ぼざろ世界を全力で楽しみたい転生者の話   作:アリマリア

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ただし、転生者にもミスはあるものとする。

 

 

 

 どうして。

 

「嘘!? 茶子ちゃん、同じ学校だったの!?!?」

ウアッ声大きィ……!

 

 どうして、こうなってしまったんだろう。

 

 なんで、どうして、そんな、違う、こんなつもりじゃなかったんだ。

 私はただ、ただ……。

 

「そうなのね! それじゃこれから、茶子ちゃんと学校で会えるのね!」

し、知り合い……ウア、疎外感……そうです私が友達3人で歩いてると話題に交れず弾かれる後藤です……まぁ友達がいたこと自体ないんだけど

 

 ただ、推しに健やかに楽しく幸せに生きてほしいだけだったのに……っ!!

 

 

 

 ハイテンションにキターン! と、至極楽しそうに話しかけてくる喜多ちゃん。

 完全に後藤ワールドに入り込んで、作画崩壊を起こしている後藤。

 そして本気の困惑と共に、絶望感を感じながら頭を抱える私。

 

 本来ぼ喜多のサンクチュアリとなるべき倉庫前スペースで……。

 私たちは、三者三様の表情を浮かべていたのだった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 好感度の調整ミス。

 それは前世で死ぬほど経験した、ギャルゲではあるあるの失敗の1つだ。

 

 登場する攻略対象やキャラクターたちは、それぞれ固有の好感度を持っている。

 それらは主人公の行動や受け答え、ステータス、あるいは乱数によって、自由気ままに変動する。

 で、誰の好感度が誰より高いとか、あるいは誰の好感度が一定値を超えているとか、そういった条件に従ってイベントが起こったり起こらなかったり、あるいは内容が変わったりするのだ。

 ……問題は、それらがマスクデータってことなんだよね。

 

 マスクデータっていうのは、簡単に言うと、プレイヤーが知ることのできないデータ。

 どのキャラの好感度が今どれくらいか……プレイヤーたちはそれを、それぞれの体感や直感、相手の反応や服装、発生したイベントの内容、そして経験で測るしかないのだ。

 だからこそ、よくわからないイベントを踏んだ結果好感度を上げすぎてしまう、下げ過ぎてしまう……なんて、そんな失敗は大して珍しいことじゃなかった。

 

 更に、そういったゲームの中でも面倒臭い……もとい攻略の難しいキャラクターは、口調の変化に乏しくて好感度の変化が掴みにくかったり、選択肢がめちゃくちゃ難しかったり、行くところまで行くとメインキャラと双子の姉妹で一定の確率で入れ替わってデートに来る隠しキャラとかもいる。

 どんな仕様だよ。簡悔かな? エンタメに飽和した現代で出したら絶対クソゲー扱いされるわアレ。いや間違いなく名作だけどさ。

 

 ……と、そんな思い出語りはいいとして。

 最近ではそういう硬派なギャルゲも……というか体感ギャルゲ自体が減っている印象があるけど、昔は割とそういうのが多かったんだよ。

 

 前世の私……俺は、そこまでギャルゲーをやるタイプじゃなかったけど、まぁ嗜み程度には触ったことがある。コツ掴むまではソウルライクかよって思うくらい難しかった思い出。いや難しさの質は全然違うんだけども。

 

 ……で。

 そこで、私は学んだはずだったのだ。

 

 人の好感度というものは、めちゃくちゃわかりにくい上、いつの間にか読み間違えてしまうモノ。

 人とのコミュニケーションというのは、決して油断してはならないのだと。

 

 

 

 ……まさか、そんな教訓を、転生してから再度痛感するとは思わなかったけど。

 

「後藤さん、茶子ちゃんと友達だったのね! 珍しい~! 茶子ちゃん、滅多に友達作ったりしないのよ? 小学校の頃も我が道を行く! って感じで、私以外の子には辛辣だったし」

