5巻特別編の軽いネタバレがあるから、読んでない人は原作5巻まで、買おう!(2度目)
今年の4月の頭、からっと晴れた気持ちの良い朝。
あたしとお姉ちゃんは、ようやくできたお店を見上げていた。
そう。
あたしの高校2年への進学に併せて、お姉ちゃんがついにライブハウスを開いたんだ!
「看板できると、いよいよって感じするね!」
「ついに明日だな」
いやぁホント、ここまで長かったなぁ。
お姉ちゃんが急にバンド辞めるって言い出してメンバーに引っ叩かれたり、知り合いの人たちのところに走り回って話を付けたりと、特にこの数年間はバタバタと忙しかった記憶しかないくらいだよ。
……まぁそんな中でも、お姉ちゃんは夜になると必ず家に帰って来て、めんどくせーって顔しながらも一緒に時間を過ごしてくれたけどね。
毎朝髪も結んでくれるし(お姉ちゃん不器用だから自分で結んだ方が上手く纏まるんだけど)、ドラマとか一緒に見ようって言ってくれるし(ホラーな場面になるとこっそり目をつぶってるけど)、時々ご飯だって作ってくれる(なんかゴリゴリして美味しくないけど)。
勿論、一緒にいる時間が長いこともあって、喧嘩とかしちゃうこともある。
この前なんて、あたしが取っておいたカステラ勝手に食べちゃったんだよ? それで「あ、これ取ってたのか。いらないのかと思った」だって! 酷くない!?
朝にも弱くて頼りにならないからあたしがお弁当作らなきゃいけないし、不器用過ぎてお裁縫したら血だらけになるし! まったく、困った姉ですよ、もう。
……まぁ、そんな感じでさ。
ちょっと素直になりにくいような、いじっぱりな姉ではあるんだけど……。
あたし、正直に言うと、お姉ちゃんには感謝してる。
お姉ちゃんは、お母さんがいなくなってふさぎ込んでたあたしを、半ば無理やり連れだしてくれた。
バンドの魅力を、その光を、教えてくれたんだ。
その後だって、ドラムをやりたがったあたしにバンドメンバーのドラマーさんを紹介してくれたり、練習してるあたしに夜食を作ってくれたり(やっぱり美味しくなかったけど)……。
不器用なやり方だったけど、頑張るあたしのことを、いつだって陰から支えてくれてた。
そうして、今。
あたしのために、こうしてライブハウスまで作ってくれたんだもん。
そりゃあ感謝せざるを得ないってものだよ。
あたしはそんな気恥ずかしい想いを隠すように、口を開いた。
「そういえば、このスターリーってどういう意味なの?
やっぱりお姉ちゃんの名前から? ロマンチストな一面あるもんね!」
「ちげーよ!」
茶化し気味に言ったあたしの言葉を、お姉ちゃんは恥ずかしそうに否定する。
……でもその否定は、前者だけのものだったのかもしれない。
お姉ちゃんはふと、お店の看板を眺めて、少し遠い目をした。
まるで星空を見上げるような、輝くものを想うような目を。
「……このライブハウスでたくさんの星と同じくらいのバンドが活動して……。
母さんに届くくらいの輝きを放つ場所になりますように……って」
……そっか。
お姉ちゃんがライブハウスを開いた理由は、あたしのためであり……。
同時に、天国にいるお母さんのためでもあるんだ。
お姉ちゃんは、お母さんのことを忘れてない。そして同時、あたしのことも見てくれてる。
あたしは……それが、嬉しかった。
……よし、改めて!
これからバンド活動、頑張るぞーっ!
いつかこのSTARRYをお客さんで埋めるくらいに有名になって……。
天国のお母さんもあたしたちの音を無視できなくなるくらいに、このSTARRYで、すっごい音楽を奏でてやるんだ!
