ぼざろ世界を全力で楽しみたい転生者の話   作:アリマリア

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ただし、転生者はモブに「なりたい」イカれたぼざろ信者超スペックTS合法ロリオリ主(口と性格は最悪)とする。

 

 

 

 結束バンドの初ライブに向けた、オーディションの日。

 その日まで、結束バンドのみんなは、すごく頑張ってた。

 

 

 

 下北沢の慈愛とバブみを司る熾天使ニジカエルこと虹夏ちゃんは、毎日の青春を謳歌しながらも、瞬間瞬間を必死に生きてるという感じで、学業とバイトとバンドと生活力5のゴミな姉の介護という四足の草鞋を履き熟してた。

 こう見るとすげーな虹夏ちゃん、とてもじゃないけど高校生のタスクとは思えないぞ。許されるのなら私が通い妻してあげたいと思うくらいだ。

 

 ……虹夏ちゃんと言えば、クズ男に掴まって苦労しそうなぼざろキャラランキングダントツのナンバーワンなわけだけど、逆にでろでろに甘やかしてダメ女にしてあげるっていうのも……ふひ、なんかこう、倒錯的でいいな。

 私抜きでは生きられないようにしてやる♡♡♡ ちなみに私は既に虹夏ちゃん抜きでは生きていけません。人間は太陽なしで生きていくことはできないのだ。日の恵み最高! ビタミンD最高!

 

 しかも虹夏ちゃん、オーディション直前の夜には、例の大勢の心を掴んだクソかわリアル女子高生ライク(真実女子高生なのだが)なモーションを披露しながら、後藤とジュースを飲みながらバンドをやる理由について話し、彼女に最後の一押しを行っていた。

 いや、遠くからの覗き見で録音まではしてなかったから確信はないけど、原作通りでいくとその流れのはずだ。

 

 いやー、このシーン、マジで好きなんだよな……。

 虹夏ちゃんは聖人メンタル系ママではあるが、だからと言って誰もに無尽蔵の信頼を向け、全てを打ち明ける聖人では決してない。

 だからこそ、まだ後藤に「彼女がバンドをやる本当の理由」は明かさない。

 

 その理由は、ぶっちゃけて言えばかなり重いものだ。

 そして一度それを知るということは、即ちそれの一部を背負わせてしまうということでもある。

 虹夏ちゃんはそれを避け……しかし、「ぼっちちゃんなら、いつか一緒に背負ってくれるかもしれない」と、未来に仄かな希望を持っているのだ。

 

 うーん、ぼ虹てぇてぇ……。

 ぼ虹は良いぞ、最高だぞ。既に鬱や癌を含む万病に効く。

 

 

 

 一方で喜多ちゃんは、私の調査によると友達と遊ぶ時間を4分の1近くまで減らしてまで、かなりガチで楽器に取り組んでいるようだった。

 

 この子は元よりめちゃ真面目というか、まっっっっったく上達しないギター(多弦ベース)を、それでも指が硬くなるくらいに練習し続けたくらいにはガッツある女だ。割とメンタル鋼族。

 そんな彼女の周りに今は、ハッキリとした目標である後藤、確かに効果の出る練習、実感できる上達、そして褒めてくれる憧れの先輩と、以前に比べてずっと良い環境が揃っている。

 そりゃあ練習に精も出すというものだろう。うむ、良きかな良きかな。

 

 まぁ、以前は2日に1回ペースで来てたお出かけの誘いの頻度ががくっと下がったり、どことなく私を避けるような雰囲気を漂わせてるのは……うん、ちょっとばかり悲しいけども。

 しかし、これはこれで良き変化と言えるだろう。

 友達よりもバンドを、自らの音楽を優先しようとするその姿勢、イエスだね! 非常にぼざろらしいと言えるでしょう。

 

 ……そのおかげで勉強とか友達とのコミュニケーションに使う時間が減っちゃってるのは、うん。必要経費、あるいはコラテラルダメージと呼ばれるヤツですよこれは。

 いやー、喜多ちゃんのご両親とか、今の彼女をどう思ってるんだろうな。

 喜多ちゃんの面食いっぷりは流石に知れてるだろうし、また悪いミーハー癖が始まったとか思われてるんだろうか。あるいはこれまでにない積極性を見せてる喜多ちゃんを応援してくれてたり?*1

 