「ヘッそっそうなんですね……? え、でも灰炉さん、優しいですけど……」

「優しい? 茶子ちゃんが、後藤さんに? ……へぇ、そうなんだ」

「あ、いや、でもただの誤解かも……ていうかそうですよね、私みたいな陰キャと仲良くしてくれるわけないですよねははは……」

「え、何、どうしたの後藤さん」

 

 気付けば目の前で、将来的にラブ♡ラブ♡カップル♡♡♡ になるぼ喜多が、初々しいやり取りをしていた。

 最高♡♡♡ 百合って完成された関係も素敵だけどそこに至るまでの行程が本当に良いよね……。人生辛い事も多いけど、そういう尊く眩しいものを見るだけで生まれて来たことには意味があったんだなって思えるんだ。そういう意味でぼ喜多の発生を直に見られたのは恐悦至極。幸せ♡♡♡ もう死んでもいい♡♡♡ 嘘。まだだ、こんなところで死にたくない、私はぼ喜多の美しい物語を最後まで見届けるんだッ!!

 

 ……と、意気込んだはいいものの。

 今、その美しい物語に、クソみてーな不純物が紛れ込んでしまっているわけで。

 

 誰か、殺してください。百合の間に挟まりかけている私を処刑してください。お願い、私が私でなくなる前に、早く……ッ!

 

 

 

「茶子ちゃん?」

「ひゃいっ!」

 

 びっビックリした……! いきなり声かけるなんて驚いちゃうよ。

 

「な、何、喜多ちゃん……」

「え、茶子ちゃんまでどうしたの? 何かあった?」

 

 う、心配そうにしてくれる喜多ちゃんの優しさが心に痛い……!

 

 人の良すぎる喜多ちゃんに、これ以上心配をかけるわけにはいかない。

 私は、一瞬だけまぶたを閉じて、精神統一を図り、一瞬後には、無事に平静を取り戻した。だいじょうぶだ……わたしはしょうきにもどった!

 

「ごめん喜多ちゃん、何でもない。それで、話を戻すけど……後藤」

「ハッハイ」

「……いや、後藤が喜多ちゃんに用があるって言うから、私が付き合ったんじゃん。これはちゃんと後藤の口から言わないと」

「え、後藤さん、私に何か用があるの?」

 

 喜多ちゃんがくりくりしたお目目を向けると……。

 

「アッアッ」

 

 後藤は、その場で液状化してしまった。比較的よく見るスライム後藤形態である。

 

「えっ!? 後藤さんが溶けちゃったわよ!? 何、どういうこと!?」

「大丈夫、後藤ですから」

「え、あの、茶子ちゃんっ!?」

 

 まだ後藤に不慣れな喜多ちゃんをなだめて、私は液状化した後藤に「後藤は偉いねー、大丈夫だよー、覚悟して来たんだもんね、喜多ちゃんに声、かけられるよねー?」と語りかける。

 すると間もなく、床に広がっていた後藤はうぞうぞとうごめき、ゆっくりと人の形を取り戻した。

 

 ……なんか、こういう光景を見てると、やっぱり後藤は人間じゃないんだなぁって感じるよね。

 いや、別に差別とかそういうんじゃなくて、単純に物理的な事実としてね。人間というのは突然破裂したり液状化できるように作られてはいないんだよ。

 後藤、マジで何なの? 今度DNAとか提供してくれないかな。しかるべき施設で研究してみたい。

 

 

 

 少しして、無事に人としての姿を取り戻した後藤は、「?????」と頭をクエスチョンマークで埋めている喜多ちゃんに対して……勇気を振り絞り、声をかけた。

 

あっ、あのっ!!

「うおっ声でかっびっくりした」

「あっすみません……。えっと、あ、今自分のバンドのギターボーカルを探しててソノキタサンギターヒケルッテキイタノデ……」

 

 後半すごい小声な上に、聞き取りづらいレベルのとんでもない駆け足だったけど……。

 うん、後藤、頑張ったね。偉い! お小遣いあげたい!

