リオ ー屋上のラストボスー   作:ディヴァ子

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希望なんて無いさ


生なる闇に明日の光を

『主が「お前の名は何か」とお尋ねになると、それは答えた。

 

《我が名は「レギオン」。我々は大勢であるが故に……》』

 

 

                     ――――――「マルコによる福音書」より

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 東京都(とうきょうと)勃樂市(ぼつらくし)債高町(さいこうちょう)、デルタ・コーポレーション東京支社最上階の社長室。

 

『Hello,Lovely to meet you~♪』

「……日本語でOK」

 

 お高いデスクを挟んで、二人の男性が対峙していた。

 

「とりあえず、自己紹介だけはしておこうか。オレはゾルディアス。デルタ・コーポレーション本社の副社長だ」

 

 社長椅子に座っているのは、白髪灼眼の偉丈夫。暗黒騎士めいたスーツを身に纏い、闇色のオーラを放つ彼の名は「ゾルディアス・イングラナディア」。射川(いりかわ) アイスの腹心である。敬称で「グラン・ゾルディアス」とも呼ばれている。

 

『ワタクシはベルゼブブ。僭越なガラ、西洋地獄で七大魔王の一人を務めさせて頂いておりマス。以後お見知り置きヲ……』

 

 対するは、姿勢だけは礼儀正しい、緑髪琥珀眼の道化師。毒々しくアンシメトリーなピエロ風味のスーツに、白塗りと総金歯という悪趣味な化粧を施しているこの男は、「暴食の蠅王(ベルゼブブ)」。こう見えて、キリスト教における七大魔王の一柱だ。

 

「御託は良い。わざわざ来日した目的はなんだ?」

 

 そんな軍産複合体と地獄のナンバー2同士が、何故にこうして向かい合っているのか。

 

『理由は“コレ”でスヨ』

 

 その答えが、ベルゼブブが懐から取り出したカプセルの中身だ。

 

『ヴィシャアアアン!』

 

 中に居たのは、オドントクリフスをより悍ましい姿にした、気味の悪い化け物。頭頂部に天使の輪(エンジェル・ハイロゥ)がなければ、悪魔の一種と誤認した所である。

 

 

◆『分類及び種族名称:夜天使=レリエル』

◆『弱点:口』

 

 

「……何だ、その化け物?」

『天使でスヨ、どう見テモ』

「どう見なくても遊○王の悪魔族だから聞いてるんだよ」

『天使と天使としか言い様が無いんですガネ~』

 

 ゾルディアスの言い草に、ベルゼブブは苦笑いするしかなかった。

 

『裸の男児に輪っかと羽が生えているイメージハ、元は恋の神「エロス」の姿なのでスヨ。想像し易いように人間たちが勝手に後付けした物。本来の天使トハ、名状し難い異生物なのデス』

「名状し難いっつーか、普通に化石で発見出来そうな姿なんだが」

『それは天使たちが「O-S境界」の生き残りが進化した生物だからデス』

 

 「O-S境界」とは、古生代の「オルドビス紀」と「シシル紀」の間に起こった大量絶滅の事であり、宇宙より降り注いだ「ガンマ線バースト(はめつのひかり)」によって多くの生物相(特に海洋生物)が死滅した。九十パーセントの生物が死滅した「P-T境界」や、恐竜が絶滅した「K-T境界」などと比べると、期間が短く規模も小さいが、カンブリア大爆発から続く多種多様な海洋生物が一気に減ってしまった事で、生物の多様性はかなり狭まってしまったと言われている。

 

『当時の地球は我が同胞たち(・・・・・・)が地表を支配していましタガ、帰還した「第一神類」との生存競争に敗北し駆逐されてしまいまシタ。絶滅した生物たちハ、その巻き添えデス』

「……神ってのはロクでもないな」

 

 神の力を無駄遣いして数々の女性を不幸に陥れた全知全能(そして叡智)の神「ゼウス」、妻との約束を破った挙句に毎日万人の子作りすると開き直った創造の神「伊邪那岐」、思い立ったが凶日が過ぎる悪戯好きの神「ロキ」など、神と名の付く奴にはロクな奴が居ない。

 一方で女神の方も、浮気相手に嫉妬して一族郎党根絶やしにする破滅の女神「ヘラ」や、夫婦喧嘩の果てに地上人を一日に千人は殺すと宣った冥府の女神「伊邪那美」、そもそも生きてる奴が大嫌いで血祭りを開催するのが趣味の戦女神「カーリー」などなど、こっちもこっちで危険極まりなかろう。

 

