「ふぅ……」
思わず吐いたため息は熱っぽく、珍しく晴れた夜の闇に溶けていく。
時は、結束バンドのオーディションが終わり、STARRYが閉店した後。
私はライブハウスを出てすぐの壁に、ぼんやりとよりかかっていた。
誤解してほしくはないけど、勿論サボってるわけじゃない。
一応今も業務時間内ではあるけど、既にお客さんもいないし片付けも終わらせ、清掃すべき場所もない。
必要な業務を全て終えたからこそ、落ち着いて休憩しているのである。
……ま、私らしくはないってのは、わかってるつもりだけどさ。
別に肉体的に疲れてるわけじゃないし、休憩する必要性もない。
いつもの灰炉茶子であれば、結束バンドのメンバーたちを舐め回すように眺めながら、既に掃除の終わった床にモップをかけて摩耗させる行為を繰り返している頃だろう。
それなのに何故、こうして外にいるのかと言えば、それは……。
『 聴 け よ ! 』
あの言葉が。
あの音が。
あの光景が。
私の脳に、焼き付いて離れないから。
私は、知っていたはずだ。
あの言葉、あの音、あの光景。
アニメで何度もそれを見て、配信された曲を聞いて。
私はそれらを、きっと誰よりも知っているはずだったんだ。
感動、つまり自らの感情が動かされる要因は、真新しさに強く依存している。
人は新たな知識を知り、経験を経て、光景を見、音を聞いて、それが自らの人格に強く響くことで、初めてその感情を動かすんだ。
故に、二度三度と同じ経験を積んでいれば、自然と感動は薄れていく。
私だって前世でぼざろを見ていく中で、感動までしたのは最初の5周くらいまでだ。
ここから何が起こるか、どの子が何を言うかがわかってしまえば、未知は既知となって、新鮮な衝撃は喪われてしまう。
それでも新たな気付きを見つけ出すのは、それはそれで面白いんだけど……。
……今更、初オーディションのライブで、ここまで情緒を乱されるなんてね。
前世アニメで何百回と見た、そのシーン。
原作漫画では「ギターと孤独と蒼い惑星」と「あのバンド」の、アニメでは「ギターと孤独と蒼い惑星」のお披露目会。
原作漫画の方ではあまり明確に描かれなかったけれど、アニメで見れば1番だけの演奏だったはずだ。
それが……恐らくは私の存在によって変わり、何故かフルの演奏になった。
ただ、それだけなら、私はきっとここまで動揺していなかったはずだ。
だって、フルも何度も聞いていた。配信された曲を何度も何度も聞いていたから。
だから、これまでと同じで、原作ブレイクしたことに驚き凹みはすれど、それ以上にはならないはずだった。
それなのに……それなのに、アレは。
アレは、私が知っているモノとは、違ったんだ。
『わたし わたし わたしはここにいる
殴り書きみたいな音 出せない状態で叫んだよ』
確かに見たことのあるシーン、聞いたことのある言葉だった。
けれど、それはモニター越しに見ていた光景とは、全く違っていた。
別に、みんなの音楽が殊更に優れていた、ってわけじゃないんだ。
あぁいや、後藤のギターはすごかったけど……バンドとして上手く纏まっていたというわけではなく、その技術の突出が目立ってしまうくらいだった。
喜多ちゃんのギターもよく音を外していたし、虹夏ちゃんは時折リズムを乱した。山田でさえも後藤に付いて行けない時があった。
ぶっちゃけ、クオリティだけで言えば、彼女たちの演奏はそんなに優れてるわけじゃなかった。
なかった、けど……。
「あれが……パッション。激情、ってヤツかな」
そのライブは、熱かった。
自分たちはここにいるんだ。
拙かろうがつまらなかろうが知ったことじゃない、私たちの音を聞け。
その熱波のような感情が、聞いている私たちの元にまで押し寄せて来たんだ。
山田は、とにかく自分の音楽を聞けと、こちらに鋭い眼光を投げかけ。
虹夏ちゃんは、バンドとして音楽を完成させようと、必死に山田のリズムを追い。
喜多ちゃんは、メンバーに合わせて、しかし誰よりも声高に声を張り上げ。
後藤は、その表情を鋭く研ぎ澄まし、甲高くギターをかき鳴らす。
その激情……自分たちの音楽を聞かせようという、パッション。
それが、既知であったはずのライブを、全く別の体験へと変えていた。
……それこそ、私の精神的な防波堤を簡単に飛び越えてしまうくらいの、とんでもなく熱いライブに。
「……『なんかになりたい、なりたい、何者かでいい』……かぁ」
壁に体重を預けて、ぼんやりと空を見上げる。
絡まるように伸びる電線の先には、薄く星の光が見えた。
名前なんて知らない、無数の星たち。
きっとそれらは、他の星たちと繋がり、星座になって初めて名前を憶えられる。
そうしてやっと、何者かになれるのだろう。
……で、あれば。
私は?
