ぼざろ世界を全力で楽しみたい転生者の話   作:アリマリア

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ただし、転生者も人間であるものとする。

 

 

 

 こんなこと言うと、めちゃくちゃナルシストに聞こえるかもしれないけど……。

 私、これでも結構な高スペックな自信があるんだ。

 

 大体の物事に手を出せば結果は残せる。

 というかぶっちゃけ、手を付けて結果を残せなかったことはない。

 手前味噌ではあるけど、私はいわゆる「天才」というヤツに該当するんだと思う。

 

 ……が、私も人間であるからして、ミスを起こさないわけではない。

 

 この頬の傷と両親との件が典型的だろう。

 当時の私は、「親」というものへの配慮に欠けていた。

 というかはっきり言えば、ちょっとばかしテンション上がり過ぎておかしくなってたと思う。

 

 

 

 いやだってさ、私、前世じゃまぁまぁアレな死に方したんだよ。

 

 なんか体痛いなーって思って病院に行ったら、いきなり余命5か月ですって言われてさ?

 マジかー、やりたいこともやり残したこともいっぱいなんだけどなーって思ってたら、不意に眠気が襲って来てさ?

 気付けば自由意志もなく病院に拘束されて、最後の1か月くらいは全身の激痛を神経麻酔で騙し騙しに無理くり生かされてたわけでさ。

 

 ……今思うとアレ、だいぶ人道からかけ離れた行為だな?

 そりゃあ私……前世じゃ俺か。俺の才能を惜しんで、できるだけ情報を吸い上げてから死んでほしいって気持ちはわかるけどさ、あと数日しか持たない意識も朦朧とした病人に自白剤とか打つかねフツー。殺す気かよ。死んだけど。

 

 

 

 ……いや、まぁ、うん。

 別に前世の死因自体はどうでもいいんだけどね。

 

 転生者に悲しき過去──。とか、そんなのはこの世界の物語の主軸になるべきではない。

 この世界の中核は、青春を生きる女の子たちが、精一杯に自分の生き方(ロック)を貫く物語。

 そこに前世の俺の話を持ち込むのは、なんというか、世界観的に場違い感がすごくなっちゃう。

 

 私自身そこまでこの過去を気にしてるわけでもないので、私を観測される上位存在的皆さまに付きましても、どうかお気になさらず、といった感じ。

 むしろその入院生活の中で「ぼっち・ざ・ろっく!」に出会えたという部分もあるので、私からすりゃ差し引きで見ればかなりプラスだしね。

 

 とにかくそんなわけで、「どっす! ぐちゃっ!」俺は死んだ。スイーツ(笑)。

 

 

 

 ……と、思っていたのだが。

 俺は気付いたら、なんか知らんが女の赤ちゃんになっていたのだ。

 

 

 

 正直に言うと、転生直後は割と本気で困惑した。

 

 もしかしてアレか? 麻酔が切れた激痛と幻聴と呼吸困難に夢中になっていた俺は、背後から近づいてくる医者に気付かなかった。俺はその医者にふしぎな薬を飲まされ、目が覚めたら……体が赤ちゃんになってしまっていた! とか、そんな感じ? その手ぇ離したら殺すで? いや殺されたのはむしろこっちだが?

 

 などと、当時は狼狽しまくっていたが……。

 自分の性別を司る最も大きな特徴が綺麗に消失していたことや、自分を私の両親と思い込んでいる精神異常者(なお実際は精神異常者は私の方だった模様)の存在、俺に以前のものとは全く別の戸籍があるらしいこと、調べたらマジで俺と両親の遺伝子が繋がっていたことなどから、どうやらこれが転生であると把握。

 

 いや把握っていうか、それ以外の説が全部潰れて、残ったのが異世界転生っていう「正気かこれ?」みたいな説だったんだけどさ。

 まぁかの有名なヤク中バリツ馬鹿も「ありえんみの深い可能性ポイーして残った択はどんだけありえんみが深くても事実」みたいなこと言ってたし、まぁ受け入れるしかないよね、うん。

