さて、山田と受付でお仕事することしばらく。
私の耳に、後藤が懸命に絞り出した声が聞こえて来た。
『あっあの、もしかして喜多さんの言ってた憧れの先輩って……』
いやマジでウチの推し偉すぎ♡♡♡ アレだね、2人して黙ってると気まずいから、自分から話を振ったんだね♡ コミュ障で人と話すの苦手なのに相手を気遣って口を開くことができる、つまり言い換えれば自分の苦痛よりも相手の幸福のために行動できる、その姿はまさしく善人そのもの。推せる~~~♡♡♡
そしてそんな後藤の(文字通り)懸命な話題提供に、人の好い喜多ちゃんは当然のように乗っかるわけで……。
というか、喜多ちゃんにとっては私が推しを語るのと同じくらい楽しい話題だろうからね。そりゃあ頬を赤く染めて話に乗って来るってものですよ。
『うん……リョウ先輩。
私は後藤さんと違って不純なんだけど……先輩の路上ライブ見て、憧れちゃったんだ。
ちょっと浮世離れしてる雰囲気とか、ユニセックスな見た目とか、もう何もかもキャー! って感じで!
そして、何より楽器が様になってて……!』
うおっ喜多ちゃんにしては珍しい長文早口! やっぱり人類誰しも、推しのこと話すと早口になっちゃうんすねぇ。わかるわかる。
私としても、例えば後藤だったら、普段からピンクのジャージ一式っていう完全にファッションに気を遣ってない(ように見せて実は後藤なりのこだわりで着ているらしい)ちょっとアレな服装なのを見慣れてるからこそ、結束バンドのライブの時に着る黒T+ズボンっていうごく普通なはずのマニッシュなファッションがめちゃくちゃ映えて見えるというか、ぶっちゃけ後藤って圧倒的な美少女力を長い前髪と俯きがちなこと、そしてジャージ一式という服装でナーフしてるからそこまで目立たないってだけで、まともな服で前を向くとそりゃもうアイドルで売っていけるくらいにすごい美少女なのよ。これに気付かない世界マジ愚かよな。この節穴がよぉ。そんな圧倒的美少女がデカいギター持ってて、しかもクソ上手く弾くんだからこれはもうロマンの塊みたいなモンですよ。大艦巨砲主義ならぬ美少女デカ楽器主義。しかも後藤、真剣な時のキリッと引き締まった表情がそりゃもうカッコ良いんだわ。皆はどの真剣モード後藤が好きかな? 私はやっぱり漫画版の文化祭ライブでボトルネック奏法する時の決意キマった本気モードの後藤様♡♡♡ ぼざろのアニメに不満なんぞほとんどなかったけど、強いて言えばあの表情をアニメ化してくれなかったのは残念だったと思いますよね。私は前世から後藤様の女……いや男? 男だとなんか所有されてる感じがしないけど、とにかく後藤様の虜だったので、最推しの原作有数のカッコ良顔が映像で見られなかったのはしょぼんって感じだった。でもアニメ全体の流れとか纏め方をああいう風に持っていくなら、後藤がカッコ付けるよりも喜多ちゃんをメインにし、後藤はあくまでも後藤ひとりとして(半分罵倒)締めるのが適切だとは思うんだよね。だからアニメとしてはあれで良かったと思う。いわゆる残当ってヤツだ。その上でこれは提案なんですけど現行アニメとは別にもう1本ぼっち・ざ・ろっく! アニメ化プロジェクト立ち上げません? 今やってる方はこのままの方針で、もう1本は漫画版の色を強く出す感じの演出。それならアニメファンも漫画ファンも楽しめる神コンテンツになると思うんですけど……。
と、まぁこんな感じに長文早口オタクになるわけで。
推しへの愛情という点は、珍しく私でも喜多ちゃんに共感できるポイントだ。
山田、良いよね。良い……。
……で、喜多ちゃんがちらりと出した楽器の話だ。
後藤はユニセックスという言葉の意味もわかってない可能性があるくらいにはある意味で浮世離れした女子高生だが、こと楽器については一家言あるタイプのギターヒーロー。
自然と口から滑り出たのか、いつものように気を張った感じもなく、喜多ちゃんに言葉を返した。
『あっ、それはわかります。わ、私が持つとどうしても楽器に持たされてる感が……』
『そう! 楽器が本体みたいになっちゃう! あの感じ何なのかしらね~?』
??????????????
