ぼざろ世界を全力で楽しみたい転生者の話   作:アリマリア

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ただし、転生者にとってはご褒美であるものとする。

 

 

 

 後藤が初めてのバイトを終えた。

 やっぱり最推しが頑張る姿を近くで見られる経験は、鼻血が出るレベルで最高でした。

 なんならこっそり撮ってた3視点の映像を後でヘビロテしても、何度でも泣けるくらい”良”かった。やだ、覚悟を決めた時の後藤の顔、カッコ良すぎ……♡♡♡ 私の中の乙女回路がぎゅるぎゅる回っちゃいますよこんなの!♡♡♡ 

 

 後藤は自分から1歩を踏み出す覚悟を決めて、虹夏ちゃんと山田もそんな後藤を受け入れ、もはや転がり始めた岩は止まることを知らない。

 このまま喜多ちゃんも巻き込んで、結束バンドの運命は進んでいくんだろう。

 

 

 

 ……が。

 この世界には、原作漫画にもアニメにも描かれない、行間というものが存在する。

 

 実際のところ、原作では結構なハイペースで時系列が進む。

 物語のスタート時点では5月12日なのに、そこから初バイトとオーディション、初ライブと踏んだ頃には、もう7月も下旬。

 割と容赦なくどんどん日常がカットされてしまう、それが「ぼっち・ざ・ろっく!」という物語。こんな煌びやかな毎日がカットされるの、あまりにも豪華すぎるよね。

 スピンオフで無限に日常回してほしいと思うファンは私だけではないはず。

 

 で。

 私というモブの人生は、まさにそのカットされるべきものの1つだ。

 私がどんな風に生まれて、どんな風に生きてきて、どんな考え方をしてきたとか、STARRYにバイトとして入ったこと、山田や虹夏ちゃんと知り合ったこと、喜多ちゃんと再会したこと、そして後藤とクラスメイトであること。

 そういった、後藤が結束バンドに加入する日までのことは、はっきり言ってその殆どが「語る価値のない、カットされるべき瞬間」なんだろうと思う。

 

 

 

 そして、恐らく……。

 

『茶子ちゃん、久しぶり!』

『突然だけど、色々と話したいこともあるし、明日暇なら一緒にお出かけしない?』

 

 その日のこともまた、きっと語るまでもない、物語の行間。

 本筋には必要のない、サイドストーリーに過ぎないんだ。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 さて、少しだけつまらない話にお付き合いいただきたい。

 

 ここで今1度、灰炉茶子の根本的な目標を再確認しよう。

 

 私が目指している目標は、3つだ。

 つつがない原作進行、推しが幸せになること、そして私がそれを観測すること。

 優先度は、前にある方が高く、後ろの方が低い。

 

 

 

 1つ目と2つ目が矛盾することはそうそう多くないだろうけど……そうだね。

 

 私は推しに幸せであってほしい。

 できるだけ少ない労力で、できるだけ明るい未来を勝ち取ってほしい。

 

 ……だが、果たしてそれはどこまで「つつがない原作進行」として許容されるだろうか。

 そこがちょっとばかり難しいんだ。

 

 例を出すと、結束バンドに入るまでの間、私が後藤に声をかけて友達にならなかったことがその一端だ。

 

 もしも後藤に友達ができれば、彼女は結束バンドに入らなかったり、あるいはこの前のバイトで踏み出せなかった可能性が高い。

 勇気のないへなちょこの後藤が1歩を踏み出せたのは、「これを逃したら二度とチャンスはないかもしれない」という恐怖と逆境、いわば背水の陣が背中を押したからだ。

 彼女が踏み込む前に、私が下手にチャンスを与えてしまっていれば、彼女は「ま、まぁ私には友達いるし……」と甘えてしまっていただろう。

 

 そうして後藤が前に踏み出さなければ、「ぼっち・ざ・ろっく!」という物語の本筋は、完膚なきまでに破壊されてしまう。致命的原作ブレイクだ。

 結束バンドにも入らないし虹夏ちゃんや山田、喜多ちゃんとも知り合わない。友達0人のまま高校卒業でところてん売りルートに一直線。こんなんじゃぼっち・ざ・ぼっちだよ。

 

 後藤が辛い目に遭うのは可能な限り回避したいけど、それで大きな原作ブレイクになるようなことはしたくない。

 後藤には幸せになってほしいけど、将来の幸福のためになら辛い経験さえも乗り越えてほしい。

 そういう複雑怪奇な心理が、私の中にはあるのだ。心が2つある~。

 

