アニメにおける、1話が終わった。
予定通り、後藤は無事結束バンドに加入。
主人公がSTARRYを取り巻く物語に入って、ついに……ついに物語が本格始動!!
長かった……! ここまで超絶長かった……ッ!!
ようやく、転がり始めるんだ……。
「ぼっち・ざ・ろっく!」が!
結束バンドの運命が!!
……とは、言ったものの。
結束バンドはそのメンバー全員が揃っているわけではない。
ギターボーカルを務めることになる最後のピースは、まだ後藤の視界に入ってすらいないんだ。
喜多ちゃんが本格的に本筋に関わり始めるのは──より正確には後藤と関わり始めるのは──アニメで言うところの3話から。
その前に、アニメにおける2話……第一回結束バンドメンバーミーティングや後藤の初バイトといったイベント群が発生するはずだ。
勿論それらも、彼女たちの輝かしく眩しい瞬間だ。
全力エンジョイ勢の私からすれば、見過ごすなどという選択肢は存在し得ない。
しかし、ここに問題が1つ。
私はバンドメンバーじゃないし、そのミーティングに呼ばれることはないんだよな。
なので……。
「えー、星歌さんに……『今週なんですが、日曜まで含めて全部、入れるだけシフト入りたいです。オーバー分はお給料貰えなくて大丈夫なのでよろしくお願いします』……っと」
ここは1つ、雑に行くことにした。
いつ行われるかわからないなら、常にそれが聞ける場にいればいい。なんとも乱暴だけど、同時に何より確実な方法である。
更に、後藤と喜多ちゃん以外のネームドを観測しやすい環境でもあるので、一挙両得濡れ手に粟。もはやバイトしか勝たん。
「ん? 返信早い……『なんで?』かぁ。相変わらず無愛想なお返事。でもそこが素敵♡ 抱いて♡ タバコが似合うカッコ良い女ランキングナンバーワン♡♡」
理由は……まぁ隠すことでもないし、『STARRYにいたいので。駄目ですか?』と。
お、すぐに既読が付いた。お返事は……ん、少し遅れてオッケーのスタンプ。
流石店長、話が分かる♡ 最高♡ 好きです付き合っててください廣井かPAさんか後藤と♡♡ 虹夏ちゃんでもいいよ♡♡
あ、そうだ、これも伝えとかないと。
『それと今度、今後のお給料に関してお話があります』、っと。
よし、これで大丈夫。
万全の状態でミーティングを迎えられるはずだ……!
* * *
そしてその時は、思ったよりも早く来た。
「……あ」
放課後になるや否や、後藤が教室を飛び出していったのは視界に捉えてたけど……。
どうやら今日が、その日だったらしい。
私が見下ろす先で、後藤はSTARRYのドアを開けられず、踊り場でグルグルと踊っていた。
うーん、流石私の最推し、どんなアイドルよりも可愛いダンス♡♡♡ もしや前世は名のある舞手だったのでは? ぼっち・ざ・だんす! いや後藤の運動神経終わってたなそういえば……。
……しかし、ちょっと困ったことになった。
後藤があそこにいる以上、私は彼女に気付かれず中に入ることはできない。
モブである私のことなんか後藤は覚えてないだろうし、いきなり声をかけても困惑と爆死(物理)を招くだけだろう。
最悪、後藤がここから逃げ出してしまうリスクもある。その時は全力で追跡するが。これでもハイスペを自覚する女子高生、足の速さには自信があるし、まず間違いなく捕まえられるはずだ。突然後藤が気体になったりしなかったら、だが。
「……うーん、どうするか」
原作的に言えば、もうしばらく待てば虹夏ちゃんと山田が来るはずだ。
安全を考えると、それまでの間はそこらに隠れて後藤の様子を窺った方が良いかもしれない。
ただ……そろそろ私のバイトの時間も迫って来てる。
散々迷惑かけてるし融通も利かせてもらってる分、お店のバイトに遅れたりはしたくないんだよね。
……うん、ここは声をかけようか。
ま、どっちにしろ、私はしょせんモブに過ぎない。
「ごめん、通るね」って感じに通過すれば、特に問題は起こらないだろう。
