くるがい 短編集   作:庫磨鳥

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【推奨】:第四十三話まで既読。[蝶番野花 ce1]の既読


【報告】:アスクたちの会話は現在、実装未定となっています。


蝶番野花 ce2

前期の大規模侵攻から四ヶ月が経った。

 

最近は寝泊まりもしている生徒会室、ご立派な会長用デスクの上にコンロを乗せて、鍋でお湯を沸騰させていた。

 

「……う」

 

コポコポと沸騰するお湯って、こんなに怖い物だったっけ? ……だったのだろう。触れれば火傷する。火傷の度合いによっては死ぬ事だってある。それこそ処刑方法として、地獄の刑罰にだってお湯が使われているぐらいなのだから、怖いもので当然だ。

 

何度か手を前後して、このままじゃいけないと深呼吸して心を落ち着かせようとするが、むしろ息は余計に荒くなってしまう。鍋の中をちょっと覗きこむだけで湯気が顔に当たって凄く熱い、これ以上近づきたくない、でもそれじゃあ練習にならないし……覚悟を決める!

 

「い、いく……いきます……や、や、やーー!」

 

勢いよく沸騰したお湯に指を突っこ――アヅイッッッ!!?

 

「熱ずっ!? う……あ!? いっ………!」

 

熱い、熱い熱いあついあついあつい!!? ーーいたい……いたい……イタイ……痛い……。

 

「はぁ、はぁ……うっ……ぐす……」

 

『ペガサス』の治癒能力で、目に見えて火傷は治り、痛みも引いたが、涙が出るほど痛かった。それにしても情けない。あまりの熱さに条件反射で直ぐに手を引っ込めてしまった。

 

最初だし、十秒ぐらいは我慢できたらいいよね、なんて考えは甘すぎるにも程があった、こんなに痛いなんて、指先でこれだ、これが地獄だったら全身で数兆年はずっと入りっぱなしだと言う、途方がなさ過ぎる。慣れるなんて考えられない。

 

これなら針で刺されるほうがマシだった。といってもまだ腕にちょっと突き刺したぐらいだけど、十回は耐えられた。でもトンカチで指を砕くほうが嫌かも、アレは加減が分からず勢い余って二本行けただけで、もうやれる気がしない。そういえば舌を引っこ抜くの、ちゃんとやれずに終わったままだ。でもペンチで舌を挟むだけでとても痛い。買ったサバイバルナイフはまだ使ってすら居ない。

 

「いやだ……」

 

自然と口から漏れる。最悪本当に地獄行きになってしまった時のために、幾つか予行練習をやってみたが、数を重ねるごとに私は地獄でやっていけないと絶望する。

 

どうして知ってしまったのだろう、どうして知ろうとしてしまったのだろう。死後の世界には、現世で犯した罪によって逝く場所が変わる。

 

もしも、いまの段階で“卒業”したのなら、自分が向かう先は地獄だ。多分そうだ。本に書いてあった罪状にも幾つか当てはまるし、あれだけ恨まれたんだ、嫌われたんだ。先に“卒業”した『ペガサス』を裁判した十王様の心象が悪くなっていても不思議じゃない。

 

「いやだ……地獄に逝きたくない。どうして“卒業”したら、今よりも辛い目に遭わないといけないの?」

 

他にもいろんな本を読んだ。何か知ればマシになるかもって思ったから、中には死後の世界なんて無くて、死んだものは転生するだけとか、宗教によって違うことが書かれていた、でも全部が全部ハッキリとした証拠があるわけではない。

 

地獄はないかもしれないし、あるかもしれないと言う考え方は慰めにもならない。蛹となった虫が羽化して初めて外の世界を知るように、人間もまた肉体という蛹から魂が外に出て初めて死後の世界を知るとか書いてあったけど、知らないよ。じゃあ幼虫の時はどうなんだよ。そんな曖昧じゃなくて、こっちは有るか無いかをはっきりしてほしいんだよ。

 

――死ぬってなんですか? 死後の世界って本当にあるんですか? 有ったら私は天国や極楽に行けませんよね? でも地獄も違うと思うんです、正直言ったら私、悪くなくないですか?

