艦隊これくしょん ~水平線の彼方へ~ 作:Yuuno_g4312
2013年4月、“それ”は突如として世界各地の海域に発生した。辺り一帯の上空は黒い暗雲が立ち込め、海面は漆黒の色に染め上り、中心部では強烈な渦潮の出現。そこから次々と湧き出てくる異形の生物たち。
その生物は、深海から発生してきたことから"深海棲艦"と呼ばれるようになり、やがて人類と敵対するように襲来した。
圧倒的な物量と、小柄かつ生物であるからかレーダーに映らないという特性を前に人類が有する従来の兵器群では有効的な打撃を得られず、常軌を逸した存在の前に次々と破れ、人類の制海権は無情にも“深海棲艦”に奪われた。
有史以来人類が開拓してきた海路は“深海棲艦”によって寸断され、今まで成り立ってきた海上輸送による資源のやり取りを封じられた人類は緩やかに破滅の道を辿ると思われた。
それから二年、人類は"深海棲艦"との絶望的な戦いを続けてきたが、ついに"深海棲艦"に対抗するための力を持つことに成功する。
“艦娘”、それこそが"深海棲艦"との戦いに唯一対抗できる少女たちの総称だった。外見は人と相違ないが、"深海棲艦"と同じ能力を有する少女たち。
年端も行かぬ彼女たち“艦娘”は人類たち大人から装備を与えられ、訓練を施され、"深海棲艦"との最前線へと送られていく事となる。
2015年6月、東京湾入口―――
かつては多くの船が行き交いし賑わっていた湾口だが、今や見る影もなく静まり返っている。その真っ白な海路を進む三つの航跡があった。
V字の隊形を組んでいるそれらは明らかに艦船ではない。傍から見ても制服を着た少女というべき者達であった。まるで氷上スケートをしているかのように海の上を滑っている。変わっているのは、彼女たちは大きな煙突の生えた機械を背負っており、手には砲塔らしきものを保持している。
まだ幼さが抜けぬ彼女たちの正体こそが“艦娘”だった。人類が"深海棲艦"に対抗できる唯一の力。
彼女たちの滑らかな足取りとは裏腹に、三人の表情は緊張で強張っていた。それもそうだろう。これから彼女たちにとって初めての戦闘になる。
≪00より10、まもなく関東絶対防衛線の外に出る。哨戒艦からの情報だ。目標数変わらず。駆逐艦級が九体。接近ルートもそのまま。送れ≫
彼女が耳に装着しているインカムに無線が入る。
「りょ、了解なのです!」
10と呼ばれた少女は声を強張らせ、無線の応答要領を忘れたまま答えた。三人の中では最も幼い顔つきをしている。
≪00より10、電(いなづま)、落ち着け。訓練通りやればいい≫
無線越しにその緊張が伝わったのか、無線の相手は声を柔らかくして無線を送ってきた。
≪いいか、忘れるな。足を止めるな。止めたら的になる≫
通信規則から考えると本来なら不必要な無線は送信すべきではないのだが、敢えてその無駄かもしれない無線を送った。少しでも彼女の緊張をほぐせるように、と。
「はいぃ・・・」
「分隊長のあんたが緊張してどうするのよ。ただやるだけでしょ」
V字隊形の前衛として前方を先行していた二人の内、一人の少女が振り返りながら言う。気の強そうな顔にサイドテールに髪をまとめ、勝気な態度を振りまいている。だがそんな彼女も緊張の色を隠せていない。
「あ、曙(あけぼの)ちゃん」
先行しているもう片方の少女がオドオドと心配そうに振り向く。その長い黒髪が風の流れに乗り、ふわりと浮く。本人の動揺が頭のアホ毛に伝わっているのか、小さく震えている。
「潮(うしお)、あんたもビビりすぎよ」
「でも・・・」
「二人とも、ぼ、防衛線を出るのです!」
電が声を上げた。防衛線を示すブイの脇を通る三人。関東絶対防衛線は日本が設定した主要な防衛線のうちの一つだ。ここを敵に突破されると、首都圏や関東の主要な港が危険にさらされる。そのため、関東圏に配備された各種誘導弾・火砲がここをキルポイントと定め指向されている。
