ぼざろ世界を全力で楽しみたい転生者の話   作:アリマリア

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ただし、転生者も主人公の前ではモブに等しいものとする。

 

 

 

 1年程前、私は色々あって知り合った探偵と、こんな会話を交わした。

 

『いいかいロリガール』

『ロリじゃねーっつってんだろ殺すぞ』

『尾行もそうだがね、隠れているのがバレる理由は、大きく分けて1つだ』

『聞いて。聴けよ。あと分けられてないが』

『そう、隠れようとするからバレるのさ! 「バレちゃマズい、隠れなきゃ」と、そう思うからバレる。

 だからそういう強い意識を消し、自然にその場に溶け込む。それだけで一気にバレにくくなるんだ』

『全く以て意味不明なんだが? 説明する気あるんか?』

『む、ロリにはまだ早かったか……』

『あー日本に法がなかったら100回くらいぶん殴るのになコイツ』

『私は君のそういう、直情的なようでいて案外理性的で抑えの利く性格が好きだよ♡』

『私はお前の能力以外の全てが心底嫌いだけどね♡』

 

 正直モブとは思えないレベルの、すっごいキャラの濃い馬鹿探偵。

 人の嫌がることを進んでする、私以上に性格の歪んだクソ野郎。トンチキ理論と直感だけで動くくせ、実力だけは確かっていう一番厄介なカス。

 

 可能なら縁を切って一生会わないようにしたい人間なんだけど……。

 色々教えてもらった恩は返せてないし、なんだかんだ役にも立つから、今のところ彼女の連絡番号は私のスマホの中に残ったままだ。

 

 実際今も、半ば自棄になって街を走り回る虹夏ちゃんの行方を追ってもらってるし、送られてくる情報は小刻みかつ正確な上、読みやすくまとめられてる。

 こういうとこで無能を見せてくれたら、簡単に切り捨てられるんだけどな……。

 

 

 

 さて、と。

 探偵から送られてきたメッセージから視線を上げて……いや、高低差的に言えば「下ろして」が正しいのかな?

 とにかく、私は改めて公園の方を見やる。

 

 住宅街の中に建てられた小さな公園。

 砂場とブランコに滑り台、それから……あの、アレって何て言うの? ボール状のジャングルジムみたいな、くるくる回る遊具。その4つが所狭しと並べられ、まともに走るスペースもない。

 公園に生やされがちな木さえも、3本くらいのひょろっとしたヤツだけ。

 土地の狭さという問題に苦しめられた結果、情報過密になってしまった空間だ。

 

 今ここにいるのはたった2人……いや、3人。

 

 まず、ベンチで家族を待つ、一般モブ社会人男性。

 次に、ブランコに座って寂し気に落ち込んでいる、主人公女子高生。

 最後に、そんな彼女たちを木の上から見下ろす、一般モブ女子高生である。

 

 

 

 ……いや、待って欲しい。

 誤解なきように言っておくが、別に私は猿の本能に回帰して木に登りたくなったとか、そういうんじゃないんだ。

 

 私がこんなところでこんなことをしている理由は、ただ1つ。

 この公園で始まるぼ虹を見守るために他ならない。

 

 ただ問題は、この公園、四方の内二方が高めの塀で塞がれ、他二方はブランコに座った後藤の視界の中に入ってしまうというって点で。

 その上、めっちゃ狭いし障害物もないから、後藤の目から逃れる手段がないんだ。

 

 後藤と虹夏ちゃんの感動の初対面に、私みたいなノイズが入っちゃいけない。

 彼女たちのことを見守るのは必須課目だけど、だからってバレちゃうのは論外だ。

 私はあくまでモブ。それ以上でもそれ以下でもないんだから。

 

 では、バレないためにはどうすればいいか。

 数年前にこの公園を特定し、下調べに来た私は、頭を悩ませた。

 もうちょっとこう、茂みだとか壁だとか、隠れやすいポイントがあったら良かったんだけど……。

 

 そしてしばらく考えた末に、ふと昔聞いた話を思い出したのだ。

 

 曰く。

 人間の視界や注意は、二次元的なものである、と。

 

 そう、人間は案外、上を見ない。

 なんかこう、アニメとかでもあるじゃん? 部屋に侵入してきた敵が、中にいるはずの主人公が見当たらず「どこだ!?」とか言ってる間に、上に張り付いてた主人公に倒されるヤツ。

 ああいうのって、案外現実でもあるんだよ。人間、左右は見ても上下にはあんまり注意を払ってない。

 多分、天敵がいなくなったことで、生物種全体が上にいる敵への警戒心をなくしてしまったんだろう。

 

 であれば、すぐそこのお宅の天井……に登るのはちょっと迷惑かもしれないので。

 こうして、ひょろっとした木に登って見てれば、案外バレないのでは……?