 

 また後藤が1歩を踏み出してしまった……私の推し、あまりにも偉すぎる。よっ、名誉国民! 名誉人類! 今年からノーベル賞は廃止して後藤ひとり賞を創設!

 

 

 

 ……しかし、たとえ後藤が本当の本当に勇気を振り絞って頼んだところで、相手がそれを受け入れてくれるかどうかは別の話だ。

 喜多ちゃんはその話を聞いて、彼女にしては珍しく眉根を寄せていた。

 

 そして……1つ、後藤に尋ね返したのだった。

 

「誘ってくれる気持ちは嬉しいけど……先に、後藤さんが所属してるバンドの名前を聞いてもいい?」

 

 それを聞いて、浮かれていた私は、一気に現実に叩き落とされる。

 

 ……そうだよね。

 そう、なっちゃうよね……。

 

「えっ、あっ、結束バンドですけど……」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 原作での、喜多ちゃんがSTARRYを再度訪れるまでの流れを確認しよう。

 

 原作には当然ながら私なんかいないので、後藤は1人で喜多ちゃんの下を訪ねることになる。

 が、自分からコミュニケーションを取るという負荷に耐えきれなかった彼女は、突然のヒューマンビートボックスを披露した後、彼女のクラスから逃げ出してしまうのだった。

 

 本来はそこで物語が終わり、「ぼっち・ざ・ろっく! 完」となってもおかしくなかったんだが、底なしの優しさを持つ喜多ちゃんが追いかけてくれたことで無事に続行。

 ぼっちスペースでギターを弾き語りしていたところを目撃され、感動~! 後藤さんt……ギター上手いのね~! と喜多ちゃんが後藤のすごさを認識する。

 

 そこで好感度が上昇したおかげか、ちょっとは話せるようになった後藤。

 改めて、バンドに入ってほしいと頼む彼女に対して、喜多ちゃんは「私ギター全く弾けないのよね」と非常に共感できる言葉を漏らし、虹夏ちゃんや山田にきちんと頭を下げるためにも、後藤にギターを教えてもらうようにお願いする……。

 

 しかし後藤は今日の放課後もSTARRYでのバイトがあるわけで、易々と頷くこともできない。更に言えばあまり知らない人にギターを教えるとかコミュ障にとっては割と地獄だ。

 なので断ろうとしたんだけど……喜多ちゃんの押しは非常に強く、バイトの後でいいから教えてほしい、一緒に付いて行くからと必死に頼み込む。後藤は断り切れずに了承。陰キャはNOと言えないからね。

 

 このようにして、喜多ちゃんは後藤の所属するバンドの正体も知らないまま、その拠点であるライブハウスSTARRYに向かうことになり……。

 その道中で、大量のエナドリを抱えた虹夏ちゃんと遭遇することになる。

 

 そこで喜多ちゃんは初めて、後藤が所属していたバンドが彼女の古巣である結束バンドであると知り、悲鳴を上げるのだった……。

 

 ……と。

 これが原作における、喜多ちゃんがSTARRYに至るまでの流れだ。

 

 

 

 改めて、転生者・灰炉茶子にとっての最上目標は、「原作の踏襲」だ。

 原作通りの尊い流れややり取りを観測すること。これ以上オタクが望むことなんてあるわけがない。

 そのために、それを楽しむために、私は自分の人生の全てを使ってきたんだから。

 

 が。

 その目論見は、今、完全に崩れ去ったと見ていいだろう。

 

「結束バンド……」

 

 喜多ちゃんはその言葉を噛みしめるように、口の中で呟く。

 

 そんな様子を見ながら、私は内心で絶望感と焦燥感に浸かっていた。

 

 ……どうしよう。

 どうしよう、どうしよう、どうすればいい。

 

