さて、学校が終わる時間になってから、待つこと少し。
私が監視するカメラに、ピンク髪ピンクジャージという、とんでもなく目立つ女が映った。
いやホント、何度見てもクソ目立つな、後藤のこの見た目。道行く人たちはなんでスルーできるんだよ。とてもじゃないけどモブって見た目じゃないぞ。頼むから誰か突っ込んでくれよ。お前たちこそ異常だ! まともなのは私だけか!?
しかし、来るの早いなぁ、後藤。
まだ6限が終わる時間から15分も経ってないが。
後藤ひとり、前回に引き続いて今回も虹夏ちゃんたちより早く来ていることからもわかるように、こう見えて行動が早いんだよね。
学校じゃ、移動教室前の休み時間になるとすぐに動き出すし、放課後なんて誰よりも早く教室から出ていく。
いつももたもたしているように見えて、そういう時はすっごく素早いんだわ。
……友達いないし居心地も悪いから、さっさと出て行こうって思ってるだけなのかもしれないけども。
そんな彼女は、カメラの向こうできょろきょろと周りを見回した後、足早に階段を駆け下りた。
多分、他人に見られたくないみたいな心理なんだろうな。
実際はそんなに後藤のこと気にしてる人はいないんだろうけど、陰キャは得てして周りからの視線に敏感なものなのである。うわ、敏感だって、エッチだね♡ 我ながら中学生男子レベルの品性だな。
そうして彼女は、しばらくSTARRYのドアを見つめてから、意を決してドアノブを握り……。
……動きを止めてしまう。
完全フリーズ。ブルスク。後藤ひとり.exeは動作を停止しました。
その光景を目にして、思わず私はよよよと流れる涙を拭った。
かわいそうに、後藤はライブハウスに1人で入るのは初めてなんだ……。
最初に来た時は虹夏ちゃんに先導されてたし、前回は入り口前でダンスしている間に虹夏ちゃんたちに見つかって、一緒に入ることになったものな。
陰キャにとって、自分の生息地の外に出るのは勇気を必要とする行動なんだ。
特に後藤は、こういうアングラな場所への恐怖感が強いっぽいので猶更である。
私は慣れっこなので、そういう感覚は壊れてるんだけどね。
なにせ日本の中ではトップレベルにアングラなサイトなり場所なりに行っている自負があるので。あくまで法には違反しない範囲で、だけども。
……しかし、それはそれとして。
「うぅ……っ、後藤……!」
た……助けに、助けに行きたい……!
今、すぐそこで、後藤が困ってる。
行こうとすれば、私は助けに行けるのに……!!
ドアくらい簡単に開けられる。
招こうと思えば超簡単に招き入れられる。
それなのに、私は……ッッ!!
でも駄目だ! 抑えろ、抑えるんだ私……ッ!
ここから先は星歌さんとのエンカウントイベント、それを邪魔するわけには……!!
私が必死に二の腕を抓って自重していると……いよいよ、その時が来る。
カメラの下の方からぬっと金髪が現れて、後藤に向かって不審そうな声を投げかけた。
そう……このライブハウスの店長、星歌さんのお帰りである。
『チケットの販売は5時からですよ』
『ヒィッ』
ぼ星成立ッ!! ぼ星成立ッ!!
始まった!! 始まった始まった、走り出したぞこのカプも!!
ぼ星、良いよね。良い……。
ぼ星みたいな歳の差百合って割とメジャーなジャンルなんだけど、この2人の最大の特徴は、やはりぼざろ世界ということでギャグ要素強め、なおかつ後藤と星歌さんが少しばかり特殊なキャラクター性を持つところだ。硬派な百合作品になると、社会人側が常識とか周りの目とかに悩みだすことが多い(当社比)んだけど、ぼ星に関してはそこら辺はないので安心安全。いや安全でもないし安心でもないけども。まぁ実際に手を出してるわけでもないしセーフ理論だよね。ただ自分の店のバイトを監視してるだけだし? 動画撮ってるのもあくまで記録だし? まぁ私と同じく訴えたら普通に負けそうではあるが。犯罪者仲間だね♡ 話を戻して、こういう歳の差カプってやっぱり年少の方の行動力とか向こう見ずさ、年長の方の常識とか社会に擦れた感じのギャップ感を楽しめるモノだと思ってるんだけど、ぼ星はその逆。後藤は前向きな行動力とか希望的観測はゼロに近く、逆に星歌さんはアウトローなこともあって常識とか擦れた感じが少ない。このある意味でリバみたいな美味しさ、実に味わい深い! このカプを作ったシェフを呼べ! あ、創造神様でしたか! 流石でございます、ははーっ!
