ナリタトップロードがその話を二人から聞いたのは、有馬記念が終わり年の瀬も迫ったある日のことだった。
「え・・・あの、二人とも。それって本当なんですか・・・?」
「ご、ごめんなさいぃ!!本当はもっと早く言うべきだったんですけど・・・お、オペラオーさんが・・・」
メイショウドトウは、必死に謝りつつ目線をテイエムオペラオーに送る。その手には、『ドリームトロフィーリーグへの招待状』と書かれた封筒が握られていた。
「長年の戦友たる君に打ち明けずにいたことは申し訳なかったと思っているよ。ただレース前に話してしまっては、君の心を乱してしまうかと思ってね。それではフェアじゃないだろうと、あえて今日まで黙っていたのさ。」
「そ、そうでしたか・・・」
オペラオーは、持っていた招待状をポケットにしまった上で話を続けた。
「では改めて宣言しよう、トップロードさん。僕とドトウは、ドリームトロフィーリーグに移籍することに決めたよ!」
「・・・ッ!!」
「僕の物語は、どうやら一つの区切りを迎えたらしい・・・そう、トゥインクルシリーズから舞台を移し、新たな覇王伝説を紡ぐ時が来たということさ!!」
いつもの調子ながら、しかし一切の迷いのない目でオペラオーは言い切った。横にいるドトウも続ける。
「私も、まだ不安なんですけどぉ・・・でも、決めたんです。この先も、オペラオーさんと一緒に歩んでいきたいと思ったから・・・!!」
「ドトウちゃん・・・」
本当なら、ここで真っ先に門出を祝う言葉を掛けてあげるべきなのだろう。しかし、今のトップロードにはそれ以上の言葉を続けることができなかった。
ドリームトロフィーリーグ。それは、トゥインクルシリーズにおいて特別優秀な成績を残したウマ娘達のみが参加を許される舞台だ。そこに招待されるということは、レースの世界に生きるウマ娘にとって最高の栄誉の一つである。
その一方・・・一度移籍をすれば、もう二度とトゥインクルシリーズに戻ることはできなくなる。
それはつまり、二人とはもう今後トゥインクルの舞台で戦うことが永遠に叶わなくなるということを意味していた。
(・・・駄目よ。二人がそう決めた以上、気持ちよく送り出してあげるのが私の務めじゃない・・・)
「あ、あの・・・トップロードさん?」
黙っていたトップロードを心配したのか、ドトウが恐る恐る声を掛ける。
「・・・あっ、ごめんなさい!えっと・・・二人とも、おめでとう!私も、とっても誇らしいです!!」
トップロードは、とっさにごまかす様に祝福の言葉を掛けた。
「は、はい!ありがとうございますぅ!」
「うん、すごい。本当、二人はすごいよ・・・でも・・・」
「どうかしたのかい?」
「えっと、ちょっとだけ・・・寂しくなるなあって。」
トップロードが今まで走り続けていた最大の理由。それは、かけがえのない同期であり最大のライバルであった二人に、追いつき追い越すという目標があったからだ。いつか、必ず勝って見せる。トゥインクルにおいてベテランとなってきた今においても、その気持ちが一番のモチベーションになっていた。
しかし、その目標はついに果たされることはないまま、今まさに自分の手の届かないところに行ってしまおうとしている。
「アハハ・・・私もそろそろ、これからのこととか考えないといけないのかもですね。」
何の気なしに放った言葉。しかし、それに対しオペラオーはいつになく真面目な様子で言葉を返した。
「トップロードさん?もしや君も、もうトゥインクルでは十分やり切ったと思っているのかい?」
「えっと、それは・・・正直わかりません。でも私は、二人と比べてここまで結果を残すことはできませんでした。もうベテランですし、このまま続けていてもきっと・・・」
そう言葉を濁すトップロードに対し、オペラオーは静かに言った。
「・・・フッ、確かに僕はトゥインクルシリーズにおいて実に沢山の功績を刻んできたよ?世紀末覇王として幾多のレースを席巻し、絶対王朝を築き上げ・・・世界中にその名声を轟かせた!!」
「・・・はは、そうですね。」
「だがしかし、残念ながらたった一つ果たせなかったことがあるのもまた事実だ。」
「へ・・・?」
「フッ・・・つまり僕達世代の不滅の蹄跡をウマ娘史という銀河に残し、人々の記憶に永遠に刻み付けるということさ。」
「えっと・・・それって・・・」
未だピンときていないトップロードを制するように、オペラオーは彼女の方をじっと見つめたまま言葉を続けた。
「トゥインクルシリーズにおける僕達の物語はここまで・・・しかしトップロードさん、君の物語はまだ続いている。覇王軍の生き残りとして・・・どうか僕達世代の物語、その最終章を全ての人々の心に刻み付けてもらいたい!!」
「・・・ッ!?」
「後は君に託したよ!!ハーッハッハッハッハッハッハッ!!!」
そこまで言うと、オペラオーはいつもの高笑いで去っていった。
「あっ、ま、待ってくださいオペラオーさーん!!」
「ちょっ、二人とも・・・」
オペラオーを追って、ドトウも行ってしまう。一人残されたトップロードは、複雑な感情のまましばらくその場に立ち尽くしていた。
「・・・一体、私は何を託されたんだろう?」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
それからの数日間。トップロードは、心ここに在らずといった状態が続いていた。気付けば年も明けていたのでとりあえず初詣には来てみたものの、正直何かをお願いするような気にはなれなかった。
(もう、皆いなくなっちゃうんだ・・・私は今年、何を目標に頑張ればいいんだろう・・・?)