 この段階で、つまりSTARRYに向かう道中で虹夏ちゃんと会うより以前に、喜多ちゃんが後藤の所属バンドを知ってしまうなんて……。

 

 喜多ちゃんはSTARRYに対して忌避感を覚えてる。

 後藤が所属しているのが結束バンドであると分かった以上、もはやSTARRYに向かうことはないだろう。

 

 こんなはずではなかった。

 原作の進行を壊す気なんてさらさらなかったんだ。

 なのにどうして……どうしてこんなことに……。

 

 好感度の調整ミス。これが致命的だったことは間違いない。

 でも、どこが悪かったんだ? 私はただ、普通に後藤(推し)を甘やかしていただけなのに……!

 

「…………はぁ」

 

 ははは……終わりだ。

 結束バンドもぼっち・ざ・ろっく! も、全部終わりだ。

 私はもうあの尊い流れを見る事叶わないんだ……。

 しかも全部自業自得ですよ、はは……マジで死のうかな……。いや、それは両親に申し訳ないな……取り敢えず帰ったら、身辺整理だけでも済ませとこう……。

 

 

 

 そんな風にレイプ目になっていた私は……。

 

 

 

 ……考えてみれば、喜多ちゃんを舐めていたのかもしれない。

 

 

 

「…………ごめんなさい、後藤さん。私、そのバンドには入れない」

「ア、ソ、ソウデスヨネ……すみませんこんな陰キャが調子に乗って……」

「でも、良ければ一緒に行ってもいい? ……そのライブハウスに」

「ウェ」

「……え?」

 

 

 

 事態は私の想定を外れ、けれど私の望み通りに。

 喜多ちゃんはなんとか、STARRYを訪れてくれることになったようだった。

 

 

 

 ……え、なんで?

 

 

 

 いや、なんでかはわからんけどヨシッ!!

 原作続行、確定!!!

 良かったぁ、安心したぁ……!

 

「ふぅ……」

「ん? どうしたの、茶子ちゃん?」

「え、いや……うん、少し安心しただけだよ」

「……ん、そうだよね。ありがとう、茶子ちゃん」

 

 …………? え、なんでそこで「ありがとう」なんだ?

 特に喜多ちゃんに感謝されるような覚えはないんだけどな。むしろ変に原作に介入しちゃった分、殴られてもおかしくないまであるのに。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 その後も、若干の原作改変はあった。

 

 

 

 例えば、喜多ちゃんがSTARRYに赴く覚悟を固めたことで、後藤の無理くりな勧誘がなくなり、虹夏ちゃんが山盛りのエナドリ購入する展開は避けられた。

 

 いや正直、これに関してはちょっと安心したところもある。

 虹夏ちゃんはあの時、どうやらエナドリを箱買いしてたっぽかった。本数に直せば少なくとも10本以上なわけで、その値段は2000円を超えていたはずだ。

 

 私からすれば「たかが2000円」と思わなくもないけど、「女子高生にとっては1000円でも結構な負担になる」みたいな話、この前虹夏ちゃん自身がしてたからね。彼女の負担が減ったのは喜ばしい。

 というか1000円でも負担になるって愚痴ってたくらいなのに、後藤のわけわからん言葉に精一杯応えた結果2000円以上を笑顔で出費できるの、虹夏ちゃんマジで人が好いよね。流石は結束バンドのママであり下北沢の天使、For the blind, she is vision.

