第一回結束バンドメンバーミーティング中、バイトしながら彼女たちを見守ろうとしていた転生者こと灰炉茶子は、流れで同席することになってしまった。
次に虹夏ちゃんが転がしたサイコロは、「ライブの話」を上にして止まった。
また私には手出しできない話題だ。いやまぁバンドメンバーでもなく、あくまで後藤に私を慣れさせるための同席だから当たり前なんだけども。
ちなみにこの話題提供サイコロ、何を思ったか「バンジージャンプ」なんていう地雷選択肢まで搭載されている。マジで何を思って入れたんだ。そしてもしそれが出たらどうするつもりだったんだよ。もしかして深夜テンションで作った?
一応、誰かがこれを引いても問題ないように、この前バンジーしたところをドローンで空撮した映像、スマホに入れてきてるんだけど……。
うん、このまま本編通りに進むんなら、必要なさそうかな。
で、ライブの話だけど……。
これに関しては彼女たちが話すべきことであり、部外者の私が口を挟むことじゃないだろう。
というか、普通なら聞くことすら許されないんだけど、彼女たちのご厚意でここにいさせていただいてるわけで。
ここは大人しく、黙って話を聞いていよう。
「えぇーっと、初ライブはインストだったけど、次はボーカル入れたいんだー」
「あっ、そうなんですか」
偉いッ!!!!! 後藤ひとり偉いッ!!!!!
ちゃんと相手の話を聞いて、相槌を打つという、簡単なようでいてコミュ障には難しいことをちゃんとこなしている!!!!!
この前は相槌を打つこともできず、毛玉を吐き出す猫みたいな声を上げていたというのに……圧倒的成長である。お母さん、ひとりの成長を見られて嬉しいよ。ご褒美とかあげたくなっちゃうね。新しいハイエンドギターとかいる?
そして、そんな高等技術を使えるくらいに後藤からの好感度を稼ぎ、信頼を得ている虹夏ちゃんもこれまた偉い! 圧倒的と呼んでいいコミュ力、そして何より受容力と包容力である。
この圧倒的なママ感、バブみ超えてバブリアス。いや今の世代を考えるとバーブゴー? それともバブオーンかな?
ホント、めちゃくちゃ偉いな、結束バンドの皆……。思い切り撫でまわしてあげたいくらいだ。
え、山田? 山田は生きてるだけで偉いだろいい加減にしろ。
「本当は逃げたギターの子が歌うはずだったんだけど……」
虹夏ちゃんは机に頬杖を付いて、ちょっと残念そうにそう言う。
……うぅ。
我がことのように胸が痛い。
喜多ちゃんは今頃、カラオケで友達とうぇいうぇいパーリーピーポーしてる頃だろう。
それを知ってる立場からすると……ちょっとこう、申し訳なくなる。
いや、喜多ちゃんにも悪意があったわけじゃないだよ……。
ただ間違って6弦ベース買っちゃった上、それを誰からも指摘されなかったという幸運ファンブルを引いちゃっただけなんだ。許してあげてほしい。
内心で勝手に悲しんでた私に、突然パッと虹夏ちゃんが向き直る。
「あ、そうだ! 幼馴染のチャコちゃんなら、喜多ちゃんと連絡付くんじゃない?」
えっ。
いや、急にとんでもないキラーパスが飛んできたな。
別に幼馴染だからって親しいとも連絡が取れるとも限らないって虹夏ちゃん。
……まぁ、連絡自体は取ろうとすれば取れると思うけども。喜多ちゃんは心優しい女の子かつSNS中毒、通知を既読無視できないタイプだろうから。
「確かに。郁代、チャコとは特別仲良さそうだったし」
更に襲い掛かる山田の追撃。
いや、特別仲良さそうって、山田は何見て言ってんだ。その美しい瞳、お拭きしましょうか?
