翌日の朝、ルイスはこつこつと何かが窓を叩く音で目を覚ました。
ルイスが煩わしそうな目を窓に向けると、そこには觜で窓を突いている純白のふくろうの姿があった。
「ヘドウィグ!」
ルイスは急いでベッドから降り、窓を開けた。滑るように部屋の中に入ってきたヘドウィグは、机の上に翼をたたんで降り立ち、おはようの代わりにほうと優しく鳴いた。
「おはよう、ヘドウィグ。あなたが来たということは、ハリーは無事なのね?」
ルイスはヘドウィグの足から手紙を外してやり、ルナの為に用意しておいたふくろうフーズと水を分けてあげた。
ルイスへ
今朝ハリーが家に到着したよ。僕たちの考えた作戦はばっちりさ! ママには少しがみがみ言われたけど、残りの休みは、ハリーはずっと僕の家にいるよ。君も来られればいいんだけど。
実は僕、こっそり手紙を書いているんだ。庭に住み着いている庭小人を駆除してる最中に、ママの目を盗んでね。ハリーなんて、やつらを十五メートルも向こう側へ飛ばしたんだ!
ハリーも、フレッドやジョージも君に会いたがっているよ。フレッドとジョージがルイスと一緒にダイアゴン横丁に行く約束をしたって聞いたけど、それ、本当?
ああ、そろそろ庭小人の駆除に戻らないと。またママが僕を怒鳴りつける前にね。
それじゃ、またね。
ロンより
「今朝? 今朝って、今日の朝よね? 急いで飛んできたの? それとも――」
ルイスはヘドウィグにそう言った後、すぐに部屋の時計を確認した。時刻は既に十一時を回り、太陽も空高く昇ってしまっている。
ルイスは夏休みに入って、これほど朝寝坊をしたことはなかった。何故なら、いつもラウルかリーマスが叩き起こしにくるからだ。
ルイスはヘドウィグが帰っていくのを見送ってから、手紙を片手にパジャマ姿のままカーディガンを羽織って、階段を駆け下りた。
そういえば、今夜は満月だ。ふたりとも脱狼薬の副作用で撃沈してしまっていたら、笑い事ではすまされない。しかし、ルイスが一階に駆け込むと、リビングにある暖炉から両手いっぱいに荷物を抱えたラウルとリーマスが現われた。
「やあ、ルイス。今起きたのかい?」
リーマスの口調はまだ寝ていたのかと呆れ返っているように聞こえて、ルイスは苦笑を浮かべてごまかした。
「どこに行っていたの?」
「ダイアゴン横丁までちょっと買い出しにね。ついでに、糞爆弾も買ってきたよ」
「糞爆弾? 何の為に?」
「ギャンボル・アンド・ジェイプス悪戯専門店の前を通りかかったら、急に懐かしくなってね。ルイスがどうしても起きない朝は、君の部屋で爆発させてあげるよ」
ダイニングのテーブルに荷物を置いたラウルのポケットから本当にギャンボル・アンド・ジェイプスのロゴが入った紙袋が見えて、それはあながち冗談でも何でもなく、本気なのかもしれないとルイスは戦慄してしまった。
ルイスは寝起きに部屋で爆発する糞爆弾を想像し、顔面を蒼白にさせた。
「はい、ルイス」
小さな紙袋をポケットから取り出し、リーマスはそれをルイスに渡した。
「これ、何?」
ルイスは青い顔のまま、恐る恐る袋を受け取った。これも悪戯専門店で買ってきたものだろうか。危険なものでも扱うような手つきで袋を触っていると、リーマスは愉快そうに笑った。
「ただのキャンディだよ」
そう言われても尚訝しげに袋の中を覗き込むが、中に入っていたのはリーマスが言う通り色とりどりのキャンディだった。ルイスはその中の黄色いキャンディを口に放ると、にっこり笑った。レモン味だ。
「どうもありがとう」
「どういたしまして」
ふたりとも何ともない顔をしてルイスと話をしているが、実際のところは最高に体調が悪そうだった。青白い顔はやつれて見えるし、笑った顔には疲れが見て取れる。今にも吐きそうなふたりを見て、いつものことだと思いながらも、ルイスは酷く心配していた。
「ふたりとも大丈夫なの? 気分が悪いなら、あたしが買い物に行ったのに」
「煙突飛行の途中でせっかく買ったものがすべてなくなってしまったら、もともこもないからね」
「いくらなんでも、そこまで酷くない」
ルイスが不満そうにそう漏らすと、ラウルはお気遣いありがとうと言って、キッチンに準備していた今日の分の脱狼薬をぐっと一気に飲み干した。