楽器を……持たされ……? あんなに楽器を体の延長であるかのように振り回してた後藤が、一体何を言っているんだ……?
楽器を持ってる後藤は誰より映える。あんまり他と比べて優位を付けるのは良くないこととはわかってるけど、私から見ればベースを持った山田よりギターを持った後藤の方がカッコ良く見えるんだよなあぁ。全く、自分の魅力について自覚のない人間ってヤツは困るね。
そんな感じで、最初こそちょっとだけ空気が重かった2人だけど、楽器の話を通してある程度とはいえ打ち解けと見え、普通に会話を続けられるくらいにはなったみたいだ。
時折お客さんにドリンクを提供しながらも、後藤と喜多ちゃんは会話を続けた。いや、喜多ちゃんの話を後藤が聞くって形だけども。
『演奏聞いてからリョウ先輩の活動ずっと追ってたんだけど、前のバンド突然抜けちゃって……』
『へ、へぇー』
この辺りの話は伏線と言うか、アニメで言うと4話に関連してくるお話のことだね。
割と人生舐め腐った生き方をしてる山田だけど、ああ見えて音楽に関してだけはどこまでも真摯な子でもある。
その辺が色々と拗れた結果、前のバンドとは半ば喧嘩別れになったって感じ。いわゆる音楽性の違いから脱退ってヤツだね。
人と協調すれば自分の表現が薄れ、しかし表現を貫こうとすれば他人とやってはいけなくなる。
その辺は音楽もそうだけど、なかなか難しいところだよね。
特に山田みたいなタイプにとっては……うん。めちゃくちゃキャラ濃いしな、山田……。
『その後、結束バンドのメンバー募集を知って、思わずやりたいって言っちゃって。
バンドってさ、第二の家族って感じしない?』
『家族……?』
『うん、本当の家族以上にずっと一緒にいて、皆で同じ夢を追って、友達とか恋人を超越した不思議な存在な気がして……。
部活とか何もしてこなかったし、そういうのに憧れてたんだ』
ここ、後の話に繋がる後藤の共感ポイントだ。
後藤と喜多ちゃんは、対極のような人間だ。片方は陰の陰、片方は陽の陽。言わば百合太極図。逃げれば喜多ちゃん、進めば後藤、奪えば山田ァ!
そんな関係だからこそ、彼女たちはなかなかお互いを理解し合えない。後藤は喜多ちゃんの積極性や外向性を理解できないし、喜多ちゃんは後藤の書く歌詞に込められた悲痛な叫びを理解できないんだ。
……でも、そんな対極の存在でありながらも、彼女たちには似通った部分がある。
どうにも自分には楽器が似合わないなと思ってるところもそうだし、ずっとバンドに憧れていたところもそう。
……そして、これからバンドを通して、自分を変えていきたいと思うようになるところも、そう。
彼女たちは、他人だ。決して完全には理解し合えない、永劫に1つにはなれない2つの色だ。
けれど、そこには似通った部分があり、理解し合える部分がある。
それだけで、友達に、バンドメンバーになるには十分なんだ……と。
私、原作のここら辺のロジック、めちゃくちゃ好きなんだよね。
ホントこの2人のカプ尊すぎて……もぅマヂ無理……マリカしよ……。我が王よ、王の戦士たちよ。お前たちから祝福を奪う。
* * *
「どうしたの、チャコ」
ふと、目の前でお客さんの対応を終えた山田が声をかけてくる。
「え、何がですか山田」
「いや……涙」
あ、推しカプの供給過剰で涙出てたわ。
推し成分は適度に摂取するだけなら尊すぎて死ぬくらいで済むのだが、摂取量が増えすぎると涙が出たり鼻水が出たりあまりの尊さに目がつぶれたりする。実質花粉症。これが本当の
「いえ……すみません、何でもありません。気にしないでください」
「ハンカチ使う?」
「ハンカチ持ち歩いてるんですか!?!?」
「うわビックリした。……え、持ち歩いてるけど、何」
う、わ……あの山田が、あの山田がハンカチを持ち歩いてる……ッ!?