 

地獄に落ちたくない、そんな気持ちで一杯になると、自然と本当に私は“卒業”したら地獄行きになるのだろうかと疑問に持つようになって、自己弁護のために色々なことを調べるようになった。この現状が少しでもマシになるかという思いもあった。

 

「まだ……決まったわけじゃない」

 

判決は“卒業”してみないと分からないと、何度も復唱して心を落ち着かせる。

 

だって自分の行なった事は、あくまで生徒会長としての業務でしかないし、『ペガサス』たちを直接“卒業”させたのは『プレデター』だ。戦争で指揮官が命令して兵士が死んだとしても、それを罪に問うのは誤りであると指導者向けの教本にも書いてあった。

 

それに、人間の裁判だって、罪を犯したとしても致し方のない事情があれば情状酌量の余地ありと見なされて刑が軽くなる事だってある。望んだ事とはいえ、生徒会長になれたのは他者の利益が大きく絡んでいるのだ、これを考えてくれなければ絶対におかしい。

 

生まれてから、これまででいちばん本を読んで、気になる所はメモ書きした。そして考察した。疲れて気絶するまで、ずっと考えて考えて、調べて読んでメモって、愚痴の中に時々重要なことを漏らすことがあるので学園長の話もちゃんと聞くようにして、どうして自分は生徒会長になったのか、成れてしまったのかの答えに行き着いた。

 

別に誰でも良かったんだ。だって生徒会長という存在は、アルテミス女学園ペガサスでは生徒という立場から学園の運営や、同じ『ペガサス』を導くものではなく、学園を運営する大人たちと『ペガサス』の間に挟まれる緩衝材となるのが主な役割なのだから。

 

だから嫌われて、疎まれて、憎まれて当然なんだ。だってそれが大人達が求めて居る生徒会長としての役割なのだから。

 

能力なんて関係ない。そもそも与えられる仕事自体が、やり方さえ分かれば誰だってできるような簡単なものばかりだ。そのやり方すらまともに教えてくれないけども……ただ、この身が擦り切れるまでに大人の声を聞いて、『ペガサス』に敵意を向けられることだけを求められている。

 

だから縷々川リーダーは生徒会長にならなかった。できない理由があった。そして私が生徒会長になることは何よりも都合がよかった。

 

無知な私は、なにも知らなかったけど、縷々川リーダーは確かに数多くの功績を築き上げてきたが、中等部『ペガサス』の一部からは、自分たちを使い捨ての駒としか思っていないと悪い評価が蔓延していた。

 

――たぶん、間違っていないと思う。なにせ彼女は多数の利を得るためならば少数を切り捨てられる。根っからの指揮官タイプなんだ。考え方が政治家寄りって言い換えてもいい。

 

そんな縷々川リーダーはグループ内では支持されていたが、中等部全体を見れば危うい立場に置かれていたらしく、変わらず先導している姿を見せているからこそ、現在の中等部は、どうにかバランスを保っていた。

 

――だから縷々川リーダーが生徒会長になってしまえば、中等部のバランスは崩れてしまい、瓦解していた可能性があった。……そして逆に縷々川リーダーはこうも考えた。中等部ペガサスの誰かを生徒会長として祭り上げれば抱えている不平不満が、そっちへと向き、アルテミス女学園中等部という“組織”は安定するかもしれないと。

 

生徒会長という役職自体が、学園を管理する大人に向けられる『ペガサス』たちの負の感情に対する肉壁的存在だ。知将と謳われる縷々川リーダーが利用しないなんて事はありえなかった。

 

――貴女が選んだことでしょう! 縷々川リーダーに生徒会長を代わってってお願いしたとき、にべもなく断わられた時の事を思い出す。その時の顔は鏡で見た自分と同じようでひどく辛そうだった。彼女もまた立場に翻弄されている『ペガサス』なんだと、後になって理解した。

 

縷々川リーダー……。リーダーってもう呼ばなくていいか、縷々川茉日瑠のことは恨んでるし、考えるだけで嫌になるけど、政治や組織あたりの知識を得るごとに彼女に同情していった。

 

――でも許せない。許せるわけがない。手を挙げたのは私だ、でもそんな愚かな自分を、あの人は黙って利用した。

 

「――じ、地獄に落ちればいいのに……い、今の無し!」

 

人を呪わば穴ふたつ。自分が恨んだことで縷々川茉日瑠が地獄に落ちるようなら、自分だって落ちてしまう。流石に考えすぎだとは思うけど、いまはただ少しでも地獄へといく可能性を減らしておきたかった。

 

「仕事したいな」

 

地獄回避にもっとも重要となるのが善行。良いことや、人として当たり前のことをすると、罪が緩和されるという、なので生徒会長として真面目に業務を行えばいい感じになるのではないかと、頑張ってきたのだが、もうやることはほとんど終わらせてしまった。

