ぼざろ世界を全力で楽しみたい転生者の話   作:アリマリア

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 ちょっと遅れたけど、喜多ちゃん誕生日おめでとう!





ただし、それは転生者史上最大の戦いであるとする。

 

 

 

 再度、確認しよう。

 

 私こと、ぼざろ世界に転生してきた結束バンド大好きオタク灰炉茶子は、小学5年生になって喜多ちゃんに出会い、1つの方針を定めた。

 

 結束バンドの傍で、しかしその中に入ることはなく、彼女たちを見守ること。

 あたかもSTARRYの片隅に安置された観葉植物のように、あるいは時々画面に映り込むただのモブのように、彼女たちを応援すること。

 

 これは私が、自分自身で決めた生きる道だ。

 

 彼女たちとの距離感を考えれば、これが正しい選択であったことは否定のしようがない。

 もしも私が調子に乗って楽器を練習し、結束バンドに入ったりなんかすれば……それはもう酷いことになっていただろうからね。

 

 その「酷いこと」っていうのは、何も百合の間に挟まるオタク的な意味合いだけに限らず、だ。

 

 

 

 私は……クソ傲慢な物言いになっちゃうけども、ぶっちゃけ天才だ。

 最初から何でもできるってわけではないけど、かなり要領が良い。人の10分の1の努力で、人の10倍の経験値を蓄積できるタイプ、と言えばわかりやすいかな。

 

 昔簿記1級取った時も、80……いや、70時間くらい? で満点取れるようになったし、トレーディングとか資産運用も半年くらいで安定して黒字を産めるようになった。

 一時期やってた短距離走は2か月くらいで県取って、これ以上目立つわけにはいかないって思って辞めることになったし、当然ながら学校のテストじゃ満点以外を取ったことがない。

 

 まぁ、あくまでも要領が良いってだけだから、最初から何でもできるわけじゃないんだけどね。

 だからこそ、敢えて経験を積まなかった音楽に関してはドの付く素人なわけだ。

 ダンスやってた頃の経験もあるから、リズムキープくらいはできるけど、殊に技術に関しては浅学菲才の無知蒙昧。

 多分、現時点での灰炉茶子は、仮に結束バンドに入ったとしても、喜多ちゃんよりずっと下手クソな演奏を垂れ流す雑魚でしかないんだろう。

 

 ……が、それはつまり、ちゃんと取り組めば多分すぐにできるようになるだろうってことで。

 多分、私が本気で練習すれば、楽器もすぐに上達すると思う。

 これまでの経験からして、半年……いや、4か月くらいちゃんと練習し続ければ、後藤の腕前に追い付いてしまいかねないくらいに。

 

 ……うわぁ。我ながら、マジで驕り高ぶった発言だな。死にたくなってくるね。

 でも脳内で構想してみると、実際それくらいなんだよなぁ。伊達に高スペックを自称してるわけじゃないんだ。

 

 

 

 で、だ。

 

 ちょっとだけ話が変わるようだけど……結束バンドというグループは、かなり絶妙なバランスで成り立ってたりする。

 

 後藤はとんでもなくギターが上手いけど、同時にコミュ障であり、人に合わせるのがクソ程下手。

 だからソロ弾きだとプロ級の腕前でも、バンドで演奏すると一気に微妙になる。

 ただ、いわゆる「やりたいこととできることが別」ってヤツで、後藤の望みはあくまで「バンドを組んでちやほやされること」なんだ。

 仮にソロならプロ級の腕前を持っていようが関係ない。たとえその技量を万全に発揮できなくとも、彼女は自分で結束バンドのギターであることを望んでいる。

 