 

 

 

 そして山田は、珍しいことにと言うか、多分3人の中でも一際真面目に集中していた。

 

 いや、彼女が音楽に対して真摯なことは前からわかってたし、この段まで来たらそうなるのは自明の理ではあったんだけど……。

 ほら、原作での奇行が、ね? 後藤の次くらいに非常識ムーブかます女ですし。山田がガチになってるとか、ちょっと新鮮と言いますか。

 

 しかし、いざ集中するようになった山田は、そりゃあもうすごかった。

 その金色の瞳は音楽を通して自らの世界のみを捉え、その細く美しい指は軽快ながら彼女たちの基礎となるべき重厚なリズムを刻む。

 まさしく忘我、完全に自分の世界(ゾーン)に入ってる様子だった。

 

 いやぁ……美しい。

 

 普段ふざけているキャラが、真面目になる瞬間。

 残念美人が黙り込んで、完全美人になる瞬間。

 ちょっとアレなヤツが、その最大の取柄を発揮する瞬間。

 

 オタクであれば誰もが好きな瞬間だろコレ。これ以上の芸術作品は存在し得ないでしょう。

 

 本気になった山田の横顔は、ビューティフルという言葉が最も似合う。

 叶うなら国立博物館に展示したいと思うので、粘土で顔の型取らせてもらっていいですか? 題名は「塞ぎ繋ぐ信念」とかそんな感じで。多分日本国民全員が押し寄せるくらいの大ヒットになると思うんだよな。

 

 

 

 結束バンドの面々は、十人十色の向き合い方で、しかし共通してかなりガチで、オーディションに向けて取り組んでいた。

 

 特に、山田の傾倒っぷりはなかなかのものだ。バイト中もぼんやりとした顔(いつもの何も考えてない表情ではなく、集中力を一点に注ぎ込んでる表情)で何かを考え込んでたりする。

 そういう時の山田、その圧倒的にクールでユニセクシャルな見た目にどこか妖艶な色合いが合わさって雰囲気抜群で、空気読まない系女子である私ですら声をかけづらいんだよね。

 そんなわけで、ぼんやりして仕事できない山田に代わり、今週のお仕事は全部私がやってあげてる。なんなら虹夏ちゃんと後藤の分も代わってあげてる。というかSTARRYで必要とされる労働力の9割は私が担ってる。もはや最近は本来店長がこなすべき会計処理まで手伝ってる。

 ふふん、ただのバイトとは思えない程の獅子奮迅な活躍っぷり。存分に褒めたたえるが良いぞ。

 

 ……しかし、こうして状況を並べてみると、結束バンドの楽器の実力が後藤>>>越えられない壁>>>山田>虹夏ちゃん>>喜多ちゃんになるのも納得いくなーと思ってしまう。

 

 後藤が圧倒的に上手いのは、ステータス(能力)割り振り(育成時間)をギタテクに極振りした結果なので至極道理な結果だろう。

 次に上手いのは、ご家族が裕福で時間の余裕のある山田。

 その次が、家庭が大変でなかなか練習の時間が取れない虹夏ちゃん。

 そして最後に、ギターに関しちゃガチ初心者の喜多ちゃん。

 

 でもお前ら結束バンドのこと学生バンドとか言ってるけど、後藤とかプロ級のギタテクだし、山田だってめちゃくちゃ良い曲作る。ていうか虹夏ちゃんですら実際に聞いてみたら高校生にしては結構上手いよ。喜多ちゃんも歌が上手い。

 

 

 

 さて、そんな調子でかなり頑張っている結束バンドだったけど……。

 そんな3人と並べてなお、恐らく一番頑張っていたのは誰あろう、我らがギターヒーロー、後藤ひとり様なのだった。

 

 後藤と喜多ちゃんが2人きりでギター練習をするのは、主に昼休みとSTARRYに行くまでの僅かな間。

 だからこそ、4限の授業が終わると同時、キターン! ちゃんが喜多とウチのクラスを訪れる。

 

 ついこないだまでは、そんな太陽襲来に対して「目が、目がぁぁあああ!」と言わんばかりにまぶたをピンクジャージで覆っていた後藤だったんだが……。

 最近は、「あ、はい、行きましょう」って感じで、周りの視線に怯えながらも積極的に練習に出て行く様子が見て取れる。

 

