リオ ー屋上のラストボスー   作:ディヴァ子

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我思う故に汝あり

 咽返る程に蒸し蒸しとした、とある月明りの夜。

 

「つ~きがとっても青いから~、遠廻りしてか~え~ろ~♪」

 

 一人の少女が、ヤケクソ気味に口ずさみながら歩いていた。服も靴もボロボロの泥だらけで、表情も疲れ切っており、彼女が長い間彷徨っていた事が窺い知れる。

 

「ん……?」

「………………」

 

 そんな少女の行く先に、人影が一つ。足元も朧気にしか見えない程の霧掛った中で、埋め込み式の屋外灯に照らし出されたそれは、巨大な怪物にも見えた為、少女は一瞬だけ躊躇したが、

 

「先輩?」

「………………!」

 

 近付いてみれば何という事は無い、ブロッケンの正体は見知った先輩であった。

 しかし、()は何日も前から不登校であり、ついでに言えば捜索願を出された行方知れずだったのだが、まさかこんな所でバッタリと出くわすとは。彼をずっと探していた少女としては、嬉し過ぎて涙以外の色々な物まで溢れ出てきた。

 

「先輩、今まで何処に……?」

「――――――なんだ」

「えっ……?」

 

 だが、さっきまで虚ろな目で虚空を見上げていた先輩は、少女と目が合うや否や、瞳孔が完全にかっ開き、口を鯉のようにパクパクとさせ、冷や汗をこれでもかと垂れ流したかと思うと、見る見る内に少女と同じ顔に変形した。

 さらに、少女の肩をガシッと掴み、全く同じ面をしっかりと向かい合わせ、

 

「俺は俺で俺なんだぁああああああああっ!」

「きゃあああっ!?」

 

 先輩の頭が爆散し、少女の顔を血塗れにしつつ果てた。

 

「あ……ぅ……ぁあっ! うわぁああああっ!」

 

 そして、恐慌状態となった少女は、泣き叫びながら走り去る。

 

《………………》

 

 数瞬後、残された先輩の死体から、謎の陰が種のような物を抜き取り、直ぐに消えたが、誰もそれに気付く事は無かった。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 ここは閻魔県要衣市古角町、峠高校。

 

「えっ、大翔(はると)先輩が家出?」

 

 朝のホームルーム前、何時もの駄弁りの中で、松陰(まつかげ) 陽子(ようこ)は聞き捨てならない事を聞いてしまった。青空(あおぞら) 大翔(はると)は一つ上の先輩で、同じサッカー部の部員とマネージャーの関係であり、男女の仲でもある。彼の事は誰よりも分かっているつもりだ。あの真面目で優しい大翔が、何の理由も無く家出する筈が無い。

 

「な、何日前から!?」

「昨日の夜かららしいよ。家族と喧嘩して、そのまま何処かに行っちゃったんだって。……まぁ、色々と厳しい家庭みたいだし、盗んだバイクで走り出したくもなるんじゃない?」

 

 しかし、対する親友――――――梅坂(うめさか) 晶子(しょうこ)は楽観的だった。彼女からすれば大翔は友達の彼氏でしかないし、何なら先を越された恨み(・・・・・・・・)も少しある為、割りと冷徹である。

 まぁ、女の友情なんて薄氷よりも儚く脆い物なので、口を利くだけまだマシな方だろう。「○○と△△が話してた」「最近あの先輩と仲が良い」「この前一緒に帰る所を見た」……そんなの個人の勝手だろ、という理不尽な理由で敵視し、寄って集って虐めるのが女という生き物だ。拳でマウントを取れれば分かり合える単細胞(おとこ)とは大違いである。

 

「ど、どうしよう、もしも何かあったら……」

「いやいや、流石に捜索願を出してるだろうし、直ぐに見つかるわよ。そもそも、あんたが出て行って何になるのよ」

「何よ、薄情ね」

「木乃伊取りが木乃伊になるのが目に見えてるからよ。いいから、先ずは家族と警察に任せなさい。もしも手伝って欲しいって言われたら協力すれば良いの。下手に首を突っ込んだら迷惑になるわ」

「むす~っ!」

「ムスっとしない。……ホームルーム、始まるわよ」

「………………」

 

 陽子としては納得行かなかったが、晶子の言う事も尤もなので、渋々と引き下がる。

 

「――――――もう一週間も見付かってない」

 

 だが、一週間経っても大翔は見付からなかった。警察は動いているし、家族もビラ配りをして必死に探しているが、全くと言っていい程に目撃情報が無い。三日目辺りから気が気で無かった陽子としては、最早居ても立ってもいられなかった。

 

「晶子、私明日から休むわ」

「えっ、ちょっと待っ……」

「適当に誤魔化しておいてね!」

「いや、無茶言わないでよ! ちょっと、陽子……陽子ーっ!」

 

 登校中にも関わらず踵を返し、止める晶子を振り切って、陽子は駆け出す。手掛かりも計画性も何も無い、完全な無鉄砲な行動であったが、このまま座して待つ事など、陽子には出来なかったのだ。

