私や後藤の入学した高校では、通常の日課が始まるのは原則4月7日からだ。
4月6日に行われるのは、主にそれぞれの教材を確認したり明日以降の注意事項を伝えるオリエンテーション。それが終われば、昼前には解散される予定。
そんなわけで私は、教師がありがたいようで別にそうでもない言葉を吐き出したり、明日からの新生活を説いているのを聞き流しながら、横目で後藤の様子を伺っていた。
後藤は……あ、えへへ、溶けたまんまだぁ♡
もう自己紹介が終わってから1時間くらい経ったのに、未だに自分が中学までぼっちのままで、あだ名の1つさえろくに付けられなかったって事実に落ち込んでるんだね♡
切り替え下手♡ 人の話聞いてない♡ でもそんな君が好き♡♡ お前が人間国宝♡♡♡
そうして内心で彼女を元気付けている内に時間は過ぎて行き、放課後を迎えた。
いや放課後って言っても、今日は午前中だけしか拘束されないから、まだ12時半なんだけど。
なんか女共が徒党を組んでカラオケ行こだのクラスロイン教えるねだの言ってくるのをスルーし、私は荷物をまとめてさっさとクラスから退室する。
最後にちらりと目をやると、後藤はなんとか固体に戻って人間っぽい外面は整っているものの、机の上で突っ伏していた。
疲れ果ててガチで寝てるのか、それとも寝たふりをしてクラスから人がいなくなるまでやり過ごそうとしてるのか、後藤ひとり学会でも意見が分かれるところだ。
どっちにしても可愛いね♡ この後お茶しない?♡ てかLOINEやってる?♡
……いや、落ち着け、自分の欲求を抑え込め。
私が後藤のLOINEなんか知ってしまったら、まるで猫に構い過ぎて嫌われる飼い主のように、1時間で500文字くらいの長文LOINEを20回くらい送って、キャパオーバーで後藤を殺してしまいかねない。
ここはぐっと堪えろ……私はモブ、私はただのモブ……! モブになるためにここまで頑張って来たんだろうが……ッッッ!!
そうして私は心を鬼にして、後ろ髪をぐいぐいに引かれながらも、根性でクラスを後にしたのだった。
* * *
ちょっとだけ、クソつまらん自分語りをしよう。
私こと灰炉茶子は、転生先がぼざろ世界であると確信した時、1つの指針を立てた。
それは、一言で表すと「モブになろう!」だ。
私は前世、「俺」だった時代からオタクだった。割と雑食で何でも行けるクチだったけど、最たる好物は百合と成長物語。
で、そんな百合オタクだった私だけど、これだけは明確に言っておくと、悪いオタクではなかった。
もうちょっと具体的に言うと、百合に挟まる男を殺したい側の男だった。
百合って言うのはね……男にも邪魔されず、自由で、なんというか救われてなきゃあダメなんだ。
二人で、静かで、豊かで……。
そんな哲学を抱いていたからこそ。
ここがぼざろ世界であると理解した時、私は1つ、疑問を抱いたのだ。
私は何故、観葉植物に転生できなかったのだろう、と。
観葉植物になりたい。
それは、百合オタクであれば誰もが1度は考えることだろう。
好きなカプがイチャコラしてるところをムーディに盛り立て、そして邪魔することなく見守る、そんなインテリアになりたい、と。
多分百合オタクに将来の夢を聞いたら、100人中100人が観葉植物だと答えるくらいに、それは私たちにとっての共通の理想だったのだ。
で。
私は大好きof大好きな百合作品(百合描写は比較的薄いが、誰が何と言おうが百合作品)であるぼざろの世界に転生した。
ならば、至極当然の帰結として、私は観葉植物に転生すべきだったのだ。
STARRYの端っこから、4人のやり取りを聴いたり、バンドとしての苦悩と成長を見守る。
そんな観葉植物転生こそが、私が本当に望んだ異世界転生だった。
何故人間などという、百合の話を乱し得るノイジーな存在に生まれてしまったのだろう?