 バイト中もいつもの奇行控えめで、何かを考え込むようにじっとしてることが多いし……。

 どうやら、オーディションに向けて並々ならぬ覚悟を固めている様子だった。

 

 

 

「むぅ」

 

 後藤がやる気になってくれてるのは、当然ながら嬉しいけど……。

 正直現時点で、かなりの原作乖離を感じてる自分がいるのも事実だった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 原作での……より正確には、この世界が準拠しているらしいアニメ版での、ここの流れを振り返ろう。

 

 初ライブのためのオーディションに挑む結束バンド一行。

 虹夏ちゃんはこのオーディションについて「全員リョウ並みに演奏できることを求められているわけではない」「バンドとしての成長? を求められている」と語り。

 喜多ちゃんは「頑張ってることが伝わればいい」「心から頑張ったと、後悔しないようにしたい」とその心を打ち明けて。

 そして、後藤と最も感性の近いだろう山田は、「成長って目に見えないし、判断基準ぼんやりしてるし」と不安視していた。

 

 山田の抱く不安は、奇しくも後藤のそれと一致していた。

 後藤は、いつまでも変われない自分に対して、「自分は成長できていない」と感じ始めていたのだ。

 

 往々にして、人は環境の変化こそが自分を変えてくれるものと思いがちだが、実のところそうではない。

 環境の変化はあくまでも条件でしかなく、その中で自らの新たな側面を発見し、内省と行動方針の転換を繰り返していくことで、初めて自己の変革は果たされるのだ。

 

 ……難しく言ったけど、要するに「高校に入ったら全く違う自分になるんじゃないか」なんてのは、くだらない妄想に過ぎないという話。

 結局のところ、如何に環境が変わろうと、自分から友達を作ろうとするなり身だしなみに気を配るなり、そういった自発的な努力なしで何かが変わるなんてことはない。

 そういう意味じゃ、高校デビューってのは自分を変える第一歩。華々しく素晴らしい行為だと言えよう。まぁ変化が急すぎて、昔を知る人はちょっと気まずくなるけどね。

 

 だからこそ、このSTARRYに来た後、初ライブに飛び込み、バイトでお客さんのために頑張り、喜多ちゃんの手を取るという積極的な行動を取った後藤is GODという話で……。

 それでもまだ自分は変われていないと思っている、奇跡的なまでの自己肯定感の低さを誇る後藤は、「成長とは何か」「自分はどうすれば変われるのか」と悩みながら、オーディションの日を迎えることになる。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ……と。

 以上が、この世界の辿るべき、本来の流れだ。

 

 この時の後藤は、決意を固めきって決戦に挑むみたいな、そういう感じではない。

 むしろ「これでいいのかな」「どうすればいいんだろう」みたいな、そういう迷いの方向性が強い。

 

 要するに、今の後藤の様子は……私の目が腐っているのでなければ、だいぶ原作より気合が入っている、というか入りすぎているように見えるのだった。

 

 しかも、その理由が不鮮明だ。

 結束バンドとの絆は、おおよそ原作通りなはず。

 それなのに、何故彼女はここまで頑張っているのか……何とも無様なことに、私には察しきれない。

 

 ……あぁ、クソ。

 最悪だ。恐らくは私が発生させたであろう原作ブレイクに、徐々に慣れつつあるのを感じる。

 バタフライエフェクトという言葉があるように、いくら私と言えど原作の流れを完全に踏襲することは不可能だろうとは覚悟してはいたけど……それにしたって酷すぎる逸れ方だ。死にたくはないけど死ぬ寸前まで痛めつけられたい気分。

 

 はぁ……。

 なんで人間ってこんなに難しいんだろう。

 1つの事柄に多面的な反応を見せ、時に複雑怪奇に捻じ曲がる。何故そうなったのか、測ろうとしても測りきれないことも少なくない。

 人間がもっとシンプルでわかりやすければ、プランも組み立てやすいんだけどなぁ。

 

 いやまぁ、後藤が本気で音楽に取り組むのは、きっと結束バンドにとって良いことに繋がるだろうし、そこは問題ないんだけど……。

 ……ちゃんと、繋がるよね? 私やだよ、前世で親の顔より見た後藤ひとりOPすぎてギスり出す結束バンド。また私何かやっちゃいました?(バンドクラッシュ)とか冗談にならん。

 