何をするわけでもなく神社の隅でボーっと佇む。どれ程の間そうしていたのだろう。不意に後ろからかけられた声で、急に彼女は現実に引き戻された。
「・・・こんなところで何やってるの。」
「ヒエッ!?」
ビックリして振り返ると、そこには懐かしい同期の姿があった。
「あ、アヤベさん・・・!」
「・・・久しぶり。いつまでもそんなところでじっとしてたら、風邪ひくわよ?」
二人はその後、近くのカフェでゆっくり話すことになった。
「アハハ、お久しぶりです。まさかこんなところで会えるなんて思いませんでした。」
「たまたまこっちに来る用があったから・・・さっき元トレーナーにも、挨拶してきたところだったのよ。」
「そうでしたか・・・本当、月日が経つのは早いですね。」
「ええ、そうね・・・」
二人の脳裏に、いつかの有馬記念が蘇る。テイエムオペラオーとメイショウドトウも加えた同期全員で、全力をぶつけ合った大一番。今思い出してみても、楽しかった記憶しかない。
しかし、結果的にそれが4人が揃った最後のレースとなる。アドマイヤベガが怪我の再発により引退を余儀なくされたのは、それから間もなくのことだった。
「あれから、足の具合はどうですか?」
「日常生活を送る分には全く問題ないわ。怪我していたことすら忘れるくらいにはね。」
「そうですか、なら良かったです!」
変わらず元気そうな同期の姿に、思わず笑みがこぼれる。
「ええ。貴方も・・・と言いたいところだけど、さっきの様子じゃそういう訳でもないのかしら?」
「う・・・そ、それは・・・」
「貴方のあんな様子を見るの、あの時のジャパンカップ前以来だったもの・・・私でよければ、話を聞かせてくれない?」
アドマイヤベガは、トップロードをじっと見つめて言った。
「あ・・・はい。」
トップロードは、アドマイヤベガにこれまでの全てを打ち明けた。オペラオーとドトウのトゥインクルシリーズ卒業のこと、そして現在の自分の心境のこと。
「・・・そう。あの二人も、決断したのね。」
「はい・・・アハハ。とうとう私、一人だけ取り残されちゃいました。」
「・・・・・」
「わかっているつもりではいたんです。私自身、ここ最近はずっとレースで結果を出せない日々が続いてますから。自分自身のピークが過ぎてきたことも、そして私達の世代は、もうトゥインクルの中心に居ないんだなってことも。
・・・それなのに。ずっと目標にしてきた存在が急に目の前からいなくなったことで、その現実を、急に目の前に突き付けられた気がして・・・いざそうなってみたら、どうすればいいのかわからなくなってしまいました。」
話しているうち、どういう訳か自然と涙がこぼれていることに気付く。慌てて袖でそれを拭い、フッと息をついた。
「駄目ですね、私・・・覚悟なんてとっくにできてたと思ってたのに。本当情けないです。」
そう言って無理やり笑顔を作ったトップロードに対し、アドマイヤベガは静かに言った。
「そんなことないわ。もし私が貴方の立場だったとしても、きっと同じことを思っていたと思う。」
そして、少し呆れたようにため息をついた。
「・・・本当、あの覇王様は最後までどうしようもないわね。散々私達を振り回しておいて、後はトップロードさんに全部丸投げして勝手に去っていくんだから。」
「・・・ああ、そういえば何か託されたんですよね、私・・・正直、それが何なのかまだよくわかってないんですけど。」
「・・・まあ、彼女が何を言いたかったのかは何となくわかったけど。」
「え・・・?」
まだわからない様子のトップロードの目を見据え、アドマイヤベガは尋ねた。
「私達の世代が今、陰でなんて言われてるか知ってる?」