 次に、喜多ちゃん。

 彼女は多分、現時点では私よりちょっと上手いくらいのギター初心者だ。

 ただ、作中での演出からして上達はかなり速く、要領が良い方だと思われる。

 時間さえあれば、ギターの腕前もすくすくと育っていくだろうけど……まぁ、なかなかそうはならない。

 彼女にはボーカルもあるし、何より遊びたい盛りの女子高生だ。楽器の腕前で他のメンバーに追い付くのには、もう少し時間がかかるだろう。

 え、何? ギターは置いといてボーカル面はどうかって? そんなもん最高の歌姫に決まってんだろ。 

 喜多ちゃんはカッコ良い系も可愛い系も全部イケる、最高の声帯を持っていらっしゃる。流石に後藤みたいにプロ級とは言わないまでも、多分女子高生としてはかなりの高水準なはずだ。私的にはどんなアーティストより美声に聞こえるけども。

 それと、演奏からは話がズレるけど、随一の情報発信能力を持ってるのも強みだよね。他のメンツはちょっと……こう、根が内向的だし。やっぱりSNS担当大臣ができるのは彼女しかいないと思う。

 

 で、虹夏ちゃんは……「何様だよ」って感じで自己嫌悪死にたくなること言うけど……ちょっと上手い女子高生程度の腕前みたい。

 「楽器隊の中では(多分ボーカルも兼ねる喜多ちゃんを除けば、という意味かな)自分が一番下手」って彼女が自分で自覚してしまうくらいに、実力差は開いてるらしい。

 私にはよくわかんないんだけど、確かにあの初ライブ(仮)の時も結構ミスってたイメージあったな。山田は良い意味で自分の世界に入ってたから、そんなにリズム崩れてなかったんだけど。

 そういうところからもわかるように、虹夏ちゃんは良くも悪くも「普通」なメンタルしてるんだよね。予想外のことがあればテンパるし、緊張すればどうしても演奏に出てしまう。

 ……ただ、同時に、伊地知虹夏は結束バンドの核だ。

 彼女がいなければ、纏まり的にもメンタル的にも、結束バンドは回らない。言うならば彼女は、便利で武器になる腕や足ではないけど、結束バンドにおいて決して欠かせないボディーのような存在だ。

 

 さて、最後に残った山田だけど……。

 彼女は虹夏ちゃんよりだいぶ上手いけど、それでもかなり上手い女子高生くらいのポジション。

 初見だと、あの中性的でクールなビジュアルや、自分の世界に入っているような雰囲気に騙されがちだけど、後藤のように卓越した技量を持っているわけではないっぽい。……多分。ぽいずん♡の耳が腐ってなければ、そのはずだ。今度改めて聞いてみよう。

 演奏以外の話をすると、性格にも難アリというか、それでビジュアル悪かったらだいぶカスだぞって感じの強烈なメンタルしてるんだけど……作曲やリズムキープの面で言えば、彼女は後藤と並ぶ、このバンドの大きな武器だと言っていいだろう。

 

 

 

 総括すると……。

 

 後藤は、バンド適性なくてマイナス補正かかるけど、レベルと基礎値の高さで全てをゴリ押せるアタッカー。

 喜多ちゃんは、まだレベルが低いけど成長率が高くて将来に期待できる、歌声や情報発信力の初期値が非常に高いサポーター。

 虹夏ちゃんは、彼女自身の能力値自体は低いけど、バンド全員にバフをかけることができるし全体を纏めることのできるコマンダー。

 山田は、他者からバフを適用されないし、時々周りにデバフをかけてしまうけど、単体で見ればバンド内でも群を抜いた安定度を誇るタンク兼サブアタッカー。

 

 私の中では、こんな感じのイメージだ。

 

 ……こうして見てみるとわかるように、彼女たちは技量の低い者はそれを補う強さや役割を持ち、技量の高い者はそれを駄目にしちゃいかねない欠点や弱点を持っている。

 だからこそ、彼女たちは仲間……「同格」の存在として、グループを組めているわけだ。

 

 そんなところに、おおよそ何でもできる完璧超人なんかぶっこんだらどうなるか?