私は内心気合を入れて、踊り場でぐるぐると回ったり、何を思ったかブリッジし始めた彼女に、階段を降りながら話しかけた。
「後藤、お疲れ様」
「ヒェアッ! う、うぅ、うぇーい! オツカレャース!!」
無理に陽キャのフリしだした♡ 肺活量足りなくてイマイチ叫びきれてないとこが可愛すぎ♡
ライブハウスへの歪んだ偏見が見えるねぇ。今日も今日とて彼女の陰キャフィルターはビンビンである。
更に、後藤は咄嗟にそう言った後、改めてこちらを見て、今度は跳ねながら作画崩壊した。
「アッ!!!! アッソノ、オッアッ、エットォ」
「作画崩壊したって何?」と思われるかもしれないが、作画崩壊は作画崩壊である。
彼女の顔のパーツがバラバラに形を崩し、輪郭から外に出たり、あるいは見えなくなるレベルで縮小したりする。
……やはりと言うか、この作画崩壊は現実に起こる物理現象だったか。
正直見知らぬ人が夜の道端でやってたらトラウマになるレベルの、とんでもない恐怖体験である。
怪奇! 顔面バラバラ女。2000年代になら都市伝説として流行ったかもしれない。
現実世界でも作画崩壊する女、後藤ひとり。やっぱりこの子、人外なんだなぁって。
私がそんな風に感心しながら見守っていると、後藤は徐々に人のカタチを取り戻し、私に視界の焦点を合わせてきた。
「オッアッ、えっ、あっ……灰炉、さんっ……!」
!?!?!?!?!?
はっ……灰炉!? 私の名前!? おっ憶えてくれ……!?!?
「えっ…………と、名前、憶えてくれたんだ」
「あっ、とっととと当然! 当然憶えてます! 名簿見たし……」
憶えてる? 後藤が? 私の名前を……!?
なんと、なんということだ……!!
後藤、偉すぎるだろ……ッッ!!
この子、まさか……バンド活動に差し障らないよう、必死にモブの名前まで憶えたってのか……!?
あの後藤ひとりが……!? ほとんど暗記ゲーな高校の中間とか期末で0点しか取れない女が……!? というか四択問題が多いのに0点取るの逆に強すぎるよね。あれかな? わざと能力抑えてる系主人公? 一昔多かったよねそういうタイプ。でも後藤は素でコレだからすごいんだが。
そんな後藤が、結束バンドで活動していくために、このライブハウスで働いているモブの名前まで憶えようとするとは……!
そこには多くの苦難が予想できただろう。
それなのになお、彼女は諦めなかった。頑張り続けた。
そして、そんな努力の結果。
暗記が苦手な上、人の顔を見るのも嫌だろう後藤が、私の顔と名前を一致させている……!!
私は、いたく感動した。
後藤ひとりは、やっぱりすごい。
行動指針全般がネガティブだし、びっくりするくらい理論の跳躍があるし、自分に対する自信とか信頼ってものが実力と釣り合ってないし、ギター練習以外の一般的な生活を放棄した結果能力の尖り方というか他の部分の凹み方もエグいし、ぼっちでコミュ障で陰キャだけど……。
でも、それでも。
後藤ひとりは、真面目に腐らず頑張れる女の子だ。
それが苦手なことだろうが、嫌なことだろうが、『ちやほやされてデビューして高校中退』という夢を叶えるためなら、彼女はどこまでも頑張れる。
うぅ、後藤のそういう強さしゅきぃ♡♡♡ 後藤様、抱いて♡♡♡
いやでも待てよ? 本妻側室は置いておいて、後藤の最初の女遊びは2号さんであってほしいな。やっぱ抱いてくれなくていいよ♡♡♡ その代わり2号さんを抱け。転生者に逆らう気か? 私がお願い♡ したらやってほしいのだ。抱き合え。抱き合え。
……しかし、改めて。
まさか私の名前まで憶えるとは。
なんて偉いんだろうな、この子は。モブのことまで記憶の片隅に置いておいてくれるとは、まさしく皆に愛される主人公の鑑。ぼっち愛されモノもっと増えろ。
そんな彼女の努力に対し、私が返せる行動はただ1つ。
褒めなくては。
頑張った分、彼女を存分に褒め散らかさねば!