星空をただ見上げるばかりの私は、何者かになれるのだろうか?
結局モブから逸脱し、自分で定めた生き方すら守れず。
大好きだった世界を乱して、散々原作をブレイクしちゃって。
この世界の住人の仲間になれない……星空に上がることもできない、私は。
「…………なりたい」
そう望むことは、果たして正しいのだろうか。
そう、望んでしまっても、いいんだろうか?
私はこの世界の人間じゃない。
偶然ここに流れ着くことのできただけの、傍観者だ。
この世界に余計な影響を与えてはいけない、流れを乱してはならない……みんなの仲間にはなれない、何者でもない存在だ。
そんな私が……この世界の
大好きなものがあった。
それは、とても煌めいていた。
自分勝手で自由奔放で。
それでいて、
それに憧れた。
憧れて、しまったんだ。
でも、憧れたからこそ。
この世界に来て、私になってからも、私は傍観者でい続けた。
私はこの世界にとっての異物。汚れたモノを持ち込むノイズに過ぎない。
だから、この星空を汚さないようにって、距離を置こうとして……。
……まぁ、結局それも失敗してしまったけれど。
* * *
ぼんやりと考えていたところに、ガチャリと音。
反射的に表情を整えて背筋を伸ばして、相手の顔を窺う。
STARRYから出て来たのは……後藤、だった。
「あっ、灰炉さん……」
「後藤。どうしたの?」
「あっ、い、いえ……その、灰炉さんが出て行くところが見えて……」
「追いかけてくれたんだ?」
「う……そ、その」
「あはは。そんな顔しなくても、誤解なんてしないよ。私の様子、心配してくれたんだよね」
「はっ、はい!」
後藤はおずおずと近づいてきて、私の隣で壁に寄りかかった。
……あー、もう、何やってんだか、私。
よりにもよって、この世界の主人公である後藤に心配をかけちゃうなんて。
本来なら、あのオーディションの後、後藤は成功体験からハイテンションになった……後、吐き気とバイト代の徴収でグロッキーになってたわけだが。
いやまぁそれでも、主人公に気を遣わせちゃうなんて、オタク失格だ。
私は壁から背を話して、後藤に頭を下げた。
「ごめんね、後藤、変なこと考えさせて。
大丈夫、すごく良い曲だったよ。心に響くって言うか……うん、すごく激情的な良いライブだったと思う。星歌さんも『どんなバンドかはよくわかった』って言ってたでしょ?」
彼女たちの曲を聞いてから、私、ぼんやりしてしまっていたからなぁ。
それを見て、「あんまり曲が良くなかったのかな」って思わせてしまったんだろう。
そんなことはない。
彼女たちの音楽は……なんと言うか、きっと、この世界にたった1つのものだった。
この瞬間にしか存在せず、過去にも、未来にも、彼女たち以外には、決して生み出し得ないものだった。
それは、尊いことだ。
たとえ技量が拙かろうが、連携が取れていなかろうが、唯一無二のものを生み出すことができるのは尊いことなんだ。
私が微妙な反応になってしまったのは、曲が心に響かなかったからじゃない。
むしろ、響きすぎてしまったからだと言える。
ただ、見せられた、そして聞かされた曲を、真正面から受け止め切れていないだけ。
もたらされた新たな情報と、それが引き起こした私の感情と人格の波を、処理し切れていない。
だから、どうしてもそれ以上の情報に対して、反応が鈍くなってしまってるだけなんだ。
けれど、そうして頭を下げた私に対して、後藤はちょっと困ったように眉を寄せた。
「そ、そうじゃなくて……その、灰炉さんが、元気なさそうだって」
隠していたことを見抜かれて、思わず息を呑む。
「…………後藤、本当に目良いね」
「えっ……視力は、悪くはないですけど」
そういう意味じゃないけど……ま、いいか。
あーもう、廣井といい後藤といい、観察眼が鋭い人には困るなー。
でもまぁ、原作主人公とその師匠ポジだもんな。流石だわ。
「そっちでも、心配かけちゃってごめん。……ちょっと、個人的に悩んでる……っていうか、考えたいことがあって。
