「もう! どうしてもっと早く起こしてくれなかったの!?」
ルイスはトランクの入っているカートを押しながら、後ろを早足で追いかけてくるラウルに向かって文句の言葉を投げつけていた。その言葉の投石を甘んじて受け止めながら、ラウルは人目を集めていることに無自覚な妹をどこか困ったように見つめていた。
「仕方がないよ、みんなで寝坊してしまったんだから」
「時間に間に合ったからよかったけれど、寝坊で乗り遅れたなんてマクゴナガル先生に知られたら、何て言われていたことか!」
「まあ、ジュリアード! 寝坊で汽車に乗り遅れるとはどういうことです!?」
その口調が本当にマクゴナガル先生そっくりで、ルイスは驚いてラウルを振り返る。すると、ラウルは声を上げて笑いながら、先を急ぐようにと促した。
「そうなっていたらきっと、ルイスは僕とリーマス宛に吼えメールを送りつけていただろうね」
「そうね、まとめて十通くらい」
九と四分の三番線に繋がっている柵を抜けると、プラットホームは異常なほど混雑していた。ふくろうの“ルナ”が興奮気味にほうほうと鳴きはじめる。
『え? このふくろう、名前がないのかい?』
リーマスが驚いてそう言ったのは昨夜のことだった。それは少し可哀相だろうという顔でルイスを見た。
『素敵な名前を考え付かないまま時間ばかりが過ぎてしまって』
『ルイスらしいというか、何というか……』
リーマスはそう言って苦笑いを浮かべた。
だが、名前がないというのは確かにかわいそうなことなのかもしれない。そう思ったルイスは、リビングから窓越しに空を見上げ、小さく唸り声をあげた。それから思いついたように、顔の前でぱちんと両手を打ち鳴らす。
『分かった! ルナ、ルナにしよう!』
ルイスは欠けた月を見て、思ったことを口にした。
『……ルイス』
リーマスは困惑したような表情を浮かべていた。
『いいんじゃない? いい名前だと思うよ』
ラウルが悪戯っぽい顔をして後押しをしてくれたので、結局はその名前に決定されてしまったのだ。
「ほら、せっかく名前も命名してあげたんだし、今度こそ――」
「分かってる。ちゃんと手紙を書くから」
ラウルが心を見透かしたように言ったので、ルイスは自分の口でその先を続けた。休暇中に今度こそ手紙を書くようにと、何度言われたか分からない。手紙を書かなかったことを咎めることはしなかったが、相当根に持っているということが分かった。
もうどこのコンパートメントも空いてはいないだろうとルイスが思っていると、少し前の方からこちらに向かって手を振っている人影を見つけた。
「ルイス!」
ルイスとハーマイオニーはお互いに駆け寄ると、久しぶりの再会が嬉しくて軽く抱き締めあった。
「ハーマイオニー、休暇は楽しんだ?」
「ええ、もちろん。あなたは?」
「あたしはいつも通り。あ、ちょっと待って――ラウル!」
ルイスは後ろの方で自分を見失っているラウルを呼び寄せ、目の前にいるハーマイオニーに紹介した。
「ハーマイオニー、これが兄のラウルだよ。ラウル、こちらはハーマイオニー・グレンジャー」
「ああ、君がハーマイオニーか。ルイスから話は聞いているよ、賢いお嬢さんだってね」
ラウルがそう言ってよろしくと手を差し出すと、ハーマイオニーは少し赤くなって、もじもじとしながら手を握り返した。
「ルイスのことを宜しく頼んでもいいかな。目を離すとすぐに厄介ごとに首を突っ込んでしまう習性があるらしくてね」
「ラウル、余計なこと言わないで」
恥ずかしいとかそういうことではなく、ラウルが本当にそれをハーマイオニーに頼んだら、ハーマイオニーは簡単に承諾してしまうのではないかと思い、咄嗟にそう口にしていた。
「ほら、そろそろ汽車が出るよ」
ラウルはくつくつと喉の奥で噛み殺すように笑いながら、ルイスとハーマイオニーの背中を軽く押した。
「ハーマイオニー、席は取ってあるの?」
「取ってあるわ。私、ずいぶん早くに着いてしまったから」
