人外が大好きなやつが退魔刀で殴ってくる   作:不定の狂気

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比売と人
死に際も一寸先も闇and闇


 

 

 遍く生命を産んだ神の一柱。

 伊邪那美命は、火の神を産み、死んだ。

 神という絶対者すら死で命を失う。

 生々流転の理は万物に適応される。

 そして死んだものは蘇らない。

 神でさえそうであった。

 

 緒方恭平の肉体は活動停止に向かう。

 動くことはない。彼は怪異を庇って損傷し、その生命には修了プロセスが始まった。

 再起動は認められない。彼は幽世へと向かう。

 厳正なる流転の約定は覆らない。

 

 それが、葦原中国(ニホン)のルールだ。

 生命は消える。命あるものは失われる。

 器が生きている時、魂の保存は認められる。だが器が砕け散れば、中にある魂が復活することを許さない。

 一度起きた『死』は、逆転することが出来ない。

 

「なるほど、こりゃ無理だ」

 

 死(それ)の到来に、緒方は目を閉じる。

 

 閲覧した己の生涯に思うことはない。

 彼は自らの選択とこれまでに後悔を持たなかった。

 未練こそあれど、死ぬのならばそのルールに従わなければならないと思っていた。

 

「で(・)も(・)、い(・)や(・)だ(・)。こ(・)こ(・)で(・)死(・)ん(・)で(・)や(・)る(・)も(・)ん(・)か(・)」

 

 だが、莫大な未練が彼の意思を維持する。

 ここで死んでやる理由がないと、彼は死を見下してすらいる思いを抱いて踏み止まる。

 大体、僕の死体が残っているではないか。

 そう考えては苛立ちにも、嫉妬にも似た心で彼は魂の強度を増幅させる。

 

「というかさぁ! 僕の死体より僕を殺したやつの方が比重おっきいの納得いかねー!! 怒ってくれたりしたのは嬉しいけどさぁ!! なんで食べないのさ!?」

 

 彼の魂に熱というより、嫉妬が溜まる。

 それは己を殺した人間に対して。恋人である怪異は、己の死体より彼を優先させた。

 それが彼にとっては耐え難いものだった。

 そいつより僕との約束を優先して欲しかったと叫ぶ。

 

 その強い未練が、功を奏したのか。

 肉体は死に近く、しかし魂はしがみついていた。

 呆れたような声。信じ難いと語る声。まぁそうだろうねと笑う声。先までは聞こえなかったそれは、生者達の音。

 彼の器が停止寸前で励起する。

 

 〝うっそだろ正直引くよ〟

 

 その声が、彼の『耳』に響いた。

 肉体がその機能を取り戻しているのか、徐々に少年の体は感覚を取り戻していく。

 鼓動の音。血管に血が通う感覚。身体に大気が入り込む実感。その全てを実感する。

 

 そうして、少年は再起動する。

 右の視界には何も映さず、左目だけを頼りに。

 

 

 

   ◆

 

 

 四方にはしめ縄が巻かれた大樹。その枝には白絹の布が、蜘蛛の巣のように張り巡らされている。

 その中心、舞い落ちる桜が集まる布の寝台。

 右の顔に包帯を巻いた少年。緒方恭平が、穏やかに左目を開いて安らかな眠りから目覚めた。

 

 彼が違和感を感じたのは、眼前の光景。

 十月にもかかわらず咲き誇る桜の群。潰れた右の視界。死装束を纏う自身の体。

 体は硬く、しかし確かに動く。

 身を起こせば、布と共に桜の枝が揺れる。

 

「…あり? 生きてる?」

 

 呆然と言葉を吐いた。

 その独り言に、凛々しく高い声が返す。

 

「最低でも一月は掛かると思ってたんだけど、君に予測は無意味らしい。つまり完全な異分子だ。正直引く」

 

 しゃん、と響くは本坪鈴の音。

 それをくくりつける金色の九つの尾は、彼女が御伽噺にも頻出する九尾の狐───即ち、天狐であることの証明だ。

 尻尾一つ一つについた本坪鈴。白を基調とした着物。描かれた流水紋はまるで川のせせらぎのように動いている。

 

「…王道の九尾系…!」

「おい死ぬ寸前から戻って来て早くも平常運転かよ、何なんだお前は」

 

 声の方を見やった緒方は興奮していた。天狐の尾、一つ一つを舐め回すように見ては息を乱し、目はキラキラと童のように輝きを伴い、そして頬は赤みを増した。

 そんな人間の反応に、九尾の狐は少し、いやかなり引いた。死に際から戻ったにしては元気すぎる。

 修験道の修行者でもこうはいくまい。

 げんなりした顔の天狐だったが、そんなこと知るかと言わんばかりに緒方は声を張り上げる。

 少し焦ったような早口であった。

 