 ……ま、原作の進行と共に、その不幸はこれ以上ない幸運に繋がるわけで。

 私を友達にするなんていう中途半端な幸福よりは、結束バンドのギターになるという最高峰の幸福を掴んでほしいと思うのは、ファンとしておかしな心理ではないだろう。

 

 

 

 どちらかと言うと、問題は2番目と3番目、そして1番目と3番目の矛盾だろうな。

 

 私は推しを観測したい。彼女たちのファンなんだから、推したちを見ていられるのはそりゃあもう幸甚の至り。

 だからこそ私は、後藤と同じ高校に入学して後藤と同じクラスになったし……。

 だからこそ私は、STARRYにバイトとして入ったんだ。

 楽しく推し活を行うために、手段も労力も惜しむことはない。全力で頑張る所存である。

 

 ……が、それでも踏み出しすぎるのは良くない、という話で。

 

 それこそ、結束バンド(仮)の初ライブ、その前の練習に同席しなかったのが良い例だろう。

 私はあの時点で、虹夏ちゃんや山田からある程度の信頼を得ていた(と思いたい)し、多分「お願いします一緒にいさせてください靴磨きでも裸土下座でもなんでもしますから!」と言えば、怪しまれつつも同席を許された可能性はある。

 

 ……だが、果たしてそれは、「原作をつつがなく進行させること」と「推しを幸せにすること」、この2つに反さないだろうか?

 

 本質的に、私は転生者、この世界にとっての異端だ。

 この完全に完成された世界において、唯一無二存在の意味を持たない、不必要な存在。

 結束バンドの馴れ初めという激エモ究極最高シーンに下手に私が交じってしまえば、私という色がノイズになる。私の存在がその場面の完成度を著しく下げてしまう。

 

 だからこそ、私はただちょっと可愛くてちょっとスペックが高くてちょっとロリ体型でちょっとオタク気質なだけのモブとして、彼女たちの活躍を最も近くで、けれど積極的に触れ合うことなく観測しようと思ったのだ。

 Oh! 転生者さん 床の隙間の汚れになって結束バンドwatch…推しがカワイイカワイイネ。

 

 ……いやまぁこれまで、想定以上に親しく思われてしまったか、虹夏ちゃんとか山田からの方から本編に巻き込んでくることもあったんですけども。

 こうして御大層な展望など語っている私ではあるが、所詮は推しが大大大好きなオタクに過ぎない。

 推しにお願いなんてされようものなら、信条も何も曲げてしまうことは想像に難くないわけで。

 

 結局、オタクは推しには勝てないのである。南無三。

 

 

 

 さて、こんなクソみてーな自分語りを長々として、何が言いたいかと言えば、だ。

 

『茶子ちゃん、久しぶり!』

『突然だけど、色々と話したいこともあるし、明日一緒にお出かけしない?』

 

 久々に来た喜多ちゃんからのメッセージに対し、どうすべきか……。

 私は今、この難題に直面していた。

 

 推しからのお出かけのお誘い。それはオタクにとって、他には替えられない絶対的な価値を持つものだ。

 私が前世の記憶なんて持っていない一般結束バンド限界オタクであれば、この棚ぼたな僥倖に、2つ返事で飛びついたことだろう。

 

 ……だが、私は転生者。それも自称高スペック系転生者である。

 このメッセージから彼女の想いを汲み取るのは、そう難しいことではなかった。

 

 

 

 喜多郁代という少女が現在置かれている状況は、私から見ても結構辛いものがある。

 

 イケメン美少女先輩のツラに一目惚れし、ギターが出来ると偽ってバンドに入って、しかし大事な初ライブ直前になって逃げだしてしまう……と。

 

 私のように「他人のこととか知ったことかバーカ」って言えるようなクズならともかく……。

 喜多ちゃんみたいな人付き合い大好き気遣い上手の陽キャ人間にとっては、精神的にクる状態だと思う。

 

 さてこうなると、精神的な負荷を軽減するためには、本人たちに謝ってしまうのが最適解だろう。

 人間誰しも間違いは犯すものだし、喜多ちゃんのそれは子供らしい見栄とか欲求のもたらした、可愛げのある失敗だ。決して取り返しの付かないものじゃない。

 

 そりゃまぁ結束バンド、特に虹夏ちゃんにとっては、アレは大事な初ライブだった。流石にお咎めなしとはならないと思う。

 

 ……けれど、突然現れたヒーローにより、致命的な失敗にはならなかったんだ。

 