ここを出ると"深海棲艦"の支配領域となり、人類側の支援を受けにくくなる。あとは防衛線近くを哨戒している警備の艦艇や、上空を旋回し警戒監視にあたっている無人偵察機しかいない。
その事実が、三人の心に重く圧し掛かる。何かあっても誰も助けに来てくれない。
「しょ、哨戒艦を確認!」
潮が指をさす。小さな灰色の艦艇が見えた。哨戒艦との距離が縮まり、甲板に上がっている海上自衛官たちの姿が確認できる程になる。
哨戒艦は"深海棲艦"との戦闘で損耗した護衛艦に代わり量産され始めた警備用の小型艦艇で、各種武装を施された護衛艦とは違い、警戒監視に特化しているため戦闘力は乏しい。だがその分建造コストは安く済み、資源に乏しい日本でも何とか数を揃えることができている。
主に哨戒艦は戦闘に参加することはなく、各地域の防衛線付近に張り付いて"深海棲艦"の動向を監視し、何かあれば艦載の小型無人偵察機を飛ばして継続監視するのが任務だ。
哨戒艦からも電たちの姿が確認できたのか、甲板上に上がっている自衛官たちが手を振ってきた。電たちも手を振り返す。戦闘に参加する事もできず、ただ彼女たちを見送る事しかでいない彼らの心情はいか程のものか。
やがて哨戒艦も見えなくなり、いよいよ孤立する。上空にはゴマ粒ほどにしか見えないが、無人偵察機RQ-4グローバルホークが翼を広げ、装備されている電子光学機器で電たちを黙って見下ろしている。その画像は、遥か後方の各司令部に配信されている。また"深海棲艦"の動きを警戒監視するため、哨戒艦から発艦した小型無人偵察機スキャンイーグルが敵上空に張り付いている筈だ。
≪00より10、目標がまもなく視認距離に入る。準備はいいか?送れ≫
「・・・はい!」
「・・・見えた!敵確認!」
電が答えるとほぼ同時に、曙が声を上げた。シャチの群れのように、海上を滑走する敵の姿が見える。事前の情報通り、九体の敵が確認できる。駆逐艦級。複数種確認されている"深海棲艦"の内、最も小型に分類される敵だ。
「戦闘用意!」
「「戦闘用意!」」
いよいよ実戦だ。この時のために訓練を積み上げてきたのだ。覚悟を決めた電が声を張り上げる。それに負けないように曙と潮も声を上げた。
「分隊、10時の方向、接近中の敵駆逐艦級、左端の一体、指命!」
電の号令と共に、各々が有する火砲を敵"深海棲艦"と指向する。向こうもこちらに気付いたようだ。群れの動きが変針し、向かってくる。
敵の群れに砲火の閃光が瞬く。放たれた砲弾が電たちの前方に着弾した。大きな水柱が立ち、その砲撃の威力を感じさせる。
"深海棲艦"の駆逐艦級はそこまで大きいものではない。精々大型犬程度だろう。装甲も厚くない。非力な哨戒艦が有する57mm単装砲でも当たれば沈める事ができる。だがその小柄な駆逐艦級の放つ砲弾は人類側の12.7cm砲弾と同等の火力を持ち、各種電子装備を持つ代わりに厚い装甲を捨てた人類側の艦艇にとっては、たった一発といえども多大なダメージを被る。
事実、レーダーには映らない"深海棲艦"との戦闘で人類は視程内戦闘を挑まれ、厚い装甲を持たない艦艇で構成される艦隊は多大な損害を被った。
厚い装甲を持たないのは彼女たち“艦娘”も同様だ。例え一発でも当たれば負傷するだろう。ならば当たらないようにする。そのためには、足を止めない事。遠方の動いている小さな目標に当てるのは至難の業だ。勿論それはこちら側にも言える事だが。
ならどうするか。近接するまでの事である。
敵の放つ砲弾が傍を掠める。着弾した衝撃で水柱が周囲に次々と立ちあがり、水しぶきが頭に降りかかる。
「隊形を維持するのです!」
「ひぃっ!」
「ビビるな!足を止めるな!」
潮が悲鳴を上げ、頭を抱えようとする。恐怖で足が竦み、行き足が止まりかける。そんな潮に向かって、曙が活を入れるように叫ぶ。だが怖いのは彼女も一緒だろう。彼女自身、手の震えが止まらない。その怖さを誤魔化すように叫び、歯を食いしばる。
敵との距離が詰まる。目標は群れの一番端にいる個体。
「てぇ!!」
