チェスの対戦を終え、ロンを除いた三人は次の部屋へと進む通路を早足で歩いていた。ロンは自らを犠牲にして、ハリー、ルイス、ハーマイオニーを先の道へと導いてくれたのだ。ロンは今もまだ、チェス部屋の冷たい床の上で横たわっている。三人はとても、ロンが心配だった。
「もしもロンが――」
「大丈夫だよ」
ハリーはハーマイオニーに言い聞かせるというよりも、自分自身に言い聞かせているようだった。
「次は何だと思う?」
「悪魔の罠はスプラウト先生だとして、鍵の魔法はフリットウィック先生、チェスはマクゴナガル先生かな」
ルイスは今まで辿ってきた部屋を指折り確かめた。
「残るはクィレルとスネイプの……」
ハーマイオニーが言い掛けたところで、三人は次の扉の前に辿り着いた。
「いいかい?」
ハリーの囁き声にルイスは頷いて、ふたりで扉を押し開けた。途端に、三人はローブの袖を引っ張り上げて、鼻を覆った。ルイスたちは以前、この強烈な匂いを嗅いだことがある。胃がむかつくような匂いに目をしょぼつかせながら部屋の中を見渡すと、前にやっつけたのよりも更に大きなトロールが、頭を血だらけにして倒れていた。気絶している。
「……こんなトロールと戦わなくてよかった」
小山のような足をそっと跨ぎながら、ハリーが独り言のように呟いた。こんな巨大なトロールを、どうやって退治すればいいのか、ルイスには皆目検討もつかなかった。失神呪文一回で失神してくれるだろうか。まず無理だろう。
何はともあれ、ハリーのように戦わないでよかったと、ルイスも思っている。
「さあ、早く行こう。ここは息が詰まりそうだ」
ハリーは次の扉を開けた。何が出てくるのだろう。ルイスは、トロールの臭い以上に強烈なものは出てほしくないと思った。しかし、その次の部屋には、何も恐ろしいものはなかった。ただテーブルがあって、その上に形の違う七つの瓶が一列に並んでいるだけだった。
「セブルスね」
ルイスは小さく呟いた。
「何をすればいいんだろう」
ハリーがそう言い、三人が同時に部屋へ足を踏み入れると、今入ってきたばかりの入り口に、紫色の炎がたちまち燃え上がった。それと同時に、前方の扉の入り口にも黒い炎が上がった。
三人はセブルス・スネイプの部屋に閉じ込められる形になった。
「見て!」
ハーマイオニーが瓶の脇に置かれていた巻紙を取って、それを読み上げた。
前には危険 後ろは安全
君が見つけさえすれば ふたつが君を救うだろう
七つのうちのひとつだけ 君を前進させるだろう
別のひとつで退却の 道が開ける その人に
ふたつの瓶は イラクサ酒
残る三つは殺人者 列に紛れて隠れてる
長々居たくないならば どれかを選んでみるがいい
君が選ぶのに役に立つ 四つのヒントを差し上げよう
まず第一のヒントだが どんなにずるく隠れても
毒入り瓶のある場所は いつもイラクサ酒の左
第二のヒントは両端の 二つの瓶は種類が違う
君が前進したいなら 二つのどちらも友ではない
第三のヒントは見たとおり 七つの瓶は大きさが違う
小人も巨人もどちらにも 死の毒薬は入ってない
第四のヒントは双子の薬 ちょっと見た目は違っても
左端から二番目と 右端から二番目の 瓶の中身は同じ味
ルイスは、何ともセブルスらしい方法だと思った。ハーマイオニーはほうっと大きなため息を吐き、驚いたことに微笑んでいる。ハリーとルイスは思わず顔を見合わせた。
「これは魔法じゃなくて論理よ、パズルだわ。大魔法使いと言われるような人って、論理の欠片もないような人がたくさんいるの。そういう人は、ここで永久に行き止まりだわ」
「でも僕たちもそうなってしまうんだろう? 違う?」
「もちろん、そうはならないわよ」ハーマイオニーは自信満々に言った。「必要なことは全部この紙に書いてあるんだから」
七つの瓶があって、三つは毒薬、二つはお酒、一つは安全に黒い炎の中を通してくれ、一つは紫の炎を通り抜けて戻れるようにしてくれる。
