フィルチは有無も言わせず、三人を二階にあるマクゴナガル先生の研究室まで連れていった。その間中、ルイスはずっとポケットの中に手を入れて杖を握り、フィルチの記憶を綺麗さっぱり吹き飛ばしてしまおうかどうかを真剣に考えていたが、結局はそれを実行することはしなかった。
研究室の中で三人並んで座り、誰ひとり、一言も話さなかった。右隣にいるハーマイオニーはかたかたと震えている。左隣にいるハリーは、必死に言い訳を考えているようだ。
マクゴナガル先生はまたラウルに手紙を書くかもしれない。無茶なことはするなとあれほど言われていたのに、その言い付けを破ってしまった。ルイスはマクゴナガル先生からの手紙がラウルの元へ届く前に、自分から懺悔の手紙を書こうと決心した。
その前に、退学を宣告されなければの話だが。
「ハリー!」
どういうわけか、マクゴナガル先生はネビルを引きつれて現れた。ネビルはハリーたちを見た途端、弾かれたように喋りだした。
「探したんだよ、注意しろって教えてあげようと思って。マルフォイが君を捕まえるって言っていたんだ。あいつ言っていたんだよ、君がドラゴ――」
ハリーは激しく頭を振ってネビルを黙らせようとしたが、マクゴナガル先生はその様子を差すような鋭い眼差しで睨み付けている。四人を見下ろす先生の鼻から、ノーバートよりも激しい火が噴出されるのではないかと、ルイスはそう思っていた。
「まさか、みなさんがこのようなことをしでかすとは、まったく信じられません。ミスター・フィルチは、あなたたちが天文塔にいたと言っています。明け方の一時にですよ。これは一体、どういうことなのですか?」
その質問には、誰も答えることができなかった。ドラゴンのことを話せば、ハグリッドやチャーリー、あの陽気なチャーリーの友人たちが法を犯したことが露見してしまう。そうでなくても、先生の迫力に喉が潰されたようになって、声が出なくなった今では、どんな言い訳も口にすることは不可能だと思った。ハーマイオニーですら、自分が履いているスリッパの爪先を見つめて何も言わなかった。
「何があったのか、私にはよく分かっています。ドラゴンなんていう嘘でマルフォイにいっぱい食わせ、ベッドからおびき出し、問題を起こさせようとしたのでしょう。マルフォイはもう捕まえました。多分あなた方は、ネビル・ロングボトムがこんな作り話を本気にしたのが滑稽だと思っているのでしょうね」
ルイスは突然喉元を掻き毟りたくなった、ハリーは必死にネビルに目で訴えかけようとしていたが、ネビルはそんなことにも気付かず、相当なショックを受けているようだ。
「呆れ果てたことです」
ルイスは話し続けているマクゴナガル先生の顎をじっと見つめていた。目を見ることは、どうしてもできなかった。
「一晩に四人もベッドを抜け出すなんて! ミス・グレンジャー、あなたはもう少し賢いと思っていました。ミス・ジュリアード、あなたのお兄様がどれだけあなたを心配していることか。ミスター・ポッター、グリフィンドールはあなたにとって、もっと価値のあるものではないのですか。四人とも処罰です。ええ、あなたもですよ、ミスター・ロングボトム。どんな事情があっても、真夜中に学校を歩き回る権利はありません。特にこの頃は危険なのですから――五十点、グリフィンドールから減点です」
「五十点?」
ハリーとルイスの声が重なった。
「いいですか、ひとり五十点です」
ルイスは頭の中が一瞬で真っ白になった。真っ白どころか、奈落の底に突き落とされたようだと思う。
「先生、どうかお願いですから」
「そんなの酷すぎます」
「ポッター、酷い、酷くないかは私が決めます。さあ、全員ベッドに戻りなさい、今すぐです!」
「でも先生、待ってください」
ルイスは顔を上げた。マクゴナガル先生は、今までに見たこともないような厳しい表情をしていた。
「ミス・ジュリアード、もう一度言います。早くベッドに戻りなさい。グリフィンドールの寮生をこんなに恥ずかしく思ったことはありません」