喜多ちゃんは誰にでも優しいし、誰にでも仲良さそうにするタイプでしょ。あの子バリバリのコミュ強リア充陽キャだぞ。
実際私、特別に喜多ちゃんと親しいわけじゃないと思うしね。
精々、寝る前に時々1、2時間ビデオ通話するくらいの仲だ。寝落ち通話する時もあるけど。
……正直私からすると、寝落ち通話って結構アレなんだけど……多分喜多ちゃんのことだし、他の人ともしてるんだろうなぁ。
陽キャ特有の距離感バグってヤツだろう。みんな普通にキスとかするんでしょ? アニメで見たことあるわそういうの。
……と、山田のよくわかんない勘違いは一旦置いておくとしよう。「仲良くなんてないですよ!」とか殊更主張するのも、それはそれで怪しいし。
しかし、喜多ちゃんとの連絡か……。
「うーん……」
2人に期待の視線を向けてもらって、応えてあげたいのは山々だけど……今回ばかりは難しい。
私は少し悩む素振りを見せた後、首を横に振った。
「やめた方がいいと思います。一応Loineで既読は付いたので無事だとは思いますけど……あの喜多ちゃんが何の意味もなく、大切な初ライブをぶっちするとは思えません。
あまり無理に聞き出そうとするよりは……もう少し、機を待った方が良いかな、と」
「そっかー……うん、そうだよね。喜多ちゃんにも何か都合があったんだろうし」
「郁代、悪い奴じゃないしね」
そんなこんなで、彼女たちは納得してくれた。
ぶっちゃけ、彼女たちの願いを叶えようとすれば、多分出来ると思う。
私はモブとはいえ、多少は喜多ちゃんと縁がある。そして何より、彼女はとても優しい女の子だ。
「話をしよう」と言えば聞いてくれるだろうし、私も一緒にいるから2人に謝ろうって説得すれば、応じてくれる可能性は高い。
けど、それじゃ駄目。
その筋道を作るのは、この後藤だ。
結束バンドの困難を打ち砕くのは、こんな
……ちなみにその時、当のヒーローは「真の陰キャは逃げることすらできない……!」みたいな顔で自分の世界に入っていた。全然話聞いてないね♡♡
ま、そこは別にいいんだ。
後藤は良い意味で、肝心な時にしか役に立たない女。
普段は「恐怖心 私の心に 恐怖心」みたいな陰キャムーブを見せながらも、ライブの時には「この距離なら(心の)バリアは張れないな!」と言わんばかりに観客たちを魅了する、そんな女なのである。
どうせライブになれば猫背の虎が吠え出し、好感度爆上がりしてしまうのだ。日常シーンではこれでもかと好感度を下げてるくらいでちょうどいい。
というか下げて行かないと、マジでこの世界がぼっち愛され合同(公式)になってしまう。虹夏ちゃんに依存され、山田がファンになり、喜多ちゃんはべったりで、星歌さんに愛でられ、廣井にはセッションと酒飲みに誘われる、そんな世界になりかねない。
それなんて二次創作? 読みてぇ。読みてぇけど、原作でそれやられるのはちょっと解釈違いだ。心が2つある~。
さて、話を戻して。
喜多ちゃんの再雇用が難しいとなると、他にボーカルを立てねばならなくなる。
いや勿論、あと数日の内に喜多ちゃんはこのバンドに復帰するから、立てなくても何ら問題は起こらないのだが……そんなコトを知ってるのは、未来の知識を持つ私だけでして。
3人……いや、事情があまり呑み込めてない後藤以外の2人は、どうしようかと眉を寄せる。
「ボーカル、また探さなきゃ。あたしは歌下手だし、ぼっちちゃんは……」
「ヒッ」
「って、あっはは、だよねー?」
虹夏ちゃん、早くも後藤の生態を掴みつつあるらしい。
流石、成人女性すら寄せ付けない圧倒的包容力。これぞ真なるママである。おんぎゃあ♡
ちなみに、虹夏ちゃんは下手って謙遜してるけど普通に歌上手だし、後藤は後藤でアニメでは最終話で某名曲を激上手カバーしてた。アレ後藤とのマッチ率が異常で、何回も聞いてたなぁ。
前世では中の人というか声の人がいたわけだけど、勿論中の人などいない今世では、彼女たちの喉からその声が出ているわけで。
これで歌に自信ないとか、何言ってんだろうなこの2人。もう君たちが歌いなよ。
特に後藤は、頭使わなくてもギターなんて体の延長みたいな感じに弾けるでしょ多分。いやでも、フロントマンやったら凍り付いちゃうかなぁ、あの子のことだし。見てみたいんだけどね、後藤のボーカル。
「あっ、あの、リョウさんは……」
「フロントマンまでしたら、私のワンマンになってバンドを潰してしまう……」
「その湧き出る自信は何?」
山田はしくしくと涙を流しながら言う。流石はヒモの天才、感情に関わらず涙を流すことができるらしい。役者だ……!