「でも、どれを飲んだらいいか、どうやったら分かるの?」
「ちょっとだけ待って」
ハーマイオニーは巻紙を何回か読み直した。ルイスは、ハーマイオニーが一度目に読み上げた内容を、頭の中で復唱していた。記憶力に関しては酷く自信があったのだ。
まず、先へ進むには両端の瓶は必要ない。それから左から二番目と、右から二番目も違う。右から二番目の瓶はイラクサ酒だから、その左隣は毒薬だ。どんなことがあっても、毒薬はイラクサ酒の左側にあるのなら、真ん中の瓶も毒薬だろう。
ということは、一番右の瓶が戻る薬で、左から三番目の小さな瓶が進む薬だ。
「分かった!」
ルイスはぱちんと指を鳴らした。ハーマイオニーはまだ考えている。ハリーは、分かったと叫んだルイスを見て驚き、目を丸くした。ハーマイオニーを横目で盗み見ると、ブツブツと独り言を呟きながら、机の横を行ったり来たりしていた。
「あたしが答えを言ったら、きっとハーマイオニーは怒ると思うけれど」
ルイスはハリーに、自分が導きだした答えをこっそり耳打ちした。すると、丁度その時、ついにハーマイオニーが両手をぱちんと打ち鳴らした。
「分かったわ! 一番小さな瓶が、黒い火を通り抜けて石の方へ行かせてくれる」
ハリーはその小さな瓶を見つめた。そして、確かめるようにこちらを見る。ルイスはぱちりとウィンクをした。
「だけど、ひとり分しかないね。ほんの一口しかないよ」それから、とハリーは続ける。「紫の炎をくぐって戻れるようにする薬はどれなの?」
ハーマイオニーが一番右端にある瓶を指した。ハリーはルイスの論理が当たっていたことにも驚きたかったようだが、道を急ぐことを優先させた。当たり前だ。きっとハリーは、このパズルを間違いなく解いてくれるなら、誰でもいいという心境なのだろう。
「君たちがそれを飲んでくれ」
ハリーが取って付けたように言ったので、ルイスは驚いて目を見開いた。
「いいから黙って聞いてほしい。君たちは戻ってロンと合流してくれ。それから鍵が飛び回っている部屋に行って、箒に乗る。そうすれば仕掛け扉もフラッフィーも飛び越えられる。真っすぐふくろう小屋に行って、ヘドウィグをダンブルドアに送ってくれ。あの人が必要なんだ。少しの間ならスネイプを食い止められるかもしれないけど、やっぱり僕じゃ敵わない」
「だけどハリー、もし、もしヴォルデモート卿がいたら……」
ルイスはどうしてもハリーについて行きたかった。ついていかなければならないような気がしていた。けれど、先へ進む薬はひとり分しかない。
「そうだな。僕、一度目は幸運だった。そうだろう?」ハリーは青い顔で、額にある稲妻型の傷を指した。「だから、二度目も幸運かもしれない」
ハーマイオニーは唇をわなわなと震わせ、ハリーに駆け寄ると、両手でハリーを力一杯抱き締めた。
「ハーマイオニー!」
これにはハリーも本気で驚いたようだ。それを見ていたルイスも、少し驚いたのだから。
「ハリー、あなたって本当に偉大な魔法使いよ!」
「僕、君には敵わないよ」
すると、ハーマイオニーはハリーから手を離し、首が千切れそうになるくらいぶんぶんと左右に力強く振った。
「私なんて! 本が何よ! 頭がいいなんて何よ! もっと大切なものがあるのよ! 友情とか勇気とか、ああ、ハリー、お願い、気を付けてね!」
ルイスも何か言おうと口を開きかけたが、結局は何も言わずに一度だけハリーに頷きかけた。それに、言うべきことはすべてハーマイオニーが言ってしまった。
「まず君たちから飲んで。どの瓶が何の薬か――ふたりとも同じ答えだ。きっと間違いないと思うよ」
「同じ?」
ハーマイオニーが首を傾げる横で、ルイスは右端の瓶を摘み上げた。その薬は喉を通り抜けるとき、体中を氷のように冷たくした。
「大丈夫?」
薬を飲んで身震いをするルイスとハーマイオニーを見て、ハリーは心配そうに言った。
「大丈夫」
「でも、氷みたいに冷たいの」