 

 後藤並みに演奏できるくせにバンド適性もあり……。

 声は好みもあるだろうけど、喜多ちゃんを超えるだろう要領の良さと情報発信能力を持ち……。

 虹夏ちゃん以上に人心掌握に長けて統率力に優れ……。

 山田よりもなお安定したスペックをしている。

 

 そんな高スペック転生者(メアリー・スー)をぶち込んだら、何が起こるか?

 ……そりゃもう、サークルクラッシュよ。バンド爆破よ。音楽性の違い炸裂よ。

 

 「もうあいつ1人でいいんじゃないかな」が許されるのは、いつだって創作の中だけ。

 現実的な話をすれば、飛び抜けた才能の人間が1人だけ紛れているグループは、超簡単に離散するのだ。

 クソみてーな僻みで「どうせ俺たちのこと見下してんだろ!」とか言い出す馬鹿が出て来たり、あるいは無駄に気を回して「俺たちじゃお前の足引っ張っちゃうから」とか言い出す真面目君が出てきたりして、必ずその構成を崩してしまう。ソースは前世の私。

 

 私が楽器を練習して結束バンドに入れば、彼女たちの力になる前に、集団の統率を著しく乱してしまう。

 かと言って、練習や本番でのみ手を抜くなんてことも論外だ。彼女たちのファンとして、そんな不誠実な態度を取ることはできない。

 

 つまるところ。

 私が彼女たちを応援するのならば、結束バンドの内部に入るわけにはいかないのだ。

 どれだけそれが甘美な誘惑であろうと……私はそれに、抗わなきゃいけない。

 

 

 

 更に言うと、彼女たちが健やかに、幸福に活動していくためには、私みたいな転生チートも持ってないくせにチートスペックな変な存在なんかには頼らず、自分たちの力で地に足を付けて頑張るべきだろう。

 

 誰かに頼ること自体は、悪い事じゃない。

 けど、その頼る対象がたった1つになってしまうことを、人は依存と呼ぶ。

 それは良くない。本当によろしくない。不意に私が失踪とかしたら、取り返しが付かなくなる。

 

 依存できる先を増やすことを独立と呼ぶらしいし、彼女たちは4人で互いに支え合い、独立すべきなんだと思う。

 変にパワーのある存在に頼ることを覚えれば、その独立の流れを阻害してしまう。

 そういう意味でも、やっぱり私は結束バンドには入れない。

 

 

 

 ……と。

 そんな理由もあって、私は結束バンドに入らない道を選んだ。

 勿論百合の間に挟まらないように、ってのも大きい。というか、むしろそっちこそが本命の理由なんだけどね。百合オタク的には。

 改めて言うけど、これは私が選んだ道。

 今でもこの判断を間違いとは思わないし、その方向に進んでいることを後悔もしていない。

 

 私は大人しく、結束バンドとは一定の距離を空けて、彼女たちの奮闘を親のように穏やかに、ファンのように楽しく見守ろうと……。

 

 そう、思っていたんだけど。

 

 

 

 

 

 

「茶子ちゃんも結束バンドに入ってほしいなーって!」

 

 

 

 

 

 

 ……まさか、結束バンド側から近付いて来るとは思わなかったなぁ。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 少し時間を遡った、ある日。

 いつものように、STARRYのバイトに勤しみながら……。

 私はモップに顎を置き、ため息を吐いた。

 

「あ~……」

 

 その声に、何かの資料を見ていた星歌さんは顔を上げ、こっちの方に声をかけてきてくれた。

 

「どしたチャコちゃん、すさまじくやる気が出ないみたいな声上げてるけど」

 

 あっ優しい♡ こんなオタクに声をかけてくれるなんて、もう聖母だよね星歌さん♡ 流石あの優しい虹夏ちゃんを育てたお姉ちゃん♡♡ おぎゃれる♡♡♡

 

 ……と、ちょっとテンションが上がったはいいけど、それでもいつものように頭に血が上る感覚は薄い。

 やっぱりどうにも上がり切らないな。

 

「まぁちょっと……はい……。結束バンドの皆がいないので……」

「ホントアイツらのこと好きだね」

「まぁ、好きですね、はい」

 

 推しとの会話ですら調子が上がり切らないくらいに、その日の私は気落ちしていた。

 

 なんでかって?

