ぼざろ世界を全力で楽しみたい転生者の話   作:アリマリア

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 いつもよりちょっと長いよ。





ただし、彼女が転生者をモブと思うとは限らないものとする。③

 

 

 

 「TRPG」というものをご存じだろうか。

 

 その正式名称を、テーブルトーク・ロールプレイングゲーム。

 原義としては、コンピュータなどの機器を通さないRPGゲームである。まぁ最近は専用のサイトを使って行うことも多いんだけども。

 

 普通の(デジタル)ゲームとの大きな違いは、キーパーとかゲームマスターと呼ばれる主催側と、プレイヤーとか探索者と呼ばれる遊ぶ側に分かれ、会話を主軸にして遊ぶ、ってところだろうか。

 地味に見えて結構楽しいから、やったことがない人は、是非気心の知れた友達とやってみてほしい。ちなみに本製品に友達は付属しておりません。

 

 ん、やったことある? やったことはないけど動画で見た? そかそか、それなら良かった。

 え、知らない? 見たことない? それなら動画投稿サイトとかで「TRPG リプレイ」とかで検索してみると結構面白いと思うよ。

 

 ……さて、そろそろ本題に入ろうか。

 なんで私が、TRPGの話をしてるかというとだな。

 

 それが私の過去に……この右頬の傷に、強く関係してるからだ。

 

 

 

 ちょっとだけ、くだらん自分語りをすることを許してほしい。

 

 私こと灰炉茶子の右頬には、一生消えない傷痕がある。

 それ自体は塞がって久しいし、痛みもなければ恥ずかしくもない。

 私にとって、これは既に過去のものとなっているのだ。

 

 むしろこれを隠すためにマスクをするようになって、運動の際に息がしにくくなり、更に肺活量を鍛えやすくなった感じがある。その上マスクで顔隠してれば、いくら顔が良くたって一瞬で普通のモブに大変身だ。傷最高! 傷最高! お前も傷最高と叫びなさい!

 ……いやまぁその分、蒸れるし邪魔だし、食事の時は否が応でも注目されるし、面倒なことも結構たくさんあるんだけどさ。

 

 で、その傷なんだけど。

 これが私の顔に刻まれたのは、あの小学5年生ライフが始まった直後。

 私が喜多ちゃんに遭遇し、この世界をぼざろワールドだと確信した日の、夜のことだった。

 

 

 

 その日の私は、大いに悩んでいた。

 何に悩んでたかって言うと、自分の顔の良さについて、だ。

 ……いや、こう言うとめっちゃナルシストっぽいけど、そういうんじゃなくてね?

 

 その日の朝に遭遇した幼き喜多ちゃんは、私の顔をいたく気に入ってしまった。

 休み時間になるたびに話しかけてくるし、昼食になったら遠くからわざわざ机をくっ付けに来るし、放課後は一緒に帰ろうと言ってくる。家の方向違うどころかほぼ真逆なのに。

 机に突っ伏したり本を読んだりして「関わってこないで」感出しても、「茶子ちゃん、おねむなの?」「ねぇそれ何読んでるの?」と突っ込んでくる無敵っぷり。今も昔も喜多ちゃんは陰キャキラーである。

 

 

 

 喜多郁代は、はっきり言って可愛らしい女の子だ。

 「クラスに1人いるアイドル」とかそういう次元じゃなく、私から見れば美の女神が遣わせた陽と和の天使。まつ毛なっがいしお目目ぱっちりだし、まだ幼い時分から既に常軌を逸した可愛さだった。そりゃ「可愛すぎてごめんなさい」だわ。果てはクレオか楊貴妃か。

 

 そんな子が、友達になろうなんて言ってくれるんだ。もしも私が普通の女の子であれば、そりゃあ喜んでいただろう。

 ……が。残念ながら私は、普通の女の子じゃない。ぼざろ大好き系転生者なのだ。

 私の感情と情緒を理解してくださる方々になら、これがどれだけ嬉しく、そして同時にどれだけ苦しいものだったか、ご理解いただけるものと思う。

 

 あの喜多ちゃんと友達になれるとすれば、そりゃあ嬉しいよ? 心から嬉しいさ。布団の上でバタバタしてしまうくらいに、そしてバタバタしすぎて三半規管壊れてゲロ吐きそうになるくらいには嬉しい。

 

 だがそこには、大きな大きな、大きすぎる問題も存在するんだ。

 

 もしも喜多ちゃんと友達になればどうなるか?

 至極当然のことながら、私は高校生にいたるまで、推しである喜多ちゃんから離れようとはしないだろう。

 すると私は、あの結束バンドのメンバー以上に喜多ちゃんと付き合いの長い「幼馴染」という枠に収まってしまう。もうこの時点で解釈違いだ。喜多ちゃんと一番仲が良いのは後藤か山田であるべき。異論は認める。

 更にそのまま事が進めば、人付き合いの良い喜多ちゃんのことだ、「茶子ちゃん、一緒にバンドやらない!?」なんて勧誘してくる可能性は決して狭くない。そしてもし喜多ちゃんにうるうるした目でお願いされれば、私は内容など聞かずノータイムでお願いを聞いてしまうだろう。

 結果として、灰炉茶子(結束バンドメンバー)などという許しがたい事態が発生しかねない。

 