『そシテ、その際に神の側へ着く事で生き延びたノガ、天使たちなのでスヨ』

「なら天使(そいつ)もロクでもないわな」

『その通リ。ナノサイズに(・・・・・・)至るまでミクロ化(・・・・・・・・)したカンブリア(・・・・・・・)モンスターたちガ(・・・・・・・・)他生物に(・・・・)感染する事で(・・・・・・)肉体を乗っ取リ(・・・・・・・)文字通り(・・・・)神の先兵に(・・・・・)仕立て上げる(・・・・・・)。それが天使の本質なのでスヨ』

「それは……」

 

 ようするに、神の為と称して死者の尊厳を冒涜する、史上最悪の生物兵器――――――それが天使という存在なのだ。

 

「でも、何でそんな奴らが、この日本に?」

『誰かが持ち込んだのでしョウ。……実は思い当たる節もあるのデハ?』

「………………」

 

 素顔は知らないが、誰かは見当が付いている。ちょっと調べれば分かる事なので、ゾルディアスは沈黙で肯定するしかなかった。

 

『だからコソ、ワタクシが馳せ参じたのでスヨ。天使在る所に悪魔在リ。我々の諍いに他国を巻き込む訳にはいきませんカラ』

 

 すると、ベルゼブブが大仰な身振り手振りで白々しい事を言い出した。

 

「物は言い様だな。害虫退治に託けて日本を支配したいだけだろ?」

『ンフフフ、ならば貴方に先達の残した素敵な言葉を送りましョウ。……「付け入る隙を作る方が悪い」』

「言ってくれるじゃねぇか」

 

 事実、内輪揉めで漁夫の利を掻っ攫われそうになっている為、実に耳が痛い。

 

「まぁ、どの道、餅は餅屋に頼むのが一番ってのも事実だしな。とりあえずは宜しく頼もうか」

『ええエエ、末永くお付き合いさせて貰いたい物デス♪』

 

 そう言って、お互いに左手で握手をしようとした、その時。

 

《ゾルディ!》

 

 バーチャフォンに見知った顔が、焦汗な表情で映し出されている。

 

「……何だよアイス。今まさに地獄の使者と交渉中なんだが?」

《緊急事態なのだ! 今直ぐビルの全兵器を起動させて、量産型ラスターマシンをスクランブルさせるのだ! 指揮はオマエが執れ! ボクもそっちに向かう!》

「おいおいおい、何事だよ!?」

《先日里桜が取り逃した、蠅声為邪神(サバエナス)が薬仏市に現れたのだ!》

「マジかよ……了解した」

《頼むのだ~!》

 

 ゾルディアスは通話を切り、ベルゼブブに向き直った。

 

「聞いての通りだ。悪いが――――――」

『我が名は「レギオン」。我々は大勢であるが故ニ』

「あ?」

『マルコ第五章九節に登場スル、“悪霊の軍勢”でスヨ。ワタクシたちは“正しき闇の支配者”と呼んでいますガネ。まさか遠い東の果ての銀河ヨリ、旧き同胞が訪れているトハ。大方、「煤屡氣(メルキ)」師団の若造(・・)が功を焦りましたカネ?』

 

 だが、ベルゼブブは訳の分からない事をベラベラと話すばかりで、動こうとしない。

 否、詳細が不明なだけであり、彼の言わんとしている事は理解出来てしまう。

 

お仲間か(・・・・)?」

『出自が同じだけでスヨ。既に帰化した(・・・・・・)我々にとっテハ、単なる簒奪者デス』

「………………」

 

 つまりは(・・・・)そういう事である(・・・・・・・・)。汚いなさすが悪魔きたない。

 

『サァ、改めまシテ、握手と行きましょウカ?』

 

 ベルゼブブが右手を差し出した。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

「デケェ……!」

 

 現れた異形に、バイパーが思わず気圧される。完全に成熟した蠅声為邪神は全長が三百二十メートルもあり、体高だけも百八十メートルはあるのだ。プレッシャーを感じるなと言う方が不可能であろう。

 

「「PSYM(サイーム)」、発射!」

 

 しかし、アイスは迷う事無く、出遭い頭に「PSYM(サイーム)」発射の指示を出した。幸い的がデカ過ぎるので外す心配は無いが……。

 

 

 ――――――カンッ! カンッ! カンッ!

 

 

「くっ……1600mmに切り替え!」

 

 

 ――――――コォンッ! ガキィインッ!

 

 

「7200mm!」

 

 

 ――――――ギャルリリリ……バキィィィンッ!

 

 

 だが、当たっても傷一つ付けられないという結果に。それ処か、最後の弩砲サイズに至っては、着弾と同時に叩き折られてしまった。どんな強度の甲殻しているんだ。

 

「物理攻撃では駄目か。ならさっ! ラスター1、ラスタービームッ!」

 

 ならばと、スクランブルさせた量産型ラスターロボのラスタービームを食らわせたものの、

 

 

 ――――――バチチチチ……カキィイイインッ!