良いものを見せてもらったし、おひねりとしてこっそりと山田の鞄の外ポケットに3万円程突っ込んでおいた。これが私の「応え」だ。
ちなみに山田の自信は伊達や酔狂ではなく、彼女も彼女でドチャクソ歌が上手だ。まだこの世界には存在しないけど、カラカラとか聞くと声の透明感にビビるもんね。
勿論「歌が上手い」と明言されている喜多ちゃんも、そりゃもう上手い。上手すぎてもはや別人レベル。あのキャラで急にイケボになるのはガチ恋しそうになるからやめてほしい。実はもうしてるんだけどね♡♡ 推したいしております♡♡♡
結論、結束バンドは全員歌が上手い。
いやそりゃ前世アニメでは声優さんが声を通してたから当然と言えば当然なんだけど、こっちの世界でもそれを引き継いで、全員めちゃくちゃ声帯に恵まれてる。
容姿も良けりゃ声も良い、その上性格も良い上で一癖二癖。まさしく、私なんかよりずっとチートな集団なのである。
……これが『高校生バンドレベル』って、どうなってんだよこの世界はよ。アイドル売りで十分通用するだろうが。というか世界獲れるわ。
もしも万が一、彼女たちが音楽だけでやっていけなくなったら、私が責任を持ってこのダイヤの原石を世界に届けよう。彼女たちという逸材が評価されない世界なんて間違ってる。もし受け入れられないようなら滅ぼしちゃうぞ♡
慣れ親しんだ山田の奇妙な言動にジト目をしていた虹夏ちゃんだったが、切り替えるように「そうだ!」と人差し指を立てた。
「ボーカル見つけたら曲も作ろうよ! リョウ作曲できるし、歌詞に禁句多いなら、ぼっちちゃんが書けばいいよ。どう? 名案じゃない?」
名案オブ名案、これぞ適材適所の極みですよ。
9年間図書館に籠ってきた後藤の語彙力は伊達じゃない。大人でも出力が難しいような言葉をさらっと投げかけやがる。
どんな人生送ってきたら「半径300ミリの体で必死に鳴いてる 音楽にとっちゃココが地球だな」とか「あのバンドの歌がわたしには つんざく踏切の音みたい」なんて言葉が出力されるんだよ。天才か?
なんでこういうクリエイティブな方に振った能力値を日常生活に振らなかったんだ……。これの半分でもコミュ力に振れば、きっと友達100人できただろうに。
私も嗜む程度には小説とか詩に触れたから、多少は目も肥えてると思うんだけど、それでも後藤の言葉は本当に良いと感じる。
彼女独自の世界観と吐き出したい想いが上手く噛み合い、綺麗な言葉と比喩で表現されてる。
そりゃ前世ではプロの方が作詞されてるから当然クオリティも高かったんだけど、今世でも後藤はこの歌詞出して来るんだろうし、マジでプロレベルの女子高生なわけだ。
何回でも言うけど、この子たちのバンドが高校生レベルってのは絶対におかしい。後藤ももっと評価されろ♡ それで調子に乗って奇行してバンドメンバーにドン引きされろ♡♡♡
虹夏ちゃんの「お前歌詞書けよ」発言を受け、後藤は黙って俯いてしまった。
ただ難しいのが、今回の俯きは否定的なニュアンスじゃなく、肯定的なもの。「私の9年間はこのためにあったのか……」と感慨深く思っているのである。
やっぱりモノローグのない後藤、マジで難しいな。
表情は長い髪に隠れてるし、動きもどちらかと言うと感情が表れにくい方で、なかなかに掴みづらい。まるで真意を掴みづらいミステリアスガールだ。本当はただ他者に自己開示することを怠ってるだけの陰キャなんだけども。
でも、そういうめんどくさいところまで含めて我が最推し。ダメダメなとこも最高に可愛いよ♡♡♡ 一生そのままの後藤でいてね♡♡♡ でも結束バンドの中で少しずつ成長していくなら許す。というか推奨します。生きろ後藤ひとり、音楽が尽きるその時まで。
俯いた後藤を一旦放置し、山田が虹夏ちゃんに話を振る。
なんとなく否定的なニュアンスではないことがわかったのか、あるいは後藤のことはスルーする方針になったのかは神のみぞ知るところだ。
「虹夏は何するの?」
山田は作曲、後藤は作詞。
では虹夏ちゃんは何をするのか?