はー……ホント最高すぎ。やっぱぼ星も至高の
早く見たい、早く見たいよ星歌さんが後藤にべたべたしてるとこ!
こそっと後藤を隠し撮りしてたり、「ぼっちちゃんはかわいいからいいんだよ」とか言ったりして、明らかに後藤をかわいいペット扱いしてる星歌さん見たい~~~~!!
ああ見えて可愛いもの好きで観賞用に制服とか持ってる系三十路、属性盛り過ぎて最高すぎ♡ 萌えの化身♡ キュート要素原作ナンバーワン♡♡♡
あーもう耐えられん! 早く後藤の魅力に気付いてくれ星歌さん! あなたはその子に夢中になる運命にあるのですよ! 今の内に指輪の予約しておくので式場の決定はお早めに♡♡♡
……などと、私が感極まっている間にも、2人の会話は進行している。
いや、言うほど進んでなかったわ。後藤がわたわたしながら「一旦、おち、おち、おちおちおちおちついて、てっ、てててっ、てぇ……!」って言ってるだけだ。
そんなに動揺しちゃって可愛いね♡ そんなんじゃこのハードなバイトはやっていけないぞ! 私が手取足取り教えてあげるから安心してね♡♡ 嘘だよ。後藤にバイトを教えるのは虹夏ちゃんの役割だしね。
その後、ぼっちとツンデレの2人は店内に入った。
まぁ、外で色々とやり取りしてるの、だいぶ外聞が悪いからね。取り敢えず後藤が不審者ではないと分かった以上、中で話すのが妥当なところだろう。
私は……取り敢えず、2人がある程度話すまでは裏の方で待っていようかな。
私は忍耐強い転生者、待つことなど造作もない。
『茶子ちゃんが言ってた、新しいバイトの子か。なら最初からそう言いなよ』
『すっ、すすすみません……』
『あたし、ここの店長だから。よろしく』
『よっ、よろしくお願いします……』
ヒャア我慢できねぇ、今だ!
私はスマホを内ポケットに仕舞い、あたかも何も知らないような顔で表の方に顔を出す。
「店長ー、裏の掃除……あ」
「はっ、灰炉さん……!」
え、後藤、なんでそんな表情明るくなる?
……いや、考えて見るとそれもそうか。
私、一応後藤のクラスメイトで、なおかつ彼女と同じくほぼ友達がいない人生ソロプレイヤー。
前回のミーティングの際にしっかりとぼっちアピールしてたからね。後藤からすれば、私はきっと同類に見えてくれていることだろう。
えへへ、最推しに共感を持たれるとか嬉しすぎ♡ 大丈夫? これ幸せすぎるんだけど、税とか取られないよね? 依存性とかあったりしない? あるわ。幸せスパイラル(推しに共感持たれるすがた)。
「や。昨日ぶり」
「あっ、やっ……え、灰炉さん、今日、学校休んで……風邪って……」
「あー、それ嘘。今日は学校サボったんだ」
「ウェッ!? さっサボっ、ふふふ、不良……!!」
なんでみんな、たかが1日学校休んだだけで不良扱いしてくるのよ。
その程度で不良なら、私がこそっとやってること知ってたら大罪人だよ。法に触れてないから悪じゃないはずなのにさ。
思わぬ不条理に、むぅ、とちょっとだけ眉を寄せていると……。
星歌さんは困惑するように、私たちを順繰りに見てきた。
「……え、何、2人は知り合いなの」
「あれ、言っていませんでしたか。彼女はクラスメイトです」
「あっ、あっあっ……不良……カツアゲ、追放……」
おい後藤、肯定してくれ。というか話聞いてくれ。でも話を聞かない後藤可愛いすぎるから許す♡
ぼっちモードに入ってる時の後藤、これぞ後藤って感じがしてめちゃくちゃ”良”です。
……まぁ学校で1時間に1回くらいはこうなってるから、あんまり新鮮味はないんだけれども。
「ふーん。……で、この子なんて名前なの?」
まだ後藤のことを警戒しているのか、常よりもテンションが低い星歌さんが聞いてくる。
ここで応えるべきは……そう。
「マンゴー仮面です」
「マンゴー仮面?」
マンゴー仮面なのであった。
あだ名を付けてくれるだけでめっちゃ喜ぶ、コスパ最高の女、後藤。そういうチョロいところが好き♡ でもチョロすぎて変なカスに騙されないか心配になるよ。私が守護らねば……。
さて、これで喜んでくれたな、と思って横を見ると……。
「まっ、マンゴー仮面ですっ!」
うおっ!! ご、後藤の笑顔、眩しっ!!