 

 

 蠅声為邪神の頭部外殻に放射状に配置された複数の節足が放つ、凶悪な電磁波によって弾道が歪められ、町の一部を焦土に変えただけに終わった。絶対不可侵領域持ちとかズルい。

 

 

 ――――――キィアアアアアアアアアアアアッ!

 

 

 と、食らうがままだった蠅声為邪神が、女性の悲鳴染みた音を鳴らしつつ、頭部外殻の三点に配された発光体から稲妻状のエネルギーを発生させ、それを顔の前で一点集中、

 

 

 ――――――ビシュアアアアアアアアアアンッ!

 

 

 超極太の破壊光線として発射。進路上の“根”を岩盤ごと蒸発させ、根元である神無川(かむがわ)支社ビルを逆十字の光に還元した。掠めただけの地面が結晶化している事から、凄まじい熱量である事が窺える。爆心地より立ち込める虹色のオーロラが美しくも恐ろしい。

 当然、アイスたちにも余熱と爆風が襲い掛かったのだが、彼女の張る念動力の壁は強力で、全く痛くも熱くも無かった。

 

「うん、薬仏市は見捨てよう。不法投棄して、さっさと避難するのだ」

「見限るの早っ!」

『いや、あの猛攻で傷一つ付かない相手に拘泥していても仕方ないわさ。逃げるが勝ちよ』

 

 とは言え、とても反撃出来るような相手ではない。一先ず逃げるが勝ちであろう。

 

「という事でテレポート!」

 

 という事で、アイスはバイパーとミルクを伴って、ゾルディアスが迎撃準備を進めてくれているであろう東京支社ビルへテレポートで退避した。

 

『「ゑ?」』

 

 イカネイカーと女の子を置き去りにして。元々モブだからね、仕方ないね。

 

『ホォォオオオォォ……!』

「きゃあ!」「うわぁ!」「た、助け……むぐっ!?」

 

 すると、敵の反撃手段が無くなったと見たのか、蠅声為邪神が胸部のキャビアみたいな部分から無数の触手を伸ばし、僅かに生き残っていた人々を根こそぎ呑み込んでしまった。呑み込まれた人々の末路は悲惨である。

 

「あごばもばばばばぁああっ!?」

 

 卵殻(エッグシェル)へ送り込まれる道中、濁流のように湧いて出た蛆虫が穴という穴へ侵入し、内側から食い荒らされた挙句、辿り着き次第、風船の如く破裂して完死する。

 

『キシャア!』『キキィッ!』『オギャヴヴゥ!』『ガヴガウ!』『クェアアア!』『クシャアッ!』『ピギィ!』『オギャギャギャ!』『アブヴヴヴッ!』『ガカァッ!』『ヒギィッ!』『アヒィッ!』『キヒァッ!』『グシャアッ!』『ウギャォッ!』『ギャアギャアギャッ!』『クァアアアゥ!』『グルァッ!』『ギカカカッ!』『グキァアッ!』

 

 そして、死人憑きとして新生して、蠅声為邪神の忠実な下僕と成り果てるのだ。その数、約一万八千人。市の端に居た者や勘が鋭く先んじて逃げた人間以外、薬仏市民は全滅である。

 

『ギカァアアアヴォォォンッ!』

 

 さらに、最早用済みとなったのだろう、蠅声為邪神が翅を広げ、死人憑きたちを侍らせて飛翔し、移動し始めた。目指すは東京。五月蠅い害虫を雲のように伴い、日本の首都へ進撃する様は、まさに伝承の体現と言うに相応しい。

 

『……あれ?』「あぅ……?」

 

 災厄が過ぎ去った死の大地に残るは、イカネイカーと女の子の二人のみ。むろん、彼らも触手に襲われた筈なのだが、何故に無事だったのだろう。

 

(偶々見落とした? いや、オレは確かに襲われた。咄嗟にこの子を抱かかえて丸まって……それから、どうなった?)

 

 物事には必ず理由がある。それがどんなに馬鹿馬鹿しく、あり得ないと思った物だとしても。イカネイカーは女の子を守るように抱えつつ丸まり、どういう訳か見逃され、今に至る。ならば、その行動に蠅声為邪神の習性(じゃくてん)が隠されているに違いない。

 

(チラッと見た限りだと、あの触手には眼球に該当する部分が無かった。環形動物のように明暗を感じる光点ぐらいあるかもしれないが、少なくとも視覚に頼ってはいないようだ。だが、他の人間はほぼ正確に探し当てていた事を考えると、何らかの探知機能がある筈。それに同じ一般人である、この女の子が見落とされたのにも、必ず何か理由がある)

 

 考えろ。イカネイカーと女の子が見落とされて、他の人間が逃げられなかった、その条件の違いを。

 

(そう言えば、オレが抱え込むまでは、触手は正確にこの子を狙っていた。つまり、オレが覆い被さる事で、探知する条件(ナニカ)が遮断されたって事だ。……もしかして!)