こんな思いをするくらいなら花や草に生まれたかったというのに。
……しかし、いくら世界への不満を申し立てても、私が人間として生まれたという事実はもはや変えられない。
私は灰炉茶子という名前を親にもらい、この世界に得難い生を受けた。流石にそれを呪う程クズにはなりたくない。転生できただけで超絶爆アドなのだから。
だがそれはそれとして、やはりこの身が少女……しかも割と可愛いタイプの少女であることは問題だった。
何が問題って、結束バンドのメンバーの1人、某後藤ひとりを支えられるようになりたいSNS担当大臣は、どちゃくそ面食いなのだ。
本編開始5年前の小学5年生の頃からその気性は健在で、現に自己紹介直後に私に向かって突進してきたのは今でも時々夢に見るくらいだ。
あ、ちょっと待って。
わかる。わかるぞ。その懸念はわかる。
「お前喜多ちゃんNTLする気か」と、そう言いたいんだろう?
安心してほしい。前述した通り、私は良い百合オタクだ。そんなヘマを踏みはしないさ。
あの後、私はいくつかの対策を取り、喜多ちゃんとはしっかり疎遠になっている。
彼女と関わったのは転校するまでの2週間程度の短い期間であり、更にその間、私は徹底的に喜多ちゃんから逃げ回っていた。
もはや幼馴染とすら言えないだろうし、喜多ちゃんも私のことなんか覚えていないだろう。
私は賢い転生者なので、こういうところも決して手は抜かないのだ。
まさか私なんかが喜多ちゃんの印象に強く残っているわけもないし、勝ったなガハハ! ちょっと風呂入って田んぼと川の様子見てくる。
……さて、話を戻そう。
そんなわけで、不服にも人間に転生してしまった私こと、灰炉茶子15歳。
本当は観葉植物になりたかったわけだが、ない袖は振れない。仕方なく次善の策を考えた。
それこそが、「モブになる」という苦渋の決断である。
後藤ひとりは言いました。
私俯いてばかりだ。それでいい、猫背のまま虎になりたいから。
後藤の言語感覚があまりにも最高すぎて5時間は語れるフレーズだが、それは一旦さておき。
これは、ある種の真理である。
自分の駄目なところを受け入れ、弱さを克服するのではなく、そのまま力にする。
これは一見して自分の弱さから逃げているように見えて、実のところ非常に大事な昇華的行為である。
だからこそ、私は後藤に倣い、人間に生まれたというある種のディスアドバンテージを、別の方向で活かすことにした。
観葉植物になくて、人間にある強さ。それは、行動の自由度だ。
植物は動けない。1つの視点からじっと世界を眺めることしかできない。……いや、植物に視点があるかは知らないけども。
一方で人間は、自由に動き回れる。百合の間に干渉することにさえ気を付ければ、なんとどのような場所にも推しを追っかけて行くことができるのだ。
……しかし勿論、人間であることによる問題や短所はある。
1つは、百合を妨害してしまう可能性があること。
もう1つは、生きるために色々と手間がいること。
後者はまぁ、金さえあればある程度の手間は省略できるし、どうとでもなる。そのためにこの5年間自分を磨いてきたわけだし。
主眼とすべき問題はやはり前者で、私も女である以上、この百合百合世界の波動に呑まれてしまう可能性があった。
小学校でメスガキとそれっぽい雰囲気になったところを見るに、この世界の空気は、なんかこう、百合百合しい。下手に流されれば、百合の間に入る男……いや百合の間に入る女になりかねない。
この問題を、どう解消すべきか。
悩みに悩み、出した結論が、「モブになる」だったわけだ。
私は本筋に関わることなく、アニメでは灰色一色に塗られるようなモブになりたい。
モブであれば、彼女たちに干渉しすぎることもなく、なおかつ彼女たちの視界にチラチラ入っても問題なくなるのだから。
ただ、彼女たち結束バンドの活動を見守る以上、どうしても画面に私が映り込んでしまうことは避けられないだろう。
故に、私が目指すべきは……スタッフの遊び心で毎回どこかに出て来て、「モブかわ」「このモブすき」などと言われるような、定番の名無しモブ。
うおおおお、なる! なってみせるぞ、なんかやけに画面に映ることの多い、灰色一色のモブ子ちゃんに!!
そして彼女たち結束バンドの活躍を、なんやかんやで一番近くで見るんだーッ!!