 

 

 

 で、そういった事情を把握した私は、まぁ当然ながら、失意のどん底に落ちた。

 また生きるのめんどくさすぎワロタ、と。

 

 「才能がある」と聞くと、それはもうこれ以上ないくらいにプラスなことに聞こえるかもしれない。

 だが、持たない者が持たないが故の悩みを抱えるように、持つ者も持つが故の悩みを抱えているものだ。

 

 では、多角的な才能を持つ私の悩みはと言うと、それは……。

 

 生きるモチベーションの無さ、だ。

 

 人間は大抵の場合、向上を目指して生きる。

 もっと学びたい。もっとスキルを得たい。もっと経験を積みたい。もっと良い暮らしを。もっと良い食事を。もっと良い睡眠を。もっと良い快楽を。

 つまりは、今よりも更に良い、生を。

 人は、今よりもっと良く生きるために前を向いて歩いていくことのできる、素敵生物なのである。

 

 ……が。

 才能がある人間は、残念ながらこれに該当しない。

 

 簡単に学び終える。簡単にスキルを得る。簡単に経験を積める。暮らしも、食事も、睡眠も、快楽も、簡単に改良し尽くしてしまう。

 そうして行き着く果ては……何もない。

 これ以上何も進めることがない状態にまで進めてしまう。

 あるいは、進めても意味がないことに気付いてしまう。

 

 そうやって、生きる事に、飽きてしまう。

 

 例えるなら……そうだな。超絶やり込んだゲーム、と言えばいいか。

 やり込みにやり込んで、あらゆるステータスもジョブもスキルも持ち物もカンストさせて、あらゆる遊び方で遊びつくして、最強の裏ボスさえパンチ1発で確定で沈むようになった状態。

 

 私にとって、人生ってそんなもの。

 もうこれ以上やることもないし、やる意味もない、終わりの見えてしまっているものだ。

 

 

 

 そんなわけで、私は前世の終盤から今世の序盤において、極めて無気力だった。

 

 この世界は、私には狭すぎる。簡単にクリアしてしまうし、クリアした先に何もないのはわかってる。

 だから……まぁ、今にして思うと両親にはすごく申し訳ないけど、この世界に誕生した意味はない、と。

 当時は、そう思っていたんだ。

 

 まぁ、生きるモチベーションがないからと言って、死ぬモチベーションがあるわけでもない。

 故に、何も成さずに平穏無事に、ただぼんやりと死ぬまでの時間を浪費する、というのが当時の私の人生設計だった。

 無駄に不和を起こすこともなく、だからと言って協調しすぎるわけでもなく、空気のように放っておかれる、いてもいなくてもいい存在。そんなものに私はなりたい。

 

 ……いや、この目標自体は今もそんなに変わんないか。

 今目指してるのはいてもいなくてもいいSTARRYのバイト君だしな。

 

 結局私は根本的に、主人公になる程の主体性のない人間なんだろうね。

 

 

 

 ……で、そんな私だったんだけど。

 小学5年の時に喜多ちゃんにエンカウントし、ここが「ぼっち・ざ・ろっく!」世界と知った時……。

 

 初めて、生きる意味を得た気がしたんだ。

 

 前世において、人生最後の5か月に履修した作品。

 当時の俺のメンタルと完璧に噛み合ったのか、久々にこれ以上ないくらいに楽しめたアニメと漫画。

 

 その世界に生まれ付いたことから、私は自らの人生を定義した。

 即ち、私はこの「ぼっち・ざ・ろっく!」世界を、好き勝手に全力で楽しみつくす……。

 そのために、再び生まれて来たのだ、と。

 

 

 

 さて、ここまでが、私が自傷事件を起こすまでの心境の変化だ。

 