 

 そこで、イカネイカーはハタと気付く。

 

(オレを下僕と勘違いしたのか!?)

 

 イカネイカーはメタンで呼吸し、血中もメタンで満たされている。おかげで見た目に反する体重の軽さと機動力を手に入れているのだが、それが彼の(・・・・・)専売特許ではない(・・・・・・・・)としたら(・・・・)

 東京タワーも(・・・・・・)かくやという(・・・・・・)巨体の割に(・・・・・)空まで飛べる(・・・・・・)蠅声為邪神も(・・・・・・)ガス圧の変化で(・・・・・・・)身体を動かしていて(・・・・・・・・・)そのガスが(・・・・・)メタンを主成分(・・・・・・・)としている(・・・・・)可能性は高く(・・・・・・)それ故に(・・・・)イカネイカー(・・・・・・)が女の子に(・・・・・)覆い被さった行為を(・・・・・・・・・)死人憑きが(・・・・・)獲物を先取りした(・・・・・・・・)と勘違いした(・・・・・・)としても(・・・・)不思議ではなかろう(・・・・・・・・・)

 だって、見えている訳では無いのだから。

 

(ならば――――――)

「うっ……ぇうぅぅ……!」

 

 と、思考の海に浸かっていたイカナイカーを、女の子の嗚咽が現実に引き戻す。一先ず脅威が去った事により、溜め込んでいた物が一気に爆発したに違いない。目だけでなく、鼻や口端からも液が漏れていた。

 

『そう言えば、君は何故あんな所に一人で居たんだい?』

 

 イカネイカーが女の子を抱き寄せ、背中を摩りながら尋ねる。

 

「ひとりじゃ、ない……パパも、ママも、お姉ちゃんもいた……! でも、とつぜん、お姉ちゃんがばけものに変えられて、パパとママが食べられちゃって、さいごに……わたしを……!」

『………………!』

 

 話題を逸らそうとして地雷を踏んだ。そう自覚したイカネイカーは、黙って女の子を抱き締めた。

 どうしてこの世界って奴は、こんなにも理不尽で不公平なのだろう。こんな街に居る時点で女の子たちの一家も訳アリだったのであろうが、だからと言って目の前で姉を化け物に変えられ、その姉に両親が殺されるという悪夢を、年端も行かない少女に見せ付けて良い理由は無い。

 

『……悔しいよね?』

「うん……」

蠅声為邪神(あいつら)が許せないよね?』

「うん……!」

『やり返したいって、思う?』

「あたりまえだよ……!」

『………………』

 

 そして、イカネイカーは決心し、女の子に訊ねる。

 

『人生を棒に振る覚悟、あるかい?』

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 デルタ・コーポレーション東京支社ビル、最上階。

 

「アイスちゃん、出勤!」「マジかよ」『流石ですよっと』

「おう、社長出勤ご苦労さん」『おやおやオヤ、団体様のお着きデ』

 

 テレポーテーションして来たアイスたちが、ゾルディアス(とベルゼブブ)と合流した。室内は既に作戦実行(オペレーション・)状態(モード)に移行していて、どデカい立体映像装置を中心にデスクが並び、それぞれにオペレーターが座り、仕事に就いている。アイスたちが居るのは、社長デスクを変形させた作戦司令席である。

 

「知ってはいたけど、本当に何でもありだな、お前」

「ボクは「ギャガン」シリーズのモデルになった、超能力(エスパー)少女なのだ。念話能力(テレキネシス)念動力(サイコキネシス)瞬間移動(テレポーテーション)発火能力(パイロキネシス)発電能力(エレキネシス)、何でもござれなのだ~♪」

「さいですか」

 

 アイスの常識外れ振りに、バイパーは呆れるしかなかった。

 

「それで薬仏市はどうなったんだよ、社長?」

「もちろん、壊滅したのだ。生存者は多分ゼロなのだ~」

「………………」

 

 さらに、ゾルディアスの質問にアイスが朗らかに答えた事で、バイパーは呆れを通り越してドン引きする。多少処か県を一つ潰す勢いで戦火に巻き込んだというのに、この言い様である。

 