「偉いね、後藤は」
「うぇ」
マスクの奥でニヤつく笑みを抑えきれないまま、私は言った。
「まだほとんど初対面なのに、ちゃんと名前を憶えてるの、偉いよ」
「あっ、え、えへへぇ、そうですかねぇ~? ま、まぁ私も頑張ったというか」
「うん、流石後藤だ。偉い偉い。かつて歴史上に存在した如何なる偉人よりも偉い」
「ま、まぁ? これくらい余裕ですしぃ? 人の名前を憶えるなんて簡単というかぁ!」
「本当? 尚更すごいね。ただのバイトの名前を憶えるなんてそうそうできる事じゃない。これでノーベル賞は君んモンだぜ」
「へ、へへへぇ……!」
でろでろに顔面溶けてる後藤可愛すぎでヤバい♡♡♡ マジで萌える♡♡♡ 萌えすぎて燃える。体が熱い。心拍数が異常。これ5分くらい続いたら血管破裂して死ぬかも。
そんな風に後藤を褒めまくっている間に、上の方から聞き慣れた声が響いた。
「……何してるんだろう」
おッ゛!! 虹夏ちゃんが時々漏らす呆れた感じの声音♡♡♡ いつもと調子が違ってえっちだね♡ ASMRとかに興味ってない? もしあるんなら機材提供しますよ。
……じゃなくて。
そうだ、後藤に声をかけて、早くSTARRYに入らなきゃいけないんだった……!
階段の上に目をやると、そこには既に虹夏ちゃんと山田が到着済み。
くっ、これなら隠れてやり過ごすべきだったか……!!
手痛い失敗を心の中で反省しながら、私は取り敢えず2人に軽く手を振り、後藤に向き直って言う。
「……で、そんな偉い後藤は、STARRYに何か用?」
「あっ、えっ、えっと……その、虹夏ちゃんに呼ばれて……」
「そう。私もバイトの時間が迫ってるし、虹夏ちゃんたちも来たみたいだし……取り敢えず、入ろうか」
「あっはい……」
……しかし、踊り場でダンシングしてたところを見るに、ライブハウスへの恐怖心はそのままなのかな。
それは少しばかり残念というか……うーん、失敗だったたかぁ。
PAさんの目を覚ますだけじゃ足りなかったのかなぁ。あるいは、慣れない場所ってことでどうしても警戒心を覚えてしまうのか。
うーん、自分なりに頑張ったつもりなんだけど、やっぱり万事が上手くいくわけではないか。
後藤に名前を認識されてるのも想定外だったし……やっぱり現実ってままならないなぁ。
想定外のことも多いし、上手く行かないこともよくある。
……ま、それでもできる限り、できることをしよう。
私は私らしく、この世界を楽しむために!
* * *
さて、STARRYに入っていざバイトなんだけども……。
当然と言うべきか、今日は虹夏ちゃんと山田はシフトに入ってない。
なにせ、結束バンドの今後を考える話し合いをする必要があるからね。バイトの時間に長々と椅子に座り込んでお話しているわけにもいかないのだ。
そんなわけで、私は……。
「はい! ということで、第一回結束バンドメンバーミーティング、開催しまーすっ!