 

「先輩! 大翔先輩! 何処に居るんですかーっ!」

 

 しかし、手始めに路地裏から見て回り、商店街を通り抜け、バッハホールを横切って、野を越え丘を越え、地平線に日が沈み、夜の闇が帳を下ろしても、大翔を見付ける事は出来なかった。たった一人の素人が闇雲に探し回った所で、こういう結果に終わるのは目に見えていた事である。

 

「つ~きがとっても青いから~、遠廻りしてか~え~ろ~♪」

 

 すっかり意気消沈した陽子は、半ばヤケクソになって鼻歌を口遊み出した。大翔と一緒に帰る時、彼が良く歌っていた曲だ。

 

「………………」

 

 認めたくは無いが、もう諦めるべきだろう。急に霧も掛ってきたし、そろそろ帰らないと自分が迷子になってしまい兼ねない。

 と、その時。

 

「先輩?」

 

 霧の中に、探し求めていた大翔がフラリと現れた。

 

「先輩、今まで何処に……?」

「――――――なんだ」

「えっ……?」

 

 喜び勇んで駆け寄る陽子だったが、どうにも大翔の様子がおかしい。まるで出遭いたくも無い恐ろしい化け物でも見たかのように、カッと目を見開いて冷や汗を掻き、口をパクつかせている。

 

「俺は俺で俺なんだぁああああああああっ!」

「きゃあああっ!?」

 

 さらに、陽子の両肩を強く掴んで顔を近付かせたかと思うと、大翔の頭はポップコーンのように弾けた。脳漿やら頭皮やらが陽子の上半身にぶっ掛かり、トマティーナかスプラト○ーンをやり過ぎたような有様となる。

 

「あ……ぅ……ぁあっ! うわぁああああっ!」

 

 混乱とフリーズの後、陽子に去来したのは、どうしようもない恐怖心だった。大翔が弾けた事もそうだが、こんな格好では自分が彼を殺したように見えてしまう。晶子の言う通り、余計な心配をすべきでは無かった。

 

(ど、どうしよう……どうすれば……!? 父さんや母さんに言う? それとも、警察に? いや、絶対に信じて貰えない! 私が犯人扱いされる! もう……もうどうしたら良いのよ!?)

 

 二進も三進も行かなくなった陽子は、靴が脱げ、転げ回りながら、何処へ向かうでもなく、とにかく逃げ続けた。誰にも会いたくない、こんな姿見られたくない。

 

『グルルル……』

「ひっ……!?」

 

 そんな陽子の目の前に、巨大な狼が姿を現した。

 否、狼ではない。似たような形をした、別のナニカである。全身が甲殻で覆われ、周囲に不気味な蛍を侍らす獣が、普通の狼の訳が無い。

 とは言え、この状況下では本物だろうと偽物だろうと、人食いの化け物には違いないだろう。

 

『………………』

 

 だが、狼のようなナニカは、暫し見遣ったかと思うと、直ぐに興味を失くして、陽子の前を去って行った。まるで、不味そうな食い物を見てしまったかのようだ。

 

「……ぁぁぁあああああっ!」

 

 しかし、とんでもない魔性と出遭った事に変わりはない。陽子は再び泣き叫びながら駆け出した。

 

『………………』

「うわっ!? だ、誰!?」

『………………』

「な、何なのよぉっ!?」

 

 続いて、覆水を盆に返えしたような髪色の、着物姿の少年に出遭ったが、彼もまた汚らわしい物を見たように顔を歪め、煙のように姿を消した。

 

『タァヴォカヴェセェェェ……』

「ひぃっ!?」

『グヴェエエエイァアアアッ!』

「ひぁぁっ!?」

『ギュララララ……クァヴッ!』

「きゃああああっ!」

 

 その後も、青い甲殻類の化け物や、鶏みたいな恐竜、尻尾が鎌になった鼬風の蜥蜴など、様々な魑魅魍魎に出くわしたものの、そのどれもが陽子を見るなり動きを止め、不快そうに踵を返す。あまりにも意味不明な事態ではあるが、そんな事を気にしている余裕は陽子に無かった。

 

「誰か助けて! 誰も来ないで! 私を見ないでぇえええええっ!」

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

「はぁ……はぁ……はぁ……っ!」

 

 そして、陽子は何処とも知れぬ森の中で身を潜めていた。只管に逃げて逃げて逃げ続けた為、自分が何処に居るかも分からない。恐怖と孤独のせいで時間の感覚が曖昧で、今何日なのか知る由も無かった。父や母、晶子たちはどうしているのだろう。心配して探し回っているのだろうか。

 このままではいけないと分かってはいても、どうしても足が動かない。行方不明だった大翔の死体が発見され、ほぼ同時期に行方を晦ませた自分が疑われて、嗅ぎ回られているかと思うと、申し訳なさよりも恐怖心の方が勝ってしまっていた。

 もう嫌だ。誰も見付けないで。

 

 

 ――――――つ~きがとっても青いから~、遠廻りしてか~え~ろ~♪

 

 

 すると、陽子のバーチャフォンに誰かからの着信が入る。誰にも見付(・・・・・)からないよう(・・・・・・)電源を切って(・・・・・・)いた筈なのに(・・・・・・)

 

「………………!」

 

 恐る恐る出てみると、見知らぬが噂は聞いている少女が映し出された。「屋上のリオ」こと、香理(かり) 里桜(りお)である。

 だが、おかしい。里桜はコトリバコに手紙を出さなければ動かない筈だ。誰かが依頼したのだろうか?