 

 ……見れないからだよ。

 

 

 

 結束バンドの!!

 

 グループ練習が!!

 

 見れないからだよッ!!!!

 

 

 

「……はぁ」

 

 そう。

 結束バンドの皆は今日、バイトのシフトを入れず、併せの練習をしている。

 だけど、私はそれを見ることができないんだ。

 

 

 

 ……まだ私が、前世でアニメを見たり漫画を読んで楽しんでいた、普通のオタクだった頃。

 バンドって、バンドハウスで活動が完結してる印象があった。

 いや、ぶっちゃけて言うと興味を持ってなかったから、勝手にそういうイメージを持ってたんだ。

 

 けど、どうやら実際は、そうでもないらしい。

 

 星歌さんに聞くに、バンドハウスはあくまで練習の成果を披露したり、他のバンドの演奏を聞いたりする場所。

 空いている時間に練習場所として貸すこともあるけど、基本はそっちがメインなんだって。

 

 で、バンドが練習するのは、音楽スタジオってとこらしい。

 アニメでも時々出てた、ちょっと狭めのカラオケの個室みたいな見た目のとこだ。

 

 STARRYの近くにも1件あって、どうやら結束バンドはいつもそこでじゃんじゃかと楽器をかき鳴らしているとのこと。

 この前クラスで話してた時、何を話題にしようかってテンパった後藤が謎に教えてくれた。まぁ知ってたけどね、探偵雇って調べさせたし。

 

 ……しかし、ここで問題になるのが、私はあくまでもSTARRYのバイトでしかないってことだ。

 私と結束バンドの縁は、あくまで「活動拠点が被ってる」ってことだけ。

 私には、STARRYを出てスタジオに練習に行く結束バンドを追いかける理由が、ない。

 

 それが、どうしようもなく……悲しくて、虚しい。ばにばに。

 

 

 

 いや、わかってるんだよ?

 これくらいの距離感が適切だし、これ以上踏み込むのはやり過ぎだ。

 仮に喜多ちゃんあたりに「あっそうだ! 茶子ちゃんも練習見に来ない?」なんて言われても、私は間違いなく断るべきなんだ。

 

 STARRYにいる時は、そこに店長やPAさんに照明さん、そして今日演奏するバンドの人とかお客さんたちがいる。

 つまるところそれは、結束バンドというグループが、大きな箱の中に存在する形だ。だから私が他の人たちに紛れて結束バンドの隣にいるのも、大きな違和感がない。

 

 けれど、スタジオでの練習は違う。

 それは、結束バンドのメンバーが、彼女たちだけで練習を行う時間。

 絶対不可侵なるサンクチュアリ、結束バンドに非ざれば立ち入ること許されぬ百合百合♡最高フィールドなのだ。絶対良い匂いする♡ 舐めたら甘い♡ それでも手にとってはいけない禁断の果実♡♡♡

 

 ここに足を踏み入れる程に、私は無作法者になりたくない。原罪を犯すのは1度きりで十分だ。

 楽器を練習して彼女たちの役に立つという努力をすることすらなく、ただその美しき花の咲き誇る園に土足で踏み入る……。

 それはもう、単に結束バンドに加入するよりも更に酷い、ヤリ捨てとか托卵とか、そういう次元の最悪行動である。NTRはやめろ、繰り返すNTRはやめろ。あと女の子がかわいそうなのもやめろ。ヤッたならせめてその子のことは一生かけて幸せにしろ。どんな小学生でもすべきってわかることができないならちんこ切り落とすぞボケカスが。

 