拍手っ! ぱーちぱちぱちぱちぱちー!」
そんな虹夏ちゃんの声を聞きながら、1人孤独に布巾で椅子を拭いていた。
今STARRYにいるのは結束バンドの3人、私、PAさんと照明さん、そして奥に引っ込んでるけど星歌さん。
とはいえ、PAさんも照明さんも自分のブースで作業をしてるので、表にいるのは私と結束バンドお3方だけだ。
で、3人はミーティングをしている中、私だけがこうしてお掃除に勤しんでいるわけで……。
若干、仲間外れ感を感じなくもない。寂しいぜ。
……とはいえ、本編に積極的に絡めないのはモブの宿命。こればかりは我慢するっきゃない。
むしろ結束バンドの活躍を間近で見られるんだから、得はあっても損はないはずなんだけどね。十分に満足すべき案件だ。
それなのに、こうも寂しさを憶えるのは……やっぱりアレだ、ちょっとばかり虹夏ちゃんたちと仲良くしすぎたのかもしれない。
私はモブ。ネームドである彼女たちと、一定以上は仲良くならない。
そう言いながらも、なんだかんだ人の良い虹夏ちゃんたちに絆され、少しばかり態度を緩めすぎたのかもしれない。内省しなければ。
「おーい、チャコちゃーん」
この前だって「STARRYバイト女子隊」なんて言って、虹夏ちゃんに連れられて2人と一緒にお出かけすることになったりもしたし。
いや、そりゃすごい楽しかったよ? 楽しかったけど……あの2人と一緒に出かけるって、モブとしてはどうなんだろうな?
喜多ちゃんと一緒にお出かけしてたモブ友達もいたわけで、そこまではギリギリセーフか?
いやまぁ、そもそも「モブになる」ってのは私の基本的な行動指針であって、そこにアウトラインを設けてるのは自分自身だ。セーフも何も、自分が決めることなんだけども。
しかし、一度決めたことは決めたこと。そのラインはきちんと守っていきたいんだが……。
「チャコちゃーん!」
「んえ、はい」
そこでようやく呼ばれてることに気付いて、びくりと体を震わせる。
ふと見ると、結束バンド3人がこっちを見てる。すごい綺麗な瞳だね♡ 舐めていい?♡ 駄目か。
「チャコちゃん、ぼっちちゃんと同じクラスなんだよね? ちょーっとこっちおいで」
「……え?」
混乱する。
……同じ学校なのは、元から知られてた。私が話したからだ。
でも、後藤と同じクラスとは、決して言っていないはずだ。
何故知っている? 虹夏ちゃんはどこからそれを知った?
同じクラスであることを知ってるのは、私だけのはず。私が口を割らない限り、その秘密は決してバレないはずだったんだが……。
……いや、そうか。
その秘密が私だけのものだったとしても、それに気付き得る人はいる。
どういう訳か、それに後藤が気付いて……いや、どういうわけか、じゃないな。
考えれば、ライブハウスのスタッフとして私の顔を憶えていたんなら、学校で私を見た時に気付くか。
しかし、そうなるとこれまで話しかけてこなかったのが不自然……でもないな、後藤だし。
私だと気付いてはいても、緊張したのか、あるいは人違いの可能性を恐れたのかはわかんないけど、そういう陰キャ的な理由で話しかけてこなかったんだろう。
いや、そもそも話しかけようとすら思わなかったのかもしれないな。なにせ、ただバ先が一緒のモブクラスメイトだし。
取り敢えず、納得。
後藤に認識されてるのは、モブとしてはちょっと減点だけど……ここから先、あんまり過度に接触しないようにすれば何とかなるだろう、多分。
もしならなかったら、その時の自分が何とかしてくれるはずだ。何とかしてくれ。お願い。
そんなことはさておき、今はとにかく彼女たちの要望に応えなければ。
なにせオタクは推しの願望にはなんでも答えちゃうものだからね! さしずめ愛の奴隷。貢ぎます♡ 働きます♡ どうぞ私めを使い倒してください♡
「……ちょっと待ってください!」
私は努めてなんでもなさそうな顔を保ち、持っていた布巾を片して、結束バンドの座るテーブルへと近づいた。
いや……改めて見ると、まだ1人足りないとはいえ推しと推しと最推しがいるテーブル、豪華すぎるな……! さしずめ満漢全席、あるいはフルコース。こんなん幸せ太りしちゃいますって!
