One new year
「痛いっ!!」
勢い良く暖炉から吐き出されたルイス・ジュリアードは、いつものように煙突飛行の着地に失敗をし、床に腰を打ち付けた。トランクが床の上を面白いくらいよく滑り、ふくろうのルナが入った鳥かごが横になってごろごろと転がると、不愉快そうにほうっと刺々しく鳴いた。
「少しは学習というものをするべきだと思うよ」
ひょこっと暖炉から飛び出して、いつものように見事に着地してみせたラウル・ジュリアードは、苦笑を浮かべてルイスを引っ張りあげた。大丈夫の一言もないのかと、ルイスが恨めしそうにそう思ってラウルを見上げていると、その心を見透かしたように背後から気遣う声が聞こえてくる。
「お帰り、ふたりとも。ルイス、大丈夫かい?」
「ただいま、リーマス。あたしは大丈夫だけれど、ルナが重傷かもしれない」
ルイスがルナの入った籠を抱き上げて苦笑すると、リーマスはルイスのトランクを起こしているところだった。
「ほら、見て。あたしを威嚇しているし」
ルナはぐうぐうと奇妙に唸り、噛み付きたそうに觜をカチカチと鳴らしている。
ルイスと同じように、煙突飛行がどうやらお気に召さなかったらしい。以前は床に叩きつけられなかった分だけマシだったと思っているだろう。しかし、どうやら今回ばかりは堪忍袋の緒が切れてしまったようだ。
「籠から出しておあげ。外を飛び回ればそのうち機嫌も治るよ
ラウルが杖を振って鳥かごの鍵を外してやると、ルナは待ってましたとばかりに勢い良く飛び出し、大きな羽でルイスの顔をばしばしと叩いた後、開け放たれた窓から外に出て行ってしまった。
「……部屋に荷物を置いてくる」
ルイスはルナの姿が見えなくなるまで見送ると、リーマスの手からトランクを受け取って、自分の部屋に向かった。
ルイスの部屋は三階の一番東側にある。ホグワーツのルイスやハーマイオニーたち四人で使っている女子寮の一部屋分ほどの広さがあり、しかしそこは、年頃の女の子の部屋とは思えないくらいがらんどうとしていた。目につくものはベッドにクローゼット、簡易的な本棚に、机と椅子くらいのもので、その他はオマケ程度に並んでいるだけだ。
ルイスは三階までトランクを引っ張りあげながら、本気で部屋を一階に移すべきがどうかを思案していた。
「試験の結果、見る?」
荷物を部屋に置き、階段を降りてきたルイスは、ソファに座って紅茶を飲んでいるラウルに一枚の紙切れを差し出した。ラウルはチラリとこちらを見てその紙を受け取ったが、ルイスの成績に対して興味関心がある態度には感じられない。
成績表を見てもあまり反応を示さないラウルを見て、リーマスは少し眉を寄せた。
「そんなに悪いのかい?」
わざと真面目な表情で言うリーマスに、ルイスは思わず口を尖らせた。
「そんなに悪くないよ」
「学年で二番だって」
「一番はハーマイオニーだよ」
ルイスはラウルの手から紙を取り上げると、くしゃくしゃにしてローブのポケットにしまった。リーマスの隣に腰を下ろすとラウルが杖を一振りして、ルイスがいつも使っていたティーカップを取り出してくれる。更に一振りすると、ティーポットが勝手に動きだし、カップに紅茶を注いでくれた。
ルイスがその様子をぼんやりと眺めていると、急に思い出したようにリーマスが口を開いた。
「そういえば、ラウルはいつも首席だったね」
「ん? ああ、うん、そうだったかな」
「当の本人は、成績のことについてはあまり興味がなかったみたいだけどね」
リーマスはそう言って穏やかに微笑み、ルイスを見た。自分の成績に興味がないどころか、この様子だと妹の成績にも興味はないだろう。
ラウルが首席だったという話は前に何度か聞いたことはあったか、それほど驚きはしなかった。ラウルは何でもよく知っているし、それに本の虫だ。しかし、ルイスはハーマイオニーがいる限り絶対に首席になることはないだろうと思っていた。
