名探偵コナン外伝〜殉黒の抹消記録(Raven's Report )〜旧闇黒秘儀の機密文書 作:Yunice
直接対決です!
「……素晴らしい」
仙水の口から、吐息まじりの声が漏れた。
コナンは、突きつけていた指を下ろさなかった。
男は笑っていた。
唇の端を吊り上げたまま、一度、ゆっくりと頷く。
「いやぁ、素晴らしい…!本当に素晴らしいよ!!商談相手を調べ、僕の渡航先を確かめ、過去の支援者まで洗った。そのうえで、あの夜の取引と結びつけたわけだ!」
仙水が両手を合わせた。
ぱち、ぱち、と、乾いた音が地下に響く。
「しかも、自分の目で確かめるために、ここまで来た。誰かから聞いた話を鵜呑みにせず、一つずつ裏付けを取ったんだね。見事だよ、コナン君!」
拍手が止まった。
仙水の目は、笑っていなかった。
「…でも、君くらい頭がよければ、もう少し先まで考えられると思っていたんだけどなぁ」
「……何?」
「だからこそ、残念だなあ」
上着の内側へ、手が入った。
チャキッ
コナンが身構えるより先に、黒い銃口がこちらを向いた。
息が止まる。
仙水の指が引き金に触れる。
銃口との距離はわずかしかない。
目だけが、それらを追った。
「……何の真似だ」
声が、思ったより低く出た。
仙水は首を傾げた。
「警告だよ」
口元には、まだ笑みがあった。
「これ以上、我々に構うな。君がどこまで調べられるかは、十分に分かった。でも、それもここまでだ」
コナンは男を睨んだ。
階段の方から、かすかに人の声が聞こえる。
仙水は気にも留めなかった。
「それでも深入りしようというなら、ただではおかない」
銃口が、わずかに近づく。
コナンは動かなかった。
「……こんな場所で撃つつもりか」
「試してみる?」
仙水の笑みが深くなった。
コナンは答えない。
しかし数秒の沈黙のあと、仙水は銃を下ろした。
「…まっ、今回は、挨拶程度にしておくよ」
あまりに軽い言い方だった。
つい先ほどまで向けていた銃を上着へ収め、仙水は階段へ歩き出す。
「帰ったら、よく考えることだ。今日、ここで何を言われたのか」
背が向いた。
コナンは、その肩越しに階段を見た。
このまま行かせるのか。
組織の人間だと、自ら認めた男を。
銃を向けられた。脅された。
だから何もできず、見送るだけで終わるのか。
仙水の足が、階段の最初の段へかかった。
コナンは腕を上げた。
腕時計の蓋へ、指をかける。
この時計型麻酔銃でコイツを眠らせれば
その瞬間だった。
仙水が急に振り向く
「深入りするなと、言ったばかりなのにねえ?」
コナンの指が止まる。
男の視線は、上げかけた腕に向いていた。
「ずいぶん、聞き分けが悪い」
仙水は階段から足を下ろした。
一歩、こちらへ戻ってくる。
コナンは腕を下げなかった。
「……脅せば、言うことを聞くと思ったのか」
「灰原哀にも同じこと言われたばかりなのに?」
コナンの目が見開かれた。
仙水は、その変化を見逃さなかった。
「おやおや」
口の端が、さらに上がる。
「そちらの名前を出すと、そういう顔になるんだね」
「……どういう意味だ」
「そのままの意味だよ」
仙水が近づいてくる。
靴音が一つ鳴るたびに、コナンの背後のロッカーへ音が跳ね返った。
「自分の調べたことは、あれだけ得意げに話せたのに。彼らが今、どういう状況にあるのかすら分からないなんて」
男が足を止めた。
コナンを見下ろす。
「らしくないじゃないか――工藤新一!」
その名を呼ぶ声が、地下の壁に跳ね返った。
コナンは息を呑んだ。
仙水の口元が、歯を覗かせて歪む。
「……何だって?」
聞き返した声が、かすれた。
仙水は笑みを隠そうともしなかった。
「今度は、聞こえなかったふりかい?」
工藤新一。
確かに、そう呼んだ。
子供の推理を疑ったのでも、誰かの指示を受けていると考えたのでもない。
この男は、知っている。
どこまで?
いつから?
頭の中に浮かびかけた問いを、別の言葉が押し退けた。
「なぜ?いつから?と思っているだろう。そんなの簡単さ。僕も彼らの仲間だからさ」
「…何?!」
「我々が始末した人間は、死亡者リストに名前が載る。工藤新一。君の名前も、確かにそこにあった」
「……死亡者、リスト?」
コナンの唇が動いた。
ジンは、あの薬で工藤新一を始末したと思っていた。
だから、探されなかった。
死んだ人間を、もう一度捜す必要などなかったからだ。
その名前を知る男の前に、自分から姿を現した。
工藤新一として。
「いやぁ~、君と出会った当初は完全に忘れていたけど、思い出した時にはこりゃびっくり!」ワオッ
仙水はわざとらしく目を見開き、両手を広げた
「ジンにも、報告したのか?」
「さあ、どうだろうねえ」
仙水は、楽しげに目を細めた。
「でも、そんなことを気にしている暇があるのかな?」
コナンは眉を寄せた。
――灰原哀にも、同じことを言われたばかりなのに?