 まぁ、与太はともかく、実際のところは大丈夫だろうけどさ。

 虹夏ちゃんの軸はあくまで有名になってSTARRYを盛り上げることだから、多少腐ることはあっても心が折れることまではないだろう。

 喜多ちゃんは音楽への関心が少なく、また他者の存在への許容の幅が広いからこそ、どれだけ後藤が飛びぬけていても曇ることはなく努力を続けるはずだ。前述の通り鋼メンタルだし。

 一番キツく感じるのは山田だろうが、それだって隣に虹夏ちゃんと喜多ちゃんがいれば大丈夫だ。繋いだ線解かないよ君がどんなに眩しくても。

 

 そんなわけで、ギスギス結束バンドとかいうネタは読み込みと解釈の”浅い”新参者が書いた、自分の欲望と妄想を当てつけただけのエゴイスティックな創作物に過ぎないのである。

 ……まぁ、新参度で言えば私も人のこと言えないけど。なにせアニメ勢ですし。

 多少ギスることは間違いないだろうけど、最終的には確実に大団円が待っている。きららユニバースは平和であるべし、異論は認めない。

 

 

 

 

「しかし……どうしたものかなぁ」

 

 既にこの世界の流れは、私の想定していた流れの外にあるらしい。

 原作通りに事を進めようとしていたのに、想定外の要因によって、ここまで流れが分かたれてしまった。

 

 勿論、結束バンドがその名の通りに結束し、オーディションを受けるという本筋自体は歪んではいないけど……。

 

「はぁ……」

 

 

 

 ……私は、失敗した。

 

 自分で決めた生き方という、最優先事項を満たせなかった。

 その上、一度これと決めたその生き方に、疑問さえ抱いてしまっている。

 

 であれば……。

 

 これから、どうしていけばいいんだろうな、ホント。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 いくら私が愉快な転生者と言っても、そりゃあ当然ながら悩みの1つや2つはあるもので。

 私はその祝うべき日すらも、残念ながら心の底からは喜べずにいた。

 

 そう、今日はついに、誰もが待ち望んだ結束バンドのオーディションの日。

 結束バンドの圧倒的アルティメット最強GOD曲「ギターと孤独と蒼い惑星」のお披露目の時である。

 

 そんな日にもなって、私は結束バンドファン失格なことに、イマイチ気分が乗っていないわけで……。

 

 いや、勿論喜んではいるんだよ?

 ぶっちゃけ今にも叫び出したいくらいには興奮してる。

 

 そもそも私も多くのアニメ勢と同じく、あの5話で一気に心を掴まれたタイプ。

 それをこの目で、それも生で見ることができるとなれば、もはや今日だけはロリ呼ばわりを笑顔で許してやるくらいには嬉しいさ。

 

 でも……なんというか、完全に集中し切れていない。

 私の心は今、バラバラの方向を向いている。その焦点が合っていないんだ。

 

 この感覚には覚えがある。

 喜多ちゃんと初めて邂逅を果たし、ここがぼざろ世界であると判明した日の夜。

 それと、いつだったか、父が車に轢かれて病院に運び込まれたと聞いた日にもこんな感覚を覚えた。

 

 要するに、精神的な許容量を超えた過度なショックによる、一時的な混乱だ。

 

 

 

 大丈夫、今は1人だからそのままにしてあるけど、鎮めるのは簡単だ。

 いつも通りに、心を殺してしまえばいい。

 

 喜びとか悲しみとか驚きとか、そういうだばだば流れて来る水を受け止めるのをやめて、穴あきバケツで上から下に受け流す。

 そうすれば、何も感じない。何も覚えない。

 

 勿論、そんなあり方は人としては歪で、どうしようもなく目立ってしまう。

 でも、その対策だって難しいことはない。

 ただ目の前の事実を客観的に観察し、「これは喜ぶべきだ、驚くべきだ」という計算と判断に基づき、その方向に一定量感情を動かせばいいのだから。

 

 

 

「……あー」

 

 思わず、ちょっと呻く。

 

 これが普通じゃないことはわかってる。

 普通の人間は、こんなことしない。自分の心を殺して沈静化とかはしないって。

 

 ……でも、私、そんな風にしか生きることができないんだもん。

 

