瞳の色で使える魔術が変わる世界で俺は魔術が使えない(らしい) 作:伊地知和義
もう既に日は沈んでおり、辺りは真っ暗だった。
俺とガルアさんとアレスの三人は、街外れの街道をガルアさんの愛馬に乗って駆けているところだ。
俺はこれから起こるであろう出来事に今までに感じたことの無い不安を感じていた。
そもそもマナティアが無事かどうかすら保証されていない上になりふり構わず殺そうとしてくるであろう盗賊との戦い、でもやらねばならない。
「すぐそこに光が立っている、盗賊達やマナティアはそこに居るはずだ」
しばらく街道を行って前方に山が見えて来た所でガルアさんは馬を停める。
「二人共、これから起こることは理解はしているだろうが一歩間違えば死ぬ戦いだ。確かにその歳で既に君達は、そこらの盗賊になんか負けない才能を持っている、それは私とこの眼が保証しよう。だけどいざとなったら戦いは全て私に任せて逃げなさい」
いつになく真剣な眼差しでガルアさんは俺とアレスを見つめてくる。
「逃げなさい」、その言葉に少し安心すると同時に覚悟を決める。
盗賊を倒してマナティアを救ったら謝るんだ。
何回無視されても構わない、その度に何度でも謝ろう、何か気に食わないことがあるのならたくさん言ってもらって……そうやってお互いを知る所からだ。
同じ孤児院に来た以上はどんなに嫌な顔されても、どんな風に思われようと、家族なのだから。
確かに俺とマナティアは二週間しか付き合いが無いし、マナティアは俺の事を無視したりするし、俺も正直苦手ではある。
でも同じ家に住んで同じご飯を食べて同じ家の中で寝たなら、俺にとっては家族だ。
それを自ら蔑ろにした前世の父親を俺は許さない、お母さんを傷付けたあいつを許すことはこの先も無いだろう。
でもマナティアはまだそんな事をしていない、それ以前に何も知らない。だからここで……やるんだ。
深呼吸をして意識を整える。
「……行きましょう」
ガルアさんが頷き、前を歩き出した。
その後ろをアレスとついて行く。
山の麓辺りは木々が生い茂っていて夜の暗さと月明かりが相まって不気味な雰囲気を醸し出している。
しばらく行くと、遠くに微かに明かりが見えた。
恐らくあれが盗賊達の居る場所だろう。
暗いな、でも毎日魔力について研究しまくった甲斐があった。
体内の魔力を操作し、目に集中させる。
すると先程まで悪かった視界が昼間のように辺りが見えるようになる。
これを知ったのはガルアさんに夜更かしがバレないように明かりを消した後、本を読めないか試してみた時だ。
視力強化に暗視効果がまさか付くとは思ってなかったが、動体視力も強化されるならまあ当然だろうか。
「いいかい、私が合図するまではここで待っていなさい」
「はい、分かりました……ってアレスがいない」
先程までは俺の隣に居た筈のアレスがいない事に一瞬戸惑うが、アレスはすぐに見つかる。
何やってんだよあいつ、一人で盗賊の方へ向かうなんて有り得ない……あーもう!
「アレス! 戻ってこいって、アレス! 」
盗賊達に聞かれないように、こしょこしょ話をする時の様な息を吐いただけの声でアレスを呼び戻そうとするが、聞こえていないのかアレスはそのまま進み続けている。
だがさすが盗賊と言うべきか、アレスの前方に罠が見えた。
暗視がなければ気付かなかった、ナイス夜更かししてた俺、でも肝心のアレスに伝える方法が無い。
しかしあれは……魔術の本に載っていた魔法陣? クソっ! ここからだとよく見えないから種類が分からない。
とにかくアレスに知らせないと。
「アレス、前に罠があるって、アレス! 」
先程と同じように盗賊に聞かれないくらいの大きさの声でアレスに言うが、アレスの耳には届かないままだ。
マズイ、このままでは魔法陣をアレスが踏んでしまう。
「仕方無い、盗賊達にバレてしまうかもしれないが……アレスの命には変えられないからね」
そう言ってアレスが魔法陣をあと一歩で踏んでしまうという所に……すんでのところでガルアさんがアレスを抱えて地面に倒れ込んだ。
直後、感知したのか魔法陣が淡く光を発し、大きな音が辺り一帯に鳴り響く。
うるさいなこの音……てかアレスとガルアさんは……よかった! 無事だ。
だけどこれじゃ盗賊には気付かれたと思っていいだろうけど。
いや、もういい……覚悟はしたんだ。
「おいおめェら、どうしてここが分かったかは知らねえが、街の奴らが罠にかかった! 返り討ちにしろ! 」
遠くから盗賊であろう男の声が聞こえてくる。
指示をしているあたりボスだろうか。
遠目に盗賊たちがこちらへと走ってきているのが見えた。
ふぅ大丈夫、ガルアさんが言った通りならこいつらはアレス以下だ……アレス以下アレス以下アレス以下……。
深呼吸をして自己暗示のように心の中で唱える。
腰に携えた剣を抜いて、体の魔力を目と足に集中させ戦闘態勢を整える。
大丈夫、最悪逃げればいいし……いや弱気はダメだ。
「ニル、ビビってんの? ならそこで俺が盗賊倒すとこ見てなよ」
おいアレス、やっぱりいくらお前が天才だからって大人に適うわけないんだってば!