 

 

 

 他には、現時点で喜多ちゃんが実はギターを弾けないことを後藤が知らなかったり、逆に後藤のギターがバチクソに上手いことを喜多ちゃんがまだ知らなかったりという違いもある。

 何事も原作通りとはいかないね……。

 

 ……まぁでも、この辺りは喜多ちゃんが結束バンドに入ってくれればじきに解決するだろう。

 そこまで緊急性が高い原作改変ではないはずだ。いや原作改変に緊急性の高い低いもない気もするが。

 

 喜多ちゃんがSTARRYに行くってことは、我らがヒーローが彼女の心を救い上げるってことでもある。

 自分の手に触れた相手の指先の感覚というめちゃくちゃ百合っぽい文脈で、後藤は喜多ちゃんの頑張りに気付き、声を上げるのだ。

 

 ……良かった、本当に良かった。

 私のせいで変に歪ができかけてたけど、これで問題はなくなった。

 喜多ちゃんの心はこのまま、ヒーローに救われてくれるはずだ。

 ついでにそこで、ぼ喜多の芽生えも始まる。絶対見たいなその瞬間。

 

 

 

「ふぅ……」

 

 STARRYに向かう後藤と喜多ちゃんの後を追いながら、私は改めて安堵のため息を吐く。

 

 転生者というノイズのせいで結束バンドが崩壊するっていう、最悪の展開は回避した。

 ……し、したよね? うん、したはずだ。きっと。

 

 完全に原作沿いというわけではなくなってしまってるけど、私が許容できるレベルで大筋に沿った進行にはなっているはずだ。

 

 それに、心の底から安心する。

 はぁ……もう、心臓に悪いったらない。本気で死を意識したわあの瞬間。

 

 結局、後藤の好感度が異様に上がってしまった原因は何だったんだろう。

 私はオタクとして、普通に推し活していただけだ。気持ち悪いと思うことはあっても好感を覚えることはないはず。

 それなのに、後藤は何故か私を頼って来た。ただのキモいバイト仲間であるこの私を。

 

 その理由は、一体……?

 

 ……むぅ、駄目だ、皆目見当もつかない。

 もしかしてバグか? 好感度が0を下回ってマイナスになるとオーバーフローするバグが発生してる? こんにちwarならぬこんにちloveなの? 後藤に愛されるとか嬉しすぎて逆に吐き気してきた。最高。

 

 ……とか、そんな呑気なこと言ってられないよなぁ。

 このバグの早期解消を目指さないと、これからも原作崩壊が発生しかねない。そのためにはまず、そもそもの抜本的原因の解明を……。

 

「茶子ちゃん? どうしたの?」

「はっ、灰炉さん……?」

 

 ふと視線を上げると、少し先で私の推し2人がこちらを心配そうに見ていた。

 

 ……あー、駄目だ。駄目駄目。

 何やってんだ私、推しにこんな顔させたくて生きてるわけじゃないだろうに。

 

 そう、灰炉茶子の目的は、この世界を全力で楽しむ事。

 推しを全力で推し、尊い原作を崇め、好き放題に生きることだ。

 その中に、推しに不安そうな顔をさせる、なんて項目はない。

 

「すみません、少し考え事を。今行きます!」

 

 私はそう言って、努めて笑顔を作り、2人に駆け寄った。

 

 考えるのは後回し。

 今はとにかく、目の前のイベントを楽しまなきゃ!

 

 

 

 * * *

 

 

 

 当然のことだけど、後藤からのわけのわからん要請がなかったため、大量のエナドリをその腕に抱えた虹夏ちゃんと山田が現れることもなく。

 後藤、喜多ちゃん、そして私の3人は、無事にSTARRYに辿り着いた。

 

「あっ、ここです、STARRY……」

 

 後半は街行く人々に怯えて私の腕にしがみ付いて来ていた後藤(小動物みたいでめちゃくちゃ可愛くて思わず鼻血を出してしまって喜多ちゃんに心配された)がちょびっと入口の方を指差す。

 

 その横で、喜多ちゃんは……。

 

「……うん、知ってる」

 

 眉を寄せ、唇を結び、珍しくその表情を歪めていた。

 

 ……そうだよね、怖いよね。

 彼女はこのSTARRYに忌避感を持ってる。自分のせいで先輩たちに迷惑をかけたと思い、心理的にここを避けたがっている。

 

 だから、怖いだろう。

 ここに来て、2人に責められるのではないかと、そう思ってしまうだろう。

 