ラウルは先にハーマイオニーを汽車に乗せると、ルイスだけを呼び止めた。
「言いたいことは分かっていると思うけど、これが最後だから我慢して聞くんだよ」ラウルは苦笑を浮かべて、そう前置きをした。「あまり無茶なことはしないように。困ったことがあったら学校の先生に相談をするか、もし学校の先生に相談できないことだったら、僕たちにルナを送ってほしい。それから、その耳飾りを決して無くしてはいけないよ」
ラウルはそう言うと、ルイスの耳飾りに軽く触れた。
「そして、少なくとも月に一度は手紙を書くこと。分かったかい? じゃあ――お別れのキスをして」
ルイスはラウルの頬に自分の唇を押しあてた。しかしすぐに眉を寄せて、心配そうな顔をした。
「もうひとりの家族にも、必ず手紙を書くと伝えてくれる? もし家にいたかったら、ずっといてくれてもいいよって」
「ルイスは相当彼が気に入ったみたいだね」
「うん、ラウルと同じくらい大好き」
「分かった、必ず伝えるよ。ふたりでルナの姿を窓から探すことを日課にするからね」
最後の言葉を冗談として受け取り、ルイスはハーマイオニーの傍まで走っていった。振り返るとラウルはにこりと微笑んで手を振り、次の瞬間には、姿くらましをしたのか、どこにも見当たらなくなる。
「さあ、こっちよ」
ルイスはハーマイオニーの後について、コンパートメントまで行った。トランクががんがんと壁にぶつかってうるさく音をたてたが、汽車に乗っている生徒たちの声にはかなわなかった。
コンパートメントに入ると、そこにはハーマイオニーのトランクと、ルイスがクリスマスにハーマイオニーへ贈ったプレゼントの本が置かれていた。
「あ、そうだわ、ルイス。プレゼントをありがとう。この本、凄く素晴らしいわ!」
ハーマイオニーは、その本をもう既に三回も読み返したと言っていた。
「ニコラス・フラメルのことだけど、ハリーやロンから何か連絡はあった?」
「いいえ、なかったわ。私は両親に聞いてみたけど、そんな名前は聞いたことがないって。 ルイスは? まさか、お兄さんに――」
「聞いていないよ」
ルイスはハーマイオニーの言葉を先回りして言った。本当はリーマスに聞いてみようと思ったのだが、リーマスの口からラウルに漏れてしまい、ないとは思うが、セブルスに漏れてしまったらハリーたちに何を言われるか分からない。ハーマイオニーはラウルとセブルスが友人だと知っているし、後々のことを考えると、リーマスにも話さないほうが得策のように思えたのだ。
「あたしは家にある本で調べてみたんだけど、結局見つからなかった」調べたことには調べたのだが、あまりの本の多さに見つけられなかったといったほうが正しいだろう。「だけど、前にどこかで見たのは確かなの。絶対にフラメルという名前には覚えがあるから」
「確かハリーもそんなことを言っていたわね。あのふたりが何か見つけてくれているといいけど」
ハーマイオニーはそこまで言うと、急に話を止めて、ルイスの耳元に目をやった。
「あなた、前からそんなものを付けていた?」
「あの、ううん。でも、これって目立つかな」
「髪で隠れるからあまり見えないわ。だけどそれ、どうしたの?」
ルイスはどう言ったものかと悩んだが、ハーマイオニーには本当のことを話すことにした。別に、この耳飾りのことを話しては駄目だと口止めされているわけではない。
「ジュリアード家に代々伝わる大切なものなんだって。代々ジュリアードの直系の者が身につけていたって、ラウルが教えてくれた。あたしのお父さんも付けていたって」
父親の話になると、ハーマイオニーは少し引きつった顔をしたが、ルイスは気にしなかった。ただ、ダンブルドアから耳飾りを受け取ったということは話さなかった。きっとそれを話せば、ハーマイオニーは混乱してしまうだろう。
「でも、それを付けていて先生は何も言わないかしら」
「それはまだ分からないけれど、でも何とかなると思う」
