ただのおじさんと、アイドル。   作:水が死んでる

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投稿したと思い込んでたら、ただ保存されただけでした。




03

「ありがとうございました」

 

今週来店者10人目の客を見送った後、俺は息を吐きだした。

1週間に来る客の数が増えているのはありがたいことなのだが、客を相手にしていると妙に肩がこる。

 

「握手会をしていた時はそうでもなかったんだけどな...」

 

むしろ、俺なんかと握手して涙を流している人を目の前で見て、俺が元気づけられていたというか。

 

先程会計を済ませていった客が使った皿を洗い終わり、水を切りながらタオルで拭いていく。

その間考えているのは、メニューのバリエーションを増やすかどうかだ。

 

アイドル時代のマネージャーに聞いてみた時は、『中途半端なものを多く出すよりかは、それなりのレベルのものを少し出した方が好き』と言っていたので、ひとまずコーヒーとサンドイッチしか出していない。

セットで頼むこともできるが、もちろん単品でも可能だ。

 

「それを含めてもまだ3種類か...」

 

今はラテアートを練習している最中だから、アートをしなければカフェラテとして出せると考えればプラス2。

 

そういえば、カフェオレとカフェラテでベースになるコーヒーが違うんだったか。

俺はコーヒーの事を教えてくれた友人から『これ!』と言われたもので作っているので詳しいことは分からないが、カフェオレはレギュラーコーヒー。カフェラテはエスプレッソコーヒーで作るらしい。

 

レギュラーとエスプレッソで何が違うのかいまいちわからないがまぁ色々違うらしい。

作り方が違うのはさすがにわかるけど。

 

流石にコーヒーのことを詳しく知っておいた方がいいかもしれない。

もし来てくれたお客さんに『これどの豆を使ってるんですか?』なんて聞かれた時に、『友達がおすすめしてくれたものをそのまま使ってるのでわかりません』なんて言われたら、イメージはプラスには確実にならない気がする。

 

コーヒー豆が入っている袋を見ると、そこには『アラビカ種』と書かれていた。

豆の種類...だろうな。

 

あら~、ビカーン。

...うん、まぁそういうわけではないだろう。

 

「...めんどくさいから、今はまだ種類は少なくていいか」

 

そのうちコーヒーに詳しいバイトでも雇おう。

 

俺が将来バイトを募集しようと考えていると、入店を知らせるドアベルが鳴った。

今週はついてる週なのかもしれない。お客さんが大量だ。

 

「いらっしゃい」

 

顔を上げてドアの方を見ると、ピンクの髪色をした女性が、微妙そうな顔で立っていた。

 

「...どうかしたかい?」

 

ちなみにだが、俺はお客さんに対して変に距離を取らない様敬語を辞めた。

その方がいいのかもしれない、と思ったので、現在試行中だ。

 

店内を見渡して突っ立ったままの少女に俺が問いかけると、少女は気まずそうな顔で頬をかいた。

 

「もしかして、準備中だったかしら...。前には『OPEN』って出てたから入っちゃったのだけれど」

 

「営業中だから安心してほしい。出せるものはコーヒーとサンドイッチしかないけれど、大丈夫かな?」

 

「ええ、お願いするわ」

 

俺が出せるものを伝えると、彼女は笑顔で了承して、一番奥の席に座った。

まぁ店内があまり広くないから、奥と言っても知れている距離だが。

 

...そういえば、ピンク髪と言えば、アイドルにも何人かいた覚えがある。

中でも覚えている子は、、『アイドルという肩書を持っているだけのバラエティ芸能人のようだ』なんて、失礼なことを覚えた記憶がある。

現役時代の俺は、男女プロアマ問わず、他のアイドルから学べるところは1つでも吸収して、というのが癖になっていたのもあって、彼女のライブも見たことがある。

 

10年に1人、みたいな見てわかる特別な何かは持っていないけれど、配られたカードで精一杯輝こうとしているような、そんな子だった。

 

パンの耳を切り取った後斜めに切りながら、座っている彼女を見る。

似ている...というか、当時見たビデオの中の少女が成長したらこうなる、みたいな気がする。

 

名前まではさすがに憶えていない。

俺がアイドルを覚える1段階目として、『こういう笑顔をする子』だとか、『こういうステップをする子』で覚えている。彼女もその段階だった。

 

「お待たせ、火傷に気を付けて」

 

「ええ、ありがとう」

 

ぼーっと宙を眺めていた彼女の元へと運んで、俺は俺の定位置へと戻る。

流石に彼女に、直接聞いて確かめるわけにもいかないだろう。

 

仮に、昔見たことのあるアイドルだったとして。

あの時から時間がたっていることと、こんな人気のない場所まで来て喫茶店に入ってくること。

この2つの点を考えると、彼女はアイドルを辞めた可能性も高い。

 

