八時間残業イェーイ!!!
くそがぁ!!!
それは置いておいて、こんな筈ではなかったんだ。
当たり前。
そう言っては可哀想だとは思うのだが、後藤さん達の演奏はそれほど上手いとは言えなかった。まだ知っている曲だったから何となくわかるのだが、全員のミスが多いし、少し早くて合っていなかったり。
先程結成したばかりのバンドだから仕方ないのだろうな。これからに期待である。
そう思い、無理矢理にでも完熟マンゴーを記憶から消そうとする俺である。そんな俺に店長さんが声をかけてきた。
「あのクオリティなら音寧君もボーカルとかで出ればよかったんじゃない?」
「いやいやいやいや、ガールズバンドに入る勇気はありせんって」
「へー。後藤さんとやらは自分の性格を押し込めて頑張ってるけどね」
「うぐぅ……」
「もしかして、逃げた?」
「うがぁ!!!」
いや、そんなことはない。
というかバンドに入ってボーカルをすると言う考えすらなかった。だから、決して、逃げたとかじゃ。
「店長。音寧くんを虐めるのはやめてくださいね?」
「あ、はい。ごめんなさい」
「姉さん……!逃げたんじゃないんだよ俺」
「わかってますよ」
「弟も怖いけど、落ち込んでる弟をそんなアレな笑顔で慰めれる姉も怖いわ」
「なにか?」
「なんでもないです」
失礼な。
美しい姉弟愛と言ってほしい。
とまぁ、おふざけはこの辺にしておき後藤さんのお迎えに行くとしよう。店長さんに居場所を聞いて移動を開始。姉さん?仕事もあるだろうし、店長さんに押し付けた。
そして教えてもらった控え室のような場所へと向かう事にする。後藤さん、落ち込んでなければいいのだが……この過酷な谷に突き落としたのは俺だし、場合によっては盛大にフォローをしなければ。
「ご、後藤さ〜「次のライブまでにはクラスメイトに挨拶できるぐらいにはなっておきます!!」後藤さん!!」
「ひぇ!?あま、天見くん!?」
「うぉ!?天見くん!?どしたぁ!?」
「え?虹夏、誰これ?」
「すごいじゃん!そんな決意ができるなんて!よかったよぉ!」
安心したぁ!!
俺、最悪引きこもりになってしまったらって心のどこかでは思ってたし!そうなれば高校辞めてでも責任を取らなければって!高校辞めないでいれてよかったぁ!!正直に言うけどめちゃくちゃ胃が痛かったんだよぉ!!
「最悪、後藤家の庭にテント立ててずっと寄り添うつもりだったよぉ!」
「え、えぇ!?何でですか!?」
「あ、伊地知さん。後藤さんの面倒ありがとうございました。これからもよろしくお願いします」
「急に戻った!?」
「なにこれ面白い」
取り乱してしまった。
ここで俺はベースを持っていた人に挨拶をしておく。この人のは山田リョウというらしい。
ちょっと変わっているらしいが、それも後藤さんにとっていい刺激になるだろう。多少ね、変わってるぐらいがいいのよね?後藤さんの相手は普通の人間には荷が重……あれ?じゃあ俺って一体……。
考えるのはやめよう。
「と、とりあえずさ!今からみんなでぼっちちゃん歓迎会とライブの反省会しよっか!」
ぼっちちゃん?
うぅ……!あだ名までもらって!!
少しばかりアレなあだ名だが、本人は嫌がってなさそうなのでこの件はスルー。というか伊地知さん、いや虹夏さん!……申し訳ないけどそりゃ無理です。
「あ、今日は人と話しすぎたので、これで帰ります。もうキャパオーバーです」
「え?」
「眠い」
「えぇ!?」
「あ、後藤さん送るよ。あ、虹夏さんまた来ます!!お疲れ様でした!」
「天見くんまで!?」
お世話になったというのに、こんな雑な別れになって申し訳ない。だがしかし、今の後藤さんから目を離せば俺如きなど一瞬で置き去りにされるのである。この子、人外の動きする時あるから。ほら、今も自分の荷物一瞬で持って消えるし。
……あ、姉さんと店長さんに挨拶してない。
姉さんには後でメールして、店長さんにはまた今度謝ろう。サッと荷物を持って遅れてSTARRYから出る。
「あ、ご、ごごごめんなさい……!」
「待って待って速いって」
通行人とぶつかってしまい、謝り倒している後藤さんに追いついた。俺も一緒になって謝り、その場から後藤さんを連れ出し駅へと到着。
「……あ、天見くん」
「後藤さん!」
「は、はい!!」
「今日はごめん!君の性格とかを分かりながら色々と、無茶させてしまった」
「い、いえ、そんな!頭あげてぇ!」
頭を下げた俺に肩を掴み、無理矢理顔を上げさせる後藤さん。……結構力あったね。
「そ、その、むしろお礼を言うのはこっちで」
「え?」
「バ、バンドはずっと組みたいって思ってて、けど、そんな機会なんて無いのは天見くんならわかる、よね?」
「ま、まぁその、うん。わかるね」
その、ごめんフォローできない。うん、としか言えない。ちゃんと自分のこと客観的に見れて偉いね!とでも思っておくほうがいいのだろうか?失礼か。
「だから、すごく良いきっかけだったなって!だから謝られるのは違うっていうか、む、むしろこっちがお礼を言うべきというか……あ、ありがとうございます」
「後藤さん……」
「それに、学校でも、助けてもらってるし、ちゃんとお礼言いたかったんです」
そっか。
そんなふうに思ってくれていたのか。
だが後藤さんよ。
「いや、友達なんだから助けるのも背中押すのも当たり前だろ?」
「…………え?」
というかやっぱり後藤ひとり係なんて名前が悪い。
言ってくる奴にはやめろよとは言っているが調子乗りの辺りが止めることはあまり無いし、後藤さんが変に気にしてると嫌だなぁと思っていたのだ。この感じはやはり気にしていたようだな。……あいつら一度シメるか。
決意を新たにする俺だったが、後藤さんがフリーズしている事に気がつく。ど、どうした?
