ぼざろ世界を全力で楽しみたい転生者の話   作:アリマリア

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ただし、彼女が転生者をモブと思うとは限らないものとする。①

 

 

 

「あーい、いらっしゃいませー、どーのバンド見に来られましたっすかー?」

「え、ロリが働いてる。労働基準法はどこへ?」

「あーい名誉棄損いっちょーう。私高校生でーす」

「高校生? え? その見た目で? え?」

「ぶっ飛ばしますぞーっす。でぇ、どのバンド見に来られましたっすかー?」

「あー、見に来たのはファンファニ」

「うーい。前売りっすか、当日っすかー」

「前売り。これで」

「あいー。んじゃドリチャー500円になってまーす」

「はい」

「ざーっす、ドリンクあっちーっす。それじゃお楽しみくっさーい」

「ありがと。……変わったロリだったなぁ」

「ロリじゃないっつってんだろーっす」

 

 そんなわけで私は、ライブハウスSTARRYでバイトをすることになった。

 

 ふっへへ、ライブハウスのバイトなんてちょちょいのちょいですよぉ。

 実際、ドリンクの入れ方とか接客とか掃除の仕方とか、単純に記憶すべきことは1日で覚えたし、後はひたすら業務をこなすだけである。

 あんまり難しいこともなかったし、私富士山日帰り登頂できるくらいには体力あるし、特に支障もなくこなせそう。

 

 強いて問題があるとすれば、毎度毎度ロリロリローリロリって言われてキレそうってことくらいかな。

 あぁ勿論、実際に怒ったりはしないけどね?

 流石の私でも、労働というものの尊さは理解しているつもりだ。

 こっちがお金もらう側で、あっちがお金払う側。である以上、流石にそんな個人的コンプレックスで喚き散らすような無作法は晒さない。怒られない程度に主張はするがね。

 

 ちらと時計を見ると、そろそろ18時。客足も落ち着く頃合いか。

 手元のメモに書かれた来客数の正の字に1本線を足すと、私は小さく欠伸を漏らした。

 こういう時マスクしてると、あんまり失礼にもなりにくいからいいよねぇ。いやマスクしてる理由は、別にそういうんじゃないけどさ。

 

 

 

「あ? チャコちゃん、何やってんの」

 

 そうこうしてると、私のご主人様、もとい店長さんがひょいっと顔を出してきた。

 

 あぁ~相変わらずどちゃくそ美人なんじゃぁ~♡

 怪訝そうに寄せられた眉、気だるげに垂れがちなまぶた、冗談抜きにルビーみたいな瞳、つやのある唇……!

 そのかんばせ、見てるだけで癒されるぜ。マイナスイオンか何か出てるでしょ絶対。パワースポットならぬパワーフェイスとして世界遺産にしよう。おらユネスコ、てめぇ働け!

 

「てんちょー、お疲れ様です! 受付の人が疲れたーって言ってたんで、代わりやってます」

「え? 外回りの掃除お願いしたよね?」

「もう終わらせました。たばこの吸い殻1つ落ちてませんよ」

「結構広かったと思うんだけどな……じゃあ悪いけど、裏のモップがけしといてくれる?」

「それももうやりました。あと控室の雑巾がけとゴミ箱の清掃と予備の看板の拭き上げ、気になったんでラックの磨き上げも。

 あ、壁に貼ってあった期限切れのポスターってどうすればいいですか? もし剥がしていいなら画鋲跡の補修もやっておきますね」

「えっと、30分くらいしかなかったよね……?」

「30分もあったので」

「あー……えっと、ポスターはこっちで整理するから大丈夫」

「了解です」

 

 ここぞと言わんばかりにお役立ちアピール。

 私はこれでも転生者、それも自分磨きを怠らなかった努力チーターだ。そりゃあただの入りたてのバイト君とは作業効率が違いますぜ。

 

 しかし残念ながら、こうかはいまひとつのようだ。

 星歌さんにはどこか引いたような表情をされてしまった。なんでや。

 

