はじめまして、わたし姫宮るな! ステルラ学園に通う初等部の六年生!
お勉強はちょっぴり苦手だけど、元気いっぱい夢いっぱいの普通の女の子!
そんな私がある日突然魔法少女に!? こわーい怪物とたたかわなきゃ、ママもパパも友達も消えちゃうの!?
だったらわたしががんばって、その悪い怪物をやっつけなきゃ!
でもでもやっぱり怖いよぅ……あんな爪で引っかかれたら、わたし死んじゃうかも……。
そんなわたしの前に現れたのは、ヒーローのお兄さん!?
魔法少女キラキラ☆ルーナ第一話!
『鬼神来たりて異類異形を誅滅す』
くるくるマジカル始まりますっ!
淡い月光に照らされた夜半過ぎの公園。昼間は子どもたちの賑やかな声の絶えない、街を彩る暖色の一つと言えるそれだが、この時分には面影もなし。構内に電灯もなく、使い込まれた遊具のくすんだ光色が、鮮やかな星々を映して冷えたもの悲しさを表している。
そんな二十平方メートル足らずの沈んだ薄闇に、浮かぶ影が二つ。その中のひときわ大きな影は、およそ二メートルほどのずんぐりむっくりとしたキグルミの如きシルエット。小さな影は、概ね十代半ばは超えていないだろう子供といって差し支えない大きさで、ふわりとしたレース生地の窺える衣服を月明かりで浮かび上がらせる。二つは公園の中心で相対して向き合い、異様な様相を呈していた。
「あなたが」
小さな影が静寂を切って声を発する。わずかに舌足らずな面影を残す高音は、二次性徴を経る前の少女のそれ。そしてそこに含まれた緊迫した震えは、とても談笑に興じるそれではなく、なんらかの敵対関係を示唆するもの。
「あなたが、
少女に悪影と呼ばれた大きな影は、その言葉への返答か、ぴみいと甲高い鳴き声を短く発した。と同時に陰る薄雲が途切れたか、月明かりが明度を上げて薄黒いフィルターを薄める。
そこに浮かび上がった大きな影の顕な姿は、遠近感が狂うような大きさの
対する小さな影は、フリルに塗れたきらびやかな空色のドレスに身を包んだ、薄紅の髪をした幼き少女。緊張した面持ちとぎゅうと握られたその手に携えられるは、ポップな星を先端につけた身の丈ほどの玩具のような杖。
魔法少女。相対するぬいぐるみも相まって、正しくそう呼称するに相応しい出で立ちと風景がそこにはあった。
そんな、まるでアニメのワンシーンのような光景を眼前にした通りすがりの人間が、俺だった。
最悪な光景だ。これが作りものでないということは、不思議なことに直感が理解させてくる。これはなにかの撮影ではないと断言できてしまう。異質な空気とまとわりつくような嫌な風が、日常的なそれと決定的に違うのだと体に伝えてくる。
目の前のおそらく善玉たる少女が、例えば屈強な軍人然とした成人であったなら、心のなかでお疲れ様ですとでも唱えて帰路につけたかもしれない。だがそこにいるのは自身より明らかに年下の小娘。それも、その立ち振舞いから歴戦には程遠い――おそらくは初陣か、それに近しい程度の経験しかない――のは十分に察せられた。
これを見て見ぬふりで帰れば、仮に明日の地方紙で少女の行方不明の報でも目に留まれば、陰鬱とした感情を長らく心に抱くことになるだろう。自分がその程度には人間的であることは理解してしまっている。
少女の表情は恐怖と躊躇いに塗れていて。震え涙を滲ませていて。それでも逃げようとはしていなかった。
一歩引いたこちらの目にはファンシーでどこか滑稽に映るぬいぐるみが、しかし実際に眼前で敵意を向けられる少女には悍ましき怪物として感じられるのであろう。それを前にして、少女は怯えてはいても下がりはしない。
それを目の当たりにして放っておくには、自分はあまりにも人間的で、それ以上に子供じみていた。見捨てる自身を、許せないと感じてしまった。
だから当然だった。この足がそこに踏み込むのは。
