瞳の色で使える魔術が変わる世界で俺は魔術が使えない(らしい) 作:伊地知和義
七歳になった。
「九十八……九十九……百! ……はぁはぁ、これで今日の分終わりっと」
ここ数年コツコツと筋トレをしていたおかげで大分筋肉がついてきた感じがする。
とはいえ、やり過ぎてアンバランスな肉体になるのもよくないのと、小さい時に筋トレすると身長が伸びなくなるとかそんな話を聞いたことがあるので程々にこなすくらいだ。
魔術の方は未だ使えないことに変わりは無いが、体内の魔力操作の練度に関しては大分慣れてきた。
もう少しヒントが欲しいところだよなぁ……。
五歳の時に魔術の本を貰ってから二年が経ち、その間に魔術の本は読まなくても全部思い出せるくらいに読み尽くした。
この世界の魔術という物をもっと知るためにガルアさんに魔術を見せてもらったこともあるが、これ以上は何も望めなさそうだった。
感覚がどんな感じなのかについても聞いてはみたが、よく分からないと言っていたしな。
ガルアさん曰く「詠唱とは神の力を借りるための言わばお願いだよ。教会によれば私の妹や、君のように白色の瞳をしている人達は神に見放された存在だなんて言われてるがね……。いっその事君の中で一番信じている物を『神』にしてみるのはどうだい? 」とのことだったが。
『神』ねぇ……その存在が何なのかについては詳細は明かされていないらしいが。
俺が一番信じている物って、何だ。
俺にとっての神様は……前世でいつも優しく、時には厳しく俺と妹二人を育ててくれたお母さんだろうか。
「おーいニル! 朝ご飯冷めちゃうぞ〜」
なんて考え事をしていると一階からアレスの声が聞こえてきた。
「今行くから待って〜」
俺は自分の部屋を出て階段を降りる、部屋の目の前が階段なのが地味にありがたい。
「もう食べちゃってるぞ」
一階に降りるとすぐに椅子に座り、テーブルの上の料理を口にしているアレスが目に入る。
「はいはい、いただきます」
俺は両手を合わせてから目の前に置いてあるパンとスープを食べ始める。
こっちの世界での食生活に関してだが、別に思うところは無い。
そもそもあまりお金に余裕の無かった前世では食にこだわっている場合ではなかったのだ。
まあ日本人たるものお米を食べたいという寂しさはあるが……贅沢はやめておこう。
「なあニル、ガルアがどこにいるか知らね? 」
アレスは既に朝食を食べ終え、ゲップをしながら俺に尋ねてきた。
「アレス辞めてよ汚いなぁ、ガルアさんは僕も知らないよ……あ、でも『明日はサプライズがあるんだ』って昨日言ってたな」
「はぁ? なにそれ! 俺そんなの聞いてねーし」
あ、しまった。アレスに言うと面倒くさくなるから黙っておくようにって言われてたのを忘れてた……。
アレスはこういうことを言われると内容が気になったり、「明日が待てない」とか言い出して駄々をこねたりとまあ面倒くさい、つまりせっかちなのだ。
「ん! ん! とにかく、昼過ぎまでには帰ってくると思うから大人しくしてなって」
俺はわざとらしく咳払いをして言った。
「ちぇ……分かったよ」
アレスは不機嫌そうな顔をしつつも納得したのか頷いた。
あれ、アレスってこんなに素直だったっけ? まあ人間成長するものだしおかしい事じゃないか。
「ごちそうさま」
俺は両手を合わせてそう言ったあとスープの食器をアレスの分も一緒に片付けた。
太陽が昇り切った昼頃、孤児院の裏庭で俺とアレスは木剣の打ち合いをしていると玄関から「二人ともー! 帰ったぞー! 」と声が聞こえて来た。
「ガルアさんが帰ってきたし、終わりにしようか」
「……ん」
朝のことがやっぱり気に入らなかったのか、アレスは拗ねていた。
だが以前のアレスに比べればこのくらいマシだ、以前ならギャンギャン喚き散らしては物に当たる始末だったからな。
俺とアレスは木剣を外にある横長の木箱に片付けて孤児院の中へと入ると、ガルアさんが玄関の前で立っていた。
「ただいま二人とも、毎日剣の修行をして偉いね。さあ、そんな二人に今日はとっておきのサプライズだよ! さあこっちへおいで」
ガルアさんが何やら口元に笑みを浮かべてそう言うと、ガルアさんの後ろから一人の少女が前へ出てきた。
その少女は海のように深い青色の髪に、透き通った青色の瞳をした可憐な少女だった。
「さあ、二人に挨拶をしてもらえるかな? 」
「……ティ……ア……」
少女は俯きながら呟くように何かを言うが聞き取れない。
恥ずかしがり屋なのだろうか、まあ初対面なら誰でも緊張するだろう。
ならまずは安心させるために俺から挨拶を……。
「僕はニル、よろしくね! えーと……ティア? 」
俺は俯く少女に右手を差し出し自己紹介をする。
名前、よく聞き取れなかったんだよな……返事が無いのは間違ってたのか?