「すいません、蜘蛛みたいな女の子見てませんか!?」

 

 その声に、天狐は少し頬を柔らげる。

 そして彼女は横に一度手を払った。

 すると、大樹の枝達はぎりぎりと動き、布の寝台は緩やかに地面へと近づいていく。

 

「あの女郎蜘蛛だろ? 大丈夫、彼女も無事…というか元気有り余っているというか、進化しちゃったというか…。

 その辺りについて話したいし、とりあえず来るといい」

 

 くるり、と狐耳の女が回る。

 背中姿を覆うほどの九つの尾。輝く金色の毛並みは、しかし目に優しいものだ。

 彼女は両手を広げ、歓迎するように周りを示す。

 

 しめ縄を伴う神木が立ち並ぶ大樹の森。すべてに咲き誇る桜は、決して散り切ることはない。

 澄んだ空気は永遠の青空を約束する。

 日輪は穏やかな光と熱だけを注ぎ、この地に生きるものを慈悲をもって包んでいる。

 

「此処は人と怪異の共生地。捕食者と被食者の例外。追われたものの安息所。世界に中指おっ立てた地の一つ。

 ───即ち〝異類衆〟の『総本山』だ。せいぜいゆっくり休んで頭の中を整理してくれ」

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 僕、緒方恭平が起きてから色々な説明がされた。

 

 まず第一に、僕は死ぬ寸前だったこと。

 そしてそこを異類衆の代表、先にあった九尾の狐こと十六夜さんが蘇生したということ。

 …異類衆に加入した時に渡された、懐中時計。

 あれは所有者が致命傷を負った時、一日のみ延命する加護が与えられているらしい。

 

 本来なら、僕らが日下部と交戦した時点で助ける予定だったけど、新しい加入者の『内面』を見たいからと、延命状態中に回収したのだと。

 蘇生中に魂を見るつもりだったとか。

 ちなみに、このことで「本当に死んだらどうするつもりだった」とブチ切れた東雲さんとガチバトルになり、普通に勝ったとも説明された。

 

「生きてるから結果オーライ…とはいかないのかな? 死んでも霊魂になるだけなんだし」

「よく人の心がわからないって言われません?」

「めっちゃ言われる。旦那にも言われてる」

 

 その結果、僕も東雲さんも死に際スレスレ。交戦の後も残りまくり。これはマズイ、と思った十六夜さんは辺り一体に忘却と復元を施し、此処「総本山」に移動。

 僕の蘇生と、魂のテスト。

 加えて東雲さんの治療。

 それを同時を行って、一週間が経過した。ちなみに、十六夜さんの見立てでは、僕の蘇生は一月かかる予定だったらしい。

 

「で、東雲さんは無事なんですか?」

「目が怖くなっているよ。無理もないけどね。

 彼女は無事だ。命に別状はないよ、なんなら私は尾を一つ持っていかれそうになった」

 

 カラカラ、と十六夜さんは笑っている。

 

「彼女は今、ここの地下洞。清水の泉にいる。治療を終えているんだが…どうも様子が変でね」

「変、とは?」

 

 彼女の身に何があったのだろうか?

 …それとも、単に十六夜さんと顔を合わせたくないのか。いや、そしたら部屋なり何なりにいればいい。

 周りから距離をとるとは、どんな事情が…

 

「有り体に言えば『成長』した。まだ怪異の範疇にはあるけどその一つ上である『化生、魔性の者』に近い。

 そうなると───分かってはいたが興奮するな! 魂の色が気色悪いというか怖いぞお前!?」

「どこがどの具合成長したのか仔細求めます。蜘蛛みが増したりとかしてます? 声は従来と同じですか、それともどこか変わったり? ああ、価値観とかも知りたいです」

「ええい!! おちつけ!!」

 

 ぱあんっ!! と見えない何かに弾かれた。畳の上にゴロゴロと吹っ飛ばされる僕。

 そんな僕を見下ろし、十六夜さんは言う。

 

「…その調子なら大丈夫だとは思うが、それでも忠告する。今の彼女は、下手をすれば君を永遠に閉じ込めるぞ。

 それはあまり望むところではないだろう? …いやまぁ、あの走馬灯を見るに、そうでもないのか?」

 

 …サラッと生涯見られてる。

 いやまぁ、別に隠すこともないしいいけど。

 でも今はそんなことどうでもいい。

 

「どっちでも良いですよ。

 ともかく、彼女に会いに行っても?」

「………ブレないなぁ」

 

 ゆっくりと立ち上がる。右目が潰れたせいか、少し距離感が掴みづらい。

 …ああ、彼女を見れる瞳が一つ減ったのか。

 そう考えると、至極憂鬱な気分だ。

 肩を落としつつも、僕は地下洞への案内をお願いした。

 

 

 





「…さて、回収したもう一つの魂はどうするか」
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