ぼざろ世界を全力で楽しみたい転生者の話   作:アリマリア

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 今回はスパイス程度にシリアル風味。原作の展開がね……。
 次回からはまたいつものに戻ります。





ただし、その日は転生者にとって最も長い一日になるとする。

 

 

 

 Xデーが喜多。

 間違えた、Xデーが来た。

 

 原作通り、結束バンドの初ライブが行われる、5月13日。

 後藤はやはり、凄まじい服装でクラスにやってきたのだった。

 

「……う、わ」

 

 改めて見ると……すごいなぁ、これ。

 

 

 

 私、今世は音楽に関してノータッチで生きてきた。

 

 幸い両親に音楽の趣味はなかったし、家でそういった話題が出ることもなかった。

 強いて言えば、母が見ていたテレビで音楽番組が流れてた時はあったけど、そんな時は全力で自室に逃げ込んだりして回避できたし。

 

 学校の音楽の授業に関しても、「絶対に嫌です! 音楽だけは絶対やりません! 許してください、それ以外なら何でもしますから!」とサボり続けた。

 一応リコーダーとかは持ってるけど、使ったことがないどころか箱から出したこともない。

 そんな問題児でも卒業できるっていうんだから、義務教育って最高だよね。一生義務教育やってたい人生だった……。

 

 ……で。

 そんな人生送ってるんだから当然というべきか、私には全く以て音楽の知識がない。

 一応ぼざろは見てたし読んでたし、ふわっとした知識はあるけど、逆に言えばそれくらいだ。

 流石にドレミファソラシドくらいは知ってるけど、BPM? オクターブ? 何それ美味しいの? ってレベル。

 

 高スペック高校生を自負する私だけど、唯一手の届かない……というか、敢えて届かせなかったジャンルこそが音楽なのである。

 

 だから、ちょっと申し訳ないんだけど、今の後藤のカッコも……正直、よくわかんないんだよな。

 

 

 

 まず目に入るのは、やはりいつも通りのピンクジャージ。

 いやもう、基本制服の高校で絶対にジャージしか着ないのは既にどちゃくそロックだと思うわけだが、それすら他の特徴の前では霞む。

 

 その腕には……いや改めて見ると何なんだろうなアレ? なんかデカい色とりどりの輪ゴムみたいなのを付けてる。

 多分私が知らないだけで、そういうグッズがあるんだろうな。だからそれを付けてること自体は何の異常性もない。いやあるわ。学校に付けて来るのはだいぶ異常。耳にジャラジャラピアス付けてくるくらい目立ってる。

 

 肩に提げたトートバッグには、何かしらのバンドのものと思われる、3種類のクソでかバッジが3列になって整列している。綺麗に3×3の配置になってるところに後藤の真面目さを感じて萌え♡ こう見えて真面目な努力家なの超可愛いよね♡

 ちなみにこのバッジ、原作では4×3の配置だったんだけど、アニメ化の際に数がナーフされてる。

 今目の前のバッジは3×3なので、やっぱりこの世界はアニメに準拠したものっぽい。喜多ちゃんも小学校の頃から聖人度1000%だったしね。

 

 更に彼女の背中には、これまたクソでかいギターが背負われている。後藤が猫背なのもあってめっちゃデカく感じるな。重くないのそれ?

 ギターを持って来るって行動自体は、他のに比べればそこまで異常はない。軽音部とか、後はそれこそバンド活動しようって子なんかが持って来ることもあるだろう。

 でも、とにかくひたすらに目立つ。

 出る杭が何でもかんでも打たれるのは日本のよろしくない文化だけど、後藤の背負うギターはまさしくその通り、目立ったが故に引かれてしまっていた。

 

 おまけに、今日に限って後藤はピンクジャージの前を開いている。

 やっぱりでかいじゃないか!! ……というのはさておき。

 「もしかしたら、寒がりだからジャージを着ているだけで、下は制服なんじゃないか」という一部生徒の希望をへし折り、彼女が着ていたのは深紅のシャツ。

 その表面には……羊? いや牛? らしき生物の頭蓋骨と、「USIDAZE(うしだぜ) MO-MO-(もーもー)」というハイカラな文章が並んでいた。改めてなんだそのセンス。私が知らないだけで、これもロックなんだろうか? ちょっと私が理解するには上級者向けすぎるな……。