電の号令で一斉に砲撃を始めた。彼女たちが発砲した12.7cm砲弾が敵駆逐級に吸い込まれるように集中し、着弾した。目標周囲に水柱が立つ。
「挟叉!続けててぇ!!」
第二斉射、ついに砲弾が敵を捕らえた。爆炎が上がり、爆ぜた敵の肉片らしきものが飛び散る。
「や、やった!」
「どうよ!」
初戦果に声を上げる潮と曙。その中、電は冷静に次の目標を定めていた。この分隊の指揮を執る分隊長という役職を任されていたからか、戦闘に突入してから自然と恐怖というものを忘れる事ができた。指揮を執るという緊張感が、電の心を冷静にする。
数の上では圧倒的に敵側の方が優位にある。これを制するのは統制の力だ。敵は電たちを闇雲に狙っている。それに対しこちら側は射撃統制により、一体ずつ確実に狙い沈めていく。
「目標変換!」
電の号令で三人は次の目標に的を絞った。群れの中で孤立気味の敵を狙う。
「てぇ!」
初弾から命中した。脱落する敵影。あと七体。
まだ二倍以上の敵がいるが、曙は不思議なことに負けるのではないか、という気は起きなかった。先程までの恐怖感も消えている。ふわふわとした、不思議な昂揚感が心を満たしている。
「や、やれるじゃない!この調子で・・・」
次の瞬間、一発の砲弾が曙を襲った。
「ぅあっ!?」
「曙ちゃん!」
「だ、大丈夫よ・・・」
顔を煤けさせ、爆煙の中から出てくる曙。
「そ、損害報告!」
「艤装に損害!でもまだ航行できる!」
曙が背負っていた擬装は煙突をはじめとした上部構造物がひしゃげていた。だが幸運な事に、機関部をはじめとするバイタルパートは無事であった。分隊員の被弾に肝を冷やした電であったが、無事と知りホッとする。
「戦闘続行!」
残りの敵が殺到する。今の自分たちの戦闘能力では囲まれたら不利だ。電たちは敵との距離を一定に保とうとする。
激しい砲撃戦の末、何とかさらに三体の敵を屠る事に成功する。数を半数に減らされた敵は電たちを脅威ととらえたのか、踵を返し離脱を図った。前衛として前に立っていた潮もその敵の動きに気付き、報告する。
「も、目標転進!離脱していきます!」
「10より00、追撃の是非を問うのです!送れ!」
≪00より10、追撃は不要。帰還せよ。送れ≫
残りの駆逐艦級が黒雲立ち込める水平線の彼方へと消えていった。
「・・・10より00、追撃不要了解です。帰還します。終わり」
シン、と静まり返る海域。先程までの耳をつんざくような砲撃の轟音が嘘のようだ。
「これより帰還するのです。・・・曙ちゃん、大丈夫なのです?」
「だから大丈夫だっての!」
電はホッと胸をなで下ろし、三人は帰還の途に就いた。
横須賀基地の港口が近づいてきた。かつてはここも日本防衛の要衝として日本や米国の様々な戦闘艦艇が入港していたが、今や港には戦闘で損傷しボロボロになった艦艇が並んでいる。穴だらけで沈みかけている艦艇はどれも錆が浮いており、悲壮感を漂わせている。
「いつ見ても辛気臭い光景ね・・・」
曙が忌々しげに呟く。あと一歩間違っていれば自分たちもこうなっていたかもしれないと考えるとゾッとするが、運良く帰ってくる事ができた。
よく見ると桟橋で誰かが待っていた。ただ一人、ポツリと立っているのが見える。
「司令官!」
その姿を目ざとく見つけた電が声を上げ、三人は桟橋へと行き足を向けた。
そこには陸上自衛隊の迷彩服を着込んだ青年が立っていた。彼こそが無線の相手であり、彼女たちの指揮官であった。
彼は電たちと視線を合わせるように、その場にしゃがんだ。
「隊長と呼べ。皆、よく帰ってきた。・・・曙、怪我はないか?」
「ないわよ、クソ隊長」
ぷい、と煤けた顔をそらす曙。そんな彼女の何時もながらの反応に、彼は笑みをこぼした。
「よくやったな三人とも。三倍の敵に対してあの立ち回り。見事だった。報告書は後でいい。まずは休め」
「はい、なのです」
三人が並んでわいわいと賑やかにドックに戻るのを見送り、彼は立ち上がった。かぶっていた迷彩帽を脱ぎ、手元で弄る。