「さあ、急いで! 効き目が切れないうちに行くんだ!」
ハリーがふたりを追い払うような素振りを見せた。
「幸運を祈ってるわ」
「ハリー、気をつけてね」
「ほら、早く!」
ルイスは名残惜しげにしているハーマイオニーを引っ張って、紫の炎の中を真っすぐに進んだ。
あとは戻るだけだ。チェスの部屋でロンを助けて、箒に乗って外へ出て、ダンブルドアに手紙を書くだけ。自分たちにできることは、たったそれだけのことしかない。
ルイスは何だか悔しくて、やるせない気持ちになった。ハーマイオニーの腕を握る手に、更に力を込めた。ルイスは気が付くと、ハーマイオニーの手を引っ張って、トロールの腕を跨ぎ越しているところだった。
「――ん? トロール?」
ルイスは呟いて、ぴたりと足を止めた。すると、ハーマイオニーの体が思いっきり背中にぶつかってくる。思い出したように、鼻につんとくる匂いを感じた。
「ルイス? どうしたの? 私たち急がないといけないのよ?」
「ああ、うん、分かっているんだけれど」今度はルイスがハーマイオニーに引っ張られながら歩いた。「ねえ、ハロウィーンの日を覚えているでしょう? トロールが入ったときのこと」
ルイスは問いかけているのに、ハーマイオニーの返事を待つことができなかった。
「あのとき、セブルスが四階に行くのをハリーたちが見たって言っていたよね? でもそれは、もしかしたら、ただ単にあのトロールが抜け出してしまったのではないかと思ったんじゃない?」
ハーマイオニーがルイスの話を聞いているかは分からない。それでも、ルイスは息を吐く暇もないくらいに喋り続けた。ルイスの中で、ジグソーパズルのピースがみるみるうちに形になっていくのを感じていた。
「最初のクィディッチの試合で、セブルスがハリーから片時も目を離さなかったのは、あたしも見ていた。もしセブルスがハリーの箒に呪いをかけていたのだとしたら、ハリーはあのとき、とっくに箒から放り出されていたはずではない? 誰かが呪いをかけて、反対呪文でハリーを助けようとしていたのだとしたら? そうじゃないと、ハリーがいつまでも箒にしがみ付いていられたことが説明できないと思わない?」
ハーマイオニーが立ち止まった。きょとんとした顔でこちらを振り返ったが、ルイスは話すのをやめなかった。
「ハリーはセブルスがクィレルに言い寄っているところを目撃していた。ハリーを通して聞くから、みんなはセブルスが犯人だと思い込んでしまったの。ハリーはセブルスが犯人だと思い込んでいるから、色眼鏡をかけてセブルスを見ている。悪いほう悪いほうに考えたがるの。セブルスが審判をやったクィディッチの試合だって、呪いからハリーを守ろうとしていたのかもしれない」
「待って、待ってよ、ルイス。あなた一体何が言いたいの?」
ハーマイオニーはルイスを落ち着かせようと、肩を前からがっちりと押さえつけた。
「みんなは間違ってた。犯人はセブルスじゃない、クィレルだよ!」
ルイスは叫んで、それからふと思い出した。
「あたしやっぱり、ハリーのところに戻る!」
「ルイス、ダメよ! 戻っても無駄だわ! あの黒い炎を抜けることはできないのよ!」
「やってみなきゃ分からないでしょう? あたしに考えがあるの」それに、とルイスは続ける。「フィレンツェが言ったの、あたしとハリーは共にあれと星が教えているって。あたし、行かないと!」
マクゴナガル先生のチェスの部屋に戻ってきた途端、ルイスはハーマイオニーの手を振り払った。
「ルイス!」
「あたし、ハリーをひとりにするなんてできない。それに、あの先にヴォルデモート卿がいるのだとしたら、あたし――」
何が何でもハリーを守らなければいけない。ルイスは何の根拠もないままそう思った。本当はただ、真実を知りたいだけなのかもしれない。でも今は、どんな理由もルイスの前では意味をなさないような気がした。ルイスはただ、友達を失いたくなかったのだ。