だが少女は口を開くことはおろか、顔をこちらに向けることすらしてくれない。
ガルアさんに目を向けるが、目が会った瞬間に逸らされた。
あくまで子供達だけで、か……。
「ごめんね、名前間違ってた? よく聞こえなくってさ」
俺はとりあえず謝って様子を見る事にする。
「『間違ってた? 』ですって……? 」
ん、今喋った? しかもお嬢様口調……。
少女は今まで固く閉ざしていた口を開いたかと思えばその声には怒りがこもっていた。
「私の名前はマナティアよ、それを『ティア』ですって? いいわ、もうあんたの事なんて知らない、ちゃんと聞いていないあんたが悪いのよ! 」
少女は「ふん! 」と鼻を鳴らしてそっぽを向く。
これは……最悪だな。
これからこの孤児院で一緒に暮らしていく以上、できるだけ険悪な関係にはなりたくは無かったのだが。
「ニル言われてやんの」
「アレス、痛いってば」
背後ではアレスが俺の背中をバシバシと叩きながら笑っている。
「ちょっと、後ろのあんたよ! 挨拶すらまともにしてこなかったあんたの方がこのヘンテコ白目よりももっと悪いんだからね! 」
うっ……ヘンテコ白目。
俺はその言葉を聞いてあの日外に出てしまった時の街の人達の痛々しい視線を思い出す。
正直この世界に来てから初めて心が折れそうかもしれない、親に盗賊へ渡された時は半ば諦めていたこともあってか精神的なダメージはそこまで大きくはなかったが、これは自分のミスが招いた問題……いや待てよ、そもそもこいつの声が小さいのがいけないのだ、なぜ俺が卑屈にならなきゃいけない。
「こらこら、君達はこれから一緒に生活するんだ、仲が悪いと困るだろう? 」
どうやらガルアさんの思惑と外れたのか、ガルアさんは俺達の間に割って入る。
「ガルアさんは関係ないでしょ! それにこんな奴らと仲良くなんて出来ないわ! 一緒に暮らすのなんてもっと無理よ! 」
マナティアは頬を膨らませて言う。
ダメだ落ち着け俺……相手はまだ小学生一年生くらいの歳だ、それに対して前世で高校一年生がマジギレするのはどうかと思う、うん。
俺は一度深呼吸をして思考を整える。
「僕が悪かった、だから許してもらえないかな? 」
「あ、ちょ、なにすんだニル」
俺はアレスの頭を無理やり下げ、自分も頭を下げる。
「あっそ」
そう言って彼女は階段を上がって二階へと行ってしまった。
「あ! もう……マナティア、君の部屋は手前から三番目の部屋だよ! 全くこんな喧嘩になるとは……困ったものだよ」
ガルアさんは深くため息をつく。
出会ってそうそうあの態度は流石に酷いと思うが。
まあ孤児院へ来るということはそれなりの事情がある筈だし、過去にたくさん傷付いたのかもしれない。
もしかすると俺が知らず知らずのうちに地雷を踏んでしまったのか……分からない。
「私が自分で挨拶をさせたのがマズかったのか……二人共すまないね、私といる時はあそこまで酷くなかったのだがね」
「仕方がないことです、後日改めて謝りますよ」
「そうか、なら私からも説得はしてみよう」
「俺、アイツ無理……」
アレスが歯を食いしばって言った。
正直せっかちで短気なアレスが我慢する事の方が驚きではあるのだが……これも成長か。
「アレス、僕も今回ばかりは少しだけ同じ気持ちだよ」
俺はため息混じりに言葉にする。
確かに俺も悪いし精神年齢的に年下の子供相手にブチ切れるのはどうかと思う。
とはいえこれから同じ孤児院で同じ物を食べ、暮らしていく家族になるのだ、仲良くしていくほか道はあるまい。
「どうしようか……」
「じゃあ、私はマナティアの様子を見に行ってくるから。二人は少し待ってなさい」
そう言ってガルアさんは二階へ上がって行った。
こうして新たな家族、マナティアとの楽しい……生活が始まった。