「友、だち?」
え?
なになに?なんか変だけど?
「イエス友だーち」
「ともだーち」
「イェーイ」
「イ、イェーイ」
なんか青春してるなぁ俺。って思ってしまい少し恥ずかしくなってきた。だから少しふざけてハイタッチなんてしてみ
「イェエエエイ!!」
!?
「「誰ぇ!?」」
「あ、やべ。大声出してたら……あ、でるウェッ」
「うわぁぉぉあ!!!」
「だ、だだだだだ!!」
急に現れた酔っぱらいが盛大に駅前を汚したのだった。
「とりあえずメッセージは送ったし、これでよし」
目の前でうずくまっている酔っぱらいを見ながらスマホをしまう俺。
……はぁ、あれから大変だった。
まずあまりにあんまりな出来事に俺と一緒に慌てている後藤さんだったが、彼女は帰らせないと帰宅時間が遅くなりすぎるため、とりあえず改札の向こうに放り込んだ。ちゃんと親に連絡しておくように言っておいたが大丈夫だろうか?後藤オーラでマイナスになってしまうが普通に可愛いからなあの子。心配である。
「うぁぁぁああ…………頭いだい」
と、今はこっちだった。
それから俺はこの酔っぱらいを見捨てるのは鬼すぎると思い、途中まで後藤さんを送っている事にしてるという嘘メールを姉さんに送り、しばらく帰宅を遅らせたのである。
酔っぱらいに絡まれているなんて知ったら飛んできそうだしな。
「大丈夫ですか?」
「ご、ごめんねぇ〜。君たちの青春の輝きに、つい私も酔った勢いで混ざりたくなってヴェェッ」
「あー……もう気が済むまで吐いちゃってください」
「ご、ごめ……ここまでは、滅多にならないんだけどウェッ」
しばらく横で背中を摩りながらついていてあげる事にした。どうしよこれ……。
とりあえず水とか酔い止めとかほしいけど……あぁ、先に後藤さんに買ってきて貰えばよかった。
なんてことを思いながらもお姉さんの背を摩り続けてしばらく経った頃……。
「大丈夫ですか?」
「う〜ん。とりあえずマシにはなったよ。面倒かけちゃったね、ごめんねぇ」
「とりあえず水とか買ってきますから、ちょっと待っててくださいね」
「え?いいのぉ?ありがとぉ」
そして俺は駆け足でコンビニへと向かう。
酔い止めと水を二本ほど買ってお姉さんのところへと戻る。だが、そこで俺は信じられないものを見る事になった。
「あ!おっかえり〜!」
「……」
「いやぁ、ごめんねぇほんと」
「……」
「ん?なになにぃ?どったの?」
落ち着け。
天見音寧、クールになろう。
「いやぁ、にしても空きっ腹に酒流し込むとダメだねぇ!最近金欠だから食費削りながら節約してたんだけどさぁ〜あ、君も呑む?って、学生はダメかぁ!あっはっは!!でも見てよこれ!私ぐらいになれば迎え酒で何とでもなる!すごい私!真似して良いよ〜」
「は?」
プツンときた。
俺はお姉さんからパック酒を取り上げる。
「あ、ちょっ!じょーだん!ダメダメ呑んじゃ……あれ?お、怒ってる?」
「そう見えます?」
「ひゃい」
「なんでか、分かります?」
「え、その」
「酒飲んでるからだよどこから出したこのアル中。いいから水と酔い止め飲めや」
「ごめんなさいいただきます」
そう言って俺が渡した薬と水を大人しく飲み始めるお姉さん……いや、アル中。
はぁ、今日一日に色々とありすぎて、そろそろ俺もキャパオーバーで爆発してしまいそうである。つい乱暴な口調になってしまった。
「ごちそうさまでした」
「はい」
「……んで、君の名前は何てーの?」
「えぇ……名乗りたくない」
「私の名前は廣井きくりでーす!酒とベースを愛する天才ベーシストでーす!」
名乗られてしまった。
なら名乗り返さねば無礼というもの。
なんて適当に考えながら廣井さんの隣に座り、名乗る事にした。
「天見音寧でーす。酔っ払いの面倒を見てまーす」
「お世話かけまーす!ねぇねぇ音寧ちゃんはさ?高校生でしょ?何年生?てか連絡先交換する?」
まだ酔いはひどいらしい。
これはサッサと対処していくほうが良さそうだ。
「一年です。それとしません」
「えーケチー」
「とりあえず廣井さん。スマホあります?」
「え?やっぱ交換するの!?」
「違います。アンタの親しい人とかに迎えにきてもらわないと、そんな状態で帰れないでしょ?」
「あぁ、なるほどね。えっと、スマホ〜スマホスマホ〜……」
「まさか」
「あ、たぶん居酒屋だぁ……。ついでにベースも置いてきちゃったぁ」
こっっっの!!