「ハーマイオニー、あなたが自分で言っていた言葉を思い出してよ。大切なのは友情や勇気だって、そう言ったでしょう? あたし、それを貫きたいの」
後先考えない行動をするなと、ハーマイオニーは怒るかもしれない。きっと、ラウルやリーマスも間違いなく怒るだろう。けれど、ルイスには、何もかもを投げ出してでも貫きたいと思うことがある。そのために自分の命が危うい状況になってしまったとしても、助けずにただ指をくわえて見ていたとしたら、この先ずっと後悔し続けるに決まっているのだ。
「ルイス……」
「ハーマイオニーはロンを、あたしはハリーを助けよう。さあ、できるだけ早く戻って。ダンブルドアに手紙を書くの!」
「ルイス――!」
ルイスは最後まで言い終わらないうちに走りだした。後ろからハーマイオニーの声が追い掛けてきたが、決して振り返らなかった。躊躇った分だけ、ハリーを助けようと固まった気持ちが薄れていってしまうような気がしていた。
ルイスはただ走った。ただがむしゃらに走っていた。呼吸すら忘れていた気がする。気が付くと酸素を求めた肩が激しく上下しているのが自分にも分かった。
もし、もう何もかも終わっていたら? 目の前に、にっこりと微笑むハリーが現れたら? その手に、無事に賢者の石を握っていたら?
きっと、それにこしたことはない。だけどもし、別の意味で全てが終わっていたら? ハリーが死に、賢者の石がクィレルからヴォルデモート卿の手に渡ってしまっていたとしたら?
「いやだ。そんなの、絶対」
ルイスはすべての雑念を振り払うように、大きく頭を振った。そんなことあるわけがない。ハリーは無事だ。無事に賢者の石を守り、ヴォルデモート卿は復活することができなくなる。そう、それが確かな未来だ。
ルイスはそう信じた。セブルスの魔法薬の部屋に戻ってくると、もう紫の炎は消えていた。
ルイスは入り口の前で立ち止まり、息を整えてからから部屋に足を踏み入れた。すると背後には紫の炎が、前方には黒い炎が立ち上る。
「もしかしたら……」
ルイスは七つの瓶が並ぶ机に駆け寄った。瓶の中身を確かめるためだ。しかし、ルイスの思惑通りにはいかなかった。黒い炎を進むための瓶は空っぽだ。後方には紫の炎、前方には黒い炎。ルイスは、最後の手段を試すしかなくなった。もし失敗すれば、黒い炎に飲み込まれて丸焦げになるだろう。
ルイスは黒い炎の前に進み出た。そして息を呑み、心の中で何度も繰り返す。
「大丈夫――大丈夫――」
ルイスは恐る恐る、そっと黒い炎に触れてみた。するとどうだろう、まったく熱さを感じない。手のまわりに、生暖かい透明のベールのようなものをかけられているようだった。思わず口元を歪めて笑いそうになった。
耳元で、耳飾りがゆらりと揺れた。体全体が黒い炎に包まれても、ルイスはまるで熱を感じなかった。ただ、さっき手に感じたような生暖かい、何かに包まれているような感覚を、体中に感じていた。
数メートルの間、黒い炎の道が続いた。炎の向こう側は、やはり最後の部屋だった。
そこは、確かに最後の部屋だったが、俄かには信じられない光景が目の前に広がっていた。信じられない光景――ではない、信じられない状態になった人物が立っている。
部屋の中央には大きな鏡があった。鏡の近くには、ふたりの人間が立っている。いや、三人というべきだろうか。ひとりはハリー、ひとりはクィレル、そしてクィレルの後頭部にもうひとり、確かに存在していた。クィレルはその顔を隠すために、頭にターバンを巻いていたというのだろうか。
ルイスは鏡に映っているクィレルの顔を見、ハリーを見、クィレルの後頭部を見た。
「ハリー・ポッター……」
クィレルの後頭部の顔がしわがれた声でハリーの名を呼ぶのを、ルイスは確かに聞いた。
ルイスはその声を聞いて身震いをした。背中がぞくぞくとして、体中の血液が蒸発したのではと思うほど、血の気が引いていくのを感じていた。