「これであと約一ヵ月、この味を味わわなくて済むよ」ラウルは嬉しいのか、それとも辛いのか分からないような口振りで言った。「満月の日は、生涯で最も素晴らしい一日と言えるね」
そう自嘲的に言って笑うラウルはテーブルの上に袋を置いたままにし、リビングのソファに倒れこむようにして座った。
「その手に持っているものは?」
「え? ああ、ロンから手紙が来たの。ハリーがウィーズリー家に到着したって」
「日刊預言者新聞に記事が載らなかったということは、誰にも見つからずに済んだみたいだね」
ラウルはあまり口を開かないようにして喋っているようだった。薬を飲んですぐだからか、さっきより顔色が悪くなったように見える。リーマスも薬を飲むと、ふたりとも一気に口数が少なくなり、昼食もとらずにそれぞれの部屋にこもって出てこなくなった。
ルイスはその日、余っていた宿題の残りを片付けてしまい、それでも余った時間は地下にこもって本を読むための時間にあてた。ラウルもリーマスも部屋にこもってしまったので、夕食をパンとビーフシチューで済ませると、大きな器ふたつにビーフシチューをよそい、大きめのパンを二切れトレイに乗せると、ラウルとリーマスの部屋を訪ねた。
「明日の朝、ちゃんと食器を持って降りてきてね」
狼の姿をしていても脱狼薬を飲んでいれば人の心を失うことはない。狼に変身している間でも人間の言葉は理解できるし、人を襲うこともない。だからルイスは狼人間であるふたりと一緒に住んでいても、何ら不安ではなかった。狼人間を人でも動物でもないという魔法使いや魔女は多いし、魔法省が定めた法律でもそうされているが、そんなことをまるで気にしていなかった。人狼についてよく知らない幼い頃は、ラウルのように満月の夜になると変身する人間がたくさんいると思っていたくらいだ。
「おやすみなさい」
ふたりにそれぞれ挨拶すると、ルイスは真っすぐ三階の一番東側にある部屋に向かった。部屋に入ると、ふくろうの為に開けていた窓からちょうどルナが帰ってきたところだった。
翌日、ルイスは部屋の中で糞爆弾を爆発させられる前に目を覚ますことができた。プレッシャーを与えられれば早起きも可能だったが、その分嫌なストレスがたまってしまう。だから、目覚めが最悪だったのは言うまでもないだろう。それでものろのろとパジャマから着替え、リビングに降りていった。
さすがに満月の次の日は早く起きてこられないらしく、リビングにラウルとリーマスの姿は見当たらなかった。ルイスが昨晩作って残ったビーフシチューを温め、卵、ベーコン、トマトを焼いていると、その匂いに誘われるように、ラウルが昨夜の言い付けを守って、食器片手に階段を下りてきた。
「おはよう。美味しそうな匂いだね」
「どういうわけか、満月の次の日は早く起きてしまうの」
「おかげで僕は楽ができるけど」
ルイスはフライパンの中のものを皿に盛りながら、ラウルに目を向けた。
「あたし、リーマスを起こしてくるからトーストを焼いていてくれる?」
「いいよ」
ラウルはルイスの横に並んで流し台に皿を置くと、杖を振って魔法で洗った。
ルイスはその様子を羨ましげに眺めてから、階段を二階まで駆け上がった。リーマスの部屋は、二階の西側にある。扉を二度ノックするが、返事はない。
「リーマス、入るよ?」
ゆっくり、五センチほど扉を開けて中を覗き込むと、床に座り込んでベッドに寄り掛かり、俯いて眠っているリーマスの姿が目に入った。
「リーマス、大丈夫?」
リーマスはラウルよりずっと病んでいるように見えた。目を閉じて眠っている表情ですら、疲れ果てて見える。それは、これまでの生活の違いがものを言っているような気がした。こういう表情を見せられるたびに、ルイスは人狼に対する世間の偏見を恨めしく思った。
「風邪を引いても知らないからね」
ルイスが身体を軽く揺すると、リーマスは薄く目を開いた。
「ん――やあ、おはよう」
寝起きのせいか、リーマスの声はいつもよりかすれていた。
「おはよう、リーマス。朝食ができたから起こしにきたのだけれど、この様子では無理そうだね。ベッドで横になっていたほうがいい?」
そのかすれた声を聞いて顔を顰めたルイスが言うと、リーマスは頭を左右に振って疲れた表情のまま小さく微笑んだ。