なぜ、それを知っている。
出かける前、灰原が何を言ったのか。
あの場には、この男はいなかったはずだ。
――彼らが今、どういう状況にあるのかすら分からないなんて。
コナンの視線が、仙水の顔へ戻った。
彼ら。
灰原だけじゃない。
博士も、あの家にいる。
「……灰原たちに、何をした」
灰原哀。
彼らが今、どういう状況にあるのか。
「……灰原に何をした!」
仙水は、コナンの上着へ視線を落とした。
「ようやくそこまで頭が回ったか。とろいねぇ?」
「てめえ!!!」
「気になるなら、電話してみたら?」
コナンは携帯電話を取り出した。
指先が滑る。
画面を戻し、灰原の番号を選び直す。
仙水から目を離したのは、ほんの一瞬だった。
発信する。
呼び出し音が鳴った。
出ろ
二回目
灰原、出ろ!!!!
音が途切れた。
『……っ、げほ……』
耳元で、咳が聞こえた。
「灰原?」
返事がない。
何かが擦れる音。
その向こうで、呼吸が乱れている。
「おい、灰原! 聞こえるか!」
『く、工藤君……』
灰原だった。
だが、いつもの声ではない。
掠れ、息が続かず、言葉が途中で切れていた。
『私のことは……いいから……』
「何があった! 今、どこにいる!」
『げほっ……博士を……』
コナンの視線が、仙水へ向いた。
男は、こちらの顔を眺めていた。
『蘭さんを……!』
「博士……? 蘭……?」
携帯を握る手に、力がこもる。
「おい、どういうことだ!? 灰原!」
咳が続く。
何かを言おうとしている。
コナンは携帯を耳へ押し当てた。
「聞こえねえよ! 何があったんだ!」
目の前で、仙水が自分の携帯電話を取り出した。
「ああ、そういえば」
場違いなほど、明るい声だった。
コナンが顔を上げる。
仙水は画面を操作しながら、わざとらしく眉を上げた。
「さっき、ニュースにこんなのがあったな」
携帯電話が、こちらへ向けられる。
崩れた建物。
積み重なった瓦礫の隙間から、炎が噴き上がっていた。
周囲には煙が立ちこめ、写真の端には何台も消防車が写っている。
コナンの目が、画面へ吸い寄せられた。
どこだ。
建物の形は、もう分からない。
道路は。周囲の建物は。見覚えのあるものはないか。
確かめようと顔を寄せたところで、仙水が携帯を引いた。
「どうしたの?」
「……どこだ」
コナンは手を伸ばした。
仙水は届かない高さで、画面をこちらへ向け直す。
「何が?」
「その写真は、どこだって聞いてるんだ!」
「それを探すのが君の仕事だろう?東の探偵君」
すると耳元で、灰原が咳き込んだ。
写真の中の炎が、目から離れない。
さっきまで話していた。
博士は、帰りを待っていると言った。
蘭だって、何も知らずに――。
「……」
コナンを見下ろし、それから、ゆっくりと顔へ視線を戻す。
口元に、あの笑みが浮かんだ。
「いいのかい?」
コナンは動きを止めた。
「電話の向こうで、まだ何か言っているよ」
携帯から、微かな声がした。
もう一方の手を耳へ戻す。
「灰原」
返事が聞こえない。
「灰原……!」
仙水は、その顔を間近から覗き込んだ。
「ようやく、分かったかな」
コナンは男を睨んだ。
だが、上着の裾を掴んだまま離すこともできなかった。
「君が一人でここに来たからといって、一人で済むわけじゃないんだよ」
「…てめえ!!!!」
「アハハハハハハハ」
悪魔の笑い。
それがねっとりと耳にこびりつく。
博士は迎えに来るはずだった。
蘭には、帰ったら顔を合わせるはずだった。
コナンは、そのどちらにも連絡できず、耳元の細い呼吸音を聞いていた。
まずは灰原と博士の居場所を確かめる。
蘭にも連絡を――。
コナンが身を翻した。
「まあ、待ちなって」
仙水の声が、背中へかかった。
構わず踏み出そうとした、その時。
「行って、どうするんだい? どこへ?」
足が止まった。
灰原の居場所も、博士の安否も分からない。蘭があの写真と何の関係があるのかさえ、まだ。
背後で、仙水が小さく笑った。
「聞きたいことがあるなら、相手は僕だろう?」
コナンは振り返った。
仙水は、片手を広げた。
「では、ここから商談といこうか」
こういう残忍な所が組織の良いとこ