ホグワーツ特急の中のルイスたちのいるコンパートメントには、何となく重苦しい空気が立ちこめていた。それでも、ふたりはそれに気付かない振りをして、取り留めない話をし続けた。するとやはり、ハーマイオニーは学校の勉強のことを話したがった。
だからルイスは聞いている振りをして、早くホグワーツに到着してくれないかと、ずっと祈るような気持ちで考えていた。
「――やあやあ、ルイスじゃないか」
ホグワーツに到着する間際、ふたりのいるコンパートメントに突如としてドラコ・マルフォイ、クラッブ、ゴイルが現れた。
「あら、ドラコ。着替えの覗きにでも来たの?」
ちょうど、ルイスとハーマイオニーはローブに着替え終えたところだった。それなのでルイスが冗談混じりにそう言うと、ドラコは微かに頬を赤く染めた。
「何かご用?」
ルイスは早くコンパートメントを出ていってほしいと思いながら、眉を寄せてドラコを睨み付けた。もしかしたら、ハーマイオニーも同じように睨んでいたかもしれない。
「君が未だにマグル生まれのやつと一緒にいるのが不思議だと思ってね」
「ドラコ、もう忘れたの? それとも、今度は足縛りの呪いをかけて欲しいってこと?」
ルイスはポケットに手を突っ込み、杖の柄を握った。ハーマイオニーはドラコを睨み付けるのに夢中で、そのことに気付いていない。しかし、ドラコは話すことすら純血の名に恥じるとでも思っているのか、ハーマイオニーを完全に無視している。
「いいか? ルイス、僕はあのことを父上に話していない。だけど、話したらどうなるかは分かるだろう? 君はただでは済まされないぞ」
「ただでは済まされないのは、どちらだと思う? どうぞ、話したいのなら話してくれて構わない。あなたの尊敬するお父上さまは、あたしがあなたに呪いをかけただけで、あたしをどうこうすることは出来ないでしょうしね」
ドラコは憤慨して口を開きかけたが、すぐにまた口を閉じた。その視線が、ルイスの耳元に伸びているような気がする。そしてそれを、まじまじと見つめているように感じた。
「言いたいことはそれだけ? だったら、さっさと出ていって」
ルイスは咄嗟に髪で耳飾りを隠した。ドラコはきっとルイスを睨み付けたが、次の瞬間には後ろのふたりを引きつれて、渋々とコンパートメントを出ていった。その足音が遠ざかって聞こえなくなるまで、ルイスはポケットの中で握った杖を離さなかった。
「ルイス、大丈夫?」
それほどまでに酷い顔をしていたのか、ハーマイオニーが横からルイスの顔を覗き込んで、心配そうに問いかけてくる。
「うん、大丈夫。ほら、汽車が停まったよ。早く降りよう」
ルイスは早くハリーやロンに会って、クリスマス休暇の最中にあったであろう面白可笑しい話を聞きたかった。このままハーマイオニーとふたりきりでいたら、この重苦しい雰囲気に押し潰されるのではないかと思った。
グリフィンドール寮の談話室にふたりが到着する頃には、談話室はクリスマス休暇帰りの寮生たちで既に賑わっていた。ハリーとロンはその中でチェスの大戦をしていたが、やはりロンのほうが優勢だった。
「やあ、ふたりともお帰り」
ハリーがにっこりと笑って言った。もしかしたら、この負け試合を終わらせるための口実が出来て喜んでいるのかもしれない。ハリーは、ルイスのクリスマスプレゼントを大いに喜んでくれたようだった。目をきらきらと輝かせて、どんなに嬉しかったかを語ってくれた。
ひとしきりクリスマスプレゼントについて話し合った後、ルイスとハーマイオニーはクリスマス休暇中にホグワーツであったことをハリーやロンから聞いた。
「透明マント?」
ルイスは休暇前に自分がハリーに言ったことを思い出した。閲覧禁止の棚を見ていたハリーがマダム・ピンスに毛ばたきで追い出されたときの話だ。透明マントがあれば入り込めるかもしれないと、そう言ったのだ。
「うん、クリスマスプレゼントでもらったんだ。差出人の名前はなかったんだけど、父さんから預かっていたって」