 このままでは、私は美しい絶対的箱庭「ぼっち・ざ・ろっく!」に土足で踏み入ってしまう。

 偉大なる唯一神(げんさくしゃ)様が織りなす完全に調律された世界が、私という1匹の害虫のせいで食い荒らされてしまう。

 

 許されない。そんなことが許されるわけがない。

 旧き神話において、人は食うに困らず苦悩もなき楽園に住んでいた。しかし蛇の甘言により、推しの間に挟まったことで、楽園を追放されたのだという。

 そんな大罪を再び繰り返すわけにはいかない。私は結束バンド加入しない系オリ主なのだから。

 

 喜多ちゃんの幼馴染。そして、山田や後藤に出会う前に彼女が執着していた顔という、強すぎる属性。

 そんなの、一転生者如きが担っていい役割じゃない。というかもし原作6巻でそんなの出てきたら読者の脳が破壊されて死んでしまう。少なくとも私は死ぬ。オタクって繊細な生き物だから……。

 

 

 

 話を要約すると、私は結束バンド加入しない系オリ主であり、現時点(つまり小学5年生時点)で、喜多ちゃんに強い印象を与えたり、友達になってはいけない、ってことだ。

 これはもう、喜多ちゃんのことを見てたいだとか、推しの過去について知りたいだとか、そんな低次元なオタク趣味よりも圧倒的に優先されるべき目標である。

 

 私は悩んだ。すごく悩んだ。家族たちに声をかけられても気付かないくらい必死に悩んだ。

 オタクとして、推しに仲良くしようと言われれば拒み切れる気がしない。だがしかし、決して仲良くなってはいけない。

 まさしくミッションインポッシブル。多くのオタクがこの任務に挑み、推しの尊さで死んでいった。

 

 攻略法も見えないような、非常に厳しい作戦だけど……。

 一旦ここは、問題を細分化して考えてみよう。

 

 今私の前に立ち塞がる問題点は、大きく分けて2つだ。

 ①私の顔が良いせいで、喜多ちゃんに気に入られてしまっている。

 ②喜多ちゃんと同じ学校、同じクラスなせいで、幼馴染になってしまう。

 

 ②は親に頼んで転校でもなんでもすればいいから、解決は難しくない。何ならその費用はこっちで用意してもいいし。

 

 だから、考えるべき問題は①だ。

 

 これを解決するには、どうすればいい?

 

 私の顔の良さはメイクとかではなく、天然のものだ。こういう顔に生まれてしまった以上、今更どうにも変えようがない。

 変顔とか変装とか変なメイクをするって手も考えたが、普段は色々アレな後藤でも本質的には顔が良いことで気に入っていた喜多ちゃんだ、それらの偽装が通用するとは思えない。

 では整形するか? それもアリだけど、確か闇に潜りでもしない限り18歳未満は親の承諾がいる。なんて言えば頷いてくれるよ? 不細工になりたいんです? 理由が皆無で説得力がなさすぎる。

 

 どうすれば。どうすればいい?

 顔面の良さ。整い。壊す。美しさ。悪くする。魅力。下げる……。

 

 ……魅力を下げる?

 

「あ」

 

 そうやって考えている内……。

 私はふと、前世でやったTRPGで起こったことを思い出したのだ。

 

 そう、あれは「ロールプレイ的に美人設定で行きたいけど、APP(魅力のステータス)が人並みにしかなかった」時に……。

 私は、「顔に傷が残っているからAPPが下がっている、という設定でいいですか」とKPに聞いたような。

 

 傷が残っているから、魅力が下がる。整った顔が崩れる。

 

「……なるほど、その手があったか」

 

 天才的ひらめき。問題点①を完璧に解決できる神の1手である。私、もしかして天才では?

 自らの思わぬ発想力に満足して頷き、私は台所に向かったのだった。

 

 

 

 ……その後、何があったかと言いますと。

 

 初めての自傷行為は想像以上に痛くて、精神修行も何もしてなかった私はボロボロと泣き出してしまい。

 慌ててやって来た両親が事故だと誤解し、「私たちがしっかり見てられなくてごめんね」と泣き出してしまう地獄が発生。

 病院に行って手術したものの「この傷痕は一生消えないかもしれません」と言われ、私の気持ちを想い泣き崩れる両親。

 一方麻酔で痛みもなくなって「これで喜多ちゃん問題はほぼ解決だ」とルンルンだった私も、両親の涙を見れば流石にちょっと気まずくなり、両親を抱き締めて「ごめんね、私は大丈夫、大丈夫だから、泣かないで」って言って……。

 

 うん。

 まぁ、そんなことがあったのだった。

 

 冷静に考えると、娘の顔にクソでかい傷が付くって、そりゃ親としてはショックだよね。

 まぁ「こんなに気丈に振舞って、私たちを気遣ってくれているんだろう」みたいに思ってた両親に「いやガチでこれでいいっすよ本気で気にしてないっていうかこれわざとっす」って伝えたら、涙も引っ込んで割とガチで引かれちゃったけども。

 最終的には、昔から変わった子だったっていうこともあってか、理解はしてもらえないものの納得はしてもらえ、「あなたが気にしないなら私たちも気にしないようにする」という結論に行き着いた。良い親すぎる。最近多い子供を自分のトロフィーだと思ってる系の毒親どもは2人の爪の垢煎じて飲め。