アレスは走ってくる盗賊へ体を向ける。
「アレス! 」
「ガキのくせに大人を盗賊を舐め過ぎだ……へ? げふっ……」
瞬間アレスへ斬りかかった筈の盗賊はその場に崩れ落ちていた。
へ? 今何が起きた? アレス、無事……てか殺して……。
「アレス……お前その人殺して……」
「何言ってんのニル、俺は殺してない。ただ気絶させただけだって……大袈裟だなぁ」
いやだって……大袈裟ってお前、それに血が出て……。
「血が出てるけどその人……ううん、なんでもないよやっぱり、アレスを信じる」
「情けないなニルは、いつもみたいにお兄ちゃん面しとけばいいのに」
お兄ちゃん面ておま……ふぅ、血を見たせいで少し気が動転してたみたいだな。
それにこれは戦い、そもそも前世での死生観とこっちの世界では根本的に違うのかもしれないしアレスにとやかく言うのは違うだろう。
「ありがとうアレス、少し落ち着いた」
「二人共、仲良くするのはいいけど、ちょっと気を緩めすぎだよ」
「そうですね。ごめんなさい、ガルアさん」
そういうガルアさんも盗賊二人を相手にしながらこっちに話しかけてくるあたりどうかとは思うけど……。
「あっアレス、後ろ! 」
「分かってるって」
「死ねガキ! ぐはっ……」
またも一太刀で盗賊はその場に崩れ落ちる。
これを見るとアレスって、本当に天才で強いんだな……正直さっきまでの心配していた自分が馬鹿らしくなってきた。
よし、なら俺も盗賊の一人くらい……。
一人の前へ走り出し剣を構える。
「悪い事は言わねえからよ、子供はママのミルクでもお家で飲んでやがれ! 」
大丈夫剣の練習は木剣とはいえ二年くらいしたし、盗賊を余裕で倒すアレスに俺は耐えたんだ……きっと大丈夫。
って、あれ? 体が動かない……なんで、やばいこれ。
盗賊を前にしたからか、突如として体が強張ってその場に固まってしまう。
「何してんのニル! 」
「ニル! 早くそこから逃げなさい! 」
ああ……ガルアさんがこっちへ走ってくるのが見える、アレスも……ごめん、俺こんなとこで死ぬのか。
目の前にいる盗賊は既に斜め上から剣を振り始めている、動体視力が強化されているためスローに見えた。
これ……どこかで見たことがあるような……そうだ、前世で不審者に襲われた時と同じ……デジャブ。
スローなのがまるで走馬灯みたいだな、クソ……動け体! ダメだ動かない、本当に死んでしまう。
もう盗賊の剣が当たりかけてるしダメだなもう……。
なんだ? 腕が、勝手に動いて……。
直後、盗賊へ向けられた手のひらから燃えるような熱い感覚を味わった後に炎の球が放たれ、目の前の盗賊を燃やす。
この感覚確か、不審者が燃えた時と同じ……。
「あっつ!! くそったれが、このガキ魔術を使いやがる」
男は燃えるマントを脱ぎ捨ててこちらへ向かってくる。
「させないよ」
「がっ……は……」
いきなりの出来事に状況を飲み込めず棒立ちしていた俺に向かって、斬りかかった盗賊をガルアさんが大剣で薙ぎ払った。
「戦いの場でボーッとするんじゃないよニル……だけど無事で良かった、それにやっと魔術が使えるようになったんだね」
「まじゅ……つ? 」
手のひらを見つめてそう口にする。
盗賊の男も魔術と言っていたがこれが魔術……? だとするなら前世で俺は不審者に対して魔術を放ったのか? いや、ありえない。
そんなことあるわけが無い、魔術は向こうの世界じゃファンタジーの中だけにしか存在しないのだから。
とはいえ白色の瞳をしていても魔術を使えたということはその話は嘘か、あるいはこの世界とは別の世界の住人であった俺だから使えるのか……詠唱をしても何も起きないのは何故か知らないが、とにかく魔術は使えることが分かっただけで充分だ。
あとはこの感覚を忘れないうちに練習をしたいところだが……。
「ニルすげえな! 盗賊のやつ燃えてた! 」
「やはり君は……私が思っていた通り天才だよニル」
周りを見渡すと盗賊達が地面に倒れていて、今立っているのは盗賊のボスであろう人物だけだ。
恐らく部下の盗賊は全員ガルアさんとアレスで倒してしまったと見て間違いは無いだろう。
「こ、こんな筈じゃ……お前ら、この人数相手に……化け物だ! 」
男はその場に尻もちをついて言う。
「化け物だって? いたいけな少女を問答無用で連れ去った君達盗賊の方がよっぽど化け物だと私は思うよ」
ガルアさんが男の前にその大剣を構えて立つ。
俺もガルアさんに同意見だ、いくらこの世界では殺しや盗み等が当たり前のように存在していてもそれが悪い事なのはどこの世界でも同じだろう。
「思い出したぞ……お前あのガルア・リィドーだろ? そうだろ! 数年前炎王国騎士団団長を務めていたあの! 」
「さあ、どうだろうね? 」
どうしたんだろうか、何やら盗賊の男はガルアさんを知っているみたいだが。
炎王国と言えば西の大国で国民全員が赤色の瞳をしている国の事だ、ガルアさんがその国の騎士団長?