 

 

 

 長いピンクの髪は、喜多ちゃんの髪色が地毛な上特に指摘されたりしないところを見るに、世界的なほにゃららなんだろうけども……。

 それ以外のイカした恰好は、それはもうアホ程目立っている。

 いやもはや目立つとかそういう次元ですらなく、浮く。水の中に油を1滴落としたかの如くプッカプカである。

 

 そして、自分が浮きまくっているという事実を理解できてなさそうな、というか全くできてない後藤は、自分の席に座って雑誌を広げ出した。多分ロックに関する本なんだろう。

 で、ちらちらと視線を上げ、「私ロック少女なんだけどなー」「誰か話しかけてくれないかなー」と言わんばかりにクラスの方を伺ってくる、んだけど……。

 

 後藤。

 無理だよ、それ……。

 

 高校は、同調と強制の世界だ。自分たちと違うものを排斥し、自分たちと同じものだけを受け入れる。

 そんな中でこれだけ浮きまくる格好すりゃ、もう同じ趣味のあるなし関係なく、話しかけるハードルは天を突く勢いだ。やべーヤツって思われて終わりである。

 友達作りとしちゃ下策どころかむしろマイナス。頭を抱えるレベルのプレミなのであった。

 

 

 

 でもそんなところが可愛いねっ!♡♡♡

 

 

 

 後藤と言えばぼっち、ぼっちと言えば後藤。それは永劫不変の絶対的原則だ。

 この友達作りの下手くそさこそが後藤の後藤たる所以。そして可愛さの所以♡

 

 「このゆびとまれ!」の指に止まれなかった少女、後藤ひとり。

 彼女の本質は、強い自己否定に基づいた内向性と行動力の低さだ。

 

 自分なんかがあの指に止まっていいのかな。自分なんかがあの輪に入れるわけがない。

 そんな被害妄想にも近い自虐により、それらへの行動を起こせない。

 本当は誰かに見てもらえることを、愛してもらえることを望んでいるのに、そのための行動は「自分なんか愛されるに値しない」という自己否定によって阻まれている。

 

 ……なんて言い方だと、過去に何かあった悲しい人物みたいに聞こえるが、まぁそういうワケでもなく。

 要はこの子、ちょっと拗らせた卑屈陰キャで、自分から行動を起こすのが苦手で、そんでもってすぐに調子に乗っちゃう、そんな可愛い可愛い女の子なのである!

 

 はぁ、ほんと可愛いなぁ後藤……♡ こんなに見てて飽きない人間って存在するんだ♡

 モノローグがなければただの変人♡ こんなロックな行動取ってるくせ、中身は誰より小心者♡ 愛された方が確かに夢想的だけれど♡

 

 

 

 そんなわけで後藤は「つつつ」みたいな汗を飛ばしながら……飛ばしながら? いや別に汗は飛んでないわ、無理無理むむむむむむってなってるわけでもないし。

 とにかく、後藤は汗を流しながら、話しかけられるのを待ってるわけなんだけど……。

 

 ……っ、くそッ……!

 ううぅぅぅ、こんなにっ、こんな可愛いのに! こんなに構ってほしそうなのに!

 私は、後藤に接触することを、許されないのか……!

 

 マスクの下で歯を割れそうなくらいに食いしばり、執拗にLOINEを聞き出そうとしてくるクソロリコン同級生をてきとうにあしらいながら、私は席に付いて耐え続けた。

 

 私だって本当は、後藤に構いたい。

 若干不安そうな表情がにじみ始めて来た後藤に「感動~! 後藤さんロックでかいのね~!(意味不明)」とか話しかけて褒め倒し、うぇっへへと凄まじく頬の緩んだ後藤を見ながら、推しを幸せにすることで幸せになるという亜種幸せスパイラルをキメたい……!!

 

 ……が。

 それが許されないというのが、残酷な現実だ。

 

 後藤には今、「友達欲しいパワー」を溜めてもらわなきゃいけない。

 だってお前考えてもみろ、ここで下手に私が友達になったらどうなる?

 後藤のことだ、「ま、まぁ私には友達いるしぃ!?」とか調子に乗って公園に寄らなくなるのは目に見えている。

 

 そうなれば、後藤と虹夏ちゃんは遭遇しなくなってしまうだろう。

 後藤はバンドに入ることができなくなり、結束バンドはギターヒーローを得られない。

 それはもう、致命的なまでの、というかこの上なく致命的な原作ブレイク。絶対に避けねばならない未来である。

 

 だから、今は耐えるんだ……!

