ぼざろ世界を全力で楽しみたい転生者の話   作:アリマリア

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ただし、そのバンドは聖人揃いであったとする。

 

 

 

 春も過ぎ、徐々に梅雨が近づいて来た某日、ライブハウスSTARRY。

 私は結束バンドの4人に囲まれ、推し粒子濃度の高さに溺れそうになりながら、必死に状況を説明した。

 

 私の知る情報は、多い。

 ぶっちゃけ今ここにいる誰よりも、私は状況を理解しているだろう。

 

 なんてったって私には、転生前に読んだ原作知識があるわけで、この世界のことは神聖五文字(原作者先生)の次に理解しているつもりだ。

 

 ……けど、知ってることを馬鹿正直に言うわけにもいかないってのが、原作知識アリ転生者ライフの難しいところ。

 

 灰炉茶子は普通の人間じゃない。

 色々あって転生してきた、「ぼっち・ざ・ろっく!」ファンの元オタク君だ。

 前世では原作を読んだり見たりしているから、結束バンドメンバーのことや、ここから先に発生するイベントなんかはよく知っている。

 ……いや、実のところ喜多ちゃんの家族構成さえも知らないんだけど。いつになったら明かされるんだよ喜多ちゃんの家庭環境。

 

 と、それはともかく。

 原作知識アリ系転生者にはままあることだけど、「灰炉茶子の持つ情報」と「灰炉茶子の持つべき情報」の間には、大きな隔たりがあるのだ。

 

 だから、今言えるのは……精々、喜多ちゃんや後藤との関係をそれぞれに伝えることと、山田や虹夏ちゃんにこれまでの経緯を伝えるくらいだろうか。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 私と喜多ちゃんの関係を端的に表せば、小学生の頃にちょっとすれ違っただけのほぼ他人……。

 って言おうとしたら、何故か喜多ちゃんが表情を曇らせてしまったので、取り敢えず旧い幼馴染ってことにしておいた。

 わぁい私喜多ちゃんの幼馴染。いやどうしてこうなった。喜多ちゃんと絡むのは山田とか後藤でいいんだよ、私との間に属性増やしてどーすんだ。

 

 小学5年生の頃に出会い、ほんの2週間程つけ回され……若干交流が……ほんの少しだけ絡んだ……いや、その、まぁちょっと話す程度のそういう付き合いっていうか?

 こっちから絡みに行ったことはないんだけど、喜多ちゃんの方からすごい絡んできたからな……。推しからのアタックにオタクが耐えられるわけもなく、結果的にそこそこお話とかすることになってしまった。

 

 探偵から教わったステルス能力があれば、もうちょっと逃げられたと思うんだけど……当時は2度目の人生だりーってだらけてたからなぁ……。

 

 

 

 で、一方。

 後藤との関係は、同級生だ。

 

 まぁ同級生って言っても、別に殊更話したりとかはしないんだけど……。

 って言おうとしたら、今度は後藤が「はは、話しかける価値もない人間ですみません……」と落ち込んでしまったので、まぁ時々話したりする友達ってことにしておいた。

 私、推しの悲し気な顔に弱すぎる。自分の意志薄弱っぷりが辛いよ。

 

 喜多ちゃんとはたった2週間+彼女が初ライブから逃げ出すまでの2週間程度の付き合いだったけど、後藤との付き合いもそこまで長いわけじゃない。

 私が一方的に観察していたのはともかく、交友を持ち始めたのは彼女がSTARRYに来て以来なので、それこそまだ1か月も行かないくらいか。

 

 そう考えると、私の喜多ちゃんとの接点と後藤との接点、大体同じくらいなのか。

 ……1か月も友達してるのにクラスで話しかけないの、やっぱりちょっと不自然かな。今後は適度に話しかけてみよう。後藤が調子に乗り過ぎない程度にね。

 

 

 

 これらが、後藤と喜多ちゃんとの関係だ。

 ……うん、ぶっちゃけ交友のクソ薄いただの知り合いって感じだね。わざわざ話す必要あったかこれ。

 

 さて、後、話すべきは……。

 私が知っている、これまでの経緯かな。

 

 

 

 今日の昼休み、私は突然やってきた後藤に頼まれて、結束バンドのギターボーカル勧誘に同行することになった。

 そうして後藤と共に向かった先、同学年のクラスにいたのは、驚くべきことに喜多ちゃんだった。

 そう、驚いたことに、私や後藤と喜多ちゃんは同じ高校だったのだ!

