ぼざろ世界を全力で楽しみたい転生者の話   作:アリマリア

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ただし、彼女が転生者をモブと思うとは限らないものとする。②

 

 

 

 いっけな~い、転生転生!

 私、灰炉茶子! 推しを観測することに全力を注ぐ普通(モブ)の女子高生!

 だけどある日、推しが動画サイトで弾いてみた動画を上げてるのを特定してもう大変!

 しかもサイト上だと大法螺吹き散らかして薄っぺらい陽キャアピールしてるって!?

 これから私、どうしちゃうの~!?

 

 

 

 A.推す。

 

「お、今日もカバー曲上げてる。ほんとすごいなぁ後藤は♡」

 

 はい高評価♡ SNSで拡散♡ で、コメントは……「ギターヒーローさんのカバー最高です! 無限にリピートしてます! もうプロ級! 超絶技巧! お前が人間国宝!!」っと。

 そんでもって広告に……えーっと、今回はバンパーとマストヘッド、バレない程度にこれくらいかな。あー、お金結構減ってきたな。またトレードとか色々やらないと。めんどくさー。

 ……よし、こんなもんでしょう。あんまりやり過ぎると不自然になって酷い自演を疑われるし、何事も程々が良いのよ程々が。

 

 改めて、ギターヒーローのアカウントを見る。

 確か原作だと……5月13日時点で登録者数3万人突破とかだったと思うけど、私のコツコツとした広報活動により、現時点で既に登録者数は10万を上回っている。銀盾おめでとう♡

 

 しかしこれ、割ととんでもないことだと思う。

 

 私はギターがわからない。

 後藤の演奏は、聞いてて心地良いとは思うけど、果たしてそれがどれだけの超絶技巧によって捻出されたものなのかは量りかねる。

 が、少なくとも1つ、明確にわかったのは……ギターヒーローの潜在顧客は多かったってことだ。

 

 ここで言う潜在顧客って言うのは、簡単に言うと「後藤様すきぴ♡ になる可能性があるが、まだギターヒーローのアカウントを知らない人」のこと。

 大手の動画サイトには10億を越える動画が転がっており、その中から消費者が好きな動画を探し当てるのにはかなりの根気がいる。結果として、本当は好きになる可能性があるが、未だにその動画を知らない潜在顧客がたくさんいるんだ。

 そこで役立つのが広告で、広く動画をバラまくことで、潜在的な需要を持つ人間をローラー式に探し当てることができるのである。

 

 だが、根本的に広告というのは邪魔なものだ。

 視聴者は見たいものを妨げてまでそれを見せられるわけで、基本的に広告に対してプラスの感情を持つことはない。

 そんな中で、広告を打って登録者が何倍にも増えたという事実が、果たして何を示すか?

 

 そう、その「広告ウゼー!」の気持ちを越えるくらいに、後藤の演奏が人の心を惹き付けたってことだ。

 

 更に言えば。

 現代においてエンターテインメントは飽和している。

 音楽方面に詳しくない私と言えど、「音」という一面だけで人を惹き付ける「弾いてみた」がどれだけハードルの高いものかは想像に難くない。

 

 その上で、後藤は「広告」「弾いてみた」という2つのハードルを飛び越え、10万人というとんでもない数の人にチャンネル登録ボタンを押させたんだ。

 

 確かに見方によっては、私が広告を打ったから伸びたという側面はあるだろう。

 けど、私はあくまでチャンスを広げただけ。幸運の女神の前髪を握りしめてぶん回したのは純粋に後藤自身の力だ。

 つまるところ、この銀の盾獲得の偉業は、その全てが後藤ひとりという少女のこれまでの努力の成果である。

 ギター沼に落ちた3年間も、決して無駄じゃなかった。彼女の努力の成果は、こうして明確に数字となって表れているのだから。

 

 ……いや、私の推し、すごすぎでしょ!!!

 努力の天才♡ ギター全一♡ 猫背のまま虎になる女♡ あ、セクハラコメントだサブ垢で通報ラッシュしてこの世から消し去ってくれる。

 

 まったく後藤は、どれだけ私を惚れさせれば気が済むんだ。これ以上私を攻略しても、お金くらいしか落ちないぞ♡ 貢がせてください♡

 

 

 

 そんなことを考えながら、私はライブハウスSTARRYで、シフトの時間を待ちながらカタカタとパソコンいじってたんだけど……。

 

「チャコ」

 

 その時、私に声がかかった。

 

 落ち着いた低めの超絶イケボ♡ こんな声を出せるSTARRYスタッフは彼女しかいない。というか世界にたった1人♡ 顔も声も良いチート生物♡ 私よりコイツの方がチートじゃん♡