 

地獄に落ちた場合の予行練習を思いついたのも暇になったからだ。学園中を掃除したり、誰かのために色々と頑張ろうって考えたけど、外は怖くて出歩けない。

 

中等部ペガサスたちは親の仇を見るように自分を睨んでくるし、ペガサスによっては危害を加えてくる。思い出すだけで、本当に辛い。

 

でも、ちゃんと善行が積み上げられているのか、最近いいことがあった。それもふたつ。

 

ひとつ目は高等部の大先輩にして、あのアルテミスの化身こと 喜渡(きわたり)先輩が訪問してくれた。

 

最初は怒らせるようなことをしたのかと思ってビクビクしていたのだが、なんと自分を心配してくれて声をかけに来てくれた。

 

多分、喜渡先輩なりに、後輩の私に生徒会長の役目を負わせてしまったことを気に病んでいる様子で、変わってあげるとは言ってくれなかったが、いつでも話なら聞くよって言ってくれた。

 

雑な対応にも思えたけど、自分が求めていた事そのもので、そもそも心配して会いにきてくれたという時点で、生徒会長な私を慮ってくれている『ペガサス』がいるって知れて、なんというか結構救われた。

 

できればまた会いたいけど、あの人の側にいつも怖い先輩が居るから会いに行きづらい。高等部に進学したら、また変わってくるかな? 次の大規模侵攻生き残ってほしいな。活性化率ヤバいって噂もあるし、なにか出来ることがあったらやろう……戦闘以外で。

 

そして二つ目は、なんと中等部ペガサスのひとりと交流を持てて、部屋にも定期的にお邪魔できるようになった事だ。

 

その『ペガサス』の名前は『(すずり)夜稀(よき)』。縷々川グループに所属している技術者で、雑用係であった私とは違って、天才的な技術力を買われて戦闘免除を許されている凄い同級生、縷々川茉日瑠と一緒で、当時は雲の上の存在と認識していた『ペガサス』だった。

 

そんな硯との出会いは、ちょっと用事があって中等部校舎へと赴いたとき、辛すぎて立ち止まり、ぐるぐると思考の渦に呑まれていたところに偶然出会った。

 

あんまりにも見ていられない様子だったらしく、自部屋に深夜までと匿ってもらった。特に会話すること無く、手作りらしい寒暖両用炬燵に入りながら、硯は機械部品を弄っていて、私はただそれを見ているだけの時間だった。

 

でも、何も聞かないでくれる誰かと一緒にいる時間は、その時ばかりは嫌な事を忘れさせてくれるのに充分だった。だから硯からすれば最初で最後だったかもしれないけど、久しぶりに満たされた人恋しさに尾を引かれて咄嗟にまた来てもいいかと尋ねたら、まさかの了承を得ることができた。

 

とはいえ、彼女の立場を考えれば、生徒会長の私が近づくべきではないのは重々承知だ。もしも交流があると縷々川グループの誰かにバレでもしたら、縷々川茉日瑠は組織崩壊や不信増加を回避するために、多大に悩むとは思うけど硯になんらかのペナルティを与えるだろう。そうなったら流石に申し訳なさすぎる。

 

中等部校舎に赴くのも怖い、リスクが高いというのも合わさって、極力会いに行かないようにはしている……まあ、ひとりが辛すぎてダメな事が多くて、生徒会室を離れるだけでもだいぶ心が和むから、そうは思いつつ部屋にお邪魔する頻度は多く成ってしまっているのが現状だけど……あ、だめだ。考えると行きたくなってきた。

 

「はぁ……」

 

本当なら釜ゆで地獄以外の予行練習もするつもりだったが、今日はもうそんな気分になれなかった。単純に辛いし痛いし無理、時間を置きたい。また明日にしよう、こういう考えが駄目なんだろうか? 駄目なら駄目と誰かに言ってほしいけど、誰もそういった事を言ってくれる人がいないので、自分で決めるしかない、だったら仕方が無い。

 

――まだ可能性の話だけど“卒業”したら地獄に行くというならば、せめて現世では少しでも楽しく生きたいと考えるのも罪になるのかな?