「ルイスが作ってくれたのかい?」
「うん、そうだけれど……」
ルイスはどうしてもリーマスをベッドに寝かし付けようとしたが、リーマスは異常なまでにルイスの作った朝食を食べたがった。そのようなことを青白い顔で言われてもルイスは一向に折れなかったが、今にも吐きそうなリーマスが栄養を付けるべきだと言いだしたときには、ベッドに押しつけることを諦めていた。
「昨日のビーフシチューは美味しかったよ」
「今朝もそのシチューの残りだけれどね」
前を歩いていくリーマスを見ながら、クリスマスにプレゼントしたローブが、初めて彼を見たときと同じような状態になりつつあるのを認め、ルイスは足を早めて横に並んだ。
「また継ぎ接ぎローブになっちゃうね」
悪戯っぽく笑うルイスに、リーマスは苦笑をしてみせた。
「せっかくプレゼントしてもらったのに、こういう体質だとね」
「でも、贈ったほうとしては凄く嬉しいけれど。大事に着てくれているってことだから」
そういえば、ラウルとリーマスに貰ったクリスマスプレゼントは二、三度試したきり使っていなかったということをルイスは思い出し、今夜にでもまた試してみようと考えた。
ふたりで談笑をしながら階段を降りていくと、テーブルではラウルが痺れを切らして、トーストに手を伸ばす寸前だった。
「できれば食事が冷めないうちに済ませてしまいたいんですけどね」
今日は早く目を覚ましたからか、起きてからしばらく経っているからか、ルイスにも久しぶりに朝から食欲というものが湧いてきていた。珍しく自分からトーストに噛り付いたルイスを見て、ラウルとリーマスは目を丸くしていたが、それも最初のうちだけだった。
「宿題は終わった?」
「うん、昨日のうちにね」
その日からというもの、ルイスは地下こもってばかりいた。家にこんな溢れんばかりの本があると聞いたら、きっとハーマイオニーは羨ましがるに違いない。
それから一週間ほどが過ぎたある日、ルイスは地下にこもって読書ばかりしていることに飽き飽きとしはじめてきた。気分転換に屋敷の周りを囲うように茂っている森に入ろうかと考える。
前にも言ったとおりこの森は深く危険だが、ルイスは幼い頃から森に入って遊んでばかりいた。
ホグワーツの禁じられた森に生息している動物も多くこの森に生息してしているが、それ以外にも珍しい動物が生息しているのを、ルイスはその目に見たことがある。知能の高い動物、たとえばケンタウルスなどはルイスがジュリアード家の子だということを知っているので、森の中を彷徨っていても気にも止めない。
ホグワーツ入学前に森の中で出会ったユニコーンの子供は、もう成獣になっているのだろうか。
小さな頃、森で迷子になったルイスを森の出口まで案内してくれたケンタウルスは元気だろうかと森を眺めていると、背後で何か固いものがばらばらと床に落ちる音が聞こえたので、ルイスは驚いて振り返る。すると、今日もまたたくさんの本を地下から抱えて持ってきたらしいリーマスの姿があった。
「この勢いならきっと、ラウルよりも早く地下の本を全部読み終えるかもしれないね」
ルイスが歩み寄って本を拾うのを手伝いながら言うと、今度はその後ろからも、到底一日では読み切れないだろう大量の本を抱えたラウルが、地下からあがってくる姿が見えた。
「ふたりとも、一体何をしているの? こんなに本を持ち出してきて」
「ちょっと調べものをね」
「調べもの? 何を調べているの?」
「たいしたことじゃないよ」
ルイスは学校を卒業してまで調べものだといって本を漁っているふたりを理解できずに、首を傾げた。リビングのテーブルにどっさりと積み上がった本の山をルイスが睨み付けていると、リーマスは本の目次をなぞりながら苦笑をした。満月の日から一週間も経つと、さすがに体調も回復したようだ。
「あたしはのけ者ってわけね」
ルイスがわざと不貞腐れたように胸の前に腕を組んで言ってみせると、杖を一振りしてティーセットをテーブルの上に出しながら、ラウルが悪戯っぽく言った。
「ルイスだってこの一週間何を調べているのか、僕たちに教えてくれなかったじゃないか」
「あたしが教えないと、教えてくれないの?」
「そういうこと」