ルイスはすぐに、それがダンブルドアではないかと思った。しかし、ルイスがそれを言う前に、ロンが話を先に進めてしまった。
ハリーは、その透明マントを使って三晩も続けてベッドを抜け出し、学校中を徘徊していたらしい。ルイスは楽しげにその話を聞いていたが、ハーマイオニーは驚きと呆れでどうにかなってしまいそうだった。それと同時に、どうせならニコラス・フラメルについてハリーが何か見つけてくれればよかったのに、とも悔しがった。
抜け出したときに見つけたというみぞの鏡は、ルイスにとっても酷く興味深く感じられたが、ダンブルドアがどこかに隠してしまったと聞いて、少しがっかりした。
クリスマス休暇を終えて何日も過ぎたというのに、図書室ではフラメルは見つけられないのではないかと、四人はほとんど諦めはじめていた。しかし、ハリーとルイスは絶対にどこかでその名前を目にしたことがあるはずだと、そう間違いなく確信していることに変わりはなかった。
ハーマイオニーに次いで熱心にニコラス・フラメルを探すことに努めていたハリーだったが、クィディッチの練習がはじまると図書室にばかり通ってもいられなくなったようだ。ことあるごとに作戦会議を行うといって、ウッドがハリーを連れ去っていくのだ。
「ハリー、大丈夫かな。凄い雨だけれど」
図書室から戻ってきた三人は、談話室でひとつのテーブルを囲んでいた。ロンとハーマイオニーはチェスの対戦中だ。その隣で、ルイスはその対戦をぼんやりと眺めながら、心配そうな顔で外を見た。
「大丈夫だよ。そろそろ練習も終わる時間じゃないかな」
ロンが唯一ハーマイオニーに勝てるのはチェスだけだったので、その対戦を存分に楽しんでいるようだ。そして、しばらくすると、ロンが言った通りにハリーが肖像画裏の穴をよじ登って、談話室に戻ってきた。顔色がすこぶる悪く、最初は具合が悪いのかと思ったほどだ。
「ハリー、大丈夫? 顔が真っ青だよ」
ルイスはそう言って、ハリーを自分の隣に座らせた。
ハリーは、他の人に聞かれないような小声で、セブルスが突然クィディッチの審判をやることになりそうだということを言った。チェスの対戦中だったハーマイオニーとロンも、それにはすぐに反応を示した。
「ハリー、そんな試合に出ちゃだめよ」
「病気だって言えよ」
「足を折ったことにすれば?」
「いっそ本当に折ってちゃえ」
みんなはまだ、セブルスがハリーを殺そうとしていると思っているようだった。その話題になると途端に閉口するルイスだったが、三人はああでもない、こうでもないと言い争いを続けていた。クィディッチの試合は、大観衆のなかで行なうものだ。本当にセブルスがハリーを殺そうとしていたとしても、そんな目立つ場所で殺そうなどと考えるだろうか。
「そんなことできないよ。シーカーの補欠はいないんだから。僕が出ないと、グリフィンドールはプレイできなくなってしまう」
そのとき、たった今ハリーがよじ登ってきた肖像画の穴を通って、ネビルが談話室に落ちてきた。どのようにして這い登れたのか、両足が魔法によってぴったりとくっつけられている。足縛りの呪いにかけられたのだろう。
皆はどっと笑い転げたが、ハーマイオニーだけはすぐに立ち上がって反対呪文を唱えた。
「どうしたの?」
ルイスが眉を寄せて、ハリーとロンのそばに座ったネビルに尋ねた。
「マ、マルフォイが……」ネビルの声は震えていた。「図書室の外で会ったんだ。誰かに呪文を試してみたかったって、そう言ってた」
ルイスはそれを聞いて、ネビルに少しだけ申し訳ないような気がした。汽車の中でルイスが言った呪いを、ドラコが試してみたいと思ってしまったのだとしたら、責任は自分にあるような気がした。
「マクゴナガル先生のところに行きなさいよ! マルフォイがやったって報告するの!」
ハーマイオニーはそう急き立てたが、ネビルは慌てて首を横に振った。
「これ以上の面倒は嫌なんだ」