 私は大抵のことは何でもできてしまう高スペック系転生者であると自負しているけど、そんな私にも得手不得手というものはある。

 ほんの少し、ごくわずかに、「どうしてもできない」っていうことがあるんだ。

 

 

 

 具体的に言えば……。

 

 私は、「普通」が苦手だった。

 

 

 

 どこにでもいるような、ありふれている、至極一般的な人間。子供。高校生。

 そういう「普通な」ものになることは、恐らくこの世界の大抵の人間がこなせているくらいに簡単なことなんだろうけど……。

 私は、なかなかどうしてそうはあれない。

 

 だって、いつだってわかってしまうんだ。

 効率の良い方法とか、早急に達成するやり方とか。

 あるいは、その行動を取ったところで本質的な解決には繋がらないとか、その感情から発される行動には生産性がないとか。

 

 そういうのがわかってしまえば、とてもじゃないけど黙してはいられない。

 そこで動くことができる、というか動かずにはいられないからこそ、私はたくさんのことを為せるし、為せてしまう。

 

 万能者は自らが砕けない岩を作ることは可能か、ってパラドックスと同じ。

 「Aができる」ということは「Aができないという状態にはなれない」ということであり、私は「大抵のことは為せる」が「何も為せないようにはなれない」。

 

 

 

 ……結局のところ。

 

 私は、この世界の人間(モブ)には、なれないんだろうな。

 

 

 

「頑張った、つもりだったんだけどな」

 

 小学5年生の頃から、モブとして、この世界を楽しむために全力を尽くしてきた。

 それなのに、気付けばネームドからは個として認識され、原作の流れは著しく乱してしまって……。

 

 本当、何やってるんだよ、私。

 何が高スペックだ。何が有能だ。

 普通の人間にも……この世界の人たちの仲間にも、なれないくせに。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「あー……うん、ダメだな」

 

 ちょっと思考がネガティブに転び過ぎてる。

 

 まぁアレだ、私、こう見えて成功体験は多く失敗体験は皆無な人生を過ごしてきたからな。

 珍しく完膚なきまでに計画が失敗しまくったことで、我ながらめちゃくちゃヘラってるらしい。

 

 そろそろ結束バンドのオーディションが始まるって時に、こんなんじゃダメだ。

 よし、さっさと心を殺してしまおう。

 

 まぶたを閉じて数秒、心を整理し、分解し、片付ける。

 

 

 

 ……よし、オッケー。

 無駄な興奮も、悲観も、絶望も、全部死んだ。

 

 ここに残ったのは、いつも通りのフラットな一般ぼざろ大好き転生者、灰炉茶子だ。

 

 

 

「おーいチャコちゃん、そろそろー」

「はーい!」

 

 ちょうどピッタリ、表の方から星歌さんからお呼びがかかる。

 いつも通りの気だるげな、しかしどこかわくわくしたような声だ。虹夏ちゃんたちの頑張りを見るのが楽しみなんだね♡ 私も超絶楽しみだし、星歌さんやPAさんと一緒に聞けるとか死ぬ程幸せです♡

 

「よし」

 

 無心で動かしていたモップを持つ手を止めて、掃除道具をぱぱっと片付ける。

 さぁさぁ、結束バンドのオーディションの時間だ!

 

 色々思うところはあるけど、取り敢えず今は、目の前のイベントを楽しむのだ! むんっ!

 

 

 

 * * *

 

 

 

 本来、私はオーディションに同席する予定ではなかった。

 というのも、私は店長や正規の職員であるPAさんと違い、ただのアルバイター。

 ライブ出演者を左右するオーディションに口を挟める立場にはないのだ。

 

 ……が。

 実のところ、既に私は、とてもじゃないが「ただのアルバイター」と言える立場にはない。

 今やこのお店の清掃の大半は私がこなしているし、最近は店長の金銭的なやりくりにまでアドバイスしたりもしてる。

 これまでの地道な努力の蓄積の結果、私は星歌さんたちの信頼を勝ち得ることに成功し、このお店での立場を不動のものとしたのである。どや。

 

 それに加え、どうやら結束バンド一同が「是非聞いて欲しい」と私の同席を望んでくれたらしい。

 いわゆる友達贔屓と言うヤツだろうが、正直かなりありがたい。流石にこのイベント見逃したら泣きすぎて脱水症なってたわ。

 