そう言ってふいっと明後日の方を向いて子供じみたことをするラウルを見て、ルイスは一瞬むすっとするが、ラウルの言っていることももっともだったので、何も言えなくなった。
それ以前に、ルイスは自分が調べていることをラウルやリーマスにあまり知られたくはなかったし、それと同じようにふたりも知られたくないと、そう思っているのかもしれない。だったら地下にこもって出てくるなと言ってやりたかったが、あの暗がりの空間に何時間も缶詰になっていたルイスは、長時間留まることの辛さを知っているので、そうも言えない。
「どこに行くの?」
ルイスが無言のまま窓から庭に出ていこうとしているのを見て、リーマスは読んでいた本から顔を上げた。
「森に行くの。ここにいても暇だから」
つっけんどんな態度をとったルイスをリーマスは少し心配そうに見て、視線をそのままラウルに向ける。しかし、当のラウルはいつもと何ら変わらない表情でルイスを森へ送り出した。
「あの森は昔からジュリアードの領地だから大丈夫だよ、リーマス。誰もジュリアード家の者を襲ったりはしない」
そんな言葉がルイスの背中を追い掛けてきた。確かにルイスはこの森で動物に襲われた事は一度もなかったが、それはただルイスがジュリアード家の人間だからというだけで、別に動物に好かれているというわけではない。ルイスが向こうを好いていても、向こうがルイスを好いているのかどうかは分からないことだった。
「何か食物を持ってきてあげれば良かったかな」
ルイスがそう呟いて森に足を一歩踏み入れると、大きな耳で聞き慣れない足音を聞き付けたのか、ニールズがひょっこりと姿を現した。ニールズは猫によく似た姿をしていて、耳が大きく、ライオンのような尻尾を持っている。頭が良く、嫌なやつや怪しげなやつを見分けることができると言い伝えられている。
ニールズは鼻を僅かに動かしてルイスの匂いを嗅いでいたが、すぐにそっぽを向いてどこかへ行ってしまった。幸いにもニールズの目には、ルイスは嫌なやつにも怪しげなやつにも映らなかったようだ。
森はあまりにも静かで、聞こえてくるのは木々のざわめきや、葉と葉が擦れる音、風が耳を掠めていく音くらいのものだった。
もしかしたら、もう自分の前には現れてくれないのかもしれないと思っていると、遠くの方からゆっくりと近づいてくる蹄の足音を聞いた。ルイスは弾かれたように、その方向に目を向ける。
「もう会えないんだと思った」
ルイスはにこり笑うと、近づいてきたユニコーンの鼻先を優しく撫でた。
ユニコーンは純粋で無害な生き物だ。たてがみ、毛、角は杖や魔法薬によく使われている。その血には命を永らえさせる力があり、かつてヴォルデモート卿はホグワーツの隣にある禁じられた森のユニコーンを殺し、その血を啜っていた。
成獣となったユニコーンは清い女にしか触れることができない。まだ子供のユニコーンだけは、男も触れることができた。
「こんな深いところまで入ってきて、また迷子になっても知りませんよ」
突然かけられた声に、ルイスは飛び上がるくらい驚いた。最初、ルイスに撫でられて気持ち良さそうに目を細めているユニコーンが喋ったのかと、本気で思ったくらいだ。
「驚かせないでよ、フェリオ」
こぽこぽと近づいてくる蹄の音が背後から聞こえ、ルイスとユニコーンの前に姿を現したのは、ケンタウルスのフェリオだった。
「あたしはてっきり、また迷子になったらフェリオが森の出口まで送ってくれるとばかり思っていたのだけれど」
フェリオは禁じられた森で出会ったフィレンツェに負けず劣らず美しい容姿をしていた。ルイスは幼い頃から、フェリオのシルバーブロンドの髪と、サファイアブルーの瞳が大好きだった。
「ホグワーツでの生活はどうですか、ジュリアード」
「友達もできたし、楽しいよ。知っているでしょう? ハリー・ポッターのこと」
「ルイス・ジュリアードとハリー・ポッターが出会うことは、ずっと昔から星が予言していました」
ルイスは別に、フェリオの口にした予言という言葉に驚くことをしなかった。
「そういえば、あたしが小さい頃はよく星の読み方を教えてくれていたよね。生徒としての出来は悪かったけれど」
ルイスはそう言って、まだ青く、明るい空を仰いだ。