でも大丈夫、明日には本調子に戻ってるはずだからさ」
そう言って笑いかけるも、それでも後藤の表情は晴れない。
むしろ何故か、もっと暗くなってしまったくらいだった。
「あぁ、えっと……」
何が後藤を不安にさせたんだろうって、そう思っていると……。
「……灰炉さんは、私の、何ですか?」
ちょっと唐突に、後藤がそう言ってくる。
私が、後藤の何か? そりゃあ……。
「クラスメイトで、バイト仲間……だよね?」
まぁ更に言えば、私は後藤のファンではあるんだけど……それをそのまま、今の彼女に伝えるわけにもいかないし。
けれど、私の答えに納得いかなかったのか、後藤は小さく俯いた。
「……そ、それだけじゃ……ないです」
「え?」
「灰炉さんは……私の、恩人です」
その言葉に、思わず目を丸くする。
あ、やばいやばい、表情が出やすくなっちゃってる。
「恩人? え、なんで? 私何もしてないよ?」
割と本気で首を傾げていると……。
後藤はおずおずと、けれど確かな確信を持つ表情で、私に言ってくる。
「灰炉さんが、『Mob』さん……なんですよね?」
……「心が凍り付く」とは、このことか。
『Mob』は、私が持つアカウントの中でも、そこそこ力を入れて運営しているものだった。
なにせ、ギターヒーローのチャンネルの熱心なファンアカウントなんだもの。
でも、それは隠していた。少なくとも、隠していたつもりだった。
誰にも知られないように密かに、けれど熱量を持って確かに、毎度動画にコメントと高評価を付けて各種SNSでも宣伝し、ギターヒーローを応援していたアカウント。
それがまさか、後藤にバレていたなんて。
「や……あー、うーん、はは……というか、それ、言っちゃって良かったの?
その名前知ってるってことは、後藤はさ、その……」
「はい……そういうこと、です」
……いや、いやいやいや!
どうなってる!? なんでこの段階で後藤がギターヒーローであることを明かす!? なんで!?
いやまぁ、別に原作の後藤も、何か明確な理由があってギターヒーローであることを隠してたわけじゃない。
ただ今の実力はギターヒーローとして相応しくないから、もっと実力を出せるようになってから名乗ろうとしてただけだ。
でも、結局後藤は自分からそれを皆に明かすことはない。
あの文化祭ライブを越えても、彼女は自分の力がギターヒーローとして相応しいとは思わなかったんだ。
確かに、今日の後藤はすごかった。一瞬ギターヒーローを重ねてしまう程に輝いていた。
だとしても……今この段階で、ギターヒーローであることを明かす?
どうなってる? 後藤、何を考えてるんだ?
……なんて。
そんなことを考えていた私の手が、彼女に拾われる。
「え」
「ありがとうございます、いつも、応援してもらって」
「あ、い、いや、それは……むしろこちらとしても、いつも楽しませていただいております、ありがとうございます本当に……」
え、おてて柔らか……あったか……。
い、いや、急に何、えっと、え、バリタチ後藤!?
「Mobさんは、私にとって、最初に応援してくれた……最初に私のことを褒めてくれた、恩人なんです。
Mobさんがいたから、私はずっと活動を続けて来れて、そして今、ここにいるんです」
「あ、お、おう……そうなんですか……」
……えーっと、うーん……。
つまりはアレか。
私、本編開始よりずっとずっと前から、既に原作ブレイクしまくってたってことか。
いや、そりゃ後藤が最初にコメントした人に感謝するのはわかるよ?
私だっていくらかネットで活動してるけど、そこで最初に見つけてくれた人には「ありがて~」ってなるからね。
どれだけ良い作品作ろうと、運悪く見つからなかったら評価なんてされるわけもなし。ファーストペンギンならぬファーストビュアーには頭が上がりませんとも。
けど、だからって「恩人」ってくらいにウェイト高くなるものなのか……?