 

 私が振り向くと、予想と期待通り、そこには彼女が立っていた。

 

 深い青色の髪をミディアムボブに整え、長く前髪を垂らしたボーイッシュなヘアスタイル。

 神が造形したと思しき中性的な顔立ちに、しゃらんと輝く金の瞳。

 今日もクールでロックな彼女は、イヤホンを片方だけ外して、私の方を覗き込んでいた。

 

 

 

 ……はぁ。

 

 

 

 顔良すぎだろ。

 

 

 

 もう厳然たる現実すぎてハートマークすら付かないわ。

 顔面10割音楽10割で合計20割の女の名(命名者:私)は伊達ではなく、彼女の顔は良い。ひたすらに良い。

 どの角度に傾けても、どの方向から見ても、たとえ虹夏ちゃんにほっぺぐいーっされていようと、良いものは良い。グッドシングイズグッド。

 

 そう、例えるならミロのヴィーナスだ。

 欠損したものは、欠損しているが故の美しさを持つことがある。

 本来の造形はどうだったのだろうと見た者の想像を掻き立て、それぞれが想像できるだけの、無限大の可能性と美しさを感じさせるのだ。

 

 彼女の顔はそれと同じ理屈で、いつどんな時どんな状況でも「美しい」。

 病めるときも、健やかなるときも、悲しみのときも、喜びのときも、貧しきときも、富めるときも、この顔は美しい。

 この顔を愛し、この顔を敬い、この顔を慰め、この顔を助け、この命ある限り、真心を尽くすことを誓います。一方的でいいから誓わせてくれ。

 

 はぁ、ほんと好き……♡♡ 顔良すぎ……♡♡

 ではなく。

 はぁ……私はこれが、本当に好きだ。あまりにも顔の出来が良すぎるのだから。

 が、正しい感想になる。

 それくらいに、山田リョウの顔は、良い。ただただ、暴力的な程に、良いのだった。

 

 

 

 が、それはそれとして。

 顔の良さと精神的なカッコ良さに、相関関係はないことも事実であった。

 

「どうしました、山田」

「ん、チャコなら何かくれるかなって。お腹減った」

 

 うーん、可愛い♡♡

 そっかぁ、お腹減っちゃったか♡ ならおねーさんが食べ物あげるね♡ おい今お前お姉さんじゃなくて妹だろ体型的にとか思ったヤツ後でSTARRY裏な。お前トンファーキックでボコるわ……。

 

「ちょうど偶然タイミング良く、私のバッグの中にはポッキー3箱と、ポテトチップスのうすしおとコンソメと、シャケおかか昆布のおにぎりと、それからガッツリ目のお弁当が入っているわけですが、山田的にはどれの気分ですか」

「ポテチちょうだい」

「はいどうぞ」

 

 テーブルの上に広げていたポケットWi-FiとPCを片し、2袋のポテトチップスを広げる。

 山田は「ありがとう、いただきます」と、平然と無心する割には行儀よく食べ始めた。

 こういうとこ良家のお嬢様っぽくて、ギャップがすごい。非常に『萌え♡』である。我々は普段奔放に生きている良いとこ出身女の子がふとした瞬間に見せる礼儀正しさをすこれ協会の者だ、お前を顔良すぎ疑惑で拘束する。大人しくしろ!

 

 山田は無表情のままポテチを数枚齧ると、ふと私が脇に除けたPCの方に目をやった。

 

「……ギター?」

「あぁ、これですか。ギターヒーローさんのカバー曲です。今日アップロードされてたんですよ」

 

 じゃーん、と推しを誇るような気持ちで画面を見せると、しかし山田はコクリと首を傾げる。そんな動作すら絵になるんだからこの子は本当にチート。

 

「……チャコ、こういうの聞くんだ」

「楽器とか音の良し悪しはわからないですけど。それでも、やっぱり惹き付けられるものはあるっていうか……よくわかんないけどすごい、ってなるじゃないですか」

「いや、その気持ちはわからん。私音楽わかるし」

 

 共感を誘う言葉をすっぱと切り捨て、山田は更にポテチを消化していく。もはやその手は留まるところを知らない。今のうちにポッキーも出しとこ。あと喉乾くだろうからお茶も。

 

 専属の執事もかくやってくらいに世話を焼く私に、山田は「その辺りで良い」と言った感じで手を振った。

 この子、ある程度は構ってほしがるくせに過干渉は嫌うタイプなのだ。この末っ子気質♡ めんどくさいところも可愛いねっ♡

 