* * *
さて、そんな奮起からしばらく時間が経ちまして。
あたしの……いや、もうあたしたちの、か。
あたしたち「結束バンド」のバンド活動は、予想以上に順調に進んでいた。
元いたバンドを、いわゆる「音楽性の違い」ってヤツで脱退し、屋上で黄昏ていたベーシストのリョウを捉まえて。
前のバンドの頃からリョウのファンだったっていう喜多ちゃんも、ギタボでバンドに参加したいって言ってくれて。
これでひとまず、最低限の人数は集まった。
まだ一緒に練習したことのない喜多ちゃんのギタテクはわからないけど、この前行ったカラオケで聞いた限り、歌の上手さは間違いない。
その上、リョウのベースはあたし以上の腕前だ。多分、この辺の学校でもダントツで上手いと思う。すごく綺麗にリズムを刻むその音、あたしは前から好きだったんだ。
高校生のバンドとしては、これ以上ない……ってのは言い過ぎかもしれないけど、十分すぎるほどのメンバーだと思う。
強いて言えば、その場の流れで「結束バンド」なんていう超くだらないバンド名になっちゃったのは恥ずかしいけど……。
それ以外、すごく順調な滑り出しって感じ。
お姉ちゃんのSTARRYの方も、PAさんや照明さん、アルバイトの子たちと人望に恵まれて、下火って言われがちなライブハウスにしてはかなり良い結果を生めてるらしい。
まだお客さんがガンガン入るってレベルじゃないんだけど、ひとまず赤字続きでヤバいってことはなく、むしろ予定以上のペースでここを立ち上げた時の借金を返していけてる、とのこと。
お姉ちゃん曰く「……よくわかんないけど、物好きな人が定期的にかなりの額寄付してくれてるんだよ。多分熱心な音楽ファンの好事家か何かなんだろうけど」ってことだ。
その人が誰なのかはわからないらしいんだけど……あたしたちにとっては、恩人と言っていい存在だ。
音楽が好きで、新しくできたライブハウスに続いて欲しいって意味で送ってもらってるんなら……いつかあたしたち結束バンドがすごいバンドになることで恩を返せたらな、って思う。
……いやまぁ、返す相手すらわからないんだけどさ。
とにかく、そんなわけで……。
あたしのバンド活動も、STARRYも、順調そのもの。
ゆっくりと、それでも間違いなく、あたしはあの日見た夢に近づけている気がしていたんだ。
そうして、飛ぶように時間は過ぎて行き……。
ついに明日は、結束バンドの初ライブだ!
* * *
「いよいよ明日かー」
あたしはなんとなく呟いて、ポキポキ慣らしながら背を伸ばし、視線をドラムから逸らして上を見上げる。
……勿論、そんなことをしたって星空は見えない。
見えるのは、ちょっと汚れたスタジオの天井だけだ。
でも、練習続きで疲れつつあったのはあたしだけじゃなかったみたいで、リョウもベースを弾く手を止めて話に乗ってくれる。
「今から緊張してても無駄に疲れるだけ。なるようになるでしょ」
「そんなこと言ってぇ、リョウが一番緊張してるでしょー?」
「……お通夜ライブは辛い」
ぐだっと肩を落として、リョウは涙目になってる。
中学校の時の文化祭ライブを思い出してるんだろうなぁ。いやー、アレは酷い事件だった……。
「まぁ喜多ちゃん歌上手いし、今回やるのは有名どころのカバーだし、ある程度は盛り上がるでしょ!
あたしたちリズム隊は、とにかくリズムキープ! 息を合わせられるよう頑張らないと!」
ぐっとドラムスティックを握りしめてアピールすると、リョウはどこか心ここにあらずという感じで視線を逸らす。
「その郁代とは、結局1回も練習できなかったけど」
「あ、あははー、きっと大丈夫だって! 喜多ちゃん、悪い子じゃないしさ」
「……確かに、郁代は悪いヤツではないと思うけど」
リョウは何か言いたげにしてるけど……ここにいない人のことを言ってても仕方ない。
暗めの話題ばかりじゃつまらないし、あたしは話題を逸らすことにした。
「そういえばリョウから見てさ、チャコちゃんってどう?」
「チャコ?」
灰炉茶子。
あたしやリョウと同じく、STARRYでバイトをしている女子小……高校生。
少しだけ伸ばした薄い茶の髪、同色の伏し目がちな瞳。
その体はとてもちっちゃくて、かなりの童顔も含めて、それこそ小学生でも通用しそうな……というか小学生にしか見えないような女の子だ。
でもその実、年齢はあたしたちの1つ下。今年入学とはいえ、立派な高校生だったりする。
……そして同時。
彼女はその内に、見た目以上のインパクトを持つ女の子でもあるんだ。
「チャコちゃんって、ちょっと変な子じゃん?」
「変?」
「うん、変」
例えばそれは、初めて会った時にお姉ちゃんに……は、裸で、土下座してた、とか。
大して高いお給料でもないのに普段からすごい働いてくれてるし、一緒の仕事になると一瞬で片付けてしまって、こっちには全然やらさせてくれない、とか。