 

 

 

 ……それが灰炉家に起こった、というか私が起こしちゃった一連の騒動の顛末だ。

 結果として、私の右頬には傷が残り、包丁は買い換えられ、両親には多大なご迷惑をかけてしまった。色々マジですまんかった、両親。

 ですがこれも、推しを存分に推すために必要な工程なのです。ちょっと普通の人とは違うけど、娘の生きる道として認めていただけると幸いだ。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 さて。

 思わず幼き日の可愛げのある失敗を思い出してしまったのには、ワケがある。

 

 そのワケ、原因は……。

 

 今、私の目の前にいる、懐かしき少女であった。

 

 

 

 あまりにも色鮮やかな、ロングの赤髪。

 眩いばかりに輝く、金色の吊り目。

 そして何よりも、このキターン!! とした笑顔。

 

 そう、彼女は。彼女は……ッ!!

 

 

 

「茶子ちゃん、久しぶりね! 元気だった?」

「あっ、あっあっあっ」

 

 

 

 そう、彼女こそは……。

 

 結束バンドの後日逃げる予定のギター、喜多郁代だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現実において、大抵のイベントには伏線というものがない。

 急に海外貨幣の価値が下落したり、急に得意先のサイトのサーバーが捜査局に差し押さえられたり、急にトラックが突っ込んできてミンチになりかけたり……あ、最後の奴は前世だったか。

 とにかく現実ってのは残酷かつ情緒がなく、まるで火星の戦力は軒並み向こうに回してるのかもしれないと言わんばかりに、めちゃくちゃ急にこっちを殺しにかかってくるのだ。キボウノハナー。

 

 そして、私にとってのカタストロフィ級のイベントもまた、その例に漏れず。

 その日は、余りにも急にやってきた。

 

 

 

 その日の私は、ちょっとだけ擦り減っちゃった資金をさっさと溜め直すべく、ライブハウスSTARRYでパチパチとキーボードを叩いていた。

 あんまり人様に言えないところにあんまり人様に言えない方法でアクセスし、あんまり人様に言えない相手とあんまり人様に言えないやり取りをして過ごすこと、大体1時間弱。

 

 私は不意に、脳天を貫くような恐怖を覚えた。

 

「……ッ!」

 

 バタバタとパソコンやキーボードを畳み、バッグの中に突っ込む。

 

 これでも私、今世で結構な数の修羅場を潜ってきた。

 山の中で熊に出くわしたこともあれば、海のただ中で船から放り出されたこともある。なんかヤバそうな人にヤバそうな薬を飲まされかけたこともあるし、推しに特別に認識されかけたこともあるし、変なお化けみたいなのに襲われたことだってある。こう見ると割と人生体験豊かだな私。全然自慢にならんけど。

 

 とにかく、そんな経験の中で培われた直感が、私に告げている。

 

 今すぐここから逃げろ! と。

 

「クソッ!」

 

 それがどのような感覚であるか説明するのは、すごく難しい。

 

 例えて言うなら、すごく大事な予定を忘れてしまっているような違和感。

 あるいは、真後ろからナイフを腰に構えて突進してくる人がいるような気配。

 

 ……もしくは。

 幼いあの日のように覚えたような、原作ブレイクの予感。

 

 あークソ、こんなことになるんならモニタ2枚も持ち込むんじゃなかった! 流石にこの数になると重いわモニターアーム! あとかさばる! 誰だよこんなデカいの買ったの! デカい方が強そうだとか馬鹿じゃねーの!?

 無理やり詰め込んだ結果として、バッグがめちゃくちゃぎゅうぎゅうのごちゃごちゃになってしまった。ディスプレイも傷ついちゃうだろうけどいやもうこれは仕方ない、さっさとここから退却──!!

 

 

 

「リョウ先輩リョウ先輩、リョウせんぱーい!!」

 

 

 

 …………あ。

 

 その時、私の脳裏に電流走る。いや、電流じゃなくて走馬灯だったかもしれない。

 

 私は「俺」だった頃から、「ぼっち・ざ・ろっく!」のファンだった。

 アニメも漫画も大好きで、何回も見直したし読み直した。その展開も、何年も経った今でも手に取るように覚えている。ごめん嘘見栄張った、ちょっと記憶は劣化してきてるけど、それでもしっかり覚えてる程度です。

 

 で。だからこそ、私はこう感じていたのだ。

 

 喜多郁代が登場するのは、あの運命の日よりも後である、と。

 

 ぼざろ本編において喜多ちゃんが本格的に登場するのは、後藤が山田や虹夏ちゃんと結束バンドを組んで、ぐだぐだ初ライブを終えた後。

 ギターボーカル、いわゆるギタボを探していた際、後藤が彼女を見つけ出したのが事の始まりだ。

 

 原作ファンの私には、その印象が強く強く刷り込まれていた。

 だから、無意識に思い込んでいたんだ。

 喜多ちゃんとSTARRYで会うのは、少なくとも後藤がここに来た後になる。

 学校で彼女に見つからないように逃げてさえいれば、それまでは出会うことはないはずだ、と。

 

 

 