いやまぁ、女子高生ともなるとハンカチを持ち歩いてること自体は珍しいわけじゃない。私も一応持ってるくらいだし。
でも山田だよ? 金なさすぎて道端の草を食うような女なのに、ハンカチは持ってるなんて……!
良家の、お嬢様……! これ良家のお嬢様系山田やんけ……ッッ! 好き♡♡♡
「うっ、うぇ……」
「え、何、なんで更に泣く」
「だって、山田がハンカチ持ってるのが嬉しすぎて……!」
「……訳が分からん」
山田は怪訝そうに眉をひそめ、お客さんへの対応に戻ってしまった。
なんでや! 山田が普段とのギャップでお嬢様っぽいところ見せて来たらあまりのギャップに泣いちゃうやろがい!
* * *
……と、私と山田がそんなことを言ってる間にも、ドリンクカウンターでの会話は進む。
ここから喜多ちゃんは「先輩の娘になりたかったの……!」と、この子ちょっとヤバいのかなって思うような爆弾発言をしてしまうんだが……。
してしまう、はずだったんだが。
『……それに、ここには茶子ちゃんもいたから』
『へ? 灰炉さん? ……あ、そう言えば、お2人は幼馴染だって……』
『うん、そう。とは言っても、たった2週間の付き合いだったんだけどね』
……あれ?
いや、喜多ちゃん、こんなモブの話なんてしなくていいんだよ? 素直に山田の話しよ?
『えっと、どういう、その……』
『ただの友達よ。……友達って言っても、私が一方的に絡んでただけなんだけどね。
だからこそ、再会できたのはすごく嬉しかったの! リョウ先輩と伊地知先輩とバンドをやって、その上茶子ちゃんともまた友達になれるんだって、嬉しくて……!』
…………?
なんだこれ、え、なんで私がそんな重く見られてる?
私と友達になることが、山田や虹夏ちゃんとバンドをやれることと並べられてる? まるで同価値のように語られてる?
は?
……は?
え、いや、何? ん? 意味わからん。バグ? またバグったこの世界?
喜多ちゃんにとって、私は小学校の頃にほんの2週間だけ一緒にいただけの、ただのクラスメイト。知り合い以上友達未満のモブキャラのはずだ。
彼女が私のことを覚えていたのは、単に彼女がどちゃくそ優しい最強陽キャガールだからであって、間違っても私が印象に残っていたからなんてわけがない。
そのはずなのに……。
何でこうなる? 喜多ちゃんどうした? もしかして錯乱してる?
大丈夫、おっぱい揉む? あ、私も喜多ちゃんも揉めるだけのおっぱいなかったわガハハ! ぶっ飛ばすぞボケ。
私が混乱している間にも、イヤホンの向こう側では喜多ちゃんが後藤に、静かに語り続ける。
『まぁ、だからこそ。結束バンドには入れないのよ』
『……えっと』
『逃げ出して、何もできなかったような私は……やっぱり駄目よ。ここにいちゃ』
……喜多ちゃんは、普段からそういうマイナスの気持ちを、前面に出すことはない。
彼女は自制心が強く、優しい女の子だ。鬱屈とする自分の気持ちも底の方に封じ込め、友達に笑いかけられるような子なんだ。
それなのに、今はそれを後藤に伝えたのは……自分に謝罪の機会をくれた人間だから、だろうか。
彼女の独白に対して、後藤は……。
何も、答えられなかった。
……後藤ひとりという人間は、普段から強いわけじゃない。
ずっとずっと溜め込んで、溜めこんで、溜めこみ続けて、そうして肝心な時に爆発する。
そういう、まさしく主人公って感じの人間なんだ。
だから、まだ足りない。
後藤が1歩を踏み出し、喜多ちゃんの心を救い上げるまで……あと、数時間。
* * *
そうしてその日も、何事もなくバイトの時間が終了した。
店長の言葉通り、今日はなかなか忙しかった。
今日は人気なバンドが多かったからか、いつもの4割増しでお客さんが入ったみたいだ。
まぁ、それだけお客さんが増えた割には、目立ったトラブルもなく無事に進行できたけども。
……もしかしたらこれもきらら的抑止力なのかもしれないな。きららのちからってすげー!