いや、これはいつも評価を貰えるから、私の感覚が一般人から乖離してるってこと……?
困惑する私に、後藤は精一杯って表情で話を続ける。
「それで……その、だからっ! 音だけじゃなく、言葉でも伝えなきゃって思って!」
「え……えっと、何を?」
手から伝わる後藤の体温にドギマギしながら、そう訊くと……。
「あなたは、ここにいていいって」
……心を、刺された。
「ギターヒーローに『面白い』って言ってくれた灰炉さんに、私に『またね』って言ってくれた灰炉さんに、伝えたかったんです。ここにいていいんだって。
私も……その、あんまり居場所とか、そういうのはわからないんですけど……それでも!
それでも、灰炉さんはここにいていいんだって……いや、いて欲しいって、そう伝えなきゃって!
虹夏ちゃんも、リョウさんも、喜多ちゃんも、店長さんもPAさんもきっとそうです! みんな、灰炉さんにここにいてほしいって思ってると思います!
だから……!!」
そこまで言われて……後藤の、どこか縋るような目線を見て。
ようやく私は、我に返った。
「…………私、そんな酷い顔してたかな」
「その……ちょっとだけ、どこかに行っちゃいそうな感じがして」
……鋭いなぁ。
正直に言うと、確かに私の脳内には、そういう選択肢もあった。
これ以上無駄に原作を汚してしまうくらいなら、あの小学5年生の時と同じように、消えてしまった方がいいかなって。
私なら、痕跡なんて1つも残さずに消えることもできる。
住所の追跡も許さず、ただ一時の夢だったかのように消え去ることができるんだ。
だから今回も「これ以上おかしなことを犯さないようにいなくなる」っていう選択肢も、確かに頭にはあった。
とはいえ、それはきちんと隠していたんだが……まさか、見抜かれてるとは思わなかった。
本当、後藤は人のことをよく見てるな。ちょっと困っちゃうくらいだ。
私は不安そうな後藤を安心させるように微笑む。
「まぁ、そういうこと、考えてなかったわけじゃなかったよ。けど……」
「けど……?」
『ここにいていい』。
『みんな、灰炉さんにここにいてほしいって思ってる』。
……そんなこと、言われちゃったらさ。
ちょっと、欲が出て来ちゃうじゃんね。
チクリと胸を刺す罪悪感から逃げるように、後藤の手から腕を引いて、その場にしゃがみ込む。
「……ね、後藤。実は私さ、みんなのこと、大好きなんだよね」
「し、知ってます」
「後藤は本当に鋭いね……」
「いや、そこは皆気付いてると思いますけど……」
なんとなく、両手の指を絡めた。
まだオーディションで受けた熱が鎮まらず、どちらの手からも熱が伝播し合う。
この熱……みんなの情熱。
知っているつもりで、大好きだったつもりで、けれど何も知らなかったもの。
こうして直接目にして、改めてそれを知って……。
思わず、見惚れてしまったんだ。
すごい、って思った。
原作以上に頑張って、ここまで演奏を仕上げて、自分たちの情熱を全開にこちらにぶつけてきて。
そんな彼女たちに、改めて憧れて……。
同時、やっぱり私はいらないんじゃないかって、そう思ってしまった。
「大好きだからこそ……私はいない方がいいんじゃないかって思っちゃうんだよ」
「な、なんで、ですか?」
「私は、なんていうか、異物だからさ。不必要なんだよ。
結束バンドのみんなは、みんなだけで進んでいける。そこに私は必要ないし、むしろ邪魔になっちゃう可能性もある」
「そっ、そんなこと……!」
「あるんだよ、それが」
……後藤には、わからないだろう。わかるはずもない。
私がどれだけ「ぼっち・ざ・ろっく!」のことが好きなのか。
あの原作の流れが好きで、登場人物たちが好きで、この世界が好きで……。
だからこそ、それを変な外的要因によって穢したくない。
けれど同時、そんな世界を全力で楽しみたい。
そんな板挟みに、ずっとずっと悩まされていた。
けれど……。
私を挟んでいた板を、どこぞのヒーローが、無理やり吹き飛ばしちゃったからなぁ。
「……でもさ。見たいって、そう思わされちゃったんだよね」
「見たい? 何を……?」
「本番を……君たちのライブを、さ」
「……!」
この指に、手に、腕に、体に伝わって来た、すさまじいくらいの情熱。