 

 まさしく天才的閃き。当時は頭の上に豆電球が出た気分になったものだ。

 

 

 

 実際今、モブ社会人も主人公も、木の上に登ったモブ女子高生に気付いてない。

 木を隠すなら森の中、人を隠すなら木の上に。

 私はこれ以上なく、完璧にこの場に溶け込んでいる。

 

 ……ちょっと悔しいけど、あのアホ探偵が言ってたことも1つの真理を突いてるんだろうな。

 敢えて隠れようって意識をなくし、「いやここにいるのが普通ですが?」みたいな空気を出すことで、私は完全にこの公園に馴染んでいるのだ。

 

 これで後藤たちにバレることを警戒することもなく、最高の瞬間を観測できるというものである。

 ……いやまぁ、もしバレてしまったら、だいぶ間抜けに見えてしまうだろうけども。

 

 

 

 さて、私が何の意味もなく木の上に登る不審者ではないという申し開きも済んだところで、改めて彼女の方に視界を向けよう。

 

 後藤は今、幸せな家庭を見送ってよよよと涙を流して、スマホを覗き込んだところだ。

 12万人というとんでもないファンを確認して、けれど彼女にしては珍しく、承認欲求を満たされてにへらと笑うこともなく……どちらかと言えば、更にその表情を沈めた。

 

 原作だと普通に落ち込んでるって感じだけど、アニメの後藤は「もう学校行きたくないなぁ……」って割とガチトーンで思ったりしてるんだよね。

 実はこの頃が後藤の限界で、ここで救われなかったら彼女は不登校になってたりしたのかなぁ、とか前世では考えたりしてた。

 

 ……でも、そんなイフは起こらない。

 探偵からの情報から考えても、間違いなく……。

 

 そろそろヒーローが現れる頃合いだ。

 

 

 

「あっ! ギターッッ!!!!」

 

 

 

 ……来たね。

 

 金の長いサイドテールをたなびかせ、公園の入り口から、ずだだだだだっと駆けてくるのは……。

 結束バンドのドラム担当、皆のママ、伊地知虹夏ちゃんその人だ。

 

 後藤は突然現れ、叫び、そして接近してきた彼女に驚いて「あぅわわ……」と名状しがたき声を上げる。

 普段の大天使ニジカエルなら、その様子を見て気を遣ったところだろうけど……今の彼女にそんな余裕があるわけもない。

 後藤の様子もお構いなしに、「それギターだよね? 弾けるの!?」と詰め寄っている。

 

「アッ……ア、ガガァ……ッ!」

「……あれ? おーい?」

 

 他人と喋るのが久々すぎる後藤が声が出せずにいるのを見て、ようやく彼女も落ち着きを取り戻したのか、虹夏ちゃんは取り敢えず自己紹介を始めた。

 

 

 

 ……いやしかし。

 

 可愛いなぁ後藤♡♡♡

 いきなり話しかけられた緊張からどもっちゃうのも可愛いし、視線合わせようとしてビビッてすぐ逸らしちゃうところも可愛いし、きらら主人公とは思い難いボソボソボイスで自己紹介するところも可愛いし、いきなり名前呼びされてビビるところも可愛い♡ ぜーんぶ可愛い♡♡ 可愛さの権化♡♡ 可愛いって言葉は後藤のためにある♡♡♡

 

 一方虹夏ちゃんも可愛すぎ♡♡♡

 

 普段は人との距離感を大事にする方なのに、自己紹介の直後に「ちなみにひとりちゃんはさぁ、ギターどのくらい弾ける?」って聞いたりしてるの見ると、ホントに余裕ないんだなぁって思わされる。でも最終的には主人公(ヒーロー)がなんとかしてくれるってわかってるから、その不安も安心して見てられる♡♡ すごく趣味悪いのはわかってるけど、余裕のない推しっていうのもこれまた魅力的♡♡♡ ちゅーしたい♡♡♡ いやそれはちょっと欲望出し過ぎだな。自重自重。

 

 

 

 後藤は主体性を持たずに虹夏ちゃんの話を聞くだけで、虹夏ちゃんは「ちょっと悪いなぁ」って想いがあるのか、もじもじしてなかなか話題を切り出さない。

 

 この関係性初期特有のぎこちなさも、それはそれで非常に美味しくいただけるわけだが、それはそれとしてくそっ……じれってーな、もうちょっとやらしい空気になれ! いけーッ! ぐう聖の娘!! というかもう抱けぇっ! 抱けっ! 抱けーっ! 抱けーっ!!