ルイスとフェリオは、最初からこのように気さくに会話ができていたわけではない。幼いルイスは散々フェリオを追い掛け回し、最初の頃、フェリオはそれを快く思ってはいなかったようだった。
毎日のように追い掛け回すルイスから、毎日のように逃げ回っていたある日、用件がない限り滅多に森へは入らないラウルがフェリオの前に現れ、日が暮れて何時間も経っているのにルイスが帰ってこないと森中に捜索願いを出したことがあった。その時に迷子になったルイスを助けて出して以来、フェリオは突然ルイスに優しくなった。それが何故かは分からないし、ルイスもあの日のことをよく覚えてはいなかったのだ。
「向こうの森に住んでいたケンタウルスが言っていたの。火星が明るいって」
ルイスがユニコーンを撫でることをやめると、ユニコーンは鼻先をルイスの胸に押しつけたあと、森の更に奥の方へと駆けていった。
「あたし、ずっと考えていた。それは、ヴォルデモート卿がまた帰ってくることじゃないのかって」
火星は戦いをもたらす星といわれている。ハリーとルイスが森の中でヴォルデモートの姿を見た晩、フィレンツェはルイスに火星が明るいと言い残していった。その火星が頭上で明るく輝いているということは、再び力のある何者かが現れるということではないのだろうか。
しかし、フェリオはルイスの言葉に何も言い返してはこなかった。
「さあ、出口まで送りましょう。あなたの兄上がまた森中を捜し回る前に帰られたほうがいい」
フェリオはルイスに自分の背中に乗るようすすめたが、ルイスはそれを丁重に断った。フィレンツェがハリーとルイスを背に乗せたのを見たときの、ベインの反応を思い出したからだ。
ルイスはケンタウルスを馬やロバのように思ったことはなかったが、人を背に乗せることは彼らにとって、あまり好ましくないことなのだということはよく分かった。
「最近何か変わったことはあった? この森の中でってことだけれど」
ルイスが隣で歩調を合わせて歩いてくれているフェリオの顔を見上げて言うと、フェリオは無感情の顔をこちらに向けた。そういえば、ルイスはセブルスと同じように、フェリオが笑った顔というものを、あまり見たことがなかった。
「特にはありません。ただ少し前――あなたが帰ってくる少し前のことですが、またあなたの兄上が森に入ってきました」
「ラウルが? 何をしに入ってきたの?」
「私に会いにきたようです。私の目には少し焦っているように見えました。お茶の葉が何とか」
「お茶?」
「とにかく、星を読んでくれと頼まれました。あの日は、いつにも増して火星が明るかった。そのことを伝えると、手紙がどうと呟きながら、屋敷に戻っていきました。私の聞き間違いでなければ、彼はアルバス・ダンブルドアと言っていたように記憶しています」
「ダンブルドアって、ラウルがそう言ったのね?」
ルイスが確認するように言うと、フェリオは、おそらく、と言って頷いた。
「それじゃあ、ヴォルデモート卿から賢者の石を守った日、ダンブルドアが間に合ったのはそのおかげだったのね。ハーマイオニーやロンの手紙より早くダンブルドアがロンドンの魔法省から帰ってこられたのは、ラウルが早いうちに手紙を書いていたから……?」
「彼はお母上の血を色濃く受け継いでいるようだ。アリア・ジュリアードはよく星を読み、未来を予言していた。ケンタウルスでも難しい星の動きを読み取ることのできる、数少ない人間のひとりでした」
「フェリオは母さんを知っているの?」
「この森のケンタウルスたちは今までジュリアード以外の者に心を許しはしませんでした。しかし初めて、ジュリアード以外に心を許しました。それがアリア・カトレット、のちの、アリア・ジュリアードです。だからラウル・ジュリアードにも、この森のケンタウルスたちは一目置いているのです」
「母さんは占い師だったというわけではないでしょう? 闇祓いだったと聞いているけれど」
「占い師でないことは確かです。優秀な闇払いだったとは聞いていますが、そのことについて私はよく知りません」
フェリオは知らないことは知らないと言う。知っていても言いたくないことは、無言でごまかすことが多かったので、おそらく母親の仕事についてよく知らないというのは本当なのだろう。