その答えは……。
「ん? ……えい」
黙ってサイコロを回す、であった。
「次はノルマの話ぃー!」
「堂々と流された……」
良い性格してるぜこの女ァ! そういうちょっとズルくて強かなところも好きだよ♡♡♡
でも家族が2人きりだとそういう性格にならざるを得ないのかなってちょっと悲しくもなるね。どうか幸せになってほしい。その権利と義務があなたにはある。
……まぁ、虹夏ちゃんのクリエイティブな役割が少ないのは、仕方のないことだと思う。
虹夏ちゃんはSTARRYでバイトをしたり、山田や後藤に追い付くべくドラムの練習をするっていうお仕事があるし……。
それに何より……彼女は、結束バンドを引っ張ってくリーダーだからね。
やってみるとわかるけど、考え方の違う人間たちを統率するのって想像の何倍も難しいんだ。
むしろ虹夏ちゃんはよくやってる方だと思う。キツすぎず緩めすぎない絶妙なバランスで、結束バンドの空気感を維持しているんだ。
楽器の実力とか創作上の役割云々の前に、組織には必ずそういう人材が必要だ。
そういう意味では、やっぱり結束バンドの要は虹夏ちゃんをおいて他にはいないだろう。
* * *
さて、ノルマの話となると、いよいよバンド内部の込み合った話題になってくる。
そんなわけで、私はそろそろ中座させていただくことにした。
忘れている方もいるかもしれないが、そもそも灰炉茶子は現在バイトのシフトの真っ最中。駄弁っているような怠慢、そう長くは許されないのだ。
……いやまぁ、店長である星歌さんや監視者であるPAさんと照明さんが奥やブースに引っ込んでる以上、サボっててもバレないかもしれないけども。
それでも、せっかく雇ってもらえた以上やっぱりしっかりと働きたいというか……星歌さんの大事な場所であるSTARRYに貢献したいし、何よりその信頼に応えたいんだわ。
そんなわけで、私は椅子を拭き拭きしながら、こっそりと彼女たちの話に耳を傾けることにした。
クソ探偵から教わった盗み聞きと気配を消すスキルが火を噴くぜ。
結束バンドの座ったテーブルでは、ちょっと寄り道の雑談をした後、後藤へのライブハウスのノルマシステムの解説が行われているところだった。
私の音楽関係の知識は、精々が前世でアニメと原作を通過した程度だ。
だけど、ライブハウスのノルマシステムは多分大体理解できてると思う。
何故かと言うと、この前星歌さんとお給料についてお話した時、雑談として語ってくれたからだ。
チケットノルマというのは、ライブハウス側から演者に提示される「最低限店にこれだけ収益上げないとライブさせられないよ」というボーダーラインのようなものだという。
例えば、ライブハウス側が1つのバンドに演奏させて黒字になるのが、ちょうどチケット10枚分とする。
つまり、1つのバンドが演奏して呼べる客が10人を割ると、ライブハウス側が一方的に損になってしまう。そんなことをしてたら経営破綻待ったなしだ。
なので、一旦それを演者側に買い取ってもらうことで確実に動員数を保証してもらう、というわけだ。
……より正確には、後で損失額を払うわけで、保障と言った方が正しいかもしれないけども。
チケットを買い取った演者は、これを自分のライブを聞きに来る消費者に卸し売ることで、身銭を切らずライブすることができる。
演者側からするとちょっと大変かもしれないけど、これは仕方のない必要経費。ライブハウスで場を借りるためのショバ代みたいなものだ。
その上、STARRYではチャージバック制が取られている。
ノルマ以上にチケットを売り上げることができれば、その分をライブハウスと演者で取り分ける。
つまり、来てくれるお客さんが一定以上になると、演者側も儲けることができるってわけだ。
バンドの主な収入源は、物販とこのチャージバックの2つになるとのこと。機材だとか車だとかの代金は、ここから捻出していくことになる。