 だから、喜多ちゃんはちょっと怒られて、罪滅ぼしにご飯1食でも奢ればそれで終わり。

 これは本質的に、その程度のことだ。

 

 ……でも、喜多ちゃんにとってはそんなレベルの話じゃないんだろうね。

 優しい先輩を裏切ってしまったこと、そこから逃げてしまったこと、更にはその後1週間以上連絡も取っていないことで、彼女の罪悪感と拒絶感はストップ高。

 許されるかどうかなんて関係なく、もはやSTARRYに近寄ることすら恐ろしいと感じていることは想像に難くない。

 

 要約すると、謝りたいけど気まずくて近づくのも辛い、って状況なんだと思う。

 

 

 

 で、そんな時に私に連絡を取って来たんだ。

 彼女の言う「話したいこと」が何なのかは、ある程度想像も付くというものだろう。

 

 その上で……。

 私は彼女の誘いに乗るべきか、どうか。

 

 喜多ちゃんの悩みの相談に乗ることによる影響は?

 過度な原作ブレイクにならないような軌道は?

 彼女が私に抱く感情は?

 

 後藤による牽引までSTARRYに近付かせてはいけない。

 けれど同時、彼女ができるだけ幸せになるように。

 そのために、どう行動し、どう誘導し、どう彼女を支えればいいだろうか……。

 

 私は考え、考え、考えに考えに考えて……。

 

『わかりました』

『私、行ってみたいところがあるんですけど、一緒に行ってみませんか?』

 

 そう、メッセージを送った。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「茶子ちゃーん!」

 

 久方ぶりに会った(監視はしていたので「久しぶりに見た」ではない)喜多ちゃんは……。

 相変わらず、キターン! としていた。

 

 白のシャツに薄ピンクのカーディガン、淡色のデニムといい感じにトレンドっぽく、それでいて抜け感のあるファッション。

 更には薄っすらと窺えるナチュラルメイク、楽しさ100%といった様子で手を目一杯に振る姿。

 

 正しく陽キャといった感じの眩しさ。ここに後藤がいれば消し飛ぶか浄化されるかの二択だろう。

 一方私は、どちらかと言えば内向的っていう自覚こそあれ、特に陽キャへの偏見みたいなものはない。

 

 ……だがそれはそれとして、推しのおめかし姿に、思わず意識が飛びかけるくらいのダメージはあった。

 

「うっ、喜多ちゃん可愛すぎ♡♡♡ そんなんじゃナンパ待ったなしでしょ♡♡♡ あと腰細すぎて逆に心配になるよもっとご飯食べて一杯食べる君が好き♡♡♡」

「え、嘘嬉しい! ありがとう! でも体重はねぇ……」

 

 ……う、お。

 いや、マジで意識飛んだかなこれ。直前の記憶がないですね……。

 

 いやもう、ホント可愛いなこの子……マジで可愛い……え、嘘私この子の隣歩くの? うわぁ私みたいなゴミカスオタクが一緒にいたら喜多ちゃんの価値が暴落待ったなしなのでは……?

 

 戦々恐々とする私に、喜多ちゃんはパチンと綺麗にウインクして言う。

 

「でもそう言う茶子ちゃんも可愛いわよ!」

「……あ、うん」

「えー、目を覚ましたと思ったら、今度はノリ悪い……」

「め? さま? ……あぁいや、嬉しいんだけどね」

 

 これでも私、可愛いって言われ慣れてるからなぁ。

 ……ま、それも全部「子供として」可愛いって話なんだけどねー! はー、死に腐れ推しとその周辺以外の人類。褒めれば何でも喜ぶと思うなよ、むしろ傷つくことも多いんだぞ。

 

「それで、どこかに行きたいって言ってたけど、どこに行くの?」

 

 内心ちょっと辟易している私に、改めて喜多ちゃんが訊いてくる。

 それに1つ頷き、私は答えた。

 

「それじゃ、行こうか……新宿FOLTへ」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 FOLT。

 それは、「ぼっち・ざ・ろっく!」に登場する、もう1つのライブハウスだ。

 

 アニメ履修者でぱっとは出てこない人には、文化祭ライブ前、自信をなくしていた後藤が酒クズ呑兵衛に連れて行かれた、心が女性の人が店長をやってるあのライブハウス、と言えばわかりやすいだろうか。

 