「えと、何でしょう」
取り敢えず疑問を呈すると、虹夏ちゃんは気持ちの良い笑顔を見せてくれた。
何度見ても見飽きない、虹夏ちゃんスマイル♡ はぁ、しゅき……♡ 良い匂いしそう♡ ってかする♡
「ほら、私とリョウは同じ学校だけど、ぼっちちゃんだけ別の学校じゃん? そっちの様子も聞きたいなーって。駄目かな?」
「それは……その前に、えっと、ぼっちちゃんというのは」
「あ、ごめんね。ひとりちゃんのあだ名だよ!」
「ぼっ、ぼぼぼぼっちです!」
知ってる。可愛い上に的確で最高のあだ名だね♡ でももし自分の子供にこんなあだ名が付いてたら親は心配しそうだ。後藤家の両親なら納得もしてくれそうだけども。
あと、初めて付けられたあだ名に何度でも新鮮な喜びの感情を浮かべるの、すっごく可愛いです♡♡ あの日に見られなかった初期後藤の超絶レアな満面笑顔、ここで見られて良かった♡♡♡
ただこのあだ名、転生者の私としてはよく知ってるんだけど、灰炉茶子としては初耳の情報だ。きちんと知らなかったフリをしておかなきゃね。
原作知識とこの世界での知識の乖離は上手く処理しないと、いらぬ誤解を招いちゃうかもしれない。気を付けていかないと。
「なるほど、でも後藤……」
話を戻そうと、いつも脳内で使っている呼び名を使うと、彼女の表情が若干曇ってしまった。
あ、ご、ごめんね? そういうつもりじゃなくて……。
「じゃなくて、ぼっち」
彼女の表情がぱぁっと華やぐ。この単純ちゃん♡♡ 能力ランクの変化量が2倍♡ ドンメル♡
「確かに私、ぼっちと同じ教室ですけど……特に話したりもしませんし、面白い話はできませんよ」
「いーのいーの! せっかくだし、ぼっちちゃんもバンドメンバー以外にも仲良い人いた方がいいでしょ? チャコちゃんも参加してよ!」
あー……そっか、なるほど、虹夏ちゃん的にはそう思うのか。これまた想定外だった。
現在STARRYには数人のバイトがいるんだけど、虹夏ちゃん、山田、そして私を除くと他に女子はいない。
一応店長たる星歌さんやPAさん、照明さんは女性だけど、そっちは上司だったり専門家だったりして話しかけづらい感じがあるもんな。
今後、後藤にここでバイトをしてもらう気まんまんの虹夏ちゃんは、後藤が何か困ったことがあった際、虹夏ちゃんや山田以外にも話しかけられる相手がいた方が良いと思ったんだろう。
うーん、なんという的確かつ優しい気遣い。流石は下北沢の大天使ニジカエル、人の好さでは群を抜いている。
ちなみに山田はその横で「チャコも回そう」と言わんばかりにトークテーマ決めのサイコロを抱えていた。アニメ見た時も思ったけど、それどこから出したの?
しかし、下北沢の大天使に比べてこの落差である。まだほぼ初対面の後藤の前だから若干控えめにしてるように見えるけど、下北沢の自由人は今日も絶好調らしい。
で、肝心の後藤の様子は……さっき褒め倒したのが効いたのか、あんまり拒絶的な雰囲気はない。
まぁ私、学校では友達いなくて孤立してるのを彼女に見られてるだろうし、見た目も全く以て威圧感がないからな。舐められるのも仕方ない。え!? 後藤に舐められる!? ご褒美なんだがそれは!?