 

――コンコンコン。

 

「っ!!?」

 

扉を開こうとしたとき、外からノックがされた。あまりにも驚き過ぎて返答することなく机の裏に隠れる。

 

「え? あ……だ、だれ?」

 

――コンコンコン

 

「ひっ!?」

 

問いかけるが、自分でツッコミしたくなるほど声が小さい。案の定聞こえなかったのか再度ノックが行われる。

 

――生徒会長に好き好んで来る『ペガサス』なんて限られている。愛奈先輩はノックの後にすぐに大きな声で名前を呼んでくれたから違う別の誰かだ。

 

「や、やだ……」

 

――もしかして、もしかしてなのだろうか? 可能性はずっと考えていた。恨まれる以上、そういった事をしだす『ペガサス』が出てきてもおかしくない。恐怖ですくむ体を動かして、なんとか机の引き出しから予行練習用に自腹で購入したナイフを握るが震えすぎて落としそう。

 

――怖い、どうしよう、ひとりだったら隙を見て逃げる。複数だったら? なんとか説得する? でもどうやって? 怖い、怖い――誰か助けて――。

 

集団で攻められたら一貫の終わりだ。そもそもひとりだったとしても雑魚な私がまともに『ペガサス』と戦えるとは思えない。こんな事なら活性化率が上がってでも戦闘訓練を行なっておけばよかった。漫画で見た護身術を必死に思い出すが役に立ちそうにない。

 

――お願いだから、はやくどっか行ってと机の下に隠れて、息を殺しながら祈る。

 

「――野花? 居ないの?」

「……え? あだっ!? ひえっ!?」

 

扉の奥から聞こえた声に聞き覚えがあって、また私の事を名前で呼ぶのは愛奈先輩と、今はもうひとりだけだと驚いて立ち上がってしまい、机に頭を打ちつける。その拍子に落としたナイフが足元に突き刺さり、肝を冷やす。

 

「~~っ! ま、待って!? いま開けるから!」

 

帰らないように声を張り上げて、必死に足を縺れさせながら移動して、躊躇なく扉を開いた。すると予想通り、同じ雑用係であった友達がひどく気まずそうな顔で立っていた。

 

「……ひ、久しぶり。――?」

 

大規模侵攻が終わった日以来の再会。名前を呼ぼうとして喉から出なかった。どうしてだと何とか口に出そうとしている間に会話が進んでしまう。

 

「う、うん。久しぶり野花……ボクの事覚えてくれていたんだね。げ、元気には……してないよね……」

「まあ、うん……」

「……」

 

当たり前の話だが、あまりにも気まず過ぎて会話が続かない、おそらく私は友達と同じ顔をしてしまっているのだろう。

 

「……えっと、な、中へどうぞ?」

「あ、ありがとう……」

 

このままではいけないという気持ちで、無理にでも口を動かして、なんとか生徒会室へと招き入れる。

 

「あー、その……座る?」

「いや、だいじょうぶだよ……」

「そ、そう……あ、じゃあそっちで」

「別にそこでいいよ……こっちでもいいけど」

「じゃ、じゃあ、ここで……ふ、えへっ」

 

どうしていいか分からず、友達が立ったままでいいと言うので、自分だけが座るわけには行かず。その結果、ふたりで立ったまま会長用デスクを挟んで話をするという結構、意味の分からない状況になってしまい変な笑い声が出てしまう。

 

「……生徒会長の仕事大変だよね」

「う、うんまあ。そうだけど……うん」

 

私も、そして友達も言葉を選んで探り探りで会話を進めていく、お互いの視線が左右に揺れて落ち着かない。そうだ。私たちはこんなところが似ていて気が合ったんだ。

 

「そっちも……大変なんだよね? 『プレデター』と戦ったりとか、……えっと……き、聞いたよ?」

 

話したいことはたくさんある。“卒業”した友達の事とか、最近どうしてたとか、というか何で生徒会室に来たのかとか、そもそもあの日、どんな気持ちで私を見ていたのとか、色々と思い浮かんだけど口から出たのは全く別の質問だった。

 

「そうだね……。雑用係は活性化率に余裕がない先輩と交代になった。野花も知ってると思うけど、ほんと戦いはダメダメでさ。結構〈魔眼〉も使ったり……」

「え? 大丈夫なの?」

 

思わず素で言ってしまう。彼女の〈魔眼〉は強力であるが、活性化率を大きく上昇させるものだったはず。だから使い勝手が悪くて、戦いも下手くそだから雑用係に回されたって言っていたのを覚えている。

 

「大丈夫かって言われたら、ぜんぜん大丈夫じゃないよ」

「あ、そう、だよね……ごめん」

 