「その熱意はどこから出てくるの。給料も虹夏たちと変わらないのに」

「えっと……まぁ、捨てられないように、ですかね? 私結構無理やり雇ってもらいましたし、その分ちゃんと役に立たなきゃ、って」

「どんな経緯であれ雇った以上、そんな簡単に捨てたりしないって」

「じゃあ、その恩返しってことで」

「えぇ……」

 

 は~~~……。

 この呆れたような視線、クるなぁ……♡

 

 いや正直推しに向けられるならどんな視線でもクるんだけど、やっぱ星歌さんって言ったらこれよ。このちょっと呆れたような伏し目がちの視線よ。たまんない♡。

 正直このクールさだけで全然売っていける。アイドルに興味はありませんか? いくら払ったらチェキ撮ってくれるかな。30万までなら現金で一括払いできますよ?

 

 

 

 ……なんて。

 

 正直に言おう。

 その時、私は油断していた。

 

 まさか直後に、あんな爆弾が炸裂するなんて、想像だにしていなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

「ま、頑張ってくれるのは嬉しいけど……あんま無茶しすぎないようにね」

 

 

 

   なっ 何

 

 

 

「おごっ!!」

 

 背中から、強かに壁に打ち付ける。

 

 不可視の一撃。

 気を抜いた瞬間に襲い掛かった、即死レベルのデレの過剰供給。

 私は避けることも受けることも叶わず、いともたやすく壁まで吹っ飛ばされたのだ。

 

 ぐ、お……、結構、痛い……。

 危なかった……この5年間しっかり鍛えて来て良かった。もしも鍛錬が足りなければ、私の転生ライフはここで幕を閉じていただろう。

 なんと恐ろしい……これがツンツンツンツンツンツンデレさんの、溜めに溜めた一撃……! パワフルハーブ持ちASぶっぱ星歌さん、強すぎて環境荒らしまくり。

 流石、私の推しの1人である。おみそれしました。

 

「チャコちゃん!? 大丈夫!?」

「大丈夫です。全然平気。むしろ嬉しいまである」

 

 ふ、ふふ……推しによる最大火力を受けるなんて、オタク冥利に尽きる。

 むしろお金払いたいまであるよ。あと2回くらい受けたいんですけどおいくらですか? カード使えます?

 

「あ、そ、そう……。あー、じゃあドリンク行って、ライブ見てていいよ。受付は私がやっとくから」

「すみません、ありがとうございます」

 

 いやまぁ、私ライブとか全く興味ないんだけどね。

 でもそれはそれとして、確か今は彼女がドリンクスタッフしてるはず。その横顔を眺めるだけでこれ以上ない癒しになるだろう。

 

 ラッキー、とスキップしながら向かおうとした時、星歌さんから声がかかった。

 

「あ、言っとくけど虹夏にもちゃんと仕事させてね」

「…………」

「チャコちゃん?」

「行ってきます」

「おい」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ライブハウスSTARRYのバイトのお仕事は、主に4つに区分される。

 

 まず1つ目が、私がさっきやってた受付。

 来た客からチケットやお金を受け取ったり、こっちからはドリンクチケットを渡したり、「今日はどのバンドを見に来られましたかー?」とか「お楽しみくださーい!」とかコミュニケーションを取ったりする。

 4つのお仕事の中で唯一座ることができて楽と言えば楽なんだけど、お金やチケットの管理、来場者数のメモに計算と意外とやることが多いし、ミスった時の責任も大きいお仕事である。

 

 2つ目は、私がその前にやってたお掃除。

 まぁこれに関しては、あんまり説明することもないか。誰もが人生で1度は掃除したことあるだろうし。

 ライブハウスは当然と言うべきか、結構汚れやすい。こぼれたジュースのシミとか髪の毛はかなり出るし、床や壁の傷なんて日常茶飯事だ。

 なので、それを毎日毎日コツコツとお掃除するわけである。

 私はバイト中に暇になると、勝手にお掃除してたりする。やっぱり推しには綺麗な場所で活動してもらいたいしね。

 