 

 ……うん、まぁ私は知ってたんだけども。

 むしろ知っているからこそ、原作の流れをぶち壊さないように必死に彼女の目を逃れまくっていたわけで……。

 その努力も、後藤の一手で簡単に水泡に帰したんだけどね、ははは……。

 

 さて、話を戻して。

 同行していた私は、彼女が結束バンド(仮)の元ギターであること、初ライブから逃げ出しちゃったことを知っていたんだけど……。

 私がそれを知っていると理解した上で、喜多ちゃんは「バンドには加入できない。けど一緒に行かせてほしい」と願った。

 それを聞いて私は、彼女がいよいよこの問題に決着を付けようとしていると判断。

 この提案を受け入れ、後藤や喜多ちゃんと共にここまで来たのだった……。

 

 以上。

 これが、虹夏ちゃんと山田に伝えるべき、ここまでの経緯になるだろう。

 

 

 ……いや、改めて考えると、やっぱり私いらないな、これ。

 

 「ぼっち・ざ・ろっく!」の世界に、転生者やチートは不要だ。

 だってあの作品は、その世界の中だけで、十分すぎるほどに完成しているんだから。

 

 例えるなら、この世界は芸術性の高い絵画のようなもの。

 そこに置かれた()出来事()空気感()、その全てが意味を持って絡み合い、1つの美しき世界を織りなしている。

 

 そんな完璧に調節された美しさの中に、私っていう余計な線や色が加われば、それはノイズであり無駄に他ならない。

 

 つまるところ、私の存在は、この世界の完成度を著しく下げることに繋がってしまうんだ。

 

 だからこそ、私は慎みを持って生きることが大事なのだと肝に銘じた。

 推しの間に挟まってはいけない。尊い物語に乱入なんてしてはいけない。

 私はあくまでも、降ってわいた1人の何の変哲もないモブとして、彼女たちの物語を横から眺める。

 それくらいが、2度目の人生の適切な楽しみ方なんだろう。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ……そうして、モブ人生を受け入れたっていうのに。

 なんで私は今、結束バンドの面々に囲まれてるんだろうな……。

 

「へー! 喜多ちゃんがぼっちちゃんとチャコちゃんと同じ学校……。なんか運命感じちゃうねぇ」

「いやこんなモブと一緒になってもそんなのただの偶然でしかないですし全然これっぽっちも運命を感じるところはないんですよ全く以て特殊なことではないのです」

「え、何、どうしたチャコちゃん」

「いえ何でも……」

 

 とにかく、私の知る事情はそんなところだ。

 ここから先は、彼女に……喜多ちゃんに話を聞かなければならないだろう。

 

 私がちらりと喜多ちゃんの方に目をやると……彼女は既にこっちを見てて、決意を秘めた顔でこくりと頷いた。

 よし、ちゃんと話せるっぽい。

 

 針のむしろだと思うけど、頑張れ、喜多ちゃん。

 

 彼女は一度深呼吸した後……ゆっくりと、その口を開いた。

 

「ごめんなさい、先輩。あの日、逃げ出しちゃって。私……」

 

 

 

 そこから先語られたのは、私の良く知る事情だった。

 

 山田の顔に惚れて、ギターを弾けないのに衝動的にバンド加入を申し出、嘘を真にするためにお小遣いを前借りしてギターを購入。

 けれどいくら練習しても上手くならず、迫って来る期限と先輩たちに迷惑をかける可能性に怯え、ついには初ライブから逃げ出してしまった、と。

 

 それを聞いて、結束バンドの黄色と青色のお2人は「なるほど、そういう」って反応だったけど……。

 彼女を連れて来たご本人である後藤は、ようやく赤色の少女が何者だったのかを理解して、「ウェッ!?」と面白い悲鳴を上げて困惑していた。

 

