ハリー・ポッターと呪われた一族の少女   作:しきり

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Chess

 ハリーが考え出した作戦は、見事に失敗に終わった。ハリーたち三人は四階の廊下にいるところをマクゴナガル先生に見つかり、セブルスを見張りに行ったハーマイオニーも、当人に職員室から追い出されてしまったのだ。

 四人は談話室の隅っこで頭を突き合わせ、こそこそと囁き合うようにして話し合っていた。

「じゃあ、もう僕が行くしかない。そうだろう?」ハリーは青白い顔で言った。それなのに、その緑の目はぎらぎらと燃えるようだ。「僕は今夜ここを抜け出す。石を何とか先に手に入れる」

「あたしも行く」

 ルイスが取って付けたようにそう言うと、ロンもハーマイオニーも驚いてこちらを見た。

「おい、気は確かか!」

「だめよ! マクゴナガル先生にもスネイプにも言われたでしょう? 退校になっちゃうわ!」

「だからなんだっていうんだ!」ハリーが叫んだ。「分からないのかい? もしスネイプが石を手に入れたら、ヴォルデモートが戻ってくるんだ。あいつが全てを征服しようとしていたとき、どんなありさまだったか聞いているだろう? 減点なんてもう問題じゃない。今晩、僕は仕掛け扉を開ける。君たちがなんと言おうと、僕は――僕とルイスは行く! いいかい、僕の両親はヴォルデモートに殺されたんだ!」

 ――僕の両親はヴォルデモートに殺されたんだ!

 何故かルイスの頭にはその言葉が響き渡って、血液を伝って体中に浸透していくのを感じていた。

「その通りだわ、ハリー」

 ハーマイオニーは消え入るような声で言った。

「僕たちは透明マントを使うよ。マントが戻ってきたのはラッキーだった」

「でも四人全員入れるかな」

「全員って、ふたりも行くつもりなの?」

「馬鹿言うなよ、当たり前だろ? 君たちだけを行かせると思うのか?」

「もちろん、そんなことできないわ」

 ハーマイオニーは威勢よく、自分が行かなければ他に誰が行くのだと、そう言いたげに胸を張った。だが、少し不安そうでもある。

「私たちがいなきゃ、どうやって石まで辿り着くつもりなの? ああ、こうしちゃいられないわ。私、本を調べてくる。何か役に立つことがあるかもしれないから」

「でも、もしつかまったら君たちも退学になるよ」

 ハリーとルイスは顔を見合わせた。

「あら、それはどうかしら」ハーマイオニーは、何だか少し楽しげだ。「フリットウィック先生がそっと教えてくれたの。呪文学の試験で、私は百点満点中百十二点だったんですって。これじゃ私を退校にはできないと思うわ」

 確かに――そう思いルイスは笑ったが、ハリーは少し引きつった、笑いたいような、怒り出したいような顔をした。ロンは、このようなときによくもそんなことを言えるな、とでも言いたげに目を丸くしていた。

 夕食の後、四人は落ち着かない様子で談話室の隅の方に、みんなから離れて座った。もう誰も、四人に気を留めることはなかった。グリフィンドール寮生は、ハリーたちがまとめて二百点を減点されてから、ロン以外の三人とは口を利かなくなっていたのだ。だが、今夜ばかりは、四人はこれ以上に好都合なことはないと思い、喜んでいた。

 寮生が少しずつ部屋へ戻っていくなか、ハーマイオニーは隠し扉の下にある呪いを解くためのヒントを、ひとつでも多く見つけようと必死になってノートを見ていた。ハリーとロンは黙っていたが、リーが最後に談話室を出ていくと、ロンがハリーに何かを耳打ちした。ハリーは立ち上がると、部屋に上がっていった。透明マントを取りに行ったのだろう。

