瞳の色で使える魔術が変わる世界で俺は魔術が使えない(らしい) 作:伊地知和義
人里離れた山奥にあるボロい小屋の中で、エメラルドグリーンの瞳に赤紫の髪をした顔に切り傷のある二十代後半程の男は、今にも崩れそうな程にボロい椅子に座っていた。
その男は腹が立っているようで貧乏ゆすりをしながら目の前にある小さな机を人差し指で小刻みに叩く音が小屋の中に響き渡る。
この男の名前はアルバ。
ここら一帯を縄張りにしている盗賊団『
しばらくすると小屋の扉が開き、フードで顔を隠してはいるが体つきから女性と分かる人物が入ってくる。
黒いローブでボディラインは分かりにくいが、それでも盛り上がっている胸部からは豊満な肉体を想像させる。
「チッ、遅せぇよ。どれだけ待たせんだ? 場所を指定したのはそっちだろうが」
女性が入ってきたのと同時にアルバが席を立ち、声を荒らげた。
数週間程前に盗賊団のアジトに届いた差出人不明の手紙に書かれていた場所がこの山奥の小屋だ。
本来なら差出人不明の怪しい手紙の誘いを受けることはする筈も無いが、手紙に記された法外な報酬に釣られて乗ってしまったのだ。
「遅れたのはごめんなさい。少しトラブルがあったのよ、馬車の車輪が壊れてしまったの」
苛立つアルバとは対照的に、その女性は冷静なまま言葉を返す。
「……そうか、それならしょうがねえ。文句はこれくらいにしておこうか、時間の無駄だからな。じゃあ早速聞かせてもらおう……依頼の内容は何だ?」
「優しい、いや合理的なのかしら。本題に入る前に一応名乗っておくわ、私はカラ、これは仮名だけど。さてと、依頼の内容はとある人物を殺してほしいのよ」
「ほう……一体どいつを殺せばいいんだ? 」
アルバは少し落ち着いてきたのか席に着いて、先程とは正反対の声音で尋ねる。
カラと名乗る女性もアルバの反対の椅子に座る。
「そいつの名前はニル・バーナード、まだ生まれて間もない赤子よ。こっちにも色々と事情があるから殺しの理由とかは聞かれても困るわ」
「依頼の内容はわかった……だが一つだけいいか? 俺が子供に対して殺しを働くとでも思っているのか? 」
すっかり落ち着いた様子で話を聞いていたアルバだったが、カラの話を聞いた途端に再び不機嫌そうになる。
だが無理もない話だ。
何故なら彼は名の知れた盗賊であると同時に、盗んだ金品で数々の孤児院へ援助をしている子供に優しい義賊としても知れ渡っているからである。
「もちろんそれは知っているわよ。だからこそ貴方に頼みに来たの」
「……どういう事だ? 」
アルバは矛盾しているかに思えるカラの発言に疑問を浮かべる。
「答えは簡単。その子供が生きていると沢山の人が死ぬことになるの。勿論貴方が支援している孤児院の子達も、ね」
フードで顔が隠れて表情が見えないため、場の空気にそぐわぬ色っぽい声が余計に不気味だ。
アルバは一瞬の沈黙の後、ため息混じりにゆっくりと口を開けた。
「はぁ……分かった、なら仕方がねぇ。その依頼受けさせてもらおう。だがその分報酬は高く付くぜ」
「ええ、そう言ってもらえると思っていたわ。それに仕事をきちんとしたらそれ相応の対価は支払うから安心して。だけれどもし失敗したのなら……言わなくてもどうなるかは分かるわね? 」
優しい口調とは裏腹に脅しをかけるカラに対してアルバは口の中で小さく舌を鳴らす。
「ああ、分かっている。……仮にでもそんな事は許さねぇが、まあその時はその時だ」
「そう、それじゃあよろしく頼んだわ」
そう言ってカラは音を全く立てずに椅子を立ち上がり、会釈をして扉から外へと出て行った。
「チッ、全く……食えねえ女だ」
一人ボロい小屋の中でアルバは呟いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
日が昇る前のまだ少し肌寒い時間帯、アルバは水王国マーキュリーの王都北門から続く一本の太い道の、その脇に広がる木々の上に座り込んでいた。
「チッ、今日で張り込んでから一週間。予定と話が違えじゃねえか、わざと追っ手をバレさせて王都から逃げ出させようって算段じゃなかったのか……ん? 」