しかし、会話かぁ……。
彼女たちとの接点が増えるのはちょっとばかり考え物だけど……これを拒否したら、推しがちょっとだけとはいえ、悲しみを覚えることになるよなぁ……。
他の推しに被害が出るわけでもないし、これは受けるべきだろうか。
「……わかりました。ただ、星歌さんに見つからないように、少しだけ」
「いやったー!」
余計なでしゃばりでモブポイントはマイナス100点だが、推しが喜んでくれたからチャコちゃんポイント100億点。
私は意を決して、結束バンドのお3方と同じテーブルに座ったのだった。
……正直に言うと、推しとお話できて嬉しいです。えへへ。
* * *
「それじゃ、チャコちゃんのガコバナいってみよー!」
そう言って虹夏ちゃんは山田からサイコロをむしり取り、「学校の話」と書いた面を見せて来る。幼馴染特有の互いに気を遣わない関係、すこだ……。
さて、学校の話……学校の話なぁ。
「うーん、多分後藤もそうだったと思うんですけど、私も友達とかは特にいないですし……特に話せることはないですね」
「やっぱりガコバナ終了ー!!」
ごめんね虹夏ちゃん、私なら盛り上げてくれると期待したのかもしれないけど、灰炉茶子もまたぼっちなのです。
というかむしろ、この場にはぼっちの方が多いんだけどね。山田は友達1人……いや2人きり? だし、私も同じく2人しか友達がいない。
そう、この瞬間に限っては虹夏ちゃんの方こそ少数派、異端なのである。狂気の中では正常こそが狂気となる。これが民主主義の限界か。
「まぁでもぼっちちゃん、そういう意味ではリョウとかチャコちゃんとは仲良くできるんじゃない? 2人とも友達少なくて、私とそれぞれで合計2人だし!」
「うん、虹夏とチャコだけ」
「そうですね」
うんうんと頷く私たちに、後藤はどこか仲間を求めるような視線を向けて来る。小動物みたいだね♡ ちっちゃい猫ちゃんかな? いや、その声は我が推し、猫背のまま虎になりたいギターヒーローではないか?
……でも、ごめんね、後藤。
私の方はともかく、山田は……。
「リョウは休みの日は1人で廃墟探索したり、古着屋さん回ったりしてるし」
それを聞いた途端、後藤はがたがたと震えだしてしまった。
危うくトラップに引っかかるところだったね。かわいそうに。でもかわいそうはかわいい♡
山田から酷い裏切りを受けた後藤は、藁にすがるような目でちらりとこちらを窺ってきた。
任せてほしい、私はいつでも後藤の味方だ。
こくりと頷いて、彼女の期待を背負った。
「大丈夫だよ、ぼっち。無駄に友達の数増やしても、クソの役にも立たないどころかこっちの時間を無駄に消費するだけ。それよりは友達なんて作らず自分磨きしてる方がずっと効率的だよ」
「チャコちゃんは相変わらず枯れてるねぇ」
虹夏ちゃんには呆れられてしまったけど、それが私の偽らざる本音である。
持論だけど、友達はたくさんいても、考えることが増えたりして幸福度が下がってしまう。
大事なのは自分が好きになれる人か、自分の能力と釣り合う人と付き合うこと。
私にとって、前者は虹夏ちゃんや山田であり、後者はビジネスパートナーの皆さま。……いや、後者は友達って感じではないけども。
なので、友達が少ないことは、別に恥じるべきことではない。
むしろそこで無駄な時間を費やさず、ひたすらにギタテクを磨いてきた後藤は敬意に値すると思う。
だから彼女のこれまでの頑張りを褒めた……つもりだったんだけど。
「あばばばば……」
「ぼっちちゃん、会話を楽しもうよ……?」
私の言葉に対し、後藤は何故か泡を吹きだしてしまった。何故だ。
うーん、私なりに後藤の人生を肯定したつもりだったんだけどな。……いや、急激な肯定に心が拒絶反応を起こした説もあるか?
むむぅ、やっぱり後藤の思考は難解だ。だからこそ魅力的とも言えるんだけどね。
後藤の復活を待って、次の話題に移る。
「次は好きな音楽の話ー!」
「おとばなー」
「おっおとばなぁ……」
虹夏ちゃんのダイスロールという厳選な審査の結果選ばれたのは、やはり原作通り音楽の話だった。
つまり、私はお手上げの話題である。
「あたしはねぇ、メロコアとか、いわゆるジャパニーズパンクかな?」
「私はテクノ歌謡とか、最近はサウジアラビアのヒットチャートを……」
「そこ、嘘吐かないー」
「ほんとだもん」
すごい、これ何語? 少なくとも私の使う日本語ではないのは確かだ。
メロコアって何だろう。メロはメロディーの略かな? で、コアは……核? メロディーの核だから……なんかこう、そういうメロディーを中心にした音楽みたいな?