確かにそれなら初めて見た時に鎧を着ていたのも、俺とアレスに剣を教えたり、偽りの瞳という貴重な魔道具を手に入れる事の全てに納得が行く。
しかし何故そのような地位を捨ててまでこんな孤児院を開いたりなんかしてるんだ……。
「とぼけるな! なんで辺境の小さな街にこんな化け物が居るんだ! クソが、クソが! せっかく逆らう力もねえ盗みやすい街を見つけたと思ったのによ……」
「話は終わりかい? 私の可愛い娘は生きているんだろうね? 」
「ああ、生きているさ。だからどうか命だけは! 命だけは助けてくれ! いや、助けてください! 」
はっきり言って命乞いをする男の姿は無様だった。
こんな大人には……ならないようにしよう。
「よかった、生きているのか……。だけどそれとこれとは話が別だよ! 」
そう言ってガルアさんは構えていた大剣を振り下ろした。
「そんな……ぐはっ」
しかし男は血を一滴も流していない、どうやらガルアさんは剣の峰で叩いて気絶させたようだ。
それでも充分な破壊力はあるだろうが。
何はともあれこれで一件落着、あとはマナティアを助けるだけ。
「さてと、盗賊達は後で街の人達と一緒に捕らえに来ても問題ないだろう。しばらくは気絶しているさ、それよりもマナティアを助けに行こうか」
その言葉に従い俺達は盗賊達のアジトの中へ入る。
すると中に体中をを縄で縛られた幼い少女……マナティアが居た。
マナティアはどうやら意識を失っているらしい。
「マナティア、助けに来たよ」
ガルアさんが縄を解いて呼びかけ、うめき声を上げてマナティアは目を覚ました。
「うぅ……近寄るな!…… て、ガルアさんか……ごめんなさい私勘違いして」
「いいや気にしてないとも、それよりマナティアが無事で安心したよ」
マナティアは安心したのか目に涙を浮かべていた。
こいつ、泣くんだな。
そりゃそうか、人間だし。
「さてアレス、ニルこっちへ来なさい。仲直りの時間だよ」
「……ちぇ、分かったよ」
渋々とアレスが前に出るのと同時に俺も前に出た。
「マナティア、アレス、ニルこんな事になった原因は君達の喧嘩だ、分かるね? 」
その言葉に俺達は頷く。
まあ、確かにそれが原因でマナティアは外へ飛び出てしまったし、その結果盗賊に攫われた。
結果的には助かったからよかったけど、マナティアが生きていない場合も可能性はゼロじゃない。
俺も最初はまさかここまでの大事になるとは思っていなかったし。
「君達には今ここで、仲直りをしてもらおうと思っているんだ。そしてこれからは喧嘩をしても構わない。だけどそれ以上にニル、アレス、マナティアの三人には仲良くして欲しいんだ。君達はもう、家族なんだから」
「分かったよガルア……その、マナティア……色々とキツく当たったりしてごめん」
驚いた、アレスがこんなにも素直に謝るなんて。
「僕も、あまりマナティアの気持ちを知らないで、悪い態度をしてた……ごめんなさい」
「私も、二人に対してたくさん酷い事言ったり無視したりした……その、ごめんなさい」
アレスとマナティアが謝罪を述べ頭を下げる。
意外にもすんなりと二人が謝罪を行ったことに驚きながらも、この結末に安堵する。
終わりよければすべてよしではないが、マナティアが盗賊に攫われていなければ仲直りはしていなかったかもしれない。
「もう一度言うけどこれからは皆仲良くするんだ、分かったかい? 」
ガルアさんの問いかけに全員で頷いた。
はっきり言ってこの短時間で人格が変わったのかと疑うくらいにマナティアは穏やかだった。
あの我儘お嬢様の様なマナティアは今、大人しい少女のようだ。
こうして仲直りをした事で、俺達はようやくお互いを受け入れたような気がする。
アレスも成長しているみたいだし。
「では、我が家に帰ろうか」
ガルアさんはそう言ってアジトの扉を開ける。
今回の事件は肝を冷やしたけど、マナが無事でついでに仲直りもできてよかった。
それに魔術が使えることも分かったしね、練習を重ねないと実戦で使えないだろうから毎日特訓だな。
安心したら一気に体に疲れが出てきたな、帰ってゆっくり眠ろう……。