 私は音楽関係に疎く、その特徴とかは何もわからないけれど……。

 ここが「見た目は怖いけど心は乙女」こと吉田銀次郎氏が店長を勤めるライブハウスであること。

 そして、推しとまでは言えないとしても私が多大な興味を持つ2つのロックバンド、「SICK HACK」と「SIDEROS」のメインの活動拠点であること。

 その2つだけは、よく知っている。

 

 そんな私がここに来たいと言う理由は、勿論そこに関わるもので。

 

「……ライブハウスだったのね。茶子ちゃん、あんまり音楽に興味ないって……」

「音楽というジャンル自体にはそこまで。ただ、ここを拠点にしてるバンドに興味があって、一度生で聴いてみたいなって」

「音楽に興味はなくて、バンドに興味がある……?」

 

 喜多ちゃんはむむむ、という感じで首を傾げてしまった。

 そんな不自然なことかな。

 

 ……いや、考えてみれば、結構不自然だな。

 

 ロックバンドは、音楽によって表現を残し、音楽によってアピールを行うグループだ。

 そこに興味を持つ、認知する窓口としては、やはり音楽を以て他にはないだろう。

 そういう意味で、音楽に興味を持たないままバンドグループに興味を持つというのは、少しばかり違和感のある話だろうか。

 

「ま、色々ね。ほら、ライブハウスで働くと、やっぱりバンドを知っていくことになるしさ」

「あぁそういう!」

 

 喜多ちゃんはぽんと手の平を叩いた。どうやら納得してくれたらしい。

 ……しかし、普通に取るモーションの1つ1つが可愛いな喜多ちゃん。モーショントラッキングすればゲームの素材に使えるレベル。後藤の視点で喜多ちゃんと触れ合えるVRゲーム『3D喜多郁代』大好評発売中! いや本当に誰か開発してくれない? 資金は出すからさ。

 

「うん、そんな感じ。ま、外で立ち話も何だし、入ろうよ」

 

 私は苦笑と共に言葉を濁して、FOLTの入り口に向かい……。

 

「ん? あー、妹さん同伴? 入るのはいいけど、ちゃんと見ててね?」

「おいテメェどこ見て妹って判断してんだ高1だぞこちとらボケが」

「ちょ、ちょっと茶子ちゃん!?」

 

 ……受付で当然のようにロリ扱いを受け、ちょっとキレそうになったのだった。

 

 

 

「茶子ちゃん、やっぱりチケット奢ってもらうのは……」

「気にしないで。私のわがままで来てもらったから」

「う~ん……ごめんね、それじゃお世話になります!」

 

 いやむしろこちらこそありがとうございます。

 推しにプレゼントできるのはご褒美でしかないんですわ。

 

「それで、今日見に来たのって……」

「受付でもちらっと言ったけど、『SICK HACK』っていうバンド」

「どういうバンドなの?」

「えっと……さぁ?」

「さぁ? って……」

 

 いや、私もよく知らないんだよね、SICK HACKがどういうバンドなのか。

 

 ベースとボーカルを兼任するリーダー、廣井きくり率いるロックバンド。

 全体的に高い実力を誇りカリスマ性も高い、まさしく人気バンドというべき存在。

 ……なのだが、そのジャンルがサイケデリック・ロックという人を選ぶものであること、そして何よりライブ中の廣井のとんでもない奇行により、めちゃくちゃ人を選ぶバンドになってしまっている。

 コアなファンが多い……というか、「訓練されたファンしかいない」らしい、ヘンタイバンドだ。

 

 ……以上が、原作漫画で語られたSICK HACKの全容である。

 音楽に関してガッツリと描写が厚くなったアニメ版と違い、漫画版では「どのようなバンドなのか」「どんな曲を奏でるのか」は割とさらっとしか書かれない。

 だから「ぼっち・ざ・ろっく!」ファンである私にも、SICK HACKの曲の詳しい特徴などはわかんないんだ。アニメで流れたワタシダケユウレイはよく知ってるけども。

 

「サイケデリック・ロックをやるバンドってことくらいしか知らないかな」

 

 というか、この時点であまり喜多ちゃんに情報を落としたくはない。

 本来喜多ちゃんがSICK HACKの存在を知るのはもう少し後のこと。本筋には深く関係しない範囲とはいえ原作ブレイクはしてしまってるんだし、できるだけ変化は抑えたいというのが本音だった。

 

 しかし、それだけの情報を元にバンドに興味を持ち、わざわざ聴きにくるっていうのは、ちょっとばかり不自然だったかもしれない。

 

「……茶子ちゃんって、本当に不思議な子よね」

「え?」

 