* * *
そんなわけで数日後、私は……。
「奴隷みたいにこき使ってください! 勿論給料なんていりません! むしろ貢がせてください!」
「やめろ! 頼むから服着ろ!!」
「お姉ちゃん……嘘でしょ……?」
「おい虹夏誤解するな! これはコイツが勝手に……!!」
「信じてもらえるまで、このまま頭を下げ続ける所存です!」
「お願いだからやめろ! やめてくれ! 頼むから!!」
伊地知星歌さんに向かって、マスクだけ付けたほぼ全裸の姿で、土下座していた。
時は少しばかり遡る。具体的に言うと20分程。
まだ太陽も高く昇ったお昼時。
白のワンピースに身を包んだ私は、結束バンドのメインの活動場所である、ライブハウス「STARRY」の前にいた。
まだできたてほやほや、先日オープンしたばかりのそこは、正しくアニメで見た通りの外観だった。
ここで後藤がウロウロすることになるんだなぁと思うと、正直込み上げるものがあるね。感涙の涙とか、緊張で吐き気とか。
さて、ここに来た理由は非常に簡単だ。
私が結束バンドを追うためには、彼女たちの近くにいる必然性が必要となる。それもなしに追おうとすれば、それはもうストーカー以外の何物でもないのだから。
ではその必然性として最適なものは何かと、色々考えたんだけど……。
結局のところ、それは後藤と同じ学校、同じクラスに属することと……。
このライブハウスSTARRYで仕事すること。
この2つだ、という結論に落ち着いた。
結束バンドのメインの活動場所であるこのライブハウスでバイトをすれば、違和感なく彼女たちのライブを見たり、そのやり取りを観測することができる。
まぁスタジオでの練習などを見ることは難しいだろうが、それはそれ、弄することのできる策はあるし、どうしても不可能な範囲は諦めるしかない。
私は結束バンドに直接関わるような、ネームドキャラクターになるつもりはない。あくまで結束バンドの近くにいるモブキャラだ。
そうなると自然と、観測できる範囲も狭まってしまうだろう。
まぁそれでも、下手に彼女たちのノイズになるよりは、諦めた方がまだマシと思うわけよ。
とは言っても、勿論可能な範囲でなら観測はしに行くけどね。
オタクとは、推しのことならどんな些細なことでも見たいし聞きたいと思う生物なのである。
で、そのための第一歩が「このライブハウスでバイトする」ってことになるんだけど……。
「あー、ごめんな? ここは、まだ君にはちょっと早いかな。大人になってからまた来な」
……私の前には、試練が立ちふさがっていた。
その試練は、女性の形をしている。
長く伸ばしたストレートの金髪、気だるげな赤い瞳、そして鋭い目線が特徴的な……ぼざろ世界のネームドキャラクター。
その名を、伊地知星歌さん。
結束バンドのドラムである虹夏ちゃんこと伊地知虹夏ちゃんの姉であり、このバンドハウス「STARRY」の店長でもある女性が、今、私の前に立っている。
……しかし、こう、改めて見ると。
くっっっっっそ美人だな、星歌さん……!
髪さらっさらだし、肌も三十路近いとは思えないくらい綺麗。
というか金髪に赤眼ってもうどちゃくそ性癖すぎる。最強コンボじゃねーか。
これで絶世の美女扱いされないどころか、原作を見るにどうにも見た目は普通的な扱いされてるの、もうなんか色々とおかしいでしょこの世界。顔面偏差値の平均値が高すぎるっての。
ちなみに、原作によると顔の良さはトップレベルらしい後藤は……。
実際に見てみると、漫画では見えていた目が普通に前髪に隠されていたので、結果としてパッと見の美少女パワーはかなり減衰している。
多分髪をかき上げたら、そこにあるかんばせは誰もが唸る芸術品の領域なんだろう。
正直めちゃくちゃ見たい。死ぬほど見たい。後藤の顔を見て、この世界に生まれてきた意味を知りたい。
でもそうすると、残念ながら後藤は塵か天へと還り、私に前科一犯が付いてしまうだろうことは想像に難くないため、諦めざるを得なかった。
まだ前科が付くと困るんだよな。STARRYでバイトしにくくなるし。
……さて、話を戻して星歌さんだ。