いつも俯きがちなのに少しだけ顔を上げてにっこり笑ってる後藤、破壊力がヤバすぎるッッッ!!!
美少女力は……10万、11万、まだ上がるだと……!? 絶世の美少女すぎて国くらいは傾いちゃうよこんなの……!!
私は凄まじい顔面力に情緒を破壊され、思わず星歌さんの方を窺って……。
え、なんで星歌さんビビってないんだ!? この顔面、どう見たって百万点でしょ!?!?
太陽より眩しく銀河より美しいこの顔を見て、何故動揺せずにいられるんだ……ッ!?
……いや、待てよ、そうか!
星歌さん視点では、後藤の顔が半分以上見えてない、のか……!?
私は身長が135センチというスモールサイズ(でもロリではない)なので、後藤との身長差が実に20センチ強ある。死にたい。
だが、だからこそ……ちょっとテンションが上がって後藤が顔を上げると、その目まで覗くことができるんだ……!!
おお、神よ!
私の成長が止まったのは、後藤のご尊顔を拝むためだったのですね……!
このアドバンテージだけでロリ呼ばわりのストレスは補って余りある。
今、急速に心の中のコンプレックスが解消されていくのを感じる……!
でもロリ呼ばわりした奴は訴訟なのは変わらんからなぶっ飛ばすぞマジで。
両親よ、先祖よ、私をこの遺伝子で生んでくれて本当にありがとう……!
おかげで、おかげでこの国宝級の笑顔を拝むことができた……!!
我が生涯に一片の悔いなし。いや、まだまだ生きて、定期的に後藤の顔面対界宝具を受け続けたい人生なんだけども。
そんな感じで、えへえへ笑う後藤に対してニコニコする私、それを見て困惑する星歌さんという構図が出来上がっている中……。
ようやく、彼女たちが現れる。
STARRYの入り口の階段を下りて来たのは金髪のヒロインと青髪の甘えんぼ、虹夏ちゃんと山田の2人だ。
「そんな名前じゃないでしょ! チャコちゃんもお姉ちゃんも、てきとうなあだ名付けないでよー」
ビビビッ!! ビーッビーッ! 百合警報、百合警報! 大百合注意報発令中です!!
なんですか虹夏ちゃんその言葉は! まるで「私たちが考えた大事なあだ名なんだから!」と言わんばかりの言動ですねェ! なんですかなんですか、独占欲ですかァ!? 素晴らしいクソデカ感情ですねェッ!! にちゃにちゃ。
「おねっ!? に、虹夏ちゃんのお姉さま……?」
「前に説明したよ? ほら、STARRY来る時に」
「…………そ、そっそそそうでした……」
甘い、甘いですよ虹夏ちゃん!
後藤には1回説明しただけで伝わると思わない方がいい。この子頻繁に自分の世界入っちゃうから、実は話を聞いている確率が50%を下回るのです。
特に最初にSTARRY来る時なんかは、緊張と困惑でぐちゃぐちゃになって殆ど話聞いてなかったからなこの子。お母さんひとりのそういうとこどうかと思うわよ。でも個人的には大好きなので駄目なままの後藤でいてほしいなって♡ 手のかかる子程可愛いってヤツ。
「そういうことなので、だからそんな緊張しないでいいよー? ねっ、おねーちゃんっ!」
あーだめだめ可愛すぎます!
おねーちゃんっ♡ 可愛すぎ……。虹夏ちゃん、意識的か無意識的かはわかんないけど、とんでもなくかわいい言い方するよね。好きだ……。
今すぐテレビで放映すべきだろこの光景。いやもうしてたわ。テレビアニメ「ぼっち・ざ・ろっく!」Blu-ray&DVD好評発売中!
