人外が大好きなやつが退魔刀で殴ってくる 作:不定の狂気
───医者である師に引き取られてからの生活は幸福だったと、俺は心から言える。
はじめの幸福は、苗字を変えずに済んだこと。
日下部という名は、家族との繋がりだからだ。
彼女は俺の憎悪を肯定し、怪異を殺す手段を与え、殺すべき対象を教導してくれた。
彼女もまた憎悪にいる仲間だと思った。
怪異を殺せば彼女は俺を称賛し、愛を与えた。それが、母のそれとは違う物だと理解していたが、心地の良い物だった。
俺は殺した。怪異を殺した。人に与する人もどきも、人もどきを殺されて怒る賢しい怪異も。
単に悪辣な怪異も、殺して殺してきた。
彼女は〝
当然だ。同胞を殺す異種の存在など、肯定されるべきではない。愛を与えることなどもってのほか。
そも、己を殺し喰らう存在を愛せるものなど、その生命そのものが破綻している。
生きていること自体、どうしようもない間違いだ。
俺は異類婚姻譚を侮蔑する。異種との愛を嫌悪する。怪異そのものを軽蔑する。
人に害を成すものには、死こそが相応しい。
───それが正しいと、ずっと思ってきた。
俺は五体を潰され、死んだ。今あるこの思考は、魂が残した残留のようなものだ。
生涯を閲覧し、その生命は終了する。
後悔はない。怒りもない。どうしようもない
…ただ、一つ。怨みのみがある。
緒方恭平、あいつが恨めしい。異種を愛しているあいつが、異種を庇ったあいつが。
あいつは悲劇を肯定している。あいつは異種の存在を肯定している。あいつは人喰いを忌避すべきもので、故に殺されることも理解して肯定していた!
これまでに殺して来た奴らは、殺されることを肯定していなかった。
ただ「他に彼ら、彼女らの飢えを満たすものがある」からと「自分しか食べない」からと、俺を間違っていると否定した。
〝───確かに、人を食うやつも、それを肯定するやつも、いたら殺されるに決まってる〟
あいつは破綻していた。
なのに、あいつの
悲劇を知っているのに、恐らくは体感しているのに。
あいつは
…
お前は知っているのに。わかっているのに。
否定されて然るべしと理解しているのに!
悲しいことだと知っていて、なぜ
───
あれ?
調査結果報告 記録:職員の
対象-フォロー要員:
担当の役割は『医者』であり、変死体や被害者の対応、メンタルケアなどを行なっていた。
元々は医学生だったが、怪異の存在を知り『裏口』への所属を希望。無事に職員となる。
業務態度や精神鑑定に問題はなし。
怪異〝ドッペルゲンガー〟に罹患し、死亡。
死後はドッペルゲンガーに成り代わられる。
ドッペルゲンガーの認識改竄により、周囲は違和感にも気づかないまま年数が経過。
その後、特に怪異としての活動はなし。
彼女は『医者』としての活動を継続。
変死体を記録し、分析した。被害者の心に寄り添い、記憶処置を行ない、日常に帰した。
唯一の例外は〝日下部 斗〟の存在である。
彼女は彼に執着、彼の憎悪を育成。秘密裏に怪異と、その協力者を見境なく殺害させる。
しかし、日下部の家族を殺害した『送り狼』とその協力者は、唯一彼女に殺害されていた。
このことを日下部が把握しているかは不明*1。
彼女の目的は依然として不明。
しかし、彼女の教唆による被害は看過できない事態である。陰陽省の支部長もこれに同意。
また、日下部本家と日下部斗の繋がりはほぼ無し。
日下部家当主もこれに対し「名も知らない末端である」と無干渉を確約。
よって、北御門 伊佐音並び犬神 タタリは、
〝加賀美 恭子〟の捕縛・封印措置を申請する。
先の祢々切丸・影打ちの貸与と同じく承認する。
また、新規会員の緒方恭平、女郎蜘蛛については此方が
二人はその怪異の捕縛に当たるように…え? まだ申請書あるの? どうせ日下部某の捕縛でしょ? あれは女郎蜘蛛がなんとかするでしょう! 神通力で見ました!