「この有様を見ろ。今はただの影と霞に過ぎない存在だ。こうして誰かの体を借りて、初めて形になることができる。しかし幸運なことに、常に誰かが喜んで私をその心に入り込ませてくれる。この数週間はユニコーンの血が私を強くしてくれた」
ユニコーンと聞いて、ルイスは叫び声を上げたくなった。だが、どういうわけか声が出てこない。まるで、声の出し方を忘れてしまったようだった。
「忠実なクィレルが、森の中で私のために血を飲んでいるところを見たはずだ。命の水さえあれば、私自身の身体を創造することができるだろう。さて、ポッター、そろそろお前のポケットの中にある石をいただこうか」
石ということは、ハリーは賢者の石をクィレルよりも――クィレルのあの後頭部に住み着いている、ヴォルデモート卿よりも早く手に入れたということなのだろうか。
ハリーは言い迫ってくるヴォルデモートから、よろけながらも後退りをした。
「ハリー!」
ルイスは訳も分からず、ハリーの名を叫んでいた。叫んで、ハリーの傍へ駆け寄った。髪の影で耳飾りがまた、ゆらりと揺れるのを感じた。
――父さん。
ルイスは心の中で父親を呼んだ。何故そうしたのか分からない。けれど、呼ばずにはいられなかった。父親が護ってくれる、そう思ったのかもしれない。
「ルイス!? どうやってここに……」
ルイスは今までに見たハリーのどんな驚愕の表情よりも、今この時の顔が一番驚いているように見えていた。
「ルイス? では、お前がルイス・ジュリアードなのか……?」
しかし、ルイスの登場に驚いているのはハリーだけではなかった。クィレルの後頭部の顔は醜く歪み、ルイスを真っ直ぐ見つめている。
「お前が、ルイス・ジュリアードか」
ヴォルデモート卿が独り言のように呟き、そして目を細めた。何か愛しいものでも見つけたような、そう感じられる表情のようにも感じられた。
「ハリー、走れる?」ルイスはハリーの手をぎゅっと握り、ほとんど口を動かさずに、小さく囁くように言った。「石を持って、走って逃げるの。悪魔の罠を抜けて外に出られればなんとかなる」
「そんなことしちゃ駄目だ!」
「外に出れば優秀な魔女や魔法使いがいる。それに、大勢が相手なら――」
「バカな真似はよせ」ルイスたちを見て、顔が低く唸った。「逃げようとしても無駄だ。逃げようとしたら殺すぞ。命を粗末にするな。私の側につけ。さもないとお前たちも、お前たちの両親と同じ目に合うことになるだろう。四人とも命乞いをしながら死んでいったのだからな」
「そんなの嘘だ!」
ハリーがすかさず叫ぶと、ヴォルデモート卿はにやりと顔を歪ませて笑った。とても不気味だった。
「私はいつでも勇気を称える。そうだ、お前の両親は勇敢だった。ポッター、私はまず父親を殺したのだ。あの男は勇敢に戦った――だが、お前の母親は死ぬ必要がなかったことだけは、伝えておかなければなるまい。母親はお前を守ろうとしたのだ。母親の死を無駄にしたくなければ、今すぐに石をこちらへ寄越せ」
「やるもんか!」
ハリーはルイスと手を取り合ったまま、咄嗟に炎の燃え盛る扉に向かって走りだした。
「捕まえろ!」
ヴォルデモートが背後で叫んだのとほぼ同時に、がくんと足が止まってしまった。隣を走っていたハリーの腕を、クィレルが掴んだのだ。ルイスはハリーを自分の元へ引き寄せたが、ハリーは何故が悲鳴を上げて、力一杯もがいた。顔は苦痛に歪み、ルイスの手をも振り払おうとしている。
「ハリー、駄目! しっかりして! ハリー!」
ルイスがありったけの力でハリーを引っ張ると、ハリーは難なくルイスの腕のなかに転がり込んできた。腕のなかにいるハリーは、さっきほど苦痛を感じてはいないようだった。
「……ハリー、あなた、いったい何を」
クィレルが何故手を離したのか、ルイスには分からない。けれど、今度はクィレルが苦痛に体を丸め、自分の指を見ていた。クィレルの指は、見る見るうちに火ぶくれができはじめている。
「ルイス、石を持って逃げて」