さて、そんな感じに甘ーく話しかけた虹夏ちゃんに対し、星歌さんは割と冷たく切って捨てる。
「ここでは店長って呼べ。あと仕事に私情挟むな」
「んもー、怖がらせないでよー」
ここ、ここ! 私のここすきポイントの1つです!
いやまぁここ好きポイントいくつあるんだよって感じだけども。
露骨にこそしないけど、星歌さんは虹夏ちゃんにベタベタだ。
いつもはちょっとツンケンし気味とはいえ、基本的には甘やかしがすごい。
……でも、このシーンだけは、割と辛辣っていうか淡々としてるんだよね。
とは言っても、何も星歌さんが虹夏ちゃんに愛想を尽かしたとかそういうんじゃない。
現在星歌さんは、突然やってきた後藤という異分子を、このライブハウスに入れていい存在か見極めるために、ちょっとばかりピリピリしているのである。
全ては虹夏ちゃんとSTARRYを守るため。家族として、大人として、守護者としての自覚、あまりにも誉高い。終身名誉お姉ちゃん。きっとお母さんもあちらでニコニコでいらっしゃることだろう。
ただ、親の心子知らずというか、姉の心子知らずというか。
虹夏ちゃんには、その辺の気遣いがなかなか伝わりづらく、後日そのあたりを巡ってちょっとした諍いとかも起こってしまうんだけど……。
今は、まだその時じゃない。
カウンターに座った星歌さんは1つ頷き、言った。
「……ま、いいけど。じゃ、アルバイト3人組、仕事教えてやって」
後藤はひとまず、バイトとして受け入れられた。
……より正確には、私が受け入れさせた、と言うべきだろうけど。
数日前、私は星歌さんとお給料のお話をした。
具体的に言うと、「後日来るバイトを受け入れてほしい。私のお給料はゼロでいいので、その子の分に回してほしい」という話だ。
なんでそんな話をしたのかと言うと……。
ま、簡単に言えば、後藤がバイトに採用されない可能性があったのだ。
……それも、よりにもよって私のせいで。
考えてもみてほしい。
STARRYのバイトは、2人から3人いれば成立する。
なにせ掃除と受付とドリンクスタッフくらいしかやることがないんだ。本質的にそこまで人手は必要にならない。
そんな状況で、私が後藤より先にバイトに立候補すれば、どうなってしまうだろうか。
……そう。
後藤の枠が埋まってしまい、「いやバイトはもういらないけど」となってしまう可能性があるんだ。
けれど、だからと言ってSTARRYで働かない手はない。結束バンドの活躍を見守るためには、それはどうしても欠かすことのできないポイントだった。
そこで、私は考えたのだ。
確実に後藤を雇ってもらい、更に私が無給で働くことでSTARRYに奉仕もできる、天才的な方法を。
まず、普通にバイトとして雇ってもらう。
そしてSTARRYでしっかりと働いて星歌さんの信頼を得ると同時、ぶっちゃけ私がいないと仕事が回らないレベルにまで押し込む。
そして、灰炉茶子がSTARRYにとって必要不可欠で替えの利かないパーツとなった時、「私の分のバイト代は後藤に回してください」と告げる。
どうだ、このパーフェクトプラン!
これにより、私は後藤の枠を確保しながらここでバイトができる。
後藤は何の支障もなく、しっかりと勤めることができる。
更に、星歌さんは原作に加えて私という労働力を無給で得ることまでできるんだ!
ちょっと原義とは違うけど、三方ヨシ! のwin-win-win。完璧な作戦だ!!
流石私、完璧すぎるプラン。これはもう現代に現れた諸葛亮と呼んで差し支えないのでは?
……まぁ、星歌さんはすっごい怪訝そうな顔してたけども。
なんでそこまでするのって言われても、そりゃあ元々このバイトは金銭目的ではないですし。
更に言うと、高校生を無給でこき使うのはちょっと世間体悪いかもしれんという要素もあるが……。
ま、こんなのお手伝いみたいなものだし、言わなきゃバレないって! 平気平気!