「里桜程じゃねぇが、お前も大分悪だな」

「そうなのだ? じゃあ逆に聞くけど、見ず知らずの赤の他人の命と、自分の大切な人たちの命を、同じ天秤に掛けられるのだ? ボクには無理だね」

「そうかい……」

 

 その言葉を聞いて、バイパーは確信する。里桜よりマシなだけで、こいつも立派なマッドサイエンティストなのだと。

 

『バイパーも下らない事に拘ってんじゃねーですよ。それより、現状はどうなってんのさ?』

 

 もちろん、同じマッドサイエンティストたるミルクは気にする処かバイパーを嗜め、状況報告を促した。事実として彼女の言う通り、蠅声為邪神が日本の首都を目指して進撃して来ているのだから、数万人程度の有象無象の命に構っている場合では無かろう。

 

「蠅声為邪神は、約一万八千の死人憑きを僚機として、死人憑きがマッハ七、蠅声為邪神はマッハ三のスピードで東京都(こっち)に向かっている」

『あの図体でよくもまぁ、そんなに速く飛びやがりますね~』

『我々はガス圧で身体を支えていマス。だから見た目に反してかなり軽いのでスヨ』

『……つーか、誰だお前?』

『ベルゼブブと申しマス。以後お見知り置きヲ』

『………………!』

 

 七大魔王の一柱がしれっと会議に参加している事実に、ミルクは驚きを禁じ得なかった。

 

「「大屠島(おおどしま)」近海より、SLBM五発の射出を確認! 蠅声為邪神へ向かっています! 着弾まで距離、約二万二千!」

「またミサイルか。何処のどいつの仕業だ?」

「識別不明、データにありません。……しかも、生物反応もあります」

「生物だと……?」

 

 しかし、突っ込んでいる余裕も無く、事態は更に混迷していく。薬仏市からそう遠くない海上(距離にして約二十五キロメートル)から、東京を目指して飛ぶ蠅声為邪神を目掛けて、所属不明のSLBMが五発も飛んで来たのだ。その上、そのミサイルには何故か生物反応まであるオマケ付き。本当に訳が分からない。あと、ミサイルにしては飛行速度が早過ぎ。

 幸い、蠅声為邪神に着弾するタイミングが東京湾上空なのが救いではあるが……。

 

『グゴガギギガガガガガッ!』

 

 だが、ミサイル当たる前に、蠅声為邪神が胸部を怪しく輝かせながら不気味な声を上げると、一つ残らず空中で爆発してしまった。

 

『電磁パルスか』

 

 そう、ミルクの言う通り、蠅声為邪神が放った指向性かつ強力な電磁波によって、ミサイルが誤爆したのである。蠅声為邪神からすれば“煩い蠅を払い除けた”くらいの感覚だろうが、恐ろしい話だ。ビーム兵器だけでなくEMP搭載とか、完全に生物を辞めている。

 

「……死人憑きの一群、間も無く「海の森公園」上空へ到達します!」

「「PSYM」で弾幕を張りつつ、「SYCB」を発射! 水際で叩き落せ!」

 

 そうこうしている内に死人憑きたちが東京の沿岸に到達。東京支社ビルの迎撃システムが起動し、「PSYM」と「SYCB」が放たれる。先に「PSYM」で弾幕を張り、その最中に「SYCB」をばら撒く算段である。

 

「敵機、少数で編隊を組み、弾幕を擦り抜けています! 二十機に一機は突破し、前進しています!」

「クソが……! 「劣化ステリウム爆弾搭載型隠密性自爆無人機(DSKID)」発進!」

 

 しかし、あまりに数が多い為、進行を食い止めるには至らず、「DSKID(デスキッド)(Depleted Stellium Kamikaze Invisible Droneの略)」まで持ち出す事となった。ソロモン七十二柱の「ブエル」によく似た円盤型のドローンが、光学迷彩により姿を隠しつつ、次々と死人憑きに突っ込んで爆発し、その足を漸く止めるに至る。

 むろん、付近の避難出来ていない住民の殆どは流れ弾で死に、

 

「な、何この蛆……うぐっ!? あぐぶむむむ……産まれるぅぅうううっ!?」

『オギャーッ!』『オゲゲゲゲッ!』

「うわっ、来るな! やめ……へぐぅっ!?」

 

 生き残った内の妊婦は、死人憑きの死骸から発生した寄生体が体内に入り込み、胎児が複数体の「たたりもっけ」に変化されて、爆裂出産。近くの人間に食い付き、そいつらもまた不完全ながらも死人憑きに変身して、減った頭数に加わっていく。

 

『ギコァアアアヴヴヴッ!』

 

 しかも、そこへすかさず蠅声為邪神が着陸、

 

『ヴォォォァァァ……ッ!』

「ひぃっ!?」「うぐぅっ!」

 

 無数の触手を伸ばし、生き残りや少し先の避難民を根こそぎ呑み込んでしまった。

 

 

 ――――――キィァアアアアアア……ビシュァアアアアアアアアッ!