つい数瞬前、彼女は怪訝そうな目で、ライブハウスのドアを叩こうとした私を制止してきた。
その話し方を聞くに、どうにも星歌さんまで私のことをロリだと勘違いしているらしい。ちょっとショック。
周知のとおり、私は今日から高校1年生だ。年齢的に止められる要素はないと言っていい。というか法律上ライブハウス入場に年齢制限はないけどね。あ、いや、3歳以上だったっけ? どうでもいいか。
ここはスパッと「高校生ですけど?」って事実を突きつけ、華麗に第一印象を整えてやろう。
「あっ、あ、あの! こっここ、高校生なんですけど!?」
……失敬、失敗しました。
いやごめんだけど、これに関しては弁明の余地あり。
私、今は懸命に興奮を抑え付けてるけど、ぼざろっていう作品に出てくるキャラはみんな大好きだったんですよ。
ツンツンツンツンツンツンデレこと星歌さんのことも勿論LOVEなわけで、こうして思考こそ平静を保っているものの、内心では心臓バックバク、緊張のあまり吃音が出てしまうのも是非もなしである。
ぶっちゃけ星歌さんもゴリゴリに推しだし、推しと平然と話すとか無理じゃんね。
これでも一応イメトレとかはしてきたけど、無理なものは無理じゃんね。
「……ん-? 高校生? 君が?」
対する星歌さんの反応は、彼女を知る人なら「優しい」と言うだろうものだった。
眉をひそめはすれど、一瞬で切り捨てたりはしないあたり、伊地知星歌さんの反応としては優しい部類に入る。多分私の見た目に配慮してくれたんだろうね。
……でも、申し訳ないことに。
正直、私はもう、限界だった。
「いや、君どう見ても小学……、え」
「うっ……うぇ、ひっく」
私は泣いた。
大粒の涙をぼろぼろ流す、ガチ泣きである。
「え、なんで泣く!?」
「だっで……だっでぇ……」
そりゃあなた、推しと話してるんですよ?
確かに結束バンドという最推しではない。
それに、自重と言う言葉を知る私は、店長さんとも過度に仲良くなったりするつもりもない。
それでも……それでも、推しが確かに目の前で生きて、喋って、私の言葉に反応してくれてる。
そんなのもう、泣かないわけなくない?
「ご、ごめんって、そうだね、君はもう高校生だね、だから泣き止んで……!」
「うぇ……えぐっ、えぐっ、ひっく」
「わ、わかった! お姉さんが1つだけ言うこと聞いてあげる! なんでも買ってあげるし、ほ、ほら、飴とか! 飴とかどうだ!?」
ん? 今なんでもって……言ってないわ。
まぁなんでもとは言ってないけど、確かに言質は取りましたよ?
「うぅ……すん、じゃあ、えっと、お話があって……聞いて、くれますか?」
「わかったわかった、中で話聞くから! だから一旦中に入ろうね、すごく世間体が悪いからこの光景!」
そんなわけで。
私はたなぼた的に、星歌さんに話を聞いてもらう権利を得たのだった。
……ロリ体型、強し。
他人につつかれたらキレる、私史上最大のコンプレックスだったんだけど……便利に使えることもあるんだなぁ。
* * *
通されたライブハウスSTARRYは、アニメで見たままの内装だった。
まだ営業時間外ってことで誰もいないガランとした空間は、どことなく冷たい印象を覚えるけど……確かに、間違いなく、あのSTARRYだ。
すごく見覚えがあるような、それでいて明確に初めて来たってわかる、不思議な感覚。
……あぁ、ここで後藤や山田、喜多ちゃんに虹夏ちゃんがライブするんだなぁ。
なんか……こう、すごくそわそわする。座禅で培った鋼の自制心がなかったら叫び出すところだった。
さて、そんな店内の椅子に座って、1杯だけジュースを奢ってもらい……。
だいぶ涙が引っ込んできた私は、取り敢えず年齢についての誤解を解くことにした。
「え、本当に高校生!?」
「そう言ったじゃないですか……」
私の学生証を見てくりくりのお目目をぱちくりする(めっちゃ可愛い)星歌さんを前に、ぐすんと鼻を鳴らしながら、私は言った。
推しに出会ったことで爆発していた情緒も、ようやく落ち着きを見せて来た。