 ルイスはソファに座ったまま、ハリーが階段を下りてくるのを待った。

「ここでマントを着てみた方がいい。四人全員隠れるかどうか確かめよう」

「あたし、マントには入らないから」

 三人がマントに隠れる練習をしている横のソファに座ったまま、ルイスは言った。

「考えがあるの。そのマントの下に四人が隠れるのはどう考えても無理でしょう? ノーバートの時を思い出してよ」

「――君たち、何をしているの?」

 四人は咄嗟に声のした方向を見た。ネビルが、肘掛け椅子の影から現れたのだ。今夜はしっかりと、ペットのトレバーを手に持っている。

「何でもないよ、ネビル。何でもない」

 ハリーは大急ぎでマントを背後に隠した。だが、ネビルは信用していない。

「また外に出るんだろ。外に出てはいけないよ。また見つかったら、グリフィンドールはもっと大変なことになる」

 ハリーは談話室の柱時計を横目に見て、苦いものを噛み潰したような顔をした。刻一刻と時間は過ぎていくのだ。ここでそれを無駄にしている場合ではない。

「君には分からないことだけど、これは、とっても重要なことなんだ」

「駄目だよ、行かせるもんか。僕、僕、君たちと戦う!」

「ネビル! そこを退けよ、馬鹿はよせ!」

 ロンの癇癪にも負けず、ネビルも声を荒げた。ネビルがこんなに顔を赤くして激怒しているのを、ルイスは初めて見た。

「馬鹿呼ばわりするな! もうこれ以上規則を破っては駄目だよ! 恐れずに立ち向かえといったのは君じゃないか!」

「そうだ。でも、立ち向かう相手は僕たちじゃない。ネビル、君は自分が何をしようとしているのか分かってないんだ」

 ロンが足を一歩踏みだすと、ネビルはトレバーをその手から取りこぼした。トレバーはルイスの足元を通って、どこかに姿を消してしまった。

「やるならやってみろ、ほら、殴れよ! いつでもかかってこい」

 ネビルは本気でやる気だ。ネビルのその勇ましい姿に、ルイスはきょとんとした。このとき、ネビルは間違いなく、グリフィンドール生に備わっているという勇気を示していた。

「なんとかしてくれ」

 ハリーはルイスとハーマイオニーを振り返り、かなり弱り果てた表情を見せた。ルイスは肩を竦め、ハーマイオニーは一歩前に進み出る。

「ネビル、本当に、本当にごめんなさい」

 ハーマイオニーはそう言ってポケットに手を入れると、杖を取り出し、その杖先をネビルに向けた。

「ペトリフィカス トルタス」

 ハーマイオニーが呪文を唱えると、ネビルの両腕が体の脇に張りつき、足は足縛りの呪いをかけられたようにばちっと閉じた。体は固く硬直し、その場にばたんと倒れてしまう。ルイスはハーマイオニーの呪文の効力の素晴らしさに、ぴゅうと口笛を鳴らした。

「ネビルに何をしたんだい?」

 ハリーが小声で聞いてきたので、ルイスもつられて小声で答えた。

「全身金縛り呪文よ」

「ああ、ネビル、本当にごめんなさい。あなたは何も悪くないのに……」

 ハーマイオニーはネビルに駆け寄り、俯せになっていた体を仰向けにさせながら言った。ネビルの顔には、今までの覇気はどこへ行ってしまったのか、恐怖の色が浮かんでいる。

「ネビル、こうしなくちゃならなかったんだ。訳を話している暇がないんだよ」

「ごめん、ネビル」

「あとできっと分かるよ」

 三人はネビルを跨ぎ越し、透明マントを被る準備をした。ルイスもそれに続き、透明マントに入る代わりにポケットから取り出した杖を構える。

「ルイス、どうするつもり?」

 自分の頭の天辺に杖を当てているルイスを見て、ハリーはぎょっとしていた。

「目くらまし術をかけるの」

 ルイスは自分の頭を杖先でこつんと軽く叩いた。すると、頭の天辺から体中に、冷たいものが伝わっていくのが分かる。それがしっかり足の先まで到達すると、ルイスは杖をローブに戻した。この呪文をかけても、透明になるわけではない。ただ、周りの物と同じ色になり、同じ質感になる。