 ……と、少しばかり私情が入ったけれども。

 とにかく、自分からスタジオに見に行くようなことはしない程度の自制心はあるものの、それでもやっぱり、結束バンドのことが見られないのは残念で残念で仕方なくて……。

 

 その日、結束バンドメンバーが誰一人としてバイトに入っていない1日。

 私はすごく気乗りしないテンションで、でも仕事はしないといけないので、30分くらいでSTARRYの掃除をぱぱっと終わらせたのだった。

 

「……いや、気落ちしても普通に仕事できんだね、チャコちゃん」

「お褒めいただき光栄です♡」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ……で、その次の日の、お昼休み。

 

「茶子ちゃん! 茶子ちゃんも結束バンド入りましょうよ!」

 

 いつも通り唐突に現れた喜多ちゃんは、そのトパーズのようなシイタケを瞳の形にしてキラキラ輝かせ、私にそう言ってきたのだった。

 

 

 

 ……まぁ、待て。

 一旦待って、冷静に考えようじゃないか。

 

 唐突に降って湧いた、「結束バンドに入る」なんていう悪魔の誘惑。

 この天真爛漫陽キャガールが、なんで唐突にそんなことを言い出したのかを。

 

 

 

 

 

 

 まず、前提として。

 喜多ちゃんがお昼休みに、私たちの教室に訪れること。

 ……これは実のところ、そう珍しい光景でもなかったりする。

 喜多ちゃん、お昼休みは後藤の教練の下、ギターの練習をしてるからね。

 

 喜多ちゃんが結束バンドに入る条件はいくつかあったんだけど、その内の1つが、後藤にギターを教えてもらうことだ。

 今の喜多ちゃんは、素人にかろうじて毛が生えた程度の腕前。そのまま初ライブを迎えるのは……まぁ、色々と厳しいと思う。

 なので、先輩ギタリストである後藤が、彼女に色々と教えることになっているんだ。

 

 とは言っても、バイトの他にバンド活動もやってる女子高生に、暇な時間は少ない。

 精々、お昼にご飯を食べた後と、放課後に早めにスタジオに入った時。

 それが、後藤が喜多ちゃんにタイマンでレッスンを付けられる唯一の時間帯だ。

 だから、喜多ちゃんはお昼ご飯を食べ終わり次第、私たちのクラスに後藤を呼びに来る……。

 

 ……と。

 それが、あの日までの私の予定だったのだが。

 

 

 

 喜多ちゃんが結束バンドに加入した、数日後の月曜日。

 4限が終わるとほぼ同時に、私たちのクラスに、鈴が鳴るようなお美しい声♡ が響いた。

 

「茶子ちゃん、後藤さーん!」

「え」

「な゛っ!?」

 

 そう、そこに現れたのは、すごく見覚えのある少女。

 結束バンドのもう逃げないギターこと、喜多郁代。

 ニッコニコに笑うその左手には可愛らしい黄色い包みを提げ、右手は私たちに向かってぶんぶん振られている。

 

 おいおいマジですかいこの子。

 この陽キャガール、あろうことか、隣のクラスから遠征してきやがったのである。

 

 ……いや、マジか。

 これは完全に想定外の事態だ。

 

 喜多ちゃんは空気読みの達人。そこはかとなく読めてるっぽいどころか、全知全能悉くを読みつくしてるっぽいレベル。

 その上、精神的にも愛と優しさを備え持つ聖人君子。親しい人のお願いはついつい聞いちゃうような超絶良い子なのである。

 そんな彼女が、まさか同じクラスの子たちとじゃなく、私や後藤と食事を取ることを選ぶとは……。

 

 正直、彼女の選択は、かなり意外なものだった。

 学校で誤解された末に生徒たちの前で演奏することになった例の事件でもわかる通り、彼女は空気を読む……というか、周りの空気を壊さないことに腐心する傾向が強い。

 当然ながら、数多い友人との仲も良好。しょっちゅう一緒に遊びに行ったりしてるし、これまで監視した限り、昼食も一緒に取ってた。

 だからこそ、これからも昼食はクラスの友達と取って、その後に後藤を呼びに来るものだと思っていたんだが……。

 

