人外が大好きなやつが退魔刀で殴ってくる   作:不定の狂気

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首ったけの夜

 

 東雲 華は怪異である。怪異としての名は女郎蜘蛛。様々な伝承を持つが、その多くは糸で人間を操ったり、動けなくして捕食するといったものだ。

 外見は名の如く、女性と蜘蛛の融合体。東雲の腰元からは八つの足が生え、顔には蜘蛛の口が開いており、側頭部には蜘蛛の目が光る。下半身は蜘蛛の腹に変じている。

 

 彼女の八つ足に囚われているのは、童顔以外の特徴がない男子高校生。名を緒方 恭平という彼は、常人なら発狂必至の状況になっても平然と───否、恍惚としていた。

 

「…ご、ごめん! 今離すね!」

「待って、まだ離さないで」

 

 ぎちぎち、と腰元から伸びる八つの足。その拘束が解かれようとする前に、彼は足に触れて待ったをかける。

 

「せっかくのハグなんだ、少し堪能したい」

「う、うぁ、うぅ…」

 

 照れたのか、蜘蛛はその身を屈ませる。人のような紅潮などはない。あるとすれば、側頭部の目玉が爛々と光るくらい。感情の昂りは、そこに現れるようだ。

 少年はそれを見て嬉しそうに笑う。けれど、急に頭がぐらつくような感覚が来た。

 

「…やば、止血忘れてた」

 

 それは先ほど、少年が噛みちぎった自身の皮膚からの出血。興奮のせいか、流れ出る血の量は多い。

 鮮血を見て、蜘蛛女は慌てるように体をざわめかせる。だが、怪異としてのサガなのか、その胸中には〝飲みたい〟という欲求が湧き上がる。

 

「ま、待ってね…今糸で…」

「や」

「むぐぅ!?」

 

 止血を申し出ようとした彼女の口に、血を流す皮膚が押しつけられる。甘やかな味が、怪異の口の中で広がる。東雲の目は見開き、焦りに揺れて口を離そうとする。

 けれど、駄目だと言うかのように、ぐいぐいと腕が押し付けられる。血は東雲の口内へと注がれていく。

 

「…んっ。…んん!? んぅ……ッ!」

「勿体無いし、飲んじゃえ飲んじゃえ」

 

 じゅう、と血を吸う音。抗えなかった食欲。怪異の喉が潤うごとに、東雲の目は色めき立つ。

 月明かりが彼女を照らす。鈍く光る人と蜘蛛の目。少年を取り囲む八つの檻は、彼の体を押し潰すように。

 ゼロになる肉体の距離。そうなって、ぐぱり、と水っぽい音を鳴らして血の止まった腕が蜘蛛の口から外れた。

 

「…ぁ、あぁ…の、飲んじゃった…いっぱい…」

「あはは、すっごい頭くらくらする」

「だ、大丈夫?」

「問題ないよ、健康健康」

「なら、良いんだけど」

 

 ぱきぱき、と蜘蛛の全身から音がなる。八つの足は少女の腰へと折りたたまれ、側頭部の瞳は次第に姿を隠くし、下半身は人の足と遜色変わらない形へと。虫の顎のような口は、閉じて人の皮膚と唇へ。

 人の皮膚と血。少なくない量を摂取したからか、少女が模る人の形は、ブレもなく異常もなかった。

 

 女郎蜘蛛から〝東雲 華〟へと姿が変わったのだ。

 

 外ハネが多い、黒く長い髪。いかにも無害といった顔立ち。あどけなさ・無垢さを絵に描いたようなそれは、恐らくは怪異としての習性。侮りや恋慕を喚起し、吸い寄せられた男を捕食するための機構なのだろう。

 緒方は少し不服そうな顔をしていた。彼としては、先の蜘蛛としての姿の方が好ましいらしい。

 それに気づいてか、東雲は苦く笑った。

 