携帯用の不味いパンを咀嚼しながらアルバが悪態をついていると門から一台の馬車が出てくるのが見えた。
商人が乗るような馬車では無いことから、恐らく標的の乗る馬車であることは間違いないだろう。
アルバはパンを早急に飲み込んで部下達に視線で合図を送る。
計画では前方で待機している部隊と後ろから追う陽動部隊の二手に分かれて挟み撃ちをするという事になっている。
アルバが合図して木を降り、馬車の後を走り出したのと同時に、木の上に隠れていた盗賊達が一斉に飛び出てアルバの後ろを同じく馬車に向かって駆けて行く。
先頭にいるアルバは走る速度を更に上げた直後、馬車の中からフードを被った何者かが出てくるのが見えた。
よく見るとその腰には一本の剣を携えている。
だがこれも想定内だ。
事前情報通りある程度以上の実力者ならこれくらいの気配は気付くだろう。
そもそも気付かせる為に暗殺任務の割には多めの部下を連れて来ている、気付いてくれなくては困る。
アルバとしては、願わくば交戦中に交渉ができれば一番楽なところだ。
アルバ達盗賊団が走り続けるのに対して馬車から降りてきた人物はその場で姿勢を低くして剣の構えを取る。
普通の剣士ならばここは間合いの外、振ったところで空を斬るだけだ。
だが相手は恐らく魔剣士、そうなるとここも既に射程範囲内となる。
魔剣士とは普通の剣士と違い、剣術だけでなく魔術も同時に扱う剣士の事なのだが、どちらかが中途半端な実力だと純粋な剣士と魔術師に劣ってしまう。
しかし中途半端で無いのなら……お互いの良さを掛け合わせた事によって近距離遠距離共に対応することの出来るオールラウンダーとなる。
「マズイ! お前ら避けろ! 」
アルバが剣の構えを見て叫んだのと同時に、前方から無数の水の斬撃が飛んでくる。
剣に魔力を纏わせることにより、剣技次第では普通に詠唱するよりも遥かに速いスピードで魔術を飛ばすことが出来る。
アルバはそれを紙一重で回避したが、部下達はあまりの斬撃の速さに反応しきれず、そのほとんどが直撃してしまう。
アルバは後ろを見て一瞬顔を曇らせる、だがよく見ると直撃したにしては傷が浅い事に気が付く。
アルバはその後も迫り来る水の斬撃を躱して、フードを被る人物の前に立ち剣を構える。
「聞いてたよりも強ぇな……ナニモンだ? テメェ」
ジリジリと間合いを詰める両者の間に緊張感が走る。
アルバは盗賊という職業柄、こういう命のやり取りというものは幾度と無く経験しているが、これ程までに張り詰めた空気感はそうあるものでは無い。
まして魔剣士という物は珍しいためアルバでもあまり戦闘経験は無い。
しばらく間合いを詰めていく二人だったが、先に仕掛けたのはアルバだった。
しかしアルバの鋭い剣筋をフードの人物は難なく回避する。
だが回避の反動でフードがめくれてしまい、フードの人物の素顔が露わになる。
「テメェは……どこかで見たような」
「おっと、悪いけど……君とはこれが初めてだよ盗賊さん」
その人物は白銀の長い髪を後ろで縛っている青色の瞳をした端正な顔立ちの男だった。
「それで一体盗賊が何の用かな? てっきりいつもの追っ手かと思ったが、確か君達は
「よくご存知なこった、まあとある依頼でな。その馬車に乗っている子供を暗殺しなきゃなんねえ」
「なるほど、なら通すわけには行かないな」
そう言って男は剣を上段に構える。
それを見てアルバは首を横に振って敵意が無いことを示す。
「待て待て、俺は依頼は受けたが子供を殺したくねえ。部下達も傷は負ったが死んでねぇからな、ここは穏やかに行きてえ」
「というと?」
「多分あんたその子供の親だな? なら協力して欲しいんだ。あんたらを悪いようにはしねぇ」
「その提案を断ると言ったら? 」
男は剣をアルバに向けて問う。
アルバはそれに瞬きもせず、顔色一つ変えずに言う。
「まあ聞け、この依頼の主はそいつ自身、あるいはその裏に潜んでる物……ともかくヤベェ奴って事に変わりはねえ。俺ら盗賊団でも手の出しようが無いだろう」
アルバはこの場にいる者意外に聞かれないように、細心の注意を払って声を小さくする。