 どうやら、私の予想はまた外れてしまったらしい。

 

 ……ふむ。

 察するに……喜多ちゃんにとって、後藤ひとりという女の子の存在は、現時点で既にそれだけ大きなものなんだろうな。

 

 喜多ちゃんにとっての灰炉茶子は、しょせんは昔2週間だけ知り合っていた、今じゃ友達とも呼び難い知り合い程度の存在だろう。そんな私が目当てなわけがない。

 つまるところそれは、後藤と一緒に昼食をとる目的でこの教室を訪れ、ついでの戯れで私のことも呼んであげた、ということに他ならない。

 

 つまるところ、それが意味することは……。

 

 あら^~

 

 ってこと!

 

 喜多ちゃんにとって後藤は、最初から特別な存在だった。

 友達付き合いの一部を投げ出してでもコミュニケーションを取りたがるくらいに、喜多ちゃんの中で彼女の存在感は大きくなってるんだ!

 

 うぉぉおおおおお、新鮮なぼ喜多! ぼ喜多の原液だぁぁぁああああああ!!

 原作では書かれなかったけど、この時点でもうこの2人のカプは成立してたんだ! ぼ喜多最高! ぼ喜多最高!! 何、今日はこんな間近でぼ喜多見ていいのか!? うめ……うめ……!

 

 

 

 荒れ狂う内心を表に出さないよう抑え込みながら、私は行動を起こす。

 喜多ちゃんを手招きしつつ……そう、後藤の方にもアクションをかけなきゃだ。

 

「喜多ちゃん。こっちこっち。……後藤、ほら、せっかく喜多ちゃんが来てくれたんだから」

 

 陰キャを極めてしまった後藤は、この想定外の事態を前にして自分の席で固まり、その硬直が解けると今度は体ごと窓の方を向いて口笛を吹き始める。

 ……完全に他人のフリをしてやり過ごす姿勢だ。喜多ちゃん相手に通じるわけないだろそんなの。

 

 まぁ仮に喜多ちゃんとお天道様が許しても、ぼ喜多全力応援委員会会長の私が許すわけもなく……。

 肌と肌が触れないよう最大限注意を払って、後藤の体をすぽっと持ち上げ、喜多ちゃんの方に向かせた。うっ♡♡♡ 座ってる後藤の後頭部が鼻の前に来て、すっごく濃厚な後藤らしい匂いがする♡♡♡ 犯罪的化学物質散布♡♡♡ むせる程の甘い匂いと樟脳の香りが混ざり合って非常にテイスティ♡♡♡

 

 私が絶頂している間に、わたわたと私の手から抜け出そうとしていた後藤。

 しかし、それが不可能であることを悟ると、仕方なさそうに喜多ちゃんに向き合った。

 

「あっ、きっ、喜多さん……えっと」

 

 対して喜多ちゃんは……うん、キターン! とした笑顔。

 多分後藤が逃げようとした理由もわかってないし、なんなら逃げようとしてたってことすら気付いてないのかもしれない。友達から逃げるとか、彼女の常識の範囲外だろうし。

 

 そんなわけで元気な喜多ちゃんは、左手に持っていた包をこっちに見せてきた。

 

「ね、せっかくまた友達になれたんだし、一緒にご飯食べましょ! 2人はお弁当派?」

「私はお弁当。朝作って来た」

 

 いつお腹を空かせた山田が現れてもいいように、お弁当はいつも大盛り。女子高生が取るにはちょっと多いかもしれないけど、燃費悪めな私にはこれくらいでちょうどいい。

 

「あっ、私も……学食なんて陽キャの巣窟だし行けるわけないしぃ……

 

