人外が大好きなやつが退魔刀で殴ってくる   作:不定の狂気

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起・逢瀬

 

 

 怪異───この世の道理では説明がつかない不思議で異様なこと、または化け物のこと。

 

 単に言ってしまえば、道理から外れた存在。

 人を喰らうもの、世を歪めるもの。

 千差万別に在る彼ら彼女らは、往々にしてその性質上、道理の上で生きる命とは交れない。

 

 言葉を語らえば悲劇を生み出す。

 情を交わせば地獄へ誘う。

 人に焦がれれば、己が身を焦がす。

 そもそもが人と相反する存在。

 どうあれ、人に血と涙しか流せぬもの。

 

 故に怪異が一、女郎蜘蛛の〝東雲 華〟は苦しんだ。

 

 彼女は人の情を知り、持つ怪異だ。ただ人を喰らい、人を弄ぶことを娯楽とする怪異らとは違い、人の社会に生きて人のような幸福に浸りたいと願った存在だ。

 しかし悲しいかな、体は人の血肉と涙を求めて飢える。

 心はその事実に軋み、涙を飲む日が続く。

 

 だから、彼女は半ば死にたいと願っていた。

 

 人を食い物にしか出来ず、しかし化け物のような心も持てない。中途半端な壊れ物。息をするだけでも苦しい難儀極まる在り方は、心を蝕み希死念慮を呼ぶ。

 けれど、消えられない理由があった。自分の足を止まらせる人間がたった一人だけいた。

 

 〝───見ないで、見ないで〟

 

 蜘蛛のような足と口を晒し、美貌を崩し、ぎちぎちと呻きながら請うその声は満月の夜に嘶いた。

 万人が醜いと誹り、敵と排す姿。

 恐怖を呼び、争いを生むべく怪物の姿。

 しかし、それを見た「彼」はこう言った。

 

 〝まっっっってめっっちゃすきぃぃ…〟

 

 恍惚とした声と心で吐かれたその言葉は、東雲の思考を殺し尽くし、体の全てを固まらせた。

 純然たる好意が、死を願う心を軋ませ、彼女の脳と体に衝動を迸らせた。

 

 愛おしげに見つめる彼の瞳に嘘は無く、死や異物に対する恐れは皆無であり、理想の芸術に出会った者のように、熱を帯びた網膜に彼女の姿を焼き付ける。

 

 彼の名は〝緒方 恭平〟───人外娘が性癖というだけの、単なる高校生である。

 

 

 

 

 


 

 

 満月の夜は、変化の維持がままならない。

 東雲はただでさえ人を食べていない怪異だ。力は極めて不安定で、いつ蜘蛛と混ざった歪な化け物の姿を晒すことになるか分からない。

 だから彼女はいつも通り、隠れ家に潜んでいた。

 

 学生服から覗く八つの鋭利な足。

 黒髪の隙間から覗く側頭に生えた爛々と輝く目。

 顎から裂けて開く蟲の口。

 

 ぎちぎちと音を鳴らす体は、蜘蛛と人の混ざり物。映る影は彼女が化け物で在ることを克明にする。

 月明かりに照らされたその怪異は、光を嫌うように震えて、自身の身体を糸で縛る。

 

「逃げ、てぇ…っ」

 

 その言葉は、衝動的に攫ってしまった男に向けて。

 彼が来ている学ランにも微かな糸がついていた。

 周囲には彼のものと思しき荷物が散らばっており、転がる教科書の裏側には緒方 恭平と書かれている。

 

 赤く不気味に光る都合八つの目。蜘蛛の腹のように変わりつつある下半身。がぱり、と開く人を食うための口。

 少年はそれを見ても動じず───否、興奮混じりの目で見つめ、己の手を蟲のような口へ伸ばした。

 虫の牙のような顎を、恋人の頬を撫でるかのように愛おしげに触れて、緒方は万感の思いで言葉を口にする。

 

「───おお、心地良い感触…!

 や、待った…これはセクハラだな…ごめんなさい…」

 

 彼はそのまま謝罪の言葉を述べる。

 緒方はその後も逃げることなく、蜘蛛の顔を持つ異形を前にして尚、変わらずに彼女を愛しげに見つめた。

 それは、人で在りたいと願う怪物にとって劇薬だ。食欲を増進させるスパイスと言っても良い。

 

「やだ…やだ…っ! 食べたくない…!」

 

 体を必死に抑えて、彼女は抵抗の意思を示す。

 だが、体は言うことを聞かない。

 体の全てが彼を食おうと疼いている。

 

「あぁ……だめ、だめ やだぁ……ッ!」

 