それはそうだ。活性化率が上がってるんだ。完全に言葉を間違えたと謝る。ビクビクしながら友達の顔を見ると、怒っている様子はなくてホッとする。

 

「それでっ! なんで生徒会室に来たの!?」

 

それでも、このままだと余計に気まずくなりそうだったので強引に本題へと入る。

 

「その……謝ろうと思って、あの時……冷たい態度をとってごめん」

 

そういうと友達は、勢いよく頭を下げた。あの時とは大規模侵攻が終わった日の事だろう。

 

そう、そうだ。私は彼女に酷いことをした。大規模侵攻が終わったとき、とち狂ってお疲れ様会をしようと待ち構えて、帰ってきた彼女に、無遠慮に声をかけてしまったのだ。そして、もうひとりの友達が見えないと彼女の前で何度も何度も名前を呼んだ。“卒業”しているとは考えもせずに。

 

――ああそうか、名前を呼べないのは、あの時のがトラウマになっているのか。

 

「ううん。あれは私が本当に酷いことしたから……ごめん!」

 

気がつけば自然と謝罪を口にして、自分も同じように頭を下げた。それからしばらくしてゆっくりと顔を上げると、同じように顔を上げていた友達と偶然目があって、お互い吹き出してしまう。

 

申し訳なく笑う中で、なんだか許された気がして心がとても軽くなった。こんなに心が軽くなるのはいつぶりだろう。

 

「それで? わざわざ私に謝りに来てくれたの? 相変わらず律儀だねぇ〜」

 

自然と、昔のノリで話しかけてしまう。どこかで戻りたいって気持ちが先走ったのかもしれない。やっぱり私はバカだ。心の中でも名前で呼べないのに昔に戻れるとか、友達も同じように真面目な野花には負けますよって返してくれるって何故か、そう思ってしまった。

 

「……うん、それでその……ひどく言い辛いんだけど、野花にお願いがあって」

「――お願い?」

 

自分に謝りに来てくれただけと信じ切ってしまっていた私は、想像外の発言に思考が停止する。えっととか、そのとか、ひどく歯切れの悪い友達は、ついに意を決して、ずっと握りしめていたものを私に見せた。

 

「……え? …………は?」

 

――頭が理解するのを拒絶する。友達が握りしめていたものは分かる、分かるからこそ理解したくない。活性化率を測れる検査機器。その数値は【94%】って表示されていた。あと1%で抑制限界値を超える。

 

数日後か、今日か、数時間後か、数分後か、それともたった今か、『ALIS』を握るなど、ほんの些細な切っ掛けで友達は……『ゴルゴン』になる。

 

「……………な、なんで?」

 

ぐるぐると言葉が浮かんでは消えて、結局出てきたのは、それだけだった。

 

「大規模侵攻で〈魔眼〉をたくさん使っちゃって、その後も、この数ヶ月間で独立種とかの時に、ほらボクのって移動系だから、奇襲とかにね……縷々川リーダーに言われたら逆らえなくて……それで、二日前に久しぶりに調べたらさ……びっくりしちゃった」

 

びっくりしちゃったではないが? なんでこんなになるまで放っておいたの?? 自分では叫んだつもりであったが、声に成らなかった。

 

「で、でも縷々川グループって毎日活性化率を書き込むの義務化していたよね?」

 

やっと思いで、なんとか問いかけるも、いっさいパニックから抜け出せていない。

 

「嘘書いちゃった」

「嘘って……はぁ?」

「その……大規模侵攻が終わって測った時には80%……85%は超えていて、それから怖くて測るのも嫌になって、てきとーに書いて出して、あれってバレないんだね……初めて知ったよ……」

 

罪悪感はありますと言った感じに語られる内容に二度目の絶句。いやおかしい。縷々川が誤魔化しに気付かないなんて、よっぽど余裕がないのか? いや、違う。そうじゃない。考えるところはそこじゃない。

 

気持ちはわかる。気持ちはわかるよ。活性化率を隠したいのは。“卒業”するのは怖いものね。だったら隠すよね……違うこれでもない。

 

じゃあなんだ? 私はどうすればいいんだ? なにが正解なんだ? 94%ってなんだ? あと1%ってなに。どうして逆じゃないの? そんな顔しないで、さっさと言いたい事を言ってほしい。

 

「野花……生徒会長の力とかで……その、なんとかならない?」

 

――なんとかってなに? 匿えってこと? それでどうなるの? 