「へ?い、いえ・・・」
「・・・所詮は覇王の1人勝ち世代。あれだけ勝てたのは周りが弱かったから。一つ上の黄金世代には遠く及ばない・・・こんなところかしら。」
「え・・・そ、そんな・・・」
思わず言葉を失うトップロードに、アドマイヤベガはさらに続ける。
「いつかの夏の夜にね。彼女、私とドトウにこんなことを言っていたのよ。何て言ったと思う?」
「さあ・・・?」
「・・・『残してみないか、僕達世代の不滅の蹄跡をウマ娘史という銀河に』・・・って。」
「・・・!」
瞬間、トップロードの脳裏にあの時のオペラオーの言葉が蘇った。
《僕が果たせなかったもの・・・それは、僕達世代の不滅の蹄跡をウマ娘史という銀河に残し、人々の記憶に永遠に刻み付けることさ》
「おそらくあの覇王様が最も望んでいたことは、私達全員でトゥインクルシリーズを席巻し、文字通りの史上最強世代であることを全ての人達に認識させることだった。」
「・・・そう、だったんですね。」
「・・・でも、残念ながらそう上手くはいかなかった。私は怪我に悩まされ、あまり多くのレースを走ることはできなかったし。ドトウも頑張っていたけど、結局オペラオーと肩を並べるまでには至らなかった。」
「それを言ったら、私なんて・・・あの菊花賞以来、結局オペラオーちゃんには一度も勝てませんでした。たくさんの人たちにも期待されてきたのに、結果で答えることができなかった・・・」
トップロードは、そう言うと再びうつむいた。
「・・・うん。今までは、そうだったかもしれない。でもね、貴方にはまだその評価を覆せられる可能性がある。」
「・・・可能性?」
「ねえ。私の最後のワガママ、聞いてくれないかしら。」
ワガママ。その言葉に反応して思わず顔を上げると、いつになく真剣な表情でこちらを見つめるアドマイヤベガの姿があった。
「・・・もう一度。もう一度だけ、這い上がってきて。そして貴方の走りで皆に証明して欲しいの。私達の世代の、本当の強さを。今まで貴方と共に走ってきた、テイエムオペラオーは、メイショウドトウは、そしてアドマイヤベガは・・・黄金世代にも勝るとも劣らない、強いウマ娘だったということを。」
「・・・!!」
強い口調に、思わず言葉を失う。今目の前にいるアドマイヤベガは、現役の時を思いださせるような雰囲気を纏っていた。
その姿にどこか懐かしさを覚え、トップロードは思わず頬を緩ませる。
「・・・フフッ。アヤベさんのそんな顔、久しぶりに見ましたよ。」
「あ・・・その。急にごめんなさい。ガラにもなく熱くなりすぎたわ。」
ふと我に返ったのか、恥ずかしそうに顔を背けるアドマイヤベガ。今度はトップロードが、その顔をじっと見つめて言った。
「・・・ありがとうございます。アヤベさん。おかげで、全部吹っ切れました。」
「・・・!」
「どこまで出来るかはわかりません・・・でも。皆の思いも受け継いで、私まだまだ挑み続けます。最後まで見ていて下さい。必ず、期待には答えて見せますから!!」
「・・・うん。楽しみにしてる。」
二人は、もう一度顔を見合わせて微笑んだ。
アドマイヤベガと別れた後、帰り道によったコンビニでふと新聞記事の見出しが目に入った。
『覇王去る、いよいよ世代交代へ。次の時代を作るのは誰か・・・』
それは、今年のトゥインクルシリーズの展望が書かれた記事だった。それを見て、思わず呟く。
「世代交代・・・フフッ、何ですかそれ。・・・まだ、私は此処に居ますよ?」
トゥインクルシリーズにおける覇王世代の物語は、まだ終わらない。その終幕が果たしてどのようなものになるのか。ナリタトップロードの最後の挑戦が今、始まろうとしていた。