 ぐちゃりと、糸をちぎり蜘蛛の脚が動く。

 人間の体など容易く貫けそうな鋭い爪先が、ゆっくりと少年の喉元へと迫る。

 けれど、それでも彼は動かない。

 その目に恐怖の色はなく、ただ彼女への愛情だけが宿っている。愛おしげに歪んだ瞳は変わらない。

 

 一本、また一本と彼の体を脚が縛る。八つの足はまるで肋骨か、はまたま鳥籠のように少年を内側へと収める。

 そして、蜘蛛の口に似た器官は彼の頭を優しく包み込むようにして捉えた。

 

「いや……いやだよ…

 こんなこと、したく、ない……っ」

 

 ぽろぽろと涙が溢れる。

 悲痛な叫びもまた同様に。

 

「…───…うん、そっか」

 

 ただ、不意に。ぶづん、と歯が肌を噛み切る音がした。女の怪異は、甘い匂いを嗅ぎ取り、口が震える。

 

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 彼は血が滴る自身の皮膚を、唇に挟んだまま震える女の口へと運ぶ。甘い匂いが強くなる。

 どうしようもなく、抗い難い誘惑。

 彼女はそれに負けた。差し出された人の皮、それを雛鳥のように必死に何度も咀嚼する。

 噛み締めるように、これきりだと戒めるように。

 そして飢えが微かに満たされ、心が輪郭を取り戻し始めるが、万全では無いのか体は異形のまま。

 

 蜘蛛の足に囚われたまま、少年は笑う。

 恐怖など微塵も無く、ただ目の前にいる彼女を美しいと言わんばかりに見つめて。

 軽やかに、しかし一息で歌うように呟く。

 

「貴女が、好きです」

 

 だから食べても良いですよ、と血肉を向けた。

 囁くように彼は語り、足に囲まれたまま身を委ねる。

 あまりにも無防備な餌。まるで生贄。

 

 敵意とはかけ離れた感情を向けられた東雲は、固まった。理解できない、都合の良すぎる言葉と行動。

 ありえない、こんなの自分にはありえない。

 八つの足に力が篭る。捉えた餌を逃さないという意志の現れにも、宝物を誰にも渡さないという独占の表れに見えるその行動。

 

「…ぁ…っ…ぅ同じ、クラスな、だけで」

「一目惚れです」

「……あなたを、食べてしまう」

「どんとこいです、むしろ幸福。

 ちょっと食べて我慢してくれれば御の字」

 

 ブレたピントが正常に戻るように、揺らいでいた精神が戻っていく。飢餓を極めたような渇望は必死にねじ伏せられて、絶え絶えの言葉は確かな音節へと戻り出す。

 

「それにまぁ、もし完食されちゃっても───その食事に罪悪感を抱くなら、貴女の心根はきっと〝人間〟だ。

 狂人の真似をしたら狂人っていうじゃないですか」

 

 そういうのが一番好きかも、

 人間のそんな声までは聞こえていない。

 ただ一度でも〝ヒト〟と肯定された。

 存在を許してもらえた。

 彼女にとっては、それだけでよかった。

 

「ひどいよ、そんなこと言われたら…消えられなくなっちゃう。消えた方がいい筈なのに、もっとしがみつきたくなっちゃう…」

 

 自分の身が浅ましい。消えたいと願えど、幸福への渇望は捨てられず、消える度胸も無い。

 こうして愛を注がれれば、それに飛びつき歓喜する。

 

 ───こんな幸福であって良いはずがない。

 

 そう心の底から思っていても、八つの足は人間を手放せなかった。

 これが馴れ初め。人と人外の逢瀬の始まり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻、とある社。

 さて、ここに祢々切丸なる刀がある。これは一人でに動き、怪異を刻む退魔の刀。

 本来ならば、今宵も動くはずだった一振り。

 

 祢々切丸は、ガタガタと震えたまま動けない。 

 なぜならしめ縄でこれでもかと、あるいは親の仇のようにぐるぐる巻きにされているからだ。

 下手人は、単なる高校生だった。

 

 本来の役割を果たせないそれは、鞘としめ縄に縛られたまま懸命に体を動かし飛ぼうとする。

 だが縛られた刀は無様に地を這った。

 

 解せん、と祢々切丸は()()()()

 自身は人のために怪異を切る刀である。

 なのになぜ、人に縛られ地を這う羽目になったのか。

 自身には人の理解が足りてないというのか。

 

 そう思えば、祢々切丸はガタガタと揺れながら社を後にした。己を縛った人間から真意を聞き、人への理解を深めるために。

 

 





緒方恭平…以前はTRPG(CoC)的な日常に身をやつしていた。ルーニーみてぇな挙動をしまくった結果、正気じゃなくなった。一見すると社会性があるように見える。マーシャルアーツは万能、皆知ってるね?

東雲華…情緒が危ない、彼女を助けてやってくれ

退魔刀…なんで?(純粋な疑問)
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