「じゃお疲れ、今日はもう帰っていいよー」
「「「お疲れ様でしたー」」」
「お疲れ様でーす……」
一人だけズレる後藤ひとり可愛すぎワロタ。お前も可愛いと言いなさい、これは命令です。
……と、そろそろおふざけはやめにしようか。
家族からのLOINEチェックかスマホを触る虹夏ちゃんや、荷物を纏めている山田を後目に、1人の少女が先んじてSTARRYの出口に向かう。
赤髪と金の瞳が眩しい彼女は、階段の前で振り返り、いつも通りの笑顔で……いや、少しだけ控えめな微笑を浮かべて、言った。
「今日はありがとうございました。これからもバンド活動頑張ってください、陰ながら応援してます!」
……それは。
決定的な、断絶を示すものだった。
自分はこのバンドに入れない、と。
あれだけ迷惑をかけたのに、これ以上関わるわけにはいかない、と。
暗に、彼女はそう告げている。
言葉に震えはなく、表情に陰りはなく。
心の底にある仄暗いものを、彼女は……この私から見てもわからないくらい、完璧に隠し切っている。
そうして、自分の「本当」を見せないことが……。
「第二の家族」の前では見せるべき本音を隠すことこそが、あるいは、彼女の決意なのかもしれない。
けれど……。
そんな悲しい表情が、納得できない展開が、ヒーローの心に火をくべたんだ。
「やっ……あっ、あの!」
無意識に首を振った後藤は、走り出す。
あの日、虹夏ちゃんの手を取ったように。
あの日、お客さんに笑顔を向けようとしたように。
再び、ギターヒーローが走り出す。
で、転びかける、と。
「えっ?」
あぁもう、勢い込んで走り出そうとするもんだから、思いっきり足を滑らせちゃって。
本当、肝心な時にもキメきれない、世話の焼ける最推しですよ。
思いっ切り前に倒れようとする後藤に駆け寄り、その体に手を回して、変に負担がかけないようにそっと持ち上げる。
「え? ……ひゃっ? あ、え!?」
……やべ、後藤がこけないように支えになるのには成功したけど、なんかお姫様抱っこみたいな体勢になっちゃったな。やっぱ体が小さいと、思うようにいかないよねこの辺。
いやてか顔近っ! 後藤の顔近いって! 体勢的に仕方ないとはいえめちゃくちゃな美少女顔が僅か十センチ先にあるぅ……!
いや、落ち着け私。私はただ、壁の角に頭ぶつけて本気で痛そうな声を上げる後藤という悲しい未来を防ぐために行動しただけ。
かっ、勘違いしないでよね! 私は後藤のことが大好きで、後藤を守るためにやっただけなんだからっ!
目を白黒させる彼女をゆっくりと立たせながら、私はこそっと彼女の耳元で囁きを残した。
「喜多ちゃんを、よろしくね」
「っ、はい!」
いや声でか。これ内緒話なんだから、ちょっとだけ頷くとかでいいんだよ?