 ハリーたちの目には、ルイスが談話室と同化しているように見えているだろう。

「君もハーマイオニーも、普通じゃないよ……」

 ロンは透明マントの下に隠れながら言った。

 金縛りにあっているネビルを談話室に放っておいたまま、四人は廊下を進んだ。四人とも神経がぴりぴりしているせいで、銅像の影ですらフィルチの姿に見えた。最初の階段ではミセス・ノリスに会ったが、彼女はマントを被った三人よりも、目くらまし術を使ったルイスに興味があるらしく、濡れた鼻先をローブに寄せようとしていた。しかし、今はどこがローブでどこが足なのか、その境目が定かではない。

 ルイスはミセス・ノリスから急いで離れると、姿が見えない三人の背中を追い掛けた。ミセス・ノリスは追い掛けてはこなかった。

 それから四階に続く階段の下に辿り着くまで、誰にも会うことはなかった。ただ、ピーブズが四階への階段の途中で誰かを躓かせようと絨毯をたるませているだけだった。

「そこにいるのはだーれだ?」

 ピーブズには四人の姿が見えていないようだったが、何かがそこにいるということには、どうやら気付いているらしい。

「見えなくたってそこにいるのは分かってるんだ。だーれだ。幽霊っ子、亡霊っ子、それとも生徒のいたずらっ子か?」

 ルイスはその場に立ち止まって、ぴくりとも動かずにいた。

「ピーブズ」

 ハリーが突然低くしわがれた声を出したので、ルイスは思わず驚いた。ハリーは何を思ったのか、血みどろ男爵の声真似をはじめたのだ。そうと分かれば、今度は吹き出しそうになってしまう。その物真似が、異常に似ていたからだ。

 ピーブズに言うことを聞かせることができるのは、おそらくダンブルドア以外では血みどろ男爵だけだろうと言われている。そして、ピーブズが唯一恐れている相手でもあるのだ。ハリーはその声音を駆使して、見事にピーブズを追い払ってみせた。

「すごいぞ、ハリー!」

 誰もいないはずの場所から、そう言うロンの小さな声が聞こえた。まもなく四人は四階の廊下に辿り着いた。その扉は既に、少しだけ開いていた。

「ほら、やっぱりだ」ハリーは小さく言った。「君たち、戻りたかったら戻ってくれていいよ。僕はそれで恨んだりしない。マントも持っていっていい。僕にはもう必要ないから」

「馬鹿言うなって言っただろ?」

「一緒に行くに決まっているでしょう?」

「いつでもみんな一緒よ、ハリー」

 三人はそう言って、ハリーと一緒に扉を潜った。扉は軋みながら開いた。すると、低い、唸るような声が聞こえてくる。ルイスは、三頭犬を見るのが初めてだった。その犬が、姿の見えない四人のいる方向をかぎ回った。

「犬の足元にあるのは何かしら」

「ハープみたいだ。スネイプが置いていったに違いない」

 またセブルスか――ルイスはうんざりして、深くため息を吐いた。

「きっと音楽が止んだ途端に起きてしまうんだ。さぁ、はじめよう」

 すると、急に間の抜けた音楽がルイスの耳に届いた。横笛か何かのようだ。マントの中で誰かが吹いているのだろう。それにしても、それは音楽とは程遠いような音をしていた。しかし、犬からは唸り声が消え、その目がとろんとしはじめる。その音を聞いて、フラッフィーはすぐにぐっすりと眠り込んでしまった。