 ……でも、きっと。

 あの時一歩を踏み出せた喜多ちゃんなら、大丈夫だ。

 

 彼女は今、その失敗と自責に決着を付けようとしている。

 彼女の旧い知り合いとして……せめて、私にできることは。

 

「喜多ちゃん。……傍で見守っています」

「……うん、ありがとう、茶子ちゃん」

 

 私の言葉が最後の一押しになったのか。

 後藤が可愛らしく首を傾げる横で、喜多ちゃんは少しだけ震える指先で、STARRYのドアノブを握った。

 

 

 

 当然ながら、急遽彼女が来ることになったとしても、STARRYの様子は変わらない。

 いつも通りの少し薄暗い店内、階段を下った先の受付で私たちを迎えたのは……。

 

「あ、チャコとぼっち……と、郁代?」

「っ、先輩……」

 

 ……うわー、ファーストエンカウントが山田かぁ。

 

 喜多ちゃんが、恐らく最も罪悪感を抱いているであろう相手、山田リョウ。

 彼女は今日も眠たげな金の瞳を、しかしいつもより少しだけ見開いて、こちらに向けてきている。

 

 ちらっと横を窺うと……喜多ちゃんはものの見事に固まっていた。

 その表情には恐怖と僅かな高揚が伺え、その目には涙まで浮かべてしまっている。

 そして……。

 

「何でもしますからあの日の無礼をお許しください! どうぞ私をめちゃくちゃにしてくださぁい!」

 

 そう言って、彼女はその場に土下座したのだった。

 

 ……多分これからの一生で、今日ほど床を掃除しといて良かったって思える日は来ないだろうな。

 

 

 

 喜多ちゃんの来襲により、ドリンクカウンターの掃除をしていた虹夏ちゃんを交え、第二回になる結束バンドのメンバーミーティングが開催された。

 

 山田と虹夏ちゃんはバイトの時間だったんだけど、私から店長にお願いしたら「今日だけだからな」とサボリを黙認してもらえた。

 身内に優しい……っていうのもあるだろうけど、その表情には「ここで不和を解消するのが虹夏のバンドのためにもなるだろうし」って書いてあったね。

 流石は店長さん、時に厳しいことはあれど、本当に優しいお姉ちゃんだと思う。

 

 

 

 ……で、それはいいんだけども。

 問題は……。

 

「あの、どうして私までここにいるんでしょうか」

 

 そのメンバーミーティングの席に、何故か私も座っているってことだ。

 

「えー、だって喜多ちゃんを連れて来たの、チャコちゃんでしょ?」

「いやそれは後藤です」

「え、ぼっちちゃんなの!?」

「あっいやハイロサンデス……」

「後藤、圧に負けないで。あなたの功績は誰が何と言おうとあなたの功績なんだから」

「まぁどっちでもいいんだけどさ、ほら、ぼっちちゃんあんまり話すの得意じゃないでしょ? チャコちゃんに通訳……えと、助けてもらおうかなって!」

 

 虹夏ちゃん、ちょっと後藤のことめんどくさいって思い始めてる片鱗出ちゃってるって。

 ……でもまぁ確かに、後藤や興奮してる喜多ちゃんに任せると話が長くなっちゃうか。

 

 それに……。

 

 くい、と。私の右腕の袖が引っ張られる。

 それを握っているのは、ちょっと不安げな表情をした後藤ひとり。

 まったく、こんなあざとい仕草をどこで覚えて来たんだか。その程度で私の心を動かそうなんて随分と重く見られたものだ。よーしおじさんぼっちちゃんのために頑張っちゃうぞー!! 

 

「わかりました。でも、私にもバイトありますし、ちょっとだけですよ」

 

 ……自分で言っておいてなんだけど、ちょっとだけで済む気がしないなぁ、今回。

 

 

 







 ゴズ君きらい



(追記)
 誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!
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