さて、私の今日のタスクは終了。後は後藤の番だ。
推しを守る仕事終えた満足感と共に、私は虹夏ちゃんと山田のところに戻り……。
「お、おぉ……なんかカッコ良かったね、チャコちゃん!」
「ミュージカルの王子様役とか似合いそう。ちっちゃいけど」
からかってくる虹夏ちゃんと山田の言葉を聞き流しながら、2人の会話を聞くことにした。
あとあんまり人の身体的特徴をイジるんじゃないですよ山田。札束でビンタするぞ。
見ると、後藤は転びかけたショックからか少し顔を赤くし、ぶんぶんと頭を振っている。どうした、もしかしてヘドバンの練習か。横に振ってもあんま練習にはならないと思うけど。
それに対して、喜多ちゃんはちょっと呆けたように、私や後藤の方を見てたけど……少しして、はっと後藤に向き直った。
「後藤さん、もしかしてまだ私のことを……?
ごめんね、さっきも言ったけど、私結束バンドには入れないわ。ギターも弾けないし、何もできず逃げ出しちゃうような人間だし……」
多分、喜多ちゃんからすれば、後藤の気持ちは嬉しいだろう。
全部知った上で「自分と一緒に、結束バンドでバンドをやってほしい」と……そう言ってもらえるのは、彼女にとって何よりも救いになるはずだ。
……それが、まともな精神状態なら、の話だけど。
彼女は結束バンド(仮)の初ライブの日から長いこと、逃げ出してしまったという自分の咎から目を背けてきた。
これが、例えば翌日にでも謝って和解していれば、そうして罪を清算していれば、彼女は後藤の言葉を受け入れることができたかもしれない。
けれど……その罪を自らの心の中に抱え続けたからこそ、罪悪感はどんどん重くなり、今、彼女を押し潰してしまっている。
結果として、自分は駄目な人間なんだ。結束バンドにいてはいけないんだと……。
そう、思い込んでしまっているんだろう。
……けれど、そんなことはないんだ。
「きっ、喜多さんの左手……」
そう言って、後藤は軽く、自分の左手を撫でる。
火傷しかけた時に、喜多ちゃんがハンカチを巻いてくれた手。
……そこで触れた、彼女の感覚を思い出しながら。
「指の先の皮が硬くて……そっ、それは!」
「かなりギター練習してないとならない」
彼女の詰まった言葉を、音楽に関してはどこまでも真摯な山田が引き継いだ。
そう。
喜多ちゃんは、頑張ってたんだ。
確かに、彼女は嘘を吐いて結束バンドに入ってしまった。衝動的な行動で、山田や虹夏ちゃんに迷惑をかけそうになってしまった。
でも、人の好い彼女は、山田と虹夏ちゃんに迷惑をかけまいと、その嘘を真にしようとしたんだ。
お小遣いとお年玉の前借り2年分、30回以上のローンというとんでもない重荷を受け入れてギターを購入し、あの山田や後藤が認めるレベルで「かなり」練習し続けた。
どれだけ努力しても全く上達せず、目指した音は出ず、期限は迫り、それでも諦めずに頑張り続けた。
それは、生半可な覚悟ではできないことだ。
継続は力と言うが、まさしくその通り。苦痛も悔しさも、1度諦めてしまえば簡単になくなるのに、それでも彼女は投げ出さなかった。
私はそれを、高く評価する。
心の高潔さ、ミスに直面した時の真面目さ、困難に立ち向かう勇気。
彼女のそういった人間性が、結束バンドに相応しくないだなんて、そんなことは決してないんだ。