「えっ、じゃあ前にバンドにいた、逃げたギターって……」

「……うん、私のこと」

「いやぁ、すごい偶然だねぇ。まさか新しく入ってくれたギターであるぼっちちゃんが、消えちゃったギターの喜多ちゃんを連れて来るなんて」

 

 そう、結束バンドの2人のギターの内、ストーリー開始前に逃げたギター。

 それがこの赤髪陽キャガール、喜多郁代だ。

 

 行動は衝動的でロックなくせして、そこで生じた責任とか迷惑から目を背けられる程に器用でもなく、残酷にもなれない。

 彼女はそういう、すごく苦労するタイプの人間なんだ。あぁ守ってあげたい♡♡ この世の全ての悪意から守ってあげたいよ♡♡♡ でも彼女の王子様枠は既に後藤ひとりで埋まっているので、転生者風情の出る幕はねーのである。惨憺。

 

 

 

 そんなわけで、喜多ちゃんの解説により結束バンドメンバーは……というか虹夏ちゃんと山田は、ある程度の事情を呑み込んだようだった。

 

 ……ふぅ、色々と原作から逸れてしまった部分はあったけど、これでようやく本筋に合流か。

 本当に肝が冷えたわ。無事に戻って来れて良かった良かった。

 

「へぇ~。喜多ちゃん、ギター弾けなかったんだ」

「……はい」

「なるほど、だから併せの練習頑なに避けてたんだねぇ」

 

 確認を取る虹夏ちゃんの声に、怒りの色はない。

 ただ「なるほどね」っていう理解と、「それなら仕方ないかな」っていう納得の響きだけが籠っていた。

 自分にとって、そして結束バンドにとって大事な初ライブを駄目にされかけたっていうのに……それでも彼女を怒らせるには至らないんだ。

 

 いやぁ虹夏ちゃん、聖人すぎるでしょ。流石は下北沢の大天使。

 彼女、何をすればガチギレするんだろうな。その聖人度は、人類にはまだ早すぎるのかもしれない。

 

 

 

 一方で山田の方は……。

 

「突然音信不通になったから心配してた」

「先輩っ!」

「チャコから生きてるって聞いてはいたけど、全然返信返ってこないし、マグロ漁船に乗せられてるのかと思った」

 

 もしそんなことになってたら、流石に連れ戻してたけどね。喜多ちゃんにそんな危険度の高い仕事させられないって。

 

 というかオイ山田、どこからマグロ漁船って発想出て来た?

 もしかして、将来的に金欠になったら漁船に乗るつもりでいる? お母さん許しませんよそんなこと。

 いやマジな話、あれ心身ともにキツいからあんまりおススメしないよ。全然陸地踏めないから帰ってきたら三半規管とか色々おかしくなるし、嵐と整備不良で船が難破して海に放り出されたりするし。ソースは数年前の私。

 

 

 

 とにかくそんな調子で、(後藤を除く)結束バンドのお二方は、喜多ちゃんの話を聞いても、あの日にかけられた迷惑に憤るようなこともなく、割と落ち着いていた。

 

 ……あるいは、そんな態度こそが、喜多ちゃんを不安にさせたのかもしれない。

 彼女は少し戸惑ったような表情で、おずおずと切り出す。

 

「あの……怒らないんですか?」

 

 彼女自身の罪悪感から来る疑問に対して、けれど虹夏ちゃんはニコリと笑い、目線だけをちらっと後藤の方に向けた。

 

「気付かなかったあたしたちにも問題あるし……それに、あの日はなんとかなったしね?」

 

 んんんん~~~!!!♡♡♡ 信頼! 芽生え始めた信頼を感じる!

 あの日自分を救ってくれたヒーローへの感謝と信頼……!

 そう、これ! これですよ! 私がずっと見たかったのは、虹夏ちゃんのこういう瞳なんだよなぁ!!