 ここまで語ればだいぶ察してくれると思うんだけど、当時私、かなりハイになってたんだよね。

 生きるのが楽しいって感触はかなり久々だったし、ぼっち・ざ・ろっく! しか勝た~~~ん!! って気持ちが今よりずっと強かった。

 ……ごめん、流れで嘘吐いた。正直その気持ちは今の方が強い。そりゃ結束バンドの近くにいられるんだから当たり前だよね。

 

 まぁとにかく、当時空欄だった生きる目標が記入されて、舞い上がっちゃってたことは間違いなくて。

 だからこそ私は、両親のことを軽視してしまった。

 というか、普通の人間の感情の動きというものを、計算に入れ忘れてしまったんだ。

 

 ほら、私はちょっとアレだから、家族が自傷したくらいじゃそんなにショック受けたりはしないんだよ。

 そりゃ勿論残念には思うけど、「あなたがその道を選んだなら」って受け入れられる。

 その人のことを想って止めた方がいいって言うくらいはするかもしれないけど、そんなに動揺とかはしないと思う。

 

 でもさ、世の中、そういう人間ばかりじゃないんだよな。

 大事な1人娘が自分の顔に傷を作ったとなると、そりゃあびっくりするし悲しむ。

 それが普通の人間なんだわ。

 

 で、前世の延長の感覚で生きていた私は、両親の涙を見て、自分の間違いを悟った。

 

 

 

 つまるところ、さ。

 私の両親を名乗っていた2人は、こんなイカれた可愛げのないクソガキのことを、この上なく愛してくれていて……。

 確かに、間違いなく、「私」の両親だったってことだよ。

 

 

 

 うん。

 人を害する悪鬼羅刹を自負する私だけど、流石にこうまで愛してくれる聖人両親に対し、何も思わないわけじゃない。

 というか、色々とわかっちゃってる私だからこそ、その存在の尊さがよく理解できる。

 

 親なんて性欲と執着と惰性の塊、愛情なんてものは夢物語だとばかり思ってたんだけどねぇ……。

 いやはや、世界は広くて、案外まだまだ知らないこともあるな、と。

 私はそう思わされ、両親から少しだけ生きる気力をもらったのだった、まる。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ……さて。

 そろそろ隙あらば自分語りは終わりにしよう。

 

 私がこんなどこにも需要がなさそうな激寒一人語りを延々と思考したのは何故か?

 それは、「私だって時と場合によってはミスすることもある」ってわかってもらうためだ。

 

 前世で言えば、信頼してた医者に一服盛られたこととか。

 今世で言えば、両親の気も知らずに自分勝手したこととか。

 直近で言えば、喜多ちゃんの好感度調整をミスしたこととか。

 

 後になって「なんであんなことしたんだろうな私は」って思うことは、枚挙にいとまがないって程じゃないけど、まずまず存在する。

 まぁそういうの大半が結果論だったりするんだけど、結果論だろうと悔しいもんは悔しい。もっと良いやり方が、もっと良い終わりがあったんじゃないかって夜に枕を濡らしてしまう。

 

 で。

 今回も恐らく、そんな私の失敗の1つが、彼女にその選択肢を強いてしまったのだと思う。

 

 

 

「…………」

「……後藤?」

「あ、は、はい。えっと……あ、うん……

 

 今、私の目の前には、ピンク髪にピンクジャージというトンデモ最かわファッションモンスターのクレイジーキュートガール♡ 最強無双唯我独尊絶対的主人公の後藤ひとりが座っている。

 

 その視線はあくせくと左右を行ったり来たりと落ち着かない。

 うーん……。後藤があんまり緊張しないようファミレスを指定したんだけど、半ひきこもり状態の後藤にはここでもハードル高かったかー。

 原作でも「コンビニですら気合入れないと入れない」って言ってたもんな。漫喫とかを指定すべきだったか。

 