汗を散らし、心を燃やして、全身全霊の力で楽器を奏でる。
その一瞬一瞬の煌めき、その一時にしか在り得ない輝き。
それを体験してしまった今……。
私の心の天秤は、片側に大きく傾いてしまった。
私は地面を見つめながら、独り言のように呟いた。
「駄目なことだってわかってるんだけどさ。それでも見たいんだよ、皆のライブ。
……わがままになっちゃったなぁ、私」
いや、それは元々か。
自分勝手に生きたせいで両親を悲しませもした。
中途半端に結束バンドに関わったせいで、原作ブレイクもしてしまった。
私は元々わがままだった。
わがままで、皆に迷惑をかけちゃう問題児だ。
だからこそ……欲求が「皆のライブが見たい」と叫ぶ程に、理性が「私はいなくなるべきだ」と告げる。
こんなはた迷惑な人間は、やはりこの世界には、結束バンドには必要ないと。
どうしようか。どうすべきか。
今や私の天秤は、これまでにないくらいにギッタバッタと揺れ動き続けている。
だからどうしようもなくて、いじけるようにその場にしゃがみ込んでしまったんだ。
「あ、あのっ!」
……そんな私に。
後藤は、意を決したような風に、言う。
「いいんじゃないでしょうか、わがままで!」
「……え?」
想像していなかった言葉に、思わず見上げると……。
前髪の下から覗く後藤の瞳は、私をすごく真剣で真摯に見つめていた。
「そ、その、私も……私がバンドをやる理由は、カッコ良く活躍してチヤホヤされるためです!!」
「知っ……そ、そうなんだ」
その技量に反して動機が不純極まりないのは、意見の分かれるところではあるかもしれないが、少なくとも私は大好きポイントなわけだけど……。
彼女は続けて、ぐっと拳を握りしめて話す。
「私も! 私も、わがままです!」
「あ……あぁ、うん、そうだね?」
「だから……いいんです! 灰炉さんもここにて!
私みたいな、陰キャでコミュ障でぼっちでわがままなのもいるんだから……灰炉さんがわがままでもいいんです!」
「で、でも、皆に迷惑……」
「迷惑なんて私の方がずっとずっとかけてます!!」
「あ、う……」
後藤はしゃがみ込んで、ずいっと顔を寄せて来る。
き、今日の後藤、詰めが強い……!
アレか、ライブでかなり気持ち良く演奏できて、テンションが上がってるのか!?
いや、冷静に考えると、そもそも基本ダウナーで受動的な後藤が自分から「Mob」の正体を確かめたりできるわけがなかったんだ。
さてはこの子、私を追って来た時点からめちゃくちゃハイテンションだったな!?
怯んで視線を逸らしてしまう私を見てか、後藤はちょっとテンションを落として、改めて口を開く。
「……喜多さん、言ってました。悲しかったって」
「喜多ちゃんが……何を悲しかったって?」
「小学5年生の頃、せっかく友達になったのに、灰炉さんがいなくなってしまったことが」
…………え?
待って? 喜多ちゃんが? そんな悲しむ?
いやまぁ喜多ちゃんは人が好いから、知り合いと別れれば悲しむとは思うけども……。
友達……? 友達、だったのか、私たち……!?!?
「きっと喜多さんだけじゃありません。虹夏ちゃんもリョウさんも、友達がいなくなったら悲しみます!
私だって、灰炉さんがいなくなるのは……嫌です!」
「え、あ……え?」
「だから、一緒にいてください! これからもSTARRYで、私たちのこと、見ててください!!」
これからもここで、結束バンドのことを見ている。
それは確かに、私が本心から望むことだ。
そして、それを最推しである後藤に望まれるなんて……本当に、嬉しい。
嬉しい、けど……。
私は思わず苦笑して、見上げた先の後藤に尋ねる。
「……本当にいいの? 言っておくけど私、すごく面倒臭いし、だいぶ普通じゃないよ?」
こんなこと訊いてる時点で、本当に面倒くさいところだけど……。
ただでさえ転生者で、元とはいえ男で、一度こうすべきと思うと抑えが効かなくて、全然モブになり切れないクソアホ女児体型。
これほど面倒くさい人間はそういまい。
けれど、後藤はそれでも怯まず力説してきた。
「そっ、そんな灰炉さんだから、いいんです!! だって、だって私の方がずっと面倒くさいですし、私も灰炉さんの横にだったら気負わずいられますし!!