「リーマスはどうだったの? ホグワーツでの成績は?」
「私かい? 私は普通だったよ。魔法薬の調合が苦手でね」
魔法薬という言葉を聞くと、ルイスは否応無しに、魔法薬学の教授であるセブルス・スネイプのことを思い出した。
セブルスはラウルの先輩であり、そして友人でもある。満月の前に一週間飲み続けなければならない、ラウルの脱狼薬を作ってくれている人物でもあり、そしてスリザリン寮の寮監だ。ルイスがラウルの妹だからか、何かと目をかけてくれていたが、何かをしでかすたびにラウルにふくろうで手紙を送るという迷惑な行為をしていた。
昨年度の最後にあった賢者の石の事件の後、手紙を送らないでくれと頼んだが、実際のところはどうなのか分からない。ラウルたちが何も言わないということは、きていないのかもしれないが、セブルスが送らなくともダンブルドアやマクゴナガル先生が送ってきているはずだ。
「ねぇ、最近手紙は来た? 例えば――」
「セブルス・スネイプとかミネルバ・マクゴナガルとか、アルバス・ダンブルドアからとか?」
「あー、うん、そう。きたの?」
「ルイスに身に覚えがあるのなら、そうだと思うよ。手紙が僕に届くと何か不都合があるの?」
悪戯っぽく言って笑うラウルを見て、ルイスは多少安心しながらも、結局のところセブルスはラウルに手紙を出したのだということが分かり、グリフィンドールにはやはり甘くはないのだということを実感した。
「それじゃ、全部知っているのね。あたしが説明しなくても」
「一通りのことはね。それから、ルイスが多くを知りたがるだろうということも」
「知りたいって言ったら教えてくれるの?」
「ルイスが本当に知りたいと思うのならね」
そのようなラウルの物言いに少し違和感を覚え、ルイスは訝しんだ。
本当に知りたいと、そう思えないのなら、教えるわけにはいかない。ルイスには何故か、そう言っているように聞こえた。ラウルが今から言おうとしていることは、あまりいいことではないような気がして、ルイスは急いで頭を横に振った。
「あたし、知りたくない。知らなくてもいい」
これ以上深く知って、ハリーとの距離を遠くするくらいなら、何も知らないほうがいいと思った。
「そうだね。うん、今はその方がいい。さあ、お茶のお代わりはどう?」
それから数日の間は、学校で出された宿題を片付けてばかりいた。他に何もやることがなかったので、宿題をするか地下にある図書室の本を読むくらいしか、暇を潰す方法を見つけることができなかった。
けれど、ルイスには唯一心配なことがあった。ハリーにいくら手紙を送っても、その返事が返ってこないということだ。いくらルナで手紙を送っても、いつも帰ってくるのはルナだけで、返事の手紙を持ってきたことは一度もない。
ルイスは宿題の大半を片付け終わっていたが、どうしてもそのことが気掛かりで、残りの宿題に手を付けることができなくなっていた。
「やあ、宿題は進んでいるかい? 見てあげようか」
部屋にこもっているのが嫌でダイニングのテーブルに座り、魔法薬の教科書をぺらぺらとめくっていると、数冊の本を小脇に抱えたリーマスが現われて言った。
「ありがとう。でも、残っているのはリーマスの苦手な魔法薬学の宿題だけど……」
ルイスが教科書から顔を上げて言うと、リーマスは苦笑を浮かべながら、すぐ隣にまでやってきた。
「お茶を飲む?」
そう言って立ち上がろうとするルイスを椅子に戻して、リーマスは自分が入れると言い、キッチンの方に向かった。確かに、魔法を禁止されているルイスが入れるより、魔法を使うことのできるリーマスの方がずっと早く入れることができるだろう。