 

 

 そして、先ずは東京支社ビルの根を破壊し尽くしてから、変換した死人憑き五万八千体を追加する。それらが更なる奥地で捕食及び繁殖活動を開始したので……もう滅茶苦茶だよ!

 

「……こりゃあ、蠅声為邪神本体を如何にかするしかないのだ。最悪、純ステリウム爆弾で滅却するしかないかもしれないのだ~」

 

 「PSYM」「SYCB」「DSKID」の波状攻撃を浴びながらも元気に進撃する蠅声為邪神を見て、アイスは冷徹に判断を下した。

 

「おい、ふざけんなよ! 東京を地図から消す気か!」

「現状だと、都民の半数と引き換えに死人憑きやたたりもっけを皆殺しには出来るけど、蠅声為邪神を殺すには、被害を気にしてるようじゃ火力が足りないのだ。それとも、オマエに代案を出せるのだ?」

「くっ……!」

 

 バイパーは思わずアイスへ掴み掛るも、反論の余地が無い為、押し黙るしかなかった。その間も、量産型ラスターロボの一斉攻撃にもびくともせず、頭部甲殻の節足を伸ばして“光る鞭”のように振るい、次々と撃墜していく蠅声為邪神。既に東京都の三分の一を蹂躙している。文字通り戦いの桁が違う。

 と、その時。

 

 

 ――――――ゴバァアアアアアンッ!

 

 

『ギカァァヴォッ!?』

 

 突然、蠅声為邪神の胸部卵殻が内部から爆発した(・・・・・・・・)

 

「おい、何が起きた!?」

「内部でメタンガスが連鎖爆破した模様!」

「メタンガスだと……!?」

「あっ、アレ見ろよ!」

「『『「………………!」』』」

 

 さらに、バイパーに言われて見れば、爆炎の中から飛び出す一つの影が。

 

「イカネイカー!?」

「女の子も居るのだ~」

 

 その正体は、女の子をしっかりと抱かかえながら飛ぶ、イカネイカー。密かに東京に侵入していた彼は、女の子の“息”を囮にして触手から内部に侵入、メタンハイドレードを皮膜で包み着弾と同時に爆発する【メタングレネード】という技で、蠅声為邪神自身のエアロゾル化したメタンガスに着火、連鎖爆発を起こす事で破壊したのだ。流石の邪神様も、獅子身中の虫が中で自爆する想定まではしていなかったらしい。

 ともかく、これで死人憑きの無限増殖殺法は封じられた……は良いが、手放しに喜ぶ事は出来ないだろう。

 

『ギカァヴォォォ……ガヴァアアアアアッ!』

 

 何故なら、蟻のようにちっぽけな羽虫如きに風穴を開けられて怒り狂った蠅声為邪神が、大人気なくイカネイカーを追って飛び始めたからである。機動性はイカネイカーの方が遥かに上ではあるものの、そもそも規模が違い過ぎるので、逃げ切れる筈も無い。

 

『だから青いのでスヨ。「煤屡氣(メルキ)」師団の若造ガ』

 

 そんな蠅声為邪神を見て、ベルゼブブが吐き捨てた。彼にとって蠅声為邪神は“縄張りに侵入した同族”でしかないので、この反応も無理からぬ事だろう。

 

「おっ、東京湾の方に逃げてくれてるのだ。今の内に――――――」

「………………」

 

 すると、バイパーが踵を返して、何処かへ行こうとする。

 

「何処へ行く気なのだ?」

「……あのラスターマシン、有人用のもあるんだろ? 貸しやがれ」

「行ってどうするのだ?」

「俺は狂科学者(マッド)でも戦争屋でもねぇ、唯の壊し屋なんだよ」

「………………」

 

 アイスが嗜めるも、聞く耳はまるで無かった。

 

「仕方ないのだ。ゾルディ、“真”型のアレ、使わせてやれ。オマエも手伝ってやるのだ~」

「ヘイヘイ」

 

 どうやら、アイスに秘策があるらしい。“こんな事もあろうかと”って奴だ。流石は科学者である。狂ってるけど。

 

『ならばワタクシもお手伝いしましョウ』

 

 と、今まで傍観していたベルゼブブが挙手した。こいつ、分かっているのか?