 ルイスが目くらまし術を解いている横で、ハリーは透明マントから抜け出してきた。

「吹き続けてくれ」

 ロンはそうハリーに念を押した。四人は到底音楽とは言えない音を聞きながら、そうっと仕掛け扉の方に足を進めた。

「この扉は引っ張れば開くと思うよ」

 ロンはそう言うと、犬の足を慎重に跨ぎ越して、仕掛け扉の引き手を引っ張った。扉は驚くほどの勢いで跳ね上がった。

「何が見える?」

「何にも見えない。真っ暗だ。下りていく階段もない。落ちるしかないよ」

 身を乗り出そうとするルイスを後ろへ引っ張る手があった。ハリーは笛を吹きながら、自分自身を指差した。

「ハリーが先に行くって」

 ルイスがハリーの言いたがっていることを通訳すると、ロンがこちらを振り返った。

「本当に? ああ、でも、どのくらい深いか分からないよ? それでも行くっていうなら、その笛をハーマイオニーに渡して、犬を眠らせておいてもらおう」

 ハリーは横笛をハーマイオニーに渡した。その間の、ほんの少しの沈黙ですら耐えられないのか、フラッフィーは唸り声をあげる。大急ぎでハーマイオニーが笛を吹きはじめると、またすぐに眠りについた。

 ハリーも犬を乗り越え、仕掛け扉から下を覗いた。ハリーはそのまま穴へ入り、指先だけで扉にしがみ付いたまま、ロンの方を見上げた。

「もし僕の身に何か起きたら、ついてくるなよ。まっすぐふくろう小屋へ行って、ダンブルドア宛にヘドウィグを送ってくれ。いいかい?」

「了解」

「じゃ、後で会おう。できればだけど」

 ハリーは引きつった笑顔でそう言い残すと、みんなの顔を見回してから、穴のなかに落ちていった。少し経つと、どすんという鈍い音とともに、ハリーの声が聞こえてきた。

「オーケイ、大丈夫そうだ」

「それじゃあ、お先にね」

 ルイスは何の躊躇もなく、穴から飛び降りた。煙突飛行よりはずっと快適だ。ルイスはグリンゴッツのトロッコを思い出した。

 そして、すとんとルイスが着陸をすると、すぐにロンがやってきた。しかし、ルイスはそれどころではなかった。――何がオーケイだ! ルイスの隣でハリーとロンが何か話していたが、ルイスは手や足首に絡み付く感触を感じながら、ただじっと黙って動かなかった。

 すぐにハーマイオニーも下りてきた。しかし、彼女はハリーやロンほど落ち着いてはいられなかった。ハーマイオニーはこの植物が何であるかを知っているはずだ。

「ふたりとも自分を見て御覧なさいよ!」

 ハーマイオニーは勢い良く立ち上がり、壁の方へ逃げようと藻掻いた。しかし、途端に植物はハーマイオニーの足首を絡めとり、それを許さなかった。

「動かない方がいい」

 そう言ったルイスの足や手には、蔓が何重にも巻き付いていた。ハリーやロンの体はそれ以上に酷く、指先が青く変色しているように見える。

「私、知っているわ! これは悪魔の罠よ!」

「その通り」

「ああ、やっぱり君は凄いな、ハーマイオニー。これが何て名前かを知っているなんて、大いに助かるよ」

 ハーマイオニーだけが反応に間に合って、何とか悪魔の罠から逃れることができていた。

 ルイスは左右の手がツルにふさがれていて、ローブから杖を出すことができない。杖を使うことができるのは、両手が空いているハーマイオニーだけだ。

「黙ってて! どうやってやっつけるのか思い出そうとしているんだから!」

「早くしてくれ! もう息ができないよ!」

 ハリーは強く巻き付いてくる蔓と格闘しながら、苦しそうに喘いでいた。そうしてもがけばもがくほど、悪魔の罠の蔓はぎゅうぎゅうとハリーやロンを締め付けようとする。

「スプラウト先生は何て言っていた? ええと、確か、暗闇と湿気を好み――」

「ハーマイオニー、火をつけて。火をつけるの」

 今度は蔓がルイスの口を塞いだ。まるで、余計なことは口にするなとでも言うように。

「そうだわ! ルイス、それよ! で、でも、どうしたらいいの? だってここには薪がないわ!」

 ルイスはその時初めて、悪魔の罠の上で藻掻いた。すると、一層強い力がルイスの体を締め付けた。ハーマイオニーは何を馬鹿なことを言っているのだろうと、心からそう思った。あれだけ頭のいいハーマイオニーが、薪がないなどと言い出すなんて想像を絶している。