 3つ目が、トラブルの報告とか雑用。

 何か起きたら取り敢えず話を聞いて、それを店長さんなりPAさん、照明さんたち大人組にお伝えする。

 まぁこれは時と場合によるっていうか、変にトラブルに首突っ込むと危険なこともあるし、状況を見ながらって感じだ。

 あとは店長さんに「悪いけど○○しといて」って言われたら、他のことより優先してやる。つまりは奴隷だ。でも星歌さんの雑用奴隷にならなってもいいよ♡

 

 で、最後の1つが、私の推しである彼女が今やっているドリンク……。

 

 

 

「あっ、チャコちゃーん」

 

 ドリンクカウンターから、ライブを邪魔しない程度の声で私を呼んでくれたのは……っ。

 

 にこっ。

 

 

 

 うっ♡♡♡

 

 

 

 あっ駄目です、うわこれホント、あちょっと待ってこれホントに無理。

 アニメで何度も見たすっごい純真無垢そうな柔らかい笑顔が、今、私に向けられてるゥ!!

 

 ダーメ! ダメダメダメですそれ! 可愛すぎ! 禁止!!!

 

「あっ、虹夏ちゃん」

「ほら、早くこっちこっち」

 

 ぱたぱたとドリンクカウンターから出てきた虹夏ちゃんに手を引かれ、あっ、手、手握られてる。あっ、待って待って待って、あっ良い匂いする、えっ本当に良い匂いするんだ、あれ後藤のひがみが生んだ幻聴ならぬ幻匂だと思ってたけどホントに良い匂いするじゃん、柑橘系っぽいけどちょっと甘い、これもしかして香水+彼女自身の匂いでしょうか。美少女って本当に甘い匂いするんだ、それはもうチートなのでは? 茶子は訝しんだ。 あっでもそう言えば私も親から「茶子はミルクみたいな匂いがするねぇ。茶子なのに」とか言われたことあるわ。茶子なのにってなんじゃい我が子から抹茶の匂いがしたらご満足なの? どんだけ宇治なんだよ。

 

 ……いやどんだけ宇治なんだよって何? どんな思考してればこんな意味不明な文章が出力されるんだ。イカれてんのか?

 暴走し過ぎた思考が、一周回って急速にクールダウンした。この間0.1秒。恐ろしく速い落ち着き、私でなきゃ見逃しちゃうね。

 

 

 

 さて、落ち着くのも兼ねて、改めてこのバイトの4つ目のお仕事の紹介に戻ろう。

 

 4つ目の仕事は、ドリンクスタッフだ。

 受付でチケットとは別途に500円(割と暴利)払ってもらえるドリンクチケットは、今私と虹夏ちゃんがいるドリンクカウンターでドリンクに交換できる。

 名目上飲食店の面目躍如といったところか、その種類は想像以上に多種多様で、水や緑茶にウーロン茶、コーラなどのソフトドリンク、ビールにハイボール、カクテルといったアルコール、変わり種だとトニックウォーター(甘苦い炭酸水みたいなの)とかも置いてる。でもドクペはない。オタク悲しい。

 

 この作業は他に比べてかなり人気だ。何故かと言うと、他のと違ってライブを見ることができるから。

 私は結束バンド……と、SIDEROSとSICKHACKとケモノリア以外のライブとか、部屋に落ちてる髪の毛くらいの興味しかないんだけど、虹夏ちゃんと山田は勉強になるからってよく見てる。

 そしてそういう時に覗ける彼女たちの無警戒な横顔は国宝級の美しさで、そういう意味では私もドリンクスタッフは大好きだ。愛してるまである。いやごめん嘘、愛してるのはこのぼざろ世界全てだよ♡

 