いやしかし、話術とかも勉強してきたけど、正直あんま意味なかったな。そもそも推しと会話すると感情が暴走して、技術もクソもないわ。
しばらくしたら慣れるかもしれないけど、当分の間は心臓ドッキドキのまま頑張るしかないね。
「あー、なんだ。確かに年齢のことを疑ったのは悪かった。謝るよ」
星歌さんはそう言って、ぺこりと頭を下げてくる。
あっあっあっ。
さらりと垂れる金髪。
覗くつむじ。
そしてツンツンツンツンツンツンデレさんの、貴重なデレ要素の音ォ~~~~♡♡
あっいかんいかん、落ち着け私。冷静になるんだ。
冷静に考えると、別に謝罪はデレってほどじゃないわ。こう言っちゃなんだが、失礼なことを言ったら謝るってのは社会人としちゃ当然のことだ。
でもまぁ私、そもそも怒ってないんですけどね。
普段の私であればキレ散らかして名誉棄損で民事に持っていくところだけど、星歌さんに言われても全くもってこれっぽっちも気にならない。
ごめん嘘見栄張った、正直ちょっと悲しいけど、それだけだ。
だって星歌さんは、結束バンドを立ち上げた虹夏ちゃんの姉であり、このSTARRYの店長であり、なんだかんだ結束バンドを気にかけてくれてる人でもあり、そして後藤のカップリング相手でもある。
……そう。
彼女は「ぼっち・ざ・ろっく!」という世界観の根幹を為す立役者。
この人がいなければ、後藤のバンド活動は、そもそも発生すらしなかったのだ。
そして星歌さんは、後藤たちの活動の場を作り、その機会を与えてくれた人。
で、私たちオタクは推しの活動を糧にして生きている。つまり、推しの活動は実質ご飯だ。
となると自然、星歌さんは私たちオタクにとって、ご飯を作ってくれるママってことになるわけ。
いやしかし、考えるとママは虹夏ちゃんだから、言うなれば星歌さんはご飯を作ってくれるおばさ……いやすみませんなんでもないです。
いつも美味しい食事を作ってくれる大恩ある優しいお姉さんに何か言われたところで、そんなの気にするわけもなく。
むしろ星歌さんになら「おい豚! 働け!」と言われたところで何も気にならない。むしろご褒美です。
私は未だに出てくる鼻水をかんで、改めて星歌さんの謝罪に応える。
「大丈夫です、すんっ、気にしてませんから。……それより、お話いいでしょうか」
「あぁ、そう言えば話があるんだっけ。いいよ、取り敢えず話は聞く」
……いやしかし。
これは、めちゃ僥倖だ。
星歌さんは、外様に厳しく身内に優しいタイプ。外から急にやってきた私を警戒することは目に見えていた。
ちゃんと話を聞いてもらうのは難しいかも、って思ってたけど……。
今回ばかりはこのロリロリ可愛いプリティな見た目が有効に働いたようだな! いぇい! 自分で言ってて死にたくなってきたな。
実はこの星歌さん、イケイケな見た目や当たりの強そうな視線の鋭さに反し、なんと可愛いものが好きでぬいぐるみを抱かないと眠れないという、可愛すぎるもえもえぷりちぃ属性をお持ちなのである。
こんな可愛い三十路前女性がいていいのだろうか。文化庁に問い合わせたら無形文化遺産として保護してもらえないかな。
性癖ドストレートだろう私を泣かせてしまったという負い目、そして子供に泣かれるという世間体の悪さを払拭するための焦りもあったんだろうな。
星歌さんは呆気なく感じるほど簡単に、お話を聞いてくれると言ってくれたのだった。
いや、本当にありがたい。
ぶっちゃけ星歌さんに話を聞いてもらうところまでが一番の不安要素だったんだ。
なにせ、原作ではこの日のことが語られていない。その瞬間のSTARRYがどういう状況で、誰がいて、何が起こるのか、私には一切わからない。
だから作戦も、高度な柔軟性を保ち臨機応変に対応する、くらいしか立てられなかった。要は出たとこ勝負である。
だが、ここから先は話が違う。
伊地知星歌さんと落ち着いて話すことさえできれば、後はこちらのものだ。
しっかりと、入念に計画を立ててきたのだ。失敗や間違いなど起こるはずもない。
しかと刮目せよ! この灰炉茶子が積み上げて来た5年間、その努力が綾なす完璧なる話術を!