だから自然だった。危険に身を投じるのは。
だから必然だった。俺が出来ることをするのは。
「――――転身」
二つの影に歩みを寄せながら、心の内から湧き上がる力を言葉に乗せて身に纏う。蒸気のように巻き上がった力の奔流が、体皮を硬質な甲虫の如き黒い鎧へ変える。般若のような巌しい面が頭部を覆い、筋肉を、五感を、人を遥かに超越した域へと押し上げる。ものの数秒。それだけの時間を経て、この身は鬼へと
この身が
それらを渾身に押し留め、一足で少女とキグルミの合間に割って入る。極めて冷静に、心を落ち着けて少女に視線を向ける。少女をこれ以上怯えさせないように、言葉を選んで。まずすべきは少女を逃がすこと。そのために必要なのは落ち着かせること。
「大丈夫かお嬢ちゃん? こいつは俺がやるから安心してくれ」
それは、もうすっかり寒くなってきた冬の始まりの頃のことでした。
学校も終わって友達と遊んで、もう帰ろうとお家に向かっていた時のこと。お星さまがわたしの前に落ちてきたのです。わたしの眼の前でふわりふわりと浮かぶきれいなお星さまは言いました。わたしに魔法少女になってほしいのだと。そして悪い怪物と戦ってほしいのだと。
それを聞いて言葉が出ないわたしに、さらにお星さまは言いました。その怪物は
わたしは悩んで悩んで、いっぱい悩んで決めました。魔法少女への憧れはありました。少し怖い気持ちもありました。でも、大事な人達が消えてしまうのは嫌って気持ちが一番強くて、だからわたしは魔法少女になると決めました。
それを伝えると、お星さまはわたしの中に溶けてゆきました。そうすると、わたしの心の中に知らないはずのことが溢れてきたのです。魔法少女の力の使い方。それと、
これが、わたしの魔法少女としてのはじまりでした。
そうして何日かが過ぎたある日のこと。その日もまた、学校帰りに友達と遊んで、帰りが遅くなってしまいました。この間より遅い時間です。早く帰らないと、もう日も沈んでしまう時間です。でも急いで帰ろうとしていたわたしは、公園の中から嫌な空気を感じてしまいました。
――――
わたしは不安と、少しだけわくわくしたような気持ちを持ちながら公園に入りました。よく遊ぶ、見慣れたいつもの公園。それが全く違う場所のように感じます。重くて暗い、そんな気持ちにさせられる不思議な感覚。胸の中の何かが、それは
まずは変身しなきゃ! わたしは胸の中の温かいなにかに心を向けて、魔法少女の力をひっぱり出します。体中が温かくなって、そして光に包まれて、それが収まるとわたしはふりふりの魔法少女服に包まれていました。手には魔法のステッキ。これだけでなんだかとても強くなったような気持ち。
そうしてわたしが歩きながら辺りを見ると、公園の真ん中で変なぬいぐるみが揺れていました。長い耳が頭の上に二つ。ウサギのぬいぐるみでしょうか。なんだか少しかわいいような。倒しちゃうのはかわいそうだな。なんとかお話聞いて貰えないかな。そう考えていたとき、そのウサギのぬいぐるみがゆっくりと振り返りました。
「――――――ーっ!」
息が、できなくなりました。
そのウサギは、ボロボロで、ツギハギで、目がギラギラしていて。ツメが包丁みたいに鋭くて、首がありえないほど折れて。なにより、わたしを嫌って、憎んでいました。お前が嫌いだと、そう言っているようでした。
嫌だ。怖い。怖い怖い怖い怖い怖い。わたしの頭の中はそれでいっぱいで。どうしてここにいるんだろう。どうしてこんなところに来ちゃったんだろう。どうしてこんな怖い思いをしなくちゃいけないんだろう。さっきまでのふわふわした気持ちは全部ふき取んで、そんなことばかりが。
逃げたい。もうやめたい。帰りたい。頭の中はそれがいっぱい。でも、でも、でも。
息を、吐く。わたしがやらないと。やらなきゃ、皆が。それは、もっと嫌だから。