 駄目! 絶対声とかかけちゃ駄目! 甘やかしちゃ駄目ぇ!

 私はモブ、私はモブ……! ここで後藤に話しかけに行けば色々と崩壊しかねない、耐えてくれ私の自制心……ッ!

 

 

 

 * * *

 

 

 

 朝やってきた時は「これで絶対友達できた! 勝った! ぼっち生活完!」みたいなテンションだった後藤だが……。

 1限と2限の中休みあたりで「あれーおかしい、なかなか話しかけられないな……」となり、何気ない感じでジャージの前を閉め。

 4限前になると、「あ、はい」みたいなゲッソリした顔で、腕に付けてたデカい輪ゴムを取り。

 お昼休みは当然と言うべきか、どこかに出かけて5限直前まで戻ってこず。

 ……放課後になると、もう机にべたっと倒れ伏していた。

 

 うーん、萌え!♡

 

 こんな可愛すぎる奇行晒しておきながら、何が「こんな村人Aみたいな僕」だよ。もうこれ景品表示法違反だろ。逮捕だよ逮捕♡ 可愛すぎ罪で生刑!♡*1

 

 真の狂人は自らが狂人だと自覚できないらしいけど、正しく以てその通り。後藤には自分が超絶美少女主人公だっていう自覚が欠けていると見える。

 まったく、もう少し客観的に自分のことを見れないものかね。

 モブになりたいって言うんなら、モブのお手本たる存在こと私を真似してみて♡ 手取り足取り教えてあげるよ♡ ごめん嘘流石に無理、不用意に後藤に触れれば心臓発作で死んでしまう。

 

「……さて」

 

 このまま現代が生み出した悲しきギターモンスターこと後藤のことを観察してたいのは山々、山どころか富士山K2エベレストなんだが……。

 

 今日はちょっと、自由に使える時間が多くない。

 後ろ髪は引かれるけど、そろそろ行動を起こすことにしよう。

 私は手早く荷物を纏め、未だにLOINEを聞き出そうとしてくる心の強いクソロリコンに中指を立てながら教室を出た。

 

 ……まずは、彼女の行動を観察しておかないとね。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 5月13日。

 この日は、結束バンドにとって運命の日である。

 

 一旦、ざっと流れをおさらいしようか。

 

 まず今日は、虹夏ちゃんと山田、それに喜多ちゃんたちの「結束バンド(仮)」、その初ライブの日。

 虹夏ちゃんと山田は気合十分といった感じで、今日を心待ちにしていた。

 

 昨日バイトに入った時も、虹夏ちゃんは「いよいよ明日ライブなんだーっ! もしよければ、チャコちゃんも見に来てよ!」と気合が入った感じで、そして同時、すごく楽しそうに語っていた。

 山田も山田で「チャコ、チケットあげるからその代金の分借金減らしてほしい」と言ってきた。あの山田が自分から借金を返そうとするとは思えないし、ノルマ代とチケット捌き大変なんだろうなと一瞬で事情を察した賢い私は、取り敢えず黙って5万円を山田に差し出して、代わりにチケットをいただいた。

 

 で、せっかくチケットをいただいて何だけど、私は当日券で入るつもりだ。

 実はバイトのシフトも入ってるから、見ようと思えばタダで見れちゃうんだけど……少しでもSTARRYの売り上げ、そして結束バンドの人気に貢献するためだ。

 ちなみに山田の指紋付き前売り券は、後日滅菌処理し、額縁に入れて大事に保存する予定。結束バンドの初ライブチケット、それも山田から直接渡されたヤツとか勿体なさ過ぎて使えないよね普通。

 

 ……ちょっと話が逸れちゃったか。

 とにかくそんな感じで、ドラムとベースの2人はやる気十分だった。

 勿論私も、死ぬほど楽しみにしてる。昨日のうちに星歌さんと話し合い、あちらにも流す前提で撮影を許可してもらったし、馬鹿みたいに高かったピンバッチ型の小型高性能カメラも用意した。準備万端といったところだ。

 

 

 

 ……だが、一方で。

 この初ライブに対して、前向きじゃない人間もいる。

 それが、喜多ちゃんだ。

 

