人外が大好きなやつが退魔刀で殴ってくる   作:不定の狂気

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おひめさま

 

 人の言葉から私は生まれました。

 言葉に乗せた恐怖と好奇心が私を模りました。

 男を誘い、暗い飲み込む女の怪異。人に溶け込み、人を食らうモノ。女郎蜘蛛として産んだのです。

 

 だから、私は生まれた時から〝生徒〟だった。

 

 誰もそれに違和感を持たないし、持つはずもない。

 私は〝東雲 華〟という一生徒として『初めからそこにいた存在』として、生まれたのだから。

 

 問題なのは、私が生まれてすぐ不全(エラー)を起こしたこと。

 女郎蜘蛛は人を拐かし、喰らう怪異。

 だから他の怪異より人の心を理解して生まれた。

 その『理解』が、私にこう命令した。

 

 〝人の心を知っているのに、人を喰らわなければいけないのは、とても悲しいことだ〟

 

 人間の肉の味。心が拒んでも、怪異としての体はそれを美味と感じるてしまうのだろう。

 それは、とても嫌なことだ。

 

 …私の『理解』は所有から生まれていた。

 知識として搭載しているのではなく、人の心を持っているから理解出来てしまう当然の帰結。

 人に近しい姿を持つ怪異にはままあること。

 かつての雪女が人情に流され、結局は人間を凍らせることなく去った逸話のように。

 私には、心が機能していた。

 

 

 人で在りたいと願うのは当然の話。

 学生達の中に溶け込む折に、それは克明化した。当たり前のように友を持ち、当たり前のように恋をする。

 人としての幸福。

 それとは無縁だと思っていた。

 それが叶うことはないと思っていた。

 

 ───…緒方恭平。

 

 彼の存在が私の不全(エラー)を完全にした。

 彼以外を口に含むことを想像した。以前なら、忌避しながらも口内に涎が湧き出していただろう。

 でも今はひどく吐き気がした。

 彼以外を口に入れるなんて、考えたくもない。

 

 人外と人間の境目を彷徨く半端者。

 それを好ましいと語る彼。

 人の体を崩した化け物の姿。

 それに一目惚れと語る彼。

 人に飢えて牙を出した私の姿。

 それに躊躇なく己の肉を差し出す彼。

 

 恋を知らない私にとってあの存在は劇薬であり、同時にとてつもなく強固な楔にもなった。

 私がこの世にいるための鋲。

 彼の存在が、唯一私の『生きたい』という意思を確固たるものにしていた。

 

 だから、彼の傷に怒りを抱いた。私以外の傷がある。害されている。何より私を庇って傷を負った。

 傷を負うべきなのは私の方だ。

 私は傷を作ったものを憎み、それを許した私にも深い憎悪を抱き、そしてそれを見過ごした狐にも同じ感情を抱いた。

 

 

 私はその時、化け物である自分を肯定した。

 

 

 

 

   ◆

 

 

 『総本山』地下洞、清水の泉。

 

 暗く、冷たく、清涼な水に身を浸す。

 此処にいるのは、ひどく落ち着く。水場は私の体と性質に適しているからだろう。

 傷の治りも、力の補充もやけに早い。

 

 支給された白装束が水を吸う。

 体に張り付く布の感触は不快ではない。むしろ、冷静とは程遠い頭が少し落ち着く。

 …彼が目を覚ますまで、私は此処にいることを自分に課した。そうでもしないと暴れかねない自覚がある。

 

「…あー」

 

 なんとなく、声を出す。

 此処は暗く、静かな岩の部屋。だというのに、水面は僅かに青く揺らめき光る。

 朧げな光が微かに私の全貌を克明にする。

 水鏡に映るのは〝今の私〟の姿。

 白く長い髪と赤い瞳。わかりやすい変貌はそれで、人を模ることに負担を感じない。

 蜘蛛としての姿にも変わりがあった。

 複雑な和装を身に纏う。瞳、髪、肌、衣服、全てが白く染まり、腕は四本に増え、下半身は四つ足の蜘蛛に。

 …蜘蛛と人の接合体とは異なる姿、これを見た時、彼は一体どんな顔をするのだろう?