「それで、話って」
「私を奴隷にしてください!」
「は!?」
間違った。
まぁアレだ、緊張のあまりちょっと言葉選びを間違えただけ。可愛いミスってヤツ。
「すみません、間違えました。ここでバイトさせてください!」
「は? バイト?」
「はい」
「……へぇ」
星歌さんの目が、きろりと鋭くなる。
これは、星歌さん個人としてではなく、ライブハウスSTARRYの店長としての目だ。
自分の、自分たちの居場所を守ろうとする、守護者の目。怪しげな外敵を退けようとする、大人の目。
星歌さんは今、私を子供扱いすることをやめて、冷静に見定めようとしている。
……っはぁ~~~~~…………。
好き。
いっぱいしゅき♡♡♡
もうあれ、あれだ、いやもう語ることもないわ。
彼女の過去を知る者ならば、この目の意味を間違えはしない。
星歌さんは、逃げない。家族から、そしてこのライブハウスから逃げることなく、一心にこの場所を、多くの夢を、唯一の家族を守ろうとしているのだ。
なんと素晴らしく気高き心。こんなにも尊いものがあるだろうか? 国民栄誉賞はあなたのものだ。
自らに敵意にも等しい警戒を向けられているというのに、私の心は晴れやかだった。
やはりこの人は、伊地知星歌さんだ。
いつもはダメダメなお姉さんなのに、肝心な時は不器用ながらも結束バンドを支えてくれる、あの伊地知星歌さんだ!
敬服。ただただ尊敬と憧憬に舌を巻くばかり。べろべろべろ。
私は天井突き抜けて天上まで上がっていきそうな口角を無理やりに抑えつけ、努めて無感動を装う。
そんな私に向き合って、星歌さんは私を上から下まで観察し、一挙手一動作を見逃すまいと視線を投げかけてきていた。
「……なんでウチで働きたいの? お金? あんまり高い給料出せないよ」
「いえ、お金は持ってるので大丈夫です」
海外のものも含めた複数の銀行口座に、全部合わせれば8桁くらいは預けてある。
増やそうと思えばそう難しくもないし、他にもバイトを入れなきゃならないほど困ってるわけではない。
「そう。じゃあ楽器? 何か楽器やってんの?」
「いえ、全く。ピアノの楽譜すら読めません」
そう、私は音楽をやってない。
ここまでの5年間で唯一、決して手を出さなかったジャンルがこれだ。
だってお前、考えてもみろ。
「あ、キーボードできるの? じゃあウチのバンド入ってよ!」なんてイベントが発生する可能性あるんだぞ。恐ろしすぎでしょ。
能ある鷹は爪を隠す、賢い社会人は仕事できないフリをする。それと同じように……いや実際にできないんだからちょっと違うか?
とにかく私も、音楽関係を一切触らないことによって危機回避を図ったのだ。
再三になるが、私は結束バンドに加入するタイプのオリ主ではなく、あくまで結束バンドの周りで彼女たちを観測するタイプの、観葉植物ならぬ観用オリ主である。
そこはお間違いなきよう。
「……じゃあ何。なんでウチでバイトしたいの?」
星歌さんの目が、これまでになく鋭くなる。
真意の読めない存在というのは恐ろしいものだ。今の星歌さんには、私が小さな恐ろしい侵略者に見えているに違いない。
しかし、その心配は無用なものだ。
なにせ私はただの無害なモブ。特にこのライブハウスに害を為そうという意思はない。むしろ逆に貢ぎたいくらいだ。
では、その勘違いを解くにはどうすればいいか?
答えは簡単。
直球勝負で、信頼を得るのである。
「私は……このライブハウスで生まれる、星座*1を見たいんです」
「星座?」
「はい。私はここから、伝説のロックスター*2が生まれることを確信しています。
私はそのバンドが生まれる瞬間を見たい。その行く末を見守りたいんです*3」
自然、言葉に熱が乗る。
包み隠さない私の本音。この世界に生まれて、そして今ここに生きている理由。
それは全て、結束バンドというバンドを、そして後藤ひとりという最高にロックな少女を見守るためだ。
その全てに欠片たりとも偽りはなく、故に私の言葉には本心からの熱が宿る。
そして、それが多少なりとも星歌さんに伝わったのか、少しだけ視線の圧が和らいだ。
「……ここ、できたばっかのライブハウスだぞ。こんなところに何を期待してんの」
「いつ開いたかは関係ないと思います。大事なのは、どんな思いで作られたのか。
ここならきっと、私が本当に求めていた物語が見られると思うんです。
改めて、お願いします。私をここでバイトさせてください!」
そう言って、深々と頭を下げる。
星歌さんの視線は、だいぶ和らいでいると思う。
……でも、きっとまだ、十分な程ではない。
「言いたいことはわかった。……でも、全部信じることはできない。わかるよな?