今夜だけで一体何点を失った? そう考えながら、ルイスは計算するのも嫌になった。
ルイスだって寮杯が欲しくないわけではない。だが、これだけは計算しなくとも分かる。グリフィンドールは今、間違いなく最下位だ。寮杯を勝ち取るチャンス自体を潰してしまった。
部屋に戻ると、ハーマイオニーは着替えもせずベッドに飛び込み、突っ伏したまま死んだように動かなくなった。ルイスは夜が明けたあとのことを考えると、どうしたらいいのかも分からなくなった。無性に叫び声を上げたいと思った。グリフィンドールのみんなに会わせる顔がない。
ルイスはベッドから起き上がると、トランクの中から羊皮紙を引っ張りだし、ラウルに手紙を書くことにした。
翌日、ベッドから起き出すと、ルイスもハーマイオニーも酷い顔をしていた。それなのにラベンダーとパーバティはいつも通りで、いつも通りだからこそ、大広間へ降りていったあとのことを考えると、あまりに胸が締め付けられた。
ルイスは早いうちにふくろう小屋へ行って、ルナに手紙を持たせた。そして談話室には戻らず、真っすぐに大広間へ向かった。グリフィンドール寮生は、得点を記録している大きな砂時計の傍を通ったとき、真っ先にこれは何かの間違いだと思ったことだろう。どうして急に、昨日より二百点も減っているのだと、不思議そうにしていた。
そして、噂はあっという間に広まりはじめた。
あの有名なハリー・ポッターが、クィディッチの試合で二回も続けてヒーローになったハリーが、寮の点数をこんなにも減らしてしまった。馬鹿な一年生数人と一緒に。
「ハリー、何て言えば良いのか……」
みんなの噂では、ハリーひとりが悪いような言い方だ。しかし、ハリーを慰めたくても、ルイスは自分にそのような資格がないことくらい分かっていた。
「そうだ、全部僕が悪いんだ。どうせみんな、僕ひとりが悪いと思ってる。だって、そうだろ? みんなは僕の悪口ばかりだ」
「ハリー、別に悪いのはハリーだけじゃない」
ルイスは、影の方で自分の悪口を言われている現場を目撃したばかりだった。それを話していたのは、ルイスと同じグリフィンドール寮生だった。
本当はスリザリンに入りたかったのに、それをグリフィンドールに入れられたから、少しでもスリザリンに貢献したいに違いない――ルイスは今までに一度も、そんなことを考えたことはなかった。ましてや、スリザリンに入ることを強く望んだこともない。
今や、ハリーたちは自分たち以外が全員敵となってしまっていた。
「数週間もすればみんな忘れるよ。フレッドやジョージなんか、ずーっと点を引かれっぱなしさ。それでもみんなに好かれているじゃないか」
「だけど、一回で二百点も引かれたりはしなかっただろう?」
「うん、まあ、それはそうだけどさ」
ルイスは、ハリーの隣でため息を吐いた。もう誰も、ハリーやルイス、ハーマイオニーに話し掛けてくる者はいなかった。それと同時に、ハーマイオニーは教室でみんなの注目を集めるようなことはしないようになっていた。
三人はむしろ、試験の日が近づいていることが、とても嬉しかった。勉強に没頭することで、周りを気にしないようにしていたのだ。三人とロンは他の寮生たちから離れて、夜遅くまで勉強をした。複雑な薬の調合を覚え、呪文学で習った魔法の呪文を暗記し、魔法界の発見や小鬼の反乱の年号、色々なことを頭に詰め込んで、余計なことを考えないで済むようにした。
「ハリー、大丈夫だと思う?」
先に戻ると言って図書室から出ていったハリーの後ろ姿を見送りながら、ルイスが心配そうに言った。
「あの様子じゃ、相当まいっちゃってるよ」
ロンはハーマイオニーにテストをしてもらいながら苦い顔をした。
ハリーには、すべてを自分で抱え込もうとする節があるということを、ルイスは最近発見していた。ルイスは、それがいつか爆発してしまうのではないかと心配だったのだ。
「――ポッターも悪いとは思うけど、私はあのジュリアードの方がどうかしていると思うわ」
棚を挟んだひとつ向こう側の席からどこか聞き覚えのある声が聞こえてきて、ルイスは思わずどきりとした。厳密に誰の声かは分からない。だが、確かに聞いたことのある声だった。