 

《電源を切った上に圏外にまで行きやがって。手古摺ったよ、まったく。……梅坂 晶子からの依頼だ。知ってるだろう?》

 

 しかし、その疑問は直ぐに解決した。心配した晶子が手紙を書いてくれたのである。それにしても、数日は経っているとは言え、もう動いているとなると、やはり自分に疑いが――――――。

 

《それにしても、ま~だ生きていたのか。もう二週間は経ったのに、運の良い事だな》

「えっ?」

 

 だが、里桜が発した台詞に、陽子は言葉を失った。彼女としては二日くらいの感覚だったのだから、当然の反応だ。

 

「どういう事、ですか……?」

《そのまんまの意味さ。世間的には、お前は二週間行方知れずの迷子さ。おめでとう、家出娘から悲劇のヒロインにジョブチェンジって訳だ。捜索願まで出されて、箱入り娘な事で》

「これは一体、どういう事なんですか!」

 

 陽子はパニックを起こしていた。確かに身を潜める選択肢を取ったのは彼女だが、幾ら何でも二週間も逃げ隠れするつもりは無かったし、その間の記憶が無いのもおかしい。それまで自分が一体どうやって過ごし、生き延びてきたのかが全く分からないのだから、恐慌状態になるのも無理からぬ事だろう。

 

《そんなに気になる事かねぇ? まぁ、冥途の土産(・・・・・)に教えてやろう》

 

 すると、映像越しに里桜がグニャリと嗤いながら答えた。

 

《お前、「レウコクロリディウム」って知ってるか? 鳥の糞を媒介に蝸牛へ寄生し、宿主をゾンビ化させて、再び鳥に食われる為、目立つ所に誘導するんだ。ご丁寧に、触角が芋虫に見えるよう擬態してな》

 

 「レウコクロリディウム」は吸虫という寄生虫の一種で、名前の由来は古代ギリシャ語の「λευκός(白)」と「χλωρός(淡緑色)」の造語。鳥の糞に卵を混ぜ込んであり、糞自体かそれが付着した葉っぱを介して蝸牛に寄生し、触角をカラフルな芋虫に変化させて、明るく目立つ場所へ誘導。触角を芋虫と間違えた鳥に捕食される事で、最終宿主とする。

 ようするに、中間宿主の脳味噌を操って、最終宿主の生け贄にしてしまうのである。

 

《まだ分からないか? 二週間も飲まず食わずで、誰にも会おうとせずに隠れ潜むなんて、どう考えてもおかしいだろう? ……程度の差はあれど、病原体には必ず潜伏期間がある。それが今、終わったのさ。誰かに会いたくて、話したくて、堪らないんだよな? 世代交代の時間(・・・・・・・)が来たんだよ、ご愁傷様。最期は“感動の再会”でも演じてな。そんじゃな、バイビ~♪》

「………………!」

 

 それはつまり、誰かと出遭ったが最後、大翔(はると)と同じ末路を辿るという事。何かを返す前に通話は切られたものの、そんな些細な事を気にしている場合ではない。二週間も経てば確実に捜索願を出されているだろう。

 この先、心優しい誰かに見付かってしまった時、松陰 陽子という存在は消える。

 だのに、あれだけ見られたくなかった誰かに会って、話したい。目と目を合わせて、正面から見つめ合いたい。自分が今までどう過ごして来たのか、どんな想いで居たのか、思い切りぶち撒けたい。そう考えるだけで、今までが嘘のように手足が動き、胸が高鳴り、こめかみが脈打つ。頭に血が上って、天にも昇るような気持ちになってきた。

 だけど、嫌だ、消えたくない。だって――――――、

 

「あっ、陽子!? 心配したのよ、今まで何処に……」

「私は私で私なんだぁあああああああああああっ!」

 

 

◆『分類及び種族名称:寄生獣=影法師』

◆『弱点:不明』




◆影法師(ドッペルゲンガー)

 「人の影」を意味する魔性で、別名は「影患い」「影女」など様々。ドッペルゲンガー自体は「二重に歩む者」を意味している。その名の通り、自分にそっくりな姿をした存在で、出遭ってしまうと即死するか、数日中に死んでしまうと言われ、不吉の兆候として恐れられている。
 正体はエキノコックスに近い条虫の一種。血液を媒介に皮膚から体内に侵入、脳に取り付き、一定の潜伏期間を経て、次に出遭った人間の前で“幼生入りの水風船”と化した頭を炸裂させ、新たな宿主とする。顔をそっくりに変えるのは、相手を混乱させ逃がさないようにする為。
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