くるがい 短編集   作:庫磨鳥

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【推奨】:2章既読。[九重ハジメ ce2]の既読


九重ハジメ ce3

 

 ──迷惑を掛けられること数知れず、気が気じゃない目に何度も遭わされた。でも、それ以上に先輩として沢山のことを教えてくれて、『アイアンホース』らしからぬものを沢山与えてくれて、自分の心を癒やしてくれた。

 

 (ハジメ)先輩は、(フタ)にとって『アイアンホース』の先輩である以上に、お世話が必要な大きな妹のようで、自分を守ってくれる姉のようで、偉大なる母親のようで、どんな時でも、どんな窮地でも、決して揺らぐことなく、乗り越えてしまうお調子者であった。

 

「……先輩?」

 

 ──だからか知らぬうちに、(フタ)は先輩のことを特別だと錯覚するようになった。頭にある知識とは別に、なんとなく、ずっと続いていくんじゃないかと思うようになってしまった。

 

 【303号教室列車】に搭乗してから二年目となる数日前、ほどよく雲掛かった青空、森林地帯内、作戦にて運行の妨げになる可能性が高いプレデター群の掃討、狙撃手である(ミツ)は教室列車へと既に帰還済み、(ハジメ)先輩とふたりきりで帰路の途中。

 

 ──そんな『アイアンホース』にとって、普通と言ってもいい日に、己のお気楽な思考が勘違いだったと気付かされる。

 

「……(ハジメ)先輩? どうしましたか? ……あ、もしかしてまた変な柄のキノコでも食べたんですか……?」

「んー、どうかしたというか、あとちょっとは行けると思ったんだけどなっていうか……」

 

 (ハジメ)先輩が突然足を止めたと思えば、『プレデター』によって強引に倒された大木の上に座ると、足をぶらぶらして何かを考え始めた。

 

「なにを言ってるんですか、本当にいつも飽きませんね……」

 

 どうせ、ルートを変えて探検しようとか言い出すのだろう、そうやって(フタ)は、(ハジメ)先輩の急な態度に、いつものが始まったぐらいにしか思わず、呆れた溜息を吐いた。それぐらい何時もの調子に見えたのだ。

 

「…………ごめん、自分はもう【303号教室列車(サンマルサン)】に帰れないや」

「もうほんとに…………え?」

 

 至っていつも通りに放たれた謝罪、その内容の重さに、(フタ)は遅れて気がつく。

 

「……な、なにを言って……いるんですか?」

 

 きっと(ハジメ)先輩の言い間違いだ、あるいは自分の聞き間違えだと(フタ)は震えた声で問い返す。

 

「──活性化率がね、【90%】になっちゃった」

 

 『アイアンホース』には必ず金属の首輪が嵌められる。それは車掌教師が居場所を把握するためのGPS装置であり、活性化率を常に計る検査装置であり、内部に仕込まれている毒針によって、『アイアンホース』を“卒業”するための装置であった。

 

 そんな首輪には、装着している『アイアンホース』の活性化率が【90%】に達した時、自動で毒針が刺さる機能も存在する。

 

「……嘘です、だってそれなら毒針がすでに(ハジメ)先輩を──!」

「それはほら、後は帰るだけだけど、今はまだ任務中だから限定的に解除されているだけだよ。だから列車に帰ったら作動すると思う。今だってきっと……先生の恩情だと思うしね」

「いやだって、先輩が“卒業”だなんて……っ!」

 

 『アイアンホース』である以上、突然の別れは当たり前のように起きるものだ。だからといって心の準備なんてできている筈もなく、(フタ)は、途中から(ハジメ)先輩の声を認識できないほど、絶望のどん底へと叩き落とされる。

 

「だって、先輩は……先輩で……」

 

 ──こんな任務の、それも作戦自体は成功に終わった帰り道で、これからまだ【303号教室列車】での掛け替えのない日常が続くんだと安堵した数分後、あんなに活性化率に過敏に反応したのに、あんなに〈魔眼〉を使わないでほしいと願っていたのに、本当にどうしてだか、いつのまにか(ハジメ)先輩は他の『アイアンホース』とは違うんだと、(フタ)は根拠のない盲信を抱いていた自分にようやく気がついた。

 

「本当に突然でごめん! 言って今日は行けるかなって思っちゃって口にしなかったんだけど……無理だったね」

「ばっ……なんで言ってくれなかったんですかっ!?」

 

 思わず口から吐き出しそうになった罵倒を飲み込み、知れていたなら、やりようがあった。いつものように戦わせることだってしなかったのにと問い詰める。

 

「うっかりうっかり……って、流石に最期にこれは駄目だよね。ちゃんと答えるとね、それで可愛い後輩たちに負担を強いたくなかったし、無茶して欲しくなかった。活性化率が余計に上がっちゃうような事をしてほしくなかったからだよ」

 

 『アイアンホース』の戦闘において、個の負担が増えるという事は、そのぶん活性化率の数値が上がりやすくなってしまう。

 

「そんなの別にっ! 先輩が“卒業”するぐらいならっ!」

「違うよ、(フタ)がどうこうじゃなくて、私が嫌だったからって話──後輩には長生きしてほしいじゃん」

「だからって! ……あんまりじゃないですか……!」

 

 (フタ)は帽子を深く被るだけでは受け止めきれず、俯いてしまう。もう今更何を言ったって(ハジメ)先輩の活性化率が下がるわけじゃない──。

 

「あー……(フタ)、本当にごめんね。でもそろそろ【303号教室列車】に戻って、ね、おねがい」

 

 ──だからって納得できるわけがない、離れたくない、お別れしたくない。自分ひとりで帰りたくなんてない!