 余談だが、原作の中で「顔が良い」と明言されている山田は勿論とてもすごいのだが、正直虹夏ちゃんも私から見ると同レベルで整った顔立ちをしている。あ、いやこれは間違いかもしらん。「整っている」と言うとどうしても山田のイメージがあるな。虹夏ちゃんのはなんというか、顔の各パーツが可愛らしく揃っている、というのが正しいかもしれない。正直私から見ればどちらも超絶美少女なので、なんで喜多ちゃんが虹夏ちゃんに反応しないのか疑問に思うレベルです。そもそも顔のパーツって結構人の好みが出る部分だと思うんだけど、それにしてもこの世界は虹夏ちゃんの顔の良さならぬ顔の可愛らしさを知らなすぎる気がする。ああいやしかし冷静に考えると、虹夏ちゃんの良さってその豊かな表情によるところも大きい気がするし、確かに素材の良さだけで言うと劣るのかもしれないけど、しかしそれでも山田を95点とすれば虹夏ちゃんは93点あると思うんだ。2点がここまで大きく評価を分けるってどうなって……あ、もういい? お前の語り冗長で飽きる? そう? ごめんね。

 

 では、話を戻して。

 

 直前までそのドリンクスタッフをやっていたのが、伊地知星歌さんの妹さん、かつ結束バンドのドラム担当、伊地知虹夏ちゃんだ。

 

 お姉さん譲りの金髪と赤目というオタクキラー属性を持つが、しかしその雰囲気は星歌さんとは対極的。

 柔らかな垂れ目は活発そうに開かれ、その口はいつだって笑顔を形作っている。つややかな金髪は長いサイドテールにして垂らされ、快活な彼女と共に跳ね回る。

 総じて、活発、明るい、健康的。これらの言葉が適切な形容になるだろう外見の少女である。

 

 そして、その性格は……。

 

「もしかしてチャコちゃんもドリンクスタッフ?」

「はい、店長さんに受付代わってもらって」

「そうなんだ。じゃあせっかくだし、一緒に見ようよ!」

 

 うぅ、このキターン! ならぬニジカーン! パワー、めちゃくちゃ眩しい……!

 

 そう、虹夏ちゃんは、喜多ちゃんとはまた違う意味で明るい子だ。

 喜多ちゃんを天然の太陽とするなら、虹夏ちゃんは人工のLED。本質的には内向的なのに、自分から明るい雰囲気を出して、周りを盛り立ててくれるムードメーカー。

 

 結束バンドのリーダーであり、まとめ役であり、ママであり、それでありながら一番色んなことに悩み、頑張り、乗り越えていく……。

 私はそんな彼女を、「ぼっち・ざ・ろっく!」という作品の、もう1人の主人公(ヒーロー)だと思っている。

 

 ……で。

 そんな彼女が、今、私に話しかけてきてくれてるわけだ。

 

「ね、チャコちゃんはこのバンド知ってる?」

「いえ、音楽には詳しくなくて」

「そなんだ。あそこねー、すごいんだよ~? リズム隊が全然乱れなくてさー」

 

 あっ良い匂いする。グッドスメルオブザイヤー2019年受賞。この匂いを発する化学物質を瓶に詰めて売り出せば億万長者間違いなし。普通にキモいけど。

 

「あたしもドラムやってるんだけどね? いやぁこれが難しくて、どうしてもリズムがズレちゃったりするんだよ。だからすごいなーって、尊敬してるんだ」

「……頑張ってる虹夏ちゃんもすごいと思います」

「あ、そ~お? へへ、ありがとーっ!」

 

 ……あの。もういいですかね。そろそろ平静を保つのも限界というか。

 いいですか? いいですよね。いいよ。ありがとう。

 

 

 

 ……ッはぁぁぁあああああ~~~~~~~。

 

 

 

 好き♡♡♡

 

 

 

 いやまっことその言葉に尽きる。

 

 私、笑う女の子が好きだ。いや笑う女の子が嫌いな百合オタクの方が少ないと思うけど、とにかく笑う女の子が好きなんだ。

 で、伊地知虹夏ちゃんほどに心地良く笑う少女を、私は知らない。

 

 見てくださいよこの「にっか~っ!」て感じの笑顔! こんなに元気に可愛らしく笑う女の子がねェ! 不幸になっていいわけがないんですよォ! 