 そんなわけで、私は特例的に、結束バンドの音楽初出しオーディションという、将来性を考慮すれば東京ドーム開催で倍率何万倍になってもおかしくない神イベントに参加することを許されたのであった。

 

 この場でサイリウムを振ったりコールするのは(主に結束バンドの皆の演奏の)邪魔になるだろうから、控えるとして。

 それでもやっぱり、推しのライブを見られるというのは幸せすぎる。

 こういう時は、改めてこの世界に生まれて来て良かった~って思うよね。神と両親に感謝。

 

 

 

 そんなこんなで、ほわほわとライブ開始を待つ現在。

 ステージで機材と楽器の調整をする4人を見て、私は内心のウズウズとした期待を押し殺しながら、小声で星歌さんやPAさんと話していた。

 

「星歌さん、楽しみですね」

「別に?」

「また意地を張って~」

「意地とかじゃないって」

「素直じゃない店長も可愛いです♡」

「い、いや、この歳の女に可愛いて……」

「可愛いですよね、PAさん?」

「可愛いですね~」

「やめろって馬鹿」

 

 ツンデレかわい~……♡♡♡ 流石は何十年何百年と愛されている属性だ。シンプルに強い。

 いやしかし、マジで食べちゃいたいくらい可愛いな♡ あークソ私が転生者じゃなくて一般ぼざろ世界在住バリタチ女だったら食べちゃってるんだけど……いやそれ私である必要性ないよね? やっぱP星なんだよなぁ……。

 

 

 星歌さんは足も腕も組んでるんだけど、ムスッとしてるように見えてチラチラと視線が動いてるし、組んでる腕の先の指はぽつぽつとリズムを刻んでる。

 もう期待値マックスでワクワクしてることが全く隠せていない。

 いや、隠せてるっちゃ隠せてるか。緊張しまくってるであろう結束バンドの面々からは、だけど。

 

 アニメは結束バンド視点だから書かれなかったけど、実際は星歌さんもめっちゃ期待&緊張していたわけだ。

 まぁこの人、かなり重度の身内贔屓だからなぁ。

 まだ本格的に後藤を気に入る段階には入ってないとはいえ、虹夏ちゃんが所属するバンドの大一番。そりゃあ期待もするだろうし、同時に緊張しないわけもなく。

 

 そして、往々にしてあるあることなんだが、人は自分以上に緊張してる人間を見るとめっちゃ落ち着く。

 星歌さんェ! お前は私にとっての新たな鎮静剤だ!

 

 

 

 ……そうして待っていると、いよいよ虹夏ちゃんから声がかかる。

 

「結束バンドです」

 

 怯えと、恐怖と……それと同時に、決意と覚悟。

 その全てを抱きながら、虹夏ちゃんはその名を名乗った。

 

 今この場でステージに立つのは、このライブハウスの店長の妹ではなく、伊地知虹夏という個人でもなく……ロックバンド「結束バンド」であると。

 公正に見て、公正に聞いて欲しい。その上で自分たちは合格を勝ち取ると、そう宣言したのだ。

 

 ……ってのは、流石に誇大妄想かもしれないけど。

 それでも、まず出てきた第一声がバンド名だったことには、きっと意味があるはずだ。

 

「……じゃあ、『ギターと孤独と蒼い惑星』って曲、やりまーす!」

 

 リーダーの掛け声に、メンバーはそれぞれ視線を交わし、頷く。

 それぞれの想いを、それぞれの覚悟を、それぞれのこれまでの努力を確認し合って……。

 

 

 

 ……そうして。

 

 虹夏ちゃんの叩くシンバルの音と共に、演奏が始まった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

『突然降る夕立 あぁ傘もないや嫌

 空のご機嫌なんか知らない』

 

 

 

 スピーカーから響き、ライブハウスを揺らす音。

 

 それは、ハッキリ言ってしまえば、極めて高いクオリティとは言い辛いものだった。

 

 私がSICK HACKのライブに……典型的で模範的なものではなく、破天荒でアドリブ溢れる、そのくせライブ全体で見れば綺麗に纏まっている高品質なライブに慣れていた、というのもあると思うけど。

 彼女たちの演奏は、あくまでも「きちんとやり遂げる」「綺麗に一曲を弾き切る」ことに注力したものであり、まだ「演奏を通して、来てくれたお客さんを楽しませる」という領域には脚を踏み入れていない。

 