 

 ふぅ……余は満足じゃ。もう生まれて来た意味は見つけた。ぶっちゃけ今死んだら瞬時に成仏できそう。いや結束バンドの背後霊になって永遠に後方腕組み背後霊面で皆のこと見守ってたいんだけども。

 

 ……が、その解答に満足できたのは、私と山田、後藤だけらしい。

 喜多ちゃんは目を「><(めんだこぼっち)」にして、必死に頼みこむ。

 

「でっでも! それじゃ私の気が収まりません! 何か罪滅ぼしさせてください!」

「そんなこと言われてもなぁー……」

 

 虹夏ちゃんは、とっくにそれを許してる。山田はそもそも気にもしてない。後藤に至ってはイマイチ実感はないだろう。……私? いや推しに怒りとか持つわけないでしょうに。

 

 喜多ちゃんにはもう、償うべき相手はいない。

 理屈の上では、もう彼女は謝る必要も罪滅ぼしする必要もないのだ。

 

 だからこれは、道理ではなく、喜多ちゃん自身の罪悪感の問題だ。

 

 彼女はあの初ライブの日以来、ずっと「大事なライブから何も言わず逃げてしまった」という罪悪感を抱き続けていた。それは彼女の中で、どんどん肥大化してしまったのだろう。

 

 それなのに、一言さえ叱られるようなことすらなく、受け入れられてしまった。

 ……それじゃ、罪悪感を払拭することもできないんだろうね。

 

 ロジックじゃなくてパッションの部分で、喜多ちゃんはこのハッピーエンドに納得できていないのである。うーん、人の感情ってなかなか難しい。

 

 

 

 ……で、ふとそんな彼女にかかったのは、全く予想外のところから届いた声。

 ドリンクカウンターで気だるげにノートPCを叩いていた星歌さんのものだった。

 

「じゃあ今日1日ライブハウス手伝ってくんない? 忙しくなりそうだから」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 さて、そんなこんなで、喜多ちゃんが1日限りのSTARRYバイト隊入りを果たした。

 

 ……果たした、んだけど。

 

「ふんふんふんふーん♪」

 

 そう言って、モップをかける喜多ちゃんは……。

 

 今、メイド服を着ているのだった。

 

 

 

「ん゛ん゛ん゛ん゛ッ゛ッ゛!!」

「チャコちゃん!?」

 

 

 

 吐血した。

 いや、吐きそうになったけどかろうじて耐えた。推しが掃除する予定の床に汚れを増やすわけにはいかんでしょ。

 

 くっ、流石は喜多ちゃん、まさかただの視覚情報だけで私の処理機能をオーバーフローさせ、過負荷で傷を負わせてくるとは……!

 流石は映えのためなら火炎瓶を投げる少女、火力が高いぜ!

 

「え、何、どうしたの?」

「いえ……喜多ちゃんの可愛さに驚いて、思わず」

「……チャコちゃん、なんか時々おかしくなるよねぇ」

 

 いやもうこれでおかしくならない方がおかしいでしょッ!!

 

 可愛らしくレースの付いたホワイトブリム、クラシックで飾り気の少ないシンプルなメイド服。

 それらはまさしく、働く者のための完全なる衣服。喜多ちゃんのスリムでスタイリッシュなスタイルが鬼のように映えるッ……!

 

 そう、ペターン! はステータスだ、希少価値だ!

 決して貶すことなかれ、それは一見にしてただ持たざる者のように思えど、たとえ局所的だとしても、確かな価値を持つのだから。

 

 いやマジで喜多ちゃん美少女すぎ♡♡♡ メイド喫茶なら一瞬で頂点取ってる♡♡♡ 欲を言うならモノクルかけてほしい、そうすればどちゃくそ優秀そうなメイドの完成♡♡♡ 中身は可愛い系なのに見た目はクール系なのギャップエグすぎて吐きそう。

 

 あああぁぁぁぁぁマジで好き好き好き好き喜多ちゃん好きすぎる……eternal big love……推したいしております……♡♡♡

 

 

 

 突如としてSTARRYに舞い降りたスーパー美少女メイド、大天使キタリエル。

 一説には大天使ニジカエルと並ぶ四大天使の一角と言われ、光とぼ喜多を司る彼女は、当然ながらSTARRYの皆にも受けが良いみたいだ。

 

「アイツ臨時なのに使えるなぁ」

「ホント! 喜多ちゃん手際良いねぇ~」

「惰眠をむさぼる時間までできてしまった」

「時給から引いとくな」

 

 そうでしょうともそうでしょうとも!

