「ス―・・・フウ―――・・・」
2月も半ばに差し掛かった、ある日の放課後。ラストの走り込みを終えると、トップロードは一つ大きく息を吐いた。
「トレーナーさん、ラストメニュー終わりました。」
「お疲れ様。じゃ、日も落ちてきたし今日はこの辺で上がろうか。クールダウンもしっかりな。」
「はい。」
月日が経つのは早いもので、彼女にとって今年初となるレースが数日後に迫ってきていた。
戦いの場は、もう今年で3度目の出走となる『京都記念』。毎年あと一歩のところまで迫りながら、なかなか1着に届いていないレースだ。
(今年こそは、勝って見せる。そして、もう一度・・・)
同期達が去ったトゥインクルシリーズで、初めて迎える本番。
絶対に負けるわけにはいかない。強い決意で、トップロードは夕暮れの空を見上げた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そして、迎えたレース当日。その結末は、最後までわからない大接戦となる。
《さあ最終直線!!内から2番、マチカネビーナス抜け出したか!しかし9番ナリタトップロードが差し返す!! ゴール前、大接戦だ!!》
「クッ・・・・!!」
激しい競り合いの中、一瞬苦い記憶がトップロードの脳裏を掠める。忘れもしない、2年前の同じ京都記念。テイエムオペラオーと最後まで競り合いながら、結局僅か及ばず敗れた悔しい思い出。
「(でも・・・今度は!譲らない!!)・・・ハアアアアアア!!」
《今、二人並んだままゴールイン!!これは、どちらか・・・!?》
「・・・ハア・・・ハア・・・」
最後までもつれたレースに、観客席もざわついているように見えた。
・・・程なくして、再び実況のアナウンスが鳴り響く。
《・・・今、結果が出ました!勝ったのはナリタトップロード!!ナリタトップロードの勝利です!!》
(・・・!)
_____勝利の女神は、僅差でトップロードに微笑んだ。3度目の挑戦でついに成し遂げた、執念の勝利だった。
「ハア・・・よかった。勝てたんだ、私・・・!」
久々の勝利。ゆっくりと喜びを嚙み締めていた、その時。
《・・・トップロードが勝ったか。まあ、今回はメンバー的にも妥当な結果かな。》
《そうだよ、偶々運がよかっただけ。この先もG2では勝てるかもしれないけど、正直G1ではどこまでやれるか・・・》
《まあ、そうだよな。もうオペラオー達もいなくなった訳だし・・・》
《・・・所詮、もうあの娘も『前世代』のウマ娘ってことだ》
どこからか、不意にそんな会話が耳に飛び込んできた。
(・・・ッ!)
思わず周りを見渡すが、声の主らしき人物は見当たらない。
(・・・空耳?いや、でも・・・)
聞き間違いかもしれない。ざわつく心を落ち着かせるようにそう言い聞かせると、トップロードは足早にターフを去ったのだった。
「お疲れ様、1着おめでとう。」
「・・・はい、ありがとうございます。」
地下馬道で待っていたトレーナーに声を掛けられ、トップロードは何とか笑顔で答える。
「最後、よく差し返した。練習の成果が出たな。」
「・・・トレーナーさんの指導のおかげですよ。」
口では喜びを表しつつも、その表情はまだどこか晴れなかった。
そして、その日の帰り道。
「・・・なあ、どうかしたのか?」
「へっ?」
何か察していたのか、トレーナーがトップロードに尋ねた。
「いや、勝ったのに何かすっきりしないような顔してるからさ。」
「あ・・・えっと、それはその。」
「何かあったのか?」
別に、わざわざ言うようなことでもないと思っていた。しかし、それで余計な心配をかけてしまうのは本意ではない。少し間を置いた後でトップロードは思い切ってさっきのことを打ち明けた。
「・・・そうか、そんな会話がな。」
「はは。どういう訳か、そこだけはっきり聞き取れてしまったんですよねー」
「ま、そういう風に思ってる連中も中にはいるってだけの話だ。気にする必要はない。」
「・・・大丈夫です。私も、分かっているつもりですから。」
少し間をおいて、トップロードは言葉を続ける。
「私も、もう余り期待されなくなってるんだなって。今日のレースを走って、改めて思いました。」
「そんなことは・・・」
「ここ最近の色んなメディアの記事を見てもそうですけど・・・今日のお客さんの反応もそんな感じでした。特に今年は、オペラオーちゃんとドトウちゃんがいなくなったせいか余計そう感じるようになったっていうか・・・これが世代交代ってことなんですかね。」
「・・・・・・」
しばらく沈黙が流れる。その後、先に口を開いたのはトップロードだった。
「・・・ですけど。」
「ん?」
「世代交代を期待する方達には悪いですけど、まだ私は全力でそれに抗うつもりです。」
「・・・!」
「もうトゥインクルシリーズで走っていられる時間も残り少ないですし。だからこそ、可能性がある限りは、評価を覆せるように頑張りたい。それができるのは・・・今しかないですから。」
そう話すトップロードの目は、いつになくギラギラと輝いていた。
「・・・そうだな。」
そう言って頷くと、トレーナーは思い出したように口を開いた。
「・・・そういうことだったら、次のレースがいい機会になるかもしれないぞ。」
「へ?」
キョトンとするトップロードに、トレーナーは先程アップされたばかりのネット記事を見せる。
「これって・・・!」
瞬間、トップロードの目つきが変わる。
そこに書かれていたのは、昨年のクラシック年度代表に選ばれたウマ娘が次の阪神大賞典に出走する・・・という内容だった。
「出走するかどうかの判断はお前に任せる・・・だが、どうせならリベンジの機会は多い方がいいかと思ってな。」
「トレーナーさん・・・」
彼女とは、トップロードも浅からぬ因縁を感じていた。昨年のジャパンカップで直接対決し、敗れた相手だったからだ。しかしそれ以上に衝撃だったのが、クラシック級ながらオペラオーを真っ向勝負で打ち破ったという事実。あの一戦は、世間に覇王時代の終焉を強く感じさせる程のインパクトを与えていた。
・・・後から聞いた話では、あのレースの後だったという。オペラオーが、トゥインクルシリーズを去ることを決断したのは。
「・・・私、出ます。阪神大賞典。出させてください。」
「決まりだな。じゃあ、また厳しくいくぞ。」
「はい、よろしくお願いします!」
こうして、次の目標は決まった。強敵の待ち受ける次走を前に、トップロードは改めて気合いを入れ直すのだった。