* * *
さて、そんなわけで私たちは……というか、虹夏ちゃんが後藤にバイトを教えるパートに入ったのだが。
「んじゃ、バイトの内容はチャコちゃんに教えてもらおー!」
「え?」
なんで? なんで私? いやぐっと右手を上に突き出した虹夏ちゃんは可愛さ1000%だけど、それはそれとしてなんで???
まだ虹夏ちゃんの「ぼっちちゃんは私のヒーローだけど、ぼっちモードに入ると思ったより面倒臭いなこれ……よし、喜多ちゃんに押し付けちゃえ!」ターンは来ていないはずだけど……。
え、本当になんで? 私???
「いやそんな顔しなくても……。チャコちゃん頭良いし、教えるのも上手いじゃん? ここはチャコちゃんが適任でしょ!
大丈夫! あたしたちも一緒にいるし、間違ってたりしたらそれとなーく言うからさ」
うお、そんな可憐なウインクされたら断るものも断れませんけども……。
しかし、その意図は……あー、そうか。
虹夏ちゃんからすると、前回のじゃ足りなかったか。
前回、つまり第一回結束バンドメンバーミーティング。
そこで私は、後藤と仲良くなるために同席を許されたんだけど……。
結果から言うと、私は後藤とそこまで仲良くなることができなかった。
まぁ後藤相手に急激に仲良くなるとか、土台無理な話なんだよね。
しかし、虹夏ちゃんからすると、やはりそれが心残りだったのだろう。
ここで更に私と後藤の仲を押し込んでおこうという魂胆と見た。
……え、そうだよね? 流石にもう「面倒くさいなーぼっちちゃん」とか思ってるわけじゃないよね?
個人的には、ここで虹夏ちゃんが後藤に色々教えるのは「ぼっち・ざ・ろっく!」という物語の基礎となる『良さ』があると思ってるので、こっちでもしっかりと見ていたかったんだけど……。
うーん、推しからのお願いとなると……仕方ないか……。
取り敢えず虹夏ちゃんは付いて来てくれるみたいだし、こうなればできるだけ原作添いに後藤を案内して差し上げるしかあるまい。
もー、先週から虹夏ちゃんに振り回されっぱなしだ。まったく、このかわいい小悪魔め♡ 小悪魔系誘い受け虹夏ちゃん概念か、ありだな……。
「ん……了解です。それじゃ後藤、テーブルから片そうか。それ終わったら拭き掃除で……」
「あっ、あっ、はい……」
…………?
後藤、この辺で一息吐くために、テーブルの下に隠れたりしてなかったっけ?
戦々恐々としながらも、普通にお話聞いてくれてるんだけど。あれ、私の記憶違いか?
……あ! さては私の努力が実って、STARRYへの恐怖感が和らいでるのかこれ!?
ふっふっふ、あの日PAさんを叩き起こしたのは無駄じゃなかったか……!
グッジョブあの日の私! これで後藤が輝く瞬間にちょっと近付いたぞ! いぇい!
* * *
思いの外後藤の体力が残っていたので、お掃除する場所とかモップの使い方とかをぱぱっと教えた後、原作展開に添ってドリンクの方に移る。
ちなみに、「今日はぼっちに付いて行くだけで仕事しなくていいから楽だな」みたいな顔してた山田は、虹夏ちゃんによって掃除の方に回された。南無。香典に3万円程包んでおこう。
さて、各ドリンクの位置とかグラスとかなんだけど……。
「トニックウォーターはこの中、ビールはこのサーバー、カクテルは後ろの棚、右端からね」
「あっ、あっあっ」
後藤は必死に私の言葉を嚙み砕こうとしているけど、新しい職場、新しい光景、新しい人間関係と一気に負荷がかかりすぎたのか、ショート気味だ。
……この子、ギター以外は割とポンなので、普通に追いついてこれてないかもしれんけども。
ただ、それでもちゃんと話を聞いて、頑張って付いて来ようとしてる姿勢だけで十分高評価だよね。
私の最推しは本当に真面目な努力家で最高だ。惜しむらくは努力以外に才能がないところだけど、それでも挫けないところが本当に尊い。流石は結束バンドでも群を抜く鋼メンタルの持ち主である。しゅき♡
しかし、彼女はあくまで努力の鬼でしかなく、瞬時の理解力は有り体に言えばポンのコツ。
どうやら私の話に付いて来れず、精神的に追い詰められてしまったらしい。