 まさに今。

 後藤がつんのめるようにペースを上げてしまい、すぐに戻して。

 虹夏ちゃんが緊張のあまり甘い音を出して、慌てて立て直し。

 山田は自分の出す音に集中しすぎて、周りに併せることを忘れ。

 喜多ちゃんは歌こそそこそこ上手いけど……しかし、やはり不慣れなのだろう、音を外して。

 

 そりゃあ、本格的にギターを初めて1か月そこらのメンバーもいるんだし、プロのバンドマンたちの本番のライブと比べれば、見劣る部分が多いのはむしろ自然と言えるんだけど……。

 

 ……それでも、正直。

 このライブハウスで、お金を払って入ってくれたお客さんの前に胸を張って出せるクオリティかと言われれば、首を傾げざるを得ないレベルで。

 

「…………」

 

 だからこそ、星歌さんは、眉根を寄せていた。

 

 これじゃまだ、ステージに立たせるわけにはいかない、と。

 

 

 

 ……しかし。

 

 まだ、終わりじゃない。

 むしろ、彼女たちの音楽(ロック)は、始まったばかりだ。

 

 

 

『季節の変わり目の服は 何着りゃいいんだろ

 春と秋 どこ行っちゃったんだよ』

 

 

 

 目の前の、たった数メートル先にいる彼女たちの発する、声と音と熱。

 それらはたわみ、跳ねて、反響し、ライブハウスの中を占有していく。

 

 それは、謂わばチャンネルの強制。

 どのようなテンポを感じていた人も、どのようなリズムを取っていた人も、その全てを自分たちの色に染め直し、書き換えていく。

 

 そこにいるあらゆる人が、ただ1つの音楽に共鳴していく。

 

 ……きっとそれこそが、このライブというイベントの真価。

 

 問題は、その共鳴をどこまで早く多くの人に広げられるか。

 そしてそれを如何に維持し続けるか、なんだけど……。

 

 

 

 心配ない。

 

 だってこの4人の中には、この世界の主人公(ヒーロー)がいるんだから。

 

 

 

『息もできない 情報の圧力

 眩暈の螺旋だ 私はどこにいる』

 

 

 

 曲調が落ち着くと同時、少しずつ、前を向いていた後藤の顔が俯いていく。

 

 SICK HACKの奴なんかは典型的だけど、ライブは総合エンタメだ。

 客を自分たちの色に染める手段は曲だけじゃなく、MCや演出、表情とか動作なんかも含まれる。

 

 だからこそ、自分の表情を覗かせなくする後藤のそれは、ギターを見なきゃ弾けない初心者っぽさが出ることもあって、一般的にはあまり良くないものとされてるんだけど……。

 

 しかし同時、ロックとは、極限まで自由なもの。

 

 それで実力を発揮できるのならば、どんなことをしたっていいんだ。

 

 

 

『こんなに こんなに 息の音がするのに

 変だね 世界の音が』

 

 

 

 沈んでいく。

 後藤が、自分の世界の中に、沈んでいく。

 

 周りからの視線を視界に入れず、周りからの音を聞き流し。

 彼女は、彼女自身の音楽にのめり込む。

 ライブを通して客が音楽に染められるように……彼女自身もまた、自分の音楽に染まり切る。

 

 後藤ひとりという人間が、ギターヒーローという主人公に、生まれ変わっていく。

 

 真っ直ぐに立っていた彼女は、時が進むにつれてその背を丸めて猫背になり。

 そして同時、その雰囲気が鋭く収斂されて……。

 

 そうして、後藤ひとりは、猫背のまま虎になる。

 

 

 

『しない』

 

 

 

 キュッと踏み込み、床を鳴らし。

 もはや大人しくはしていられないと、殻なんて窮屈だと言わんばかりに、彼女はそれを投げ出した。

 

 ただギターを弾くだけで登録者10万人を越えたテクニックを持つ、ギターヒーロー。

 

 その絶技の一端が、今、ここに現れる。

 

 

 

『足りない 足りない 誰にも気付かれない

 殴り書きみたいな音 出せない状態で叫んだよ』

 

 

 

 弾き出される音は、苛烈で大胆で、それでいて繊細で美しく。

 