「気が変になったのか! 君はそれでも魔女なのか!?」

 ルイスの代わりにロンが叫んでくれていなかったら、三人は今頃賢者の石に辿り着く前に、死んでしまっていたかもしれない。

 ハーマイオニーはロンの言葉で我に返ると、さっと杖を構えて呪文を唱えた。すると、炎が蔓を目がけて噴射し、草が光と熱ですくみあがった。三人の体を締め付けていた蔓が、みるみるうちに解けていく。草は身を捩り、苦しんでいるように見えた。

 ルイスはすぐに蔓を振り払い、立ち上がりながら感謝の言葉を口にした。

「ありがとう、ハーマイオニー」

「君たちが薬草学をちゃんと勉強してくれていてよかったよ」

「それにしても、薪がないわ! だなんて、まったく……」

 ロンはぶつぶつと言い続けていたが、ハリーはそんな暇はないというように、奥へ伸びる一本道を指差した。確かにこの場所は、悪魔の罠が好むように作られている。薄暗く、じめじめとして、壁には水が伝い落ちていた。とても静かで、道は下り坂になっている。

「ねえ、聞いて。あたし、ずっと前から思っていたんだけど」

 ただ歩くことにも飽きてきたルイスは、前々から思っていたことを今こそみんなに伝えようと思った。今となっては意味のないことにも思えたが、それでも口を開いた。

「あたしね、賢者の石を狙っているのはセ――スネイプじゃないと思うの」

「何だって!?」ロンが驚きというよりも、怒りに近い感情を剥き出しにする。「今更何を言いだすんだ? スネイプの他に誰がいるっていうのさ!」

 思わず足を止めて振り返ったロンを前へ押しやりながら、ルイスは頭を左右に振った。

「それは分からないけれど……」

「スネイプはクィディッチの試合のとき、ハリーを箒から落とそうとしたのよ!」

「それは――」

 ルイスがハーマイオニーに言い返そうとすると、ロンがしっと言って唇の前に人差し指を立てた。

「何か聞こえないか?」

 三人は耳を澄ませて、ロンと同じ音を聞こうとした。セブルスの話はまたお預けになってしまった。

「ゴーストかな」

「分からない。何か、羽音みたいに聞こえるけど」

 柔らかく擦れあう音や、ちりんちりんという鈴のような音も聞こえる。

「ほら、前の方に光が見えるよ。何か動いているみたいだ」

 四人は通路の出口に出た。目の前に広がっているのは、まばゆく輝く部屋だった。天井は高く、アーチ型をしている。きらきらと輝く数えきれないほどの鳥が、部屋いっぱいに飛び回っていた。部屋の反対側には、分厚い木の扉がある。

「僕たちが横切ったら、あの鳥が襲い掛かってくると思う?」

「多分ね。そんなに獰猛そうには見えないけど、全部いっぺんにかかってきたら大変そうだな。でも他に手段はない。僕は走るよ」

 ハリーはみんなの意見を聞く前に、足を踏み出していた。腕で顔を覆って走り出したが、鳥たちは襲ってはこなかった。ルイスは気を張って損をしたと思い、ハリーに続いて飛び出した。

 木の扉には、やはり鍵が掛かっているようだ。押しても引いてもびくともしない。ハーマイオニーはアロホモラの呪文を試したが、それも無駄だった。

「どうする?」

「鳥だわ。鳥はただの飾りでここにいるんじゃないはずだもの」

 四人は頭上を飛び回る鳥を眺めた。ルイスは、一羽の鳥をじっと目で追い掛けた。これは――。

「これ、鳥ではないんだ」

 隣を見ると、ハリーも興奮気味に頷いた。

「これが鍵なんだ! 羽のついた鍵だよ! ほら、よく見てごらん。ということは――」ハリーはぐるりと室内を見渡した。「ほら! 箒だ! 扉を開ける鍵を捕まえなくちゃいけないんだ!」