 あまりにも素敵な笑顔を見せた罪で判決有罪。罰としてお姉ちゃんや結束バンドのみんなと一緒に幸せになること♡

 この大天使ニジカエルがよ♡ 作者公認のみんなのママ♡ でも後藤の前でだけは女の顔見せて♡ 

 

 あークソ、この女、マジで笑顔が素敵すぎる……このふわっ、ともほにゃっ、にこっ、とも言えない、すごく快活で幸福な笑み。名付けてニジカスマイル。これ今年から美術史の教科書載るからみんな覚えとけよ。

 

「ん? チャコちゃんどしたの?」

「いえ、なんでも。……良い曲ですね」

「ねーっ。……結束バンドでも、こんな良い曲、出せるかなぁ」

 

 ッッッ。

 

 犯罪! 犯罪犯罪はんざーい!! その顔は犯罪です!!

 いつも明るく振舞っていろんな辛いことを乗り越えてきた少女がたまに見せる、将来への不安を感じさせるほんのちょっとだけ暗い顔ォー!!

 駄目でーす、それ犯罪でーす!! 百合過剰攻撃力禁止条例違反でーす!!!

 

 はーっ、もうホントこの子はさぁ! いつも綺麗に笑うからこそ、こういう時の少しだけ寂しそうな顔が映える映える映えるんです!

 ちょっとだけとはいえ曇った顔を「映える」だなんて言うのは趣味最悪かもしれないけど、実際こう、普段明るい子がちょっととはいえ曇ってる姿は、やっぱりこう、クるものがあるんだよね……!

 

 

 

 ……それはそれとして。

 

 バンドについては、心配しなくていい。

 なにせあと1か月弱で、このライブハウスに「本物のヒーロー」*1が現れるんだから。

 ……ああいや、現れるっていうか、彼女自ら連れてくるんだけども。

 

 現在組まれている、虹夏ちゃん、山田、そして喜多ちゃん。この3人きりの結束バンド(仮)の、初ライブの日。

 その日から、結束バンドの物語……あるいは、彼女の運命が始まるのだ。

 

「大丈夫ですよ、結束バンド、きっと良いバンドになります。……多分」

「多分って何さー? ふーんっ、あたし、絶対武道館に行くようなバンドになるんだからね!」

「応援してます」

 

 本当に、心から、死ぬほど応援してる。

 

 私、音楽関係は本当に全っ然知識ないけど、それでも武道館ライブってヤツがめっちゃすごいことだけはわかる。

 なんかこう、あれでしょ? 詳しくは知らんけどめちゃくちゃデカい箱なんだよね? 100万人くらい入るのかな?

 

 果たして、結束バンドがそこまで至れるのか、原作知識が5巻でストップしている私にはわからない。

 でも……激励だけなら、いくらでもできるからね。

 

「見てますから」

「んぇ?」

「結束バンドのこと……私、ずっと見てますから。いつか武道館、行ってくださいね」

「…………」

 

 え、何そのポカンとした表情。

 私はオタクとして結束バンドの活動を追うって言ってるだけなんだが?

 

 

 

 そんなことを話している内、お客さん来た。

 私は虹夏ちゃんが動き出すのを制し、ぱぱっとドリンクを用意してお客さんに渡した。

 いやドリンクってか水なんだけど。水1杯500円ってやべーな。いやでもそっか、これライブハウスSTARRYの水か。私なら1万円出せるわ。保存水にして神棚に飾ろう。

 

 「うぃーす、お楽しみくっさーい」とてきとうにお客さんを見送った私に、改めて虹夏ちゃんが声をかけてくる。

 

「……なんかさ」

「はい」

「チャコちゃんって、変な子だよね」

「え」

 

 えっ、な、なんで?

 私全然変な子じゃないでしょ。ただのSTARRYで働いてるモブですよ。全然灰色一色ですよ。一体何が変だって言うんだい?