「でも、ギターヒーローって人のギターなら私も聞いたことある。やけにおススメにでてきたし」

「お、どうでした?」

「すごく上手かった。あとギターが高そうだった」

「ですよね!」

 

 山田リョウはお金の亡者な一面があるが、それ以上に音楽に真摯だ。こういう時にもまずは相手の音楽を聴いてる。

 そういうストイックなとこがホント素敵♡ でもそれはそれとして後藤のギターはお父さんのヤツなので狙うのは辞めて差し上げろ。代わりに私がハイエンドのヤツ買ってあげるからね♡

 

 ギターヒーローを褒められてルンルンの私に、ポテチを片手にポッキーも手を伸ばしながら、山田が静かに語った。

 

「チャコ、触れて来なかっただけで、案外音楽にハマるタイプかもね」

「え、そうですか?」

「今、ギターヒーローって人のギター褒められて、珍しく嬉しそうにしてたから。そういう気持ちでバンドを推すことも多いしね」

 

 あら、表情にまで出てたか。そりゃちょっとマズい。

 灰炉茶子という人間には、知られてはならないことが割と多い。転生者なこととか、未来を知ってることとか、その辺を他人に知られると面倒だ。

 故に、基本的にはいつも表情を消し、何か突かれても変なガバを起こさないようにしている。

 つまり私は基本無表情系のロリってことよ。ロリじゃねーっつってんだろ。ついげきのマスク装着でさらに無表情は加速した。

 

 だというのに、まさか喜びが表情にまで出てたとは。

 原作でも非常に供給の少ない、山田が後藤の演奏を認める旨の言葉を聞けたことで、舞い上がっちゃったらしい。柄にもなくて正直恥ずかしいですハイ。

 

「よし、そうとなれば話は決まった」

 

 ガタリと、山田が立ち上がる。

 

「話? え?」

 

 そして、困惑する私の手を引いて立ち上がり。

 その金色の瞳を爛々と光らさせて、こう言ったのだ。

 

「楽器屋、行こう。チャコも案外ハマるかもよ」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 そんなわけで、私は山田に連れられて楽器屋さんを訪れた。

 残念ながら12話で結束バンドご一行様が訪れたサタンと大天使の名産地ではなく、恐らく彼女の馴染みなんだろう、シックでいい感じの雰囲気のとこだ。

 

 前世まで含めて初めての楽器屋さんに「ほへーっ」と周りを見回している私を他所に、「いらっしゃいませー、妹さんですか?」と店員さんが山田に話しかける。おいテメー何を基準に妹と判断した、髪色全然違うやろがぶっ飛ばすぞ。

 

 ……まぁ確かに、推定身長160センチ前半と思われる山田と、ギリギリ135センチあるかどうかの私では、実に25センチの差がある。

 正直姉妹だと見られても、不自然はない。ないんだけど、ムカついたので、店員にラップバトルをしかけてご機嫌なライムと思い付く限りのディスで心を折っておいた。一昨日来やがれファック。あ、来たのは私の方か。一昨日お迎えしやがれファック。

 

 

 

 で、そんなことはどうでもよくて。

 

 そう、これより先は山田と2人のドキドキ♡ デート♡ である。

 ま、山田からすれば、ただバ先の同僚に自分の趣味を広げようとしてるだけなんだろうけどね。

 

「チャコ、先に言っておく。こういうところでお金に糸目を付けちゃ駄目。運命の出会いなんてそうそうないんだから、迷ったら取り敢えず買うが吉だよ」

 

 人差し指を立てた山田の言葉と共に始まった、楽しい楽しい楽器店見物だったけど……。

 

「む、このベース、すごく良い木目。それに手入れもものすごく綺麗……。すみません、これ試奏いいですか」

「そういえば手入れのオイルの予備切れてた。これ試したことなかったし買おう」

「む、このピック、何書いてるかよくわかんないけどなんかロック。買おう」

「My new gear……買おう」

 

 山田はすぐに自分の世界に入ってしまった。自分の好きなものに夢中になっちゃって可愛い♡ 赤ちゃんみたいだね♡ 私にも世話させて♡

 

 まぁ楽器のことはなんもわからんので世話するも何もなく、私は楽しそうに在庫を漁る山田の後ろを付いて行き、彼女の楽しさの破片を拾い食いする機械と化した。正直推しが楽しそうにしてるだけでご飯3杯はいけるね。うめ、うめ、うめ。

 

 そうしてしばし至福の時間を過ごし、その手の中のカゴがえらいことになり始めたあたりで、彼女はようやく会計を赴いた。

 その背中は自信に満ち溢れ、まさしく戦場から凱旋する戦士のようだった。カッコ良すぎワロタ。

 