後藤は唐突に虚空からギターを取り出し、それを軽やかに奏でだした。
「う、うぇえ、そのギターどこから出した!?」
「四次元ポケットかな?」
「カクテルはぁ~♪ 棚右端からぁ~♪ テキーラ~ウォッカ~~~♪」
「ええっ、わわ、怖い怖い! 覚えようとしてくれるのは嬉しいけど、一旦ギター置こうか? え、聞いてる?」
「いや、こうなると後藤は話を聞いてませんね。完全に自分の世界に入っちゃってます」
「チャコ博士! え、こういうこと、学校じゃよくあるカンジ?」
「まぁ、そうですね。慣れた方がいいかと」
「うぇへ~……改めて、すごい子が入って来ちゃったかもなぁ……」
虹夏ちゃんは呆れ50%困惑50%みたいな表情。
これでドン引きしてない時点でぐう聖なのに、面倒くさいからって後藤を追放しようとはしないの、やっぱり虹夏ちゃんは包容力上限突破済みのママなんやなって。今更だけど高校生でママってちょっとインモラルでえっちだね♡
後藤、もしもここで追放なんてされようものなら、『ライブハウスを追放されたチート級ギタリスト、ギタテクを披露できる場もなく社会不適合者一直線。~今更戻って来いと言われてももう遅い、家から1歩も出ることができません~』……になってしまうからね。
虹夏ちゃんが下北沢の大天使で良かったよホントに。
彼女はどんだけ金遣いが荒かろうと、嘘ついてバンド加入した上にライブ当日に逃げ出したりしようと、ぼっちこじらせてとんでもないコミュ障だろうと受け入れる、ハイパークソデカ度量女子高生なのだ。
割とマジですごい。正直私なら100回はキレてると思う。
……さて、虹夏ちゃんはそんな感じとして、もう一方はどうかな。
ちらりと星歌さんを見ると……やっぱり、ちょっと眉を寄せて後藤の方を見ていた。
うん、しっかり違和感を持ってくれているらしい。ぼ星の種は順調に根付いている。美味しくぷりぷりに実ってね♡ 収穫の日が楽しみ♡
まぁ星歌さんが後藤に向けている感情は、何もギターが上手いってだけじゃないんだけどね。
というかむしろ、そっちはきっかけに過ぎない。
その本質は後藤の圧倒的魔性、年上キラー後藤ひとりの放っておけない可愛さと時折見せるカッコ良さのギャップなわけなんですが。
あらゆる視聴者と読者、作中成人女性たちと喜多ちゃんと虹夏ちゃんを惹き付ける後藤。
まさしく傾国の大人気ギタリスト。もはや魅力的を通り越してハレンチ。ハレンチすぎてけしからん、ハレンチ警察出動だ! 後藤を逮捕する!!
……と、それはそれとして。
後藤にこのまま「バイトに付いていけてない」っていう印象を与えて終わるのは非常によろしくない。
どうせなら彼女にはこのバイトを楽しんでほしいし、自分も役に立ってるんだ、誰かに必要とされてるんだという自覚を持って欲しい。
そんなわけで、私はポケットの中に入れておいたメモを後藤に渡す。
「後藤、これ」
「こっ、これは……?」
「ドリンクの位置とか、掃除する順序とかやり方とか纏めておいたメモだよ。
1回言われただけじゃ完全には覚えられないと思うし、これ見てやってこう。
何も1度に全部覚える必要はないから、後藤なりのペースでやってこうね」
……正直、あんまり原作改変してまで手出しはしたくないんだけどね。
それでも、できれば推しには無力感とかを味わうこともなく、楽しく生きてほしいんだ。
推しはでろでろに甘やかしたい系転生者の私です。これからも私にできる範囲で、推したちのサポートは欠かさない所存。
「あっ……はい!」
こくこくと真面目に頷く後藤。
まったく……美少女は真面目な表情してる時も可愛いからズルだよね。
後藤、顔の良さと体型とギタテクだけは反則レベルなんだよな……。
10センチだけでいいから、身長分けてくれないかな。この際、胸はもう諦めるからさ。
投稿も遅れた上に全然展開進んでないってマジ?
チャコちゃんの内心がうるさすぎるせいです。あーあ。
(追記)
誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!