ハリーはポケットに手を入れて、赤い石を取った。そして、それをルイスの手に押しつけると同時に、飛び掛かってきたクィレルの下敷きになった。クィレルはどうやら、未だハリーが石を持っていると思っているらしく、ルイスには見向きもしない。
ルイスは戸惑いながら、数歩あとずさった。手には冷たい、手のひらに包み込めるほど小さな赤い石を握り締めている。
「そっちではない! 小娘だ! 小娘が石を持っている!」
ハリーもクィレルも苦痛に悶えていた。クィレルはハリーの首を押さえ付けていた手を離し――その手は真っ赤に焼け爛れ、皮が剥けている――今度はルイスに突進してきた。
「ルイス! 逃げて!」
ハリーは苦しそうに額を押さえながら、必死になって叫んだ。ルイスは逃げようと思っても、何故か足が地面に張りついたように動かなくなり、その場に立ち竦む。
「――うわっ!」
「ルイス!!」
その場に座り込んでいたハリーも、たまらず腰を上げた。ルイス自身にも何が起こったのか、すぐには分からなかった。ただ一つ理解していたことは、クィレルがルイスに、指一本触れることができなかったということだ。
クィレルがルイスに触れようと手を伸ばした瞬間、ジュリアードの耳飾りが明々と輝き出し、クィレルとルイスの身体を、何かの力で引き離した。クィレルの体もルイスの体も、それぞれ反対の方向に吹き飛ばされた。
クィレルは中央にある鏡の隣まで吹き飛ばされ、ルイスは数メートル後ろにある柱に背中を打ち付けられた。
「石だ、クィレル! 石を取れ!」
クィレルの頭でヴォルデモートが叫ぶ。だが次の瞬間、ルイスは自分の目を疑った。さっきまで自分の手のなかにあったはずの石が、五メートルほど向こう側の地面に転がっているのだ。
ヴォルデモート卿は石を取れ! ふたりを殺せ! と壊れたオルゴールのように同じフレーズを繰り返している。クィレルは足をもつれさせながら、着実に一歩ずつ石に足を近付けている。
ルイスは立ち上がろうとするのに、まるで誰かが肩を強く押さえ付けているように、その場から動くことができなかった。ハリーも立ち上がって石を目がけて走りだしたが、クィレルの方がずっと石に近い。
――ハリーじゃ間に合わない。
ルイスは動かない体に鞭を打って、ローブのポケットを漁り杖を取り出した。こんな状態でうまく呪文が作動するかなど考えもせず、杖腕を前に突き出した。
「――アクシオ」
すると、石は初めことりと微かにだけ動き、それからすぐに、吸い込まれるようにしてルイスの手に収まった。クィレルは一瞬のうちに消えてしまった賢者の石をきょろきょろと探し、ハリーはそのクィレルに飛び付いた。
「あああァァァ!!」
クィレルが転がるようにハリーから離れた。ハリーの手が触れたクィレルの顔は、手と同じように焼け爛れていた。ルイスの耳には、クィレルが死の呪文を唱えようとしているのが聞こえたが、それは自身の悲鳴でかき消されてしまう。
部屋の中には、クィレルとハリーの悲鳴がけたたましく反響していた。頭の中でぐわんぐわんと鳴り響き、ルイスは耳を塞ぎたくなった。しかし、体はそれすらもさせてはくれない。
「殺せ! 殺すんだ!! 殺してしまえ!!」
「あああァァァァァ!!」
ヴォルデモートの恐ろしい叫び声、ハリーとクィレルの悲鳴、何故か頭の中でぐるぐると回っているアバタケダブラの呪文。
ルイスはハリーの手の中で崩れていくクィレルの姿を見た気がした。後頭部の顔には、ヴォルデモート卿の瞳だけが生き生きと赤く、血のように輝いていた。
――こんなもの。
そうルイスは思った。賢者の石なんて消えてなくなってしまえばいい。こんなもののために、ハリーは、自分は、命を懸けようとしている。これは、富や名声を呼ぶ石などではない。破滅を呼ぶ石だ。
粉々にしてしまいたい。そんな怒りを抱いたまま、ルイスは意識を手放した。
遠くから近づいてくる、何か、暖かい光を感じながら。