 だが。

 そもそも喜多ちゃんは、結束バンドのギターになる前は、結束バンドの逃げたギターだった。

 

 実はギター弾けないのに山田の顔目当てで弾けると嘘を吐いて加入、その後合わせの練習からは理由を付けて逃げ続け、いざライブの日になって蒸発するという、とんでもないことをやらかした女の子なのである。

 ……改めて考えると、キャラ濃すぎだろ喜多ちゃん。後藤は人外なので置いとくとして、それ以外だとダントツでロックなのではあるまいか。

 

 

 

 ……さて、ここで一度、論理的に考えてみよう。

 喜多ちゃんは、本編開始前に結束バンドに所属していた、という事実があり。

 結束バンドは、ライブハウスSTARRYを拠点にしている、という事実がある。

 

 この2つを仮言三段論法的に繋げると。

 

 ……喜多ちゃんは本編開始前に、STARRYに現れることがある、となるのではあるまいか?

 

 

 

 

 

 

 ……そう。

 私が自分の失策に気付いた時には、もう全てが遅かった。

 

 ライブハウスに我が家のような勢いで駆けこんできた喜多ちゃんの、輝く金色の瞳が、私を捉えたのだ。

 

 

 

 

 

 

「……や、ば」

 

 いや。

 

 いやいや、落ち着け、私。

 大丈夫だ。全然大丈夫。大丈夫すぎて大乗仏教になったわね。

 

 私と喜多ちゃんの間に、接点はほとんどない。

 小学5年生になってから、おおよそ2週間ほど同じクラスだっただけ。

 それも、内3日か4日は、私の顔の手術とかで入院してた。……まぁ喜多ちゃんは毎日お見舞い来てくれたから会うには会ってたんだけど、学校でクラスメイトするよりは接触時間は短かったはず。

 

 華の高校生ネームドキャラが、昔ほんの一瞬だけ登場したモブのことなんて覚えてるはずがない。

 いや怪我してからも何故かやけに付き纏われてたような気もするが、それは多分ほら、辛い境遇にあったクラスメイトを慰めるためとかそんな感じだろうし。

 

 ……大丈夫。

 どっちにしろ、あと1か月強で会うことになった相手だ。その時のために、ちゃんとプランは考えてきたじゃないか。

 

 ここはSTARRYのスタッフとして、普通に彼女に対応しよう。

 まるで相手のことを覚えていないかのように、あたかも初対面かのように。

 喜多ちゃんだって私のことを覚えてないんだから、これで実質的にはお互い初対面になるはず。

 

 落ち着け。クールになれよ、私。

 大丈夫、ここまで5年間頑張って来ただろ? 超普通のモブ店員の演技くらいできるよな?

 

 ……任せろ、やれる!!

 

 よし、やっちまえ灰炉茶子! お前ならできるさ!!

 

「あっ、い、いらっしゃいませぇ、よっようこそライブハウスSTARRYへ……。

 あ、あのぅ、実はその、まだ開店してなくて、チケットの販売は17時からとなっておりましゅぅ……」

 

 クソ馬鹿! お前なんでこんな声震えてんだ馬鹿! しかも最後噛んだなお前! めちゃくちゃあざとい感じで噛みやがったよこの野郎!

 なんで私はこう、推しの前だと緊張しちゃうかな!? いや当然だろうが、推しの前で緊張しないオタクがおるかたわけ! いやそこじゃねぇよもっと上手く演技しろって言ってんの! 最近は虹夏ちゃんとか山田にも普通に対応できるようになってきたから大丈夫だと思ったら全然成長してないじゃん! 馬鹿なの!? 死ぬの!?

 

 ま、まぁ良い! 大根すぎて笑えないけど、取り敢えず最低限の演技はできた!

 よし、逃げるぞ! 私はただのモブアルバイター。必要以上に喜多ちゃんに関わる必要はない!

 後は裏で帳簿見てる星歌さん呼びに行くフリして裏に引っ込もう。山田の名前呼んでたってことは多分、待ち合わせでもしてるんだろうし、後は山田が何とかしてくれるはず! 山田が事態をなんとかすることってあるんだ。茶子ちゃんびっくり。

 

「あ、て、店長ぅ~、なんかめちゃくちゃ可愛いし性格も良さそうな赤髪の素敵な陽キャガールのお客さんがいらっしゃってぇ……」

 

 よーし相変わらずクソ演技! この大根! あるいはおたんこなす! お味噌汁にして食べてやろうか!

 

 私は自虐と興奮と恐怖と喜多ちゃん可愛すぎワロタの気持ちでいっぱいになりながらバッグを抱え、振り向いて……。

 

 

 

「えっ? ……えっ、嘘、嘘嘘、もしかして茶子ちゃん!?」

 

 

 

 ……は?

 

 

 

「そうよね? えっ、全然見た目変わってない……茶子ちゃんの妹、とかじゃないわよね、だってマスクもしてるし……」

 

 

 

 …………は?

 

 

 

「あ、その反応! やっぱり茶子ちゃんね! 私のこと覚えてる? 喜多よ! 喜多ちゃん!

 久しぶりね~、小学校5年生の時に茶子ちゃんが転校して以来だから、えっと、5年ぶりかしら?」

 

 

 

 ………………は?