「何が言いたい? 依頼主がそれほど逆らえないような強大な存在なら尚更依頼は断れないだろう、そもそも依頼主を裏切るなんて今後の信用問題にも関わる事だよ」
「全くもってその通りだな……だがそれでも嘘をついて依頼を受けた。俺にまだ何も罪を犯してねえガキを殺すなんて出来ねぇよ。だから
「……詳しく頼む」
その言葉に頷いたアルバは背後にいる部下達に目で合図をした。
すると後方で待機していた部下達が次々に撤退して行く。
部下達にはある程度事情を話しているし、アルバがそういう人物であることは皆知っていたためアルバの殺さないという提案を受け入れていたのだ。
そうして道の上に立つのはアルバと男の二人のみとなった。
「さてと、これで会話を盗み聞かれるような事はねぇ。単刀直入に言う、あんたの子供を俺に預けろ」
「面白いことを言うな、続けてくれ」
男はアルバの返答の何が面白かったのか笑った様子でいる。
「恐らく俺がここで見逃しても別の依頼を受けた奴がまた追ってくるだろう。だから俺が殺した事にしてどこかに預けようと思っている……孤児院とか、だな」
「嘘は……言ってないね。よし、その提案受け入れるとしよう。実は僕らも別件で追われている身でね、まだ幼い息子と一緒にこの逃亡生活を続けるのは赤子と妻には負担がかかりすぎる」
「案外あっさりと交渉成立だな。じゃああんたの子供と嫁さんのとこまで案内してくれ、馬車に居るんだろ? 」
「ああ、そうだね……あいつを説得しないと。いくらこの生活が負担とはいえ自分の腹を痛めて産んだ子を普通見知らぬ盗賊になんて預けたりなんかしないからね」
「あんたはどうしてこんなにもすんなりと提案を受け入れた? 俺の言ってることが信じられるのか? 」
アルバは盗賊である自分を信用する男の態度に疑問を持つ。
「それはうーん……私の目がこの男は嘘をついていないと言っているから、とでも言っておこうか」
含みのある言い方をする男にアルバは納得が行った回答だと頷く。
恐らくこの男の持つ
そして二人は森の道をしばらく歩き、道の途中で停止した馬車の所まで着いた。
前方に配置しておいた部下達が馬車の動きを止めたのだろう、中にいるであろう男の子供と妻は部下に傷付けないようにと言っておいた為無事な筈だ。
男が馬車に近付き馬車の扉を開ける、すると馬車の中には子供を抱いている女性が居た。
その女性は青の瞳に燃えているような赤色の髪を肩まで伸ばした清楚な顔立ちをした美しい女性だ。
「ああニナ、ニル無事でよかった」
男が馬車の扉を開けるとその女性、ニナは安堵するが、男の後ろにいるアルバに気付くと子供を守るよう抱き抱えて馬車の隅に寄る。
「あなた、その……人は? 何故盗賊と一緒にいるの? 」
ニナはアルバを睨みつける。
「ああ、ごめんごめん事情を説明しないとね」
そうして男は妻であるニナにしばらく事情を説明する。
一通り事情を聞き終えた後、ニナが口を開く。
「そう、よね……私達の事情にこの子を巻き込むわけにはいかないものね。……わかったわ」
ニナは半泣きになりながら、その腕に抱いた子供を見つめて了承した。
「じゃあ、頼んだよ盗賊さん。ただ、我儘を一つだけ聞いて欲しいんだが、構わないかな? 」
「ああ、何だ? 」
「せめて僕達がいつか再会できるよう、ニルという名前だけは孤児院の人、育ててくれる人に預ける時伝えてくれないか? 」
アルバが男の顔を見ると、男も涙ぐんでいた。
無理もない話だ、どこの世界に愛しい我が子と離れ離れになって平気な親がいるだろうか。
ニナが抱いていた子供、ニルをアルバに預ける。
「お二人さん、俺がこの子を安全なとこまで送ってやる。だから……少しくらいは安心してくれ」
「ああ……頼んだ。ありがとう、良い孤児院を頼むよ」
「じゃあね、ニル……またいつか会えるといいわね」
男とニナは子供の手を片手ずつ繋いで別れを告げる。
そこに先程アルバが戦っていた圧倒的な強さを誇る魔剣士の面影は無く、あるのはただの親心であった。
「……最後に一つ俺からも聞いていいか? 」