「…本当に〝私〟が好きなんだ」

「そりゃもちろん! 好きどころか大好きだ、腕の皮膚を噛みちぎっても痛くないくらい!! ハグしていい?」

「は、早いよ!? その、もうちょっと手順とか…」

「えー、告白もっかいやり直した方がいい? 返事らしい返事もまだだし…」

「あ」

 

 血肉を得て冷静になった思考が、先のことを思い返す。一目惚れという直球の告白。

 それに対する返答らしい返答を、少女はしていなかった…というか出来る状態じゃなかった。

 

 そこまで意識して───少女の顔は真っ赤に染まる。

 そして、再び少年を抱き締めた。

 今度は優しく、傷つけないような人の体で。

 

「わぷっ」

「い、今はこ、これで勘弁してください…… 恋なんて、告白なんて、無縁だと思ってたから、どうすればいいかわかんなくて…心がいっぱいで、わけわかんないんです…」

「……うん。すごく嬉しい」

 

 ぎゅっと抱き寄せられる感覚。

 拙いながらもありったけの愛情表現。少年は幸せそうにはにかんで、東雲を抱き締め返す。

 その最中で「ひゃっ」なんて、先の姿からは考えもつかない弱々しい声も聞こえたが、少年は聞こえないふりをした。

 

 

 

 

 

    ◆

 

 

 

 

「ふと思ったんだけど。ずっとここに住んでたの?」

 

 告白と、その承諾(ハグ)からしばらく後。

 少年は床を指してそう尋ねる。此処は東雲 華の隠れ家。人間ではない彼女は、人らしい住処を必要としない。

 彼女が例外という訳ではない。余程の高位でもなければ、怪異は文化的な生活を欲しないのだ。

 

 だから、東雲 華の隠れ家は『買い手のつかない空きビルの一室』という、単なる箱同然の空間だった。

 強いて言えば、物を入れる棚や服をしまうクローゼットがある程度。寝床らしい寝床も無く、到底、人が住むような場所には見えない。

 

「うん、ずっと此処で朝を待つの」

 

 大きなガラス窓が一つ。照明は星明かりだけ。今は月の光が暗夜を晴らしている。

 娯楽もないこの場は、まるで牢獄のよう。

 

「ふーん…僕の家に引っ越したりとかしない?」

「へぁ!?」

 

 驚きの声が、東雲の口から漏れ出た。「なんちゃって」と少年が笑うと、東雲はほっとしたように息を吐く。

 

「びっくりさせないでよ…そんなことしたら、君のお父さんとお母さんが心配するでしょ?」

「あ、親いないよ僕。死んでる。

 今は爺ちゃんの支援で一人暮らし」

 

 さらりと告げられた事実に、東雲は言葉を詰まらせた。怪異は人を食らう物であり、人の死に近い生命だ。

 だからこそ、人側で在りたい女郎蜘蛛の東雲にとって、少年の告げたことは、発音を乱すには十分な代物。

 だが、少年は気にしていないのか、少女の謝罪を遮りながら、明るく笑って続ける。

 

「ご、ごめ───」

「まぁ、そんなことはさておいて! ───ここにいるのは、東雲さんにとって寂しいこと?」

「…………ううん、ぜんぜん」

 

 言いかけた言葉を飲み込み、首を横に振った。

 これは本音だ。この部屋で1人朝を待つことは、寂しくなどない。既に慣れた物だからだ。けれど、それはあくまでも『今までは』の話。

 恐らくは、この心も次第に変わるのだろうと少女は躍動する胸中を実感しながら思う。

 

「でも、いつか寂しいって思う時が来たら、その時は…引っ越しても……いいかな……」

「もちろん!」

 

 少年は笑って、至極嬉しそうに答えた。





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東雲 華…わけあって人側でいたいと思う怪異。人を食べていないのでほぼ消えかけだったし、人の姿になれるのも限界だった。そんな中でも「汝は人!でも人外でもあるね大好き!!」されたのでもう大変。

緒方 恭平…判定ダイスがクリった
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