 喜多ちゃんはギターを触り始めてほんの半年程度で、下を見ずにギターを弾き、更には同時に歌うことまでできるようになった実績持ち。

 

 その要領の良さは、なんなら結束バンドの中でも最上位と言っていいかもしれない。

 ちなみに要領の良さランキング最下位は間違いなく後藤。どうやったらちゃんと勉強して選択問題で0点が取れるんだ。きようさ逆V?

 

 しかし、やっぱり推しが褒められると気分が良いねぇ!

 今の私は余裕があるので、何と~! 山田にお金を、2万もあげちゃいます!

 

「は? なんで?」

 

 

 

 更には、いつものメインメンバーだけじゃなく……。

 PAさんには頭をクンカクンカされ、「良い匂いしますねぇ」と言われたり。

 照明さんには「気持ちの良い笑顔ですね!」と親指を立てられたりもしている。

 

 いや、PAさん、女子高生の頭皮すんすんするのはちょっと……。

 ……まぁ、PAさんも可愛いからヨシ! いわゆるただし美人に限るってヤツだ。

 

 

 

 で、そんな良い匂いするし愛想も良いしありえん美少女だしメイドだしその上要領まで良い、パーフェクトガール郁代ちゃんが受付に回される一方で……。

 まだ受付を教わってもいない後藤は、ごみ箱の中に入って「その日入った新人より使えない駄目バイトのエレジー」を奏で始めてしまった。

 後藤の体から魂が抜け、天へと昇っていく。へぇ、魂ってやっぱり煙みたいに見えるんだ。いやぁ魂については不案内なので勉強になりますね。

 

 しかし、うーん……流石に不憫だな、後藤。

 彼女が落ち込んでいる姿なんて見たくはない。今すぐにでも撫でまわしたい、褒めちぎりたい……!

 

 いやでも、こうして喜多ちゃんへの劣等感をチャージするのもぼ喜多ポイントですからね。ここは……ここは我慢っ……! じっと耐えるしかないのだ……ッ!!

 

 

 

 ……なんか私、この世界を自分勝手に楽しむって決めたのに、我慢してばっかりな気がするな?

 

 

 

 * * *

 

 

 

 さて、そんな調子で落ち込んでいる後藤を気遣ってくれたか、虹夏ちゃんが「ぼっちちゃんぼっちちゃん、喜多ちゃんにドリンク教えたげてよ」と言い出し……。

 後藤には、先輩アルバイターとしての名誉挽回のチャンス(笑)が与えられることになった。

 

 ……が、ドリンクスタッフは多くても2人でいいわけで。

 

 ぼ喜多がドリンクカウンターでわちゃわちゃやってる間に、星歌さんの命令の下、虹夏ちゃんは機材の確認と清掃に赴き、私は山田と2人がかりで受付に付くことになったのだった。

 

「チャコ、これメモと電卓」

「あ、電卓は大丈夫です。3桁同士の掛け算くらいまでなら暗算できますし、生まれてこの方計算ミスってしたことないので」

「えぇ……」

 

 いや、強いて言えば後藤の好感度の計算ミスはしたんですけどね。マジで何が原因だったんだろうなアレは、未だにわかんないんだけど……。

 

 閑話休題。

 今日はかなり忙しくなることが予想されているので、受付は2人で分業体制。お金やチケットの受け渡しなどの接客と、お客さんの数やノルマ等の計算を、分かれて担当する形だ。

 ちなみに当然と言うべきか、私の方が計算係。これでも結構頭は回る方だからね。接客以外は任せろーバリバリ。

 

「チャコ、グリーンマリーンズ2枚。片方は当日券」

「……はい、処理終わってます、どうぞ」

「ホントに暗算してる……」

 

 

 

 さて。

 推しと一緒に仕事ができるのは、もうこれ以上ないくらいに恐悦至極なんだけど……。

 同時、とても残念なことが1つ。

 

 この受付からは、STARRYの構造上、ドリンクカウンターの方を見ることができない。

 そう、ここに配属されてしまった以上、私はぼ喜多の尊すぎやり取りを観測することができないのである……!