 

 いや、冷静に考えると抱くのはまだ早いな。

 ゆったりと関係性を深めながら互いへの感情を大きくしていき、数多の困難を乗り越えてまるで空気のように隣にあることが当然になった後、なんかこう破局的イベントがあってちょっと離れ離れになった時「やっぱり彼女がいないと駄目なんだ」ってなって、互いへの感情を確認した後幸せなキスを迎えてそのまま想いを抑えきれず初夜を迎えろーっ!!

 

 などと、私が木の上から気ぶりしている間に。

 

 虹夏ちゃんはいよいよ「う゛ん゛っ!! 思い切って言っちゃおー!!」と踏ん切りを付け、両手を打ち合わせた。

 

 さぁ……運命の瞬間だ。

 

 私は両の眼を大きく開き、胸を高鳴らせてそれを見守った。

 

 

 

 

 

 

「お願いっ! あたしのバンドで、今日だけサポートギターしてくれないかなぁ!」

 

 

 

 

 

 

 

ぼっち・ざ・ろっく!

 

開幕!!!!

 

 

 

 ぼ虹成立!! ぼ虹成立!! 交際!! 結婚*1!! 出産*2!! 永遠*3!!

 

 完璧っ! 運命っ! 最高の一瞬っっ!!

 まさか、まさかこの瞬間を、この目で見、この耳で聞くことができるなんて……!!

 うぅ、生きてて良かったぁ!! いや1回死んでるけども!

 

「っ!」

 

 お゛ッやっべ♡ 興奮のあまり足が滑って木から落ちかけたわ。

 危ない危ない、油断は禁物。ここで私の存在が露見してしまえば、最高の瞬間が台無しだ。

 家に帰るまでが遠足だし、無事に見届けるまでが推し活だ。ここは冷静さを取り戻さなければ。

 

 私が最高の瞬間に酔いしれている内、眼下では彼女たちの話が進んでいた。

 

 

 

「これからライブなのにギターの子が突然辞めちゃって! ある程度弾ける人ならすぐできる曲だから! なにとぞ~!」

 

 うわ聞いた? なにとぞ~!♡ だって可愛すぎでしょ♡ あんな言い方されたら誰も断れないって♡ そんな調子で後藤をホテルへ連れ込め。でもいざとなったらちょっとビビって誘い受けに転じろ。たまには後藤が攻めでもいい。リバだからこその良さもある。スパダリバリタチ後藤も見たい。おお我ら、たまには受け側が攻めに立つのもそれはそれで良さがあるよね高校。

 

 一方、そんなお願い♡ をされてしまった後藤は……。

 あまりに急激な展開を前に、頭の中がクエスチョンマークに埋め尽くされ、一切反応できていない。CPU使用率100%って感じだ。ポンコツ処理能力♡ ウィンドウズ98♡

 

 そんな後藤を見て、いつもの虹夏ちゃんであれば「あはは、いきなりごめんね、迷惑だよね! やっぱり他の人に頼むから大丈夫! んじゃね~!」と明るさを繕って言ったんだろうけど……。

 今の彼女には、そんな余裕すらない。

 

「ありがとう!! 早速ライブハウスへGO!」

 

 まだ何も言ってないのに、とんでもなく強引に後藤の手を引っ張っていく虹夏ちゃん。

 

 一見して、というかどう見ても不当な拉致なんだけど……。

 

「……ふふ」

 

 きっと、それくらい強引でなければ、後藤ひとりを外の世界へ連れ出すことはできなかったのだろう。

 偶然に、その日の虹夏ちゃんには余裕がなくて。

 偶然に、この公園に後藤がいて。

 そうして、数多の奇跡の果てに、彼女たちの星は繋がった。

 

「……あるいは、偶然じゃなくて『カルマだから、何度も出会ってしまう』のかな」

 

 そう呟きながら、私は……。

 

 取り敢えず、そろそろ体勢が辛いし、木から降りることにした。

 いや、細い木の枝ってとてもじゃないけど乗れないし、スマホで連絡する必要もあるし、片腕と足だけでバランスを保つの、案外疲れるんだよ……。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「あれ、チャコちゃんどうした? なんか疲れてない?」

「はぁ……ふぅ、はい、少し。ダイエットに、学校からここまで、走って来たので」

「……十分痩せてると思うけど」

「体型のこと、言ってるなら……ふぅ、泣きますよ」

「わ、悪い。あ、私ちょっと買い出し行ってくるから」

「行ってらっしゃい、です……」

 

 ちょっと心配そうに迎えてくれた星歌さんとすれ違い、私はSTARRYに入る。

 