 

「オマエに操縦(・・)出来るのだ?」

『出来ますトモ。悪魔ですカラ(・・・・・・)

「………………」

 

 ディヴァ子を知っている身としては、是非も無かろう。

 

『しゃーないから、私も手伝ってやりますよ、バイパー』

「……おう」

「フゥ……まぁ、社長命令だからな」

『ンフフフ、愉しい遊覧飛行になりそうでスネ~♪』

 

 そして、三人(+一匹)の若くない命が矢面に立つ。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 東京湾、上空。

 

『シネェエエエエエエエッ!』

 

 胸を食い破られた蠅声為邪神が、眼を真紅に輝かせながら、節足の鞭を次々と伸ばす。

 

 

 ――――――ビシュアアアアッ!

 

 

『………………!』

 

 その先端から頭部よりは小規模のビームが発射され、イカネイカーは必死になって避ける。象が蟻を踏み潰す処か、羽虫をガンシップのフルバーストで焼き尽くそうとしているような物だ。掠る事すら許されない過剰火力である。それだけ怒っていると言えばそれまでだが、“宇宙大群獣”の二つ名を象徴する増産能力を失ったのだから、無理もない。

 

 

 ――――――ビシュァアアッ! バシュゥゥッ! ズギャアアアッ!

 

 

『くっ……!』「イカさん……!」

 

 避けて、躱して、旋回する。たった一人の少女と、己の意地だけでやって来たが、早速後悔と恐怖に苛まれていた。圧倒的熱量と速射性、加えて縦横無尽な角度から放たれるビームは、生き物なら誰しもが震え上がる代物であろう。

 だが、動かずにはいられなかった。言葉が通じる癖に話にならない、殺されるだけ有難いと思えとでも言わんばかりに蹂躙する、その理不尽な態度。誰も救わない神が、何処にいるというのだ。

 こんな幼い少女まで絶望させる奴なんて、神でも何でもない!

 

 

 ――――――ビュアアアアッ!

 

 

『うっ……!?』「イカさんッ!」

 

 しかし、現実は非情である。避け損なった光の軌跡が、イカネイカーの右腕と右脇腹を蒸発させた。

 

 

 ――――――キィィアアアアアアア……ァァヴァアアアアアアアアアアアアアアアッ!

 

 

 さらに、蠅声為邪神が金切り声からの雄叫びという、明らかに今まで以上のエネルギーを溜めて、イカネイカーに狙いを定めた。連射式のビームで機動力を奪い、避け様の無い最大出力で仕留めようとは、本当に大人気ない。

 

『……クソォッ! 神も仏もありゃしない! こんな世界なんて、大嫌いだぁあああっ!』

 

 己の最期を悟り、この世の全てに恨みをぶつけるイカネイカー。

 

「イカさん……!」

 

 だが、幼気な少女を助け、その無念を晴らそうと、勝ち目の無い戦いに挑む姿は、少なくとも女の子にとっては英雄(ヒーロー)そのものであった。

 

《チェンジ・真ラスター!》

『ギカァァヴォォッ!?』

 

 そして、その想いに応えるが如く、雲海を突き破って、巨大なロボットが出現する。ラスターロボをベースに、より精錬されたデザインかつ出力が上がっている事も伺える、真なる極光(ラスター)。「真ラスターロボ」の見参だ。その隙に、イカネイカーたちは退避した。

 ここからは外なる神と機械仕掛けの神の戦いである。

 

『ゴヴヴヴッ!』

《デルタ・フィッション!》《チェンジ・ラスター2! 【スパイラル・ドレイル】!》

 

 蠅声為邪神の節足鞭を、真ラスター1は三機のラスターマシンに分離して躱し、次いで真ラスター2に変形合体、そのまま追撃する。

 

《全然駄目じゃねぇか!》《良いから“KILLポイント”まで誘導しろ!》《ンフハハッ! 愉しいお仕事デス♪》

 

 しかし、蠅声為邪神の強度は相変わらずで、胸部の傷口を少し抉るぐらいが精々であった。とは言え、何か切り札はある模様。

 

 

 ――――――キァアアアアア……ビシュアアアアアアッ!

 

 

《このっ……デルタ・フィッション!》《チェンジ・ラスター3! 【アルティメット4D】!》

『ゴヴヴヴゥゥン!』

《落ちろぉおおおおおっ!》

 

 さらに、破壊光線を分離回避しつつ真ラスター3に変形合体、小規模なブラックホールの四重奏を盾に突貫、蠅声為邪神を地表へ向けて押し込んでいく。

 むろん、こんな物で蠅声為邪神は斃せないだろう。

 だが、それでいい。真ラスターの役割は“この場所”まで蠅声為邪神を誘導する事だったのだから。

 

『ギカァァ……!』

《今だ! デルタ・フィッション!》《射線から離れろ!》《ワ~ォ♪》《やっぱ来るんじゃにゃかった!》

 

 蠅声為邪神が態勢を立て直すと同時に、真ラスターが分離したまま散開する。まるで巻き込まれては堪らないと言わんばかりに。

 もちろん、それは紛れも無い事実であった。真ラスターが避けた瞬間、蠅声為邪神の眼に飛び込んで来たのは、

 

『これが勝利の鍵だぁ! 食らえ、【ステリウム・バスター】!』

 

 変形展開してキャノン砲のように構えた、デルタ・コーポレーション東京支社ビルが放つ、破滅の光だった。

 

 

 ――――――ドギャヴォオオオオオオオオオオオオオッ!