「ネビル、そういうときは立ち向かえよ。あいつは平気でみんなを馬鹿にしてる。それに屈服してばかりいたら、あいつがどんどんつけ上がるだけだ! ルイスを見ろよ、あいつはマルフォイに鼻呪いをかけたんだよ!」
ルイスは突然自分の名前が出ていたことに驚いた。ネビルはロンの説得も空しく、ますます肩を落としてしまっている。
「僕には勇気がないからグリフィンドールにふさわしくないなんて、言われなくても分かってるよ。マルフォイがさっきそう言ったから。僕には、ルイスみたいな勇気はないんだ」
ネビルは声を詰まらせた。ハリーは何を思ったのか、ポケットを探って蛙チョコを取り出し、それを今にも泣き出してしまいそうなネビルの手に押し付ける。
「マルフォイが十人束になったって、君には及ばないよ。君は組み分け帽子に選ばれて、グリフィンドールに入ったんだろう? マルフォイはどうだい? 腐れスリザリンに入れられたよ」
ルイスは、ハリーの腐れスリザリンという言葉に思わず吹き出してしまった。
スリザリン寮生すべてが悪い人だとは思っていない。けれど、ドラコだけを見ると、腐れスリザリンと言われても仕方がないと思った。
ネビルは蛙チョコの包みを開けながら、少しだけ嬉しそうに微笑んだ。ルイスはその蛙チョコを見て、何か直観的に感じるものがあった。
「ハリー、ありがとう。僕はもう寝るよ。このカードあげる。集めているんだよね?」
ネビルが階段を上って男子寮に姿を消してしまうと、ハリーは受け取ったカードを眺めだした。
「ああ、またダンブルドアだ」
その時、ルイスの妙な感じは、確信に変わった。我慢できずに、ハリーの方へ身を乗り出した。
「ハリー、裏の説明書きを読んでみて」
多分、ルイスがそう言ったのと、ハリーが裏を食い入るように見つめたのはほとんど同時だった。
「見つけたぞ!」ハリーが興奮気味に言った。「フラメルを見つけた! どっかで名前を見たことがあるって、僕言ったよね? ホグワーツに来る汽車の中で見たんだ。『ダンブルドア教授は特に、一九四五年、闇の魔法使い、グリンデルバルドを破ったこと、ドラゴンの血液の十二種類の利用法の発見、パートナーであるニコラス・フラメルとの錬金術の共同研究などで有名である』」
ハーマイオニーは飛び上がった。こんなに興奮したハーマイオニーを見るのは、最初の宿題が採点され、戻ってきた時以来だった。
「まあ、そうだわ! ちょっと待ってて!」
ハーマイオニーは女子寮への階段を駆け上がっていった。そしてすぐに、巨大な古い本を抱えて戻ってくる。
「この本で探してみようなんて考えつきもしなかったわ」ハーマイオニーが興奮する脇で、ルイスは首を傾げた。「この本なら、あたしの家にもある」
「ちょっと軽い読書をしようと思って、ずいぶん前に図書室から借りてきていたの」
「軽い? これが軽いだって?」
そうロンが口走ると、ハーマイオニーは厳しく睨み付けて黙らせてから、独り言を漏らしつつ物凄い勢いでページを捲りはじめた。
「――これよ! これだわ!」ハーマイオニーはそう言って、本の中の一文を指差した。「ニコラス・フラメルは、我々の知るかぎり、賢者の石の創造に成功した唯一の者である!」
「賢者の石って?」
ハリーとロンの反応は今一だった。
「まったく、もう。ふたりとも本は読まないの? もちろん、ルイスは知っているわよね?」
ハーマイオニーはそう言い、期待に満ちた表情でルイスを見た。ルイスはこくりと頷いて、説明を求めているハリーとロンに目を向ける。
「賢者の石っていうのは、どんな金属も黄金に変える力があると言われている特別な石だよ。飲めば不老不死になる、命の水の源とも言われているけれど」
「そう、そうなのよ! それから、ほら、ここも読んで」
賢者の石については何世紀にも渡って多くの報告がなされてきたが、現存する唯一の石は著名な錬金術師であり、オペラ愛好家であるニコラス・フラメル氏が所有している。フラメル氏は昨年六六五歳の誕生日を迎え、デボン州でペレネレ夫人と静かに暮らしている。