……はぁ、酔っぱらいには怒っても疲れるだけだって学習したよね。
「番号わかります?」
「んー?わかるわかる!!任せなさい」
廣井さんに俺のスマホを渡す。
番号を口に出しながらスマホをタップして電話をかけだした。
「あれぇ?出ないなぁ」
「……番号あってます?」
「んー?……あ、私の番号だ」
「えぇ……」
結局番号を知られてしまった。
わざとじゃなかろうか?
「えへへぇ、次は大丈夫大丈夫…………あ!私私!今〜……ここどこ?」
「下北沢の駅前」
「だってさ!え?下北沢の駅前だって!迎えにきてくれない?え?だめ?ならもう音寧ちゃんの家に泊まっちゃうか!」
「は?」
「え?誰って?高校生一年生の可愛い子、今看病してもらってる、うるっさ!ごめん冗談だって、じゃあ待ってまーす」
どうやら誰かが迎えに来てくれるらしい。
「あはは〜怒られちった。迎えに来てくれるって〜」
「それは良かったです」
「ありがとねぇ。音寧ちゃんも、もう帰っても大丈夫だよ?結構長く付き合わせちゃったし、女の子だし門限とかあるでしょ?」
あ、やっぱり女の子って思ってるのか。
……訂正するべきだろうけど、ここまで泥酔している人になに言っても無駄か。
「いや別に、お姉さんこそしばらく一人で大丈夫ですか?そんなに酔ってて一人って、絡まれでもしたら危ないですよ?」
「こんな泥酔してる人間をわざわざ相手にするのって君か警察ぐらいだよね!!それに駅前だしそれなりに人通りもあるし大丈夫だって」
「……知り合いはどのぐらいでくるんです?」
「んー?多分二、三十分ぐらい?」
「じゃあ十五分ぐらい居ますよ」
「えー?そんな優しくされたら惚れちゃうかもよ〜?」
「ははは〜」
はぁ、とため息。
本当に色々と疲れたのだろう。ほぼ無意識だった。
「あ」
「……んグゥッ!!ゲホッゲホッ!まず!」
お姉さんから取り上げたお酒を飲んでしまった。
喉が渇いたなぁ。なんて思ってたのもあり、結構な勢いでそれなりの量を飲んでしまった気がする。
「……呑んじゃったねぇ?」
「うぐっ!」
「ほらほら、こっち返しな?」
くっ!!
なんか一気に強く出れなくなってしまった!
俺は大人しく廣井さんにお酒を返す。
「ほら、今日はもう帰りな?アルコール回って帰れなくなったりしたら嫌でしょ?」
「……はぁ、わかりました」
「よし、良い子だねぇ!そんな良い子なら今回の飲酒は見逃してあげよう。色々看病もしてくれたしね」
「はぁ、そうですか」
「だからこれは、君とお姉さんとの二人だけの秘密ってわけだ」
「……は?」
「なーんて。あっはっは!」
一瞬、廣井さんの雰囲気が変わりびっくりした。
だが次の瞬間には元に戻り、俺も酒に酔ったのかとつい思ってしまう。
「あっはっは!じゃあねぇ〜音寧ちゃん!気をつけて帰るんだよぉ!大人になったら一緒に呑もうねぇ?」
そう言って背中を押されて立ち上がる。
「じゃあ、帰りますけど。廣井さんも気をつけてくださいね?あと、飲酒はほどほどに」
「はーい。考えておきまーす!あ、また連絡するよ!」
「泥酔してる時はやめてください」
「うぇーい!了解でーす!」
はぁ。本当に大丈夫なんだろうか?
……にしても、最後、不覚にも少しドキッとしてしまった。くそう、酔っ払いのくせに。あんなにガラッと雰囲気を変えられるとギャップに戸惑うだろうが。……いや、やっぱ酒臭い人はねぇわな。
帰宅後。
「……変な匂いがします」
「気のせいでしょ?」
「顔、赤いですけど?」
「気のせいでしょ?」
やけに鋭い姉さんを誤魔化すのに苦労した。
なーんできくりちゃん登場してんのよ?
ぼっちちゃん達にイェーイってハイタッチさせようとしたら何故か急に出てきた。
そこからは楽しくなってきて、出番が前倒しになってしまった。
貴女の登場はもう少し先で考えてたんだけどね?何でかな?
こんな筈ではなかったんだ。
ふぅ……寝ます。