「だって、知っているでしょう? ジュリアードの父親は、例のあの人の一番の側近だったって言うじゃない。ポッターの両親を殺した例のあの人の一番近くにいた男の子供が、ポッターの友達なんておかしいわ。それにあの子がグリフィンドールに入ったこと自体が間違っているのよ。ねえ、スリザリンに入るべきだったと思わない?」
ガタッ! と、隣に座っているハーマイオニーが、顔を真っ赤にして急に立ち上がったので、ルイスは慌ててその肩を押さえつけた。所詮は他人のことなのに、自分のことのように怒ってくれようとしているハーマイオニーを見て、ルイスはとても驚いていた。
「やめて、ハーマイオニー。マダム・ピンスに追い出されてしまうでしょう?」
ロンとハーマイオニーは逆に、あのようなことを言われたというのに、何とも思っていない様子のルイスを見て驚いている。
「君、どうして普通にしていられるんだい? その――あんなこと言われて?」
「別に、言われ馴れているから。最近はしょっちゅうなの。だけど、このことはハリーに言わないでね」
ルイスが囁くようにお願いすると、ふたりは黙って頷き、試験勉強を再開させた。棚の向こう側で話していた子たちの話題もいつしか逸れ、別の話に移り変わっていた。
あのような噂だけは、ハリーの耳に入れたくなかった。ハリーの両親はヴォルデモート卿に殺され、そしてルイスの父親は、そのヴォルデモート卿の側近だったと言われている。もしそれを聞いたら、ハリーはルイスを許してはくれないだろう。だが、ハリーもいつかは知ることになるはずだ。でも、ハリーにはこのタイミングで知ってほしくはないと、ルイスは密かに考えていた。
ちょうどハーマイオニーがロンに天文学のテストをしていると、談話室に戻ったはずのハリーが、顔色を悪くして図書室に戻ってきた。廊下を歩いていると、図書室から帰る途中にある教室の中から、めそめそと泣く声が聞こえてきたという。
「それが、クィレルだったんだ。クィレルが誰かに脅されているみたいだった。教室の反対側のドアが開いていたから、きっとそこからスネイプが出て行ったに違いないよ」
「それじゃ、スネイプはついに口を割らせたってことか? クィレルが闇の魔術に対する防衛術を破る方法を教えたとすれば……」
「でも、まだフラッフィーがいるじゃないの」
「もしかしたら、スネイプはハグリッドに聞かなくてもフラッフィーを突破する方法を見つけたのかもしれないな」
数千冊とある本を眺めながら、ロンはうんざりしたような口振りで言った。
「これだけの本があれば、どれかには三頭犬を突破する方法だって書いてあるよ。ハリー、どうする?」
ロンがきらきらとした目をハリーに向けた。しばらくの間、ここにいる四人が忘れていた表情だった。その目を向けられたハリーが何かを言おうと口を開き掛けると、それよりも早くハーマイオニーが言った。
「ダンブルドアの所へ行くのよ、ハリー。ずっと前からそうしなくちゃいけなかったんだわ。自分たちだけで何とかしようとしたら、今度こそ退学になるわよ」
「だけど、証拠がないでしょう?」
ルイスはセブルスを犯人に仕立てあげる証拠がないと言ったつもりだったのに、ハリーはどうやら別の意味に解釈してしまったようだ。ハリーは微かに頷いて、ルイスに続いた。
「クィレルは怖気づいて、僕たちを助けてはくれない。スネイプはハロウィーンの時にトロールがどうやって入ってきたのか知らないって言い張るだろうし、あの時四階になんて行かなかったって言えば、それまでだ。今の僕たちを誰も信じてはくれないよ」
「それにあたしたちは、石やフラッフィーのことは知らないことになってる」
その説明にハーマイオニーは納得したように頷いたが、ロンだけは尚も食い下がった。
「でも、ちょっとだけ探りを入れてみたらどうかな……」
「駄目だよ、ロン。僕たち、もう十分に探りを入れすぎているんだから」