 

 

 

 * * *

 

 

 

 おかしい。

 

 バグだ。不具合だ。予期せぬ挙動だ。デバッグはよ。アプデまだ? もういっそメンテしとけよ。詫び石くれ。いや詫び石はいらねぇわ金で買うから。それはいいから今すぐ目の前の現実を改変しろ。現実改変チートくれ今すぐに。なんで転生したのにチートがないんだ。チートでもっといっぱい結束バンドを支えさせてくれ。あ、でもあんまり強すぎるチートだとやりがいとかがなくなっちゃいそうだから程々の奴で頼む。そうだな、1回スクワットするたびに30円手に入るチートとかどう?

 

「あのー、おーい、茶子ちゃん?」

 

 目の前の現実は現実じゃない。現実じゃないとすれば何? 夢? はっそうか、私は実はぼざろが終わったことに耐えられずに気絶しているのではなかろうか。そう、気絶して見ている夢がこれだ。じゃないとおかしい。推しと幼馴染で、その上5年経っても覚えててもらえるとか、そんなのオタクの夢すぎる。どう考えても最高の夢です本当にありがとうござました。いやしかし、冷静に考えるとどちらが夢なんだ? 私の意識はこちらの世界に来て以来、睡眠時や気絶時以外は安定して持続している。対して前世の記憶はだいぶ薄れてきている。まさかとは思いますが、この「前世」とは、私の夢の中の存在にすぎないのではないでしょうか。いやこれ十分可能性あるな。胡蝶の夢ならぬオタクの夢。いや、喜多ちゃんとの関係が誇張の夢ってか!w

 

「おーい」

 

 いやまぁどっちが現実とか正直どうでもいいな。過去とか記憶とかクソどうでもよくない? 大事なのは意識ある今をどう生きるかでしょ。ごめんちょっと違うか? どう推しを推すかだ。ん? あれ、そもそもこれ何の話してたんだっけ? バグ? あ、そうだ目の前の現実はバグだってことだ。いや、バグってか夢だったっけ? こんなオタクに都合の良いことが現実に起こるわけねーんだから。あーもう嫌になるね、理性で推しへの愛を抑えてるってのに、無意識下ではこんなこと望んでんのかな私。喜多ちゃんに好かれる幼馴染ってか? あー幸せそうで良かったね、自重という言葉を知らんのかこの猿がァ! はぁ、自己嫌悪がすごい。誰か私のこと思いっきりぶん殴ってくんない? オタクとして至らなすぎて死にたくなる。いや死ねないけど。たとえこれが夢だとしてもぼざろ世界にいられる幸せを噛みしめずしてなんとす……。

 

「もうっ、茶子ちゃんっ!」

「あっはいごめんなさいオタク死にます」

「え、死なないでね?」

「あ? え? 何、あ、喜多ちゃん、今日も可愛いね♡ だいちゅき♡ 食べちゃいたい♡」

「えへへ、ありがとう♪ あれから5年も経ったのに、茶子ちゃんは可愛い見た目も不思議な中身も変わらないのね!」

 

 ……?

 

 いや、あれ、ん?

 

 なんかおかしいな。

 

 夢っていう割にはなんか現実味があるっていうか、こう、見当識が明瞭過ぎるような。

 私、結構明晰夢見る方なんだけど、夢の中で「あれこれ夢では?」と思ったら、大体夢か現実かの判別付くんだよね。

 

 ……で、どうにも今、私は夢を見ていないような気がするんだけども。

 

「……喜多ちゃん?」

「はぁい?」

「うわ可愛すぎるでしょ今の聞いた? 『はぁい?♡』だってめちゃくちゃでしょこんなん可愛さ偏差値73国立医学A判定十万バズ確定まだガンには効かないがそのうち効くようになる何ならもう効く私に効いた」

「あはは、嬉しいけど、相変わらずよくわからない例えね?」

 

 …………?

 

 いや、夢だよね?

 

 何かおかしい。何かが決定的に食い違っている。

 ……なんか懐かしいな、この感覚、小学5年生に上がってから転校するまでによくあったヤツ。

 

 あの2週間、あまりにも近くでキターン! パワーを受けすぎたせいか、割と夢うつつというか、白昼夢を見たり現実に戻ってきたりと忙しかったんだよなぁ。

 まぁそれも仕方ないことだと思う。なにせ喜多ちゃんと幼馴染ぞ? もうその言葉の重さだけでもおかしくなっちゃうには十分すぎるでしょ。

 薬も強すぎれば毒になるように、推しの供給も急激すぎればオーバードーズに繋がる。あの頃の私には、とてもじゃないが耐えられなかったのだ。まぁ今も耐えられないけど。

 

 しかもその白昼夢で見る喜多ちゃんが毎回毎回可愛いこと可愛いこと。

 数年ぶりになる今回も、夢の中の喜多ちゃんはめちゃくちゃ可愛い。は? 夢の中だけじゃなくて現実でも喜多ちゃんは超絶可愛いが? むしろ私の夢の喜多ちゃんが現実の喜多ちゃんに追いつけ追い越せくらいの可愛さになってるってのはアレだね、ずっと推して来た愛が故かな? すごいぜオタク脳。

 

「うーん、ずっと眺めててもいいんだけど、そろそろ事情も聞きたいのよね……。おーい、茶子ちゃん、起きてー?」

「起き……起き?」

 

 起きる……? そう、起きる……。喜多ちゃんがASMRで「起きて~」って言ってくれるボイスが売ってる世界に私は行きたかった……。あるいはSTARRYの観葉植物に……。

 

 

 

 

 

 

 ふと、目が覚めるような、思考が平静に戻ったような感覚。

 あれだ、虹夏ちゃんの時にも味わった、一周回ってスンッてなるヤツ。あれのすごい版みたいな感覚がして、私は目覚め……。

 

 目覚め…………???