 まぁ、そもそも私をここに呼び出したのは、後藤側だったりするんだけどさ。

 彼女の「相談したいことがあって」ってメッセージに「どこに行けばいい?」って返したら「このファミレスで」って返って来たんだよね。

 後藤の性格を考えるに、「同級生とファミレスでダベる……私、すっごいリア充だ!!」みたいに思ったのかもしれないけど、この調子ではとても楽しくお話とはいかなそうだ。

 

 

 

 ……さてと。

 曇らせ苦手板の人間としちゃ、後藤にこんな顔させたままなのは据わりが悪い。

 早急にその輝く笑顔を取り戻すとしよう。

 

「後藤、パフェとか行けるタイプだよね?」

「ぱ? あ、はい……多分、大抵のものなら」

「りょ」

 

 手元のパッドから、一番高いパフェをオーダー。

 まぁ一番高いって言っても千円ちょっとだ。私の財力からすれば小銭みたいなもの。推しへのスパチャとして安っぽい気もするけど、こういうのって奢られた方が気持ち美味しいしね?

 

「え、あ、ちょっ」

「奢るよ。いつも、良い音聞かせてもらってるしね」

「良い音って……え、えへへ……」

 

 私はお昼休み、毎日のようにぼ喜多のギタ練に同席させていただいている身だ。

 勿論、そこで自己主張する程の無作法者ではない。おとなしく隅っこの方で縮こまって、こそっと激うまヒーロー演奏と頑張ってるキターン演奏の二重奏を録音させていただいてるわけだけど、それでもチャージ料だけで何千何万と取られるべきものなのは間違いないし。

 なにせ相手はギターヒーロー、その音はあらゆる衆生を解脱に導くもの。

 それを個人的に聞かせてもらうことがどれだけ価値を持つかは、もはや金銭の定規で計り切れるものではないのだ。

 

 こんなパフェ程度で少しでも払えるとは思えないけど、まぁゼロとイチは全然違うし、コツコツ貢がせてもらうとしよう。

 

「というか、後藤、お腹減ってない? ハンバーグとか唐揚げとか、食べたかったら食べてもいいよ。ここは私が持つから」

「あっ、い、いえ……陰キャの唾液をまき散らすのもお店に申し訳ないですし……」

「うーん、感染症対策バッチリ。やっぱり後藤はすごいね」

「す、すごい? うへ、えへへ」

 

 わぁ、後藤さん、すぐ調子乗っちゃうのね~! 素敵、抱いて!

 ……とかならんかなぁ。私、喜多→後藤前提の後藤対象限定で恋愛感情振り切った結果貞操観念緩そうになる喜多ちゃん概念好きなんだよね……。

 

 

 

 しばらくして、注文したプチでかパフェが運ばれてきた。

 ……いやこれだとプチなのかでかいのかわかんないな描写的に。リトルビッグパフェ? それとも若干大きいパフェ? どうでもいいか。

 

 後藤はそれを見て、表情をぱぁっと輝かせ、ちっちゃいスプーンでクリームを掬って一口。

 その瞬間、固まっていた表情をとろんと緩む。

 緊張気味に寄っていた眉は垂れさがり、口角は上がった。

 如何にも「美味しい~……!」って感じの表情だ。うーん、この子供舌♡♡♡ 普段のヒーロー性とのギャップがすごくてバブバブしちゃいそう♡♡♡ いやバブバブしてほしいのは後藤だし、その先はやっぱり虹夏ちゃんが良いと思うのですが。しかし聖母虹夏ちゃんと救世主後藤の抱擁、普通に宗教画として通用しそうだな。軽くスケッチ取ってもいいですか?