「...余計な詮索ってやつかな」

 

先ほどコーヒーとサンドイッチを持って行った時も、ぼーっとしていた様子だったし、何か悩んでいるのかもしれない。

それこそ、アイドル関連の事で。

 

勿論俺の勘違いということもあるが...どちらにせよ、俺にできるのは、静かな空間とコーヒーとサンドイッチを提供するぐらいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここね」

 

私、桃井愛莉がとある店の存在を知ったのは、たまたま見つけたからではなく、知人からの連絡を貰ったからだった。

知人曰く、『ちょっと怖いから入ってきて』と言う、まぁ人柱にされているともいうけれど...こうして店の前まで来て、何となくく他人に来店させる気持ちが分かった気がする。

 

「...なんか、普通の家を1階だけ喫茶店にしたような見た目ね。と言うか、今は開いているのかしら」

 

店名はどこにも書いていない。

見た目で喫茶店とわかるものの、店名が分からない為検索することも出来ない。

そもそもインターネットには情報が無いかもしれない。

 

このまま入口で手をこまねいていても何も始まらない、と私は『OPEN』とかけられているドアを引いて中に入った。

 

中は思っていたよりも明るかった。

外は他の建築物に太陽の光が遮られているせいで、この辺りに用事が無ければまず人が来ないような立地なのに反して、中はしっかりと明るい。

暖色光と言うのだろうか。若干黄色っぽい色で店内は照らされていた。

 

「いらっしゃい。...どうかしたかい?」

 

カウンターで立っていた、この場では唯一のスタッフの顔を見て、私は思わず声が出そうになるのをこらえた。

 

なぜここに彼が。田中義景がいるのだろうか。

 

彼と話したことは1度もない。私が彼と共演したこともないのだからまぁ当然だけれど。

だが、それでも今のアイドルたちで憧れていない人はまずいないだろう。

逆に、彼に憧れていない人を探す方が難しいレベル。

 

私も、勉強のために彼のライブはひたすら見た記憶がある。

 

妙な場所にある喫茶店に入ったと思ったら、中にいたのが元国民的アイドルだったことを知って固まっていた私に、彼が首を傾げて問いかけてきた。

 

いけない、もしかしたら不審者に思われたかもしれない。

 

「...もしかして、準備中だったかしら。前には『OPEN』ってあったから入ってきちゃったのだけれど」

 

「営業中だから安心して欲しい。出せるものはコーヒーとサンドイッチしかないけれど、大丈夫かな?」

 

まぁ、彼がアイドルを辞めてからまだ1年もたっていないはず。

私は無意識に、味には期待せずに彼の言葉にうなずいた。

 

「ええ、お願いするわ」

 

私の言葉に笑顔で頷いた彼は、まだ包装されたままのパンを取り出して、野菜を冷蔵庫から出していた。

この場で作るのが見られるのは、意外と珍しいかもしれない。そう考えながら、私は狭い店内の中で1番奥の席に座った。

 

こうして1人で静かな時間があると、色々と考え事が思い浮かぶ。

 

...雫のこと、とか。

 

彼女にこの間、『さん付けをやめてみない?』なんて言ったら、真顔で数分、黙ったまま見つめられていた。

雫が何を考えていたのか全く分からなかったし、その間遥は距離感を分かっていなくてみのりが死んでいたし。

いや、もしかしたら確信犯...。

 

そうなると、私のいるグループはひどく混沌としているのではないだろうか。

 

その後ようやく雫は動き出し、私の要望通りさん付けは辞めてくれたものの、なんだか距離感が異常に近くなった。そんな気がする。

もしかしたら、元からそれだけ距離感が近いのかも、とも思うけど、それだとみのりや遥にはこれまで通りの距離感なのが妙に気になる。

 

「...う~ん」

 

腕を組んで唸っていると、彼がサンドイッチとコーヒーを持ってきた。

 

「お待たせ。火傷に気を付けて」

 

「ええ、ありがとう」

 

彼が持ってきてくれたコーヒーを1口飲んで、頭が冴えるのを待つ。

コーヒーで頭が冴えるというのはもしかしたら気分的な問題かもしれないが,,,まぁ、それで実際冴えるんだからいいだろう。

 

ソーサラーにカップを置いて、サンドイッチを食べようとしたところで1つ思い浮かぶ。

これ、彼に相談したらダメだろうか。

 

「...いやいや」

 

流石にダメだろう。

そもそも彼は部外者。簡単に巻き込んでいいはずがないし、今こうして名前を隠して人通りの少ない場所に店を構えている時点で、厄介ごととは無縁な生活を送りたいはず。

 

結局私は、出てきたものと釣り合っていないような、500円を払って、一旦自分でもう1度考えてみることにしたのだった。

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