 学校から公園まで全力ダッシュし、公園では木に登って、そしてまた全力ダッシュでSTARRYにまで来た。

 そうなると流石の私でも疲れるというか、ぶっちゃけ胃がぐるんぐるんして吐きそうだし、胸がバクバクと鳴ってうるさい。

 

 でも、全力疾走の甲斐もあって、無事に2人よりも先にSTARRYに到着できたみたいだ。

 

「チャコ」

 

 両膝に手を突いて肩を上下させる私に、ドチャクソイケメンな低音ボイスが届く。相変わらず麗しい声だ。100万出すからおはようボイス録音させて♡ 健やかな朝の目覚め♡

 

 顔を上げると、そこにはさっきまでちょっと情けない声をだしてたような気もする山田が「よっ」みたいな感じで手を上げていた。おいおい声だけじゃなく顔まで麗しいと来た、こりゃ国宝級だぜ。日本は国費で山田を保護せよ。

 

「さっき、虹夏から連絡きた。無事にギター見つかったって」

「そうですか。良かった、これで一安心ですね」

 

 私は努めて「今知ったけどよかったー安心したー」みたいな感じを装い、肩を上下させると同時に胸を撫で下ろす。

 いやぁ全然知らなかったぁ、きっとコミュ障だけどギターだけはあり得んくらい上手い、私と同級生のピンク髪の女の子が公園のブランコに座ってたところを見つけて、半ば無理やり連れてきてたりしたんだろうなぁ。

 

「うん、良かった。これでライブできる。……ライブできなかったら、危うく5万円がただの借金になるところだった

 

 小さく、けど私にはちゃんと聞こえるくらいに、山田は付け足した。

 

 本当、この子は……可愛すぎでしょうがッ!!♡♡♡

 個人的山田激萌えポイントの1つ、いじっぱり♡ 攻撃が上がりやすくて特攻が上がりにくい♡

 

 彼女は、自分が落ち込んだり悩んだりしてるって他人に知られるのを嫌がる。そういう時には、無意味な強がりを言ったりしちゃうのだ。

 中性的で大人びた容姿、低めの落ち着いた声質から繰り出されるこの幼児性。これぞジャパニーズ・ギャップ・モエ! ワビサビ、フジヤーマ、ヤマダリョーウ!

 

 みんなはどのいじっぱり山田が好きかな?

 私はねぇ、バンド辞めた直後に虹夏ちゃんにほっぺ突っつかれて不機嫌そうに「何」って言うところと、初ライブの不穏な空気を感じ取って「低気圧、眠い」って虹夏ちゃんに寄りかかっちゃうとこ!

 あと原作で言うと、やっぱり未確認ライオット参加のくだりと、あと車高のアレね! 虹リョウの勢いヤバすぎてなんか笑いまで出てきたもんなアレ。

 

 こういうとこで甘やかされた子供特有の末っ子気質見せてくるのズルいぞ♡

 まったくもう、これ以上おねーさんを惚れさせてもお金しか出ませんからね!

 

「山田」

「なに」

「お金あげます」

「え?」

 

 そんなわけで、山田に可愛すぎ代として10万円ほど渡し、改めて私はバイトに精を出すのだった。

 

「……なんで?」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 さて、虹夏ちゃんが後藤をここに連れてくるまで、恐らくそう時間は残っていない。

 的確に、かつスムーズに事を済ませなければ。

 

 私はひとまず、PAさん問題に取り掛かることにした。

 

 

 

 PAさん。STARRYで働く、音響担当のスタッフさんだ。

 長い黒髪と青のインナーカラー、眠たげな視線、それから口ピアスが特徴的な女性である。

 ちょっと怖そうな外見に反し、性格は割とおっとり目の優しい人だったりする。

 大体いつもニコニコ笑ってるのもあって、むしろ星歌さんよりも接しやすいくらいだ。

 

 「ぼっち・ざ・ろっく!」においては準レギュラーと言っていい存在で、よく劇中に出て来る……んだけど、その名称は一貫して「PAさん」で通され、少なくとも私が読んだ範囲では名前は公表されてない。

 ……これ、ネームドって言っていいのかね? お名前があるからネームドなんであって、それが公開されてないキャラって何て呼べばいいんだろう。

 

 いやまぁ、原作ファンの私にとっては彼女も立派にネームドであり推し。

 正直最初は話しかけるのも緊張したけど、今はだいぶ打ち解けられた……と思う。

 

 

 

 最初に取りかかるべき問題は、そのPAさんに関するもの。

 いつもニコニコと笑顔を浮かべてくれるPAさんが、その日に限って寝不足で、後藤にすごい視線を向けてしまったという事件。

 まずはこれを未然に防がねばならない。

 