 そして彼女は、カゴをカウンターに置いて一言。

 

「あ、財布ないわ」

 

 

 

 山田ァ!!♡♡♡

 

 可愛いねッッッ!!♡♡♡

 

 

 

 あまりにも期待を外さない山田に、深くしみじみとした感動が胸を占める。

 いや、すごいな。このお財布を持たずに違和感なくお店に入れる感じ、やっぱり大事にされて育って来たんだね♡ 末っ子気質可愛いすぎて爆発しそう♡ 

 

 しかし、お財布を持ってきてないと、当然ながら楽器は買えない。

 しかも合計すると普通に6桁越えてるお値段だから、流石の山田も私には頼めないご様子。というかその金額を「払って」するのは流石に人としてヤバい。

 

 が、そんな時の灰炉茶子、そんな時のチート転生者ですよ。

 私は仕方がないなぁという感じでお財布を取り出した。

 

「あ、チャコ、多分払えないと思う……」

 

 そう言う山田の前でカードを取り出し、ぴっとスキャン。

 手続きは一瞬で終わって、無事山田のnew gear……は彼女のものとなったのだった。

 

「…………え」

「どうぞ。お金は……まぁ、いつか返してくれればいいですよ」

 

 ポカンとする山田に、私はちょっとだけ微笑む。

 

 

 

 へ。へへ。

 へへへ、えへへへぇ♡

 

 貢いじゃった♡ 貢いじゃった♡ 推しに貢いじゃった♡♡

 実質スパチャ♡ やまーだいつもありがとう♡ 最近やまーだへ感謝するのが日課になりつつあります♡♡

 

 私がこれまで財貨を蓄えてきたのは、ひとえに結束バンドに貢ぐためだ。

 少しでも結束バンドの活動が楽になるように、少しでも彼女たちが快く過ごすことができるように、そして私がそれを見られるように、私は全力で状況を整えていく所存だ。

 そのためにはお金に糸目は付けない。

 

 例えば、後藤のチャンネルに本来あるべきファンを付けるために宣伝を打ったり。

 例えば、出所を不明にして、毎月STARRYに100万円ずつ寄付したり。

 例えば、こうして山田がお金を不足させた時に支払ったり。

 

 そうして、私は少しずつ推しへと貢いでいくのだ。

 

 はー快感♡ 前世じゃ推しにスパチャするとか意味不明だと思ってたけど、なるほどこういう感覚ね♡ 最高過ぎて笑いが止まらん♡ もうこれ三大欲求でしょ♡ 食欲睡眠欲顔の良い推しに貢ぎ欲♡

 

「……チャコ、お金持ち?」

「まぁ、程々には。こういう時は助け合いですから、気にしないでくださいね」

「うん、気にしない」

 

 山田はそう言って、特に気負いする様子もなく戦利品を抱える。

 こういうところが山田の山田たる所以♡ 君のお金についての図々しさ、イエスだね!♡ どんどん貢がれて♡ 駄目になって♡ 私のお金じゃぶじゃぶ溶かして♡

 

 そんな感じに、内心ニヘニヘしながらも無表情を維持していた私だったけど……。

 

「……ありがとう、チャコ。その内返すから」

 

 そう言って、山田がペコリと頭を下げてくるのをみて、思わず驚愕が表に出かけた。

 

 えっ!?

 あの山田リョウが、お金借りただけでちゃんと頭を下げる!?!? 何事!?!? 明日槍でも降るの!?!?!?

 

 割と本気で困惑する私を捨て置き、山田は店の外へと歩き出してしまった。

 

 ど、どうしちゃったんだ山田。そこは山田らしく「じゃあ一生借りるね」くらいでいいんだよ?

 もしかして変な草とか食べちゃった? ぺっしなさいぺっ! 病院行きますよ!

 

 

 

 そんなアクシデントはありながらも、私たちは無事帰路に就いた。

 山田はほくほく顔で買って来た楽器類を抱えながら……ちょっと手で抱えきれる量じゃなかったので、半分くらいは私が持って、STARRYに向かう。力付けといて良かった。

 

 で、その最中。ふと山田が口を開いた。

 

「…………チャコって、やっぱり謎だよね」

「え? 謎?」

 

 どこがやねん。私はフツーのモブ女子高生なんですが。

 

「普通の女子高生は、20万円なんてお金を人に貸したりしないし、ぱっと払えたりもしない」

「あー……まぁ、うん。お金持ちなので」

 

 安全性重視のトレードと大規模な投資、その他法には触れない色んなシノギにより、私にはある程度の収入がある。やろうと思えば、多分ひと月で8桁くらい稼ぐことも不可能じゃない。税金エグいからあんまやらんけど。

 そこから考えると、20万円ってのも大した金額とは思えないんだけど……。

 そういえば一般的な女子高生って、あんまりお金持ってないんだっけ? 確か月ごとのお小遣いの平均は5000円……は!? 5000円!? そんな金額でどうやって推しに貢ぐんだ!? あぁそっか、だからみんなアルバイトするんだな。いやそれでも足りなくね?