 いくらギター(実は6弦ベース)を練習しても上手くならなかった(というかギターの音が出なかった)喜多ちゃんは、罪悪感や恐怖などが爆発した結果、ライブを前にして逃げ出してしまうんだ。

 

 喜多ちゃんがいなくなったことにより、結束バンド(仮)は2人しか残らなくなる。

 で、どうにもバンドってのは3人からが基本で、2人だけだと難しいらしく。

 色々と抱え込んだものがあり、その日のライブをどうしても諦められない虹夏ちゃんは、ギターを弾ける人を探そうとSTARRYを飛び出してしまうのだ。

 

 

 

 そうして、悲劇の歯車が回り始めた頃。

 

 そんなハプニングがあったなんてことなんてまたしても何も知らない後藤ひとりさん(15)は、頑張ってロック少女演じたのに誰からも話しかけられなかった悲しみを抱えて下校を開始。

 傷心のまま公園に寄り、ブランコの上で悲しみに暮れていた。

 

 見知らぬ家庭のお父さんに感情移入して勝手に裏切られ得意の自滅を決めたりしながら、「私の居場所はネットだけ……」とMMOにハマりすぎて現実を放棄したオタクみたいなことを考えたりしている内……。

 

 

 

 彼女は、彼女たちは、運命の出会いを迎える。

 

 公園を通りかかった虹夏ちゃんは、結束バンドの困難を打ち砕いてくれるヒーローに出会い。

 虹夏ちゃんに声をかけられた後藤は、自分を外の世界に連れ出してくれるヒーローに出会う。

 

 互いが互いを救い合う、繋がり合った星座の線の1つ。

 これが、いわゆる「ぼ虹」のスタート地点である。

 

 

 

 ……っふぅぅぅううう~~~~。

 ごめんね、ちょっと語ります。

 

 いやホント良いよねぼ虹、もう何がたまらないって互いに運命の人ってところがたまらん。後藤はあの積極的で余裕のなかった虹夏ちゃん以外の誰に誘われても決してバンドには加入しなかっただろうし、虹夏ちゃんも虹夏ちゃんで後藤以外の誰かがギターに入ったら初ライブの時点で詰んでたかもしれない。この2人は出会うべくして出会い、組むべくして組んだ。もはや運命。ディスティニー。君と集まって星座になれたら。アニメではぼ喜多が推されてたけど、私から見るとぼっち・ざ・ろっく! っていう作品の核はぼ虹だと思うんだわ。いやアレだよ? 誤解してほしくないんだけど、ぼ喜多が嫌いってわけじゃないんだ。むしろクッッッッソ好きです、愛してます、結婚してください後藤と喜多ちゃんで。ぼ虹もぼ喜多もぼリョウもぼ星もぼ廣もそれぞれの良さがあり、それぞれの色がある。バラバラな個性が集まって、たくさんのカプになって、それが「ぼっち・ざ・ろっく!」の色になるんだから。それらは比べるべきものではなく、ただそこにあって美しいものだ。だから競うな、持ち味を活かせッッ! 後藤は責任取ってヒロインの数だけ分裂してそれぞれと添い遂げろッ!! んで話を戻すけど、やっぱり後藤の最初の女は虹夏ちゃんなんですよ。後藤を最初に救い、後藤に最初に救われたのは虹夏ちゃんをおいて他にはいない。運命の女。ファム・ファタル。最終的には喜多ちゃんとくっつくことになるとしても、やっぱり後藤と虹夏ちゃんの2人ってお互いに信頼と尊敬と羨望を向け合っててほしいんだ。というか原作の描写を見るに後藤は明らかに虹夏ちゃんに懐いてるしねどう考えてもこれは間違いなく確定的に明らか。困ったことがあったり助けてほしいって時に後藤が泣きつくのって喜多ちゃんじゃなくて虹夏ちゃんなイメージない? それある~! あるよりのある、ありすぎてありおりはべりいまそかり~。何いまそかりって。誰がラ行変格活用しろっつったよ。

 

 

 

 ……と。

 これが私のぼ虹感情の一端。

 これを聞いてもらえれば、私がどれだけこの日を待ち望んでいたかはご理解いただけると思う。

 あ、長すぎるしキモいから飛ばした? そっかー。

 

 とにかく、私にとってぼ虹の生まれる瞬間というのは、ある意味「ぼっち・ざ・ろっく!」という運命が転がり始める瞬間と言っても過言ではない。岩は転がって僕たちをここから連れてくようにように、だ。

 当然ながら、そんな最高のシーンを見逃せば自殺モノだ。いや自殺はしないけど。

 

 ぼ虹ファンの1人として、後藤と虹夏ちゃんの馴れ初めなんて、これ以上ない最っ高のイベント。

 何が何でも絶対に、この目で見届けたい!