 それまではライブハウスを「私の家ぇ」とまで言って気に入っていた後藤は、PAさんのその視線を見て萎縮してしまうんだ。

 彼女の価値観は相当に難解な部分があるが、この事件でだいぶSTARRYへの恐怖が根付いてしまったのは間違いないと思う。

 

 これから後藤は、数年間以上の時間をこのライブハウスで過ごすことになる。

 せっかくなら怯えることなく、ここを最初から良い場所だと思ってほしい。

 

 そんなわけで、私は問題の解決に取り掛かる。

 ……とは言っても、その手段自体はそう難しいものじゃない。

 なにせPAさんが後藤に鋭い視線を向けたのは、何も彼女が後藤を嫌いだってわけじゃなく、単に眠くて反応が鈍くなってしまってたからだ。

 つまり、その眠気がなくなってさえしまえば解決である。

 

 だから私は、眠そうにぼんやりと作業してるPAさんの耳元で、ぼそりと囁いた。

 

「昨日見てました。ドン勝おめでとうございます」

「え!?」

 

 ……もしかしてと思って捜索してみたら、PAさん、某配信サイトで配信者をやっていた。将来はVの者として活動する予定のPAさんの、いわゆる前世ってヤツだね。

 このつよつよビジュアルと最強声質がウケないわけもなく、人口はかなり多め。昨日も最近配信された某シューティングゲームで遊んでた。

 

 私は当然ながらスパチャ……じゃなくてビッツって言うんだっけ? それをぶん投げたわけだけど、ちょっと急すぎたせいか引かれてしまったのは良い思い出。次回から連投はぐっと我慢しよう。

 

「あ、あの、チャコちゃん? えっと……」

 

 彼女は珍しく大きくまぶたを開いて、綺麗な瞳でこちらをまじまじと……というか、どこか不安そうに窺ってくる。

 どうやらPAさんの目は冴えたっぽい。

 問題は解決だな! ヨシ!

 

「誰かに言ったりはしてないので安心してください。これからも、陰ながら応援してます」

 

 不安そうにする彼女に対するケアも欠かさず、私はペコリと頭を下げ、裏の方へと歩き出した。

 

 

 

 さて、PAさん問題は解決したが、やることはまだまだ残ってる。

 

 今日後藤が隠れることになるかもしれないゴミ箱を、片端から綺麗に洗い流して拭き上げて消毒したり。

 店の奥にあった最強の装甲、「完熟マンゴー」と書かれた段ボールをそれとなく控室に置いておいたり。

 少しでも気持ち良く演奏してもらえるために、ステージの清掃をしたり……。

 

 そんなことをしている内に……ついに、その時が来た。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「おっはよーございまーす!」

 

 入口の方から、聞き慣れた声が届く。

 

 コトリ、コトリと音を鳴らして……。

 伊地知虹夏ちゃんと、後藤ひとりが、このSTARRYに現れた。

 

 あぁ……後藤ひとりが、STARRYに立ってる。

 不安そうに怯え、借りてきた猫みたいになっちゃってるけど、間違いなく彼女はここにいる。

 

 いよいよ運命が始まったんだと思うと、私の心は跳ね回った。

 

「おはようございます、虹夏ちゃん」

 

 逸る心を抑え、彼女の挨拶にお返事。アイサツは絶対の礼儀だ、古事記にも書いてある。

 私の返事でこちらに気付いた虹夏ちゃんは、「あ!」と一声上げると、私のところまで駆け寄ってきて……私の手を取り、握った。

 

 ……?

 

 え、握? にぎ? え、柔、え、何、何が、は? これ?

 

「チャコちゃん、さっきはごめんねー? ちょっと事情があって急いでてさ」

 

 言葉を投げかけられた。けど待ってほしい、今頭回ってないから。

 え、いや、あったかい……すご、体温。推しの体温がある。いや、私今手汗掻いてない? ヤバい、私の手汗で彼女の手を汚すわけには。

 

「え……っと、それは、別に気にしてません。山田に事情は聞きましたし」

「あ、そうなの? じゃあ紹介するね! こちら後藤ひとりちゃん! 喜多ちゃんの代わりに入ってくれるサポートギターだよ!」

 

 彼女はそう言ってぱっと手を離し、背後で無言を保っていたピンク髪の少女を、ジャーン! って感じにアピール。

 

 取り敢えず手の中に感じた柔らかさが消えて一安心、内心胸を撫で下ろす。

 はぁ、良かった……あと10秒くらい握られたままだったら心臓破裂してたかも。

 

 もうっ! 急激な推しとの接触とかビックリするに決まってるでしょ! 口から心臓どころか臓物全部出てくるかと思ったわ。ナマコになっちゃう。いやナマコはお尻からだったっけ? どうでもいいか。

 

 さて、一方。

 虹夏ちゃんに紹介された、スーパーハイパーウルトラすごい最強サポートギターは、そのアクアマリンみたいに煌めく美しい瞳で私の姿を捉え、震える口をゆっくりと開き……。

 

 

 

「あっ無価値な人間ですみません腹を切ります……」

「えっ、なんで?」

 

 突然に自虐したのだった。

 

 

 

 これは……ッ!