 漏れ出す悲しき偏見はともかく、後藤もまたお弁当派だ。

 彼女が例のぼ喜多スペースで、美味しそうにからあげとかスパゲッティとか食べてるのを私はよく知ってる。子供舌可愛すぎでしょ♡♡♡ 甘やかしたい♡♡♡ ほら、このミニハンバーグあげるから食べてね♡♡♡

 

「あっ、えへへ、ありがとうございますぅ……」

 

 さて、これで後藤はなんだかんだ丸め込めた……というか目の前のハンバーグに夢中になってしまい、なあなあで受け入れるしかなくなったな。

 

 突発的かつ予想外のイベントではあるけど、喜多ちゃんの好意を無下にするわけにもいかない。

 これは喜多ちゃんと後藤の仲が深まる絶好のチャンス! ……を、私がすぐ近くで観測できる確率変動スーパーぼ喜多モード突入! なんだから!

 

 私は後藤がその口をハンバーグでパンパンにしている間に、改めて喜多ちゃんを手招きしてクラスに招き入れた。

 彼女はぱぁっとその表情を明るくし、てこてこと走り寄って来る。なんだその可愛すぎる動作♡ はいこの映像永久保存決定♡ 映画館で3億回リピート再生させろ♡♡♡

 

 

 

 ……と、そんなわけで。

 それから私は、何だかんだ一緒にご飯を食べる友達を得られて嬉しそうな後藤と、ちょくちょくやってくる喜多ちゃんと一緒に昼食を取ることになったのだった。

 

 で、それだけならまだ良かったんだけど……いや、ぼ喜多を間近で享受できるんだし、むしろ最高オブ最高だったんだけど。

 

 その数日後の昼食で、事件は起こったのだ。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 その日も、喜多ちゃんはウチのクラスにやってきた。

 驚異的なことに、彼女は5日中3日くらいは後藤とご飯を食べに来てる。自分のクラスの内政は大丈夫なのかな、とちょっと不安に思わなくもないけど……まぁ喜多ちゃんだし大丈夫か。

 

 そんなわけで、今日も今日とて後藤にメンチカツを与え、穏やかな笑顔可愛すぎワロタしていると……。

 ふと喜多ちゃんが、思い出したように言ってきたんだ。

 

「あ、そうだ! 私と後藤さんから、茶子ちゃんに提案があって!」

「あっ、そ、そうです! 提案!」

 

 なんと、後藤まで慌ててメンチカツを呑み込んで緊急同調。何事だろうか。

 

「何? 聞かせて」

 

 この2人の提案なら、なんでも聞いちゃうからね♡ いやまぁ限度はあるけど、流石にどこどこの国が欲しいとか、そんな無茶なことは言ってこないだろうし。

 私は表情にまでは出さないものの、ニコニコハイテンションで彼女の言葉を待った。

 

 ……待った、の、だが。

 

 喜多ちゃんのぷるっぷるの綺麗な唇からこぼれ落ちたのは、私の遥か想定外の言葉だったんだ。

 

 

 

「茶子ちゃんも結束バンドに入ってほしいなーって!」

 

 

 

「うんう……、…………は?」

 

 ?????????????????

 

 私、結束? バンド、入、何、何故? 願、理解不能、謎、どうして、喜多ちゃん、は?

 

 困惑。ひたすら困惑。

 え、何、本当に何? なんで私が結束バンドに? 入る? 入ってほしい? なんで???

 あーもう、また想定外の事態じゃん! 最近こんなんばっかだな私! もうハイスペック系転生者って看板下ろした方がいいかもわからんね。

 

 あまりにも想定の斜め上を行く言葉に硬直してしまった私に対し、喜多ちゃんはぐっと両の拳を握って力説してくる。

 

「昨日後藤さんと練習の時話しててね? 私、ギターも初心者だし歌も歌わなきゃいけないわけで、ちょっと厳しいかもなーって話になって。

 ほら、困難は分割せよって言うじゃない? だから、茶子ちゃんにどっちか任せられたらいいかなーって思うんだけど……!」

「え、えぇ……っと、それは……」

 

 いや、いや……いやいやいや。

 

 駄目だよ!? 私入らないよ!?