「でも、ここには何百羽もいるよ!」ロンは扉の鍵を調べながら言った。「そうだな、大きくて昔風の鍵を探すんだ。多分、把手と同じ銀製だと思う」

 四人はそれぞれ箒を取り、地面を蹴ると、宙へ舞い上がった。各々が鍵を掴もうと努めたが、全員がハリーのような凄い乗り手ではない。名シーカーではないのだ。

「ハリー、何か見えない?」

「待って、今探しているんだ!」

 すると、ハリーは少しの間、虹色の羽の渦の中を飛び回っていた。一分ほど経過した頃だろうか、ハリーがある一点を指した。

「あれだよ! あの大きいやつ! 明るいブルーの羽の、羽の片方がひん曲がっているやつ」

 ロンはハリーが指した方向に猛スピードで向かったが、天井にぶつかって危うく箒から落ちそうになった。

「四人で追い込もう!」

 四人は曲がった羽の鍵を四方から挟みうちにした。ロンが上から、ハーマイオニーが下から、ルイスとハリーが左右からいく。

「ほら、今だ!」

 ロンが急降下し、ハーマイオニーが急上昇した。鍵はふたりをかわしたが、ハリーとルイスに挟み込まれて、逃げ場を失った。ハリーとルイスの間で一瞬迷ったように停止した鍵は、その一瞬が命取りとなり、ハリーの伸ばした手のなかに納まった。それはまるで、クィディッチでスニッチを捕まえた瞬間のようだ。

「やったぜ、ハリー!」

 三人は歓声をあげながらハリーに続いて大急ぎで着地し、ハリーの手のなかで藻掻いている鍵で大きな木の扉を開けた。かちゃりと心地いい音と共に扉が開くと、鍵はハリーの手から逃げていった。鍵は二回も捕まったせいで、最初に見たときよりも羽が色々なところで曲がってしまっていた。

「いいかい?」

 ハリーは把手に手を掛けた。三人がそれに頷くと、勢い良く把手を引いた。

 次の部屋は、光の入る隙間がないほどの真っ暗闇だった。だが、四人が一歩でも足を踏み入ると、眩いばかりの光が部屋中に溢れた。ルイスはあまりの眩しさに目を閉じたが、次に開いたとき、そこには巨大なチェス盤が用意されているのを見た。

 四人は黒い駒の側に立っていた。駒はルイスたちよりも背が高く、黒い石のようなものでできている。向こう側には、白い駒たちが立っていた。その顔には、目も鼻も口もない。のっぺらぼうだ。

「あたしたち、チェスをするの?」

「見れば分かるだろう? 向こうに行くには、そうしなくちゃ駄目なんだ」

 白い駒の向こう側に、更に奥へ進むための扉が見えた。

「こんな大きな駒を使って、どうやるの?」

 ハーマイオニーは不安そうにロンに問いかけている。

「たぶん、僕たちがチェスの駒にならなくちゃいけないんだと思うよ」

 ロンは黒のナイトに近づくと、手を伸ばして馬に触れた。石は急に命を吹き込まれたように、前足の蹄で地面を掻いた。そして、黒のナイトはロンを見下ろす。

「僕たち、向こうへ行くにはチェスに参加しなくゃいけませんか?」

 ロンがそう問うと、黒のナイトは静かに頷いた。魔法が掛かっている。これは、間違いなく魔法使いのチェスだ。

「ごめん、ちょっと考えさせて……」ロンはうーんと唸った。「僕たち四人がひとつずつ黒い駒の役目をしなくちゃいけないんだよ、きっと」

 三人はロンが考えを巡らせているのを見て、大人しく待っていた。全員、ロンが素晴らしいチェスの名手だということを知っている。ここはロンに従うのが一番だということは分かっていた。