ティーカップとティーポットがテーブルの上に並べられ、リーマスは杖でティーポットの頭を叩いた。
「この家の図書室は凄いね、量も種類も」
「ホグワーツには劣るけれどね。普通の家庭でこれほど揃っているところはないって、ラウルは言っているけれど」
「ある意味では、ホグワーツよりも貴重なものが揃っているよ。おかげで私は飽きもせず毎日読書三昧だ」
「全部読破するつもりなら何百年かかるか分からないよ。ラウルも毎日読んでいるけれど、まだ半分も読めていないもの」
家の地下室は、地下一階、二階ともすべてが図書室になっている。ところ狭しと棚が並び、これでもかというくらい本が詰まっているのだ。昔からあるものや、ラウルがたまに買ってくる新しい本も同じように並べられている。
ルイスはリーマスの入れてくれた紅茶を啜りながら、教科書の下敷きになっていた羊皮紙を引っ張りだした。
ルイスのところにハリーから何の音沙汰もないということは、ロンやハーマイオニーところも同じということだろうか。そう思ったルイスは、ロンのところに手紙を送ってみることにしたのだ。
ルイスが羊皮紙の上を滑らせていた羽ペンをぴたりと止めて隣を見ると、リーマスは嫌に真面目な顔をして本を読んでいる。今話し掛けると邪魔になると思い、羽ペンを一度インク瓶に浸してから、一気に手紙を書き上げてしまった。
内容は、何通手紙を送っても、ハリーから返事が返ってこないこと。ロンの方はどうかということ。もし何か分かっていることがあれば、ルナに返事を持たせてほしいというようなことを、できるだけ短くまとめて書いた。 羽ペンをインク瓶にさすと、ルイスは羊皮紙をたたんで、リビングの窓まで行った。
「ルナ、戻ってきて! 手紙を頼みたいの!」
この環境は、ルナにとっては物凄く好ましいものだったようだ。家の周りは深い森に囲まれている。ルイスが呼ばないかぎりはずっと森で遊んでいたし、この屋敷に戻ってくることなど本当に稀だ。むしろ、こうして呼び戻さないかぎり顔も見せない。
ルナはその声を聞き付けると家まで真っすぐに戻ってきて窓の淵に停まり、翼を休めた。丸い目でルイスを見上げている。
あのときラウルが言ったように、ルナは森中を飛び回ると、途端に上機嫌になった。
「これをロンのところへ届けてほしいの。返事をもらってきてね」
ルイスはルナの足に手紙を括り付けると、そう言って軽く頭を撫でてやった。ルナはルイスの指を二度ばかり甘噛みしてから、すぐに飛び立っていった。
「誰かに手紙を書いたのかい?」
振り返ると、本に目を向けたままのリーマスが言った。
「ロンにね。ハリーに手紙を送っても返事がないから心配で」
「返事がない?」
「うん、ただ忘れているだけなら別に構わないのだけれど」
ハリーに限ってそんなことはないと思いながらも、ルイスはそうあってほしいと思っていた。何か問題が起こっているのだとしたら、助けてあげたいとも思うが、どうすることもできない自分が酷くもどかしい。
まさか、別れ際にラウルに言われたことを真に受けて、魔法を使ってしまったなんてことはないだろうか。そうなればおそらく、魔法省から警告文が届くはずだ。
「大丈夫だよ、ルイス。とりあえず、そのロンから返事が来るのを待ってみたらどうだい?」
「うん、そうだよね」
そして次の日になると、さっそくロンからの手紙が届いた。読んでみると、ハリーからの返事はやはり、ロンのところにも届いてないということだった。
ルイスへ
君と同じように、僕もハリーには一ダースくらい手紙を送ったんだ。だけど、一度だって返事がこない。絶対おかしいよ。僕の家族も、みんな心配しているんだ。今度の金曜までにハリーから返事の手紙がこなかったら、パパとママがハリーを迎えに行くって言ってるんだけど、僕たちそれまで待ってなんかいられないよ!
