瞳の色で使える魔術が変わる世界で俺は魔術が使えない(らしい) 作:伊地知和義
俺は四歳になった。
分かったことも増えた、それはここがどうやら孤児院であるということ。
あと、身長もかなり伸びてきたし、もうこの世界の文字も覚えた。
ガルアさんは俺がある程度成長してからは外に出かけている事も少なくない。
いくら何でも四歳の子供を一人残して外へ出かけるのはおかしいとは思うが、そこはあっちとこっちの世界で考え方の違いなのかもしれない。
それに俺はまだこの家から外に出たことは無かった。
普段は優しいガルアさんから、きつく言われているのだ「外に出てはだめだよ」と。
だがそれは俺が幼いからだと思っていたが、それだけでは無さそうだ。
何故ならガルアさんに連れられて外へ出ることも無かったためである。
しかしこう、良くないことだとは思っているが、人間だめと言われたことはやりたくなってしまうものなのだ。
そして俺は先日、興味本位に一人で外へ出てしまったのだ。
それに対して俺は今物凄く後悔をしている。
大人しくガルアさんの言いつけを守っていれば良かった、と。
初めは良かった。扉を開けると外には石造りのレンガの街並みが広がっていた。
今まで窓を覗いているだけだった世界を肌に感じることが出来た俺は調子に乗ったのだろう、そのまま外を歩き出した。
ここまではまだいい、そこからしばらく歩いて孤児院が見えなくなった辺りで一人の通行人の女性とぶつかった所ですぐに孤児院へ走って戻るべきだった。
その女性は最初こそ「あら可愛い坊やね、迷子かしら」と俺を心配してくれたのだが、その後俺の目を見るなり態度を急変させたのだ。
「嘘、でしょ……キャー!! こ、この子の目、白いわ! こんな所に『白』がいるわ!」と、その女性は叫んで言う。
俺はあまりの急なことに一瞬頭が真っ白になる。理解が追いつかなかった。
その女性が叫ぶと今まで歩いていた通行人たちがたちまち足を止めて、こっちを見る。
その間ずっと俺は棒立ちをしており、困惑するばかりでどうすることも出来ずにいた。
だがそこへガルアさんがやってきて「すいません! 私の子供がご迷惑をおかけしました! 」と言って俺をそのまま抱えてその場から逃げるように走った。
正直、通行人達の俺への眼差しが怖くて、思い出すと今でも震えてしまう。
もし、あそこでガルアさんが助けに来なかったら今頃俺はどうなってしまっていたのか、と思う。
その後俺はガルアさんにこっぴどく叱られると思っていたが、ガルアさんの反応は俺の想像と真逆だった。
なんとガルアさんは俺を泣きながら抱き締めたのだ、そして泣きながら「ごめん……ごめんよ」とずっと俺に謝っていた。
だが俺はおかしいと思っていた。謝るのは俺の方なのに、悪いのはガルアさんの言いつけを守らなかった俺の方なのに、と。
そうして今日に至る。
俺はガルアさんに「ニル、今日は大切な話がある」と言われ、リビングの椅子に座って待っていた。
しばらく待っているとガルアさんがやってきた。
「待たせてごめんよ、ニル。さっきも言ったがお前に話しておかなきゃならないことがあるんだ」
ガルアさんは何やら神妙な面持ちで言う。
この顔とタイミングからして真面目な話であることは間違いないだろう。
「これから話すことは四歳のお前には難しい内容かもしれないが、その歳で文字を理解出来る程に賢いお前のことだ、分かってくれるな? 」
俺はその言葉に頷く。
「……よし、では話そう。まずお前の瞳の色だが、お前のように白色の瞳をした者達は世界中で酷い扱いを受けているんだ」
俺はその言葉を聞いて昔にガルアさんが俺の目を見た時に驚いたことを思い出す。
「本を読んでるお前なら知ってると思うが『聖天教会』という教会の教えに『白色の瞳をした者は人として扱わない』というものがある」
『聖天教会』か、確かにこの世界の本でたまに出てくる言葉だったけど、そんな教えがあったなんて思わないよなぁ。
ただ瞳が白いだけなのに……なんでそんな教えを説くのか偉い人に聞いてみたいね。
まあそりゃ街の通行人は俺の事をあんな目で見てくるよな……。
「だから私は今までお前を外に出したくは無かったのだが……それはお前に対しての私の説明不足が原因だろう。縛り付ければ余計に反発してしまう気持ち、私にもよく分かるよ」