森の出口に近づいてくると、木々の間から屋敷の様子を覗き見ることができた。開け放たれたままの窓からは、まだ忙しなく本のページを捲っているラウルとリーマスの姿が見える。
「ほら、見てよ。さっきからあの調子なの。何かを調べているみたいなのだけれど、教えてくれないの。あたしが調べていることを教えないから、ラウルも教えないんですって。子供みたい」
ルイスがそう言ってもう一度屋敷に目をやると、今度は西の空から一羽のふくろうが飛んでくるのが見えた。そのふくろうは窓からリビングに入り、すぐに出てきて、また西の空へ飛んでいった。
「どうすればアニメーガスになれるかを調べているなんて、言えるわけないでしょう? 違法行為だもの。止められるに決まっているし」
すると、フェリオが目を丸くしてルイスを見下ろした。珍しい表情だ。ルイスは思わず笑みをこぼした。
「狼に変身できれば、少しはラウルやリーマスの気持ちが分かるのではないかと思ってね」
そう言ってぺろりと舌を覗かせると、ルイスは肩を竦めた。それを目の当たりにしたフェリオは、まるで懐かしいものでも見るように目を細める。
「あなたは本当に、お父上によく似ている」
「父さんに?」
「先代のジュリアードの前では、差別や隔たりという言葉は意味をなしませんでした。ジュリアードの前では、すべてが平等だったのです。善と悪ですら、彼の前では同じことだった」
フェリオはルイスではなく、ルイスのなかにある父親、ルーファス・ジュリアードの面影を見ているのかもしれないと思った。
「またすぐに会いにきてもいい?」
「私を呼びたいときは、部屋の窓辺で明かりを灯してください。ここまで迎えにきます」
フェリオはそう言うと踵を返し、森の中へと帰っていった。ルイスはその背中が見えなくなるまで、いくら耳を澄ましても蹄の音が聞こえなくなるまでその場に留まったが、家から自分を呼ぶラウルの声がすると、森から離れた。
「学校から手紙が来たよ」
「うん、ふくろうが飛んでくるのを見た」
ルイスは窓から部屋に入り、後ろ手に閉めてから手紙を受け取った。
手紙の封をびりびりと破きながらリビングのテーブルの上を見ると、リーマスが本の山を脇に除けているところだった。
「わあ、何これ」
学校からの手紙には、一年生のときと同じように、九月一日、キングズ・クロス駅の九と四分の三番線からホグワーツ特急に乗るようにと書いてあった。それから、新学期用の新しい教科書リストも入っていたのだが、ルイスはそれを見ると悲鳴のような声を上げる。
「どうかした?」
「いや……あー、うん」
ルイスはげんなりとした表情を浮かべ、顔の前でひらひらと教科書リストの紙を振った。
「これは、もう、悲劇としか言いようがない。今年の闇の魔術に対する防衛術の授業は、本当に、何と言うか……」
ルイスの手から紙を抜き取ったラウルも、その紙を見ると同じような表情を浮かべた。眉間に深いしわを寄せている。
「教科書リストに何か問題が?」
ひとり朗らかに笑うリーマスだったが、ふたりはつられて笑えるような気分ではなかった。ルイスもラウルも、これ以上の問題はこの世に存在しないとでも言いたげな顔をしているに違いない。
「これを見れば分かるよ。もしかしたら、学校中の女子生徒は大喜びかもしれない。新しい闇の魔術に対する防衛術の教科書は、ギルデロイ・ロックハートの本ばかりだから」
ルイスとラウルは、ギルデロイ・ロックハートが好きではなかったのだ。特に、狼男との大いなる山歩きを読んで以来、好きではないが、大嫌いになった。それでも、ギルデロイ・ロックハートについて多少詳しくなってしまうのは、読書好きの性というものだろう。
「まあ、別にギルデロイ・ロックハートが闇の魔術に対する防衛術の新任教師になるわけじゃないんだから」
「ロックハート好きが授業を教えるんだから、似たようなものでしょう?」
「……本当に嫌いなんだね」
「嫌いなのではなくて、大嫌いなの」
あの本を好んで読もうと思う人の気持ちが知れない。著者がハンサムだか何だか知らないが、あんな人物の本を教科書に使用する新しい教授も間違いなく大嫌いだろうと、ルイスはそう思っていた。