ハリーは顔を顰めてそう言い切ると、星図を引き寄せて木星の月の名前を覚えはじめた。ロンは久しぶりに訪れたわくわく感で輝かせていた目を途端に翳らせ、見るからに落胆している。だがしかし、それ以上は食い下がろうとすることもなかった。
翌朝、グリフィンドールのテーブルの隅で朝食をとっていると、いつもの時間にふくろうが手紙を届けにきた。ハリー、ルイス、ハーマイオニー、ネビルに同じ内容の手紙が来て、ルイスには加えてラウルからの手紙があった。
処罰は今夜十一時に行ないます。玄関ホールでミスター・フィルチが待っています。
マクゴナガル教授
減点のことだけで滅入っていたので、ハリーもルイスも処罰のことなどすっかり忘れてしまっていた。けれど、ハーマイオニーはしっかりと覚えていたようで、いつになく厳格な顔つきをしている。ハリーやルイスと同じように、ハーマイオニーも自分たちは処罰を受けて当然のことをしたと思っているのだろう。
ルイスはラウルから来た手紙を、ローブのポケットに押し込んだ。処罰の前に読んで、これ以上気が滅入るのは嫌だった。ラウルからの手紙は、処罰の後に読めばいい。
そして夜の十一時、三人はロンに別れを告げて、ネビルと一緒に玄関ホールへ向かった。フィルチとドラコは、もう既にそこに来ていた。
「よし、ついて来い」
フィルチはランプを片手に正面玄関を出て、階段を降りていった。何か嫌味のようなことをぶつぶつと口にしていたようだったが、ルイスはそれを一切合切無視した。
一行は真っ暗な校庭を横切り、ハグリッドの小屋の方へ向かっていた。その最中、ネビルはずっとめそめそしていたので、ルイスはいい加減にしてくれと思いながら苛立ちを隠しきれずにいた。
「フィルチか? 急いでくれ、俺はもう出発したい」
遠くの方でハグリッドの声がした瞬間、ハリーがほっと息を吐いた。ハグリッドと一緒ならば、それほど悪いことにはならないと思ったのかもしれない。それを目敏く視界の隅に捕らえたフィルチは、にやりと嫌味っぽい笑いを浮かべた。
「君たちがこれから行くのは、この禁じられた森の中だ。もし全員が無傷で戻ってきたのなら、私の見込み違いだがね」
すると、途端にネビルが低い呻き声を上げ、ドラコの顔には表情がなくなった。
「森だって? 今から? こんな時間に森に入るっていうのか? 噂によると、狼男がいるって話じゃないか」
ドラコは明らかに怯えていた。狼男の件でルイスがドラコを睨み付けるが、ドラコはこちらを見ようともしない。ネビルはハリーのローブに、異常なほど強くしがみ付いている。
「そんなことは今更言っても仕方がないねぇ、お坊ちゃん。狼男のことは問題を起こす前に考えとくべきだったんじゃないかねぇ」」
ハグリッドがファングを従えて暗闇の中から現れた。その手には大きな石弓を持ち、肩には矢筒を背負っている。
「ほれ、もう時間だ。俺はもう三十分くらい待ったぞ。ハリー、ハーマイオニー、ルイスも大丈夫か?」
「こいつらは罰を受けにきたんだ。あんまり仲良くするわけにはいかないんじゃないかね、ハグリッド」フィルチの声が冷たく響いた。「夜明けに戻ってくるよ。こいつらの体の残っている部分だけを引き取りにくる」
ルイスは城に帰っていくフィルチの背中をランプの光が見えなくなるまで、たっぷりと睨み付けていた。
「僕は森には行かないぞ」
ドラコの声は恐怖に慄いていた。そのような姿をご自慢のお父上に見られたら、それは幻滅されるだろうとルイスは思っていた。
「ホグワーツに残りたいなら行かねばならん」ハグリッドの声は、いつもとは比べものにならないくらい厳しかった。「悪いことをしたんなら、その償いをせにゃならん」
「でも、森に行くのは召使いがすることだよ。生徒にさせることじゃない」
ルイスはドラコの震える声に、思わず吹き出した。全員が目を丸くしてルイスを見る。なぜこの場面で笑っていられるのかと、不思議に思っているのかもしれない。
「ずいぶん情けないのね、ドラコ。あなたのお父上に言い付ける? 自分が馬鹿をやって処罰を受けることになったのに?」
ハグリッドはきょとんとしてルイスを見ている。ドラコは青白い顔のまま、何も言えずに固まっていた。