三人がそれを読み終えると、ハーマイオニーが待ち構えていたように言った。
「ね? あの犬はニコラス・フラメルの賢者の石を守っているに違いないわ! フラメルがダンブルドアに保管してくれって頼んだのよ。だって、ふたりは友達だし、フラメルは誰かが狙っているのを知っていたのね。だからグリンゴッツから石を移してほしかったんだわ!」
「本当にそんな石が存在するなら、スネイプが狙うのも無理ないよ。誰だってほしいもの」
ハリーがどこか呆気に取られたような様子で言った。
通りで最近の書物を漁っても出てこないわけだ。何百年も前の書物を調べないかぎり、ニコラス・フラメルの名前は出てこない。
クィディッチの試合を翌日に控えた朝、闇の魔術に対する防衛術の授業では、狼人間に咬まれた傷の様々な処置法についてノートを取りながら、ハリーとロンは賢者の石について話していた。けれど、ルイスは満月が近いことを思い出して、ふたりの家族のことを心配していた。脱狼薬の副作用はとても酷いらしく、ラウルは満月前の一週間、薬を服用している最中はいつも、具合が悪そうにしている。せめて、満月の日が曇ってくれればいいのにと、ルイスは思わずにはいられなかった。
「僕、試合に出るよ」
ハリーは、ルイス、ロン、ハーマイオニーの三人に向かって意を決したように言った。
「もし出なかったら、スリザリンの連中はスネイプが怖くて僕が試合に出なかったと思うに決まってるんだ。だから、目にもの見せてやる。僕たちが勝って、連中の顔から笑いを拭い去ってやる」
「グラウンドに落ちたあなたを、私たちが拭い去るような羽目にならなければね」
ハーマイオニーがどこか冷めた表情で辛辣な言葉を口にすると、ハリーの熱意に浮かされたような顔をしていたロンが、むっとしたような面持ちを浮かべた。ハーマイオニーの腕を小突き、やめろよ、と諌めている。
ルイスの目には、ハリーが強がっているようにしか見えていなかった。刻一刻と試合の日時が近付いてくるにつれて、その身体が恐怖と緊張で強張っていくのは、目に見えて明らかだったからだ。
次の日の昼過ぎ、ルイス、ロン、ハーマイオニーは更衣室の外までハリーを見送った。再び生きてハリーに会えるのかどうか、ロンとハーマイオニーは本気で心配をしているようだ。
三人は応援席に到着するとネビルの隣に並んで座ったが、ネビルはどうしてロンとハーマイオニーのふたりが深刻な顔をしているのか、杖を握っているのか、さっぱり分からないという顔をしていた。
一方で、ルイスは事態を楽観視していた。セブルスがハリーを殺そうとするなど露ほども思っていなかったので、杖を握って目を血走らせているふたりを、半ば呆れた様子で眺めていた。
ふたりはハリーに黙って、密かに足縛りの呪文をルイスから習っていたのだ。ルイスはセブルスにこの呪文をかけることはなくても、いつかドラコたちにかけてくれるかもしれないということを願って、殊更丁寧に教えた。
だが、もしセブルスがハリーを傷つけるような素振りをちらりとでも見せたなら、さぞ見物なことがこの競技場で起こるだろう。
「いいこと、忘れちゃだめよ。ロコモーター モルティスよ」
「分かってるって。そうがみがみ言うなよ、うるさいなぁ」
ロンとハーマイオニーの会話を聞いて、ルイスはふたりには分からないように小さく笑った。
「あ」ルイスが声を洩らすと、ふたりはびくりと肩を震わせてこちらを見た。「ダンブルドアが見にきてる」
「えっ、それ、本当なの?」
ロンとハーマイオニーは、ダンブルドアを見て少しだけ安心したようだった。どのような人物であれ、ダンブルドアの前では悪さをしようなどと思わないだろう。
選手たちがグラウンドに出てくると、ルイスは双眼鏡越しにハリーの姿を探した。
「さあ、プレイボールだ! アイタッ!」
ハーマイオニーの向こう隣にいるロンの声でルイスが顔を上げると、ロンの後ろには、なんとドラコが立っていた。ここはグリフィンドールの応援席だというのに、ドラコはそこにある椅子にどっかりと腰を下ろした。