と去り際にアルバは男に尋ねた。
「あんたの名前、なんて言うんだ? 」
「私は……ウィルという名だ」
「そうか、すまねぇなウィルさんよ」
そう言ってアルバはその場から去って行った。
明朝の物静かな森の中、二つの泣き声が微かに響く。
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もうすっかり日は昇り始めており、辺りは朝日に包まれて暗かった森の中も明るくなり始めていた。
アルバはそんな森の中を一人の赤子を抱えながら走っていた。
しばらく走っていると、森を抜けて一筋の道に出る。
「このガキを預けるにはあまり目立たない田舎で、且つ治安も悪くねぇとなると……」
とアルバが考え事をしながら道を走っていると、前方に紅蓮の鎧を着た騎士が馬に乗ってこちらへ進んでいるのが見えた。
アルバはそれを見て冷や汗が出る。
何故ならその紅蓮の鎧は精鋭が集う炎王国騎士団の鎧であったからだ。
いくら名の知れた盗賊団の頭領であるアルバであろうと赤子一人を抱えていてはまともに戦うことはできないだろう。
どうやら馬に乗っている騎士の方もこちらに気付いたらしく、馬の速度を上げてこちらへ向かって来る。
「そこの騎士さんよ! ちと相談があるんだがそこで止まって話を聞いてくれねぇか! 」
アルバがそう言うと騎士は馬を降り、兜を脱ぐ。
その兜の下から現れた男の顔にアルバは見覚えがあった。
屈強な体に精悍な顔立ちをした赤色の瞳に茶色の髪の男、その容姿は炎王国騎士団長であるガルア・リィドーのもので間違いない、見間違えるはずもない。
アルバはその男の顔を見るや否や、顔を引きつらせる。
「賊が私に何の用だ……ん? 貴様は盗賊団
ガルアに質問攻めに遭うアルバだったが、至って冷静に、落ち着いた様子で答える。
「訳あってこの子供を預かっている。だが丁度良いな、ここは騎士団長様に預けた方が良いのかもしれねえ。俺はあくまで盗賊、人助けは性に合わねぇ」
「そうか、だが私はもう騎士団長の座を降り、今はただのやる気の削がれた惨めな男に過ぎない。することも無くこれから行くあてを探していたところだ、いいだろう。その子供は私が預かって育てるとしよう」
どこかやつれた顔であっさりとガルアはアルバの提案を聞き入れた。
そして騎士団を辞めたというガルアの言葉にアルバは少し驚くが、それでも騎士団長だったことに変わりは無い、依然として油断をしないよう気を引き締める。
「ああ、なんかすまねぇな。あとこれはこのガキの実の親からの頼み事でな、せめて名前は同じままでとの事だ。こいつの名前はニル、その辺の孤児院なんかよりあんたの所に預けた方がよっぽど安全だな」
「辞めてくれ、もう辞めた事だ。この子供は責任を持って私が育てるから安心して欲しい。孤児院か……開いてみるのもいいかもしれない」
そう言ってガルアは苦笑する。
アルバはガルアの方に歩み出し、ガルアの目の前に来て子供を預けた。
本来なら警戒してガルアに近付く事も無く事を済ませていただろうが、本人も分からず何故か直接手渡しするという行いに出てしまった。
「さて、俺はまだ仕事が残っている。この子供、頼んだぜ元騎士団長」
「ああ、分かった。だが一つ聞かせてくれないか、何故お前は盗賊でありながら子供を助けている? 」
子供を預かったのと同時に、ガルアは不思議そうにアルバに尋ねる。
「ガキん頃いろいろあったんだよ……それでだ」
「そうか……それは、軽率に聞いてしまった事を詫びよう」
「いいってことよ、もう過去の事だからな」
頭を下げるガルアに、アルバはどこか遠くを見つめた様子で言葉を返した。
「それじゃ、行くぜ。ありがとな」
「ああ、この子は任せてくれ」
そうやってアルバは別れを告げると、また森の中へと入って行った。
「孤児院……か、思わぬ所でやることが見つかったな。子供達に剣や魔術、文字を教えたりするのもいいか……」
そう呟いてガルアは、子供を抱えてゆっくりと馬に乗り出発した。
「眩しいな……」
山越しに陽の光が大地を照らし、小鳥のさえずりがよく聞こえる清々しい朝だった。