「これくらいの処罰も受けられないのなら、退学でもしてしまえば? ねぇ、そうでしょう? ハグリッド」
ルイスのくすくす笑いは続いていたが、ドラコはもう何も言わなかった。ハグリッドはその様子を見て、ようやく話を先に進めた。
「よーし、それじゃ、よく聞いてくれ。俺たちが今夜やろうとしていることは危険なんだ。しばらくは俺について来てくれ」
ハグリッドが先頭に立って、森の外れまでやってきた。ハグリッドがランプを掲げると、木々が生い茂った獣道のような場所が、ぼんやりと照らし出された。
「あそこの地面に光っているものが見えるか? 銀色のもので、あれがユニコーンの血だ。何者かに酷く傷つけられたユニコーンが、この森の中にいる。今週になって二回目だ。みんなでかわいそうなユニコーンを見つけ出すんだ。助からないなら、苦しまないようにしてやらねばならん」
その時になって、ルイスは初めて恐怖を感じた。ユニコーンを殺すような輩が、この森には潜んでいる――。
「ユニコーンを襲ったやつが先に僕たちを見つけたらどうするんだい?」
「俺やファングと一緒にいれば、この森に住む者は誰もお前さんたちを傷つけはせん。道を外れるなよ。よし、では二組に分かれて別々の道を行こう」
「僕はファングと一緒がいい」
ファングの長い牙を見て、ドラコが我先にそう言った。
「いいぞ。だが、断っとくが、そいつは臆病だ。そんじゃ、ハリーとハーマイオニーは俺と一緒に行こう。ルイス、マルフォイ、ネビルはファングと一緒に別の道だ。ユニコーンを見つけたら緑の光を打ち上げる、もし困ったことが起きたら、そのときは赤い光だ。分かったら出発してくれ」
ハリーとハーマイオニーは酷く心配そうにルイスを見た。
ルイスもユニコーンが襲われたと聞かされて、さっきほど悠長にはしていられなかったが、それでもにこりと微笑んで、前を歩くファングの後に続いた。ハグリッドたちは左の道、ファングの組は右の道を行くことになった。
「狼男に噛まれたらどう責任を取ってくれるんだ」
ドラコは恐怖を紛らわすように喋り続けていた。ネビルはそろそろとルイスに近づいてきたかと思うと、しっかりとそのローブを掴んだ。
「ちょっとネビル。歩きにくいから、少し離れてくれない?」
ルイスはそう言って何度もネビルの手をローブから払い除けようとしたが、ネビルは叩こうがつねろうが絶対に離そうとはしなかった。
「ルイスは怖くないの?」
「あたしの家はもっと深くて危険な森に囲まれているの。だから、これくらいならまだ平気」
だからといって、決して怖くないというわけではない。この暗闇は不気味だし、ファングは別としてドラコやネビルのような根性なしと行動しなければならないとなると、それはそれは不安で心細かった。足元には、落ち葉に紛れてシルバーブルーの血痕が見え隠れしている。しかし、どこを見回してみても、ユニコーンの姿も、それを襲った者の姿も見当たらない。
「今、何か音がした?」
耳を澄ましながら歩いていたルイスは、何かが走り抜ける音を聞いた気がした。
「な、な、何も聞こえないよ!」
ネビルはぶるぶると震えていた。何も聞こえないというより、そこまで怯えていると、自分の鼓動に何もかもが掻き消されてしまうのではないかとルイスは思った。
しかし次の瞬間、ルイスの耳元で鼓膜が破れるのではないかと思うほどの、死人も目を覚ますような悲鳴がすぐ傍から聞こえてきた。
「ギャァァァァ!」
そして気が付いたときには、頭上には明るく、赤い光りが撃ちあがっていた。ネビルはルイスの首に後ろから腕をぎゅっと回し、強く抱きついている。
「ネビル、一体何? それから、今すぐにあたしから離れて!」
ルイスは今度こそ自分の身体からネビルを引き剥がした。足元に何かが擦り寄ってくる気配を感じて、ルイスはポケットから杖を取り出した。
「ルーモス」
杖から光が溢れだし、それで足元を照らす。擦り寄ってきていた犯人は、他でもないファングだった。ルイスはネビルの叫び声の元凶を探そうと杖明かりで辺りを照らすが、それで見えたのは、ランプを手に持ったドラコが愉快そうにほくそ笑んでいる姿だった。