あと普段は無表情なんだけど、時々マスクの上からでもわかるくらい、すごい変な顔することがある、とか。
総じて、チャコちゃんは変な子だ。ぶっちゃけリョウとどっちが上か悩むくらいには。
で、そんな類が呼んだ友に対する、リョウの感想は……。
「……変、とは思わないけど。ロックな子だな、とは思う」
だった。
「ロックぅ? チャコちゃん、楽器とかはやってないって言ってたけど」
「楽器やってるかは関係ないよ。なんかこう、生き方というか、存在がロック」
「何そのガバガバな判定」
「この前もクスリもらったし」
「ロックってそういう!?」
「うん、すごくキいた。ここしばらく思うように弾けなかったんだけど、新しい世界が開けたような気さえした」
「ちょ、ちょっとそれ危ないヤツじゃないよね!? え、お金は!? 取られたの!?」
「『初回ということでタダでいいですよ』って」
「めっちゃ危ないヤツじゃん!! 大丈夫なの!?」
「うん、よくキく風邪薬だったよ」
「まぁそんなことだろうと思ったけどさぁ!」
ずこーっといきそうなオチに苦笑。
サイケデリックロックとかにも象徴されるように、ロックってそっち系にも行きやすいんだけど……こう見えてビビリの小心者なリョウが手を出せるわけがない。
実際に危ないクスリなんか渡されても、「虹夏ぁ……」なんて言ってあたしに泣きついて来るのが目に見えてるもんね。いや、そんなところであたしに頼られても困るんだけどさ。
リョウはゴホンとわざとらしく咳払いして話を戻す。
「……まぁ、郁代と同じだよ。何かあるのかもしれないけど、とにかく悪いヤツじゃないと思う」
「それはそうだね! バイトも一生懸命に……ちょっと一生懸命すぎるくらいやってくれるし。接客はめんどくさそうだけど」
「そういうとこもロック」
コイツ、チャコちゃん全肯定botみたいになってるな。弱みでも握られてんの?
チャコちゃん、基本的にバイトは真面目にこなしてくれてるけど……。
事が対人関係になると、ちょっと雑になるっていうか、口が悪くなるんだよね。
あたしやリョウ、お姉ちゃんにPAさんあたりには割と丁寧な口調なんだけど、照明さんとか他のバイトの子たちに対してはかなりフランク……というか、すごくものぐさな感じになったりする。
……なんであたしたちにだけ、やけに優しいというか……こう、1歩引いた態度を取るんだろう。
付き合っていく内に、距離を置きたがっているってわけじゃないのはわかった。むしろ不思議と、チャコちゃんの視線からは好意を感じるんだ。
「友達が少なくて距離を測りかねてる」って言ってたけど、それにしては他のバイトの子にはフランクだし……。
うん。やっぱり彼女、ちょっと変な子だと思う。
いや、勘違いしないでほしいんだけど、別にチャコちゃんを疑ってるとかじゃないよ?
なんだかんだ彼女が悪い子じゃないことはわかってる。……いやまぁ一部の人たち以外には口は悪いし目的のためなら手段を択ばない感じはあるけど、少なくともSTARRYやバンド、お客さんに対して悪意を持ってる感じはしない。
けど……うん、やっぱり気になることは、気になるんだ。
『結束バンドのこと……私、ずっと見てますから。いつか武道館、行ってくださいね』
なんで彼女は……期待してくれてるんだろう。
普通、高校生バンドにそこまでの期待なんてしない。
学生でバンドをやる子の多くは、学園祭で披露するためだったり、一時の思い出作りのためにやってると思う。
あたしみたいに、高校生の頃からプロを目指す子なんて多くはないだろうし、それが成立するケースはきっと更に稀だろう。
だから、本気で期待することなんてない。あくまで身内レベルで良い演奏が聞ければいいと思うんだろう。
……それなのに。
チャコちゃんの目は、本気だった。
本気であたしに、結束バンドに、期待していた。
ずっと見てるから、武道館に行けるくらいに成功してほしいと……一切茶化すようなこともない、本心から言っていたんだ。
正直、裸土下座なんて気にならなくなるくらい……ごめん、ちょっと盛ったかも。裸土下座よりも若干、あたしはそこが気になった。
チャコちゃんは何故か、演奏を聞いたことすらない結束バンドを信じて、期待してくれてる。
それなのに、バンドに関わるメンバー……あたしやリョウには、どこか1歩引いた態度を取っている。
どうにもその間にある溝が……彼女のことが、気になる。
「うーん……良い子だと思うんだけど、でもやっぱり変な子なんだよねぇ」
「変っていうか謎。あのお金の出処も謎だし」
「えっ、お金?」
「チャコ、財布の中にいつも30万円くらい入れてるよ」
「さっ、30万!?」
「この前楽器買って……一緒に買い物に行った時に見た」
思わずドラムスティックが手の中から零れ落ちた。
30万……30万円って、大金じゃん!!