「気を悪くしないでくれよ。でも、みんなはチェスがあまり上手じゃないからさ」

「気を悪くなんかするもんか。何をしたらいいのか言ってくれ」

 ハリーは速答した。ルイスもハーマイオニーも、ハリーと同じ気持ちだった。

「じゃあ、ハリー、君はビショップと代わって。ハーマイオニーはその隣でルークの代わりをするんだ」

「あたしは?」

「ルイスは――」

 ロンはチェス盤を見回して、ルイスには結局、キングの位置にいるように言った。ロン自身はナイトの位置を取った。

「白駒が先手なんだ。ほら、見ててごらんよ」

 白のポーンが前にふたつ進んだ。ロンが黒駒に指示を出すと、駒はロンの言う通りに、文句も言わずに忠実に動いた。ルイスはキングの位置に座り込み、決して動こうとはしなかった。膝を抱え、ゲームに負けた時のことを考えていた。もしかしたら、チェックメイトをされたときに、キングの位置にいるルイスは、命を取られたりはしないだろうか。

 そんなことはありえないと思いながらも、つい先ほど悪魔の罠に殺されかけたことを思い出す。ロンの駒ではない黒のナイトが取られてしまったとき、ルイスのその不安は更に拡大した。白のクィーンが黒のナイトを床に叩きつけ、チェス盤の外に引きずり出したのだ。

「こうしなくちゃならなかったんだ」

 恐怖を感じて顔面を蒼白にしているのは、ルイスだけではなかった。そう言ったロンの声が酷く動揺して、震えていた。

「詰めが近い」

 ルイスはロンの突然の声に顔を上げた。チェス盤の上には白や黒の駒の残骸が散らばり、残酷な状態になっている。

「ちょっと待てよ……うーんと……」

 白のクィーンが、そののっぺらぼうの顔をロンに向けた。その何もない顔が何かを言いたげで、ルイスはすっくと立ち上がった。

「ロン、待って。あなた、まさか――」

「そのまさかだよ、ルイス。これしか手はないんだ、ここで僕が取られるしかない」

「駄目!」

 三人は同時に叫んだ。白のクィーンが黒のナイトを吹っ飛ばした光景が、ルイスの頭のなかにまざまざと蘇ってきた。

「だけど、これがチェスなんだよ。犠牲を払わなくちゃ、勝つことはできないんだ。僕が一駒前進する。そうするとクィーンが僕を取るだろう。ハリー、それで君が動けるようになるから、キングにチェックメイトをかけるんだよ、分かったね?」

「でも」

「スネイプを食い止めたいんだろ? 違うかい?」

「ロン……」

「ほら、急がないと、スネイプがもう石を手に入れてしまったかもしれないぞ!」

 もうルイスはどうでもよかった。石を狙っているのが彼らの言うとおりセブルスだったとしても、他の誰かだったとしても、今はこのチェスのことで頭がいっぱいだった。

「いいかい?」ロンはとても青ざめていた。それなのに、決意はしっかりと持っている。「じゃあ、僕は行くよ。いいかい、勝ったらすぐにここを出るんだよ! ここでぐずぐずしていたら駄目だからな!」

 ロンが前に進んだ。今度は、ルイスも目を逸らさなかった。白のクィーンがナイトに飛び掛かり、ロンの頭を石の腕で殴りつけた。ハーマイオニーのけたたましい悲鳴が部屋中に響いたが、ルイスは悲鳴を必死で堪え、手で口に蓋をした。絶対に悲鳴を上げてはいけないと、ルイスは何故かそう思ったのだ。

 白のクィーンはロンを片隅に引きずっていく。ロンは死んだように動かなかった。ただ気絶をしているだけだと、ルイスは自分にそう言い聞かせていた。

 ハリーの足はがくがくと震えている。それでも左に三つ進み、白のキングにチェックメイトをかけると、白のキングは王冠を脱ぎ、ハリーの足元に投げ出した。

 その瞬間、試合に勝利した。ハリーたちは勝ったのだ。チェスの駒は左右に分かれ、前方への道を開けて、恭しくお辞儀をした。

 三人はもう一度ロンを振り返った。それから、何かを振り切るように走りだし、扉をくぐって次の通路を進んだ。

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