 

「最初に会った時は……その、裸で土下座してるし」

「そ、それは必要性があって……」

 

 いやホント、星歌さんの厳重なガードを掻い潜るにはあれが最速で最高効率だったんだよ。

 まぁ途中で虹夏ちゃんに見られてしまったのは本当に誤算だったけども。正直めっちゃ引かれたと思ったし、次の日は首吊ろうか迷った。

 結論から言うと、虹夏ちゃんはそんな私にも普通に接してくれたため、用意したロープは使わずに済んだんだけど。

 

 あんなとこ見られても引いたりすることなく……いやまぁ多少は引いてるだろうけど、それでも普通に接してくれるの、ホント優しい子だよな虹夏ちゃん。流石、序盤に後藤を支え続けた立役者なだけはあるぜ。

 

 ……ん? あれ待てよ? もしかして私、後藤レベルの奇行しちゃってる?

 い、いやそんなことないよね。ただ最高率の行動しただけだし、溶けたり破裂するほどではないし。

 確かにあれは若干モブっぽくはない行動だった可能性が微粒子レベルで存在するけど、それはこれからのモブ的行動でカバーしていけばいい。

 しゃーないしゃーない、切り替えてこー。

 

「最初はめっちゃ引いてたお姉ちゃんともすぐ仲良くなっちゃったし」

「仲良く……なってますかね……?」

「うん、お姉ちゃんよくチャコちゃんの話してるよー?」

 

 まぁ確かに、星歌さんへの点数稼ぎは欠かしてない。

 なにせ、結構無理やり雇ってもらった感があって、信頼度が最低からスタートすることは目に見えてたからね。

 しかし、アルバイトとして有能なところを見せたり、時々雑談するくらいだけど……虹夏ちゃんの言葉からするに、ちょっとは信じてもらえてるのかなぁ。これもやっぱりロリ体型パワーだろうか。

 

「それに、初のバイトとは思えないくらい仕事できるし、一緒になるとあたしに仕事させてくれないしさ?」

「あー……まぁ、働くの好きなので」

 

 いや、推しを働かせるわけないでしょ。それくらいなら私が働くわ。

 ドリンクスタッフなんて全部私がやっとくから、虹夏ちゃんには是非ライブ見まくって、技術向上したりモチベーションアップしててほしい。

 

 ……原作だと、割と技術不足に悩むシーン多かったしなぁ。

 軽い原作ブレイクになってしまうかもしれないが、それでも私は彼女の曇る顔なんて見たくない。虹夏ちゃんにはいつも笑顔で明るくいてほしいのだ。

 私がちょびっと働いただけでそれが叶うと言うのなら、それは僥倖と言うほかない。いくらでも奴隷働きしようともさ。

 

 

 

 またお客さんが来たので、今度はコーラを注いでお出しした後。

 ふと見ると、虹夏ちゃんは少し困ったように眉を垂らしていた。

 

「……それに、なんか……あたしとリョウにだけ、ちょっと距離感じるし」

「え」

 

 作られた苦笑と共に言われた言葉に、胸を刺されたような錯覚を覚える。

 

「ほら、お姉ちゃんとかお客さんには、結構気安いじゃん? それなのにあたしたちには、こう、ちょっと距離開けてたりしない?

 あー、もしかして私たちのこと、苦手だったりする? リョウが何かしちゃってたならごめんね?」

「い、いえ、そういうわけでは」

 

 違う。断じて違う。

 苦手なわけがない。私は君たちのことが大好きなんだから。

 

 ただ私は、君たちにとって、モブでなければならないんだ。

 君たち結束バンドの行動を阻害しないよう、あくまで関係のない人間でなければならない。バイト仲間以上に仲良くなってはならないんだ。

 

 本音を言えば、そりゃ仲良くなりたいさ。推しと友達になりたい。親しくしたい。そんなのは全国共通オタクの夢だ。

 ただ、踏み入ってならないラインがある。聖域がある。百合の間に挟まってはならないのだ。

 

 ……だが。

 目の前の、推しのかんばせを見る。

 あっかわいい♡ いやそうじゃなくて。

 

 推しに、こんな顔をさせるのが、私のやりたかったことか?

 

 私はこの世界を、ぼっち・ざ・ろっく! の世界を、好き勝手に楽しむと決めた。

 私の二度目の人生は、きっとそのためにある。

 彼女たちの道行を見守りながら、自分の生きたいように生きる。

 誰から否定されようと、誰から馬鹿にされようと、絶対に流されず……私は私として、思うままに生きようと、そう決めたのだ。

 

 ……それで。

 虹夏ちゃんのこの表情を見るのが、私の望みだったか?