……まぁ、結束バンド限定で、私からの資金援助という手もあるけども。
というかもっと貢ぎたいし、これから何故か毎月結束バンドの活動資金が増えるバグとか起こるかもしれない。
これはもうどうしようもないバグなので、バンドメンバーの皆さんには是非とも有効にグリッチしていただきたいですね。
* * *
そんなわけで、結束バンドは現在、2つのピースを必要としてる。
1つは、バンドメンバー。特にボーカルができる人。目指せインストバンド卒業。
1つは、お金。やはり集団で活動するなら、何かと入り用だからね。
前者はそう簡単に解消できるものじゃないから置いておくとしても、差し迫ってお金の方は何とかしないといけない。
そこで虹夏ちゃんが編み出した名案が……。
「ノルマ代機材代諸々稼ぐためにバイトしよー!」
だった。
……原作見てた時から思ってたんだけど、結構無理やり連れて来てバンドに入れた子に「お前も働いて金稼げよ?」って言ってくるの、だいぶヤバくない? 虹夏ちゃん、ソッチの素質もあるのかもしれない。
いやまぁ、後藤がバンドメンバーになることを受け入れてるからいいんだけどね。結局こういうのは本人たちの間の問題だし。
しかし……それは、逆に言うと。
後藤がバイトを受け入れないことには進まない、ってことも意味する。
バンドメンバーになることと、バイトを受け入れることは、彼女にとっては全く以て別なのである。
「……はい。……バイトォッ!?」
「今日イチ声出たね」
この声量の安定しなさ、後藤ひとり素材の味がよく出ている。これを作った料理人を呼べ! おひねりあげる♡
後藤ひとりに、バイトは難しい。
バイトってものは、どうしたって人との接触が増えてしまうし……。
そもそも、ところてん売りの営業の件でもわかるけど、彼女は致命的に仕事というものに向いてない。
この子、割とマジでメジャーデビューでもしないとやっていけない、社会不適合者の卵なのだ。
虹夏ちゃんに養ってもらうという約束も途中で破棄されてしまう以上、後藤ひとりに他に生きる道はないと言っていい。
結束バンドは彼女を拾った責任を取り、しっかりと面倒を見ていくべし。(バイト中の)お世話は当番制にしようね。
後藤自身、自分の能力不足に自覚的であるからこそ、バイトに対して強い拒絶感があるんだろうな。
承認欲求モンスターである後藤にとって、最も恐ろしいのの1つが冷笑だ。その対象になり得てしまうバイト体験は、彼女にとってかなり強い恐怖の対象であることが予想できた。
ついでに言うとビビリだから失敗も怖いし、被害妄想も強いから叱責も怖いし、コミュ障だからお客さんも怖いし、陰キャだから人も怖いし、引きこもりだからお外も怖い。
なんだこの子全身弱点か? 攻撃力はめっちゃ高いけど防御力は皆無のピーキーなロマン砲キャラかよ。最高に推せるね♡♡♡
バイトの恐怖を前にして、推しが苦しんでいる光景は、なかなか心に来るものがあるが……。
とはいえ、ここは静観の一手。
苦痛なくして成長なし、時には彼女の苦境も涙を呑んで見守らなければ。
……別に後藤の顔面崩壊とかはわわ顔もっと見てたいな、なんて想いがあるわけではないよ。全く以てそんなことはない。
まぁ正直に言えば、後藤はシリアスでもギャグでも追い詰められた時にこそ輝くとは思ってるけどね。
背水の陣に追い込まれてこそ、ヒーローは輝くし、ぼっちちゃんは作画崩壊するのだ。
さて、そんな後藤はしばらくがたがたと震えた後、どこからか豚の貯金箱を取り出し、虹夏ちゃんの方へと差し出した。
「ん? 豚さん?」
「あっ……お母さんが私の結婚費用に貯めてくれててぇ……これでっ、どうか、バイトだけはぁ……!」
この女、バイトを避けるために結婚費用捨てだしたよ……。それは将来の結束バンドの誰かのために取っておいてあげてね♡
いや、何も1人に限らず結束バンドハーレムルートもアリだな。そのためにはやっぱりお金が必要だろう。その結婚費用、私も貯めていい?