 

「んで、後藤、用事って言ってたけど、何?」

「あ! んぐ、えっと……」

 

 夢中になってパフェを頬張っていた尻尾ぶんぶん無邪気ポメラニアンだった後藤は、びくっと手を止めて、置いていたエコバッグみたいな肩提げバッグの中から一冊のノートを取り出した。

 その表紙には……あぁ。

 

 やっぱり、こうなっちゃうか。

 ……こう、なっちゃうかぁ~……。

 

「そ、その、来ていただいてすみません。ちょっとその、今度皆に出す歌詞について、相談というか、その、これでいいのかなーって……」

 

 

 

 あぁ、クソ。

 失敗した。

 

 本来後藤がここで歌詞について相談を持ちかけるのは、山田だった。

 そこで「普通のバンドらしい」歌詞を見た山田が、過去を思い出し、後藤に打ち明ける。

 それを以て、結束バンドは結束バンドらしい1歩を踏み出す、と。

 

 ……そんな正史に、なるはずだったんだ。

 

 しかしどうやら、私は原作に介入しすぎたらしい。

 いや、正直私は特別なことなんて何もしてないと思うんだけど……。

 どうやら後藤から灰炉茶子への好感度は、予測よりもだいぶ高かったみたいだ。

 

 結果として、後藤は相談相手に、山田ではなく私を選んだ。

 選んで……しまった。

 

 馬鹿。マックス馬鹿。アルティメット馬鹿。アトミック馬鹿。

 完全に舵を切り損ねてんじゃねーか。

 なんでだ、なんでこんなのことになった???

 どこで好感度調整ミスったんだこれ、というか前回もあったよねこういうこと。反省はしたつもりだったけど。なんで? 後藤が私を好きになる原因なんてどこにもないのに。私みたいな性悪が好かれるわけないのに???

 

 

 

 必死に表情を繕いこそしたけど、脳内ぐちゃぐちゃでまともに口を開けない私を前に、後藤は俯いたまま話を続ける。

 

「あ、その……灰炉さん、それでも近くで見てくださってますし……まずは結束バンドの皆の前に、灰炉さんがこういうのどうかって、聞いてみたいっていうか……バンドとしてこういうのでいいのか聞きたいっていうか、その……

 

 あ、なるほど。

 私に頼んだのは、あくまでファン視点での話を聞きたかったから、と。

 

 なぁんだ良かったー! いやマジ本気でビビった、また好感度の調整ミスしちゃったと思ったわ!

 いやまぁ私程の高スペック人間がそんなにミスを頻発するわけないとは思ってたけどさ! はービックリしたホント!

 

 しかしそうか、結束バンドに近い位置にクラスメイトのオタク君が1人追加されると、後藤はそっちに話を聞きに行くのか……。

 正直後藤って、外に評価を求める外向的な部分はあるけど、同時にゴリゴリに自分の世界に入るダウナー系なところあるし、どちゃくそ好感度稼ぎでもしない限りは結束バンド内に意見を求めるって予想してたんだけどなぁ……。

 完璧に予想が外れてしまった。我ながら先読みガバガバすぎるな。

 

 いやまぁ、一介のオタクたる私如きが後藤の全てを理解した気になってたのが間違いだったな。

 ぼっち・ざ・ろっく! は深淵だ。全てを知った気になっても、ローテするたび新たな気付きがある。だからこそ惹きつけられたところも大きいし。

 その主人公たる後藤に関してのことなんだから、そりゃあ私も知悉はできない。

 どれだけ備えても、不測の事態は起こり得るんだ。今回の失敗は、これからの反省に繋げよう。

 

 

 

 よし、取り敢えずこの件は一旦さておき、だ。

 どんどん言葉尻がすぼんでいく後藤の言葉を、捨て置いてはおけないな。

 

「取り敢えず、ありがとうって言わせてほしいな」

「え? あり?」

「困った時に頼る先に、私を選んでくれたこと。後藤の力になれて嬉しいよ」

「あ、そ、その……えう」

 

 取り敢えず本心からの感謝を告げると、後藤は小さく呻き、完全に俯いてしまった。

 

 あかん、急に距離詰めすぎたかこれは。

 陰キャにはパーソナルスペースがあり、不用意にそこに踏み込まれると拒絶反応が出るものだ。

 ちょっと今のは後藤に対して踏み込み過ぎたのかもしれない。以後気を付けねば。

 