 

 そんなわけが、ない。

 私は、この子が純粋無垢に笑っている顔が、好きなんだから。

 

 何をどう言おうか頭の中で考える。

 嘘は言いたくない。でも、本当のことは決して言えない。

 その上で、私に言えることは……。

 

「私は……友達が少ないんです」

「え、うん?」

「特に同年代の友達は、皆無だと思います。本当に、全く以てゼロです」

 

 なにせずっと研鑽を積んでたからね。とてもじゃないけど友達なんて作ってる暇はなかった。

 

「だから、というわけではありませんが……2人との距離を測りかねていました。

 バイト仲間として、どれくらいの距離感が正しいのかな、って」

「そうなんだ……」

 

 ちょっと悲しい感じの雰囲気になってしまって申し訳ないが、まぁ嘘っていう嘘は吐いてない。

 本当は「バイト仲間(でしかないモブ)として、どれくらいの距離が正しいのか測りかねていました」が正しいけど……うん、誤差の範囲でしょう。

 

「だから、その……2人さえ良ければ、これからもバイト仲間として、仲良くしていただければと思います」

 

 そう言って、私はぷりちー♡ ロリロリスマイル♡ を浮かべる。あー死にたい。

 

 正直、彼女たちと仲良くなりすぎるのは危険だ。

 あまりにも距離が縮まってしまうと、不可避的に本編に関与してしまい、私はモブではなくなってしまうだろう。

 そしてモブでなくなってしまえば、最悪彼女たちの百合ワールドに巻き込まれてしまうかもしれない。

 

 ……でもまぁ、逆に言えば、加減さえ弁えれば問題はないだろう。多分。

 

 彼女たちとはあくまで、同じバ先に勤めるバイト仲間だ。

 私は本編では一切言及されない、設定上存在するし本編にも掃除中の姿が映ったりするが、いつも灰色一色に塗られてて、バンドでわいわいしてる彼女たちからは挨拶もされないようなモブ。

 そこに留まりさえすれば、ある程度話とかはしても大丈夫だろう。大丈夫なはず。大丈夫であってくれ。

 

 むぅ……想定外だったな。

 考えてみれば、バイト仲間になった以上、ある程度彼女たちとの距離を縮めないと不自然になるか。

 こうなれば、上辺だけは距離感の近い、でも深層ではそこまで仲が良いとは思ってもらえない、薄っぺらい関係を築いていくしかないか。まさしくバイト仲間って感じ。

 まぁ、これ自体はそこまで難しくないだろう。彼女たちも、そこら辺にごまんといそうなモブとわざわざ仲良くなりたいとは思わないだろうし。特に山田とか、1人でいる方が好きなタイプだしね。

 

 蒸れてきたマスクを整えながら今後のプランを修正している私に、横から虹夏ちゃんの声がかかる。

 

「そっか。じゃあ、あたしが初めての友達、ってことになるかな?」

「え? 友達?」

「リョウもさ、あたし以外に友達いないから、似た者同士気安くしてあげてよ。

 だいじょーぶ! あの子、てきとーに接しても怒ったりしないから」

「あ、え、はい。……はい?」

 

 え、いや、友達っていうかバイト仲間、あくまで同僚、ペルソナ4じゃなくてペルソナ3的な人間関係を……え?

 

「改めて……あたし、伊地知虹夏! これからよろしくね!」

 

 え、いや、か、かわいい。ほっぺにつんって人差し指当ててちょっと身をかがめて、めっちゃかわいい。

 めっちゃかわいいけど、というか何、え、自己紹介? 初日にもしたと思うんだけど、何?

 

「あ……えっと、灰炉茶子。……よろしく?」

 

 混乱しながらも、私は取り敢えず自己紹介を返した。

 

 ……あれれ~? な~んかおかしいぞ~?

 

 

 

*1
完熟マンゴー仮面

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