恐らくはそこで、虹夏ちゃんも事情を呑み込んだんだろう。
喜多ちゃんの努力、真面目さ……そして何より、結束バンドを想って行動してくれたこと。
だからこそ。
彼女は一度山田と顔を合わせてから、喜多ちゃんの方に笑顔を向けた。
「喜多ちゃんも! これから結束バンド、一緒に盛り上げてほしいな!」
明るい声を投げかけられた喜多ちゃんは、それに痛みを感じるように目を背けてしまった。
「なんでっ、私に、そんな……」
わかるよ。自分はダメな人間なんだーって思ってる時に評価されると、逆に心配になるよね。なんでこんな私が救われるんだろうって、不安になるよね。
……でも、喜多ちゃんがもたらしたのは、何も不幸だけだったわけじゃないんだよ。
「えー? だって喜多ちゃんが逃げ出してなかったら、ぼっちちゃんとも会えてなかったよ?」
虹夏ちゃんの言葉に、後藤は必死に頷く。
喜多ちゃんの行動は、確かに波瀾を生んだ。
当日、虹夏ちゃんはだいぶショックを受けてたっぽかったし、山田の方もオロオロしてた。
そういう意味で、彼女は間違いなく結束バンドに迷惑をかけただろう。
でも、そのおかげで、結束バンドは後藤と巡り会った。
人間万事塞翁が馬、何が幸運に繋がるかはわからない。
彼女の行動は……あるいは、結束バンドにこの上ない幸運をもたらしたのかもしれないんだ。
「あたしもずっとバンドやりたかったからさー、引け目感じちゃうのも、でもまだ憧れちゃうのも、気持ちわかるんだよね」
「わっ! 私もです!!」
うわ後藤声でか。
「あっ、ご、ごめんなさい、思ってたより声出ちゃって……」
……まぁ、声のでかさはさておいて。
喜多ちゃんの家庭環境はわかんないけど、彼女が第二の家族を持つこと、そこで活動することに憧れを抱いているのはわかる。
そして、恐らくその一家の長になるだろう虹夏ちゃんは、彼女の気持ちに理解を示してくれている。
そして何より……。
このバンドには、彼女の憧れの先輩がいるんだ。
喜多ちゃんからしても、結束バンドに戻りたくないわけがない。
「リョウも戻って来てくれたら嬉しいよね?」
「スタジオ代もノルマも4分割」
「! 先輩分のノルマ、貢ぎたい……っ!」
「爛れた関係が爆誕しそうなんだけど……」
わかる♡♡♡ 山田に貢ぎたいよね♡♡♡ 山田にスパチャをしている瞬間が一番生を実感する♡♡♡ レターパックで現金送れは全て詐欺だけど現金封筒で5万円程ご実家に送りつけているので後ほどお手隙の際にご確認ください。
……とと、また思考が逸れちゃった。
今は真面目モードね。
「……でも、私ギター弾けないし」
喜多ちゃんのその言葉から、あと一押しだと感じたんだろう。
虹夏ちゃんはニコニコ笑顔で、後藤の肩に手を置いた。
「大丈夫、ぼっちちゃんが先生してくれるよ!」
「えっ!?」
「いいの?」
「はっ、はいっ!」
この流れ、断り辛さが異常。言い出しっぺの法則に基づき、後藤は無事に喜多ちゃんの教育係を仰せつかったのだった。ドンマイ後藤、頑張れ後藤。
よし、これで喜多ちゃんの心理的な問題は解決!
……と。私はそう思って、油断してたんだけど。
どうにも、喜多ちゃんの表情は晴れ切らなかった。
あれぇ、なんでぇ……? また原作から外れたんだけど、どうなってるんだこれ?