 あはは、と苦笑を漏らされる。あの喜多ちゃんに。え、正直ちょっと興奮する。私変態かもしらん。

 しかし、そんな変かな。いや全然知らないバンドを狙い撃ちで見に来るのはちょっとだけ変かもしれんけども。

 

 ……と、私はそう思っていたんだけど。

 喜多ちゃんが言っているのは、そういうだけじゃないらしい。

 

「だって音楽に興味ないのにライブを聴きに来るし……それに、私に何も訊かないんだもの」

「ん? 何を?」

「……初ライブ、行かなかったこと」

 

 そう言う喜多ちゃんは、さっきもらってきたドリンクを握りしめ、俯いていた。

 ……やっぱり、喜多ちゃんの「話」っていうのはそのことだったらしい。

 

 

 

 確かに、あんなことがあったのに何も訊かないのは、若干不自然かもしれない。 

 

 ……まぁでも、そういうのって無理に聞き出してもなぁ、という思いが私の中にはある。

 

 例えばここで「喜多ちゃんなんであの日来なかったんですか?」って尋ねて、「実は私……」と事のあらましを聞いたとしよう。

 いや、勿論私はもうその理由を知っているわけだが、これで喜多ちゃん的には「この子は事情を知ってるんだ」という心理状況が成立するわけで。

 

 そうなるとさ、やっぱ気まずくない?

 私には直接的な被害はなかったし、ヒーローの登場で結果的に初ライブもなんとかなったとはいえ、喜多ちゃんが悪いことは確かだ。そして私は、それを知ってしまっていることになる。

 となると、やっぱり人の好い喜多ちゃんは、関係のない私にも「申し訳ないな」と思ってしまうのではなかろうか。

 

 

 

 それは、私のすべきことじゃないと思う。

 

 数日後には、全てを解決して丸く収めてくれるヒーローが彼女の元に訪れる*1

 私の役割は、沈んだ喜多ちゃんの心を救い出すことじゃない。それは物語の主人公がすべきことだ。

 

 私が今、本当にすべきことは……。

 彼女の心が救われるその時まで、せめて彼女の辛さを和らげること。一時の気分転換を提供すること。

 

 それが、彼女を推す者として、そして彼女の旧い友達としての、私の責務だ。

 

 

 

「そういうことは、喜多ちゃんが話したいと思った時でいいよ」

「私、その……」

「大丈夫、焦らないで」

 

 そう言って、私は呑気さを装い、手に持っていたコーラを口に含む。

 

「人生は長い。やっちゃったって思っても、取り返しの付かないことなんてない。必ず、絶対に、なんとかなるよ。私が保証する」

 

 これはマジな話、人生割となんとかなっちゃう。

 クソみたいなことがあったり、やべーって思う失敗があっても、最終的にはなんとかなる。時間と状況と努力が解決してくれる。

 

 明日に不安を抱いちゃうのはわかるけど、そしてそれはきっと彼女の善性の発露なんだろうけど……。

 それでも、時には思考停止で時を待つことも、また打開策足り得るのだ。

 

「だから、今日は頭空っぽにして、ライブを楽しもう」

 

 そう言って、ニコリと笑いかけると。

 ちょっとポカンとしていた喜多ちゃんは……ようやく、笑ってくれた。

 

「茶子ちゃん、やっぱり変わらないわね」

「そう?」

「うん。……昔から変わらず、すっごく変わってる」

 

 そう言って……。

 喜多ちゃんはステージの方へ、どこか遠くを見るような目線を向けた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 結果から言おう。

 

 推しにぶっかけられた。お酒を。

 

 

 

 話に聞くSICK HACKのサイケデリック・ロック。

 後藤さえも魅了されたそれに、期待を持っていなかったと言えば嘘になる。

 

 まぁでも、過度な期待は持たないようにしてた。

 この前見たアレアレトンジルダのライブにも特に感じるものはなかったし、多分私の音楽の感性は閉じてしまっている。

 感性っていうのは経験を経て少しずつ開き、開拓していくもの。閉じ切ったそれを1発でこじ開けるのは、なかなか至難の業だ。

 

 実際、アニメで放映されたワタシダケユウレイを聞いた時は、「確かに酩酊感があるような、それでいて綺麗に整ったような、不思議で綺麗な曲だ……」くらいの感想しか抱けなかったのだが……。

 

 

 

 生で聴いたSICK HACKは、迫力が違った。

 

 

 

 音が、体を揺らす。

 光が、脳を焼く。

 熱が、全身を燃やす。

 

 魂を持っていかれるような、おかしな世界に連れて行かれるような、そんな錯覚。

 

 

 

「おぉ……」

 

 これが、SICK HACK。

 これが、ライブハウス。

 これが、本当に一流のバンドの、生演奏。

 

 なるほど、ね。

 そりゃあ何百人の人が、何千円も払って聴きにくるはずだ。

 

 私は恍惚とした想いで、1人のファンとして、SICK HACKの演奏を聴いていた。

 

 

 

 ……で、そんな中で。

 

「うぇ~~~~いお前らぁ、楽しんでるかぁ!?