だから今度、履歴書とか……」
「わかりました」
「え?」
そう。
この程度の弁舌で信頼を勝ち取ることができないことなど、この灰炉茶子を以てすればお見通しである。
根本的に、星歌さんにとって私は、急に目の前に現れた変な子供だ。
互いを知り合う時間もなく話せば、そりゃあ信を置かれないことは想像に難くなかった。
では、どうすべきだろうか?
……少し、話は変わるが。
古代から近代において、捕虜や囚人というのは、必ずと言っていい程服を剥がれる。
これは卑猥な意味ではなく、ああいや卑猥な意味も多少はあるかもしれないけどそれはともかく、本質的には装備解除という意味合いが強い。
要は服の下に武器とか暗号とかを隠してないか、確認するためである。
つまるところ、今問題になっているのはそれだ。
人は嘘とか服とか、そういった虚飾を纏っているからこそ警戒される。
では信頼を得るにはどうすればいいか?
すり、と肩にかかっていたワンピースの肩紐を下ろす。
「は?」
私には、一切の敵意はない。
それをわかってもらうための最速の手段は何か?
本音と弱みを曝け出し、腹を割って正直に頼み込むことだ。
私の本音は、さっき言った。
では、私の弱みとは何か?
色々考えたけど、多分一般的な女子高生にとって最も弱みとなるのは、裸なのではなかろうか。
それに裸なら、こちらが武器などを持っていない、つまり敵意がないことを示すこともできる。いわゆる一石二鳥なのであった。
ぱさりと、ワンピースが地面に落ちる。
下着? 着てないよ。元より今日はこうして誠意を示すつもりだったし。
あ? その体型ならブラはいらないだろだと? 殺すぞ。
「いや、ちょ」
もしもここで店長が私の写真を撮り、それを以て脅せば、私は奴隷にならざるを得ない。
自分から服を脱ぐということはつまり、それすら許容する程に相手を信じる覚悟を固めたという証明である。
昔から「裸の付き合い」という言葉もある通り、信頼を得るには裸になるのが一番手っ取り早い。
うーん、なんて効率的な信頼形成。我ながらほれぼれといったところだ。
「は、いや、は?」
む、星歌さん、困惑の表情。
どうやら誠意が伝わってないらしい。
……確かに、いきなり裸になるってちょっとアレだな。普通に不審者、いや露出狂だわ。
己の行いの過ちを、深く反省する。
先に「裸になります」と告げてから脱げばよかったな。
しかし、これでも信じていただけないと言うのなら仕方がない。
更なる誠意をお見せするしかあるまい。
私はワンピースを横にどけ、寒さに身を震わせながらその場に膝を突く。
そして正座の姿勢を取り、三つ指を突いて……厳かに、頭を下ろした。
「雇ってください」
「…………は?」
「雇ってください、お願いします!」
……ここから先のことは、深くは語るまい。
途中で「おねーちゃーん、来たよー」と結束バンドのドラム担当伊地知虹夏ちゃんが現れたり、虹夏ちゃんと星歌さんの間で何故かあらぬ誤解が生まれそうになったりと、色々あったが……。
結果として、私は当初の予定通り、STARRYのバイトとしての立場を手に入れたのだった。
やったぜ!
やったぜじゃないが。
星歌さんの過去を知らない人は、是非原作を5巻まで買おう!
(追記)
誤字報告をいただき、わざとでない部分は訂正させていただきました。ありがとうございました!
それと、「NTR」は寝取られ、「NTL」は寝取りを示す言葉なので、今回の場合転生者視点だと「NTL」が正しかったりします。
ぼざろの小説でこんな闇のジャンルの解説馬鹿真面目にすることある?