ここに来て意外な事にガルアさんは笑ってそう言った。
もっと怒られると思っていた俺は少しばかり驚く。
「さて、魔術の存在は知っているね? 」
「はい」
俺は頷く。
魔術は前の世界には無かった、正確には空想の物だったが、この世界には魔術が存在する。
料理や焚き火に火を出したり、花の水やりに使ったりと中々この世界の日常生活に欠かせない物なのは、この世界で四年も過ごしていればなんとなくだが理解出来る。
俺がこの世界で読んだ本の中にも魔術はたくさん登場していたしね。
俺の返答を聞き、そのままガルアさんは言葉を続ける。
「その魔術の仕組みについてなんだが、基本の五属性火、水、雷、風、土とそれに対応する五つの人族をまとめて『五元色』と言ってね。赤、青、黄、緑、茶の五色のどれかに普通は生まれるんだよ、ただ非常に稀に白色の瞳の子が産まれてしまうんだ」
そんな風になっているのか、ん? じゃあなんで生まれたばかりの俺の目を見てもニナやウィルは驚かなかったんだろう。
「とは言っても、生まれてから一ヶ月程は母親の瞳の色を受け継ぐんだがね。さて……辛いと思うが聞いて欲しい、白色の瞳は、魔法が使えないとして役立たずと言われているんだ。だから人々は皆、ニルのような瞳の色が白の人達を聖天教会の教えと相まって見下したり、差別をしたりする」
そう告げるガルアさんの顔はどこか哀しさと憎しみや怒りを感じさせた。
俺はこの世界で魔術の存在を知って、自分も使えるものだと胸を躍らせていたが、どうやら現実はそう甘くない。
そして、ここに来てようやく俺は理解をした。
何故ガルアさんがあれだけ俺に厳しく「外に出てはいけないよ」と言っていたのかを。
同時に疑問も生まれた。
それは、どうしてガルアさんはそんな俺を最初は驚きこそしたものの、ここまで育ててくれたのか。
「ちょっと、難しい話だったけど、なんとなくは分かってくれたかな? 」
「はい、でもどうしてガルアさんは俺を育ててくれているんですか? 」
俺はガルアさんに率直に聞いた。
ここは孤児院だ、そんな厄介な存在であるはずの子供を、自分と血が繋がっていないような子供を、何故こうして育ててくれているのか。
ガルアさんは少しの沈黙の後、口を開く。
「私の妹も……君と同じように『白』の瞳をしていたんだよ。それにニル、お前は私にとって大切な息子だ」
そう言ってガルアさんは俺を抱きしめてきた。
「へ? 」
俺はいきなりの出来事に声を漏らした。
ガルアさんからはすすり泣くような声が聞こえてくる。
なんだよ……それ、ズルいよ……。
俺は必死に涙が溢れそうなのを堪える。
「お前と私は、実の親子じゃない、血が繋がっていない……だけどそんな物どうでもいい……ただ私は、お前のことを愛している」
「僕もだよ……ガルアさん」
俺もガルアさんを強く抱きしめた。
気がつけば、俺の頬を一筋の涙がつたっていた。
正直、俺は今までガルアさんが育ててくれたことに対しては多大なる恩を感じてはいた。
しかし前世の記憶があるせいで、冷たいかもしれないが心の奥底ではあくまでも「他人」だったのだ。
この世界ではニルという名前の俺だが。
心の中の俺は前世の記憶を持った明星大夢、この世界に来ていくら年月が経ったとはいえそれは変わらない。
俺にとってあくまで家族とは、前世に遺してきた絵莉と唄葉、そしてお母さんだけなのだ。
だが、この世界の実の両親であり、俺と血が繋がっているウィルやニナなんかよりもガルアさんはずっと……この世界での俺にとって家族であり、親であった。
少しだけ、前世のお義父さんの気持ちが分かったかもしれない。
自分の子供でもないのに、俺が怖いと思っていたのは実は、不器用ながらも親として子に振る舞おうと試行錯誤していたのかもしれない。
そして同時に、前世での実の父親に対して怒りが湧いてくる。
何故子を見捨てて平気でいられるのか。
ウィルとニナについては思うところがあるにはあるが、状況が状況だから仕方がないと思っている。
前世の父親のせいか、親というものにあまり期待をしていないのかもしれない。
血の繋がりは、絆の繋がりの証明でもなんでもないと思った。