無線や電たちの前では指揮官として余裕のある態度を取っていたが、内心彼も非常に不安であった。今回の戦闘が彼女たちにとって初陣であったように、彼も初めて自らが指揮する部隊を戦地へと見送った。無人偵察機から送信される戦況の様子をただ見守る事しかできない状況で、彼も無事に三人とも帰ってくることができるのか、ただただ信じて祈るしかできなかった。
それがこうして無事に帰還できた事に、彼もホッとしていた。
≪見送る事に早く慣れないと、つらいですよ≫
「・・・分かっていますよ、香取教官」
この部隊に着任する前、“艦娘”の指揮に関する教育を担当した教官の言葉を思い出し、彼は独りごちる。指揮官が不安な様子を見せる訳にはいかない。一人きりの今、ここでしか吐露することを許されない。
迷彩帽をかぶり直し、彼は基地内へと戻っていった。
数日後、横須賀基地特別地区“鎮守府”隊舎―――
ここは“艦娘”運用にあたり、横須賀基地内に新設された特別地区である。通称“鎮守府”。海上自衛隊に属する施設群ではあるが、立ち入りは厳しく制限されている。横須賀基地内を強引に割り込むようにして作られた一種の聖域の登場に、基地内を迂回させられている不便さを理由に同じ自衛官たちからの噂はあまりよくない。
その中にある隊舎のとある一室、カーテンが閉め切られた中で彼、沢田 裕二は緊張気味の面持ちでスクリーンと相対していた。手元には電たちが作成した出撃に関する報告書が握られている。先程まで電たちの戦果を報告したところだった。
≪それで、初陣がこの結果か。沢田3尉≫
スクリーン越しに、初老の高官が揶揄するように呟いた。制服の襟元にある階級章は海将補。初級幹部である沢田にとっては雲の上よりさらに上、まさに月にいるに等しい位置にいる高官だ。
スクリーンには他にも同じ階級章をつけた高官が並んでいる。
「はっ」
≪三“隻”でかかって駆逐艦級を五隻撃沈。・・・鳴り物入りで投入した結果がこれではな≫
「今回が初陣であったこと、また三倍以上の相手にこの結果と考えれば十分上等かと」
沢田は言葉を選びつつも、電たちの戦果を正当に評価するよう主張した。だが高官たちの“艦娘”に対する理解はあまりよくないのか、一様に納得した様子を見せない。
≪“艦娘”、果たして導入コストに見合うものなのかね?≫
「まだ結論を出すには時期尚早かと。・・・更なる戦果拡張のため、部隊の拡充を願います」
沢田の言葉に、スクリーンに映る一同は沈黙した。静まり返る室内。
誰もが口を閉ざす中、この中で最も高官にあたる海上幕僚長が口を開いた。
≪“艦娘”の増隻については既に手配がついている。他になければこの場は終了とする≫
「はっ」
スクリーンの画面が次々と閉じ、通話終了の文字が浮かぶ。
市ヶ谷の海上幕僚監部とのWeb会議を終わらせた沢田は迷彩服の襟元に手をやり、ため息と共に緊張を解すように伸ばした。
“艦娘”初の運用実績という事で急遽開かれた報告会であり、本来なら直属である自衛艦隊司令部に報告して終わるところであるが、今回は特例として海上幕僚監部への直接報告となった。
「お疲れ様でした、提督」
後ろで待機していた背の高い少女が出てきた。生真面目そうな面持ちに、眼鏡をかけている。そんな彼女の言葉に沢田は苦笑いを浮かべた。
「幕僚監部相手だと、さすがに、な。・・・それで大淀(おおよど)、部隊拡充の手配というのは?」
「はい、こちらです。」
そういって大淀と呼ばれた彼女は手元のファイルを渡してきた。沢田はそのプロフィールに目を通し、目を細めた。セーラー服に身を包んだ幼い顔立ちの少女が並んでいる。
「・・・若いな」
「そうですか?」
沢田の呟きに大淀は何を今更、といった様子で返す。沢田は肩をすくめ、窓際へと寄った。カーテンを開き、空を仰ぎ見る。差し込む日差しに目を窄めた。
「仕方がないとはいえ、彼女たちを戦場に送る事に疑問に思わなくなった時点で負けだと思う」
6月初旬。この日、季節は梅雨に入る一歩手前であった。人類の反撃はまだ始まったばかりである。
※こちらは「Pixiv」にも寄稿する予定です。