 いやまぁ、気を付けるって言っても、多分これからも金銭や労力をお貢ぎさせていただくことは変わらないけども。

 推しに貢ぐのはオタクの性なのだ。どうかお許しいただきたい。

 

 

 

「……さて、それじゃ本題だけど。

 正直に言って私、音楽に関しては不案内だ。文章を書くのは苦手でもないけど、普通の文章と歌詞では色々と勝手も違うと思う。

 そういうわけで、私の意見はあまり参考にはならないと思うけども」

 

 私は頼りにならない。頼るならやっぱり音楽に詳しい山田が良いよ。

 取り敢えずはそう言って、本来のルートである山田への相談に繋げようと思ったんだけど……。

 

「あ、そっ、それでも! それでも、まずは灰炉さんに、その、聞いてみたいな、って……」

 

 俯いていた顔をがばっと上げて、後藤はそう力説してきた。

 

 ……ん。まぁ、理解できない話じゃないか。

 私も創作に身を置いて来た時期があるし、視聴者・読者側の意見が欲しくなる気持ちは、理解できる。

 

 できる……が。

 だからと言って、原作の流れを歪めるのも問題だ。

 

「わかった、感想は言う。けど、あくまで素人意見ってことを忘れないでね」

 

 よし、こう前置きすれば問題ないはず。

 私は程々に意見を言った後、「やっぱりよくわかんないからさ、山田にも聞くといいと思うよ」って誘導すればいい。それで問題なくルートは収束するはずだ。

 

 まぁ最初に私の方に来て時間を使っちゃった以上、最悪「あっ、へ、へい大将やってるぅ~?」は聞けないかもしれないが……正直それが死にたくなるくらいに辛くはあるが……ッ!

 それでも、原作の大まかな流れは保たれるんだ! いわゆる次善の策ってヤツ!

 

 よし、行くぞ……!

 

 

 

「それじゃ、見せていただくね」

「アッハイ、ドゾ……」

 

 まるで半角カタカナみたいな喋り方の後藤からノートをお貸しいただき、謹んで拝読いたす。

 

 まず目についた中身は……おぉ、アニメと漫画で100億回見た後藤のサイン(草案)だ!!

 並んでいるのは、アルファベットのちょっと透かした「Hitori」とか、シンプルに飾らない「ごとう」、走り書き感出してちょっとクールな「後藤ひとり」、ポップでキュートなイメージの「Bocchi」、流麗でサインっぽさを前面に出した「ひとり」、筆記体っぽい超綺麗な「Bocchi」、丸さと可愛さに振った「ぼっち」、多分バリエーション確保のために考案されたであろう「ごっち」と……いやごっちって何?

 中でも「決定!」と書かれてる、後藤一押しらしいサインは、山田にも「ロックバンドとしては幼い気がする」と指摘される、ポップでキュートな「Bocchi」だ。

 う~~~ん……いや決して後藤の決定を非難するわけじゃないんだけどさ、多分大衆が抱くであろう「後藤ひとり」とはイメージがズレる気がするな、これ。

 後藤ってさ、実際の中身はどうあれ、バンドマンとしちゃ、あんまりトークとかで自己主張しすぎず、ただ圧倒的なギタテクで見せるクール系じゃん? そもそもバチクソ整った顔面してるし、演奏に集中してる時は表情から陰キャ要素が消えて真面目なヤツになるから、シンプルにめちゃくちゃカッコ良いんだよね。毎日昼休みにきゅんきゅん♡させられてるよこっちは。多分目にハートマーク浮かんでると思う。いやこんなオタクの快楽堕ち表情とか誰得だけど。