「何をしたの?」
傍でがたがたと震えているネビルを横目に見て、ルイスはドラコに言った。
「ちょっとそいつの度胸を試してやろうと思っただけさ」
「ぼ、僕、僕、後ろから何かが掴み掛かってきて、それで――」
「……そう、分かった」
ルイスはできるかぎり高く杖を掲げた。そろそろハグリッドがやってきてくれるだろう。
「お前さんたち、大丈夫か? ルイス、何があった?」
案の定、ハグリッドは大急ぎでやってきてくれた。ルイスが事情を説明すると、ハグリッドはかんかんに怒り出し、ドラコに掴みかからんばかりの勢いだった。
「一体何を考えちょるんだ! いいから、お前は俺についてこい!」
ハグリッドが怒って大股で歩いていくので、ルイスたちはその後ろを小走りで着いていかなければならなかった。ネビルがまたルイスのローブに掴み掛かろうとしたので、さり気なく足を速めてその手から逃れた。
「ルイス! ああ、大丈夫なのね!?」
「うん、大丈夫。ハーマイオニーたちの方は大丈夫だった?」
ハーマイオニーがルイスに駆け寄ってきて、ちゃんと手足が付いているかを確かめた。杖明かりで照らされたハーマイオニーの顔は、青を通り越して灰色っぽくなっている。
「ドラコがネビルを後ろから脅かしたの。何もなかった。ただそれだけ」
「ただそれだけ? ドラコとネビルが馬鹿騒ぎをしてくれたおかげで、もう捕まるものも捕まらんかもしれん。よし、班変えをしよう。ネビル、おめぇさんは俺と来るんだ、ハーマイオニーも。ハリーはファングとルイス、それからこの愚かもんと一緒だ」
ハグリッドはハリーに何かを耳打ちをしていた。きっと、ドラコを見張っておけとか、そのようなことを言っているに違いないとルイスは思った・
「ノックス」
いつまでも灯している必要はないと思い、ルイスは杖の光を消した。すると辺りは一瞬で暗闇に染まり、ふたつのランプの頼りない光が残った。ルイスはハーマイオニーと分かれる前に、ネビルに抱きつかれないように気をつけてと、そう忠告をした。
ハリー、ルイス、ドラコはファングと一緒に、更に森の奥へと進んだ。半時間ほど歩くと、木が生い茂り道を隠したので、先に進むことができなくなった。
「……ユニコーンの血痕が増えてる」
ルイスは足元のシルバーブルーの血痕を見ていた。その美しい色の血痕を見て、いい知れぬ恐怖感を覚えていた。
「ほら、見て」
ハリーが指す先の地面には、純白に光り輝くものがあった。ユニコーンだ。三人は更に近づいた。
「残念だけれど、死んでいるみたいね」
死んでいる姿すら美しく、そこから訪れる悲しみは深かった。長くしなやかな足は地面に力なく投げ出され、小さな風に真珠色の鬣が揺れていた。今にも動き出しそうなのに、目の前にいるユニコーンはもう息をしていない。
ルイスの横でハリーが一歩踏み出したその時、ずるずると何かを滑るような音が聞こえてきた。
咄嗟にハリーのローブを掴んでそれを止めたルイスは、暗闇の中で必死に目を凝らした。
漆黒の中に、漆黒の存在を見たような気がして、更に目を凝らす。すると、頭からフードを被った何かが、地面を這うようにしてユニコーンに近づいていった。そして、その亡骸の傍らに身を屈めると、傷口に口を添えて、ユニコーン血を飲み啜りはじめた。
ルイスは思わず、ひっ、と息を呑んだ。
「――ぎゃぁぁぁァァァ!」
ルイスが押さえ付ける前に、ドラコとファングは物凄い勢いで逃げ出した。凄まじい叫び声だった。死人も目を覚ましそうだ。マントを羽織ったその影もこちらの存在に気が付き、その場に立ちああがると、どんどん近づいてくる。その顔からは、シルバーブルーの血がぽたり、ぽたりと滴っていた。
「……ハリー、逃げよう。ハリー!」
ルイスはハリーのローブを引っ張ったが、ハリーはなぜか頭を抱え込んで、よろよろとその場に倒れそうになっていた。ルイスはその身体を引っ張るのではなく、支えなければならなくなった。