 

「……あ」

 

活性化率は下げることなんてできないし、じゃあ“卒業”しないように取り計らってどうなるの? いつ『ゴルゴン』になってもおかしくないんだよ? 私だって“卒業”したくない、死にたくないから友達だからといって、いま目の前で話しているのも怖いよ。

 

「……う……」

 

でも友達を見捨てたくない、できるならどうにかしてあげたい。じゃあどうすればいいんだ? そうだ、私は生徒会長だから、どうにかしないと、こういう時は確か“進路相談”をするんだった。いやだめだ、したら私が“しない”と行けなくなる。

 

「えっ……と…………」

 

生徒会長の権力目的でも、わざわざ私に会いに来てくれたんだ。おかげで昔のように笑えたし、やっぱり“卒業”してほしくない。でも、なにが出来るっていうの? このまま匿って『ゴルゴン』が現われて、仮に私が“卒業”しなかったとしても、責任問題で“退学処分”になってもおかしくない。一巻の終わりだよ。

 

「…………な……ん……」

 

なんで、もっと早く――もっと早く来てくれなかったの? 私待っていたのに、生徒会室で、一緒に生徒会になるのを、なのにどうして? やっぱり貴方だって“卒業”するのは怖かったんじゃん。だったら、大規模侵攻が起きる前に、ふたりともここに来てよ! なんで今更会いに来たの!?

 

 

――最後の最後でっ! 私に教えないでよ!

 

 

「……ごめん!」

「………………え?」

「こんなこと、急に言われても困るよね……ほんと、ごめん」

 

あははと視線を逸らしながら笑う友達。ふと、私は分かりやすいって、ふたりによく揶揄われていたのを思い出す。どんな顔をしていたのだろう。

 

「話を聞いてくれてありがとう、ボクひとりでなんとかしてみるよ」

 

そう言って私に背を見せて、外へと出て行こうとする。どうやら彼女は帰ってくれるようだ。本当によかった。

 

――良かった? 本当に? このまま帰らせていいの?

 

このままだと、『ゴルゴン』になるなり、毒を飲むなりして、それか飲まされるなりして友達が“卒業”してしまう。嫌だ、でもどうにもできないから、待ってと呼び止めることも、見送る言葉も言えない。

 

それにもし、もしも友達が、中等部校舎で『ゴルゴン』になったら、たくさん“卒業”してしまう。彼女の事だ。たぶん最後まで悩んで、そのまま時間切れとか普通にあり得る。

 

――そうすればどうなる? 中等部寮とかに『ゴルゴン』が現われるのかな? ああ、それだったらまあ……もうどうにもできないならいっそ…………見なかった振りをして、このまま硯の居る中等部寮に……………………………………………………――――――。

 

「――――野花?」

 

気がつけば、床に落ちていたナイフを拾い上げて、友達の背中を追っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………野花」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……野……花…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「の…………は……――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――戸棚の引き出しの中は暗くて体に付いた色も気にならない。扉を閉めれば嫌なものが見えなくなった。このままずっとここに居たい。

 

あーあ、どうしてこうなったんだろう? 生徒会長に成りたいって手を上げたからかな?

 

たったそれだけでこうなるなんて、想像できたほうがおかしいよ。

 

「――私は」

 

これで言い訳が付かなくなっちゃった。死んだら確実に地獄行きだ。だって友達を殺したんだもん。仕方ないって同情はしてくれるかもしれないけど許してくれないよ。

 

「――――私は」

 

でも、なんだかずるいなぁ、見た感じ、ちょっと狙っていた気がする。だって抵抗しなかったし、途中から諦めて目を閉じて何も言わなくなったし、私もできれば、あんな風に誰かの手によって殺されたかったな。

 

 

「私は――“ボク”は――」

 

――あーあ――逆だったらよかったのに。

 

+++

 

――コンコンコンコン。

 

――ここしばらく蝶番が寮に来なかった。なにかあったのかと嫌な予感がしたために、生徒会室へと赴いていた。

 

誰かに見られていないか周囲を警戒しながら扉を四度ノックする。

 

「蝶番、いる? 硯夜稀だけど……蝶番?」

 

返事はない、居ない可能性も高いが、炬燵に絆される彼女が、ぼそっと最近は生徒会室に引きこもっていると呟いていた。

 

「……入るよ」

 

もしかしてもう、そんな不安を抱えながら、意を決して扉を開いた――。

 

 






――野花ありがとう、でも、それだと“卒業”できないよ。もっと上を刺して、早く終わらせて、お願い。
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