 

 ……見届けたい、んだけど。

 それだけしてればいいってわけでもないのが難しいところだ。

 

 私はただモニタの前に座っているオタクではなく、このぼざろ世界に生まれた転生者だ。

 普通にそれらを「視聴」するだけじゃ勿体ない。

 私も灰色一色のモブなりに、見れるものは全部見たいし、やれることは全部やりたい。この世界を全力で楽しみたいんだ。

 

 だからこそ……まずすべきことは、STARRYに駆けこむことではなく。

 

「……ま、大丈夫だとは思うけど、ね」

 

 喜多ちゃんの様子を伺うことである。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 喜多ちゃんはああ見えて、ちょっと抱え込みやすい女の子だ。

 ゴリゴリの陽キャで、誰よりも場の空気を重視するが故に、彼女は自分の悩みを他人に相談するのが下手だったりする。原作の歌声の件とか歌詞の件は象徴的だろう。

 

 ところで歌詞の件で思い出したんだけど、結束バンドの「ひとりぼっち東京」って間違いなく未来の喜多ちゃんが歌詞担当してるよね。

 「絶対共通言語があるよ」とか言ってて全体的に前向きすぎるし、「揚げたてのポテトはラッキー」なんて後藤からは絶対出てこない語彙だし。

 ついでに言うと後藤は喜多ちゃんが郁代呼びを嫌ってるってわかってるはずだし、その上で歌詞に単語組み込むようなクソ度胸はないと思うし。

 栃木での爛れた夜の経験が活きているようで何よりです。後藤の好感度を生贄に、喜多ちゃんの作詞を特殊召喚! 何? 悩みを持たないなら作詞力0ではないのか!?

 

 ……あれ、何の話してたっけ?

 あ、そうだそうだ、喜多ちゃんは案外抱え込みがちな女の子だって話ね。

 

 さて、問題になってくるのは今の状況。

 そんな子が、「嘘を吐いてバンドに入って、しかも初ライブから逃げ出してしまった」なんていうクソ重い事情を抱え込んでしまったってことだ。

 

 正直、今の彼女の心中は、察するに余りある。

 だからまず、そこの精神的ケアが必要かどうか確認しておこう、というわけである。

 

 勿論これは、原作では必要のなかった手出しだ。

 現状原作通りに進んでいるはずのこの世界で、私の手出しが必要とは思えないが……。

 

 ま、念のため。念のためだ。

 やっぱ推しが苦しんでる姿は見てて辛いし、大きな原作ブレイクにならない程度になら……ちょっとくらい気にしてもいいよね、うん。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 そんなわけで私は、喜多ちゃんのクラスの様子を曲がり角に隠れて窺い、喜多ちゃんが2人の友人モブと一緒に出てくると、こそこそとその後を追った。

 1年くらい前、色々あって探偵のお手伝いで尾行を学ぶ機会があったので、この辺はお手の物である。ちょちょいのちょいですよぉ。

 

 ……いやごめん、嘘。

 高校って私と同じような体格の人全然いないし人混みもないし、その上廊下は直線で障害物は少ない。正直バレないように尾行するのはかなり難易度高いわ。

 

 それなのに尾行がバレなかったのは、私の技量云々以前に尾行対象たちがめっちゃ無警戒で、なおかつ盛り上がっていたってのが大きい。

 

「うっわ、見て見て見てぇ~!」

「なになに?」

「ヤバい、可愛すぎて笑っちゃう~!」

 

 あの友人モブたち、どうやらスマホ見てるみたい。歩きスマホはやめなさーい! いや私もいつ連絡が来てもいいよう片手にスマホ持ってるから人のこと言えないけども。

 んで、あの盛り上がり方を見るに……多分動物系の動画とか小物の写真とか見てんだろうなぁ。私も喜多ちゃんからもよくおススメされるし、そういうのが流行ってるのかもしれない。知らんけど。

