名探偵コナン外伝〜殉黒の抹消記録(Raven's Report )〜旧闇黒秘儀の機密文書 作:Yunice
賢橋駅
コナンは、地下へ続く階段の手前で足を止めた。
あの夜とは違い、地上には人の往来がある。周辺を見渡し、入口へ向けて立ち止まる人間がいないか確かめる。
博士は阿笠邸で待っている。予定より長引くようなら連絡し、必要なら迎えに来てもらうことになっていた。
コナンは携帯電話を取り出した。
「着いたよ。これから少し見てくる」
『くれぐれも無茶はするんじゃないぞ』
「ああ。位置を確かめるだけだって」
通話を切っても、すぐには携帯をしまわなかった。
画面に表示された時刻を見つめる。
帰る時刻は、博士に伝えてある。長引けば連絡する。
連絡が取れなくなった場合には、迎えに来てもらうことにもなっていた。
それで灰原の言ったことに答えられたとは、思っていない。
――あなたが帰ってこなかったら、結局、同じことになるのよ。
コナンは画面を消した。
だからこそ、確かめなければならない。
仙水が何を知り、何を知らないのか。自分への関心が、どこから始まっていたのか。
分からないまま、蘭たちのそばへ戻ることもできなかった。
まず、階段の正面に立ってみる。
入口を挟んで左右を見渡し、そこから道路側へ移動する。
車を停めて待つなら、どこだ。
地下への入口を見通せること。長く停車しても不自然ではないこと。
そして、必要になればすぐに車を出せること。
候補はいくつかあった。
コナンは歩道を進み、その一つで足を止めた。
ここからなら、階段の上半分が見える。
少し位置を変えると、入口へ近づく人間の姿も追えた。建物の陰から現れた男が、そのまま階段を降りていく。
コナンは、あの夜、自分が歩いてきた方向へ目を向けた。
周囲を気にしながら、迷わず地下へ向かったことも。
ただ、それだけで板倉の代理だと分かるわけではない。
駅へ入る子供を見かけた。それと、ウォッカとの取引を結びつけるには、地下で起きたことを知る必要がある。
コナンは眼鏡の位置を直した。
地上に監視役がいたとして、地下の二人とは、どう連絡を取っていた。
電話か。無線か。
自分がロッカーの陰で息を殺していた間にも、連絡は交わされていたのか。
記憶を辿っても、答えは出なかった。
聞こえなかった会話があるかもしれない。見ていない動きもある。
あの夜、自分の注意はジンとウォッカに向いていた。
外にまで目を配る余裕など、なかった。
コナンは階段へ向き直った。
次は地下だ。
入口からロッカーまで、地上の監視だけで把握できるのはどこまでか。当時、自分が見落とした出入りがあり得たか。
いやまて
ジンとウォッカが引き上げたあと、仙水がロッカーへ向かった可能性もある。
俺が出ていった後、現場に何か残っていないか、改めて調べたとしてもおかしくない。
俺はあのとき、逃げることしか考えていなかった。
自分が隠れた場所に、どんな痕跡を残したかまでは確かめていない。
もし、あの狭いロッカーに誰かが潜んでいたと気づけば。
大人ではなく、子供だった可能性に辿り着くかもしれない。
コナンは地下への入口を見つめた。
地上で監視しているだけじゃ分からないこともある。
自分があの夜、何を残してきたのか。
今度は、それを確かめる必要があった。
階段の先を見下ろし、暗闇の地下へ足を踏み入れる。
自分の靴音が壁に反響する。
最後の段を降り、ロッカーの並ぶ区画へ足を踏み入れる。
そこで、コナンは足を止めた。
先客がいた。
黒い上着を着た男が、壁際に立っている。
携帯電話を片手に持ち、こちらを見ていた。
「板倉卓が雇ったという探偵が、まさかこんなお子様セットを頼むようなガキだったとはね」
「……仙水、悠…」
コナンは、男の顔を見上げた。
もはや、子供が偶然迷い込んだという説明をする必要はない。
「……やっぱり、あんただったのか」
仙水は答えなかった。
ただ、続きを待つように顎を上げる。
コナンは鞄の紐から手を離した。
「あんたの経歴を調べさせてもらったよ。論文も、大学の仕事も。研究者のふりをしたペテン師ではかったんだな」
「そこまで疑われていたとは。随分と心外だ。」
「だけど、研究者だからといって、それ以外の仕事をしていないことにはならねえ」
「ほう?では、聞かせてもらおうか。」
「…組織は、優秀なプログラマーを探してた。板倉には、未完成のソフトまで要求していた。その使い道はまだ分からねえ。でも、そういう技術を必要としている人間が他にもいるとしたら?」
仙水の指が、携帯電話の縁をなぞった。
「その根拠は?」
「大場さんに話を聞いたんだ。あの人、板倉にソフトの開発を頼んでいたそうじゃねえか。それだけじゃねえ」
コナンは一度言葉を切った。
「枡山憲三。あんたは、あの男から研究の支援を受けていた」
仙水の表情から、笑みが消えた。
コナンは続ける。
「あの男が何者だったか、知ってるんだろ」
「支援を受けた相手の全てを、知っていなければならないのかな」
「いいや。それだけなら、あんたも利用されていただけかもしれねえ」
階段の方から、人の歩く音がかすかに聞こえた。だが、こちらへ降りてくる足音ではない。
「だから、あんたが説明した渡航先を確かめた。あんたの話じゃマックスプランク研究所へ行ってたそうだが、そこの人に確認したら、研究所にすら来ていなかった。」
「…」
「そこで僕は思ったんだ。あんたが科学者の皮をかぶった気味の悪いやつだって。だから普通の研究者の出張として、何もかも片づけるわけにはいかなくなったんだ」
コナンは一歩、ロッカーの列へ寄った。
「それで、板倉の取引があった夜も調べた。あんたには東京で講義の予定があった。ここへ来ることはできたはずだ」
「東京にいた人間なら、ほかにも大勢いるよ」
「ああ。だから、最後は現場を確かめるしかなかった」
コナンは、階段を振り返った。
「俺はあの夜、地下にいた。ジンとウォッカの動きは見ていたが、外にいた人間までは見ていない。あんたがいたとしても、気づけなかった」
仙水は何も言わない。
「地上からなら、誰が先に来たか、誰が地下へ入ったかが分かる。警察が近くへ来たことにも、地下の連中より早く気づける」
コナンは、再び男の顔を見た。
「あんたが受け渡しをする役なら、俺はあの夜、あんたの顔を見ている。そうじゃなかった。あんたの役目は、外から取引全体を見ていることだったんじゃねえのか」
仙水の口元が、わずかに動いた。
「ここに来るまでは、全部、仮説だった。大場さんと板倉に付き合いがあったからって、あんたまで組織の仲間とは限らねえ。枡山の支援も同じだ」
仙水は、黙ってコナンを見ていた。
「だけど今日、あんたは俺が何を確かめに来たのか、聞かなかった。いきなり板倉の探偵だと言った」
コナンは、まっすぐに仙水を指した。
「板倉の取引と俺を結びつける理由を、あんたは持っている。俺たちが、あのレストランで会うより前からな」
声には、もう子供らしい調子はなかった。
「あの夜、ここへ入っていく俺を見ていたんじゃねえのか。だから、板倉の代わりに取引に来た探偵が、子供かもしれないと疑った……違いますか? 仙水悠さん?」
「……」
仙水は答えなかった。
ただ、こちらをじっと見ていた。
その口元だけが、ゆっくりと歪んだ。
更にギアを上げていきます。