「ハリー、ハリー! お願いだからしっかりしてよ! ハリー!」
ハリーは頭を抱えたままその場に膝をついた。同時に、背後から何かが駆けてくる。蹄の音だろうか。しかし、ルイスにはそんなことを考えている余裕さえなかった。黒い影はどんどん近づいてくるのに、逃げ出すことができない。
ルイスは絶望的だと、そう思った。ハリーを置いて逃げるわけもいかないと、そう思った。もう駄目だと半ば諦めかけたルイスは、ハリーを守るように、その身体の上に覆いかぶさるような格好になった。
蹄の音がどんどん近づいてくる。早足で駆けてくる。足音が止んだかと思うと、ルイスとハリーの頭上を何か掠めていった。ルイスはふたりを助けるように駆け付けた何かを、その目で追った。
腰から上は人、腰から下は馬の姿をしている、若いケンタウルスだった。明るい金髪に胴はプラチナブロンド、淡い金茶色のパロミノのケンタウルスだ。
「怪我はありませんか?」
ケンタウルスが手を差し伸べ、ふたりを立たせてくれる。ハリーはもう頭を押さえてはいなかった。
「は、はい、ありがとう。でも、あれは何だったの?」
ケンタウルスは、ハリーの質問には答えなかった。サファイアのようなふたつの瞳で、ハリーとルイスを観察している。ケンタウルスは、ハリーの傷をじっと見ているようだった。
ルイスはその隙に、ぼさぼさになった髪を全部後ろに掻きあげた。自分の髪をこれほど邪魔だと感じたことは、なかったかもしれない。
「ポッター家の子だね? それから、君はジュリアード家の子だ」
「え、どうして……」
ハリーの額を見れば、彼がポッター家の者だということはすぐに分かる。けれど、自分には家系を判別する何かが――ルイスは急に思い立って、耳元に手をやった。
「さあ、早くハグリッドの所に戻った方がいいでしょう。今、この森は安全ではありません。特にハリー・ポッター、あなたは早くこの森から離れるべきです。私の背に乗ってください。その方がずっと早いでしょうから」
自分はフィレンツェだと名乗ったケンタウルスは、前脚を曲げて態勢を低くし、ふたりが乗りやすいようにしてくれた。しかし、ふたりがフィレンツェの背中に跨ったその瞬間、フィレンツェとは別のケンタウルスが二頭現れる。ハリーはこっそり、ふたりがロナンとベインという名だと教えてくれた。別行動をしているときに、森の中で出会ったらしい。
「フィレンツェ!」ベインは酷く激怒していた。「何ということをしているのだ! 人間を背中に乗せるなど、恥ずかしくはないのか? それとも、君は誇り高き森の賢者ではなく、ただのロバに成り果てたとでもいうのか!?」
「ベイン、この子が誰だか分かっているのでしょう? ポッター家の子です。それに、こちらはジュリアード家の子です。ふたりは一刻も早く、この森を離れたほうがいいのです」
「フィレンツェ、君は一体この子たちに何を話した? 忘れてはいけない、我々は天に逆らわないと誓ったのだ。惑星の動きから、何が起こるかを読み取ったはずだろう」
ベインは唸るように言った。
「私はフィレンツェが最善と思うことをしているのだと信じている」
ロナンは蹄で地面を蹴ながら、それでも落ち着かない様子だ。
「最善! それが我々と何の関わりがある? ケンタウルスは予言されたことにだけ関心を持てばそれでよい! 森の中で彷徨う人間を追い掛け、ロバのように駆け回るのが我々の役目だとでも言うつもりか!」
突如フィレンツェが怒り出し、急に前足を蹴りあげたので、ハリーとルイスは振り落とされないように必死だった。
「あのユニコーンを見なかったのですか? 何故殺されたのか、あなたには分からないのですか? それとも惑星がその秘密をあなたには教えていないのですか? ベイン、私はこの森に忍び寄る者に立ち向かいます。そして、必要とあらば人間と手を組むことも厭わないでしょう!」
フィレンツェがさっと向きを変えたので、ハリーは必死でその背にしがみつき、ルイスはハリーにしがみ付いた。フィレンツェはロナンとベインを残し、木立のなかに飛び込んでいった。