それに、灰炉さんは確かに普通じゃないかもしれませんけど、それだって私の方が普通じゃないです!! だから、だから……!!」
半ば支離滅裂ののべつ幕なし。自分が何言ってるかわからず必死なんだろうな、って感じだ。
でも、それがなんか、後藤ひとりって感じで……。
「だから、これからも見ててください! 私たちの初ライブも……その先も!
クラスメイトで、バイト仲間で、
そんな子に……こんなにも、心惹かれるんだもんな。
そのどこかズレた言葉に、ちょっと自己中心的な考え方に、それでも相手を思いやる光に……。
この胸が、今、ドクドクと高鳴ってるんだから。
「……はは」
私、これまでの人生で、誰かに負けたことなんて殆どなかったんだけど……。
どうにも勝てないなぁ、この子には。
決めた。あぁ、決めたとも。
推しに望まれ、私もそう望んでるんだ。もはや悩む理由すらない。
私は、後藤が肯定してくれた灰炉茶子として、この世界を、今度こそ全力で楽しむ。
ここに生きる、結束バンドと後藤ひとりの、ファンの1人として。
* * *
「ね、後藤。それじゃさ、交換条件と言ってはなんだけど、1つ、わがまま言っていい?」
「あっはい! 何でも……は無理ですけど、私にできることなら……えっと、5千円までならっ!!」
「いやお金はむしろ私が出す側だが。それにノルマ代もあるでしょうが」
「うぅ……」
あ、メンダコになった。可愛い。
……今更だけど、メンダコになるって何?
いや実際、私の目の前には弱り切って全長10センチくらいのメンダコ状生物になった後藤がいるわけだけど……本当にこの変態、何?
うーん、しかし……ちょっと山田の倫理観に侵されてるなーこの子。
まぁ山田、最近は何故か私には無心しないくせ、後藤からは金借りようとするからなぁ。
……これからも
と、それはさておき。
「私さ、さっきも言ったけど、皆のこと大好きなんだよ。
……いや、より正確に言うと、愛してる。皆や、この世界を愛してるんだ」
「愛……」
後藤は難しいことを考えるような顔をしてしまったけど、今は置いとくとして、だ。
「でも……今思うと、こう、エゴイスティックに『好き』になったことはなかった気がする。
自分勝手に、相手を振り回すような『好き』を抱いたことはなかった気がするんだ」
あ、やば、後藤がもっと難しそうな……というか半ば脳をショートさせたような顔になっちゃった。
いやいや、違う、哲学したいわけじゃなくて。
「要はさ、これからは多少自分勝手に生きていこうかなーと、そう思うのです。
だから、その最初の1歩としてさ……その」
いいのかな、と思う。
こんなことを言うのは、彼女たちのファンとして失格なんじゃないか?
オタクとしての最低限の一線すら飛び越えてしまってるんじゃないか?
……あー、違う違う、駄目だ。
私はこれから、自分勝手に生きるって決めたんだ。
色んなことに気を払ってがんじがらめになって板挟みにされるのはもうおしまい。
だらか私は、大きく息を吸い込んで、吐いて。
立ち上がり、後藤に手を差し出しながら、言った。
「私と友達に、なってくれないかな。改めて、ちゃんと」
私はギターヒーローのファンで、後藤ひとりのクラスメイトのバンド仲間で。
それ以上を望むのは、私のエゴイズムに他ならない。
だけど……そりゃあ私だってさ。
本当は、いっちばん大好きな推しと、友達にだってなりたいんだ。
そうして、正直2度の人生の中で、最も緊張した数瞬の後に……。
「はっ……はい!」
ちょっとどもったカッコ付かない返事と共に。
「ぼざろ世界を全力で楽しみたい、モブになりたかった転生者の話」はこれでおしまいです。
何故ならここから先は、「ぼざろ世界を全力で楽しむ、とてもじゃないけどモブではない少女の話」となるので。
そんなわけで本作は次の1話、エピローグで一旦完結です。