「ああ、すまないな、ウィーズリー。気がつかなかった」ドラコはふたりの子分に向かって、にやりと笑った。「この試合、ポッターはどのくらい箒に乗っていられると思う? 誰か賭けるかい? どうだ? ウィーズリー」
ルイスたち三人は顔を見合わせると、結局はドラコたちを無視することに決めた。
ジョージがブラッジャーをセブルスの方に打ったという理由で、セブルスがハッフルパフにペナルティ・シュートを与えたところだった。スリザリン生は途端に歓声を上げるが、それ以外の寮生は揃って非難の声を上げている。
ハーマイオニーは目を凝らして、ハリーを見つめ続けていた。ハリーはスリザリン戦のときと同じように、高いところでスニッチを探し、ゆっくりと旋回している。
「グリフィンドールの選手がどういうふうに選ばれたか知っているかい?」
しばらくすると、ドラコが聞こえよがしに話し出した。今度は、セブルスが何の理由もなくハッフルパフにペナルティ・シュートを与えようとしていた。もうゲームはセブルスの贔屓の下で成り立っているとしか言いようがない。
「気の毒な人が選ばれているんだよ。ポッターは両親がいないし、ウィーズリー一家にはお金がないだろう? ネビル・ロングボトム、君もチームに入るべきだね。だってほら、脳みそがないから」
それでもルイスは無視を決め込んだ。ハーマイオニーは目でハリーを追うことに夢中で、ドラコの声など聞こえないようだ。しかし、ネビルは顔を真っ赤にさせてドラコを振り返った。
「マルフォイ! ぼ、僕は、君が十人束になっても敵わないぐらい価値があるんだ!」
ネビルがありったけの勇気を振り絞って言うと、ドラコたちはそれを大笑いした。ロンは試合から目を離す余裕がなかったものの、それでもネビルに加勢した。
「そうだ、ネビル、もっと言ってやれよ!」
「ロングボトム、もし脳みそが金でできているなら、君はウィーズリーより貧乏だよ。つまり、生半可な貧乏じゃないってことだな」
ロンはハリーを気にしながらも、その顔には今すぐドラコに飛び掛かりたいと、そう書いてある。
「マルフォイ、これ以上一言でも言ってみろ。ただでは――」
「ロン!」突然ハーマイオニーが叫び、ルイスは双眼鏡でハリーを追った。「ハリーが!」
「何? どこ?」
ハリーが何の前触れもなく、物凄い急降下をはじめた。観衆が息を飲むなか、ルイスは先回りをしてスニッチを探した。
「運がいいぞ、ウィーズリー。ポッターはきっと地面に金貨が落ちているのを見つけたに違いない!」
ドラコがそう言うと、ついにロンの堪忍袋の緒が切れた。ルイスがハリーとスニッチを追うのに夢中ではなかったら、ロンがドラコの上に馬乗りになって地面に組み伏せていたところを見ていただろう。そして、ネビルが怯みながらもロンに加勢するのを見ていたはずだ。
「行けっ! ハリー」
ハーマイオニーは椅子の上に立って、ぴょんぴょんと飛び上がりながら腕を振り回している。ハリーはスニッチを追いかけて、スネイプの方へと猛スピードで突進していった。
ルイスは、後ろで勃発している喧嘩に意識を向けながらも、その目は絶対にハリーから逸らさなかった。ハリーはセブルスが箒の向きを変えた途端、その耳元をかすめていった。そして次の瞬間、ハリーは急降下をやめて、意気揚揚と右手を掲げて見せる。その手には、きらりと輝く黄金のスニッチが握られていた。
「ロン! ロン! どこ行ったの? 試合終了よ! ハリーが勝った! 私たちの勝ちよ! グリフィンドールが首位に立ったわ!」
ハーマイオニーはそう言ったかと思うと、ルイスの首にぎゅっと抱きついた。
「痛いよ。離して、ハーマイオニー」
ルイスはハーマイオニーの腕の中から何とか抜け出すと、フィールドの上に立っているハリーを見た。ハリーは何かダンブルドアと話をしている。その近くでは、青白い顔をしたセブルスが苦々しげに地面に唾を吐き出していた。