 

 で、肝心の喜多ちゃんはと言うと。

 モブ2人に半歩遅れて付いて行きながら、併せるように笑ってる。

 若干ぎこちないようにも見えるけど……いやどうだろう、気のせいって言われれば納得しちゃいそうなくらいの、すごい微妙な変化だ。

 でもそれを見るに、致命的に曇ってるってことはなさそうだ。

 

 取り敢えず、爆発寸前ってわけじゃなさそうで一安心。これならすぐさまダメになっちゃうってことはないだろう。

 モブライフ的にはあまり取りたくない手段だけど、喜多ちゃんのお出かけのお誘いを受けて、軽く憂さ晴らしに付き合うでもすれば、十分に間に合う範囲だと思えた。

 

 

 

 喜多ちゃん曇り問題は、ひとまず即座の対応が必要って程じゃないっぽい。

 ……が、私はそれがわかっても、早々に立ち去ったりすることはなかった。

 

 私がここに来たのには、もう1つ、理由があるからね。

 

「……そろそろか」

 

 ぼ虹のスタート程でこそないけど、今から決して見逃せないイベントがここで起こるはずなんだ。

 原作に近い世界なら起こりえないけど……ここがアニメの方のぼざろ世界なら。

 

 私は、少し遠くの廊下に目を凝らす。

 

 ここからじゃ、遠すぎてよく見えないけど……。

 今、後藤があの辺を走っているはず。

 

 私の推論を裏付けるように、少し前を歩いていた喜多ちゃんは、ここまでギリギリ聞こえて来るくらいの小さな声で呟いた。

 

「……ギター?」

 

 ポカンとした、怪訝そうな声。

 きっと彼女は、すぐにその後ろ姿を忘れてしまうだろう。日常のちょっとした一コマ、どうでもいい一瞬として。

 

 けれどその光景は……きっと彼女の網膜に焼き付き、離れない。

 いつか、その記憶を思い出すことになる。

 

 

 

「……あぁ、最高だね」

 

 ぼ喜多。

 後藤と喜多ちゃんっていう、もう1つの運命。

 

 その小さな小さな萌芽の発生を、私は確かに見届けた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 さて、本当はぼ喜多について思いを馳せたいところだけど、今日はあまり時間がない。

 

 後藤や喜多ちゃんと出くわさないよう窓から校舎を抜け出し、誰にも見られないよう注意しながら雨どいを滑り降りるように降下。それから全力疾走で校門を駆け出した。

 小さな体を最大限に活かしたダイナミック下校である。パルクールも練習しといて良かったよ。

 

「……まずは、虹夏ちゃんか」

 

 STARRYへと走りながら、虹夏ちゃんに電話をかける。

 ここで大事なのは、とにかく平静を装うこと。

 数コールで応答した彼女に対し、私は荒れる息も感じさせないよう、私は努めて声を抑えた。

 

「もしもし、虹夏ちゃん? 今日のライブの件で、」

『あ、チャコちゃん!? ごめんっ、ちょっと今、急いでてっ!』

 

 その声は、いつも通りの彼女らしい、明るいもののようでいて……。

 けれどよく聞けば、決定的に余裕が欠けていた。

 

 隠そうとしてるっぽいけど……。

 荒れた息、僅かな風切り音、定期的な足音が聞こえてくる。

 

 ……これ、走ってるな。

 そっか、虹夏ちゃん、この段階でもう走り回ってたんだ。

 

『虹夏ちゃん?』

『ごめんね、また後でかけ直すねっ!』

 

 電話はすぐに切れてしまった。

 

 ……誤算だったな。

 虹夏ちゃん、公園で後藤と会った時に息を乱してた様子がなかったから、てっきりそんなに走り回ってはないのかと思ってんだけど。

 

 私はSTARRYに向けていた足を止め、近くの公園へと走り出す。

 一旦山田と虹夏ちゃんと合流してから事を進めようと思ってたけど、どうやらその余裕はなさそうだ。

 

 

 

 改めて、今度は山田の方に電話をかける。

 もう少し状況を知りたかったのと、山田や星歌さんの状態を知る必要があるし……。

 私がそれを聞いた、っていう大義名分が必要だからね。

 

「あっちの方はどうなってるかな……」

 