 

「…ふふっ」

 

 思わずに笑ってから、人を模る。

 体を水に浸して緩やかに目を閉じる。

 空白の時間など幾つも過ごしてきた。

 だのに苦痛なのは、一緒にいてくれようとした彼がいないため。

 ため息の一つも出るというものだ。

 だから、耳に入った声が信じられなかった。

 

 

 

 〝ご一緒してよろしいですか?〟

 

 

 

 ぱしゃり、と水面が揺れる音。冷たい水を揺らす、柔らかそうな細い足。濡れた白装束が張り付いたそれは、彼の線の細さを克明にする。

 私の糸は既に彼の手首を掴んでいた。ほぼ無意識。声がしたと同時に私は彼を縛っている。

 

 彼はそれに気づいたのか、幸せそうに笑う。

 あどけない顔立ちはコロコロと無垢な笑み。私の腹の奥は、それを見てはゾワゾワと疼く。

 …私を致命的に壊した貴方。私の全て。私の生きる理由。その命が無事に、帰ってきた。

 

 糸を操り、私の場所───泉の中心まで彼を寄せる。水飛沫が互いの服を濡らすけど気にする暇も惜しい。

 勢いのまま抱き締める。互いの水を吸った布と、柔らかな皮膚が重なる。ひどく落ち着く。

 

「…緒方くん、生きてる」

「うん、生きてるよ。東雲さん」

 

 貴方は笑顔を見せてくれる。変わった私を見ても忌避感なんてない。魂からそうだ。偽りはない。

 彼は私の髪を手櫛で掬い、花やぐように笑う。

 

「───もっと綺麗になったね」

 

 それが、その言葉が嬉しかった。

 貴方を取られた不甲斐なさと、怒りと、無力感と、申し訳なさと、数多の感情から成った姿を、他ならぬ貴方が認めてくれた。

 こんな幸福、一度に受け取るには大きすぎる。

 

 …でも、彼の右目が私を苛む。

 指で彼の右目に巻かれた包帯へ触れる。

 包帯の向こう側には、何もない。深く傷ついた眼球は、摘出されてしまった。

 そうでもしなければ、傷を起点に彼の体を術が蝕むと『総本山』の人達は話してくれた。

 だから、納得はしていた。

 同時に、とてつもない嫉妬を覚えている。

 

 ───あの男が、好きでもないくせに、

    彼へ消えない傷をつけたのが我慢ならない。

 

「…ごめんね、もうこっちじゃ東雲さんは見れない」

「ううん、謝らないで」

 

 だから、これは決めていたこと。

 私はゆっくりと、右目に巻かれた包帯を解いていく。

 何もない空洞な貴方の瞳。

 今からすることを考えると、私は興奮を隠せない。

 躊躇なく、私は自らの舌を彼の眼窩へ捩じ込んだ。

 

「な、にを…っ!?」

 

 待って、駄目。狼狽えた魂と声が唆る。

 ビクビクと震えないでほしい。先までしたくなってしまう。体に熱が籠りすらする。

 でも、今は努めて自制しなければ。

 私はゆっくりと眼窩から舌を引き抜く。

 それで施術は終わりだ。

 

 ああ…彼(・)の(・)右(・)に(・)、ち(・)ゃ(・)ん(・)と(・)私(・)の(・)赤(・)い(・)眼(・)が(・)収(・)ま(・)っ(・)て(・)る(・)。うまくいった。お揃いだ。嬉しくて死んでしまいそう! ああ! ああ! 彼の中に私のものがあることが、こんなにも幸せだなんて!!

 八つある眼のうちの一つが無くなったけれど、惜しくはない。むしろお釣りが来るほどだ。

 

「…ねぇ、これ…ほんと?」

 

 察したのか、彼も恍惚とした顔で右目(ワタシ)を触っている。こくりと頷いて、それを肯定。

 でも、まだ終わりじゃない。

 私は先に解いた包帯を、今度は彼の無事な左目の方へ巻き直す。そうしてからもう一度彼を強く抱き締めなおし、耳元で囁いた。

 

「ほんと。私の眼を、きみにあげる。

 でも残ったきみの目は、私しか見ちゃだめ。

 …危ない時以外はね」

 

 すると、彼は言葉の代わりに私を強く抱き締め返す。

 …まるで告白の時の私みたいに。

 

「………キスとハグを、数え切れないほどお願いしたい、です」

 

 その返答に、私の理性は決壊した。

 

 

 

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