 

 いや、ん?

 

「喜多ちゃん……?」

「あ、起きた? おはよう、茶子ちゃん!」

 

 私は……えっと、これどういう状況?

 

 なんで私、STARRYの控室にいんの?

 それとなんで対面に喜多ちゃんがいるの?

 

 ……喜多ちゃんが?

 

 喜多ちゃん!?

 

 

 

 そう、私の対面にはいつの間にか、赤髪陽キャのマーメイドこと喜多ちゃんが座っていた。

 あっ顔可愛っ♡ うわ美少女っ♡ 良い匂いしそうってかするっ♡ この世界の美少女なんか変な化学物質放出してない?♡ 危険だから拘束させてもらうね♡ ごめん嘘、その調子でこの世界に幸せ物質ばら撒き続けて♡

 

「じゃあ、改めて。茶子ちゃん、久しぶりね! 元気だった?」

 

 

 

 キッターン!

 

 

 

「あっ、あっあっあっ」

 

 眩しいっ、眩しすぎるっ……!

 すさまじいまでのレインボー美少女陽キャパワーッ! 目が焼かれる、潰される……ッ!

 

「うん、元気みたいね。安心したわ」

 

 思わず身を引いた私を見て、喜多ちゃんは何故か嬉しそうに微笑んだ。あのすみません参考までに聞かせていただきたいんですが、こちらは推しに笑顔を向けられてオーバードーズで狂いそうなんですけど、どの辺が元気に見えましたかね? ちなみに今私は推しの笑顔見れてめっちゃ元気でぇぇええええす!!

 

 心臓バックバクな上、過呼吸か頭もガンガンする中、私は取り敢えず、危急の疑問を口にする。

 

「……えっと、喜多ちゃん、私のこと……覚えてた、の?」

「当然じゃない! 茶子ちゃんみたいに面白い子のこと、忘れられないわよ!

 それに、全然見た目も変わってないし……その、マスクも、付けてるしね」

 

 ……? 面白い子?

 いやその評価を受けるべきは後藤であって私ではないんだが? 喜多ちゃんどうした、脳内の時系列とか認識対象バグってる? 己の強すぎる陽キャパワーでちょっと焼け付いちゃったりしてるんだろうか、すごく心配だ。

 

 しかし、そうか、見た目か……。

 確かに私の見た目は、喜多ちゃんと別れて以来ほぼ成長してない。誤差は1センチ未満だ。クソが。

 更にマスクも、当時と同じく付けたままだし……そこまで含めれば、確かにモブとはいえ想起しやすい見た目だったかもしれない。

 

 優しすぎる喜多ちゃんは「忘れてないよ♡」と言ってくれたが、きっと彼女の中では既に薄れつつあったモブモブした記憶を、この見た目が掘り返してしまったのだろう。

 くっ、この灰炉茶子としたものが、不覚! こんな身近な落とし穴にも気付かないとは……!

 こんなことなら、顔を全部隠せるガスマスクとかペストマスクでも付ければよかった……。

 

 痛恨のミスを悔いている私を他所に、喜多ちゃんは話を続ける。

 

「茶子ちゃんこそ、よく私ってわかったわね。これでも結構成長したつもりなんだけど」

 

 成長……? いや確かに縦には伸びてるけど、こう、どことは言わない部分は……いや、やめようこの話、私にも反動が来る。

 

「喜多ちゃんのことを忘れられるはずないよ」

 

 忘れる訳ないし、間違うはずなくない? 推しやぞ? 喜多ちゃんやぞ?

 こんな灰色一色のモブばっかの世界で、赤く煌めく星座の一角やぞ?

 そりゃ当然覚えておりますとも。なんなら小学校の頃の喜多ちゃんの気配とか匂いまで覚えてるよ♡ ごめんねちょっとキモいよね♡ 腹を切ります。

 

「でも驚いたわ、STARRYで茶子ちゃんに会えるなんて! ここ、憧れの先輩の拠点なのよ!」

「憧れの先輩……えっと、山田のこと、だよね」

 

 私がそう言うと、喜多ちゃんはただでさえおっきいつぶらな瞳を更に大きく皿のように広げ、常に写真写りの良い彼女にしては珍しい、驚愕の表情を浮かべた。

 あれだ、後藤が電子音(肉声100%)出してた時の表情に近い。そんな顔しても可愛いのはもう世界の理捻じ曲げてません?

 

「山田!? え、リョウ先輩と知り合いなの!? しかも呼び捨て!?」

「あ、えっと……山田とはバイト仲間で、虹夏ちゃんから『気安くしてあげて』って言われたから……」

「え、茶子ちゃん私と同い年だし、先輩1つ年上よね? すごい一気に気安くなってない!?

