「あれは、確か、志保の友達の江戸川コナン君……」
仙水は、発進させかけた車を止めた。
コナンが一度、ビルを振り返る。その顔には、考え事をしているような硬さがあった。
蘭が何か声をかけると、少年はすぐに向き直った。小走りで彼女に追いつき、顔を上げて話し始める。
「……工藤君は、一緒じゃないのか…?」
仙水は二人の後ろにも目を向けた。だが、先ほどの高校生探偵の姿は見えない。
途中で別れたのかもしれない。少年は、毛利さんの家族か何かだろうか。
二人は並んで歩き、やがて人通りの中へ紛れていった。
「……」
「……」
「……」
「あの後ろ姿……………どっかで見た気がする」
全く関係ないですけど、VIVANTめっちゃおもろい。