 

 

『ギガァァアアヴォオオオオッ!?』

 

 純ステリウム光石を変換して放つ加粒子砲が、蠅声為邪神を襲う。さしもの邪神も、月をも穿つ威力を誇る粒子エネルギーの奔流には耐え切れず、装甲が崩壊し始める。

 

『……シィネェエエエエエエエェェェェッ!』

《うぉっ!?》《コイツ!?》《往生際の悪イ!》

 

 しかし、最後の足掻きか、それとも八つ当たりの道連れか、蠅声為邪神の節足鞭が、避難しようとしていた真ラスター1を雁字搦めに捕らえ、ステリウム・バスターの射線上に投げ入れようと、猛烈な勢いで引きずり込む。

 

『――――――【メタンハイグレネード】!』

《助かった!》《デルタ・フィッション!》

 

 だが、最後の力となけなしの勇気を振り絞ったイカネイカーの【メタンハイグレネード】が、節足鞭を破壊して、真ラスター1を救った。純ステリウム粒子によって分子崩壊を起こし始めていた蠅声為邪神の、それも比較的脆い節足部では耐え切る事が出来なかったのだ。

 

『ダギァアアッ!? ガ……グ……ゴ……ゴミムシ共ガァ! チクショォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』

 

 そして、薬仏市を壊滅させ、東京都に甚大な被害を齎した蠅声為邪神は、己自身が果てしなき闇の彼方へ消え去る事と相成った。

 

《面白くなってきましタネ。もう少し滞在期間を延ばしましょウカ……》

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 それから暫しの時を経た、神無川県(かむがわけん)薬仏市(やくぶつし)土洛町(どらくちょう)。デルタ・コーポレーションの全兵力を駆使した“消毒作業”によって、東京共々に復興が始まっている。蠅声為邪神という母体を失った死人憑き及びたたりもっけなど烏合の衆でしかなく、多大な犠牲は伴ったものの、根絶やしにする事には成功した。復興の方も、デルタ・コーポレーションの超科学力によって、驚くべき速さで進んでいる。今や街道程度なら危なげなく歩ける程だ。

 

「へぇ~、ここが例の場所か~」

「マジですっごいボロボロ。写真撮っちゃお~♪」

 

 しかし、そんな復興現場には、こういう冷やかしが付き物。己の好奇心が赴くままに、被災者の心を踏み躙る、最低な奴らである。この二人の大学生バカップルも、その一部。

 

『ア~ッハッハッハッハッ! オレは尊厳破壊部隊の「イカネイカー」!』

『そして、わたしはそのあいぼう、「イカボット」!』

 

 むろん、お天道さんが許しても、この「イカネイカー」と女の子が生まれ変わった「イカボット(特別な変化を施された「ホトボット」)」が許さない。

 

『食らえっ! 【イカネイカードクロイドム】!』『【イカボットホロワード】!』

「「ぎゃあああああっ!?」」

 

 こうして、大学生たち()は滅びた。クズに存在する価値無し。

 さぁ、この調子で今日も神に唾を吐く生き方をしよう!

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

『イヒヒヒ!』『キャハハハ!』『アーッハッハッハッ!』

 

『――――――ゥゥ……オギャアア、オギャアアア……ギカァアアアヴォォォヴッ!』




◆イカネイカー

 純子の手により完全変態を遂げた怪人型の「改造人間」。烏賊を主体とした様々な頭足類の要素が詰め込まれた姿をしており、変幻自在の烏賊頭巾【イカネイカードクロイドム】で相手を包み込み自身に忠実な生体奴隷「ホトボット」に魔改造する能力を持つ。また、メタンで呼吸をしている為、見た目よりもかなり体重が軽く、メタンガスを燃料にして高速飛行が可能な他、超圧縮したメタンハイドレードの結晶を発射して爆裂させる【メタンハイグレネード】という必殺技を持つ。
 過去のトラウマから阿保な女子大生を忌み嫌い、次々とホトボットに魔改造する通り魔染みた事をしてきた立派な悪人だが、彼が居なければ七日で日本は蠅声為邪神の巣になっていた。
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