 ……あ、伊地知先輩とも知り合いなのね。えへへ、共通の友達がいるって、なんか良いわね!」

 

 キターン!

 

 っ……眩しい、眩しすぎる……!

 喜多ちゃんの溢れんばかりの陽キャパワーと笑顔パワーが両の目を焼く……っ! これはもはや疑似太陽。彼女さえいれば地底での暮らしも安泰だ。

 

 共通の友達がいるなんて、日常の中のすごくありふれた、取るに足らない些細なイベントだ。

 それなのに彼女は、そんな小さな節目も見逃さず、相手と喜びや嬉しさを共有する。

 それだけ相手と仲良くなりたいと思い、相手に気を遣え、そしてそれを楽しむことができるんだ。

 

 それが、喜多郁代という少女の本質。

 外向的で積極的でどこまでも前向き、人付き合い大好きなバリバリの陽キャである。喜多様サイコ~!♡ もっと輝いて♡

 

 

 

 ……だが。

 確かに彼女は太陽のように眩しい少女だが……。

 太陽にさえ陰りがあるように……喜多ちゃんだって、悩むことや苦しむこともあるのだろう。

 

「でも、そっか。茶子ちゃん、ここでバイトしてるのね。……もっと早く来れば良かったかな」

 

 そう言って喜多ちゃんは、普通なら気付かないくらいにほんの少し、視線を下げた。

 

 ……彼女はギターが出来ると偽って結束バンドに入って以来、合わせの練習を必死に避け続けている。

 音楽に強く関係する、なんなら彼女たちの拠点であるライブハウスには、できるだけ近づかないようにしていたんだろう。

 それなのに今日来たのは、ついに逃げ切れなくなったのか、あるいはどうしても山田との接点を増やしたかったのか……。

 

 そのどちらにしろ、彼女が今、かなり強い自責の念に駆られているのは間違いない。

 あの人を思いやる心を多分に持つ喜多ちゃんが、何も言わず逃げ出すくらいなんだ。

 あの運命の日には、そしておそらくは今も、彼女はかなり思い詰めてしまっている。

 

 ……まぁ、それもやむなしな話だろうね。

 

 確かに喜多ちゃんは、ギターのスキルを偽って結束バンドに入った。多分山田に近付くチャンスだと思って、咄嗟に言ってしまったんだろう。

 しかし、彼女は嘘を嘘で終わらせない。それで人を不幸にすることを望まない。

 

 その後彼女は、お小遣いとお年玉を2年分前借りするという、多分高校生からするとめちゃくちゃに思い切ったものだろう方法を取ることで、嘘を真にすべく購入したのである!

 ……ギターと間違えて、6弦ベースを。

 

 正直言うと、ギターとベースの違いってヤツ、私にはよくわからない。どっちも似たような形してるのに、そんなに違うものなのかねって感じ。

 まぁでも、わからないなりに想像はできる。多分、似てこそいるけど全く別のものなんだろうな。ロリとロリ体型くらい。

 

 だからこそ、すごく当然の話なんだけど、喜多ちゃんがいくら必死に練習しても……彼女の6弦ベースから、ギターの音はしなかったのである。

 

 今、喜多ちゃんの中にはかなりの焦りがあると思う。

 憧れの人に近付きたいばかりに勢いで嘘を吐いてしまい、せめて嘘を本当にしようと、2年間という長期の贅沢を禁じてまで楽器を購入して、しかしいくら練習しようと上手くはならない。

 合わせで練習しようと誘われることは増え、初ライブの予定も決まって、いよいよタイムリミットが迫って来て……。

 そんな状態でにっちもさっちも行かなくなった結果、彼女は本意でない逃避を選ばざるを得なかったのだ。心中察するに余りあるよ。

 

 ……いやまぁ、ライブから逃げた直後に友達とカラオケ楽しんでる描写はあるけども。

 多分あれは、喜多ちゃんなりに気を逸らそうとしていたんだろう。けれど如何に目を背けようとしても、彼女の優しさがずっと「2人の先輩に謝るべきだ」と言っていたことは想像に難くない。私は喜多ちゃんの良心を信じるよ。最初にライブハウス行こうとした時は逃げたそうにしてたけども。

 

 

 

 ……しかし、なんというか。

 改めて考えると、私と喜多ちゃんって、ちょっと境遇に似たところがあるのかもしれない。

 彼女が嘘を吐いて結束バンドに入ったように、私も本当の理由を詳細には伝えずSTARRYに来たし。

 実りはしなかったとはいえ彼女がギターの練習をし続けたように、私も5年間色々頑張ったし。

 

 性格にはだいぶ乖離があると思うけど、なんだかんだ一致点は……、あ。

 

 ……ごめん今のなし。いやマジでなし。私と喜多ちゃんが似てるなんて事実はねぇ。今のは忘れてくれ。忘れないヤツは物理的に頭を潰しに行っちゃうぞ♡

 

 「私たちって意外と共通点ありますよね」なんて台詞を喜多ちゃんに言っていいのは、あの美しい月の夜、この世界の主人公だけだ。

 もしも私がそれを言ってしまえば、あの実質告白♡ 私たちは一心同体♡ 一生を共にしませんか♡ 宣言*1を二番煎じにしてしまうところだった。

 