「あなたが、」
声が震えて、つっかえて。それでも。
「あなたが、
意味のない質問。そうだってわかっているのに。答えなんて返してくれないってわかっていて、出た言葉。自分に言い聞かせるための言葉。それが、よくなかった。話しかけちゃ、だめだった。
「■■■■■■……!」
短い、よくわからない声で、怖い、嫌な言葉を投げつけられて。
もう、だめだ。何もわからなくなって、もうどうしようもないほど怖くなって。
――――わたしの前に、誰かが現れました。
頼もしい、大きな背中。黒い鎧で鬼のお面みたいなお顔。それなのに全然怖いと思わなくて。怖いものは全部、目の前の鎧の誰かが跳ね返してくれているように感じて。
その大きな誰かは、わたしに向かって優しい目を向けて、声をかけてくれました。
その声が何を言っているのか、わたしにはわかりません。でも、その優しくて力強い声がわたしを安心させようとしていることははっきり伝わってきました。力強く堂々とした背中と、何度もかけてくれる優しい励ましの声。意味は全然わからなくても、心に伝わってきます。君なら出来る、そうだろう? と。ふつふつと内側から力が湧いてくるような感覚。鬼さんはわたしのなかの弱虫を、追い出してくれたみたいで。
大丈夫。頑張れる。戦える。この人みたいに、わたしも頑張る。頑張りたいって、胸が熱くなってくる。
最大限優しく言葉をかけたつもりだった。しかし少女は困惑した表情を浮かべている。あれか、この面のせいで声が聞こえにくくなっているのだろうか。そう思ってもう一度声をかけるが、変わらず困り顔。割って入った瞬間は安堵の表情を浮かべてくれていたのに、やはり声がくぐもっているのだろうか。
仕方ない。こういう場合は目で語る。出会ったばかりの少女とアイコンタクトで全てを疎通できるとは流石に思えないが、ほんの僅かでも意図が伝われば十分だ。
俺は少女に逃げるようにと目で伝える。俺がこいつをどうにかすると、任せてくれと強く念を込めて視線を合わせる。すると少女は理解してくれたようで、力強く頷いてくれた。良い子だ、偉いぞ。
後はこの少女が逃げるまでの時間を稼ぎ、その後は可能なら撃退。相手がこちらよりも格上なら適当に牽制して離脱。珍妙な外見とはいえ、油断はしない。まずは間合いに一歩踏み入り、相手の挙動を見て回避を念頭に。
そう考え、地を蹴る。キグルミとの距離が詰まる――――より先に、小さな影が一歩先へ。横目に見えたのは、決意を固めた少女の顔。
――――――――なんで?
いやお前、逃げろってやって、頷いたじゃん!? 死ぬほどビビってたのになんで一瞬で覚悟完了してんだこの小娘はよ!
この土壇場で、その驚愕とそんなくだらないツッコミが最悪の空白を作り出す。少女の速度ももはや常人の出せるそれでなく、一瞬の隙が追いつけない距離を生み出した。
思考を切り替える。もはや先んじるのは不可能。であれば相手の迎撃に備えつつ、少女の後隙を追撃で潰す。失速した勢いを再加速させて少女の左後ろへ。
少女が勢いのままに振りかぶったステッキは、大上段から弧を描いてクリーンヒット。ポコンという軽快な音とともに、大きな星のエフェクトが飛び散る。
「ぷきゅうっ!」
とキグルミは愛らしささえ感じるような悲鳴を上げて仰け反った。あ、この敵ってそういう可愛い感じか、と少々気の抜けるような緊張感の薄れをわずかに感じながら、追撃に踏み込んで右拳をキグルミの左脇に突き上げる。
「ゴ、ガッ……!」
ズドンと鈍重な打撃音を唸らせ、キグルミが血反吐をぶち撒ける。
――――――――んんん? なんか、違わない?
ちらりと少女に目を向ける。少女は胸の前で小さなガッツポーズ。上手くいきましたね! といわんばかりの笑みだが、そうではない。ねえ今の見えてなかった?