パンクはよく聞く単語だけど、正直よくわからん。空気が抜けるような音楽とか? 我ながらミリしらみたいになってきたな。
テクノ歌謡……テクノはなんかこうキロキロした近未来の音楽っぽいイメージ。歌謡? 歌謡って歌だよね? なんか近未来的な歌とかそういう?
サウジアラビアは国で、ヒットチャートは……何? チャートはちゃーんとわかるんだけど、ヒットの意味が呑み込めない。
総じて、何言ってんだこの子たちって感じだ。
後藤が特に動揺してないのを見るに、わかる人にはわかる文脈なんだろうな。わからん人にはいっちょんわからんけども。
「ぼっちちゃんはー?」
「あっ、その、青春コンプレックスを刺激する歌以外なら、なんでも……」
「ん? 青春コンプレックス?」
説明しよう!!
青春コンプレックス(SEISYUN Complex)とは、主に青年時代における友情や恋愛に対し、強い執着を持つ状態を指す。
転じてテレビアニメ「ぼっち・ざ・ろっく!」のオープニングテーマとして用いられた、全米が泣いた超激烈エモ楽曲[要出典]「青春コンプレックス」*1*2を指すこともある*3*4。(Chakopediaより引用)
青春コンプレックスは、良いぞ。本当に良いぞ。
楽曲単体で見ても好きだし、ぼざろ1期を全部見終わった後に聴くと、「あー、後藤ひとりの曲だぁ……」となるので素敵。
歌詞は勿論全部好きなんだけど、その中でも『深く潜るのが好きだった、海の底にも月があった』と『私俯いてばかりだ。それでいい、猫背のまま虎になりたいから』があまりにもGOD……。天才オブ天才。
それとやっぱり『衝動的感情吠えてみろ!』、良いよね……良い……。あの部分聞くたびにまぶたの裏に焼き付いた8話とか12話のライブシーンの後藤が脳裏をよぎる。本当に一瞬の激情で輝く女の子だからね彼女は……。はぁ、後藤すき……。
「おーい、ぼっちちゃん? おぉーい」
「けど……好きなバンドが学生時代から人気者、なんて知ったら……急に遠い存在に思えちゃったりしてぇ……」
「お願ぁい、1人の世界に入らないでぇ~!」
「ロックとは負け犬が歌うから心に響くのであって、成功者が歌えばそれはもうロックとは言わな……」
「おーい、おぉーい!」
「チャコは曲とか……チャコ?」
「やっぱりアレの良さって本編を履修しないと100%は伝わらないとは思うけど、ラジオでも言われてたように楽曲の方からアニメに流れて来る消費者は少なからず存在してたのは確かだし、そこだけ聞いても十分すぎるくらいに魅力はあるんだろうな。音楽関係になるから詳しくはわからないけど、やっぱり『青春コンプレックス』って単純なアニソンってだけじゃなくて、ロックとアニソンの間を綺麗に縫い付けたようなところがあったりするのか……?」
「おーい」
「初期は『Distortion!!』の方が人気あったって聞くけど、私は割と最初から『青春コンプレックス』派だったんだよね。これは私がミーハーだからなのか、あるいは『Distortion!!』の方がアニソンっぽくて視聴者層に受けたからなのか、もしくは私の個人的価値観に訴えかけてきたからなのか、そのあたりで知識がなくとも個人的感覚から楽曲の良さを切り分けていけるか……? 何にしろそこら辺にしっかり力を入れてくれた制作陣にはただただ感謝しかない。アルバム何枚でも買うから2期作ってくださいお願いします何でもしますから。いや本当に何でもする。靴でも舐めるし全裸で土下座でもするから。……はは、でも私はもう何をどうしようと2期を見ることはできないんだよね……。いやモニタ越しどころか目の前で見られるんだから十分どころか最っ高なんですが? 何言ってんだ私、むしろ最高の特等席で2期どころかずっとずっと活躍を見られるポジションにいるんだ、この僥倖を拝むことはあれど憎むのはお門違いすぎるだろ。まったく、思い上がりも程々にしろよな私……」
「虹夏、チャコが壊れた」
「みんな結束してよーっ!」
「結束バンドだけに」
いや私、結束バンドメンバーじゃないですし。
(追記)
誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!