 で、そんなわけでクール系の後藤なんだけど、それでは終わらないのが彼女の真の魅力だ。

 そう、この子ただカッコ良いだけではなく、時々すごいパフォーマンスも見せたりするのだ。文化祭ライブで客席にダイブしたり、かと思ったらめちゃくちゃ良いMCしたりね。

 しかもその際の思考開示がないので、外から見てると唐突にその行動を取ったように見える。

 ファンからすれば、え? なんでいきなりダイブしたの? え、かと思ったらめっちゃMCいいじゃん? となるわけだ。

 総評すると、一般ファン視点から見た後藤ひとりというバンドマンは、普段はバチクソカッコ良い顔面と上手すぎる演奏で魅せ、時々意味のわからんパフォーマンスをしたりめちゃくちゃ良いこと言ったりする、あまりにもよくわからん不思議ちゃんなミステリアスガールに映ると思うんだよな。

 そういう意味じゃ、個人的にはこのサインの中だと「Hitori」とか「ごとう」辺りが雰囲気マッチしてて良いと思うんだけど……。

 ……いや、待てよ? 冷静になれ灰炉茶子。私は今、結論を急いているのではあるまいか?

 不思議ちゃんというのは、天然だからこそ価値を持つ。隠れていても養殖モノは匂いでわかりまするぞ。

 そう考えると、ある意味で「外から不思議ちゃんに見えるであろう後藤ひとり」がこのサインを選んだ以上、その「らしくなさ」が逆に不思議ちゃん成分を補強するのではないか?

 ……そう、そうだ! そうなんだ!!

 この「後藤らしくない」サインが、逆説的に「後藤らしい」サインとなるのだ……ッッ!!

 これは高度に意味を内包した現代芸術! 氷の中難破する舟の像が就職に苦しむ若者を象徴するように、この後藤らしくないサインを選択すること自体が「後藤ひとり」というコンテンツの一部となっていて、それを選択するという彼女の決断を以て「後藤ひとり」は補完されるのだ!!

 クソッ……不甲斐ない、何と不甲斐ない! あれだけぼっち・ざ・ろっく! を、結束バンドを、そして後藤ひとりを愛していると謳いながら、私はまだまだ後藤ひとりへの理解が足りないんだ!!

 やっぱりこうして転生して、彼女たちを直に知り、改めて学ぶこともあるね。所詮は机上でのものでしかなかった知識と、現場に赴いて知る知識は全く別種のものだ。

 改めて、自らの了見の浅さを深く反省。スペックがいくら高くとも問題は発生してしまうのと同じく、このようにまだまだ見識が浅い部分もある。というかいくら噛みしめても無限に味がするのがぼっち・ざ・ろっく! なのだ。最高だよねホント。創造主(神聖五文字)様本当にありがとう♡♡♡ あなたに救われた命が確かにあります♡♡♡

 

 

 

 

「あの、灰炉さん……?」

「はっ」

 

 完全に飛んでいた思考が、後藤の言葉によって引き戻される。

 やっべ、後藤のサインについて考察してたら数秒が経ってたらしい。このハイスペック系転生者の思考を数秒とはいえ止めるとは、これが後藤のサインの真価なのか……!? もし私が異能力バトル系の強すぎるラスボスだったらこれが反撃の糸口になってたわ。流石は主人公(ヒーロー)、ラスボス絶対倒すマンである。

 

 

 

 と、それはさておき、だ。

 そろそろちゃんと、後藤の相談に乗らなければ。

 

「ん、ごめん。改めて、歌詞を見せてもらうね」

 

 ……とはいえ、内容は知ってるんだけど。

 

 この中には、後藤の書いた応援ソングの歌詞が載っている。

 本人曰く「無責任に現状を肯定する歌詞」らしいそれを、私は一文一句完璧に覚えてる。

 

 だからきっと、それを読んでも何も感じないと。きちんと後藤を元気付けながら山田に誘導できると。

 

 私は、そう、思っていたんだけど。

 

「そうだね、これ……は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……あぁ。

 

 駄目だ、これ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ノートを閉じて、立ち上がる。

 

「え?」

「ごめんね、後藤。私、あなたに適切な助言をすることはできそうにないや」

「あ、えと、は、灰炉さん……お、おっ怒って、ます? えっと、何か私、やっちゃって……?」

「いや、後藤は何も悪くないよ。むしろ私が全面的に悪い。ごめんね、今はちょっと冷静にアドバイスできる気がしないんだ」

 

 

 

 …………クソが。

 

 ああ、クソが、クソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがッ!!