 

「なんとか、ならないんですか? なんとか……自分がっ! なんとかします! 先生を説得して、せめて抑制限界値まではいられるように頼みますから! 一緒に、帰りましょうよ……!」

 

 勝算が無いのは承知の上だ。後先の事なんていまはどうでもいい、(フタ)はとにかく一緒に【303号教室列車】に帰りたい一心で説得を試みる。

 

「無理だよ、先生は優しいけど、甘くは無いから、ちゃんとする所はちゃんとするよ……そういう所も好きになったんだから分かるんだ」

「……そう、先生です……。良いですか、このままで、せめて先生と何か……このままじゃ、なにも」

 

 (フタ)は懸命に、先生を引き合いに出して説得を続けようとするが、けっきょく恋心について理解が及ばなかったために、その内容は自分でも分かってしまうほど内容が固まらず、しどろもどろの稚拙なものとなってしまう。ああ、どうしてもっと先輩のことを知ろうとしなかったのか、自分からもっと話しかけなかったのか後悔に襲われるが、もう遅い。

 

 (ハジメ)先輩は申し訳無さそうに苦笑した。

 

「──自分は『アイアンホース』で、あの人は先生なの」

「先輩っ!!」

「この気持ちが、この恋が無茶なものだって、初めから判っていたよ」

 

 どれだけ人間らしく振る舞おうが、『P細胞』の有無、『ゴルゴン』に成る成らないという絶対的な生物としての差。(ハジメ)は承知の上で、ずっと先生に愛を宣言し続けていたという、そんな『アイアンホース』らしく、もっとも彼女らしくない諦念の事実に、(フタ)は絶句した。

 

「じゃ、じゃあなんで好きだって、愛してるってあんなに……っ!」

「あー、言っちゃうと我慢できなかったからってだけなんだよね。好きだって、愛してるって気持ちって凄く溢れてくるんだよ。だから隠すのってすごく辛くって、逆に吐き出しちゃうと、とっても幸せな気持ちになるから……まあ、いつものやつですねー」

 

 そう言ってはにかむ姿が(フタ)には酷く儚げに見えた。

 

「──自分は幸せだったよ」

 

 (ハジメ)先輩は、己の恋を成熟できるなんて一切思っていなかった。正直に自分の気持ちを伝えている行為に、夢も含まれていなければ望みも無く、ただ懸命に終わりまで自分らしく生きようという気持ちだけで今までやってきた。

 

「先生のことを想っているなら、好きだとか愛してるとか、本当はこういう事を言わない方がいいって分かっていたしね……言えるだけ幸せだったんだ」

 

 結局まともに会話することは無かったが、(ハジメ)先輩はゼロ先生が、自分に好意を向けてくれる『アイアンホース』が“卒業”してしまう事に傷つく優しい人だと確信していた。あの不器用な態度も、そういった思いが関係しているのだとも。

 

「本当は、好きな人の手で“卒業”したかったけど、自分は貰い過ぎて、先生に与え過ぎちゃったから少しでも軽くできたらねって……だから、これでいいの」

 

 (ハジメ)先輩は、最期ぐらいは負担を少しでも軽くできるようにと己の理想の“卒業”を捻じ曲げてまで、【303号教室列車】に戻らずに、自らの手で“卒業”すると決意した。

 

「だって、私は先生が大好きなんだもん……あっ、もちろん恋愛と後輩愛って種類が違うだけで、(フタ)(ミツ)も大好きだからね!」

「どうして……そんなこと言うんですか? そんなこと言うなら諦めないでくださいよ──!」

 

 現実を認識したくないと言わんばかりに、(フタ)は帽子で視線を遮りながら、感情のままに叫ぶ。

 

「自分はぁ!! ……もっと! ……先輩と……」

 

 ぐちゃぐちゃで発狂しそうな心とは裏腹に、言葉の勢いは逆に萎んでいく。

 

 ──なんにしても、もう駄目な事が、どうしても分かってしまう。『アイアンホース』である以上、活性化率が【90%】となってしまった時点で“卒業”しなければならないのは絶対的なルールなのだ。

 

 それに、もしも抑制限界値まで“卒業”しなくていいとなったとして、もう少しだけ一緒に居られるようになったとして、どうすればいい? どう過ごせばいい? (フタ)は思いつけなかった。