 

「それに、そんなにお金を持ってるなら、バイトなんてする必要はない。もっと言えば、音楽にも強い興味がないのなら、ライブハウスでバイトするのは不自然」

「えっと……何事も体験ですし」

 

 いやまぁそこは……うん、ぶっちゃけ結束バンドのみんなを見たいから来ました。それだけです。

 お金なら稼ごうとすれば無限に稼げるし、わざわざ仕事をしなきゃいけない程困っているわけじゃない。

 でも、こういうのって経験プライスレス。お金だけのアレでもないでしょ。知らんけど。

 

「あとは……マスク」

「マスク?」

「いつも付けてる。珍しい」

「それは……そういう人もいるでしょうし、珍しくはないのでは」

「不自然じゃないけど、珍しい。マスクは蒸れるから嫌いって人も多いのに」

 

 ……まぁ、確かに。

 前世の感染病エグかったご時世でもないんだから、いつもマスクってのはちょっと珍しいかもしれないけど……。

 

 これにはこれで、ちょっとしたワケ、必然性があるわけよ。

 

「うーん、このマスクは……ちょっと訳がありまして」

「訳って何?」

「ストレートに聞いてきますね。……傷ですよ」

 

 驚かないでくださいね、と前置きして、私はマスクを右側だけ外す。

 そこには……。

 

「傷」

「そう、傷です」

 

 昔に付けた、傷がある。

 

 ロリなぷにぷにほっぺから口下の顎まで続く大規模な裂傷痕。

 警告もなしに見せればドン引きされること請け合いの、ちょっとエグめの傷跡である。

 

 いやぁ、これができた時は、想像以上に痛かったなぁ。普通に泣いちゃったよね。

 

「……痛いの?」

「いえ、もう痛みはありません。ただ、一生消えないみたいで……ちょっとショッキングでしょう? だから不用意に見られないよう、隠しているんです」

 

 通行人に見られないようすぐにマスクを付け直し、私は苦笑した。

 

 本当はあまり人に晒したくないんだけど……まぁ、山田なら問題ないだろう。

 さっきのお店でのやり取りとかを見ても分かる通り、山田は不必要に人に気を遣うことはない。

 良くも悪くも思考方法が自己中心的な彼女なら、私というモブのことなど気にも留めないに違いない。

 

 それよりも、まずはこの誤解を解くところからだ。

 私が謎だとか変なわけないだろ。こっちはただのモブですよモブ。

 私にも都合があって、蒸れるし邪魔になるのにマスクしてるんです。そこをご理解いただければと思いますね。

 

 そんな私の意図を読み取ったってわけではないだろうけど……。

 山田は表情を乱すことなく、コクリと頷いた。

 

「うん、良いね。ロックだ」

「ロック? ですか?」

「ロックだよ、チャコ。カッコ良いじゃん」

 

 そう言って……。

 

 山田はニコリと、穏やかに笑ったのだった。

 

 

 

 ……うっ、笑顔が良すぎるゥ! しゅき♡

 

 

 

 * * *

 

 

 

 余談だが。

 

 推しとのデート♡ ですっかり忘れてたんだけど、その日は普通にシフトが入ってた。

 山田に連れ回されてる内にその時間が過ぎてしまい、私はお店に迷惑をかけてしまった。

 

 一応「まぁ今日はあんまり人来なかったから大丈夫だよ。そんな気落とさないで」って励ましてもらえたけど、強引に雇ってもらったくせに迷惑をかけるなんて最悪だ。時代が時代なら切腹クラス。

 

 深く深く反省すると同時、もう2度と繰り返さないという決起の意味を込めて星歌さんに土下座したら、なんかすごいわたわたしながら「いいから! 気にしなくていいから立て! やめてホントに!」って言われた。

 

 なんであんな慌ててたんだろう。

 

 

 







 先に言っておきますが、傷云々は別にシリアスな話じゃないです。
 この物語にシリアスなどない。


 あと、水星の魔女最終話にハートを撃ち抜かれた(隠語)ので、投稿頻度落ちるかもしれない。落ちないかもしれない。予定は未定。



(追記)
 誤字報告をいただき、訂正させいただきました。ありがとうございました!
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