 

 後藤の、後藤らしさが、良さが、あの毒々しい程の孤独が、絶望的な隔絶が、欠片たりとも出ていない。

 そこにあったのは、薄っぺらすぎて子供ですら騙せないような嘘だけ。探せばそこら中にありそうな、クソみたいなジャンク品のモザイクアートだ。

 

 こんなものに価値はない。

 ……少なくとも、私が救われた、「後藤ひとりの書く歌」ではない。

 

 なんで後藤はこれを書いた? こんな書きたくないものを、誰に、何に書かされた?

 根本的に彼女の中にある「こうしなきゃいけない」なんて感情は、一体どこから湧き出たものだ?

 同調圧力か? 社会通念か? 「このようにあれ」っていう目に見えない空気か?

 死ねよクソ共、頼むから今すぐ死んでくれ。後藤の純粋な美しさを、その密度と濃度を減らす前に、この世界から1人残らず消え去ってくれ。

 

 あぁ、言わなくてもいい。わかってる、わかってるよ。

 こんな怒りはぶつける先のない、持つだけ無駄で体力を浪費する、目を逸らすべきエゴイズムだ。

 胸の内に抱いても何の生産性もない。外に出すなんて論外だ。効率的に生きる上で、一時的な憎悪や激情程無価値なものもない。

 

 でも、でもな、ムカつくんだよクソがッ!!

 

 後藤に無遠慮に「こうあれ」と強いて来る、目には見えない空気。暗黙の了解。

 なんでそんなことすんだよ。自由に生きちゃいけないのか? この子がこの子らしく生きることは許されないのか?

 

 ふざけんな。この子の、この子らしさに救われた人間がいるんだぞ。今、確かに、ここに1人!

 それなのに、誰一人救えない、こんな毒にも薬にもならない文章の方が正しいって言うのか? この方が価値があるって、そう言いたいのか!?

 

 許さない。

 私は、絶対に否定させない。

 この子のこの子らしさを、後藤という人間の個性を、誰にも否定させてたまるかッ!!

 

 

 

 ……なんて。

 こんな激情を、後藤に見せるわけにはいかない。

 

 だから私は、滾る熱を無理やり抑え込んで、後藤に笑顔を向ける。

 

「……ごめん、帰るね」

「えっ……!?」

「歌詞についてのアドバイスは、山田に尋ねると良いよ。音楽に親しいあの子なら、私と違って確実に有益な意見をくれる。きっと結束バンドのために、そして君のためになると思う」

「あ、あの、ごめんなさい、そのっ!」

「さっきも言ったけど、後藤は何も悪くないよ。だから謝らないで、こっちの方が無様に感じちゃう。

 会計は払っておくから……それじゃあまた、学校で」

 

 その言葉を最後に、私は逃げ出すように後藤の前を立ち去った。

 

 

 

 ……あぁー、クソ。

 

 社会にも、空気にも……モブに徹すると決めながら、感情を殺し切れない自分にも。

 腹が立つよ、本当に。

 

 

 







 相手のために勝手に焦って勝手に困って勝手にキレる、これがいわゆる厄介オタクというヤツです。良い子の皆、こうはならないようにしようね!
 しかし転生者ちゃんの前世の話すると、ぼざろ世界とは世界観が全然違うこともあって自然とローテンションになりがち。次回から気を付けよう。



(追記)
 誤字報告をいただき、わざとでない部分は訂正させていただきました。ありがとうございました!
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