 

「仕方ないよ、自分たちは『アイアンホース』なんだから」

 

 (ハジメ)先輩が寄ってきて、(フタ)の頭を撫でた。

 

(ミツ)のことお願いね。本当は直接お別れが言いたかったけど、うん、流石にね。あの子、心が弱いから支えて上げてね」

「……できません」

「できるよ。だって自分のお世話ができたんだから、いけるいける!」

「……それ、自分で言うんですか?」

 

 顔を上げれば、何時もの(ハジメ)先輩が目の前に居た。少なくとも(フタ)にはそう見えた。

 

「あー、そういえば装備、どうしようか? うーん、結構自分用に作り替えちゃってるし、このままでいいかな?」

「……なにか、ください」

 

 そしていつもの軽い調子で、いま思いついたと、そんな事を言い出す(ハジメ)先輩に、(フタ)は自然と“卒業記念”となるものを求めた。

 

「そうだねー、あ、そうだ。じゃあこの子でいいかな? あんまり邪魔にならないと思うし」

 

 そういって手首の裾から出したのは【KG1-SS(ワン・レス)】と呼ばれる、小型のピストル型ALISであった。その小ささ故に威力が低く、小型の『プレデター』ですら倒せるものではない、“1戦力にも成れない装備(1 or less)”という蔑称で呼ばれるほどの失敗作。

 

 しかしながら、【KG1-SS(ワン・レス)】は幾度もなく持ち主である(ハジメ)を含めた【303号教室列車】の『アイアンホース』の窮地を救ってきた『ALIS』であった。『プレデター』を倒せなくても、その意識を誘導したり、装置の起動に使用したりと、数多く活躍し、気がつけば【303号教室列車】の『アイアンホース』にとって、【KG1-SS(ワン・レス)】は神聖視とまでは行かないものの、自体を好転させる効果を持つ御守りのような立ち位置になっていた。

 

「──はい、頂きます……」

 

 片手に収まってしまうほど小さく最軽量である一丁の銃型ALISが、やたら重く感じた。

 

「無理して使わなくて良いからね、あっ、(フタ)にあげるなら(ミツ)にも……って、駄目だよね。うん、代わりに帰ったら抱きしめて上げて」

「……はい」

「うん、ありがとう……うん、そうだね。さてそれじゃあ、もう終わらないとね」

 

 不自然なほど先生からの確認連絡が来なかったために気づけなかったが、とっくの昔に予定帰還時刻は過ぎている。

 

 (ハジメ)先輩は不慣れな敬礼を以て最期の挨拶を行う。

 

「今までありがとう。(フタ)、貴女が【303号教室列車】に来てくれて、可愛い後輩になってくれて本当によかった、本当に楽しかったし、幸せだったよ……あ、ごめん、(ミツ)にも、そう言ってくれる? さすがにこれはね、お願い」

 

 最後まで先輩らしいお願いに、(フタ)は錆びたブリキのように重たい挙動で敬礼を返す。

 

「じゃあね」

 

 (ハジメ)先輩は(フタ)の肩を掴み、後ろを向かせる。そして肩を優しく叩いたあと、背中をそっと押した。

 

 優しい合図に従い、(フタ)はゆっくりと歩き出した。

 

「そのまま振り向かないで進んで……長生きしてね──」

 

 最後の先輩からの命令だと言い聞かせて、(フタ)は言われた通り、振り向くことなく歩き続けた。

 

 +++

 

 ひとりぼっちの帰り道、決壊しそうになる感情を、どうにか押さえ込み、【KG1-SS(ワン・レス)】を握り締めて、(フタ)は、重くて仕方がない足をなんとかして動かし進んでいた。

 

 周囲を気にする余裕はなく、いま奇襲を得意とする『プレデター』が近くに潜伏しており、飛びかかられたとしても(フタ)は反応することができず、できたとしても無抵抗に受け入れてしまうだろう。

 

 ────タン──────。

 

 ──背後から想像よりも小さな音が鳴った。おそらく使用したのは(ハジメ)先輩の相棒であった【KG1-P29/M(ワン・トゥーナイン・マグナム)】ではなく、譲り受けたのと同じ【KG1-SS(ワン・レス)】のほうだ。

 

 小さいため口の中に入れやすいから、音が周囲に響かないから、理由はなんであれ戦闘以外で使われたのは確実だった。

 

「──う、あ────!!」

 

 自分たちを救ってきた小さな音による終了の合図に、(ハジメ)は声無き慟哭を発し、そして耐えきれず泣き叫び始めた。

 

 ──後に数字が繰り上がり(ハジメ)となり、アイアンホースの英雄となり、九重ハジメとなる少女は後ろを振り向かず、歩み続ける。それが(ハジメ)先輩の最期の命令(お願い)だから。

 






≪ああ、でもやっぱり、1度くらい好きって言ってもらいたかったな≫
――音声記録に残された最期の言葉。
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