 奇しくもそこは、後藤の最も深い部分が抽出された歌詞のパート。

 彼女は明らかにこれまでとは異なるただならぬ雰囲気で、軽く足を広げ、物怖じすることなくギターをかき鳴らす。

 その視線と意識は他には一切向くことなく、ただただ一点、自らの楽器にのみ向き合っていた。

 

 

 

 後藤のことを「ぼっちちゃん」としてしか知らない3人は、当然ながらというか当惑している。

 当然だろう。今までの彼女と今の彼女は、別人と言っていいくらいに別のモノだから。

 

 しかし、思わず後藤の方を窺った喜多ちゃんと違って、虹夏ちゃんと山田の判断は早かった。

 後藤の演奏のクオリティが跳ね上がったことを確認するや否や、山田は振り返って虹夏ちゃんと視線を交わし、そこに併せられるようにギアを上げる。

 

 これまでの演奏は、ギリギリで調和が取れていた。

 山田のベースを中心に、全員がなんとか歩調を合わせて付いて行っているような状態。

 

 しかし今、その主役の座は、一頭の虎によって強引に貪欲に奪われてしまった。

 故に、演奏が本格的に崩壊する前に、半ば暴走する後藤を中心として、立て直さなければならない。

 

 即座にその判断を切って、彼女たちは切り替える。

 歩調を合わせて歩くような緩いものから、ハイペースな後藤に付いて行くための苛烈なものへと。

 

 

 

『「ありのまま」なんて 誰に見せるんだ

 馬鹿なわたしは歌うだけ』

 

 

 

 そうして間もなく、喜多ちゃんも雰囲気が変わったことに気付いて、必死にその流れに乗る。

 まだ初心者でしかない喜多ちゃんには、かなりキツいテンポとアドリブ。

 しかし、それでも懸命に、彼女に食らい付いて。

 

 

 

 ……これを以て、結束バンドの方向性は定まった。

 

 ある意味じゃ、近い将来後藤の師匠となるだろう、廣井の所属するSICK HACKのそれに近い。

 高すぎるテクニックを持つ後藤の実力を引き出して、独自の世界を持つ山田と共に基礎部分を築き、細やかに心配りのできる虹夏ちゃんが整え、喜多ちゃんの歌がそれを仕上げる。

 

 少なくとも、これが現時点における最適解。

 他のロックバンドにはない、彼女たちだけの色。

 

 あぁ、美しいな……と。

 不可避的にそう思わされる、この世界にたった1つしかない、彼女たちの輝きだ。

 

 

 

『ぶちまけちゃおうか 星に!』

 

 

 

 このオーディションは、もうじき終わる。

 

 彼女たち結束バンドは、ようやく彼女たち独自の在り方を見出したが……それが完全なものとなる前に、演奏は止まってしまう。

 それがキチンと形になるのは、あの台風の日までお預けだ。

 

 彼女たちのライブが、この世界にたった1つのモノとして目覚めかけたからこそ。

 ……あるいは、私自身がいよいよ楽しくなってきたからこそ。

 

 それが、本当に、本当に残念だった。

 

 

 

 確かに「結束バンドらしさ」は提示できた。

 星歌さんの言う3つの武器の内の1つである独自性を、彼女たちは確かに持っていると。

 

 故にこそ、ここでストップしても、合格のサインは出る。

 多少の失敗はしても最悪の展開にはならないと判断されて、「取り敢えず、実際にライブに出てみればいいんじゃない?」と、お許しはいただけるだろう。

 

 原作の流れは、問題なく守られる。

 彼女たちは、初ライブを行うことができる。

 

 

 

 けれど、ただ……。

 

 ただ、今、この先を見ることができないのが、ほんの少しだけ残念で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……だからこそ。

 

 

 

「…………、え?」

 

 本来は、少しずつテンポを落とし、後藤のギターで締めに入るべきパートでも、演奏は止まず。

 本来は、彼女たちが顔を上げるべきタイミングになっても、汗も拭わず楽器に向き合ったままで。

 本来は、俯いているはずの後藤が……その視線が不意に前を向き、ギロリと、私を舐めて。

 

 私は、予想だにしなかったそれに、思わず目を見開いてしまい。

 

 

 

 ……そうして。

 

 本来はあり得なかったはずの、彼女たちの音楽(ロック)の続きが始まった。

 

 

 

*1
その答えは、原作ぼざろ6巻を読んで君の目で確かめてくれ!







(追記)
 誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!
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