ひゅう、と空気の抜ける呼吸音に意識を向き戻す。足をふらつかせ口の端から血を滴らせたキグルミが、こちらを怨讐の瞳で睨めつけている。弱っている所に追撃を、と右拳を腰だめに半身に構える。少女は何に対してか力強く頷いて、ステッキを握り直した。もういいや、今さら逃げてとかもう聞いてくれなそうだし。
少女と示し合わせて、再度踏み込む。少女は綺羅びやかな光の粒子を流星の如くその軌跡にちらして、自身は蹴り足で土埃を地に巻き上げて、矢のように敵へ迫る。
「やぁーーっ!」
少女の横薙ぎの一撃。それは淡い輝きを伴って、ぴこんと星を散らした。
「シッ!」
その衝撃がキグルミを宙に浮かせた刹那に、疾走の勢いを殺さず前傾姿勢からの正拳を顔面へ叩き込む。
「グゴ……ッ!」
少女から攻撃を受けた腹部にはバツ印の絆創膏。俺の攻撃を受けた顔面は血みどろで歪んでいた。
やっぱ俺の時のダメージの受け方おかしいって。いや、相手の挙動から窺える打撃時の衝撃や入っているダメージはあまり変わらないように見える。ファンシーサイドの攻撃もしっかり効いている。しかし起きている結果があまりにも違う。俺もそっちがいいなあ。生々しい肉を打つ感触とか、飛び散る返り血とか、あんまり感じたくないんだけどなあ。俺が魔法少女じゃないから駄目なのか? ずるいなあ魔法少女。
眼の前のキグルミはもはや虫の息。後一撃あれば十分だと思えた。足は震え生まれたての子鹿のよう。視線は踊りもうこちらを映してすらいない。苦し紛れの最後っ屁を狙うほどの余力さえ残してはいないだろう。俺は少女に顔を向けて奴を指さした。
「最後は、お前がキメろ」
少女がまっすぐ視線を合わせ、大きく頷く。ファンシーな敵の最期はファンシーな力で締めるべきだ。
――――いやだって俺がやったら絶対爆散するでしょこいつ。肉片と臓物ぶち撒けてばらばらに四散するのが容易に想像つくわ。
「
少女の掛け声――魔法の呪文だろうか――によってステッキが蒼く輝き、その光が弾丸のごとく先端から射出された。それを浴びたキグルミは、同じ蒼い光の粒子となって消えていった。
「やったっ……! わたしでもできたんだっ……!」
緊張の糸が切れたのかへたり込みながらも少女は、達成感に満ちた喜色満面の笑顔。あのキグルミはなんなんだとか、そもそもその魔法少女な力はなんだよとか、戦いおわって冷静になった頭に死ぬほど疑問は湧いてくるが、今はひとまず少女の無事に安堵の思いを置いておこう。
力を抜き闘争本能を沈め、細く深く息を吐く。纏っていた力は霧散し、身体が人のそれに巻き戻っていく。視線を落とした手のひらは、しっかりと人間のものに戻っていた。
少女は俺のその様子をみて、ぱちくりと目をしばたかせる。ごつい金属質な鬼武者が突然人間になったのだから無理もない。何と説明しようか、と俺が考えを巡らせていると、少女は屈託のない笑みを向けてきた。
「あの、助けてくれてありがとうございました! わたし、姫宮るなっていいます!」
おっと、そうだった。初対面の相手には自己紹介。こんな子供よりも無作法な自分を恥じつつ、言葉を返す。
「どういたしまして、だ。お嬢ちゃん。俺は……まあ、名前がないんでな、好きに呼んでくれ」
この世界においては住所不定、そして無職。さらに名前すら、多分戸籍すらもない。事情はあれど、ないないづくしの情けない大人が俺だった。
「好きに、ですか? じゃあ……うーん……」
少女――るなが首を傾げてうんうんうなる。何と呼べばいいかで真剣に考えている様子。あだ名でもつける気だろうか。適当にお兄さんとか、鎧の人とか、その辺の適当な呼称で呼んでくれればとそう考えていたところでるなが顔を上げた。
「じゃあ、羅刹さんで!」
――――俺が出会った魔法少女は、ちょっとセンスがいかつい女の子だった。