 山田はほぼ待つ間もなく電話に出た。

 もしかしたら、いつでも出られるように構えてたのかもしれない。

 

「もしもし、灰炉です。今日のライブなんですが……」

『……チャコ』

 

 電話に出た山田の声は……。

 少しだけ、震えていた。

 

 ……あぁ、そうか、山田はそうなるのか。

 

 考えてみれば、ある意味当然と言えるかもしれない。

 山田はああ見えて、メンタルが弱い。

 喜多ちゃんが消えたことでショックを受けた上、虹夏ちゃんが取り乱して飛び出しちゃった姿を見て、更に動揺しちゃったんだろう。

 

 初めて後藤と会った時は割と余裕そうだったけど……恐らくは行間で虹夏ちゃんが電話でもかけて安心させたのか。

 あのアニメ、原作の行間を上手く読んでいる印象があったんだけど、やっぱりいざ現実となるとその何倍も行間があるもんだな。

 

 私は努めて冷静な声を繕い、声をかける。

 

「山田、どうしました」

『郁代が、来なくて……虹夏がギターの代役を探すって言って、走って出て行って』

「……なるほど、状況はわかりました」

『チャコ、私……』

 

 

 

 ……山田の想いは、理解できるつもりだ。

 

 山田リョウは、自由に自分たちらしく音楽を奏でることを好む。

 しかし彼女が前にいたバンドは、人気を得るために徐々にその音楽性の幅を狭めていた。

 故に、彼女はそのバンドを抜けたんだ。

 

 その際、本人曰く「辞める時にちょっと揉めたりして」……。

 あれだけロックと音楽を好む山田は、「バンド自体が嫌になる」くらいに追い詰められていた。

 

 そんな彼女を救ったのが、虹夏ちゃんだ。

 「リョウのベースが好きだから」って理由で彼女をバンドに誘い、今度こそ自分たちらしい音を奏でられるバンドへと招いてくれた。

 

 原作では語られていない行間になるけど、山田は少なからず感謝を覚えていたと思う。

 何なら、彼女が虹夏ちゃんへ向けるかなり重めの想いの所以の1つなのかもしれない。

 

 ……で。

 そうしてできた彼女の居場所に、そして虹夏ちゃんが夢を叶えるべき場所に、山田を介して喜多ちゃんがやって来た。

 虹夏ちゃんは喜んだだろう。ようやく結束バンドのメンバーが揃った、これでライブができると。

 

 それなのに、喜多ちゃんは逃げ出してしまった。

 

 そこに山田は、責任感……じゃないな、負い目を感じているんだろう。

 喜多ちゃんは山田が連れて来たようなもの。そんな彼女が、虹夏ちゃんの顔を曇らせてしまった、と。

 

 勿論、そんなもんは喜多ちゃんが勝手に追っかけて来たんであって、山田に悪いことなんて何もないんだが……。

 それでもやっぱり、慌てる虹夏ちゃんを見て、心を乱してしまった、って感じだと思う。

 

 

 

 さて……どう返す?

 山田は今、恐らく自責の念に駆られている。

 それに、どう対処すべきか……。

 

 ……落ち着け、私。

 こういう時のために、演技の練習はしてきただろ?

 

「山田、山田はベーシストなんでしょう?」

『な、何、急に』

「私はよくわからないですけど、ベーシストってリズム隊? ってヤツなんですよね。

 いつだって……特に虹夏ちゃんが焦っちゃってる時こそ山田が落ち着かないと、バンドが纏まらないんじゃないですか?」

『…………うん』

 

 よし……取り敢えず、話を聞く体勢はできたか。

 

 ドが付くにわかのくせに彼女の基軸になっているロックに言及するのは、ちょっと申し訳ないけど……。

 すまん山田、今は話を聞いてくれ。

 

「山田は、虹夏ちゃんや私が戻るまで、ベーシストらしく、STARRYでドンと構えて待っててください。

 もしどうしようもなさそうなら、私が絶対に虹夏ちゃんを連れ戻しますし……。

 それに、きっとライブまでに、良いギタリストが見つかりますよ」

 

 私の言葉に、通話口からはなかなか言葉が返って来なかった。

 ……けれどしばらくして、少しだけ平静を取り戻したらしい山田の声が返って来る。

 