 あぶねー、本当に良かったわ口に出してなくて。原作の尊さを貶めるとかファンにあるまじき行為。もしそんなことをすれば、冗談抜きでこの場で腹を切らなきゃいけないところだった。

 百合の邪魔をするのは、百合の間に入ることの次に大罪だからね。こんなこと、口が裂けても言ってはならないんだわ。

 

 

 

 ……とはいえだ。

 

 喜多ちゃんの物憂げな顔は、あまり見たくない。

 いやごめん正直に言うと本編じゃあまり見られない表情に興奮してる部分は少なからずあるというかわざと文化祭ステージの申し込み用紙出した時みたいなちょっと曇り目な顔の喜多ちゃんも素敵♡ めちゃくちゃにして♡ という想いはあるんだけど……。

 

 それはそれとして。

 やっぱり女の子は、笑顔に限ると思うんだ。

 

「喜多ちゃん」

「あ、うん。なになに?」

「これ、私のLOINE」

 

 そう言って、私はIDを書きこんだ紙を手渡す。

 いくつか持っている内、家族にしか使わない、一番プライベートで最優先のアカウントだ。

 

 これを渡す理由は、単純明快。

 彼女のストレス解消のはけ口にしてもらうためである。

 

 喜多ちゃんにとって私は……流石にもう何でもない普通のモブとは行かないかもしれないが、それにしてもどうでもいい存在であることに疑いようはない。

 小学5年生の時に一瞬だけクラスメイトだった女の子。喜多ちゃんが優しくて陽キャだからその存在を覚えていただけで、本質的に私たちは、ほぼ赤の他人だ。

 

 ……でもきっと、だからこそ相談できることもあるだろう。

 

「もし悩みとかあれば、古い知り合いとして、お話聞くよ。勿論、他の人には秘密にする」

 

 そう、別に切れてもいい繋がりだからこそ、嫌われるかもしれないことの告白もできる。実は嘘吐いて憧れの先輩のバンドに入っちゃった♪ とか。実は喜多ちゃんが可愛すぎて会う度気絶しそうになってます♡ とか。いや後者は相談しないが。

 

 勿論、元々結束バンドにいた2人に謝罪し、改めて結束バンドのギターになるのは、後藤の手引きによるものである必要がある。

 故に、私の方から彼女に謝罪を促すつもりはない。

 

 ただ、その後悔とか苦痛を一緒に背負い、少しでも軽くしてあげること。

 これが私なりの、というかモブには精一杯の、喜多ちゃんへのフォローだ。

 これからあと1か月くらい、彼女は自責の念に苦しめられるだろうけど……どうか強く生きてほしい。

 

 ……心配せずとも大丈夫。

 いずれ、喜多ちゃんの元にもヒーロー*2がやって来る。

 君の手を取って、君の努力を認めてくれる、唯一無二の主人公(ヒーロー)が。

 

 私にできるのは精々、後藤が喜多ちゃんの手を握るまでの間、彼女の心が擦り減りすぎないようにケアすることくらいだ。

 喜多ちゃんの知り合い以上友人未満なモブとして、その勤めはきっちり果たさせていただこう。

 

 

 

 ……と、思ったんだけども。

 

「あれ、喜多ちゃん?」

 

 喜多ちゃんは、ぱちくりと大きく開いたキラキラお目目をまたたかせていた。

 その表情は「呆然」とでも言うべきもので……あれ、この子話聞いてた? なんかぼーっとしてない?

 

 私が首を傾げていると、彼女は渡された紙をちらっと覗き、何故か可笑しそうにクスクスと笑った。

 

「……本当、不思議な子よね、茶子ちゃん」

 

 は??? 何をおっしゃる、こんな石を投げたら当たりそうなモブを捕まえて。

 

 虹夏ちゃんといい山田といい喜多ちゃんといい、私のどこを見て変だとか謎だとか不思議だとか言ってんだろうな。

 これ以上モブっぽいモブもいないでしょうが。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ちなみにその後、喜多ちゃんから悩みの相談をされることはなかった。

 

 その代わり、「この動画面白いから見てみて!」「このカフェオシャレで気になってたのよね。行ってみない?」などと、毎日のように雑談LOINEが飛んでくるようにはなった。

 

 推しからメッセージが来るなんて、前世ではどんな徳を積んだんだろうと思うくらいの、とんでもなく最高のイベントだ。いや全然徳を積んだ覚えはないが。

 私は毎度、LOINEの通知が来るたびにその場で正座して、30分程推敲を繰り返しながら、誠心誠意応えさせていただいてるけど……。

 

「えっと……『動画、非常に』……いや、もっとフランクに。『とても面白かったです!』……面白かったです、だと日本語が……『面白く感じました』……いややっぱり『面白かったです!』……いやビックリマークは外そうはしゃいでるっぽいし……うーん、日本語って難しい」

 

 ……なんだろう、なんか間違っているような気がする。

 

 そのぼんやりとした違和感は、けれど推しからメッセージをもらった喜びには勝てず、すぐに霧散してしまった。

 

 

 

*1
百合バイアス強め

*2
突然のヒューマンビートボックス







(追記)
 誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!
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