そうして彼女はふと、表情には出さないまでも戸惑う私の方に目線を送って来て……尋ねた。
「茶子ちゃんは、いいの? その、こんな私が、ここに来て……もう1度、一緒にいても」
え、何? いいって……そりゃ私は嬉しいが。
……いや、彼女が求めてるのは、そんな言葉じゃないだろうな。
私は一度まぶたを閉じ、脳内で伝えるべきことを纏める。
彼女の心。考えていることの類推。伝えなければいけないこと。その文脈と言い方。
そうしてまぶたを開き、彼女を真っ直ぐに見据えて……口を開いた。
「言ったでしょ? そんなものかもしれないって。
取り返しの付かないことなんてないよ。たとえ失敗して、何かが壊れちゃったり、なくしちゃったりしても……それを修理したり、あるいは作り直して、一緒に頑張っていく。
それが『家族』で、それが友達でしょ?」
……私の家族も、そうだった。
私っていう転生者……ハッキリ言ってしまえば欠片たりとも子供らしくない破綻者を子に持って、それでも彼らは決して諦めず、私との関係性を探り続けてくれた。
だからこそ、今の私たちの関係がある。
私は家族を……流石に結束バンドとか私自身程ではないけど、世界で3番目に大事にしてる。
家族は私にちょっと呆れながらも、それでも子供として愛してくれている。
きっと、彼女たちの関係性も、そうあるべきなんだ。
誰かが間違いを犯して、その縁が千切れそうになっても、誰かが懸命に繋ぎ止めて……結束させる。
そういう在り方が、ガールズロックバンド『結束バンド』の、最大の強みなのだから。
……あるいは、私なんかの言葉でも、最後の一押しにはなったのかな。
自分の行動は当然ながら肯定されず、けれど下手に嘘を吐かれるわけでもなく、「悪い事ばかりじゃなかった」と許されて。
自分の技術不足に関しても、こっちでサポートするから、その上でもどうか来て欲しいと願われ。
ついでに、そのライブハウスのスタッフにもそれっぽく受け入れられて。
だから、喜多ちゃんは……。
驚いたように大きく口を開けて……。
それを閉じて笑顔形を取った後。
……すぐに、衝動を押し殺すために唇を結んで。
その涙を指で拭いながら、笑顔で言った。
「……ありがとう。私、頑張る。結束バンドのギターとして!」
それがきっと、彼女たちが結束し始めた時。
物語が、岩のように転がり始めた瞬間だった。
* * *
それから、後藤が最大の功労者として皆に讃えられ、もっと褒めてモードに突入したので、お望み通り死ぬ程褒め倒したらマジで死んでしまって慌てたりした後。
ふと、喜多ちゃんが少しだけ不安そうに言葉を漏らした。
「でも私、いくら練習しても本当にギター弾けなかったの。なんかボンボンって低い音がして……」
あっ。
いや、その、喜多ちゃん……えっと……。
「えっ、そ、それ、ベースじゃあ……」
「私そこまで無知じゃないって~! ベースって、弦が4本のヤツでしょ?」
そう言って、彼女は背負っていたギター? ケースを開いて見せた。
そこには……うん、やっぱ素人目には見分け付かんわこれ。弦もしっかり6本あるし。
「ほーら、ちゃんと6本あるでしょ?」
「げ、弦が6本のヤツとかもあります……」
「それ、多弦ベース」
「え?」
……お労しや喜多上。
ギター(ベース)と私たちの間で視線が動く度、どんどん目が濁っていく。
「カ゜」
うわ喜多ちゃんから出たとは思えないすごい声♡ でもそんな不憫な喜多ちゃんも最高に可愛いね♡♡♡
「喜多ちゃーーーん!!」
うわーん、もう多弦ベースはこりごりだよ~!
こうして、結束バンドは、晴れてメンバーが勢揃いしたのでした。
さぁ、彼女たちの戦いはこれからだ──!!
* * *
後日談。
その多弦ベースは、無事山田が買い取ってくれたらしい。
喜多ちゃんはそのお金でローンを大幅返済完了。これで遊ぶ余裕もできたというらしい。
本当に良かった、2年間お小遣いなしの地獄を味わう女子高生はいなかったんだ……。
一方で、ベースを買い取った山田の財政状況はといえば。
「むしゃぁ……」
「あ、山田。ドクダミですか、今日もワイルドですね」
「チャコ、食べられる雑草図鑑ありがとう。これで今月も生きていける」
「いや普通にお金は渡してるんですからちゃんと食べてくださいね? 草は間食程度にしてください」
「いや、なんかあのお金に手を付けるの怖いし……」
そんなこんなで、お金はあるのに意地を張って野草ライフを満喫しているらしい。
ノルマ達成、ヨシ!
メンバーが揃うのに20万文字近くかかった二次創作はこちらです。
これでようやく書きたいこと書けるゥ~~~
(追記)
誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!