 

 な、難解だ……!!

 

 彼女は何をどう見て、どう捉え、何に自己嫌悪しているのか。一体どんな理論の跳躍を経て「自分は腹を切るべきだ」という結論に行き着いたのか。

 やはりモノローグのない後藤ひとりは難しい。その事実に、私は改めて「ぼっち・ざ・ろっく!」の世界に来たことを痛感し、ぞくぞくと心を震わせた。

 

 さて、後藤は今、一体何を考えているのか。

 私を見ての反応だったことからして……ここで肝要になってくるのは私の存在、いや、容姿か?

 私は……自分で言ってて悲しくなるけど、小学生ボディだ。ロリはロリでもガチのロリ、多分小学3年生くらいの体である。

 

 そんな私を見て、後藤が思うことは何だろう。

 ……うーん、ふたりちゃんを思い浮かべるには少し成熟してるよね。流石にね?

 

 こう見えて後藤は、空気が読めないタイプじゃない。むしろぼっちって空気が読めるからこそ苦しいとこあるよね。

 さっきの会話や私が今手に持ってるモップで、私がここのスタッフ──アルバイトだけど──であることは察しが付いてるはずだ。

 

 そんな私を見て、彼女が考えそうなのは……。

 

『え、こんなちっちゃい子も働いてるの!? まだ学校に通うような子供でさえ働いてるっていうのに、私は中学で友達の1人も作ることすらできず、未だに押し入れの中でギター弾いてるだけの引きこもり……! 何も生産性をもたらさない社会不適合者予備軍……!』

 

 とかだろうか。

 むー……やっぱり私もまだまだだ。後藤の奇想天外な思考には追い付ける気がしない。

 もっと後藤のことを知れるよう、精進しなきゃな。

 

 

 

 ……なんて考えていると。

 虹夏ちゃんが「気を取り直して!」と、私と後藤を取り持ってくれる。

 

「で、こっちが灰炉茶子ちゃん。なんとこう見えても高校生で、ここでバイトしてくれてるんだ!」

 

 普段ならブチ切れて暴力……まではいかないまでも、司法の力を宿した名誉棄損の拳で思い切りボディブローを決めるところ。

 

 でも相手が推しだと、多少心にジクッと来るだけで、怒りにまではならないから不思議だ。

 やっぱ言葉って内容よりもいつ言ったか誰が言ったかなんだなぁ。なんかちょっと複雑な気分になる。

 

「茶子です。よろしく」

 

 言いながら、内心ちょこっとしょんぼりしていると、虹夏ちゃんが「あ、そうだ!」と手の平を打つ。

 

「チャコちゃん、確かひとりちゃんと同じ秀華高校だったよね?」

 

 あっやべ。

 

 そう言えば雑談の中で「どこの高校通ってるの?」って聞かれて答えちゃった気がする。

 まさかそんなことしっかり覚えてるとは。虹夏ちゃん、流石だ……!

 

 いや感嘆してる場合じゃないわ!

 これ下手に記憶を刺激したら、「あれ、もしかして同じクラスの……」みたいな展開になっちゃうんじゃ……!?

 

「あっ、へ、そっそうなんですね……た、確かに制服……ヘ、ヘヘ……」

 

 ならなかったわ。

 

 流石、2年に上がるまではクラスメイトを個別認識することのなかった女。同じクラスに所属するモブのことなんか眼中になかったらしい。

 

 ふぅー、良かったぁ……。彼女に個別に認識されたらマジでネームドになっちゃうもんね。

 このまま印象に残らないよう、さっさと彼女の前から消えてしまおう。

 

「それじゃ虹夏ちゃん、私は掃除があるので。……結束バンドの音、楽しみにしてますね」

「あはは~……即席のインストバンドだけどね」

 

 虹夏ちゃんは困ったように、そしてどこか照れたように苦笑する。可愛い♡ その背中に隠れて縮こまってる後藤も可愛いよ♡

 