 

 だがご安心めされよ、私は用意周到系転生者。しっかりと対策はしている。

 いやまぁ、対策とは言っても、別に何の変哲もないいつも通りの盗ちょ……壁に耳あり作戦なんだけどさ。

 

 うん、今も小型の骨伝導イヤホンから、しっかり音が流れて来てる。

 直接見ることはできないけど、状況自体はこれで掴めるだろう。

 

 そして視覚情報に関しても、一応店内のカメラ数点が今この瞬間も尊すぎるやり取りを記録してくれているはず。

 リアルタイムに見られないのは寂しいけど、今夜のお楽しみとしようじゃないか。

 

 

 

「アレキサンディズムが3枚、1枚当日券。アレキサンディズムってあと何枚でノルマ達成かわかる?」

「確認できてるのは当日券含めず9枚なのであと21枚ですね」

「……メモとか取ってないよね?」

「ここ数時間のことなら忘れないですよ」

 

 

 

 聞こえてくる声を聞くに、今のところ後藤と喜多ちゃんは、無事に原作通りにイベントを踏襲しているようだ。

 つい先程、後藤がコーヒーの淹れ方を実演しようとして軽く火傷し、喜多ちゃんに処置してもらっていたところ。

 

 あれ、原作のイベントとはいえ痛々しくて止めようかなとも思ったんだけど……これはぼ喜多の超超超大事なファクターだから止められないんだよね。

 幸い、あの時後藤、全然痛そうにしてなかった。多分人間とは違って直接的な高温は効かない体質とかなのかもしれない。そう思い込むことでなんとか心を守ってます。

 

 喜多ちゃんは慌てて患部である後藤のおててを冷やし、何故か偶然シンクの上に置いてあった火傷によく効く軟膏を塗り、自分のハンカチを巻きつけて、ひとまずの処理は終了。

 推し(右)が推し(左)の手にハンカチ巻いてる……。えっちだね♡♡♡ いやもう正直ぼ喜多に関係することなら全部エロく感じるな。私感性が中学生男子の頃に戻ったかもしれない。

 

 さて、そこで『あ、ありがとうございます……』と言った後藤だが、その言葉が若干尻すぼみになる。

 そう、自分の手に触れた喜多ちゃんの指先に、違和感を覚えたんだ。

 

 ……アニメでもあのシーン、すごい好きだったなぁ。

 手を撫でるっていうただの百合動作に見せかけて、喜多ちゃんの指の違和感に気付いた後藤の顔の赤みがすっと抜けて、ギターヒーローとしての顔の片鱗を覗かせる……。

 

 この作品の軸の1つであるぼ喜多を匂わせながらも、後藤の音楽への「ガチ」感を演出するというダブルミーニング。

 原作漫画の方でも同じ描写はあったんだけど、アニメではここら辺の演出が総合的に強化されててホントに良いんだ。

 原作への愛があるアニメ化は神。どうかその熱意そのままに二期も作ってはくれまいか。本当お願いしますいくらでも払うんで。

 

 

 

「…………アレキサンディズムが5枚、ミラルカンが3枚、クロロゲンスが1枚、SICK HACKが3枚、その内最後から3番目に言ったのが当日券1枚で最初に言ったのが当日券2枚、最後に言ったのが当日券なし。あ、ごめん2番目に言った当日券の枚数が1枚多かった」

「了解。前売り券は、アレキサンディズムが4枚とクロロゲンスが1枚ですね。ミラルカン……いやミラルカンじゃなくてミラルクじゃないですか? それが2枚と。それからSICK HACKって名前のバンドは、今日入ってなかったと思いますけど」

「ホントに全部覚えてる……」

 

 そりゃ直近のことくらいは憶えてますよ。これでも自称高スペック系転生者なんでね。

 

 ……正直、山田の口からSICK HACKの名前が出て来て、ビビって思考が空転しかけたのは秘密だ。

 

 

 







 9000字書いたのに、アニメで言うと3分しか進んでない。バグ?
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