───〝異類衆〟代表:天狐十六夜
───某所、結界内。
拳が、ある人間の右目を撃ち抜いた。
しかし、飛び散るのは血肉ではなく鏡の断片だ。
「───しかし、君の〝千里眼〟は厄介だ。
そっちの〝存在を嗅ぐ鼻〟も」
頭を撃ち抜かれても、加賀美 恭平は笑っていた。右目を起点に、全身へくまなく亀裂を走らせても。
右腕を噛みちぎられても、加賀美 恭平は笑っていた。その損傷を起点に、がしゃかしゃと硝子の擦れる音を響かせながら。
北御門 伊佐音。
犬神 タタリ。
二人は加賀美の、否。ドッペルゲンガーの捕縛に王手をかけている状態だ。
伊佐音の赤い目は、怪異の偽りを許さず。犬神の鼻は存在を嗅ぎとりどこまでも追い詰める。
「怪異が発生する条件は、多々ある」
逃げ切ることはできない。
ドッペルゲンガーの生存は、ここで終わる。
加賀美に成り代わった【それ】は、まるで歌うように言葉を始めた。辞世の句だとでも言わんばかりの語り口調は、いやでも二人の耳を引いた。
「一つは
それだけあって、ケースによれば〝神さま〟にまで至るがね。その犬神が、そうであるように」
伊佐音が拳を構える。ピストルのように。
犬神が刃を見せる。刀の鯉口を斬るように。
「一つは、魂の変質。恨みを抱いた魂が怨霊となるように、並々ならぬ感情を保持した魂は、死後に怪異として変質する可能性を持つ。
難易度は低いが、可能性も低い。怪異ではなく、怨霊止まりが殆どだろうねぇ」
しかし、ドッペルゲンガーは意に介さない。彼女はただ自白を続ける。まるで成果を親に誇る幼児ように。
「私が試みたのは、後者でねぇ。彼の憎悪を増幅させてみた。成功したとして、どんな怪異になるかは分からない。
この手の生誕って、名前がつかないからねぇ」
おどけるように肩をすくめた彼女に、燃え盛る黒煙のような髪と狼の耳を持つ少年は問う。
「…アンタは日下部を怪異にしたかったのか?」
「いんや。初めは一目惚れだがね、彼の憎悪が好ましいからそれを盛らせただけさ」
だが、そこまで言って彼女は首を振る。
それは先の発言の訂正を示す。彼女は事実、この発言がマシだったと思える長台詞を披露する。
「いや、正確には───」
疼いて仕方ない。
そう語るように下腹部を押さえて、歪に笑う。
そして、震えながら、悶えながら。
まるで愛する人の手によって絶頂を迎えた生娘のように、陶酔と昂りを乗せた声色で捲し立てる。
「───私という怪異に踊らされてるとも気づかない、彼の憎悪が愉快で愛しくて堪らない!
歩き方もままならない稚児のようでいじらしいの!
憎むべき怪異に教えを受け師と仰ぐ。あまつさえ共に暮らし情を育む。憎悪を肯定され歓喜して、
そしてその様を怪異である私が眺める───こんなのはもう〝まぐわい〟以上の快楽だ!
やがて同族にすら堕ちるんだ、これってとってもとっても───
…おっと、とっておきの姿が露呈した」
そこまで述べて、彼女の姿は「変化」していた。
幼い娘。犬神と伊佐音はその姿に見覚えがある。これは、日下部 斗の家族を食い殺した怪異の協力者の姿だ。
とっておきと言う言葉からするに恐らくは、変じた日下部に見せるつもりだったのだろう。
伊佐音は舌打ちをして、悪趣味だと言外に示す。
その反応は予想できていたのか、ドッペルゲンガーは可愛らしい声で問う。
「私の愛って、間違えてるのかな?」
「一方的な狂気であることは確かです。
その愛は、破綻者を相手にしては満たされない。だが、常人はそれを愛と受け取れない。
あなたは一人でそれを溢れさせて、対象となる人を埋め殺すでしょう」
お前の愛は破綻している。伊佐音はそう言った。
ドッペルゲンガーが不満げな目を向けたのは、彼女と共にいる怪異が人を呪うものだからこそだ。
「ねぇ、古い犬神さん。
あなたも、この人と同じことを言うの?」
だから、犬神にも聞いた。話題を振られた永遠の少年は、呪いから生まれた神は言う。
だが神は、呆れたように言った。
「アンタの愛は、他者からの容認が必要か?」
行動はともかく、その感情は自由だろうと。
「…そっかぁ!」
そうして、鏡の少女は笑った。
その後の顛末は語るまでもない。彼女は二人によって捕縛され、異類衆の元へと運ばれる。
そして、沙汰を下されるだろう。
ともかく、彼女らの仕事はここで終わり。残る憂いは、離れざるを得なかった蜘蛛と少年。
───自分達の上司がどうにかすると言ったが、それがどうにも不安だった。
彼女は人間の尺度ではなく、神の尺度だから。
日下部 斗…死ぬより酷い目にあってる。ミンチよりひでえや。
ドッペルゲンガー…ド変態。大体こいつのせい。成り替わり後は普通に暮らしてたけど恋をしてバグった。
伊佐音・犬神ペア…仕事中で大忙し。滅茶苦茶強い。多分作中トップの二つくらい前の強さ。
天狐十六夜…異類衆トップ。苗字の通りお狐様。大抵のことはなんとか出来るけど「あのさぁ…」って反応をされる。旦那さんは存命。