 ……さて、視界の端で山田がこっちに向かって来てる姿が見えた。

 お邪魔虫は消えましょうね。ここからは結束バンドのお時間ですよ。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 その後、私の視界の外で、色々なことがあったんだろう。

 

 後藤が山田と自己紹介し合ったり。

 スタジオで1度演奏してみて、後藤が人に合わせるのがどちゃくそ下手なことが発覚したり。

 プランクトン後藤が爆誕し、「ぼっち・ざ・ろっく! 完」して「Distortion!!」が流れたり。

 私が丁寧に清掃消毒したゴミ箱に後藤が入ってくれたり。

 虹夏ちゃんがギターヒーローのことを褒めて後藤がにへにへしたり。

 かの有名な後藤専用防具、完熟マンゴーを装着……装着? したり。

 そして……「ぼっちちゃん」というあだ名が誕生したり。

 

 改めて考えると、めっちゃ見たかったな、その光景。

 特に「ぼっちちゃん」の誕生なんて、「ぼっち・ざ・ろっく!」のタイトルにも大きく関わるものなんだし、ファンとしては本当の本当に見たかった。

 

 ……でも、欲張っちゃ駄目だ。

 

 そこは、結束バンド以外の人間が立ち入っていいところじゃない。

 私が居合わせれば、彼女たちの結束感を大きく損なってしまうだろうから。

 

 覗き見するとか隠しカメラしかけるとかも考えたけど……それはなんか、ちょっと違う気がした。

 明日からはともかく、今日は純粋に彼女たちの初ライブを楽しもう。

 

 1人の結束バンドのファンとして……。

 あるいは、「ぼっち・ざ・ろっく!」ファンの、1人の転生者として。

 

 

 

 

 

 

 そうして……。

 

「初めましてー、『結束バンド』でーす!

 今日は多分みんなも知ってる曲を何曲かやるので、聞いてください!」

 

 ドラム、伊地知虹夏ちゃん。

 ベース、山田リョウ。

 ギター、謎の完熟マンゴー仮面。

 

 3人の……「結束バンド(仮)」の、初ライブが始まった。

 

 後藤も動画を上げていた、そこそこメジャーらしい曲がいくつか。

 それらを奏でる彼女たちを、私はドリンクカウンターからぼんやりと眺めていたんだけど……。

 

 うん。

 素人目……素人耳? にも、下手だった。

 

 最初こそちゃんとリズムが合ってたんだけど、すぐに乱れだした。

 緊張からかギュイギュイ高く鳴る音が先走って、それをドンドン鳴る音が追っかける。

 でも低めの音が落ち着いてるのを聞いて、高く鳴ってた音が一気にペースを落とす。

 でもその頃にはドンドン鳴る音のペースが上がってしまってて、それを聞いてまた高い音が速くなり、けれどすれ違うようにドンドン鳴る音が落とす……。

 

 そんな感じで、リズムは割とめちゃくちゃだった。

 というか、後藤が暴走しまくっている。マジで合わせるの下手なんだなぁ。

 

 更に、多分ミスなんだろーなーって思うところも多い。特に、ドラムの音。

 リズムを乱してしまったことに動揺し、更に間違えたことで動揺し……そんな感じで、割と悪循環に陥ってしまってるっぽい。

 虹夏ちゃん、ああ見えて打たれ弱いというか、本番に弱いタイプだからな……。

 

 

 

 総評して。

 そのライブは、決してクオリティが高いと言えるものじゃあない。

 もし仮にこんなライブでお金を取れば、普通に怒られてしまいかねないような……歯に衣着せず言えば、それこそ学生レベルのバンドライブ。

 

 

 

 ……でも。

 

「楽しそう」

 

 思わず、呟く。

 

 虹夏ちゃんは真剣にドラムを叩きながらも、ようやくSTARRYで1歩目を踏み出せた達成感と共に。

 山田は無表情でありながら、ようやく好きな音楽を奏でられたと言わんばかりの解放感を漂わせ。

 完熟マンゴー仮面も、不甲斐なさや惨めさに圧し潰されそうになりながらも……誰かと一緒に楽器を奏でる楽しさを、存分に音に乗せて。

 

「……それで、いいんだよね」

 

 

 

 きっと、ロックってそんなものだ。

 

 正しくあることが全てじゃない。

 間違わないことが素晴らしいんじゃない。

 

 たとえその演奏を、誰が認めてくれなくとも。

 たとえその音が、残すような価値もないものでも。

 たとえそのライブで、誰かが損をしたと感じようとも。

 

 ただひたすらに、自分たちがやりたいことを、後先考えず最後までやり通す。

 

 それが、ロックってもんなんだろう。

 ……多分ね。

 

 