だから僕、フレッドやジョージと一緒に今夜、ハリーをこっそり迎えに行くことにしたんだ。ハーマイオニーには内緒だけど、僕の家には空飛ぶ車があるんだ。ハリーを助け出すつもりだとは手紙に書いて送ったけど、空飛ぶ車で行くなんて言ったら、反対するに決まってるだろう? 君は反対だなんて言いださないよね? うまくいくように祈っててくれよ。ハリーが家にきたら、ヘドウィグを借りて手紙を出すから。じゃぁね。
ロンより
「空飛ぶ車?」
ルイスは怪訝そうに呟いて、ロンからの手紙をあと二度読み返した。今夜というのは、今日の夜ということだろう。
「……空飛ぶ車って、違法だよね」
「空飛ぶ車が何だって?」
リビングの窓際に立って大急ぎでルナの足から手紙を外し、それを食い入るように読んでいたルイスを後ろから覗き込んで、何故かラウルが愉快そうに言った。ルイスは慌てて手紙を背中に隠したが、もう既に遅かったようだ。
「ロンって、ウィーズリー家の子だね。魔法省に勤めいてる、アーサー・ウィーズリーの子だ」
「ロンのお父さんを知っているの?」
「まあね。彼はマグル製品不正使用取締局の局長だよ。そのウィーズリー家の子供が、車を空に飛ばすなんて、正気の沙汰じゃないな」
口では手厳しいことを言いながらも、ラウルの口調はとても楽しそうだ。
「アーサーはマグルに異常な興味を寄せていてね。空飛ぶ車を持っていたとしても、たいして不思議ではないよ」
「だけど、マグル製品不正使用取締局って、マグルの作ったものに不正に魔法を掛けるのを取締まるところではないの?」
「もちろん、そうだよ。だから彼は……そう、色々と法律の抜け道を用意しているんだ。自分の都合のいいようにね。例えば空飛ぶ車なら、本人に車を飛ばす意志がないのなら、たとえその車が飛ぶ能力を持っていたとしても、それだけでは罰することができない、とかね」
「そんなの――でも、どうしてラウルがロンのお父さんと知り合いなの?」
「偶然知り合っただけだよ」
ラウルはソファに腰を下ろし、杖を二度振ってティーカップとポットを何もないところから呼び出し、紅茶を注いだ。カップがふたつ並んでいたので、どうやらルイスの分も用意してくれているらしい。
「魔法省に少し用事があって行ったときに、たまたま知り合ったんだ。仕事を少し手伝ったら、ランチをご馳走してくれてね。実を言うと、さっき言った法律の抜け道は、僕がアーサーに進めたんだよ」
くすくす笑いながらそう言ってお茶を勧めてくるラウルを、信じられないものでも見るような目付きでルイスは睨んだが、当人はそれくらいではびくともしないという顔をしている。
「だけど、ロンのお父さんはラウルとあたしが兄弟だって知っているの?」
「どうして?」
「だって、前にロンが言っていたもの。ロンの父さんも母さんも、ジュリアード家はヴォルデモート卿の手先みたいに言っていたって」
「もちろん、彼は知っているよ。人の心は変わりやすいんだ。まあ、ウィーズリー夫人はそうもいかなかったみたいだけどね」
「それが普通だと思うけど」
ルイスはラウルの隣に座って、クッションを胸の前に抱えるようにして持った。ロンや双子のウィーズリー兄弟が家に誘ってくれたのは嬉しかったし、行けるものなら行きたいと思っていた。けれど、彼らの母親のルイスに対しての態度を見てしまった後では、なかなか行きたいと思う気持ちは芽生えない。自分がウィーズリー家に行くだけで楽しい雰囲気が台無しになるのなら、行かないほうがずっといいに決まっている。
「ルイスはルイスだよ。分かっているとは思うけど、僕も、それにリーマスやルイスの友達もみんな、ルイスがルイスだということを知っている。ルイスはルーファスさんではないし、ヴォルデモート卿の手先でもない。みんながルイスをルイスだと分かっているなら、それで十分だと思うんだけど、違う?」
「ハリーも同じようなことを言ってくれた。あたしはあたしだって」
「すべての人が信じてくれなくなっても、ルイスは信じることを諦めては駄目だよ。もちろん、僕はいつまでもルイスの一番の理解者でいたいと思っているけど」
「分かってる」
人を信じろと教えてくれたのはラウルで、家族との絆を大切にしろと教えてくれたのも、ラウルだった。
きっとロンの母親は、家族を思うあまり、あのような態度を取ってしまったのだ。ヴォルデモート卿の手先だと、そう本当は思っていなくても、そのような噂のある一族とは、自分の子供に付き合ってほしくないと思うのは、親として普通のことなのだろう。
ルイスはそのように複雑な気分を抱きながら、今はハリーが無事にウィーズリー家に到着することを祈るばかりだった。