「あたしたちを鬼にする気!?」
「ありがとう、大事に使わせていただく……」
「いただかないいただかない! そんな大事なお金使えないからぁ!」
面白過ぎない? いや、面白がっている場合ではないんだけどさ。
勿論、そんな大事な結婚費用を出させるわけもなく、もしも彼女が身銭を切ることになれば、私が全額出すつもりではいるんだが……。
「…………」
ここも変わらず、手出し厳禁。
アニメ1期最終話の終わり方からしても、後藤にとってバイトという経験が大きな糧になることは間違いない。
そして、序盤から大きく好感度を稼いでいる虹夏ちゃんがいるSTARRY以外で、後藤がバイトをすることなんて不可能に近いだろう。
だから私は、テーブルを拭きながら待つ。
彼女が私たちの、バイト仲間になってくれる瞬間を。
顔を俯かせていつもの顔面崩壊を見せる後藤に、虹夏ちゃんは何度か呼び掛けて……。
「ぼっちちゃん、今の話聞いてなかったでしょー」
「あっ、ごっ、ごめんなさい! えぇと、何の話を……」
戸惑う後藤に、山田は淡々と言う。
「ぼっちもここでバイトする」
「ここで……えぇ!?」
「あたしもリョウも、チャコちゃんもいるし、怖くないよー」
「アットホームで和気あいあいとした職場です」
「ドリンクスタッフとか掃除とかだし、他のバンドも見れるし、ね?」
流石のママと言えど、出会って1日で後藤の内気さを見抜くのは難しいんだろう。山田は勿論無理。
2人は、勘違いしている。
後藤が恐れているのは、「ここが怖いところなんじゃないか、難しいバイトなんじゃないか」って点じゃない。
そもそも「働かないといけないこと」に、強烈にビビり散らかしているのである。
後藤ひとりの陰キャ力を舐めてはいけない。
彼女は私たちの想像する陰キャの、1歩も2歩も先を行っているのだから。
そして、そんな陰キャだからこそ……。
「頑張りましゅ」
「ほんとー? ありがとー!」
断る勇気もないのだ。悲しいなぁ。
これが陰キャの性。あるいは総受けの性。彼女は他人から何かを強く乞われると、どうしても断り切れないのである。
公式でノーマルだけど愛され系で断れない性格なんて属性付与したら、そりゃ総受けにもされるってもんだよね。まぁ私はリバも美味しくいただけるんだけども。
とにかくそんなわけで、後藤はここでのバイトを受け入れた。
2人に願われたのも勿論だけど、少し仲良くなり始めた虹夏ちゃんと山田と一緒のバイトができるってことも……多少は彼女の心の支えになったのだと信じたいね。
しかしこれで、晴れて最推しと同僚か……。
改めて、これまで以上に慎重に、ネームドだと認識されないように活動しないとな。
バイトの件が終わっても、金銭関係についての話はまだ続く。
「それと、バンドの経費はあたしが管理するね」
「えっあの、リョウさんに預けたほうがいいんじゃ……」
「どういう意味じゃ」
虹夏ちゃん、怒りの台パン。
……いや、ホントにどういう意味?