『……非現実的。そんなに都合良く、丁度良いギタリストが見つかるわけない』

「さて、それはどうでしょう。案外見つかるかもしれませんよ……ヒーローみたいに颯爽と駆けつける、最高のギタリスト。

 それじゃ、いざって時のためにライブできるよう、準備して待っててくださいね。……あ、それと、星歌さんが怒り過ぎないようなだめておいてくれると助かります」

『準備はしとくけど、説得は無理』

 

 いつもの調子を取り戻した声を聞きながら、電話を切る。

 ひとまずこれで、最低限のケアはできたはず。あとはちゃんと虹夏ちゃんと後藤が間に合えば、問題なく初ライブは行えるはずだ。

 

 

 

 ……いやまぁ、原作でも山田は後藤が来る前には復活してたし、ケアが必要かと言えば疑わしいんだけどね。

 というか多分いらん。山田なら、そして結束バンドなら、私が何をするまでもなく立ち上がって来るはずだし。

 

「……それでも、推しの悲しむ声なんざ、聞きたくはないからねぇ」

 

 自己満で結構。私はこの世界で、私らしく好き勝手に、全力で楽しんで生きようと決めたのだ。

 

 推しが悲しそうなら、モブから逸脱しない程度に慰める。

 推しが嬉しそうなら、陰ながら共に喜ぶ。

 そうして推しの活躍を見ながら、それを陰から支え、けれど決して目立つことなくモブに徹する。

 それが、転生者・灰炉茶子の生き方だ。

 

 どうせどう生きたって、人間は最後には死ぬ。それは前世でよくわかったとも。

 だからこそ、その死ぬまでの有限の期間は、自分の好きなことをしたい。いわゆる好きなことして生きていくってヤツ? ちょっと違うか。

 

 とにかく、一度そうして方向性を定めた以上、私はこの人生を最高に楽しんで生きる。

 そのために必要なら、顔が傷つこうが財産が減ろうが必要経費だ。

 取った行動に反省はあっても後悔はない。

 

 ない……はずなんだけど。

 

「ううぅぅぅぅ、最悪最悪最悪!」

 

 それはそれとして、モブの分際で山田に説教とか最悪すぎるぅ……!

 今度会ったら謝ろう、絶対謝ろう! ハイエンドのベースとか奢ったら許してもらえるかなぁ!?

 

 もうホント、自分の身の程を弁えず発言しなきゃいけないのが辛い! めちゃくちゃ辛い!

 本当にごめんなさい山田、後で土下座でもなんでもするから許してぇ……!

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ……さて。

 

 一旦自虐思考を打ち切って、次にすべきことに思考を進める。

 

 山田のケアは、ひとまず完了したと言っていい。

 一方、星歌さんについての情報は現状少なすぎるし、動転してしまっているだろう虹夏ちゃんの方は簡単にはいかない。

 本当は彼女たちが焦らないよう、もう少し手を尽くしたいところだけど……。

 

 今日はとにかく、時間がないんだ。

 

 私がここまでしてきたこと、これからすべきことを並べると……。

 

 学校で後藤の様子を観察した後、喜多ちゃんの様子を伺い、ぼ喜多の萌芽を確認、公園に向かいながら虹夏ちゃんと山田に連絡して、軽いメンタルケアを行って……。

 ついでに裏では、逐次送られてくる探偵(というか実質何でも屋)からの連絡で、虹夏ちゃんの行動範囲を把握して、きちんと後藤と出会えるかを確認しながら……。

 

 ここからは公園でぼ虹の始まりを確認した後、いい感じに虹夏ちゃんと連絡を取って、出くわしたりしないようSTARRYに向かい、後藤が隠れる用の段ボールとゴミ箱の用意と清掃を行い、彼女たちが来たらあたかもただのモブっぽくバイトに勤しみ、結束バンドの初ライブをこの目とカメラでしっかりと捉えなきゃいけない。

 

 わかっちゃいたけど今日は忙しいなぁ! やることが……やることが多い……!!

 

 私は改めて、公園への道を急いだ。

 

 

 

*1
死刑の逆。これからの生涯を健やかに幸せに生きていくことを強いる刑罰







 主人公が好き勝手喋った結果、使用楽曲コードの数がすごいことになっちゃった。



(追記)
 誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!

使用楽曲コード:14695243,27613844,27775291,27825248,27825299

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