え、嘘、どうやってそんな……お父さんお母さんがすごいお金持ちとか?
いやでも、この前「うちの娘がご迷惑をおかけしてます、いや本当にご迷惑を……すみません本当に……」って顔を出してくれた彼女のご両親、普通のお父さんお母さんって感じだったよね。
確かにチャコちゃんとは仲良さそうに見えたけど……だからと言って30万円もお小遣いをあげたりするほど甘やかしているようには見えなかった。
でも学生が自力で稼げるわけないし……。
……ま、まさか、裸土下座ってそういう……!? いや、いやいやいや、ないないない。もしそうだったら絶対に止めなきゃだけど、チャコちゃんって普段の態度からして、そういうコトには無縁っぽく見えるし。
とすると、考えられるのは……。
「広告収入……? チャコちゃん、動画投稿やってる……とか?」
「?」
「いや、動画投稿サイトに投稿して、広告収入で稼いでるとか……学生のチャコちゃんが大金持ってるって、それくらいしか考えられなくない?」
そう言うと、リョウは少し考え込むように顎に手を当てた。
「……虹夏も言ってた、ギターヒーローって人みたいに?」
「そう! ギターヒーローさん……あ、ギターヒーローさんってあたしたちと多分年齢同じくらいだし、もしかしてチャコちゃんがその正体だったり!?」
「あり得ない。背格好も違いすぎるし、この前ドリンクスタッフで手を触った時わかったけど、多分楽器は本当にやったことないと思う」
「むぅ、そうだよねぇ……」
最近知り合った身近な人が、実はずっと憧れてたヒーローだった……なんて、そんな展開はドラマチックだけど、現実的じゃない。
あーあ、もしギターヒーローさんが結束バンドに入ってくれるようなことがあればなぁ。それこそ、あたしのちょっと非現実的かもしれない夢だって、叶っちゃうかもしれないのに。
……まぁ、そんなのは起こり得ない妄想に過ぎない。
非現実的とはいえ、不可能な夢じゃないもんね。あたしはあたしで、夢に向かって全力疾走しないと!
ふんす、と気合を入れ直すあたしを後目に、リョウが「あ」って声を漏らした。
「そういえば、郁代、チャコと幼馴染なんだって」
「え、喜多ちゃんが?」
「うん。小学校の頃、ちょっとだけ一緒だったって言ってた」
「へー! それが高校になって、ライブハウスで再会だなんて、奇遇だねぇ」
「チャコ、当時から見た目も中身も全然変わってないんだって」
「えっ、見た目も中身もって……小学5年から見た目が変わんないことに驚くべき? それとも当時からあの性格ってのに驚くべき?」
「ただ、当時は郁代のことをすごい避けてたとも言ってた」
「え、嫌われてたとかそういう?」
「いや、多分違う。あたしとか虹夏にしてるみたいな感じで、郁代とも変な距離感になってるんだと思う」
「あー……」
性格が変わらないって、そういう謎めいたところも変わらないのかー……。
うーん、やっぱり、変だし謎な女の子だ。
小学校の頃からその行動方針が変わらないなんて、彼女は一体何を考えて、何のために……?
「んー……ま、いっか! チャコちゃんはチャコちゃんだ!」
子供のころから色々あって、あたしは1つ、処世術を学んだ。
他人のこととか未来のこととか、そういうのはあんまり深く考えても仕方ない。
暗くなるより、まずは明るい方向、自分の夢を目指して進むこと!
大体のことは明るさで乗り越えられるんだから!
「ぃよしっ、休憩終わり! リョウ、もっかい合わせるよー!」
「合点」
付き合いも長くなってきたと喜ぶべきか、この変人と息が合うのを嘆くべきか。
あたしたちは改めて、明日の初ライブに向けて練習を始めたのだった。
* * *
そうして5月13日。
ついに迎えた、結束バンド初ライブの日。
「え……? 喜多ちゃんが来てない?」
結束バンドのボーカルギター担当である喜多ちゃんが、蒸発した。