もしかして後藤、事ここに至っても「リョウさんってしっかりしてそうだなぁ。それに比べて虹夏ちゃんは……」とか思ってる? だとすりゃ誤解も甚だしいが。
「あのねぼっちちゃん。リョウはこう見えてめちゃくちゃお金遣い荒いの。……なんか最近はちょっと落ち着いてるみたいだけど、またいつぶり返すかわかんないし」
えっ!? 落ち着いてる!?
山田の!?!? お金遣いが!?!?!?
原作にはなかったぞ、そんな展開ッ!!
どうして……? 山田に一体何があったんだ……?
も、もしかして原作から乖離して、お父さんとかお母さんが不治の病にでもかかったのか!? それでお金を貯めようとしてるとか!?
……いや、それはないな。メンタルの弱い山田がそんな状況に耐えうるはずがないし。
だとすれば、一体何が彼女をそうせしめているんだ……?
まさか、もう金欠になっちゃったのかな。結構渡したと思うんだけど、流石は山田♡ まったくもう、あとでいっぱいあげるね♡♡ 30万円くらいあれば足りるかな?♡♡♡
しかし改めて、後藤……山田のことをそんな真っ当な人間だと思ったのか。
山田、変人って言われて喜んだり、段ボールに入って演奏することを提案したり、後藤視点でも割と変なヤツだと思うんだけどな……。
もしかしてアレか。虹夏ちゃんの金髪とか明るいオーラによって、まだ彼女のことをパリパリのパーリーピーポーだと思ってる? 山田が高評価っていうより虹夏ちゃんを低評価してるのか?
うわ、ありそー。後藤、割とめちゃくちゃ偏見入っちゃう方だしな。
……まぁ、虹夏ちゃんがあんまり陰キャに見えないのはわかるけども。
あんな明るい子が内向的なの、ちょっと予想外だよね。個人的には、そういう意外性がすっごい好きなんだけども。
アニメの江の島編とかからしてもそうだし、実際に話してみてもよくわかる。
虹夏ちゃんは明るく振舞ってはいても、どっちかといえばインドア派で内向的、そして真面目な方だ。
だからこそ、結束バンドの金銭面を管理するのは、虹夏ちゃんをおいて他にはいない。
山田は論外だし、後藤もmy new gear……欲を抑えられない可能性がある。
喜多ちゃんは……虹夏ちゃんの次に信じられるだろうけど、彼女はイソスタ大臣。無為に仕事を増やす必要もあるまい。
……こう考えると、結束バンドって最終的にはメンバー間でやることが纏まってるんだな。
後藤は作詞、山田は作曲、喜多ちゃんが広報で、虹夏ちゃんが財政管理と総まとめ。
やべー2人をクリエイティブ方面に回し、真っ当な……比較的真っ当な2人で組織的な管理をしてるの、多分無意識だと思うけど、非常に効率的だ。機能美を感じるよ。ね、板、じゃなかった喜多ちゃん!
「リョウはねー、お金持ちでお小遣いたくさん貰ってるけど、楽器につぎ込むから常に金欠だよ」
「てれっ」
「どこが褒め言葉に聞こえた?」
相変わらずな間の抜けたやり取りをした後、虹夏ちゃんは片手を突き上げる。
「じゃ、近い内にまたライブできるように頑張ろう! そして高校生でメジャーデビュー!!」
……果たして叶うかな。
結束バンド、3年以内のメジャーデビュー。
私は彼女たちの将来を想い、テーブルを磨き上げながら、小さく唇を歪める。
今日から新規新鋭のバンドの、そしてピンク色のヒーローの挑戦が始まる。
それは、ツンツンツンツンツンツンデレさんやライブに早く来ちゃった人たち、酒クズ呑兵衛に一般金沢八景通過お姉さん2人、あるいは私の学校中の生徒を巻き込み……。
大きな大きな旋風となって、きっと私を魅せてくれるだろう。
あぁ、それは、本当に……。
「楽しみだね」
……まぁ、その第一歩は、行きたくないバイトからってワケなんだけどさ。
そういうところが、なんとも「ぼっち・ざ・ろっく!」らしいよね!
(追記)
誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!