 私はねぇ、今気分最悪で~~~~す! ひゃ~、吐きそ~~! そんなわけでお酒飲むねぇ~~!!」

 

 とち狂ったセリフと共に酒を口に含んだ廣井だったが、まぁそこまではよかった。廣井きくりだし。

 問題はその直後。

 彼女は何を思ったか、恐らくは酒を口に含んだまま曲を歌い出そうとし、気道に入ったらしく……。

 

「ばぢがっぶべっ!!

 

 めちゃくちゃに咳き込み、すっごい綺麗に酒を吹き出した。

 で、隣にいた喜多ちゃんは咄嗟に避けられたものの、音に感じ入っていた私は、避けるなんてこともできず……直撃。

 

「お゛ッ゛♡♡♡」

「ちゃっ、茶子ちゃん!?」

 

 ちょっとイッた。嘘。そんな不健全な要素はこの世界にはいらない。

 

 酒クズだの呑兵衛だのと散々こき下ろしているものの、私にとって廣井きくりという女性は、これ以上ないくらい完璧に推しだ。

 

 後藤と同じような、肝心な時にしか役に立たない属性。

 普段のにへら笑いと真顔になった時の冷たさのギャップ、そして魔性のぐるぐるお目目。

 そして素の部分は後藤と同じ陰キャで内向的な女性で、更には後藤を導いてくれる師匠ポジ。

 こんだけ要素詰まってて好きにならない方が嘘ってものでしょ。

 

 そして、そんな女性から……その、唾液が多分に入ったお酒をぶっかけられたわけで。

 それはつまり、廣井きくりの唾液が、私の全身に触れたわけで。

 

 ……これ。

 

 これさ、もしかして……。

 

 

 

 いかがわしい行為なのでは!?

 

 

 

「茶子ちゃん、大変! ほら、ハンカチ……!」

「いえ」

「え?」

「もう少し……このままで」

 

 私は顔中べとべとで酒臭い中、最高にロックなライブの中にいる恍惚と、推しに酒を吹きかけられるというどこか淫蕩な興奮に包まれて、静かに感動を感じていたのだった。

 

 ……後から考えると、女の子じゃないと許されない、だいぶキモい変態だったかもしれない。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 顔とか服を軽く拭いて、家に向かう帰り道。

 私は横を歩く喜多ちゃんに、静かに尋ねた。

 

「喜多ちゃん、今日のライブ、どうだった?」

「あ、あはは……ああいうバンドもあるのね」

 

 客に酒を吹きかけ、歌詞は飛び、テンションが上がって客の頭を踏みつける。

 廣井きくりの廣井きくりらしい奇行に、どうやら喜多ちゃんは引き気味だったらしい。

 

 ……うん、それでいい。

 私の予測した通りの反応で助かるよ。

 

「バンドマンなんてそんなものかもしれないよ?」

「え?」

「失敗したり、間違ったり、迷惑かけたり……でも、そういうのを受け入れて、それでも同じバンドのメンバーをやっていく。それこそ、家族みたいにね。

 ……なんて、楽器もやってない私が言えることじゃないけどさ」

 

 そう言って、私はすたこらさっさと逃げ出した。

 

「今日はここで。すごく楽しかったよ、ありがとう、喜多ちゃん」

「あっ……じゃあね、茶子ちゃん!」

 

 言い捨てるみたいになっちゃって、喜多ちゃんには申し訳ない。

 でも、これ以上話すと、アウトなラインに入っちゃいそうな予感がするんだ。

 

 これが今の私にできる限界ギリギリ。

 原作ブレイクしない範囲でできる、彼女の友達としての助言だ。

 

 ……これで喜多ちゃんが少しでも、あの失敗を負担に感じなくなるといいんだけどなぁ。

 

 

 

*1
バッギッボッ







 廣井きくりに酒代を貢ぎたいだけの人生だった……。



(追記)
 誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!
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