 だってこれ自分で決めた道だもん! 皆の仲間になるっていう悪魔の誘惑を振り切って、昨日だってすっごく虚しくなったりもしながら、それでもなんとか頑張ってこの道を貫いてるんだよ!?

 それなのに今更方針を曲げるとか、駄目だよ本当にそれだけは!!

 

 ……とか、そんなに強くも言えないのが悲しいところ。

 だって相手は喜多郁代、私の推しの1人だもん。オタクが推しの提案を断る時に、強く出られるわけがない。そもそも本当は断りたくもないっていうのに。

 

 そんな私の躊躇をどう捉えたか、喜多ちゃんは更にその身を乗り出して言ってきた。

 

「茶子ちゃんも音楽とかやってなかったんでしょ? でも私もそうだから大丈夫! 一緒に練習していきましょう!

 それに茶子ちゃん、昔から何をやっても上手くなるのすっごく早かったもの! 今回もきっとすぐに追いつけるわよ!」

 

 キターン! とした表情で……いや、若干ふんすふんすと興奮した様子で、私のことを誘ってくる喜多ちゃん。

 助けを求めるように後藤の方を窺うと、しかし彼女も「うんうん!」と頭を上下にぶんぶん振っていた。ゴトータスお前もか。

 

 いやしかし……困ったな、これは。

 私は結束バンドに入らないと決めた。これは絶対だ。たとえ誰かに強制されても決して譲らない鉄則。

 

 ……でも、こうして推しにお願いされると、ちょっと断り辛いものがあるのも事実なんだよねぇ。

 

「ね、茶子ちゃん……駄目、かしら?」

 

 う、喜多ちゃんめ、そんな上目遣いにこちらを見て……! 流石は陽キャの化身、自分の可愛さを120%理解していらっしゃる! きゅるんとした綺麗な瞳♡ 綺麗なお肌♡ ぷるぷるの唇ぅ♡ あーもうホントめちゃくちゃ美少女♡♡♡ しゅき♡♡♡

 

 思わず反射的に頷きかけて……この身に宿るあらゆる力を総動員し、かろうじて首の動きを止めた。

 

 ……だ、駄目。

 絶対駄目! 頷いちゃ駄目!

 もしここで私が加入してみろ、サークルならぬバンドクラッシュの原因になりかねないんだぞ!? そんなの彼女たちを推すオタクとして絶対の絶対に駄目でしょうがッ!!

 

 更に言えば、私は所詮、ただのオタクに過ぎない。

 このかけまくもかしこき百合の花園に土足で踏み入ることは許されない。

 

 原作の……「ぼっち・ざ・ろっく!」の、ぼ喜多、ぼ虹、ぼリョウ、ぼ星、ぼ廣。それら輝く星々の並びを、決して乱してはならない。

 私は星見人であって、星ではない。そこは絶対に勘違いしちゃいけないんだ。

 

 だから……だから、負けちゃ駄目! こんな……推しのグループに来ないか、なんていう悪魔の誘惑に乗っちゃ駄目なんだ!

 自分を強く持て、灰炉茶子! これは「試練」だ、誘惑に打ち克てという試練と私は受け取った!

 

 悪魔に『もしもお前が盲目的なファンなら、結束バンドに入るがいい』と言われたら、『オタクは推しに触れてのみ喜ぶに非ず』と答える。それが敬虔な信者というもの……ッ!!

 

 大丈夫、見てて、皆!

 私、喜多ちゃんの誘いになんか、絶対に負けない!!

 

 

 







 転生者には負けられない時がある……ッ!
 ちなみに負けると尊厳完全破壊、精神崩壊して廃人化するのでリセ確定です。



(追記)
 誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!
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