 

 

 

 

「あーりがとーございましたぁー!」

 

 演奏を終えた虹夏ちゃんが、ドラムスティックと共に腕を振る。

 山田は一礼して……完熟マンゴー仮面はゴソゴソと蠢いた。

 

 彼女たちの曲を真面目に聞いていた人は少ない。

 けれど……ぼんやりと眺めていた数人が、パチパチと手を叩く。

 勿論、私もその中の1人だ。

 

 

 

 結束バンドは、想像以上に良いものを見せてくれた。

 

 決して良いライブとは言えなかった。

 クオリティで言えば……申し訳ないけど、正しく星歌さんが言っていた通りの「仲間内でやってるバンド」の域を出ないのかもしれない。

 

 それでも私は、始まりの胎動を、確かにそこに感じたんだ。

 「そこそこ良いライブをする、名もないバンド」じゃない。

 「彼女たちらしいライブをする、唯一無二の結束バンド」の始まりを。

 

 

 

 全く、困っちゃう。

 こんなことされてたら、惚れ直しちゃうよね。

 

 ファン1号にはなれない。その枠は既に埋まっているから。

 勿論メンバーにも入らない。そんな無粋なことはしたくない。

 

 この世界は既に完成されてて、私の入る隙なんて用意されてはいない。

 

 

 

 ……それでも。

 

 モブとして。彼女たち(結束バンド)に直接関わることのない、1人の灰炉茶子として。

 これからも、彼女たちを勝手に見て、勝手に距離感を保ち、勝手に尊さを感じて、勝手に応援して……。

 

 

 

 そうして、私は私として。

 

 全力で、この世界を楽しんでやる。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 バイトの時間は、飛ぶように過ぎて行った。

 

「お疲れ様でしたー」

 

 興奮冷めやらぬ体を、外気が冷やす。

 ……はは、確かに直前まで掃除とかしてたはずなのに、殆ど記憶が残ってないや。

 

 恥ずかしながら、余程あのライブにあてられてしまったらしい。

 

「……帰るか」

 

 今日はこのまま、何も考えず帰りたい。

 落ち着いてから、まぶたの裏に焼き付いたあの笑顔と、吐息と、蠢きを、思い出したいんだ。

 

 そうして、ライブハウスの階段を登って路上に出た私の目に……。

 

「……あ」

 

 

 

 星を見上げる後藤ひとりの姿が、飛び込んでくる。

 

 

 

 アニメ11話で対比される、転がり始めた後藤の運命を暗喩する瞬間。

 そこに、私は出くわしてしまったのだ。

 

「え」

 

 私が何かするよりも早く、あっちが私に気付いた。

 あちゃあ、マズった……あんまり今日の後藤に無駄な刺激は与えたくなかったんだけどな。

 

 不注意によるトラブルに、私は思わずマスクの下で唇を結んだんだけど……。

 

「あっ、えっと、あ、そのっ!」

 

 何を言うべきか迷い、迷い過ぎてわたわたと顔が崩壊していく後藤を見て。

 なんだか、気が抜けてしまった。

 

 私は自分の目尻が下がるのを感じながら、彼女に軽く手を振る。

 

「お疲れ様、後藤。また今度」

「あっ、え、後藤……。はっ、はいっ、また今度!」

 

 ガバッと頭を下げて、後藤は走り去って行った。

 

 ……あー、今ので変に覚えられてないといいんだけどな。

 いやまぁ、うん、その時はその時か。

 

 まだあのライブの熱が残っているのか、なんだかやけに気分が良くて、私は大して悩みもせずに夜の街を歩きだした。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ちなみに、次の日。

 

 教室に入って来た後藤は、ドキドキと胸を高鳴らせる私を見てもすぐに視線を逸らして、いつも通り席に着いた。

 どうやら気付いてないみたい。流石後藤、モブごときには目もくれないぜ! 

 

 傲岸不遜な主人公(ヒーロー)。あるいは人の顔も見ねぇ陰キャ少女(ぼっちちゃん)

 私の最推しは、今日も今日とて絶好調である。

 

 

 

*1
東京都世田谷区では2015年からパートナーシップ制度が認められている

*2
後藤ひとりは人外なので可能性はある

*3
虹夏ちゃん側がやや厳しいか







 シリアルしない詐欺になっちゃった。えへ。
 原作を摂取し過ぎたせいで局所的シリアスが根付いちゃいました。基軸はギャグで、稀にちょっとシリアルくらいになるかもです。

 あとなんか最終回みたいな感じになってますが、満足するまで続きます。
 転生者ちゃんの戦い(推し活)はこれからだ──!



(追記)
 誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!
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